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三人の英雄

カセイ兵器とキンセイ兵器


カセイ兵器は大艦巨砲主義的なもので、超デカくて超固い。

人間じゃないと使えない、人間のための兵器。


キンセイ兵器は、モンスターが使う兵器。

戦艦に対する対艦戦闘機みたいなもんで、一対一で殴り合うためにあるわけではない。


カセイ兵器はカセイ兵器同士の戦いしか想定していないので、小型が相手だと相性が悪い。



(まあそれから海を進んでいたら、アイツらを拾ったわけだが……)


 狼太郎は、改めて蛇太郎を見る。


(たまたま同郷だと思って二人と四体を拾ったが……いなかったらヤバかったな)


 カセイ兵器であるナイルが、戦闘形態になって尚、あのイカには力負けした。

 世界を滅ぼした獣五体を圧殺したにも関わらず、最後の勝利者はイカ一体に屈しかけたのだ。

 もしも狼太郎一人とその仲間だけだったら、そのままイカに負けていただろう。


(ちくしょう……俺と黄河のナイルが、イカに負けるなんて……! なんだったんだ、あのイカは!)


 チグリス、ユーフラテス、インダス。

 彼女たち三体がキンセイ技を使って援護しても、イカは強かった。


 それを支えたのは、六人目の英雄が持っていた「対丙種装備」であろう。

 アレのアシストがあって、ようやく、格闘が成立していた。


 そして不死身に思えたイカを倒したのは、甲種所有者である七人目だった。


(……まさか完成していたとはな)


 彼は、否、彼女はそれを知っている。


(魔王が想定していた、『なにかおかしいモンスター』の位階、甲種。何千ものサキュバスを詰め込まれた俺でさえ丙種なのに、その二段階上の怪物……それを倒すための武器)


 んな生き物いるわけねえだろ、というレベルに設定された、世界に存在しない怪物。いわば想像上の怪物。

 なにゆえか魔王はそれに執心し、それを求め続けた。


 しかし悲しいかな、それに達したものはただ一つ。

 魔王自身の使う、タイカン技だけだった。


 それ以外には、甲種モンスターも、対甲種技も、対甲種兵器も生み出せなかった。

 人間も、魔王も。

 だがこの世界には、野生として存在している。

 そして、蛇太郎は甲種兵器の完成品を持っている。


(アレは……魔王の想定していた甲種に認定されるべきモンスター……この世界はどうなってるんだ、まったく……)


 彼女は魔王を知っている。

 彼女にとって魔王とは、最初の主であり最初の男であり父親でもあった。

 忌むべき相手でありながら、心のどこかで慕っている部分もある、複雑な相手だった。


 その魔王と面識があるからこそ、まさかこの世界が、真に魔王の故郷だとは思わなかった。

 ましてや己が使う、ギフト技発祥の地だとは、夢にも思っていない。


 彼は元々、ここに帰ってくるつもりだった。

 彼はこの地にモンスターの楽園を作るつもりだった。

 そのために、甲種を倒す術が必要だったのだ。魔王以外でも、甲種を倒す術が。


(まあ悪いことばっかりでもねえ。流石に、全然勝負にならないほどの実力差はない。それにナイルのおかげで、移動にも住居にも不便はない)


 彼女は父親の故郷に帰ってきた。

 そして今、彼女の手元には甲種に抗する手段と、甲種を倒す武器がある。

 そういう意味では、悲願をある程度達成していた。

 もちろん、想像には遠いのだけども。

 

(とにかく、次はもっとうまくやるさ。なあ、ナイル……)


『申し訳ありません、ご主人様』


 テントの準備をしていると、そんなことが聞こえてくる。


『申し訳ありません、ご主人様。私の不全により、ご迷惑を』

「……な、ナイル! 気にすることはないぞ、お前の機能は俺もよく知っている! それに、空を走ることや特殊防御を解除することも、俺の判断でやったことだ! 全然気にしなくていい!」

『たかが野生動物に屈するなど……』

「気にするな! 必ず改修して、もっと強くしてやるから!」


 ナイルは本当に落ち込んでいた。

 なにせイカに負けかけたのである。

 というか、単独だと殆ど負けていた。

 巨大な脚に絡みつかれて、ほとんど身動きが取れなかったのだ。


『私の特殊攻撃も攻性情報も十分な効果を発揮せず……』

「お、お前の限界は人間の叡智の限界だ! そして人間はいくらでも強くなる、知っているだろう?! とにかくだな、今のところは諦めて……」

『ですが、魔王の作った魔道器は有効でした……』

「気にすんな! アレはだな……! アレは……!」


 甲種魔動器。

 その完成は不可能に思われており、そもそもどこにあるのかもはっきりしなかった。

 何よりも存在が危険すぎて、公表できなかったのである。


 ある意味では、狼太郎と同じ歴史の闇だろう。

 絶対に完成できないはず……否、完成させてはいけないはずの物なのだ。


「アレは、邪法だ。気にするな」

「そうですよ。これは競うに値するものではないかと」


 それを持っている蛇太郎もまた、それを認めていた。


「それに、ナイルさんが抑えてくれなければ、当てられませんからね」

「……当たればあのイカも倒せるってのがでたらめだがな」

「これはただの兵器ですよ。そんな大したものではない」


 蛇太郎は、『それ』を見て浸る。

 それは自分の踏み越えた煉獄を思い出したが故であり、彼にとって消えない傷だった。


「……」

「どうしましたか、狼太郎さん」

「な、なんでもねえよ!」


 英雄の顔だった。

 それを見た彼女は、少年の姿のまま顔を赤くする。


(久しぶりに英雄を近くで見たから、胸がときめきやがる……! くそ、落ち着け……俺はもう大人のレディなんだ、っていうかマダムなんだ……胸がキュンキュンしたぐらいで、負けてたまるか!)

「あの……本当に大丈夫なんですか?」

「俺に優しくするな!」


 羊皮狼太郎。

 彼女の存在が秘匿されていたのは、突き詰めれば『チョロい』からである。

 もしも彼女の存在が公になれば、必然的にその出生も知られてしまうし、その特徴も悟られてしまう。


 場合によってはものすごく思慮の浅い男が『俺、狼太郎君のこと好きだよ』とか言い出すだけで惚れかねない。


 男日照りで数千年、物凄く欲求不満なので、物凄く体が飢えているのだ。


「よ、よくわかりませんが……わかりました」

「そ、そうだ……俺に優しくするなよ……」


 箸が転んだだけでも、手を触っただけでもときめきかねない心境である。

 ちょっとしたことで火が点くので、本当に危ないところだった。


「ま、まあとにかくだ! ナイル! お前は何も心配しなくていい! 人間は必ず勝つ! なぜなら負けるのが嫌いだからだ! 何百年かかろうとも、お前を改修し、アレに勝たせてみせるさ! そのためにも帰ろうぜ!」

『了解しました』


 そう、狼太郎は知っている。

 人間の持つ、心の強さを。

 何があっても自分以上の存在を認めない、諦めない強さを。


 自分の正しさを信じる、危うさと一体のすさまじさを。


 誰でも英雄になれる、人間の可能性を知っている。


 そして、その隣にはいつでも……。


「た、大変です! ご主人様が、ご主人様が!」


 苦しむ兎太郎を抱えた、彼のモンスターが走ってくる。


「変なキノコを焙ってから食べたら、なぜか倒れてしまって!」

「原因が明らかじゃねえか!」


 危うすぎる蛮勇に、思わず彼女は人間の知性を疑った。


「お、お、お……男は、度胸」

「お前元の世界でもそんなことしてたのかよ! キノコなんて、絶対素人が手を出したらいけないもんだろうが! 原始人より馬鹿だろうお前!」


 人間には、いつだって可能性がある。

 それは普通の生き方からはみ出そうとする、冒険心の現れ。


「おい蛇太郎! コイツ本当に俺よりデカい規模の物事を何とかしたんだろうな?!」

「え、ええ……映画化しました」

「や、やった~~……」


 人間はいつだって、どこにだって行きたがるのだ。


(ある意味納得だな……六人目の英雄、『星になった戦士(スペースノーツ)』……兎太郎)



 五人目の英雄が、世界を救ってから数年後。

 人類は安寧を取り戻していた。


 だからこそ、しょうもないことも起きる。 

 どうでもいいことで、大騒ぎするのだ。



 兎太郎の家は、大柄なミノタウロスや、空を飛ぶハーピーが生活している。

 よって家はとても広く開放的で、誰もが窮屈な思いをすることなく暮らしていた。


「ねえねえ、聞いてくださいよ! 実は私、ご主人様から教えてもらったんです!」


 ぱたぱたと大きな翼を羽ばたかせて、一体のハーピーが止まり木に着地した。

 三階分の吹き抜けがある居間では、他の三体もくつろいでいる。


「最近ご主人様、バイトしてばっかりじゃないですか! なんでバイトしているのか聞いたんですけど、その理由を私にだけ教えてくれたんですよ!」


 ハーピーのムイメは、興奮気味で報告した。


「なんと、私たち全員の、旅行費用を稼ぐつもりなんですって!」


 それを聞いて、ワードッグのキクフはひっくり返るほど驚いていた。


「ええっ?! それ、アンタにも言ったの?! 私にだけって言ってたのに!」

「えっ……キクフさんも聞いてたんですか?!」

「うんまあ……ちょっと気になったから……また変なマジックアイテムでも買うんじゃないかなって、心配で……」


 ムイメと違って、キクフはそれなりに節度を知っていた。

 自分にだけ教えてくれたというのだから、正式に発表するまで黙ろうと思っていた。


 まさか、他の子にばらすとは思っていなかったが。


「あ、あの……まさか、ハチクさんとイツケさんも……」

「ご主人様から、聞いていたりとか……?」


 ミノタウロスのハチクと、オークのイツケは、図星だったらしく苦笑いした。


「ご、ごめんなさいね~~? 結構前に、私にだけって言って、教えてくれたの~~……」

「結局、黙って何かやるのは無理なのよ、ご主人様って」


 四体全員に、『お前にだけだぞ』、と言った(・・・)兎太郎。

 その口の軽さは、ハーピーのムイメをとっくに超えていた。


「そ、そんな~~……私だけだって言ってたのに……私が最後だったなんて~~……」

「そんなに落ち込まなくてもいいじゃん! 四体全員に旅行だって言ってるんだから、そりゃあ旅行でしょう? いつもみたいに、使いもしないマジックアイテムを買い込むよりはいいじゃん!」

「……そうですよね、キクフさん! あ、でも……どこに行くかは、聞いてますか?」


 旅行というのだから、どこかに行くのだろう。

 それ自体は結構だが、行き先については誰も聞いていなかった。


「そりゃあ、どこかの自治区か、都市か……自然遺産とかなんじゃ?」

「それこそ楽しみに待っていましょうよ。せっかくご主人様が、自分でお金を稼いで、私たちみんなのために使うんだし」

「そうよそうよ、きっと悪いことなんて何にもないわ!」


 ご主人様である兎太郎が、バイトして自分たちを旅行に連れて行ってくれる。

 その事実の前には、あらゆることが些細だった。


 四体のモンスターたちは、ご主人様がそれを発表するのを待っていた。

 そして……。


「お前達、喜べ! ついにお金がたまったぞ!」


 四体すべてに内緒話をしていた男、兎太郎。

 彼は家に帰ってくると、大喜びで周囲に叫んでいた。


「これでついに! 旅行に行けるぜ!」

「そうなんですか! 凄いです!」

「やるじゃん、いつもだったらお金をマジックアイテムで使っちゃうのに」

「ええ、お金を溜めただけでも凄いと思うわ」

「自分でバイトをしてためたお金だものね……それだけで嬉しいわ」


 四体は、偽りなく喜んでいた。

 この時までは。


「で、どこに行くんですか?」

「ふふふ……聞いて驚け!」


 彼は、天井を指さした。


「月面基地だ!」


「は?」

「は?」

「は?」

「は?」


 月面基地。

 勝利歴時代末期に作られたが、とっくに封鎖されている、過去の遺物である。


「クラウドファンディングで、月面基地までロケットで飛んでいく計画があったから、それに出資してたんだ! さあ、みんなで月に行こう!」


 実にノリノリである。

 だがそれに喜べるほど、四体はロマンを解さなかった。


 しかし自分たちのご主人様が、自分で働いたお金によって、旅行に連れて行ってくれるのだ。

 それに文句を言えるほど、四体は厚かましくない。


「や、やった~~……」

「わ~い……」

「嬉しいわ~~……」

「さあ、ハラハラドキドキの大冒険! 映画化決定だ~~!」



 まさか本当に映画化決定するとは、この時の誰もがまったく知らなかった。



 これは、月面基地を舞台にした、六人目の英雄の物語。



 モンスターパラダイス6-星に願いが届くまで-

次回から新章です。

狐太郎君のお話です。

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― 新着の感想 ―
楽園世界だと概念的なスキルツリーが伸びてる分、純粋なステータス的には異世界のほうが強いんだな…… カセイ兵器はあくまで対人兵器で、アホみたいな怪獣と戦うことは想定されてなかったっていう その分、究極…
[一言] チグリス達のキンセイ兵器が対丁種級(B上位) ホープ製ゴーレムがそれらより格落ちしてるが、モンパラ世界の平均的モンスターが集団で倒せない能力だからB中位 それから逆算してモンパラ世界の平均…
[一言] バイトかぁ、一応どんだけ身体的に優れたモンスターがいても人間しかできないバイトはある、治験 確か人造系の権利問題で完全自動の機械作れないから操作者が要るんじゃなかったっけ なんで機械や乗り…
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