ステージ3 吸血鬼の古城
吸血鬼
いうまでもなく、人間を捕食するモンスター。
太陽の光に弱いなどの弱点が有名であり、実際それが弱い。
いわゆるデイウォーカーや太陽光を遮断する魔法など、弱点を克服する手段を『非常に』嫌っている。
昼に活動すること自体は忌避しないが、昼に吸血鬼特有の力を使う、ということを極度に嫌う。室内であっても、酷い曇りで太陽が見えなくても、絶対に使わない。
仮に唯一の生き残りであるインダスへ『太陽光を遮断するから、昼間でも吸血鬼の力を使ってくれ』と言うと激怒する。
彼らにとって日光に弱い、昼は戦えない、というのは矜持でさえあったらしい。
あるいは、日光に弱い、昼間は行動できない、という有名な弱点を抱えることで、それ以外への耐性をあげていたのかもしれない。
実際、夜の吸血鬼は対策を必須としている。
よほど優れた魔法の使い手でもない限り、実体を捉えることさえできない。
夜の彼らを真正面から倒すことは、ほぼ無謀と言っていいだろう。
やはり人類に絶滅させられているが、当然ながら人類側からの苛烈な攻撃によるものである。
一切妥協点を設けず全力で殺そうとして、インダス以外は全滅した。
人間の体を加工して、呪術的な道具を作ることを好んでいた。
人間の有志によって吸血鬼の古城が再建された際に、『再現』されているが、それは合成品であり実物ではない。
なお、血を吸った相手を同族にする能力については、真実ではない。
催眠術のような力を使うことができ、それによって人を下僕にすることはあった。
だがそれは血を吸う必要はない。単に操った相手から血を吸っていただけである。
※
エルフ大森林の火災は、ユーフラテスとナイルの精力的な消火活動によって完了した。
幸い、魔法的に特別な炎や、危険薬剤による炎でもない。ただ木が燃えているだけだったため、消火は比較的容易だった。
しかしそれでも、既に森は痛々しいほど焦げて煤けていた。
少なくとも、数十年をかけなければこの惨状は回復すまい。
もちろん、人間やモンスターがその気になれば、十分可能だろう。
だがだからと言って、この行為を許す理由はない。
一行はほぼ無言でナイルに乗り込み、そのまま吸血鬼の古城を目指した。
そうしている間にも、太陽はどんどん傾いていく。
本来であれば、普通に考えれば、吸血鬼の城へ夕方に乗り込むなど自殺である。
例え子供でも、吸血鬼の城に乗り込むなら昼がいいと知っている。
それでもナイルは進み、吸血鬼の城に近づいている。
「ナイル、聞いておくけれど」
『何でしょうか、インダス』
「吸血鬼の古城とやらは、燃やされたり壊されたりしているのかしら」
『いいえ、他に比べて破損は軽微です』
「そう」
インダスは短く、確認をした。
車内では日光を遮断するスーツを着用しない彼女は、既に吸血鬼としての本性を露わにしつつあった。
彼女が着ている薄手の夜着が、急速に変形を始めている。
吸血鬼の象徴である、コウモリの翼の形に分離し、羽ばたきつつあった。
「ご主人様、一応申し上げておきますが」
雑な言い方をすれば、彼女のテンションが上がっていた。
夜に狩りを行う吸血鬼にとって、日没は開幕のファンファーレに近い。
もちろん長く人間を襲っていない彼女ではあるが、自ずと本能の高ぶりを感じていた。
皮肉なものである。
人間が絶滅させた吸血鬼の、拠点だった古城を人間が再建し、さらに唯一生き残っている吸血鬼がそこへ踏み込むのだから。
「私に任せていただけますよね?」
「ああ、好きにしろ」
相手もさぞ驚くだろう。
吸血鬼の城とは名ばかりの文化財を襲っていたら、本物の吸血鬼が襲い掛かってくるのだから。
「チグリスとユーフラテスは、俺のことを頼むぞ。疲れたとか、泣き言言うなよ?」
「全然平気です、移動中休んでますし」
「ええ、室内でも、キンセイ兵器無しでも、ちゃんと守りますので!」
チグリスとユーフラテスは、長年戦ってきた熟練の『狩人』である。キンセイ兵器がなくとも、通常戦闘には一切支障がない。
むしろエネルギー消費の大きいキンセイ兵器よりも、室内での戦闘には向いているだろう。
とはいえ、火力不足は否めない。
この二人の攻撃では、堅牢なゴーレムを倒すことはできないだろう。
だがそんなことは、最初から分かり切っている。
それでも問題ないほどに、夜のインダスは強いと誰もが知っているのだ。
『まもなく、到着いたします』
あまりにもおあつらえ向きなほどに、吸血鬼の時間が始まろうとしていた。
※
吸血鬼と人間が全面戦争をしていたのは、それこそ魔王を倒してすぐ後のことであり、それこそ数千年前である。
人類同士の戦争が始まる前なのだから、本当にずっと昔のことだった。それでは怒りが風化するのも当たり前だろう。そうでなければ、吸血鬼の城など再建するまい。
もちろん今の人間も、『人間を食べる吸血鬼を絶滅させるなんてひどい』とは思っていない。
資源の奪い合いで殺し合ったエルフやドワーフなどに関しては『それは人間が悪いのでは』と思うこともあるが、人間を餌と認識している生物を駆逐するのは不自然に思えない。
だがそれでも、吸血鬼のことなど誰もなんとも思っていなかった。
だからこそ人間は、無駄に予算を組んで、無駄に本物に忠実な吸血鬼の城を再建していた。
それは初めて入ったインダスが、懐かしさを覚えるほどである。
「外から見たときは大して壊れていなかったけど、中はかなり壊れているわね」
いっそコスプレにみえるほど、典型的な黒と赤のマントを着込んだ吸血鬼インダス。
その下にナイトドレスを着ている彼女は、どう見ても戦う姿ではない。
いっそ仮装パーティーならば、浮くことはないだろう。だがそれ以外の場では、当人の美しさもあって目立ってしまうはずだった。
「ふふふ……まるでお化け屋敷、そうでなければ廃墟のセットかしら」
その滑稽さは、彼女自身が一番感じているようである。
今日初めて踏み込んだ城であるのに、まるであつらえたように、この城になじんでいる。
「内装が壊れていなければ、もっと浸れていたのだけど……壊れる前に来ておけば良かったかもしれないわね」
趣のある家具が壊れ、調度品が散らばり、さらに壁や床に穴が開いている。
そうした惨劇の後の静けさも、彼女には似合っている。だがそれは見ている側の話で、彼女本人は残念がっていた。
「浸っているところ悪いが、急ぐぞ」
「ええ、そうね……ちょうど来たみたい」
吸血鬼の古城を襲っている割には、なんとも簡素すぎる、場違いなゴーレムが数十体現れた。
球体から猛禽類の足が二本生えているような、奇怪なデザインだった。
最初の巨人や狼に比べれば、とても小さい。むしろ人間よりも小さいだろう。
だがしかし、その殺傷能力は想像に難くない。
今までのゴーレム同様に、その形状だけで機能が分かる。
むしろ機能美という意味では、今までで一番シンプルに美しかった。
「不似合いな玩具ね」
しかし、吸血鬼の城には似合わない。
インダスが不機嫌になるのは当然だった。
「おまけに土の塊、血が通っていない。分かっていないわねえ、吸血鬼の前に立つ資格がない」
だが、そんなことは知ったことではないだろう。
見るからに『対人戦』を想定している数十体のゴーレムは、跳びあがったその両足でつかみかかる。
クチバシや牙がないとしても、その爪で思いっきり握りつぶされればそれだけで体が引き裂かれるだろう。
ただそれだけしか攻撃手段がないであろうゴーレムたちは、インダス達に一斉に向かっていく。
「インダス、お願いね」
「ご主人様、舌噛まないでね」
チグリスとユーフラテスは、二人で狼太郎を抱えて後方へ跳ぶ。
元よりエルフは森の民であり、俊敏性は極めて高い。熟練した狩人である二人なら、狼太郎を抱えてもゴーレムに追いつかれることはない。
「シュゾク技、ミストチェンジ」
そしてインダスは、避ける必要自体がない。
吸血鬼の能力の一つである霧化によって、体を実体のない霧に変化させる。
ゴーレムの攻撃は、まさに霧を掴むようなもの。
ただ水滴が爪に付着するだけで、空を切るに終わる。
もちろん、無敵になっているわけではない。
一時的に物理攻撃を無効化しているだけで、魔法攻撃にはむしろ弱くなっている。
だが物理攻撃しかできないゴーレムたちの攻撃は、もうこの時点で完全に無効化されていた。
「シュゾク技、バットバインド」
霧に変化した体が、今度はコウモリに変わる。
大量のゴーレムの、その一体一体にコウモリが張り付いていく。
もちろん、実物のコウモリではない。魔術的に再現された、コウモリの特徴を抽出した姿をしており、実物と横に並べればいっそ玩具に見えるだろう。
バットバインド、それ自体は大した技ではない。
あくまでも小型のコウモリに変身して、敵に群がるだけである。小さなダメージを与え続けるが、それで堅牢なゴーレムを壊せるわけがない。
もちろん今まで一番小さいデザインから言っても、今までの中では一番脆いのだろう。だが軍事兵器であること、ここを占拠していることを考えれば、効果があると期待するほうがどうかしている。
しかしゴーレムたちも、攻撃ができなかった。
自分よりも小さくなった相手に群がられては、反撃ができなかったのだろう。
そしてそれに窮している間に、インダスの攻撃が炸裂する。
「シュゾク技、バットドレイン」
それは、群がった相手の魔力を吸収する技である。
一撃で相手を衰弱死させるほどの無茶苦茶さはないが、群がり続けていれば相手を衰弱させることはできる。
何よりも重要なのは、この吸収技を防ぐには専用の耐性が必要であり、普通の防御力や魔法防御力では意味がないことだ。
使用するモンスターが少ないからこそ、耐性の穴を突ける。
魔力で動いているゴーレムは、コウモリの羽音が止まると同時に崩れ落ちていた。
「ふむ……吸血鬼らしく戦ってみたものの……血が出ない相手にはいまいちね。悲鳴もないから、盛り上がりに欠けるわ」
もしもゴーレムではなく、普通の人間や血の通っているモンスターなら、血まみれになりながら絶叫し、干からびながら死んでいくのだろう。
そうなっていればさぞ楽しかったのだろうが、あいにくと相手は最初からゴーレムとわかり切っている。
「それに時間をかけたくないし……下手人を探す必要もあるし、手早く片づけましょうか」
ここに侵入者が現れたことを理解したのか、大量のゴーレムが殺到してくる。
それらは先ほどの三倍ほどであり、倒す時間はやはり三倍必要であろう。
「吸血鬼の強さは、不死性にある。弱点を突かれない限り、いくらでも再生する。霧やコウモリになり、実体を掴ませない……とはいえ、攻撃力はあくまでも対人仕様。山一つ吹き飛ばす吸血鬼なんて、伝説上存在しない」
吸血鬼は、神話の怪物ではない。
あくまでも人間を襲う怪物であって、大量破壊は本分ではない。
どれだけ強大な吸血鬼がいたとしても、人間の暮らしている街を一息に吹き飛ばすような真似をすれば、吸血鬼らしくないだろう。
「普通に壊しましょう」
とはいえ、相手はゴーレム。遠慮は無用である。
「キョウツウ技、ブラックトルネード」
夜の吸血鬼は、吸血鬼らしいシュゾク技が使用可能になる。
だがそれだけではない、能力値が昼と比べて比較にならないほど上がるのだ。
物理攻撃よりも魔法攻撃に秀でる吸血鬼が、ただのキョウツウ技を使う。
それは今までのゴーレムよりも柔らかいはずの、小型のかぎ爪ゴーレムには十分有効だった。
黒い嵐が建物の内装ごと、軍用ゴーレムたちを切り刻んでいく。
それこそ誰でも使えるキョウツウ技だが、その威力はちょっとかじった程度の使い手よりも数段上だった。
嵐が収まった時には、先ほどよりもさらに壊れた建物と、そして切り裂かれて動かなくなった土の塊だけがある。
「なるほど……これは小さすぎて、自己修復能力がほとんどないみたいね」
それを彼女は評するが、あくまでも確認できたことを口にしただけである。
もうすでに興味を失って、天井近くの壁に張り付いている仲間へ声をかけた。
「出てきた分は、もう終わったわよ。まだ敵はいる?」
「ちょっと待ってね……」
千尋獅子子がそうであるように、斥候職の力を得た者たちは高い索敵能力を得る。
もちろん相手に隠密能力があれば正確に調べることはできないが、それは今までの傾向から言って可能性が低いだろう。
それに加えて、凄腕の狩人である彼女たちなら、隠れている敵の存在も悟ることはできた。
「!」
そう、悟ることができたのだ。
「ご主人様! インダス! この城の奥に、何者かがいるわ!」
チグリスとユーフラテスは、数か所の壁を蹴りながら床に降りる。
幸いインダスの戦闘が終わっても、建物はまだまだ崩れる気配がない。
キンセイ技を使っていればその限りではなかったかもしれないが、流石にキョウツウ技ならばそこまで凶悪なことにはならなかった。
「一応聞くが、逃げ遅れた人とかモンスターじゃねえよなあ?」
「わかりません。だけど……多分、味方じゃない」
「なら敵だな、行くぞ!」
行くぞ、と言った狼太郎は、しかしチグリスとユーフラテスに抱えられていた。
そんな姿に苦笑しつつ、インダスは霧になって体を薄め、三人を包み込みながら並走していた。
エルフの足は速く、それに抱えられた狼太郎はさほど重くない。
であれば一行は、風のような速さで城の中を進んでいく。
文化財に指定されるだけに、吸血鬼の古城内部は、非常に再現性が高い。
千年ほど前の人類が、さらに千年以上前に自分たちの先祖が滅ぼした吸血鬼の資料を集め、可能な限り再現したという代物である。
種族単位で見れば悪趣味と言われても仕方がないのだが、それでも文化財と呼ぶには十分だった。
それが、無作為に壊されている。
千年前の人間が一度作っただけではなく、その後千年維持されてきた、修理されてきた城が引き裂かれている。
それは吸血鬼であるインダスにとって心を痛めることであり、その心中を察する三人にも辛いことだった。
(何が狙いだ?)
こんなくだらないことをした輩の心中など、知りたくもなかった。
だがその一方で、動機や目的が分からない。
(テロにしても声明がねえし、壊すならただ爆弾を使えばいいだけだ。ゴーレムを作れるんなら、そっちなんてよっぽど簡単だろう)
今まで戦った三種類のゴーレムは、どれも物理攻撃をしてくるだけだった。
だがそれでも、屈強なモンスターを追い散らす程度には強かった。
楽勝に思えていたのは、キンセイ兵器と夜の吸血鬼という反則技があってこそ。
本来なら警察が特殊な武器を持ち出すまでは、手が出せないはずだった。
(逆に言えば、時間が経過したら壊されるってことだ。こんだけのゴーレムを使って、何をする気だ?)
まさか売り出すためのデモンストレーション、ではあるまい。
今のご時世、軍事兵器の需要はとことん低い。
ましてやこれだけ大々的なテロに使用された兵器など、誰も買いたがらないだろう。
(ぶちのめして聞き出すとしても、せめて理解できる理由であって欲しいもんだ!)
真剣に怒っている狼太郎だが、あいにく抱えられたままである。
まるで病気の子供を大急ぎで運ぶように、チグリスとユーフラテスに抱えられているだけで、足はまったく動いていなかった。
一種滑稽な一団は、それでも気配のあった場所にたどり着く。
おそらく再現された美術品が並んでいたであろうエリアで、人間の男が一人で本を読んでいた。
少しやつれた体形をしている男は、三十代から四十代の年齢であろうと察せる。
にもかかわらず、手にもって読んでいる本は『れきしの教科書』であった。
大真面目に子供向けの歴史教材を読んでいる姿は、どこか滑稽である。
しかしその滑稽なことをしている男からは、一種の風格が感じられた。
このゴーレムだらけだった城で本を読んでくつろいでいる時点で、あるいは吸血鬼たちが入ってきたのに読書を続けている時点で、どう見ても巻き込まれた無関係の人間ではあるまい。
「歴史の本は、面白いねえ」
彼は、本を読みながらそう言った。
「あくまでも子供向けの本だが……それでも、歴史自体が面白い。人間がモンスターに勝利し、人間同士の戦争が起こり、それが終わり……平和な時代が来た。文章にすると陳腐だが、内容を調べていくと面白い」
その本を閉じると、今更のように狼太郎たちを見た。
「まあもっとも、君たちにこんなことを言っても、釈迦に説法だろうがね」
もうどう見ても、完全に敵だった。
絶滅したはずの種族である三体が現れても、まったく驚いていない。
つまり、ここに来ると知っていたのだ。
「……こんなところでこんな時にお勉強している奴が、まさか夜間学校に通う真面目な苦学生ってわけじゃねえだろう? 正直今すぐ問いただしたいところだが、俺はこう見えても躾がなっているんでね」
ここには、ゴーレムなど一切いなかった。
一人の男がいるだけで、他には誰もいない。
仮に彼が先祖返りの類だったとしても、この場の三体に勝ち目はないだろう。
だがしかし、その男の足元には魔法陣が描かれている。
おそらく無許可で設置した、ワープ用の魔法陣だろう。
逃げる準備は万全ということだった。
であれば、情報を集める。
せめて相手が一人なのか組織なのか、それだけでも聞きたかった。
「人に名前を聞く前に、まず名乗れって言われるのもなんだ……自己紹介してやるよ、俺は……」
「ああ、別にいい」
「……失礼な野郎だ、普通は聞くもんだろうが」
「大人に向かってその口の利き方で、躾もなにもあったものじゃないと思うけどねえ」
正体のわからない男は、読んでいた漫画の表紙を見せた。
それは『歴史』のどんな時代を描いてあるのか、端的にわかるようになっている。
「ふふふ……まさか歴史の教科書を読んでいたら、その当人たちに会えるとはね」
彼が読んでいた本は、勝利歴末期、人間同士の戦争が終わる寸前の時代を描いていた。
それは長く生きている彼女たちにとっても、特に意味がある時代だった。
「魔王を倒したという一人目の英雄をはじめとした、名も知れぬ近代の英雄たち。その彼らよりもずっと以前に名を刻んだ、大昔の英雄たち。そのうちの一人が、絶滅していたはずのエルフやダークエルフ、吸血鬼を率いて……カセイ兵器で戦場を駆け抜けたとか」
カセイ兵器とは、あくまでも大昔に人類が作った兵器である。大昔には戦場で運用されていたこともある。
その時代にカセイ兵器の主だったのは、当然狼太郎ではない。当時の英雄だった、パイロットたちである。
「現在唯一稼働しているカセイ兵器、ナイル。戦争当時のパイロットの名前は、黄河。彼は封印されていたモンスターたちを解放し、仲間として扱ったとか。そのモンスターたちは彼の死後も彼を慕い、その乗騎であるナイルに今も乗っているとか……」
勝利歴末期の英雄、黄河。
この世界の住人ならば、知らぬ者はいない有名な英雄である。
だが、だからこそデリケートだった。
誰もが知っているからこそ、その仲間だったはずの彼女たちにはあえて関わろうとしないのだ。
なぜならば、彼女たちこそが、他人に踏み入って欲しくないと思っているのだから。
それを不用心に、無礼に踏み込んでくる輩へ、全員が嫌悪感を向ける。
「君は、彼の後継者というわけだ。名乗るまでもないだろう、それだけの有名人を……有名モンスターを率いているのだからね」
「名乗るまでもないことを、ねちねちほざくじゃねえか」
「はははは! すまないね、私は彼のファンで。その仲間だったモンスターや、後継者に会えば興奮するというものだよ」
苛立ちは、頂点に達していた。
狼太郎だけがしゃべっているが、他の三体も目に憎悪がある。
「テロしてるやつがファンなんて名乗るんなら、英雄様も浮かばれねえだろうな!」
「テロ……ふふふ」
「笑ってごまかすな! お前がやったことは、ただの犯罪だ! どれだけ気取っても、祭を荒らして森に火をつけて、城で暴れただけだ!」
文字通り火消しに走ったからこそ、狼太郎たちは彼の所業を見ている。
到底許せるものではないし、はぐらかすに値する要素がない。
「何を考えていやがる!」
「そうだな……」
魔法陣の上に立つ男は、歴史の本で口元を隠した。
「不均一、不均衡、不平等を正すための戦い、と言ったところか」
「……戦いだぁ? ただの犯罪だろうが! 偉そうなことを言いやがって!」
「幼い君にはわからないだろうが、私にはわかる。この世界は、明らかにおかしい」
自分の正当性を疑わない男が、真剣に言い切る。
それは、あまりにも荒唐無稽で、しかし正義があるような言葉だった。
「私はね……敗者のいない世界を作りたいんだ」




