死生命あり
こうして日々は過ぎて、真実を知った究極のモンスターはなんとか心の傷を癒していた。
「ということで、狐太郎さん。改めてこいつが俺のモンスター、究極です」
「僕の名前それで押し通す気かい?」
モンスターパラダイス2-最高のパートナー-のラスボス、究極のモンスター。
三段階に変身し、それぞれに強力なパッシブスキルを持つ、場合によっては勝ち目がまったくないモンスターである。
新しく参入したBランクハンター、ホワイト・リョウトウと相棒であり、改めて狐太郎たちの前で自己紹介することになった。
「ちょっと前まで落ち込んでいたんですけど、もうおかげでずいぶんよくなりました。ほら、御礼を言えよ」
「まて、僕の名前を究極にするな」
「すみません、コイツ結構気難しい奴なんで……ほら、Aランクハンターに失礼だろう」
「君が僕の尊厳を汚しているよ!」
物凄くぞんざいに扱われている究極のモンスター。
彼女が元の世界で生み出された悲しきモンスターということで、四体も狐太郎もひたすら顔をしかめている。
雑に扱われているが、雑に扱われないほうがかわいそうなので、いろいろな意味で哀れである。
(これでいいのだろうか……)
特に狐太郎としては、彼女との接し方が難しかった。
なにせ彼女は、何から何までメタな存在である。
(モンスターパラダイス7の主人公並に哀れな彼女を、俺は素面で見ることができない……)
人は落ち込んでいる時、一緒に悲しんでくれる人を求める。
しかし悲しみから立ち直った時に、一方的に哀れまれると腹が立つ。
哀れまれる立場である自覚が、苛立ちを生んでしまうのだ。
「くっ……この憐憫の目……耐えられない!」
「事実だからな、究極」
「モンスターの名前としてどうなのさ!」
「苗字だと思えばいいだろ? 名前は自分で考えるとかさ」
「究極って言う苗字の時点で、もう何もかも駄目だよ! 究極という苗字がすべてを打ち消すよ!」
怒ってつかみかかる究極。
彼女は今吸収形態なので、攻撃すれば吸収されてしまう。
その関係上、もみ合いではめっぽう強い。
「いやまあ、見ての通りこいつも大分調子を取り戻したので、戦力になります。蝶花さんや獅子子さんも抜山隊に復帰するので、俺も個人として正式に討伐隊へ参加します」
「うんまあ……一時期俺が暇になるほど活躍してくれたからね」
ガイセイはAランク中位までなら一人で一体ずつ倒せるし、ホワイトもAランク下位までなら複数倒せるし、麒麟もBランク上位までならぎりぎり一対一で倒せる。
そして如何にこの森の水準が狂っているとはいえ、流石にそうしょっちゅうAランクと遭遇することはない。
つまり、抜山隊の一般隊員は本当に暇だった。
Aランクハンター候補が二人もいれば、そりゃあ暇になるだろう。
「ということで……ごほん」
ホワイトは、何時かのことを思い出す。
究極と出会った時に、悪魔に襲われていた避難所のことを。
あそこで助けた人たちから、どれだけ心無い扱いをされたのかを。
助けてもらって、感謝せずに怒ることが、どれだけ醜いのかを。
「いつかの恩義、返させていただきます!」
今日の自分がいるのは、目の前の狐太郎たちが助けてくれたから。
彼らがいなかったら、自分はとっくに死んでいた。
その借りを返す。それが再起の一歩目であるべきだ。
「ふふふ……Aランクハンター狐太郎さん……」
なお、からかうネタを思い出した究極ちゃんは、不気味に笑いながら質問をする。
「聞けば貴方とホワイトは一緒に試験を受けたとか……何か憶えていることとかあります?」
「憶えていること?」
「あ、お前! あえて避けていたことを!」
ホワイトが二度目にこの基地を訪れる前に、狐太郎たちに連絡が行っていた。
なにせ今回ホワイトは、シカイ公爵からの使いとしてきたのだ。
狐太郎のところへ向かう前に大公に会っているのだから、その時点で連絡は来ている。
それが、ホワイトにとって救いだった。
もしも自分を覚えていたら、あの時の無様なふるまいを覚えられているということである。はっきり言って、忘れて欲しいことだった。
だが忘れられていたら、それはそれで腹立たしい。人間とは面倒なものである。
なので『狐太郎は覚えていたのかもしれないし忘れていたかもしれない』という絶妙なラインは、できるだけ崩したくなかったのだ。
「どうだったんですか、ホワイトのこと。憶えてたんですか、忘れてたんですか?」
あえて自分の主の恥を探る究極ちゃん。
その姿勢は『捨てられまいとする犬』ではなく、気心の知れた友人だった。
ある意味、信頼のなせる業であろう。
まあそもそも彼女がそれを知っている時点で、ホワイトが彼女にかなり心を許しているのだろうが。
「憶えていると言えば……まあ憶えていたけども」
「へえ、どんな印象?」
ホワイトは思わず身構えた。
果たして狐太郎は、自分のことをどう思っていたのか。
知りたいと言えば知りたかったし、知りたくないと言えば知りたくなかったのだ。
「プッシュエフェクトの人」
「なんだそれ!」
狐太郎がこの世界に来て、初めて見た『魔法っぽいなにか』。
それがホワイト・リョウトウのプッシュエフェクトだったのだ。
一番最初に見た物がそれなので、どうしても印象深かったのである。
「あ、私も」
「私もね……」
「私もだわ」
「私もだ」
四体とも、同じ意見だった。
やはりそのあといろいろあったので、印象が薄れたのだろう。
具体的には、ケイとかランリとか。
(この世界に来て一番印象深いことって、今でもリァン様連続殺人事件なんだよな……)
一番肉体的ダメージを受けたのがアカネに踏まれたことで、一番心が苦しかったのは大公をみんなで騙したときである。
凶暴なモンスターたちの渦中に飛び込む時とか、モンスターの群れの中で置き去りにされることとかは、仕事上のことなので大分麻痺している。
(やっぱり目の前で人が殴り殺されたら、他のことなんて些細だよな……)
あの時見た、公女様のエグイ背筋。
あれもまあ、見事すぎて忘れられなくなっている。
「プッシュエフェクトなんて珍しくもないだろう?! 他にないのか?! それだと他にいくらでもいるだろう!」
「ごめんなさい」
「くそっ! こんな森で過ごしていたら、俺のことなんて忘れちまうのか!」
悔しそうなホワイトだが、森とかモンスターはあんまり関係ない。
印象深いのは、いつだって人間である。
「とにかく……貴方が忘れても、俺は忘れていない。ものすごく悔しくてやるせなくなるが……貴方に救われた命だし……この間も助けてもらったし……これから当分の間は助けてもらうし……頑張ります」
幸先の悪いスタートだった。
寄りにもよって最悪のケースに遭遇し、いきなり狐太郎に助けてもらうことになってしまったのである。
せっかく強くなってきたのに、格好がつかなかった。
「いやいや、とっても頼りにしてますから! 頑張ってくださいね!」
とはいえ、狐太郎は当然期待しているし、頼りにしている。
ガイセイと同等の資質を持つハンターの参入は、本当にありがたかったのだ。
「もちろん、究極ちゃんのことも期待してるからね」
「あの、僕自分で名前考えておくので、究極ちゃんって言うのはこれっきりにしてくれませんか?」
※
時間は過ぎていくものだ。
ホワイトが帰って、夕食を済ませた後の狐太郎は、そんなことを考えながらベッドに入った。
いつも着ている冒険服も、この時ばかりは脱いでいる。
元の世界に比べれば文明水準が低く、お世辞にも過ごしやすいとは言えない生活も、大分慣れてきた。
住めば都とは言うし、そもそもかなり金は余っているので、それなりに気を使ってもらっている。
それならばまあ、慣れれば大体気が楽になるのだ。
(本当に……仕事が楽になったもんだ)
ベッドに入ると、いろいろなことを考える。
いろいろなことを考えても未来に不安を覚えない程度には、現状満たされていた。
最初は、四体の魔王しかいなかった。
もちろん彼女たちは強いし頑張ってくれていたが、あくまでも戦闘要員で、警戒とかは得意ではなかった。
その上バリアの類も不得手で、仲間同士のシナジーも悪くて、回復役もいなくて、タンク役もいなかった。
それでよくもまあ、死ななかったもんである。今更ながら、運がいいのか悪いのか。
(なんだかんだ言って、ブゥ君が来てくれて良かったよ……)
この世界に来て初めての仲間は、ブゥ・ルゥとセキトだった。
彼らはやはり戦闘要員で、求めていたことは全部できなかったが、戦力にはなってくれた。
少し前に進んだことで、いろいろと気が楽になったのだ。
(あの後アパレが来てくれて……来てくれてっていうか……連れてきて契約したって言うか……)
封印されていた大悪魔、アパレ。
彼女とその眷属は、今戦闘要員としても活躍してくれている。
Bランク中位や下位の戦闘能力をもつ悪魔たちは、歩兵としてみれば凄い優秀であるし、いざとなればブゥをより強化してもくれる。
それに数十体態勢で守ってくれているのだから、物凄い安心感がある。
しかも命をかけて戦ってくれるので、本当にありがたい。
(十勇士もまあ……うん……まあ……)
ネゴロとフーマは、迫害されてるだけに、有能ではあるが強くはなかった。
(アパレと契約する時に、有効活用しておけばよかった……)
斥候としては優秀なのだが、何分強くないのでちょっとしたことでぼろぼろになる。
いやまあ、この森で働くことが既に『ちょっとした』どころの騒ぎではないのだが、とにかくよくぼろぼろになるのだ。
今のところ十勇士に欠員が出ていないのは、いろんな意味で奇跡である。
(サカモとあのドラゴンは……まあ、戦ってくんねぇからな……)
後しばらくしたらこの森に来るであろう若きクラウドラインや、現在飯炊きをしているサカモ。
あの二体は強いのだけども戦うのを嫌がっているので、たぶん今後も戦力になってくれないと思われる。
素の戦闘能力は相当高いはずなのだが、本人たちが賢いので危険を冒してくれる可能性は低い。
(あの学生さんたち四人組ももうしばらくしたら来てくれるらしいけど……下手したらネゴロやフーマより弱いだろうし……ああ、でもバリア専門と回復要員は欲しいよな……)
振り返ってみると、戦力は増えているが、ほとんど悪魔で賄われている。
(ブゥ君への依存が凄い……)
よく考えるとブゥ以外にまともな仲間が増えていない。
強いし気も合うし最高の関係だとは思うのだが、それでも一人しかいない。
(最初に大公様が呼んだだけのことはあるのか……ううぅむ……)
もしかしたら、ブゥやほかの四体への日ごろの感謝が薄れているのかもしれない。
もっと優しくできるのではないか、そう思うと寝る前ながら気が沈んだ。
(……アカネ、コゴエ、クツロ、ササゲ)
ふと、手を伸ばす。両手を天井に向ける。
そこにあったはずの機械を思い出す。
まだ世界のすべてが、この手に収まっていた時のことを。
(俺も、究極ちゃんを作らせたやつのことを悪く言えねえ……結局俺はあの子たちを利用しているだけだ)
本当のことなど言えるわけもないが、だとしてもせめて、誠意は尽くすべきだろう。
そうでないと、あまりにも不義理が過ぎる。
「……明日から、俺ももうちょっと優しくしようかね」
そう思って、彼は目を閉じた。
※
世界には、ルールが存在する。
生き物には、ルールが存在する。
生きていくには、呼吸をして食事をして睡眠をして。
他にも運動をして排泄をして思考をしなければならない。
ともかく、生きるとは、とても『不安定』なことである。
死や無生物に比べて、生物は余りにも容易く変化する。
それが、ルールである。
そのルールを決めた者が、この世界にも存在する。
この世界に人がいるのならば、動物がいるのなら、植物がいるのなら。
やはり、世界の営みを誰かが決めている。
たとえどれだけ強大な生き物でも、或いはどれだけ強大な権力を持っていても。
その理から逃れることは、できない。
「ご主人様、朝ですよ~~……どうしました~~?」
この世界では、夜更かしをしてまでするようなことがほとんどない。
だからこそ逆に、朝はとても早い。
誰もが起き上がって、活動を始める。それは狐太郎たちも例外ではない。
にもかかわらず、今日は狐太郎が中々起きなかった。
なので代表して、クツロが彼のもとに向かった。
「あっ……あっ……あっ……あっ……!」
そこにいたのは、まともに呼吸もできずに苦しんでいる、貧弱な小男だった。
「ご、ご主人様?!」
ベッドの上で顔を青くしている彼を見て、クツロは血相を変えていた。
「ね、ネゴロ、フーマ! 聞こえているのならすぐに来なさい! 治療所から、治癒属性の使い手を、早く呼んできなさい!」
来るべきものが来たと、彼女は思っていた。
余りにも過酷すぎる、異世界での暮らし。
魔王よりも強大な、Aランクモンスターたちとの闘い。
それらが、ひ弱な狐太郎の体に負荷として蓄積し続けたのなら、いつ倒れてもおかしくなかった。
それが、ついに訪れてしまったのである。
「き、昨日までは、あんなに元気だったのに……!」
クツロは膝をついて、狐太郎の手を取った。
あまりにも小さい、人間の手。
その手には、ほとんど力が入っていない。
「ご主人様……ついに、お倒れに……」
無理のし通しだった。
これだけ弱い人が、ずっと自分達と一緒に戦ってきてくれたのだ。
その事実に、彼女は涙が流れる。
「ご、ご主人様!? ご主人様、倒れちゃったって本当?!」
「アカネ、落ち着きなさい! とにかく、部屋に入っちゃダメよ!」
「その通りだ、騒がしくしてはいけない……」
「でも、でも!」
他の三体も、この部屋の前で騒ぎ始めた。
しかし彼女たちが来たところで、一体何になるというのか。
一体どんな理由による病なのかはわからないが、それでも魔王四体ではどうにもならない。
戦うことはできても、癒しは専門ではない。
そしてこの地の医療技術が、この地の人々を基準としている以上。
その治療が、狐太郎に有効とは思えなかった。
「……ご主人様、どうか頑張ってください」
どれだけ傍にいることができたとしても、これは狐太郎の孤独な戦いである。
彼の生命力が尽きれば、もう手の施しようなどないのだ。
虎威狐太郎は、倒れるべくして倒れた。
それは必然であり、誰も意外には思えなかったことである。
それだけの負荷を課していると、誰もが知っていたのだから。




