ステージ3.5 歴史の敗北者
「敗者のいない世界?」
意味が分からなかった。
この気取った男が言うとなんとも似合っているが、だとしても意味が分からない言葉である。
「あのな……俺だって誰かを助けるために、誰かを殴るのはよくない、なんて甘ちゃんなことはほざかねえさ。まあぶっちゃけ、今もその最中だからな。だが……このテロで、敗者がいない世界?」
絶滅種たちの生存していた場所で、人間が騒いでいる。
考えようによってはとんでもないことだろう、暴れる気持ちがわからないでもない。
だがとっくに絶滅している種族であって、ある意味いなくなっている。
死者を弔うとかならわかるが、敗者がいないというにはずれている。
「意味があるなら暴れていいなんて言わねえが、今回のことは全部意味はある筈だ! 適当にはぐらかしているわけじゃねえんなら、ちゃんと言え!」
「あいにく、今君に言ってもなんの意味もない。なので退散させてもらう」
彼の足元にある魔法陣が、光を放ち始めた。
「だがこれだけは言っておく。私の目的は、あくまでも不均一を正すことだ……この世界に利益をもたらすものではない」
消えていく中で、恐るべきことを言う。
「場合によっては、この世界が滅びるだろう。だがそれでも私は、行うことを止めるつもりはない。
なぜなら……」
憎悪を、世界に向けていた。
「私を最初に拒絶したのは、この世界だからだ」
それを聞き終えた一行は、互いの顔を見合わせた。
誰か、彼の言っていることを理解できているのか、それを確かめたかったからだ。
だが、誰もわかっていない。
この世界に、敗者と言える者がいるとすれば、自分達ぐらいのはずだった。
種族の絶滅は、当然敗北だろう。であれば己たちは敗者である。
しかし、自分たちに呪いを向けていなかった。
そもそも、呪われるほどの何かもない。
「……とりあえず、まだ暴れる気だな。それどころか、これからが本番か」
狼太郎は、とりあえずまとめた。
このまま放置することはできないが、それはそれとして何もわかっていない。
「でも、襲われているところは全部めぐりましたよね? 次の場所が襲われるまで待つんですか? それは流石に……」
「ねえインダス、魔法陣から移動先を調べることはできると思う?」
「……無理ね、移動が終わると同時に消えている。これじゃあ追跡は難しいわ」
「手詰まりか……」
さて、どうしたものか。
一行はその場にとどまり、考え込む。
しかしその中で、チグリスが何かに気付いた。
「……なにか、おかしくないですか?」
「何かって、何が? 罠でもあるの? そんな気配はないけど……」
「違うの、そういうのじゃなくて……」
彼女たちは、周囲を見渡した。
何か違和感がある、と言われれば確かにそうだった。
この城に来るのは今日が初めてだったが、それでも何かをおかしいと思ってしまう。
『失礼します、先ほど猫太郎様から連絡がありました』
悩んでいるところに、通信があった。
表で待機しているナイルが、腕時計を通して連絡して来たのである。
「猫太郎から? 何かわかったのか?」
三人目の英雄、小判猫太郎。
現在警察に属している彼からの連絡である、何かわかったと考えるのが自然であろう。
『はい。私どもが敵を駆逐したことで、現場検証ができたそうです。その結果、鉱山から鉱物が、大森林で霊木が伐採されていることが分かりました。おそらく吸血鬼の古城でも、何かが持ち出されているはずだと……』
あまりにもシンプルな内容を聞いて、一同は周囲を改めて見た。
そこには『展示物』がない。最初は壊されたか吹き飛んだのかと思っていたが、明らかに持ち出されている。
「……俺達はバカだ!」
ノイズが多すぎたのだ。
絶滅種の生息していた地域だの、そこで人間が何かをしているだの、テロによって多くの被害が出ただの。
極めて単純に、鉱山と森林と博物館が襲われたと思うべきだったのだ。
「ドワーフ鉱山でもうちょっと調べていれば、あのテロリストの放ったゴーレムが採掘作業をしているってわかっただろうに! そうすりゃあその時点で、アイツの目論見を潰せたってのに!」
枯れていない鉱山、千年物の霊木がある森林、そして呪術的な資源となりえる美術品が展示された博物館。
そう思っていれば、それが狙われたのだと気づいていたはずだ。
「ということは! 次狙われるのは……都市か人造種の自治区か!」
『はい。猫太郎様もそのようにお考えのようでした』
相手はゴーレムを運用しているのだから、価値の高い鉱物や木材はそのまま戦力である。
しかしそれらを高い精度で加工するには、やはり精度の高い工作機械が必要になる。
この時代にそれがあるのは、人間の暮らす都市と人造種の自治区だった。
『オートマトンの自治区には狗太郎様が、アンドロイドの自治区には馬太郎様が、ホムンクルスの自治区には猫太郎様が向かっているそうです。ご主人様には、ロボットの自治区へ向かって欲しいそうです』
「わかった! お前はエンジンを温めておけ! おそらく奴は、もう動いている!」
調べればすぐわかることである、最初からこうなることは織り込み済みだろう。
だからこそ、大急ぎで現地へ向かわなければならない。
「クソ……何が『敗者のいない世界』だ……バカにしやがって!」
先ほどの奴は、質の悪いことに自分が悪人であると認めていた。
この世界が滅びてもいいと、無茶の極みを言っていた。
「敗者がいなくなっても、犠牲者だらけになったら世話がねえだろうに……!」
敗者がいない世界、という言い方はお為ごかしだ。
犠牲をいとわずに敗者がいない世界を作るということは、突き詰めれば何もかもぶっ壊したいだけであろう。
「ええ、まったく! 勝手なことを言う人間がいたものです! 誰も助ける気がないなんて!」
「陽動に乗らなかったのですから、おそらく都市は狙わないでしょう。であれば自治区が危ない……」
「人造種の子たちには、普段からナイルがお世話になっているものね。急ぎましょう」
迷わずに、三体は頷いた。
しかしそれを見て、狼太郎は少しだけ陰る。
(世界に拒絶された敗者、か)
絶滅種である三体は、やはり敗者である。
彼女たちは、八つ当たりを考えないのだろうか。
狼太郎は、彼女たちのことを知っている。
世界に仇成しても不思議ではない、正当に怒る権利をもつ彼女たちのことを。
もちろん彼女たちは今更復讐などしない、やるとしても別の理由によるものだろう。
だがいきなりやり始めても、それはそれで仕方がないだろう。
彼女たちを絶滅させた人間がとっくに死んでいても、人間であるというだけで殺すだろう。
もしも先ほどの彼に、敗者がいない世界を作るだけの理由があるのなら、それは『無関係』な相手を殺すに足るだろう。
悲しいことだが、悲しいからこそ人は動くのだ。
※
およそ五千年前、人類は魔王に勝利した。
それは魔王に与していた多くのモンスターが、敗北者になった瞬間である。
強大な勇者によって封印された魔王は、五千年ほどの時間身動きが取れなくなったのだ。
実質的に、死んだのと同じであろう。
それからの人間たちは、星の支配者としてふるまった。
ありていに言って、自分たちに不都合なものを滅ぼして、それなりに『価値』があると判断したものは利用し始めたのである。
それが「配慮」という気遣いを伴うものであったわけもない。
なにせ人間同士でさえ、公正でも公平でもなかったのだ。それで違う生物に気を使うわけもない。
チグリス達は貴重なサンプルとして封印、保管され、ただの標本として管理されていた。
封印されている間、苦痛や苦悩があったわけではない。ただ寝ているだけであり、その間は意識などなかった。
だがそれでも、封印の前後は絶望的だった。
抵抗もむなしく。その言葉が、まさに虚しい。
あらゆる権利をはく奪され、裸に剥かれて拘束され、それで封印されたのだ。
気分良く眠れるわけもない。
そして、目を覚ましてみれば勝利歴末期である。
人類という生物自体は弱くなっていたものの、軍用モンスターや全盛のカセイ兵器はかつての人類を大きく突き放していた。
時代が、変わりすぎていた。
自分たちを迫害していた人間はとっくに死に絶えた。
人間を呪っていたはずなのに、その人間同士の争いは目を覆いたくなるほどだった。
復讐するべき相手はおらず、その子孫も勝手に殺し合っている。
同族はとっくに滅び、自分たちなど博物館の標本でしかない。
何もなかった彼女たちは、黄河に保護されていた。
勝利歴末期の英雄、黄河。
カセイ兵器ナイルのパイロットだった彼は、彼女たちにほれ込んでいた。
要するに特殊性癖というか、変人だった。その上無思慮で無神経で図太かった。
敗者に寛容だったわけでもなく、戦争を終わらせるという志があったわけでもなく、平素から高潔に振舞っていたわけでもないし、上からの命令には忠実だった。
つまり強いだけの兵士だった。
そんな彼の下で、彼女たちは世界を見た。
何かがしたかった、何かをやりたかった。
いつの間にか、彼と一緒に戦っていた。
だがもしも、彼と出会っていなかったら。
人間が敵で、守りたい何かがなかったなら。
きっと、ただ苛立つというだけで、大いに暴れていただろう。
※
(不均一がどうちゃら言っていたが、それはただのごまかしだ。ただイライラしているだけだと格好がつかないから、大義名分が欲しいだけだ。よっぽど……嫌なことがあったんだろう。私怨で済まされたくない程、大きなことがあったんだろう)
ナイルに乗り込み、他の三体と一緒に休憩している狼太郎は、さきほどの彼を思い出していた。
馬太郎曰く、究極のモンスターを作らせたスポンサーは、まったく芯などなかった。
ただの遊びで、ただの気まぐれで、憎悪や怒りなどどこにもなかった。
だが彼には、怒りがあった。明確に、世界を呪っていた。
封印された日の彼女たちのように、自分たちを不遇に落とし込んだ時代のすべてを呪っていた。
(世界を呪うほど大きな事件なんぞ、最近はなかったはずだが……)
同情するつもりはないが、不可解ではある。
まるで戦争に負けた国の、最後の生き残りのような目だった。
何も守るものがない、すべてを失った、何も手に入れるつもりのない顔だった。
それこそ、エルフやダークエルフ、吸血鬼のような長命種ならわかる。
だが人間は限られた時間しか生きられない。
(まさか、コールドスリープや封印で、最近目を覚ましたとかじゃあるまい。いまさらそんな……いや、だが……それならつじつまは合うのかもな)
思いをはせる。
ほんの少しだけ、哀れに思う。
『報告します。人造種の自治区、四か所すべてが襲われています。どれもが軍事用ゴーレムで、今まで確認できたものとは違うようです』
「……そうか、わかった」
だが、それを彼自身が吹き飛ばしていた。
どんな事情があるにせよ、どんな主張にせよ、暴力を振るうのなら倒すしかない。
「他の自治区は英雄様に任せるとして、俺達はロボットの自治区に急いでくれ」
『了解しました』
おそらく、加工用の工作機械を求めているのだろう。
だがそれを抜きにしても、『アレ』に気付かれる可能性がないともいえない。
(四つの自治区に分けて保管してあるアレだけは……何があってもテロリストには渡せねえからな)
 




