三人の英雄
カセイ兵器とキンセイ兵器
カセイ兵器は大艦巨砲主義的なもので、超デカくて超固い。
人間じゃないと使えない、人間のための兵器。
キンセイ兵器は、モンスターが使う兵器。
戦艦に対する対艦戦闘機みたいなもんで、一対一で殴り合うためにあるわけではない。
カセイ兵器はカセイ兵器同士の戦いしか想定していないので、小型が相手だと相性が悪い。
※
(まあそれから海を進んでいたら、アイツらを拾ったわけだが……)
狼太郎は、改めて蛇太郎を見る。
(たまたま同郷だと思って二人と四体を拾ったが……いなかったらヤバかったな)
カセイ兵器であるナイルが、戦闘形態になって尚、あのイカには力負けした。
世界を滅ぼした獣五体を圧殺したにも関わらず、最後の勝利者はイカ一体に屈しかけたのだ。
もしも狼太郎一人とその仲間だけだったら、そのままイカに負けていただろう。
(ちくしょう……俺と黄河のナイルが、イカに負けるなんて……! なんだったんだ、あのイカは!)
チグリス、ユーフラテス、インダス。
彼女たち三体がキンセイ技を使って援護しても、イカは強かった。
それを支えたのは、六人目の英雄が持っていた「対丙種装備」であろう。
アレのアシストがあって、ようやく、格闘が成立していた。
そして不死身に思えたイカを倒したのは、甲種所有者である七人目だった。
(……まさか完成していたとはな)
彼は、否、彼女はそれを知っている。
(魔王が想定していた、『なにかおかしいモンスター』の位階、甲種。何千ものサキュバスを詰め込まれた俺でさえ丙種なのに、その二段階上の怪物……それを倒すための武器)
んな生き物いるわけねえだろ、というレベルに設定された、世界に存在しない怪物。いわば想像上の怪物。
なにゆえか魔王はそれに執心し、それを求め続けた。
しかし悲しいかな、それに達したものはただ一つ。
魔王自身の使う、タイカン技だけだった。
それ以外には、甲種モンスターも、対甲種技も、対甲種兵器も生み出せなかった。
人間も、魔王も。
だがこの世界には、野生として存在している。
そして、蛇太郎は甲種兵器の完成品を持っている。
(アレは……魔王の想定していた甲種に認定されるべきモンスター……この世界はどうなってるんだ、まったく……)
彼女は魔王を知っている。
彼女にとって魔王とは、最初の主であり最初の男であり父親でもあった。
忌むべき相手でありながら、心のどこかで慕っている部分もある、複雑な相手だった。
その魔王と面識があるからこそ、まさかこの世界が、真に魔王の故郷だとは思わなかった。
ましてや己が使う、ギフト技発祥の地だとは、夢にも思っていない。
彼は元々、ここに帰ってくるつもりだった。
彼はこの地にモンスターの楽園を作るつもりだった。
そのために、甲種を倒す術が必要だったのだ。魔王以外でも、甲種を倒す術が。
(まあ悪いことばっかりでもねえ。流石に、全然勝負にならないほどの実力差はない。それにナイルのおかげで、移動にも住居にも不便はない)
彼女は父親の故郷に帰ってきた。
そして今、彼女の手元には甲種に抗する手段と、甲種を倒す武器がある。
そういう意味では、悲願をある程度達成していた。
もちろん、想像には遠いのだけども。
(とにかく、次はもっとうまくやるさ。なあ、ナイル……)
『申し訳ありません、ご主人様』
テントの準備をしていると、そんなことが聞こえてくる。
『申し訳ありません、ご主人様。私の不全により、ご迷惑を』
「……な、ナイル! 気にすることはないぞ、お前の機能は俺もよく知っている! それに、空を走ることや特殊防御を解除することも、俺の判断でやったことだ! 全然気にしなくていい!」
『たかが野生動物に屈するなど……』
「気にするな! 必ず改修して、もっと強くしてやるから!」
ナイルは本当に落ち込んでいた。
なにせイカに負けかけたのである。
というか、単独だと殆ど負けていた。
巨大な脚に絡みつかれて、ほとんど身動きが取れなかったのだ。
『私の特殊攻撃も攻性情報も十分な効果を発揮せず……』
「お、お前の限界は人間の叡智の限界だ! そして人間はいくらでも強くなる、知っているだろう?! とにかくだな、今のところは諦めて……」
『ですが、魔王の作った魔道器は有効でした……』
「気にすんな! アレはだな……! アレは……!」
甲種魔動器。
その完成は不可能に思われており、そもそもどこにあるのかもはっきりしなかった。
何よりも存在が危険すぎて、公表できなかったのである。
ある意味では、狼太郎と同じ歴史の闇だろう。
絶対に完成できないはず……否、完成させてはいけないはずの物なのだ。
「アレは、邪法だ。気にするな」
「そうですよ。これは競うに値するものではないかと」
それを持っている蛇太郎もまた、それを認めていた。
「それに、ナイルさんが抑えてくれなければ、当てられませんからね」
「……当たればあのイカも倒せるってのがでたらめだがな」
「これはただの兵器ですよ。そんな大したものではない」
蛇太郎は、『それ』を見て浸る。
それは自分の踏み越えた煉獄を思い出したが故であり、彼にとって消えない傷だった。
「……」
「どうしましたか、狼太郎さん」
「な、なんでもねえよ!」
英雄の顔だった。
それを見た彼女は、少年の姿のまま顔を赤くする。
(久しぶりに英雄を近くで見たから、胸がときめきやがる……! くそ、落ち着け……俺はもう大人のレディなんだ、っていうかマダムなんだ……胸がキュンキュンしたぐらいで、負けてたまるか!)
「あの……本当に大丈夫なんですか?」
「俺に優しくするな!」
羊皮狼太郎。
彼女の存在が秘匿されていたのは、突き詰めれば『チョロい』からである。
もしも彼女の存在が公になれば、必然的にその出生も知られてしまうし、その特徴も悟られてしまう。
場合によってはものすごく思慮の浅い男が『俺、狼太郎君のこと好きだよ』とか言い出すだけで惚れかねない。
男日照りで数千年、物凄く欲求不満なので、物凄く体が飢えているのだ。
「よ、よくわかりませんが……わかりました」
「そ、そうだ……俺に優しくするなよ……」
箸が転んだだけでも、手を触っただけでもときめきかねない心境である。
ちょっとしたことで火が点くので、本当に危ないところだった。
「ま、まあとにかくだ! ナイル! お前は何も心配しなくていい! 人間は必ず勝つ! なぜなら負けるのが嫌いだからだ! 何百年かかろうとも、お前を改修し、アレに勝たせてみせるさ! そのためにも帰ろうぜ!」
『了解しました』
そう、狼太郎は知っている。
人間の持つ、心の強さを。
何があっても自分以上の存在を認めない、諦めない強さを。
自分の正しさを信じる、危うさと一体のすさまじさを。
誰でも英雄になれる、人間の可能性を知っている。
そして、その隣にはいつでも……。
「た、大変です! ご主人様が、ご主人様が!」
苦しむ兎太郎を抱えた、彼のモンスターが走ってくる。
「変なキノコを焙ってから食べたら、なぜか倒れてしまって!」
「原因が明らかじゃねえか!」
危うすぎる蛮勇に、思わず彼女は人間の知性を疑った。
「お、お、お……男は、度胸」
「お前元の世界でもそんなことしてたのかよ! キノコなんて、絶対素人が手を出したらいけないもんだろうが! 原始人より馬鹿だろうお前!」
人間には、いつだって可能性がある。
それは普通の生き方からはみ出そうとする、冒険心の現れ。
「おい蛇太郎! コイツ本当に俺よりデカい規模の物事を何とかしたんだろうな?!」
「え、ええ……映画化しました」
「や、やった~~……」
人間はいつだって、どこにだって行きたがるのだ。
(ある意味納得だな……六人目の英雄、『星になった戦士』……兎太郎)
※
五人目の英雄が、世界を救ってから数年後。
人類は安寧を取り戻していた。
だからこそ、しょうもないことも起きる。
どうでもいいことで、大騒ぎするのだ。
兎太郎の家は、大柄なミノタウロスや、空を飛ぶハーピーが生活している。
よって家はとても広く開放的で、誰もが窮屈な思いをすることなく暮らしていた。
「ねえねえ、聞いてくださいよ! 実は私、ご主人様から教えてもらったんです!」
ぱたぱたと大きな翼を羽ばたかせて、一体のハーピーが止まり木に着地した。
三階分の吹き抜けがある居間では、他の三体もくつろいでいる。
「最近ご主人様、バイトしてばっかりじゃないですか! なんでバイトしているのか聞いたんですけど、その理由を私にだけ教えてくれたんですよ!」
ハーピーのムイメは、興奮気味で報告した。
「なんと、私たち全員の、旅行費用を稼ぐつもりなんですって!」
それを聞いて、ワードッグのキクフはひっくり返るほど驚いていた。
「ええっ?! それ、アンタにも言ったの?! 私にだけって言ってたのに!」
「えっ……キクフさんも聞いてたんですか?!」
「うんまあ……ちょっと気になったから……また変なマジックアイテムでも買うんじゃないかなって、心配で……」
ムイメと違って、キクフはそれなりに節度を知っていた。
自分にだけ教えてくれたというのだから、正式に発表するまで黙ろうと思っていた。
まさか、他の子にばらすとは思っていなかったが。
「あ、あの……まさか、ハチクさんとイツケさんも……」
「ご主人様から、聞いていたりとか……?」
ミノタウロスのハチクと、オークのイツケは、図星だったらしく苦笑いした。
「ご、ごめんなさいね~~? 結構前に、私にだけって言って、教えてくれたの~~……」
「結局、黙って何かやるのは無理なのよ、ご主人様って」
四体全員に、『お前にだけだぞ』、と言った兎太郎。
その口の軽さは、ハーピーのムイメをとっくに超えていた。
「そ、そんな~~……私だけだって言ってたのに……私が最後だったなんて~~……」
「そんなに落ち込まなくてもいいじゃん! 四体全員に旅行だって言ってるんだから、そりゃあ旅行でしょう? いつもみたいに、使いもしないマジックアイテムを買い込むよりはいいじゃん!」
「……そうですよね、キクフさん! あ、でも……どこに行くかは、聞いてますか?」
旅行というのだから、どこかに行くのだろう。
それ自体は結構だが、行き先については誰も聞いていなかった。
「そりゃあ、どこかの自治区か、都市か……自然遺産とかなんじゃ?」
「それこそ楽しみに待っていましょうよ。せっかくご主人様が、自分でお金を稼いで、私たちみんなのために使うんだし」
「そうよそうよ、きっと悪いことなんて何にもないわ!」
ご主人様である兎太郎が、バイトして自分たちを旅行に連れて行ってくれる。
その事実の前には、あらゆることが些細だった。
四体のモンスターたちは、ご主人様がそれを発表するのを待っていた。
そして……。
「お前達、喜べ! ついにお金がたまったぞ!」
四体すべてに内緒話をしていた男、兎太郎。
彼は家に帰ってくると、大喜びで周囲に叫んでいた。
「これでついに! 旅行に行けるぜ!」
「そうなんですか! 凄いです!」
「やるじゃん、いつもだったらお金をマジックアイテムで使っちゃうのに」
「ええ、お金を溜めただけでも凄いと思うわ」
「自分でバイトをしてためたお金だものね……それだけで嬉しいわ」
四体は、偽りなく喜んでいた。
この時までは。
「で、どこに行くんですか?」
「ふふふ……聞いて驚け!」
彼は、天井を指さした。
「月面基地だ!」
「は?」
「は?」
「は?」
「は?」
月面基地。
勝利歴時代末期に作られたが、とっくに封鎖されている、過去の遺物である。
「クラウドファンディングで、月面基地までロケットで飛んでいく計画があったから、それに出資してたんだ! さあ、みんなで月に行こう!」
実にノリノリである。
だがそれに喜べるほど、四体はロマンを解さなかった。
しかし自分たちのご主人様が、自分で働いたお金によって、旅行に連れて行ってくれるのだ。
それに文句を言えるほど、四体は厚かましくない。
「や、やった~~……」
「わ~い……」
「嬉しいわ~~……」
「さあ、ハラハラドキドキの大冒険! 映画化決定だ~~!」
まさか本当に映画化決定するとは、この時の誰もがまったく知らなかった。
これは、月面基地を舞台にした、六人目の英雄の物語。
モンスターパラダイス6-星に願いが届くまで-
次回から新章です。
狐太郎君のお話です。




