籠の鳥
一方、ところ変わってドルフィン学園。
侯爵家の子供たちが勉強をする、全寮制の学校。
そこの生徒であるパンシー・パンジーとナイト・ダンディラは、以前にバブルたち四人と騒動を起こしかけた。
この場合の起こしかけたというのは、殺人事件じゃなくて殺人未遂事件でしたよぐらいの話で、かなりの大問題に発展していた。
結果的に黒幕のような立場のパンシーの両親が酷い目にあったりしたのだが、実行犯に位置する二人もまた相応の罰を受けざるを得なかった。
そう、卒業するまで毎日便所掃除である。
およそこの世には多くの仕事が存在するのだが、便所掃除ぐらい万人が嫌がる仕事もそうないだろう。
万人がその存在を知っていて、万人がそれを利用している。分かりやすく嫌な仕事だった。
「ううう……」
「く……」
侯爵家の生まれである二人は、当然この罰を受けるまで、一切そんなことをしたことがなかった。
したことがなかったとしても、もちろんやらされる。どれだけ嫌がっても、当然やらされる。それが罰というものだ。
そして、便所掃除というのは、意外とわかりやすい仕事である。
この場合のわかりやすいというのは、手抜きがすぐにばれるという意味だ。
毎日掃除するからこそ、手抜きをしていればすぐにわかってしまう。
「君たち、励んでいるようで何よりだ」
男子トイレをナイトが、女子トイレをパンシーが。
それぞれ掃除しているこの現状。
互いに掃除道具を持って移動しているところに、担任の教師が声をかけてきた。
「せ、先生……」
「毎日ご苦労、卒業まで毎日頑張ってくれ」
もちろん担任教師も「君たちの頑張りは見せてもらった、もう十分だよ」とは絶対に言わない。
むしろこのままやり切ってね、という具合であった。だがしかし、生徒たちはそれを言って欲しいわけで。
「あの、先生……どうしても、トイレ掃除を続けないと駄目ですか」
侯爵家のご令嬢とは思えない、掃除用の仕事着。
それを着ている彼女は、本当に精神的に参っていた。
「ああ、もちろんだ」
この世にこんな心無い言葉があるのだろうか。
言葉とは、こんなにも人の心をえぐるものである。
「なに、別にこのまま掃除夫になれと言っているわけじゃない。毎日学校中のトイレを掃除しろと言っているわけでもない。毎日一か所を掃除しているだけだろう?」
「それは、そうですけど……」
「卒業までって……数年間はあるんですけど」
世の中には、想像以上の恐怖だとか、想像以上の苦痛だとか、想像以上の嫌悪感だとか、そんな言葉が蔓延している。
しかし『毎日便所掃除をする』というのは、極めて想像の範囲内の辛さだった。
想像通りに辛かった。
「なんだ、死にたいのか」
想像を絶する返答だった。
「死にたくないです」
「殺さないでください」
「ああ、安心してくれ。別に私たちに罪が問われるような死に方をするわけじゃない。もっとうまくやる」
この世で二人だけが安心できない情報だった。それ以外の全人類が安心できる情報だった。
「冗談だ、安心しろ。わざわざ殺すようなことはない。そんなこと、するまでもないからな」
「それって、どういう意味でしょうか……」
「君たちがなにかの拍子で限界を迎えて『もう絶対に便所掃除なんてしない』と言ったとしよう。その場合、私たちが何をすると思う? 何もしないさ」
貴族や王族の子供が、お稽古やら勉強やらから逃げるのはよくあることだった。
子供がトラウマになるレベルで、徹底して躾けられることもままある。
しかしそれはそれで、教員側の負担でもある。成果が出なくて、親から叱られることもある。
もちろん、勉強をしなくて苦労するのは、さぼろうとする子供でもある。そういう意味では、運命共同体と言えるだろう。
だが今回の場合は、その限りではない。
「ただまあ、あのとき便所掃除をさぼらなければなあ、という気分のまま余生を過ごすことになるだろう」
「卒業後がすぐに余生なんですか?」
「そうだが」
「そうなんですか……」
男子にとっても、女子にとっても、毎日便所掃除を続けるのは心理的に負担である。
それが学校公認の罰であり、他の生徒から「アイツら罰でトイレ掃除してるんだぜ」と言われ続けることになる。場合によっては、一生。
もしも彼らが将来偉人になったら、間違いなく学生時代の逸話として明記されること間違いなしである。
なお、バブルたちはある意味既に偉人伝を進んでいるので、彼女たちの武勇伝の一つとして流れ矢のように記録される可能性は既に存在している。
それは今、貴方が見ている物語かもしれません。
「君たちも理解しているだろうが、これは罰だ。この学校ではちゃんと専門の方にお願いしているから、君たちよりもずっと上手に掃除ができる人がいる。だがそんな人たちのシフトを邪魔してでも、君たちに罰を与えているわけだ」
罰とは辛いものであり、辛くなければ罰とは言えない。
二人が辛く苦しい思いをしたうえで、周囲が「ああはなるまい」という反面教師にしてくれないと意味がないのだ。
「そして君たちがそれを放棄するということは、それこそ君たちに罪を償う気がないということだ。確かに数年間毎日便所掃除をするというのは、それこそ辛いだろう。だが不可能ではないし、罰と言うには比較的軽いものだ」
毎日一か所トイレ掃除をする。
それは辛いだろうが、不可能ではない。
不可能ではないことが達成できないのなら、それは完全に本人の過失である。
「これを達成した暁には、君たちの評価は死刑寸前のマイナスから、一気にゼロへ近づく」
「マイナスのままなんですね……」
「当たり前だ。償わなければならないような罪を犯した時点で、ゼロより下だ。大抵の人間は、償わなければならないような罪を、一生で一度も犯さないものだ」
さすがに誇張めいた発言かもしれないが、流石に反論できない。
「だが償わなければ死刑寸前のマイナスのままだ。そこから上がることに意味を見出せないのなら、それこそ『一生便所掃除させてください』ということになるぞ」
(どういう状況なんだろう)
学校とは分からないことを聞く場所であり、さらにそこからわからないことがあったら教師へ質問をするための機関なのだが、それでも聞きたくないことは存在していた。
「まあとにかく、便所掃除と死ぬの、どっちがいいのかという話だ。平民でもできる仕事を放りだすようなら、それこそ侯爵家としてどうかと思わないかね」
(結局死ぬのが選択肢に入っているのか……)
多分本当に殺されるんだろうな、という圧力があった。
なにせ既に大王と大公が動いている。その二人を煩わせた本人たちが罪を償うことを放棄すれば、何が起きても不思議ではない。
「なに、君たちは幸運さ。なにせバブル君達はモンスターに食われて死ぬんだ、それに比べれば大したことではない」
(結局死ぬんだ……)
基本的に、ナイトもパンジーも、教師たちも基本的な認識に違いはない。
危険なところに非才な身で赴いて、貴人を守って死ぬのだ。
それを偉いと思うか、バカだと思うかの違いでしかない。
「その最たる例が、今のAランクハンターでもある。彼は本来自分の身だけを守ってくれるはずのモンスターを戦力として割き、さらに虚弱な身で危険地帯に残り続けている」
そして公益のために危険を冒す者を、教師たちまともな大人はバカにしない。
「彼が明日死んでも、私はまったく驚かない。ただ死を悼み、感謝をささげるだけだ」
※
やはりと言うべきだろう。
狐太郎が倒れて死にかけている姿を見ても、カセイの名医はまったく原因がつかめなかった。
それを分かっていた大公は。
「すまない、狐太郎君……私は……君を助けられなかった……」
「いいんですよ……正直……いつかこうなるんじゃないかって……思ってましたから……」
狐太郎の顔から、どんどん生気が消えていく。
おそらく蝶花が限界に達したところで、彼の命も尽きるだろう。
そう思うほどに、彼の命は余りにも儚かった。
いわば、生命維持装置の停止。
狐太郎の身に、死が迫っていた。
そしてその彼の周りには大公だけではなく、四体の魔王や、戦友でもあるBランクハンターたちがいた。
もう打つ手はなく、別れを待つ段階である。
(……いつ死んでもおかしくない人生だったが、こんな死に方なら悪くはねえさ)
多くの人に見守られながら、惜しまれつつ死ぬ。
もがき苦しむとしても、誰かがその手を取ってくれる。
長く苦しむことはないだろう、直ぐに死ねるはずだ。
「ジョーさん」
「狐太郎君……」
「お世話に……なり……ました」
「……ありがとう、今まで本当に頑張ってくれたね」
如何に虚弱とはいえ、安寧に過ごしていればもっと長く生きられたはずの狐太郎。
その彼が死ぬ間際に、感謝を伝えてくる。
善良なジョーにとって、どうしても苦しいことだった。
「ガイセイ……ホワイト」
「なんだよ、ひとまとめか」
「……遅くなった。手遅れになって、悪かった」
「後のこと、頼みます……」
虚弱ではあるが、無様ではなかった。
格好いいと褒めることが無礼に思えるほど、消えゆくろうそくは潔かった。
「シャイン……さん」
「ゆっくり、落ち着いて……」
「実は……貴女には……」
「私なんかに体力を使わなくてもいいのよ? 短くていいんだから」
「貴女には……黙っていたことが……」
秘密を墓までもっていく、という言葉もある。
今狐太郎は、それを二択で選ぶ状況だった。
そして彼は、墓にもっていかないことを選んでいた。
「スコーン……」
「え?」
「アカネのやつ……に、たくさん作ってくれましたけど……アイツ、途中で……」
「ふふっ……今、そんなこと言わなくていいのよ」
律義だった。
この期に及んでも、狐太郎はどうでもいいことに体力を割いている。
この律義さで前線基地は守られ、この律義さが彼を殺したのだ。
「大公様……」
「狐太郎君……」
「俺、実は……どうしても、謝らないといけないことが……」
その部屋にいた全員が、思わず緊張した。
この状況で狐太郎が大公に謝ることなど、一つしかない。
「じ、じつは……あっ……かっ……」
だが、それが言えなかった。
いよいよ狐太郎に残った生命力が、使い切られようとしている。
「アカネ君、クツロ君、ササゲ君、コゴエ君……私はもういい、残った分は、君たちが……」
無念を握りしめながら、大公は下がった。
彼が下がるや否や、四体は彼に寄り添う。
「い、今まで……今まで……ありが、とう……」
もしも誰かが何かを喋れば、そのまま消えてしまうような、か細い声だった。
「お、おれは……み、みんなに……も……あ、あ、あ……」
何もかもが、もうろうとしてきた。
だからこそ難しいことが言えず、漏れ出る言葉は感情の表れだった。
「ごめん……」
謝りたかった、謝るべきだった。
最初から、最初の最初に、これを言うべきだった。
「ち、ちがうんだ……」
これを伝えることが、どれだけ難しかったとしても。
それでも、彼女たちにそれだけは伝えなければならなかった。
「ちがうんだよ……」
何が、誰に伝わるのだろう。
四体と狐太郎の関係など、余人には伝わる筈も理解できるはずもない。
そもそも、これだけ混濁した意識の中で、意味のあることが言えるものか。
「俺じゃ、ないんだ……」
だが、わかることがある。
彼が一体どれだけ、彼女たちに謝りたかったのか。
感謝ではなく、謝罪をしたかったのか。
「ごめん……お、おれ……」
溜めこんでいたものが、溢れて止まらない。
彼の中に残っていた最後のものは、彼女たち四体への謝罪なのだとしたら。
それは……。
「ご、ご主人様! 謝るのは私だよ!」
「そうです、私たちです!」
アカネとクツロは、それに耐えられなかった。
狐太郎が残った命を振り絞って謝罪をしようとしているのに、それを打ち消してでも謝罪をしていた。
「なんで謝るの! なんでご主人様が、私に謝るの!」
「お願いします、ご主人様! どうか、どうか……」
心の底から出た、命の底にあったものが、四体への謝罪なのだとしたら。
それは真実だったとしても、受け止めきれない。
今までずっと、家族としてやってきた。
魔王になってこの世界に来てからも、ずっと楽しかった。
嫌なことはあったけども、苦しいこともあったけども、ままならぬことばかりだったけども。
まさか、自分たちの主が、自分たちに謝って死ぬなんて、二体には耐えられない。
「黙りなさい! 二体とも、ご主人様が一体どれだけ苦しんで言葉を吐いているのか、わからないわけじゃないでしょう!」
それはササゲも同じだ。
だが死ぬ間際の声を遮るなど、何があっても許されることではない。
ましてや己の主と決めた男が、契約に殉じて命を落とす間際なら、それは受け止めなければならないのだ。
「でも! でも!」
「ササゲ……」
「ご主人様に、言わせなさい! 言わせてあげなさい!」
悲痛な争いだった。
それを止める手立てなど、この場の誰も持っていない。
三体は狐太郎を慕うがゆえに、心があるゆえに、尊厳を持つがゆえに。
都合よく、主の言うことに従うコマではないがゆえに。
契約によって縛られた、拘束された関係ではないがゆえに。
死の間際で、争わずにいられないのだ。
「そうじゃないと……ご主人様が、かわいそうでしょう……」
この世界には、ルールがある。
この世界にも、どの世界にも、ルールがある。
ルールがある以上は、誰かが決めているということだ。
それを神と呼ぶのなら、なるほど神はいるのかもしれない。
神の定めたルールに逆らう力は、この世界に存在しない。
神の決めたルールに従えないものは、死ぬしかないのだ。
「ササゲ、アカネ、クツロ」
ある意味自然の体現者であるコゴエは、いつもと同じような声色で三体へ話しかけた。
「なに!」
「なによ!」
「……コゴエ、貴女まで」
冷静であること、非情であること、合理的であること。
それは時として、怒りを生む。
過熱した三体は、コゴエをそろって睨んでいた。
「気持ちはわかるが、落ち着け」
落ち着けと言われて、落ち着けるだろうか。
少なくとも、コゴエの話し方では無理だった。
「ご主人様。医療に関して門外漢である私が、勝手な判断をすることは躊躇われたのですが、こうなっては仕方ありません」
コゴエの目にも、狐太郎は死ぬ間際である。
この世界の専門家たちも、打つ手がない。
だからこそ逆に、素人の思い付きを試せる段階だった。
藁にもすがる思い、とはこのことだろう。
「失礼します、ご主人様」
雪女である彼女は、呼吸が浅く、弱くなっている狐太郎の服を脱がせ始めた。
「何をするつもり、コゴエ……まさか雪女のタイカン技か何かで……」
「そんなものはない」
何か知っているのか、思い当たることを口にするササゲ。
しかしそれを、コゴエはあっさりと否定していた。
「失礼します」
コゴエはズボンまでも脱がした。
露わになった姿は、Aランクハンターとは思えぬか細い体だった。
「ね、ねえコゴエ! 何する気なの?!」
「服を脱がせて、何をする気?!」
周囲にいる、この世界の人々も、コゴエの行いが何を意味するのか分からない。
ただ彼女が冷血非道ではないことを知っているがゆえに、ただ見守っていた。
「服を脱がせて何をするつもりなのかだと?」
世界には、ルールがある。
神が定めたルールがあり、人が定めたルールがある。
「知れたこと、服を着せるのだ」
は? と全員が間抜けな顔をした。
意味は分かるが、まさか死に装束に着替えさせるわけではあるまい。
「ご主人様の生命を守る、この服にな」
コゴエが着せ始めたもの。
それは狐太郎が普段着ている、数少ない彼の特権だった。
※
意外なほどあっさり、狐太郎の命は持ち直していた。
呼吸は正常になり、脈拍も安定している。
体は弱っているが、それでも速やかな命の危機からは脱していた。
「すまないが……この服には、そんなすごい力があるのかね?」
鎧でもなんでもない服を着せただけで、死の間際にいた者が復活する。
それは普通では考えられないことだった。
死の淵から生還した狐太郎を喜ぶことができない、この世界の人々。
大公は代表して、コゴエに聞いていた。
「あるわけないでしょう。そこまで便利なものなら、体が弱った時点で着せていたわ」
コゴエの代わりに、ササゲが答えた。
この服の機能を知っているササゲをして、この状況は不可解極まっている。
「この服は、一種の……そうね、祝福のようなものがかかっている。防御力なんて全然ないし、戦闘能力がある者は着れないけれども、その代わり温度変化などの環境変化に対して非常に強くなれるのよ。でもそれだけ、病気を治す力なんてない」
ササゲの言うとおりである。
狐太郎の着ている服が高性能であることは、この場の誰もが知っている。
彼はこの服を着ているからこそ、雪女であるコゴエと真冬に散歩できるのだ。
その一点だけは、他のハンターたちに比べて大きく超えている点と言える。
だが治す力はない。
それはそうだろう、服の能力を大きく超えている。
「コゴエ、まさか一か八かってわけじゃないでしょう? 何か思いついたことでもあったの?」
「……私は最初から、おかしいと思っていた」
この世界のAランクモンスターは、それこそ超絶の生命である。
その戦いを近くで目の当たりにし続けてきた彼が、寿命を削って死にかけたこと自体は誰も不思議に思わなかった。
だがそれは、コゴエ以外は、である。
「確かに疲労の蓄積もあっただろう、心労がたまっていたことも事実だろう。だがしかし、何のきっかけもなくいきなり倒れるか?」
「それは……そうね」
少なくとも昨日までは、狐太郎は普通だった。
徐々に弱っていたわけではないし、一気に心が身軽になるようなことがあったわけでもない。
にも関わらず、唐突に苦しむことは、彼女の基準ではおかしなことだった。
「もちろん、未病という考え方もある。何かの病気がそのきっかけとなって、ご主人様の体が一気に不調になったとも考えられた」
「だから、最後まで出しゃばらなかったと」
「その通りだ。だがこれではっきりしたな、ご主人様の体調不良の原因が」
世界には、ルールがある。
ルールとは、突き詰めれば「そこにあって当然」のもの。
まるで空気のように、酸素のように、あって当然だと思い込んでいる。
「呼吸ができなくなっているのは、内的要因ではなく外的要因。つまり……空気そのものがおかしくなっているのだ」
では、空気とは誰が作ったのか。
では、酸素とは誰が作ったのか。
この星が生まれたとき、最初から存在していたのか。
否。この星にも、どの星にも、最初から酸素など存在しない。
原子レベルでの酸素は存在し得ても、酸素分子は存在しなかった。少なくとも、今ほどには。
「我等や先祖返り、この世界の住人にとっては問題にならない程度だろうが……気圧か、大気中の成分か、その両方がおかしくなっている」
「それってまさか……」
世界のルール、空気の如きもの、酸素のごときもの。
否。空気そのもの、酸素そのもの。
この世界の生物は、酸素がなければ死ぬようになってしまった。
呼吸して、酸素を取り込んで、二酸化炭素として吐き出さなければ、生存できないようになってしまった。
そのルール、呼吸というルールを生み出した『生物』。
「植物型最強種、Aランク上位モンスター……ダークマターだ」
暗黒物質の名を授かった『藻』。
ただ生きているだけで世界を変える怪物の活動が、活発化しているということだった。
「ダークマターが周囲の大気を変化させ、その変化によってご主人様だけが倒れたのだ。籠の中の鳥、金糸雀のようにな」
世界のルール、環境の変化。
それに適応できない生物は、滅びるしかない。
「つまり……そのダークマターを殺せばいいのね」
クツロは怒りをむき出しにする。
天命の如き死が、本当に天命だったならば。その天を討つ。
「私が焼き殺してやる……」
アカネもまた怒りに震える。
彼女の周囲の温度が上がり、熱気が膨れていく。
今もなお、狐太郎は倒れたまま、気絶したままだった。
長時間適さない空気に侵されていたため、体の内側が破壊されてしまったのだろう。
「そう慌てるな、二人とも。気持ちはわかる、私も同じだからな。そうだろう、ササゲ」
だがそれは、野生動物の話だ。
人間には知恵があり、いくらでも対応できてしまう。
「ええ、誰にケンカを売ったのか……教えてあげましょう」
環境を破壊する生物、それが人間である。
その下僕であり外来種である彼女たちに、環境を保護する気など一切ない。
「そのダークマターはご主人様のことなんか知らなくて、ただ生きているだけだって言うのなら……生きることさえ許さないわ」




