戦火に焼かれて
キンセイ技。
それは近世の兵器にして禁制の兵器を装備したものが使う『武装』である。
キョウツウ技やショクギョウ技、シュゾク技などが一切使えなくなる代わりに、『どんな相手にも有効な攻撃』ができるようになる。
モンスターや兵器の中には、雪女のように特定の攻撃に対して非常に強くなることができたり、或いは吸血鬼のように特定の攻撃以外には滅法無敵になるものがいる。
あるいは、バリアや身代わり、幻覚のように攻撃を無効化する手段も数多ある。
そうした数多ある防御手段を、すべてぶち抜くのがキンセイ技である。
まさに、ルールを破るルール。どれだけ堅かろうと、どれだけ再生能力があろうと、キンセイ技さえ使えば倒すことはできる。
とはいえ、短所がないわけではない。
まずもって、無限でも無制限でもない。
ナイルのような補給基地でもあれば別だが、一旦使い切ると長期間をかけて補充をしなければならない。
次いで、火力の制限。
キンセイ技はそれだけで完結しており、弱体化しない代わりに強化もされず、よって味方によって支援を受けることによる大火力は発揮できない。
この世界における最高硬度の装甲を持つノットブレイカーにさえ傷を刻めるが、しかし一撃で吹き飛ばすとなれば力が足りない。
それができるのは、タイカン技か甲種魔動器ぐらいであろう。最新鋭のカセイ兵器でさえ不可能である。
では、だから使わなかったのか。それも違う。
タイカン技による疲弊が抜けきらぬ時に、最終手段として使うためだった、という意味もある。
だが最大の理由は、怖かったからだろう。
彼女たちは、このキンセイ技を、ほとんど使わなかった。
魔王と戦う時でさえ、結局使用することはなかった。
あくまでも一応持っていたという程度であり、練度は不足していた。
その練度で、この危険な兵器を、自分たちの主の前で使いたくなかったのだ。
当ててしまえば、それこそ取り返しがつかない。
「対丁種級突撃装備『カメレオン』!」
アカネの体を装甲が覆う。
下半身に二本の砲門が取り付けられ、その両手には抱えるほどの大砲が現れた。
その大砲がカメレオンの舌ならば、下半身の砲門はカメレオンの眼か。
自由自在に動き、狙うべき相手を探している。
「対丁種級制圧装備『クラブ』!」
まるで、シオマネキ。
ただでさえ大きいクツロの体に、さらに大きなパワードスーツが装着される。
そして、そのパワードスーツにさえ見合わぬ、金棒さえ可愛く見えるほどの機関砲が右腕に結合していた。
「対丁種級誘導装備『クロウ』!」
それはカラスの群れが現れたようだった。
淡く光る推進機関を腰に取り付けたササゲの周囲を、翼の生えた子機が旋回している。
悪魔に従うカラスの如く、奇怪な一つ目のドローンは獲物へ焦点を合わせていた。
「対丁種級焼夷装備『トータス』!」
二足歩行のリクガメにも見えるだろう。
強固な装甲を背負い、そこから伸びるチューブを『銃』に取り付けたコゴエは、その美しい顔や髪をヘルメットとマスクでしっかりと隠していた。
物々しい、騒々しい。
それらの言葉がそのまま当てはまる、完全装備のモンスター兵士たち。
試合における駆け引きだとか、素手による優劣を競うだとか、そんな情緒の一切をかなぐり捨てた姿だった。
これが『ヴィーナス』の名を冠する兵器なのだから、一種奇妙であろう。
だがその機能美を追求した姿は、飾り気のない素朴ささえあるだろう。
武器はともかく、その防具や服を見れば、斥候に思われるかもしれない。
周囲の環境を把握して、森林迷彩となった装備は、視覚的な欺瞞を多少期待しての物だからだ。
何よりも、顔が隠されている。
凛々しいクツロも、妖しいササゲも、可愛らしいアカネも、コゴエ同様に装備で顔を覆っている。
その顔は、こわばった殺意一色であろう。
だがその装備の恐ろしさを見れば、殺意しかないことなど誰にでもわかってしまう。
四体のモンスターは、軍靴で森の土を踏みしめる。
歌うことも、笑うことも、不満げになることも、不安になることもない。
息をひそめて走り出す姿は、まさに兵隊のチームであろう。
だがその心中は、兵隊どころか私刑の執行人である。これから行われる狩りは、リンチに他ならないのだ。
痛いほどの無言だった。四体とも、この森をこんな気分で進んだことがない。
何度も踏み入った、超危険地帯。しかしそこには、苦もあれば楽もあったのだ。
今は、憎しみしかない。
※
先頭をアカネが走る。次いでササゲが飛び、三番目にコゴエが、殿はクツロが務めている。
森の道を、彼女たちはただ走っている。
軍用のパワードスーツは不気味なほどの静音性を実現しており、普段よりもむしろ足音は静かだった。
その間も、四体のキンセイ兵器に取り付けられたセンサーは、あわただしく動いている。
味方への誤射を避けるために互いの位置を把握しつつ、この森に満ちた危険生物たちとの距離を常に測っていた。
理屈で言えば、このまま森の奥に入り、誰とも戦わぬままダークマターを倒して、そのまま帰ることが理想だろう。
エネルギーが有限であり、標的が明確に存在しているのだから当然の理屈だ。
『大型敵性体、接近中』
しかし、当然そうたやすくいくわけもない。
この森に生きるモンスターたちが、狐太郎のように貧弱であるわけがない。
大気の成分が変化しつつあっても、何の問題もなく襲い掛かってくる。
それはここがダークマターから遠い証明であり、まだまだ走らなければならない証明だった。
(撃たないほうがいいはずよね)
警戒音が耳に届いているクツロには、理性的な選択肢が浮かんでいた。
撃たないのが一番である。今は守るべき狐太郎がいないのだから、多少危険でも消費を抑えながら前進しても問題ない。
(まあいいか)
無言の四体は何の打ち合わせもなく、まったく同時に武器の安全装置を解除した。
それに応えるように、四体の正面に巨大なミミズが現れる。
Bランク上位モンスター、アースリバー。
背中に大量の寄生モンスターを背負った、兵隊を輸送しているかのようなミミズの怪物である。
彼女たち四体をまとめて一飲みにできる、大きな口を大いに開けて、真正面から襲い掛かってきた。
(誰でもいいか)
先頭を行くアカネが、手に持った大砲で正面を狙った。
「キンセイ技」
この引き金を引けば、たった一つの命が散る。それはわかっている。
だから、それを望んでいた。
「ホエールショットキャノン」
もしも陸上にクジラが打ち上げられたとして、この大砲から放たれる散弾を至近距離で喰らえば、その巨体は一瞬でミンチになるだろう。
それを彼女は、躊躇なく放った。
Bランク上位モンスター、アースリバー。軍隊をもってして、ようやく倒せる怪物。
前線基地の討伐隊でも、これを単独で倒せる者は両手の指で足りる。
もちろん彼女たちは各々がその一人なのだが、だとしてもこの結果は異常だろう。
アカネは狙いを定めて引き金を引いただけだ。ただそれだけで、アースリバーの頭部が消えた。
対丁種級。
つまりBランク上位モンスターを掃討することを想定している彼女の銃は、正しく一撃でアースリバーの頭を吹き飛ばしたのだ。
しかしそれによって、アースリバーの死体はのたうち回った。
切り離されたトカゲのしっぽのように、頭部を失った胴体は反射的に暴れだしたのだ。
頭部よりもはるかに大きい、ミミズの胴体。
それは背に乗せていた大量のモンスターをばらまきながらの、最後の大暴れであった。
「キンセイ技、マルチホーミングショット」
ササゲの両手、軍用の手袋が淡く光った。
それは魔力を込めるだけで軍用魔法へと変換する武器であり、同時に周囲の子機と連動していた。
ササゲが放った攻撃魔法は幾条もの光となって、緩やかに曲がりながら子機のレンズへと命中する。
そこからさらに光は分裂し、意図せずして空中へとばらまかれた低級モンスターたちへと向かっていく。
一発も外れることはない。一発一発がモンスターを貫通し、力尽きるまで殺戮し続けていた。
「キンセイ技、ミートシャワー」
最後尾のクツロは、あまりにも巨大な機関砲の引き金を引く。
パワードスーツを着込んでいる、怪力の彼女をして、しっかりと両手で固定しなければ、暴れまわるほどの反動。
余りにも膨大な弾丸の雨は、のたうち回っていたアースリバーの肉体を粉砕していた。
長大な体の一部が、いきなり砂糖菓子になったようだった。ただ邪魔だというだけで、ミミズの死体は辱められる。
最後の大暴れは、一笑の価値もなく、一瞬で終わってしまっていた。
『敵性体、さらに接近中』
だがシュバルツバルトにおいて、Bランク上位モンスターなどいくらでもいる雑魚でしかない。
アースリバーとその寄生モンスターを踏みにじって進む四体を、四方八方からモンスターたちが狙ってくる。
「面倒だな」
冷たい声が、ようやく意思を示した。
コゴエが、所感を口にしたのである。
「ああ、いいや、違うな。私だけ誰も殺していない」
面倒だとも思っているし、なんでもいいから壊したいとも思っている。
雪女であるコゴエは、手に持っている火器を構えた。
その気配を察して、前後にいるササゲとクツロは、少しだけ彼女から距離を取った。
「キンセイ技、タンクファイヤー」
雪女であるコゴエの『火炎放射器』が文字通り火を噴いた。
仮に戦車へ放射すれば、その内部にいる人間をこんがりと炭化させるであろう軍用の炎。
それが道にある左右の木々を燃やしたのである。
重ねて言うが、モンスターを燃やしたのではない。
ただそこにあるだけの、道のわきにあるだけの、『野生の街路樹』を燃やしたのである。
ただの自然破壊であり、何の罪もない木が炎上していた。
「さて、急ぐか」
Aランク下位モンスターでなければ、破壊することができないシュバルツバルトの木々。
それが一瞬で幹の奥まで燃え上がり、火柱のように燃え盛っていた。
それは当然のように延焼し、森林火災へと発展していく。
ただ木が燃えているだけなら、この森のモンスターたちにとって脅威ではない。
燃え盛るスライムがいるほどである、木を燃料とした炎の温度で死ぬことはないのだ。
だが、それは魔法の炎だった。
ああ、魔法という言葉のなんと安易なことか。
要は『焼夷』であり、殺意の炎であるというのに。
延焼した別の燃料による炎にまで、深く影響を及ぼす呪詛の炎。
さながらアカネの『ヘルファイア』が如く、燃え移った相手が『燃えカス』になるまで消えることはない。
もちろんその呪詛にも限界はあるだろうが、まだ襲い掛かってきてもいない相手までも大量に焼いていくことは確実だろう。
「うん、急ごう」
おぞましい光景が両脇に見えても、アカネはまるで動じていなかった。
何もかも焼いてしまえ、何もかも殺してしまえ。
火という、原初の武器。人間が『手を焼き』ながらも飼いならしてきた、恐るべき怪物。
ただでさえ恐ろしいそれを人間は更に改良し、自然へと解き放ったのである。
まさに、手の付けられない猛威。
火をも恐れぬモンスターたちに、身の程を教えていく。
人でさえ恐れる己を、野生動物が恐れぬなど傲慢不遜。
人の殺意が授けた力によって、一体一体を料理していく。
まさに、炎の道。
両脇が燃え上がる恐るべき地獄の道を、四体はマラソンの練習のように走っていく。
※
ガイセイ、ジョー、シャイン、ホワイト。
現在前線基地を預かっている、Bランクハンターたち。
彼らはそろって、城壁の上から戦況を見守っていた。
「ははは……派手に燃やしてるじゃねえか」
清々しさのかけらもない黒々とした煙が、ごうごうと空に昇っている。
まるで街一つでも焼いているように、雨雲にでもなりそうなほどの煙が森から昇っているのだ。
何をどうやっているのかまではわからないが、きっと派手に戦っているのだろう。
「まさかレックスプラズマをいきなり使ったとは思えないし……まだ何かあったのかしらね。誰かがいるかもしれない森では、絶対に使えないような技が」
もしも自分の隊員が、あの森にいたら。
そう思うと、シャインはぞくりとする。
意図せずに焼かれて、そのまま灰になってしまうかもしれない。
そう思うほどに、広範囲にわたる火災が発生していることを、彼女は理解していた。
「……ちょっと前に、俺はアッカ様とナタ様に会ったんです。その時狐太郎さんのモンスターの話があって、いざってときに戦力を分散させられるのは羨ましいって言っていたんです」
燃え盛る炎から、殺意の他に苛立ちや悲しみを感じ取って、ホワイトは話題を切り出した。
「でもその時に、俺の相棒は言ってました。きっと、ずっと、ご主人様の傍で戦いたいんだって」
手分けなんか、したくないのだ。
どうしても必要ならそうするが、そんな時は来て欲しくない。
そう願っている彼女を、彼は思い出していた。
「辛いでしょうねえ、傍にいないのは」
ホワイトも魔物使いである。
それも、狐太郎と同じところから来たモンスターを従えている、稀有なハンターである。
だからこそ、その気持ちも知っているものだ。
そしてそれを、狐太郎の部下になっている面々は否定しない。
むしろ、より深く理解している。
「私たちでさえ、狐太郎君が倒れたときは悲しかった。今彼がいないことが、とても寂しく心細い。ましてや彼女たちは、よりどころを失った気持ちだろう」
狐太郎は、決して有能ではなかった。
彼女たちの我儘を、なんでも聞いてくれるわけではなかった。
だが、まともだった。
危機感を持ちつつ、敬意を失わず、媚も売らなかった。
その彼のまともさに、彼女たちは安心していたのだろう。
そして彼は、大公やBランクハンターたちからも敬意を払われていた。
この地で英雄として慕われ頼られる主に、彼女たちも誇らしかっただろう。
その彼が、あわや死ぬところだった。悔しくて仕方がないに違いない。
「……きっと、一灯隊が残っていても、同じことを言っただろう。彼らでさえ、狐太郎君の立派さは認めていたのだから」
「ははは! 浸ってる場合じゃねえだろう? さあて、俺達の仕事だ」
燃え上がる森は、いわば沈みかかった船。
さて、ただ焼かれるだけだろうか。
行き場を失ったモンスターたちが、森からあふれてきた。それこそ、普段以上の大軍勢である。
CランクBランクは数え切れず、Aランクさえも慌てて向かってきている。
「Aランクは俺とホワイトで何とかするからよ、シャインはジョーの旦那の援護してくれや」
「おい、ガイセイ。俺はもうアンタの部下じゃないんだぞ? なんで指示するんだ」
「まだ借りは返してもらってないだろ、俺の顔を立てろや」
「その間お前のところで働いただろうが、借りもなにもあるか」
未だBランクハンターでしかない最大戦力の二人は、言い争いをしながらその群れに身を投じる。
「んじゃあ俺が全部Aランクを狩ってやろうか? 格好悪いなあ、お前。俺に全部押し付ける気か」
「んなこと言ってねえだろうが」
ガイセイが腕を振るい、ホワイトが剣を振るう。
それだけで木っ端モンスターの群れは細断され、大地に転がっていく。
だがそれはBランク以下の話、Aランクモンスターはなおも向かってくる。
「それよりもこう言ったらどうだ? 俺一人じゃ無理だから力を貸してくれってな。そっちの方が立派なハンターだぞ」
「言うじゃねえか、じゃあ途中で泣き言言うなよ」
警鐘が鳴り響き、各隊のハンターたちが基地の前に布陣する。
いつもと変わらぬ仕事だが、普段と違って助けを乞えない。
今自分たちが最も頼りとするAランクハンターは、この場にいないのだから。
だがそれでも、陥落するわけにはいかない。
彼の留守を守り、彼が向かっているカセイを守る。
それが彼ら討伐隊の使命なのだから。
「各員、奮起せよ! 討伐隊の使命を果たせ!」
ジョーの指示に、誰もが同調し、雄たけびを上げる。
Aランクハンターを支えることこそが、Bランクハンターの使命なのだから。




