切磋琢磨
兎太郎君のバイトについて。
普通にコンビニとかです。
モンスターパラダイスの世界は基本的に『人間が支配者』ではありますが、公正で公平であることを良しとしています。職業選択も公平です。
というか人権問題がうるさいので、人間の都市では、人間だけが就ける職業も、特定のモンスターだけが就ける職業も基本的にありません。
人間だけが就ける職業は、政治家などです。
これを人間以外にも許してしまうと『モンスターの自治区の政治を人間がやっていい』としないと、かえって不公平になるので
(人間の都市は、人間の自治区という扱いになるので、人間だけに自治権があります)
「あのね、ご主人様。私いろいろ考えたんだよ」
思い詰めた顔のアカネが、朝ご飯を食べながら話を切り出した。
「このままじゃ、駄目かなって……」
「永遠に諦めろ」
「まだ本題に入ってないのに?!」
切り出したら即座に黙らされた。
もう彼女が何を言い出すのか、完全に読み切れている。
というか他に言うことが何もない。
「私の願いを聞いてくれないの?!」
「あのなあ……割とマジで言うが、ここにいる苦楽を共に越えた仲間に聞いてみろ。俺が死ぬとしたら何が原因だと思う」
「アカネに踏まれる」
「アカネに落とされる」
「アカネに縛り付けられたままぐちゃぐちゃになる」
素晴らしきかな、仲間たちからの信頼。
皆が皆、彼女の野心を否定していた。
「ぶっちゃけて言うと、サカモがいるから要らねえんだよ」
「ぶっちゃけ過ぎだよ~~!」
なるほど、モンスターの背中に乗って走るのは楽しい。
モンスターも結構楽しんでいるし、人間も楽しい。
その気持ちは理解できた。
でもアカネは体感できていないわけで。
「逆に考えろ、サカモの仕事を取るな」
サカモはこの間来た、若いクラウドラインとは色々と異なっている。
体を分割して省エネモードになることもできるし、人間の姿になって基地の中に入ることもできる。
なのでこの基地にいる限り、彼女はかなり安全だ。その点は、本当に便利である。
何が便利かと言えば、飯炊きという役割が担えるからだ。戦わなくてもいいし、逃げても怒られないのである。
「ご主人様はあの子が乗騎でいいの?! あの子は現状に甘んじているんだよ?! 私、最終的には戦場でご主人様に乗り回されたいっていう大志を抱いているんだよ?!」
「最初の段階もクリアしてないのにそんなこと考えるな。というか戦場ってなんだ、どういう状況だ」
彼女の夢が暴走している。
最初の一歩で躓いているので、転んだまま夢を見ているようだ。
はやく覚醒させなきゃ。寝るな、起きろ。
「まあとにかく聞いてよ、私のプランを」
「なあクツロ、ササゲ、コゴエ。あの究極ちゃんはどうしてる?」
「聞いてよ!」
やはり竜と人は分かり合えないのかもしれない。
竜は意見を押し通そうとするし、人間は相手にしないのだ。
「究極ならば、最近は持ち直しています。私たち相手なら、ある程度は」
「ただ……肝心のホワイトや、他の男性には会うことも嫌がっています。ホワイトはホワイトでどうでもいいことを手紙に書いて渡してくれていまして……それをよく読んでいますね」
「本当にどうでもいいことしか書いてないので、イライラしているようです」
「そうか……まあ心の傷は簡単に癒えないよなあ……」
今まで究極のモンスターは、彼女、とか、おい、とか、お前、とか呼ばれていた。
何分今まではホワイトとの二人旅だったため、それでまったく支障はなかった。
だがこれからは流石に不便である。なにせ女性が多くいる。
なので便宜上究極ちゃんと呼ばれていた。
かなりひどい名前だ、いろんな意味で酷い。
なにせ究極のモンスターとは、二人目の英雄が事件のあらましを公開した後では『人間が考えた人間に都合のいい、尊厳を認めないモンスター』という意味の言葉になった。
ある意味、故事成語である。言葉の意味が変わるのは、ままあることだった。
とはいえ他に呼びようもないので、とりあえずそう呼んでいる。
ホワイトがそう決めている。
「もうシリアルナンバーとかの方がよかったのになあ……ナンバーワンとナンバーゼロとか」
「相対的に、其方の方がマシですからね……」
「本当に、人間の怖さを思い知らされる話だったわ~~。昔よりも技術が上がっている証拠ね、やっぱり人間は停滞しない生き物だわ」
「うむ、それでこそ支配種。褒められたことではないが、自浄されているのなら文句はない。誰しも過ちは犯してしまうものだからな」
「私は?!」
アカネの心は、深く傷ついている。
「というかだな、いい加減お前その話題出すな。内心悔しがって、そこで終わらせろ。後は他のドラゴンに愚痴れ」
「酷いよ~~!」
「その話題を切り出されるたびに、お前に踏まれた古傷が痛むんだよ」
何度か死にかけている狐太郎だが、肉体へ直接攻撃されたのはやはりアカネに踏まれた時ぐらいである。
それはもう大ダメージで、しばらく立ち上がれない程だったのだ。
「そのうちお前の顔を見るたびに古傷が痛むことになるんだぞ、そんなの嫌だろう」
「まあそうだけども……」
アカネもその過失は認めている。
例えばいきなり襲われて振り落としてしまったとか、戦闘中にたたらを踏んで巻き込んでしまったとかなら、狐太郎はそこまで怒らないだろう。他のメンバーも、戦闘中だからしょうがないねと言ってくれるはずだ。
だが警鐘が鳴ったときとはいえ、いきなり起き上がって見回して踏んづけたのだ。完全に彼女の過失である。
「だからね……私考えたの、練習しようって」
前向きになったアカネの発言は、それなりに考える価値があった。
少なくとも、今までの発言よりましである。
「サカモちゃんに人を乗せて走るやり方を習えばいいんだよ!」
「……まあ……練習までは止めないが……」
これで練習まで止めたら、それこそアカネはへそを曲げるだろう。
狐太郎に危険が及ばないのなら、許可しない側に問題もあるわけで。
「いいけど、サカモに迷惑かけないでね? あの子がいないと、ご飯炊いてくれる子がいなくなるんだから」
「そうねえ、食事のレパートリーが減るのはちょっとねえ」
「お前には余り信頼がおけないな」
しかし、今までの確かな積み重ねが、彼女へ向けられている。
どうせうまくいかないんだろうなあ、と思われていた。
「大丈夫、私は諦めないから!」
夢を諦めない心。
それは乙女の原動力である。
なお、魔王なので不老不死の模様。
※
基地の外で、サカモとクツロ、アカネと狐太郎が話をしている。
もちろん話題は、アカネの練習プランだ。
「え~~? 面倒なんで断ってもいいですか、クツロ様」
「いいわよ」
話は終わった。
さあ新しい日常が始まる。
「駄目~~! クツロ、サカモ! 今日協力してよ~~!」
「アカネ様に何か教えるなんて、失敗したとき私のせいにされちゃうじゃないですか~~」
ある意味責任感の強いサカモ。
あるいは、危機感が強いと言えるのかもしれない。
そんな彼女に、狐太郎は信頼を置いていた。
(やはり賢い……)
君子危うきに近寄らず、という。
逆に言えば、危ういことに関わらないのは、君子に近いと言えるのではないだろうか。
「というか、ご主人様も私がいればいいと思っているんですし、アカネ様も諦めてくださいよ」
「その状況を私は打破したいの!」
宿敵に教えを乞う姿勢は立派なのだが、宿敵にも宿敵の立場があるわけで。
なぜ敵に塩を送らなければならないのか、サカモは賢いので拒否の姿勢である。
「……サカモ、気持ちはわかる。俺だってお前さえいれば、他に乗騎は要らない。お前に文句なんて一つもないんだ」
「ご、ご主人様……!」
「ぐぎぎぎぎ!」
結構嬉しそうなサカモ、めちゃくちゃ悔しそうなアカネ。
「でもまあ、このまま何もさせないと、それはそれでアカネが怒るんだよ。適当に課題だけやらせてやってくれ」
「ご主人様がそうおっしゃるのなら……」
サカモとしてもこのまま粘着させるよりは、適当な課題を与えて放置させたほうがいい。
サカモは賢いので、狐太郎の顔を立てていた。
「それじゃあアカネ様、これをどうぞ」
サカモは賢いので、断れなかった時に備えて準備をしている。
頭がいいと、話が早いのだ。
「何これ、リュックサック?」
「リュックサックがなんなのかは知りませんが、抱っこ紐とお弁当箱を合体させたやつです」
長い帯と、竹を編んで作った小さい箱。
サカモはそれをアカネに渡す。
「開けてみてください」
「わあ、おにぎりが入ってる。なんかいい匂いがしたと思ったんだよね、食べてもいいの?」
「なんでですか」
お弁当箱の中には、おにぎりがいくつか入っていた。
みっちり詰まっているわけではなく、けっこう隙間が空いている。
「これを背負って、走ってきてください」
「え、そんなんでいいの?」
「まあ練習ですから。終わったら食べていいので」
趣旨がよくわからないアカネは、赤ちゃんを背負うための抱っこ紐を器用に縛った。
なお、狐太郎もクツロも、この時点で趣旨が分かっている。
(こいつ……趣旨が分かってない……)
アカネの想像力の無さをこそ、二人は危惧していた。
「じゃあ行ってきま~す」
結構な速度で走り出したアカネ。
素でもかなり強い彼女である、当然走る速さは相当なものだ。
狐太郎の見ている前で、何度かぐるぐると円軌道で走ると、そのまま戻ってくる。
「これでいいの?」
「ではアカネ様、失礼して……」
背負っていたお弁当箱を御開帳。
中から出てきたのは、原形をとどめていないおにぎりであった。
「失格ですね」
「ええ~~?」
ぐちゃぐちゃになって中身が出ているとはいえ、普通に食べられるレベルの『混ぜご飯』。
それの何がいけないのか、アカネはわかっていない。
しかしサカモを入れた三人は、それが狐太郎の内臓に見えて仕方ない。
「あの、アカネ様。これをぐちゃぐちゃにしないように走る、という感じの練習なんですよ」
「なるほど……わかったよ、これがぐちゃぐちゃにならないように走れるようになれば、ご主人様を乗せても平気になるんだね!」
このままだと未来永劫無理だと思われることを、彼女は手が届く未来だと錯覚していた。
千里の道も一歩からというが、完全に五里霧中である。
「よし、じゃあもう一回頑張るよ!」
がつがつと、混ぜご飯を平らげたアカネ。
彼女はもう一度おにぎりを入れなおすと、しっかり紐を結んで走り出す。
「全力でダッシュすれば、速度が一定に保たれて、お弁当箱は揺れないはず!」
(まず走るなよ……)
アカネはある意味明後日の方向に努力していた。
速度に起伏をつけないという考え方は大事だが、まず高速で走らない練習をするべきであろう。
「あの、ご主人様……私、もう戻ってもよろしいですか?」
「あ、ああ、うん。ありがとうな、サカモ」
「いえいえ……おにぎりは結構作っておきましたので、練習にもお食事にもどうぞ……」
ああ、こりゃあどうせ無理だなあ、と見切りをつけたサカモは、早々に下がることにした。
やはり賢い。
「あの、私も帰りますけど……ご主人様は残られるんですか?」
「まあ……俺が見てないとアカネも拗ねるだろうし……」
「そこまで気を使わなくても……」
「ご主人様だからな、俺は……」
クツロがいっそ哀れに思う程、狐太郎は真面目だった。
どうせアカネがうまくいくなんてありえないし、少なくとも今日は無理だろう。
そもそも狐太郎が見ていても、練習に変化など起こらない。
でもまあ、アカネが狐太郎のために頑張っていると言えなくもないわけなのだから、他に仕事があるわけでもないので見ることにしていた。
「俺は……これぐらいしかできないからな」
「ううっ……! ご立派です!」
上達の見込みがない練習をするのは心が削られるが、上達する見込みがないことに気付いていない練習を見るのはなお心が削られる。
アカネは元気いっぱいに努力している気分になっているが、最初の段階で『自分が気持ちよく走る』という正反対の方向に振り切っているので、完全に間違えている。
それを見守る。
なんと辛いことか。
「アカネ……そのまま頑張れよ~~」
しかし逆に考えると、このまま頑張る分には問題ない。
狐太郎は無邪気にはしゃぐアカネを、心無い言葉で応援していた。
※
それから、彼女は頑張った。
「みて、ご主人様! おにぎりがちょっとしか崩れてないよ!」
「最初に落っことしたからな」
頑張った。
「見てご主人様、硬めのパンにしたらそんなには崩れないよ!」
「硬めのパンだからな」
来る日も来る日も頑張った。
「みて、ご主人様。逆転の発想! おにぎりじゃなくて、ご飯をぎっしり詰めてみた!」
「お前趣旨わかってるのか?」
ご主人様を乗せて走りたい。
その一心で、毎日毎日お弁当を背負って走った。
「ご主人様、タコさんウインナーをお弁当に入れてみたよ!」
「好きにしろよ」
毎日お弁当がぐしゃぐしゃになる日々。
それでもめげずに頑張るアカネ。
「一緒に食べよう! お茶も持ってきたよ!」
「ああ……うん」
雨の日も、風の日も。
アカネは元気いっぱいに走っていた。
そして、ついに……。
「みて、ご主人様! お米を炊くところから、全部私が作ったんだよ! このお弁当!」
「うん……うめえな、カレー味のふりかけがいい感じだ」
お弁当作りが上達していた。
「お味噌汁も作ったよ!」
「うん、うめえな」
毎日一緒にご主人様とお弁当を食べている。
その想いが、彼女の情熱をお弁当作りに向かわせていたのである。
「なんと! ハンバーグもあるんだよ!」
「どこにだよ」
「ご飯の中に入ってる!」
「……ほんとうだ、入ってるな」
「サプライズ!」
「うん……まあ、嬉しいよ」
「やったああ!」
彼女の努力は、ついに実ったのである。
狐太郎はいつの間にか、アカネのお弁当を食べるのを楽しみにしていたのだった。
※
そして……。
「どうしたのよ、サカモ」
「ま、まずいです……アカネ様に走り方の練習を教えていたら、いつのまにかお弁当作りが得意になっていました……!」
「なんでよ」
「なんでなんでしょうか! でも、このままだと、飯炊きとしての私の役割が~~!」
彼女が頑張ったことによって、宿敵であるサカモが触発されていた。
「わ、私もお料理を頑張らないと!」
このままでは自分の役割が奪われてしまう。
危機感に震えるサカモは、今までお米が炊ければいいという程度だった腕前から、さらなる飛躍を遂げようとしていた。
「クツロ様! どうか味見を手伝ってください! ご主人様好みの料理を作らないと!」
「まあ……いいけども」
火竜と鵺。
二体の種族を超えた、アイデンティティを賭けた戦いは、新しいステージへと突入したのである。
 




