特集記事
同じ生き物同士で殺し合うのは人間だけだ、親が子供を殺すのも人間だけだ。他の動物は、そんなことをしない。
少しでも常識があれば、絶対に言わないことを口にする人もいる。
おそらく人間同士の凄惨な殺し合いでも見たか、親に殺されかけでもして、絶望でもしたのだろう。
大変にかわいそうな人生を送っているのだろうが、学術的には間違っている。
超メジャーな動物代表、ライオン。ハーレムをめぐってオス同士で殺し合って、本当に殺す。新しい雄が勝った場合、雌は負けた雄の子供を殺すという。
割と有名な話なので、知っている人は知っているだろう。
そしてそのあたりのことを指摘しても、『人間同士の方が凄惨だ!』とか言い出すに違いない。
もちろん『でも唯一じゃないだろ、訂正しろ』と言っても、絶対に非を認めないはずだ。
なぜかと言えば、そもそも論旨が違うからである。
そういうことを言う輩は、自分の発言の正当性など最初からどうでもよく、とにかくでっかいことを言って悲しみを表したいだけなのだ。
他の生物が子殺しをしないことを、入念に検証したわけではあるまい。していたら逆に驚きである。
普通に言えばいいのだ。親に殺されそうになったので、とても心が荒んでいると。
良く調べもせずに適当なことを言うよりも、ずっと現実的で周囲からも同情を得やすいだろう。
「ああああああ!」
四方八方へ銃撃する彼女たちは、まさにその状態だった。
自分たちの慕う主が、このモンスターのせいで死にかけた。
ただ一行で説明できることあり、ありふれていることなのかもしれない。
特別でも誇張でも誇大でもなく、インパクトは弱いのかもしれない。
だが普通であることは、決して弱める表現ではない。
煌びやかに飾り立てる、血みどろに脚色する。それは果たして意味があるのだろうか。
自分たちの主が死にかけた元凶がいるのである、それで怒ることになにがおかしいのか。
人類がどうちゃらとか、自然がどうちゃらとか。どうでもいい、余分なことだ。
「死ねええ!」
いい主だった、誰もがそう思っていた。
アカネもクツロもササゲもコゴエも、他の誰もが彼が倒れたことを悲しんでいた。
「消えなさい!」
「燃えろ、燃えてしまえ……」
もしもこの場を誰かが見ていれば、四体が錯乱しているようにしか見えないだろう。
嵐に匹敵する突風の中で、四方八方へ発砲しているだけなのだから。
だがその誰かがこの近くにいれば、狐太郎と同様の呼吸困難に至るだろう。
現在この場所は、まさに荒れ狂う大気の渦である。気圧も構成も、目まぐるしく変わりすぎている。宇宙服か深海探査用の潜水服でも着ていなければ、到底耐えられるものではない。
藻のモンスターであるダークマターは、体がちぎられてもその部位はまだ生きている。
まだ生きているからこそ、呼吸や光合成をおこなってしまう。
ちぎられた部位一つ一つが呼気と吸気を繰り返し、さらに光合成まで行うのだから、まさに斑模様の大気となっている。
これで風が荒れ狂わないわけがない。
「ふぁあああああ!」
だが、ただの風である。気密のある服で呼吸を切り離しているのなら、そこまで脅威ではない。
鉄粉や砂などが混じっていれば、その風にも威力が望めただろう。だがこの森の中はそれもない。
ダークマターは、もがき苦しんでいた。
植物系モンスター最強種であるダークマターは、呼吸と光合成以外に攻撃と呼べるものを持たない。
不可視の姿を捉えられ、霞のような肉体を焼かれている。
植物型とされるこのモンスターに尋常の痛覚があるわけもないのだが、魔法の炎による炎上は確かに『呼吸困難』を引き起こしていた。
このモンスターも植物である以上、呼吸をしている。
息を吐く前段階では、確かに周囲の大気を吸い上げているのだ。
低酸素濃度下でも炎上している、汚染された大気を。
「一欠片たりとも逃さないわ、徹底して焼き尽くす!」
ここに来て、不死であるAランク上位の弱みが出ていた。
最強種であるAランク上位モンスターたちは、それこそ中位以下とは懸絶した力を持っている。
だがその奇怪な生態ゆえに、必ずしも『頑丈』というわけではない。
ラードーンが四体のショクギョウ技で傷を負った様に、致命傷にはならないからこそ防御力がやや劣る。
もちろん頑丈な種類は理不尽なほど頑丈だが、プルートやダークマターなどはその限りではない。
ほぼすべての攻撃が当たっているが、消えにくい炎が厄介だった。
燃料自体に酸素が含まれているらしく、酸素が枯渇した状態でも炎上が続いている。
それはダークマターの体内で燃焼が続くということであり、人間で言えば肺の中でボヤが起きているようなものである。
こうなると、もう四体がどうという段階ではない。
ダークマターは不可視であり巨大であり、拡大を続ける性質を持っている。
しかし一旦燃え広がり始めた森林火災というものは、それこそ森そのものさえ焼き焦がす。
風向きが定まらないこの状況では、かえって無作為に燃焼が広がりすぎる。
いっそ風圧で火が消えるのなら良かったのだが、その程度で消えるほど人間の殺意は甘くない。
仮に雨が降り始めたとしても、ギリシャの火のようにさらに燃え上がるだろう。
「ご主人様……ご主人様あああ!」
だが足りない。
四体のモンスターは、なおも砲火をばらまいていた。
嘆きが足りない、あまりにも不足している。
彼女たちは確かにダークマターを追い詰めているが、やっていることは荒れ狂う嵐の中で適当な方向に銃をぶっ放しているだけである。
コゴエなど、森中に火を放っているだけだ。それでどうして、達成感を得られるだろうか。
「お許しください、ご主人様……心に秘めず、皆に相談するべきでした……!」
まさに、環境破壊。
大風という環境と戦いながら、森林という自然を破壊する。
大自然そのものとの取っ組み合いは、しかしあまりにも一方的だ。
『エネルギー残量、50パーセント』
『特殊防御、一段階レベルを落とします』
なまじ、ダークマターに近づくことが死を意味するだけに、ダークマターと戦う時は他の相手を考える必要がない。
体の中へ入るのならば、なおのことである。
一旦この形に入ってしまえば、ダークマターに抵抗の手段は残っていない。
最強の攻撃手段である『呼気』も、穴の開いたガスボンベに近い状態では意味がない。
大いに風が溢れているということは、呼気が漏れ出ている以外に何もないのだから。
「この下等生物がぁあああ!」
余りにも容易かった。
なるほど、脅威の生命体ではあるのだろう。Aランク上位モンスターにふさわしい力を持っているのだろう。普通ならまず探すことさえ難しいのだろう。まず気付くことさえ困難なのだろう。
だが皮肉にも、狐太郎がその兆候を感じ取ってしまった。そしてキンセイ兵器の前には、害となる空気も意味を持たない。
特殊な生態を持つダークマターは、やはりメタを張られてしまったのだ。
どれだけ強力で強大でも、単独では『知恵』に抗しきれない。
「よくも、よくもご主人様を……私たちの、ご主人様を!」
およそ多くの戦いがそうであるように、一度天秤が傾けばそこから一気に押し込まれる。
風が勢いを増し、木々が折れていく。しかしそれは銃弾の嵐を遮ることがなく、むしろ薪となる木々と密着することになる。
何一つとして好転することなく、悪化の一途をたどる。
もはや討伐ではなく駆除、殺戮ではなく破壊だった。
嵐に耐えながらも撃ち続けた彼女たちが、一旦手を止めたとき。
そこには燃え残った炭と灰だけの森の跡だけがあった。
「ふぅ……生存反応はないわね」
かくて、戦いは終わった。本当にどうでもいいことが、あっさりと終わったのだ。
本当に苛烈だった。禁制兵器がなければ、太刀打ちできなかったかもしれない。
だが苛烈だったからなんだというのか。既に、一番出したくなかった被害が出ている。
「……ねえ、もういいんだよね?」
アカネは、マスクの中で涙を流す。
「もう、ご主人様のところに行っていいんだよね?」
かたき討ちのむなしさを、アカネは知った。
自分たちの主が、まだ生きていると知っていてなお、この戦いは余りにも虚しかった。
ただ八つ当たりをしただけではないか。
多くの殺生、多くの殺戮をしたにもかかわらず、心は救われない。
「……ええ、戻って報告してからね。それぐらいなら、まあ、きっといいでしょう」
クツロもまた、泣いていた。
最初からずっと泣いていた。
「こんな形でカセイに行くとは思っていなかったわ」
ササゲは、涙も出なかった。
余りにも馬鹿々々しくて、あまりにも理不尽だった。
こんな野生の植物に、己の主が脅かされたことを信じられなかった。いいや、信じたくなかった。
心のどこかで、ずっとこの日々が続くと思ってしまっていたのだ。
「長居は無用、泣くなら戻りながらでもいいだろう」
コゴエは冷ややかに帰還を促す。
このままここにいても、本当にただ虚しいだけだ。
さっさと戻って、さっさと狐太郎のところに行きたかった。
ああ、だが、四体の足は重い。
今すぐ彼のところに行きたいのに、軽快に駆け出すことができないのだ。
どんな顔をして彼に会えばいいのだろうか。
死に目にさえこちらに気を使っていた、ずっと献身してくれた彼にどんな顔で接すればいいのかわからない。
最高のご主人様と聞かれれば、それは違うと思うだろう。
最強のご主人様かと聞かれれば、それは絶対違うと言い切るだろう。
何か特筆に値する能力を持っているかと言われれば、それもないと言える。
何か強烈な恩義があったのだろうか、それとも異種族の壁を越えた恋慕か。
あるいはアパレのように、何か勝負で打ち負かしたのか。
違う、そんなことはなかった。
強烈な何かを必要としない程、彼女たちは家族だった。
誇張されたほどの、何かなど必要ない。
そうしたイベントごとで、大きく好感度を稼ぐことはない。
今日にいたるまでの日々で、彼に裏切られたことも、彼に失望したこともなかった。
それは彼が自然に振舞っていたのではなくて、気を使ってくれていたのだと誰もが知っている。
「ご、ご主人様ぁあ……」
アカネもクツロも、ササゲもコゴエも。
あらゆる人間へ奉仕精神を発揮するわけではない。
同族に対して威厳を持って振舞うことはあっても、特に理由がなければ雑に扱う。
彼女たちは善良な市民ではあっても、正義の味方でも慈悲の聖母でもないのだから。
もしも虐げられたモンスターが助けを乞うても、なぜ助けなければならないのか首をかしげるだろう。
もとより志を持って魔王になったわけではないし、一方的に要求してくるだけなら助けてあげるほど甘くはない。
「もしも……死んじゃってたら……どうしよう……!」
果たして彼は、彼女たちに対価を払っていたのか。
強大な魔王である彼女たちに、相応しいだけの何かを与えていたのか。
「縁起でもないことを言わないでよ!」
アカネの泣き言を、クツロは否定しきれない。
もしも彼のところに行って、そんなことになっていれば。
それこそ彼女たちは途方に暮れるだろう。
「本当に……縁起でもない……不謹慎でさえあるわ……」
与えていたに決まっている。
そうでなければ、彼女たちがここまで慕うわけがない。
周りの人間が、彼と彼女たちを尊重するわけがない。
運命に翻弄され続けた彼は、しかし人の心を失わなかった。
だから不快ではなかった、一緒にいたかったのだ。
彼がいる場所が、魔王たちのパラダイスだったのだ。
「……」
「……」
ササゲもコゴエも、勇気がわかなかった。
義務感でここまで来てしまったが、帰りに関しては違う。慌てて帰る理由がない、帰ってもやれることがない。
一体彼に、自分たちは何ができるのだろうか。
カセイを守ることがAランクハンターの証明だというのなら、狐太郎を守ることこそが彼女たちの証明ではなかったのか。
ただ傍にいるだけでもいいのかもしれない。しかしただ傍にいるだけのことが、本当に怖かったのだ。あの無力さは、ストレスと呼ぶには底なしすぎる。
彼女たちはまるで親に追い出された子供のように、行き場を失ってたたずんでいた。
※
思考がまとまらない。
体に有害な空気を吸い続けた狐太郎は、ゆっくりと綺麗な空気を吸いつつ、しかし破壊された身体故に苦しんでいた。
それでも彼の体は、健気に回復しつつある。
この世界の常識では考えられない程貧弱な彼の体は、しかし正常に快方へ向かっていた。
それがどれだけゆっくりでも、まったく問題はない。
彼は今まで助けてきた多くの命によって、今まさに救われているのだ。
思考がまとまらない。
自分が誰で、ここがどこで、何がどうなっているのか。
彼の脳は、取り留めなく、こぼれてくる思い出の中で浸っていた。
『モンスターパラダイスはね、ロールプレイングゲームなんですよ』
大昔、ゲーム雑誌の特集か、或いは攻略本に書かれた製作者のトークを思い出す。
『RPGってね、役柄を演じるんです。プレイヤーは主人公になり切って、その世界の一員になって、その役割を演じ切るんですよ』
なぜそんなことを思い出すのかと言えば。
狐太郎は、混乱する頭の中で理解している。
俺は良いご主人様を演じることができたのだろうか。
『ですからね、僕は攻略本も攻略サイトも嫌いなんですよ。だって最適解が分かっちゃったら、全然面白くなくなっちゃう』
彼女たちは泣いてくれた。それは救いだろう。
では彼女たちは、良き従者を演じてくれたのか。
それも、少し違う気がした。
ああ、でもそれなら、自分だけが演じていて、彼女たちを欺いていたのか。
『いいじゃないですか、失敗して負けてゲームオーバーになって、投げちゃっても』
『いいんですか』
『いいんですよ。それはそれで、ゲームで不愉快な思いをしたってことですから』
不愉快と言えば、コゴエの言葉も思い出す。
彼女は不愉快ささえ必要としていた気がした。
『最初から攻略本を読んでね、画面いっぱいの不思議なんか見なくて、ボタンをポチポチ押してね、誰かがたどった最適解を最後まで通るよりは、全然いいんですよ。そっちの方が、よっぽどつまらない』
『それで2のラスボスですか』
『勝てなくったっていいんですよ。アレはアレで凄い否定されましたけど、なんの印象にも残らないよりはね』
自分はクリアしたのだろうか。
Aランクハンターとしての任期を終えることができなかったが、それはクリアではないのか。
もうガイセイとホワイトがいるから、それはそれでありなのか。
『よく、モンスターパラダイスは逆張りのゲームだっていいますけどね、そんなことないんですよ。むしろ、王道のRPGだと思っています』
『その割には……シナリオが』
『アレもあれでいいじゃないですか。似たようなシナリオなんて、いくらでもあるでしょう』
『でも7はちょっと……』
『私は7がお気に入りですけどね』
『ええ……』
『いいんですよ、クリアできなくても。途中で嫌になって止めちゃっても』
嫌になって止めたわけではない。
でも大分前から止めたくなっていた、最初からそうだったかもしれない。
『ゲームの中で、過去作の主人公たちが、英雄だって言われているじゃないですか。彼らは役柄を演じきったんですよ』
英雄。Aランクハンター。大将軍。
それに自分はなってしまって、カセイだかなんだかの街を守ることになっていた。
いいや、自分が守っていたのは、前線基地であって、大公であって、同じ討伐隊だったような気が。
『選択は重くないといけないんです。どっちを選んでも幸せになれるなんて、嘘っぱちですよ。だって英雄って役割は……』
竜や鵺を見た。
彼らは賢かった、人間は愚かだった。
どうして自分は愚かだったのだろうか。
『辛いこと、苦しいことから逃げない、立派な人のことなんです』
でもその愚かさは……。
誰かが、慕ってくれる愚かさだったのか。
『時代が望んだ英雄っているじゃないですか。英雄っていつも、時代が必要としているんですよ。そしてその時代の誰かが、英雄にならないといけない』
体が苦しい、全身が痛い、肉がだるい、骨が軋む。
現実に引き戻されそうになる。
『英雄はね、力尽きてもいい、帰ってこなくてもいい、死んでもいい、不幸になってもいい。でも……折れないんです。折れないから、みんなが支えてくれるんです』
『それが……英雄感ですか』
『RPGは、役柄を演じるゲーム。そして役者は、常に考えるんです。この英雄に、自分はなれるのかなって。役者こそが、演者こそが、どんな観客よりも英雄のファンなんです』
俺は……俺のファンなのか?
いいや、それは違う気もする。
でも……。
『報われなくたっていい。その先に不幸が待っているとしても、決着をつけるために進む。それが英雄なんだって、感じて欲しいんです』
まだ、中途半端だ。決着はついていない気がする。
だから、ここで降りたら、きっと……俺は、俺が嫌いになる。
『終わってこそ英雄、終わらせてこそ英雄。皆さんには……英雄を演じることが、どれだけ大変なのか、目をそらさないで欲しいんです』
決着をつけたところで、俺はそんなに幸せになれない。
決着をつけてもつけなくても、決着をつけたという事実以外に意味はない。
でも俺が折れなかったら、その事実が手に入るのだろうか。
『ボタンを押すだけ、選択肢を選ぶだけ。それに……断腸の思い、断末魔の叫びがあって欲しいんですよ』
『嫌がらせじゃないですか』
『だって物語の英雄ですよ? 英雄は嫌がらせされて、それでも立ち向かうものでしょう』
戦わなくったって……事実は手に入るのだろうか。
『クリアしたプレイヤーの皆さんには、胸を張ってほしいんです。自分は、英雄になったんだぞって』
でも俺が英雄なら……あいつらも、鼻が高いかもな。
ああ。
俺は……。
あいつらに、会いたいんだなあ。
※
「あ、目が覚めましたか?」
「……どうでしょうか、頭が回らないです」
「無理もないですよ、ずっと苦しんでいましたから」
「……あいつらはどうしてます?」
「前線基地に残って、戦っています」
「そうですか……あいつらは偉いなあ……」
「貴方だって、偉いですよ」
「そうですか……」
「早く会いたいなあ、アイツらに」




