ステージ2 エルフ大森林
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さて、この時代、土地は余りに余っている。
まず総人口が全盛期の数十分の一程度であり、さらに人口が都市部に集中し過ぎていて、田舎という概念さえ崩壊している。
また高度な循環型社会の完成によって、資源を採掘、伐採する必要性も消えている。
よって都市部以外での広大な土地のほとんどは、ほぼ無法地帯と化している。
もちろん実際にはちゃんと法律があるのだが、実際には広すぎる土地を監視したりパトロールする人材がいないので、よほどバカな真似をしない限りは放置に近いことになっている。
とはいえ、今回のことは『よほどバカな真似』を通り越した事態であることは、誰の目にも明らかだった。
ドワーフ鉱山、エルフ大森林、吸血鬼の古城。それら三か所への、違法軍事ゴーレムによる同時テロ。
当然、この時代の警察組織も対応を急いでいた。
しかしながら、警察組織もバカではない。
馬鹿ではないからこそ、最悪の事態を想定して動かなければならず、まずは人命救助に専念し、ゴーレムの破壊は後回しにしていた。
この場合の最悪の事態とは、警察組織が各地から集まってゴーレムを鎮圧しようとしたところで、手薄になった都市部を攻撃されることである。
なにせ襲われたところは、あくまでも観光名所であり、そこまで多くの人間やモンスターがいるわけでもない。
その少ない人命を守ることは当然だが、其方を守ることによって各地が襲われては目も当てられない。
必然、対応は慎重にならざるを得なかった。
「ということになっているようですね」
その情報を聞いて、ナイルに乗って移動している一行は話し合っていた。
情報をまとめたインダスの言葉に、チグリスとユーフラテスは首をかしげている。
「ねえインダス、実際はどうなの? ちょっと慎重すぎるんじゃない?」
「警察にもキンセイ兵器っぽいのはあると思うし、スピード解決したほうがいいじゃないの?」
「ことはそう簡単でもないのよね」
どうやらインダスは、警察の対応に不満が無いようである。
「あのゴーレム、どう考えても陽動用でしょう? 防御力と再生能力は高いけど、攻撃力も機動力も低い。でも暴れるから放置もできない……つまり、露骨に陽動されているってわけ」
「あのゴーレムたちを壊している間に、都市とか自治区が狙われるってこと?」
「そう考えるべきでしょうね。とにかく人命優先で動けば、失う物もないわけだし」
警備の薄かった観光地を狙ってのテロで、人質を取るわけでもなく政治的な主張をするわけでもない。
それでは本命までの布石と考えるのは、極めて妥当であろう。警察が慎重になるのは当然である。
「だが、このまま放置ってのは気に入らねえな」
しかし自由に動ける狼太郎は、慎重であることを放棄していた。
「このまま好き勝手にされちゃあ、面白くねえ。今から両方を回って、全部ぶっ壊してやろうぜ」
「あら、警察にお任せするのでは?」
「それも考えたけどよ、善良な一般市民として警察に協力するのもやぶさかではねえのさ。まあそれに……お前らの故郷みたいなもんだ、のさばらせておくのも悪いだろ」
狼太郎の気遣いを聞いて、吸血鬼のインダス、エルフのチグリスとユーフラーテスは……。
「……そういえば、吸血鬼の古城って吸血鬼の拠点だったわ」
「エルフ大森林って、エルフの一大拠点だった……よね?」
「忘れてた」
「吸血鬼とエルフって書いてあるのにか?! お前ら生き残りだろう?!」
言われて思い出すほどに、自分たちの種族の故郷に頓着がなかった。
「いえ、そもそも現在の吸血鬼の古城って、今の平和な時代になって、人類が再建したものですから……再建して千年ぐらいたってますから、古城と言えば古城ですけど……」
「エルフ大森林も、全部伐採して砂漠になったところを、人間がもう一回植樹して作り直しただけだし……」
「実質人間の古城と人間大森林ですよ。管理者も所有者も人間ですし。今まで一回も行ったことありませんし……」
「……そういえばそうだったな」
土地そのものは同じだが、同じ場所にまったく関係のない人間が再建したというだけで、エルフたちや吸血鬼にはまったく懐かしむ要素がない。
「だから全部燃えても気にしませんよ、どうせまた人間が植樹するでしょうし」
「そうですね、また人間が再建しますよ」
「……オリジナルを壊したのが人間だから、何も言えねえな」
警察が対応に困っているのは、襲われた三つの観光地が、人間の力で復活させた滅亡種族の文化財だからでもある。
いくら軍事兵器で襲撃されているからと言って、キンセイ兵器を投入して全部壊すような結果になれば、それこそ文化団体がうるさいだろう。
とはいえ、この三体が実行すれば話は違う。
絶滅した吸血鬼やエルフの最後の生き残りに向かって、人間が再建しただけの文化財を壊したことに文句をつけられるものは、そうそういまい。
自分たちで積極的に破壊したのなら『所有権がなんちゃら』『管理費がうんちゃら』ということになるが、今回の場合は緊急避難であろう。
「ナイル、エルフ大森林と吸血鬼の古城、どっちが近い?」
『エルフ大森林ならば、昼頃には到着いたします』
「よし、それじゃあそっちに頼む!」
『了解しました』
目標地点が正式に決まり、ナイルはゆっくりと方向転換を始めた。
長い車体が直線になれば、そのまま加速を始めるだろう。
陸海空を走破するこの列車は、目標さえ決まれば確実にたどり着く。
その中で、狼太郎は改めて憤る。
「まったく……どこのバカだ。下らねえ真似しやがって」
「絶滅種にゆかりのあるところを叩いているんですから、人間の傲慢さ云々、ですかね?」
「それで火をつけて回ってりゃあ世話がねえ。人間だろうがモンスターだろうが、まず私刑だな。そのあと警察に熨斗つけて叩き込んでやる」
今回の犯人が一人なのか組織なのか、愉快犯なのか思想犯なのか。
まだわからない段階だが、見つけ次第叩きのめすと狼太郎は決めていた。
「確かにね。ご主人様が怒る気持ちはわかるよ、どんな理由でも暴力はよくない。暴力で止めないとね」
「一つの文章で矛盾しているけど、チグリスの言う通りだね! 暴力はよくないから暴力で止めよう!」
ユーフラテスも、この状況には過激になる。チグリスも同調した。
テロに屈することは許されないのである。
「インダス、吸血鬼の城は後回しになるだろうが……」
「ええ、お気遣いなく。それに……昼にエルフ大森林ならば、吸血鬼の城につくのは夜でしょう?」
牙をむき出しにして、吸血鬼は笑った。
「そちらの方が、私も都合がいいので」
「ああ、期待してるぞ。遠慮なくやれ」
※
エルフ大森林は、大森林というだけあって広大な森である。
人間が何十年もかけて植林し、さらに管理を千年かけて行っただけに、その威容は素晴らしいものがある。
千年前の人間が、千年後や二千年後を視野に入れて計画し、それを後世の人間やモンスターが代々受け継いでいった。
自然が本来持つ騒がしさはないものの、一本一本の木々が病気もなく健常に伸び、樹齢千年の木々が整然と立ち並んでいる。
もうすでに伐採の予定がなくなり、森を復元するという意思の下に行われてきた保護活動は、ここに実っていた。
人間は自然を破壊するが、しかし直すこともできる。
新しい循環型社会を象徴する成功例として、森に親しみをもつモンスターたちが好んで訪れる保護区であった。
そこが今、戦火に燃えていた。
霊木を頼りに生きていた野生動物が逃げ惑い、小さな草花は踏み荒らされ、人間たちが計画した森林は叩き壊されていた。
既に人々は逃れているものの、被害は一向に収まりを見せない。
事件が起きて半日も経過していないことが嘘のように、先日までは憩いの場であったことが嘘のように。
まるで最初からここが戦地であったかのように、破壊と火災が生じていた。
「……クソ」
言葉を失うとはこのことだろう。
前方に見える、燃え上がる森。
それを映像で見た一行は、思わず茫然としていた。
火災とは、生物の本能に恐怖を刻む。
制御されていない炎、黒い煙は、近づくことを忌避させる。
心のどこかで『所詮小規模なテロだろう』と高をくくっていた彼らに、遠慮なく現実を突きつけていた。
「ナイル! 近くに川や湖はあるか?! そこで水を汲んで、放水できるか?!」
『可能です』
「よし! じゃあ三人を下ろし次第そうしてくれ!」
ここに来て、狼太郎も慌てた。
慌てたからこそ、最善を探る。
「ユーフラテス! 今のうちに、ライノックスの装備を消火用に切り替えておけ! 森の中じゃあ、お前の火砲は使えない!」
「りょ、了解しました! ちょっと武器庫に行ってきます!」
「チグリス、インダス! 先にナイルのカタパルトで飛んでいけ、キンセイ武器でとっとと片付けろ! 規模がさっきと変わらないなら、できるはずだ!」
「了解!」
「お任せください」
歯がゆかった。
現状四体しかいないため、打てる手が少ない。
いいや、だがマシだろう。
おそらくここから避難した人たちは、それこそ無念さに震えたはずだ。
「クソ……ぶっ殺す!」
今にも飛び出しそうになる体を抑えて、狼太郎は運転席に腰かけた。
※
戦闘車両の一つに搭載されている、レールガンを応用した電磁カタパルト。
それによって発射されたのは、弾丸や爆発物ではない。
キンセイ兵器によって武装した、チグリスとインダスである。
エルフも吸血鬼も、火には弱い。
当然燃え上がる森になど、そうそう入れるものではない。
だが宇宙戦闘さえ想定しているキンセイ兵器に身を包んでいれば、たかが霊木が燃えている程度の熱量など問題にならない。
宇宙を想定しているということは、当然呼吸も問題ない。
たとえ無酸素空間に放り込まれても、魔力や電力がある限りは搭乗者の生命は維持される。
高度な姿勢制御コンピューターによって、無理やり加速されて飛ばされた彼女たちは、難なく森の中で着地した。
森は、火の海。笑えない状況である。
「初めて来たけど……広い。これじゃあ、コングで歩くのは遅くなるかも……それに移動で魔力とか電気を食うし、重量級は大変だわ。これなら私も、他のキンセイ兵器に変えておいた方が良かったかも……」
「そうでもなさそうよ……ここの敵、さっきとは違う!」
先ほどのゴーレムを鈍重な青銅の巨人に例えれば、この森林を襲っていたゴーレムは鉄の狼であろう。
土でできた体には体毛がなく、顎もない。牙がない代わりに、頭部が衝角のような形になっている。
見るからに先ほどのゴーレムより脆そうだが、四足歩行で向かってくる姿はまさに俊敏な猟犬だった。
それが十体以上も襲い掛かってくるのだ、普通なら絶望的だろう。
少なくとも、チグリスもインダスも、その攻撃に反応できなかった。
動体センサーが警告を発すると同時に、キンセイ兵器コングとカンガルーへ、攻城兵器のような狼が頭突きを行う。
「……は、速い!」
コングの巨体を恐れることなく、何体ものゴーレムがぶつかってくる。
到底避けることはできず、チグリスは攻撃を食らっていた。
「うう……これはミスね、この機体で来るんじゃなかった……」
もちろん、搭乗者にまったくダメージはない。
このキンセイ兵器は、凶悪な殺傷能力を持つカセイ兵器と戦うために作られている。
搭乗者の安全を守るために、強固な装甲が備えられているのだ。
ましてや重量級のコングである。中にいるのが脆弱なエルフだったとしても、しっかりと守ることができるのだ。
「私の方は大丈夫よ! そちらをフォローすることはできないけど、大丈夫よね?」
「ええ、なんとか!」
軽量級のパワードスーツ、カンガルーに乗り込んでいるインダスは軽やかに回避していた。
燃え上がる木々を足場にして、狼型ゴーレムを攻撃している。
「キンセイ技、ラリースタンプ!」
その呪術の印を刻まれた拳と膝が、近づく敵を粉砕していた。
一定以下の体力、防御力の相手を一撃で粉砕するという情け容赦のない『必殺』技が、軍用兵器であるはずの狼型ゴーレムを土団子のように崩していく。
それは相手が機動力を重視したゴーレムであることの証明であり、決して上位互換ではないことの証明だった。
「数は……そんなに多くない、エネルギーはなんとか持つ。それなら……キンセイ技、FFバリアシステム!」
ヴゥン、という音がコングの鎧からした。
それは明らかにコンピューターが熱を発した証明であり、つまり排熱が行われている証拠だった。
にもかかわらず、コングとそれを着ているチグリスはまったく動かない。
普通なら、何かあると思うだろう。
だが心のない狼型ゴーレムたちは、果敢に突っ込んでいく。
否、何も考えずに、ただ突っ込む。恐怖を知らぬがゆえに、ただ襲い掛かるのだ。
軍事兵器であり、土にあるまじき強度を持つ衝角。それはコングの装甲にぶつかり、逆に砕けていた。
このキンセイ兵器は、この世界における最新技術の結晶である。当然、過去の兵器である『究極のモンスター』の技術もある程度流用されている。
究極のモンスターに与えられた『三大システム』ほど無茶苦茶ではないが、多彩な防御手段を誇る。
そのうちの一つが、『フィードファーストバリアシステム』。あらゆる攻撃を反射する、呪術的攻撃装甲である。
この世界には、相手の物理攻撃や魔法攻撃だけを跳ね返す技や、格闘攻撃、武器攻撃などの『特定の攻撃』に対して反射を行う技が存在する。
このフィードファーストバリアシステムは、それらを単独の機体で複数もっており、敵の攻撃に備えて常に準備している。
そして優れたセンサーが相手の攻撃を読み取り、必要な反射技を選択して発動させることができるのだ。
常に複数の反射技を準備しておくという仕様上、エネルギー消費は著しいという弱点はあるが、単一の攻撃では絶対に突破されないという優位点もある。
また同時に……。フィードファーストがあるのなら、フィードバックも当然備えている。
「攻撃手段特定! これしかないみたいね……それなら! キンセイ技、FBバリアシステム!」
FFバリアの結果により、フィードバックが行われる。
受けた攻撃の属性や特性を把握し、必要な反射技だけを準備するように切り替える。
それによって、単一の攻撃手段しか持たない限り、最小限の消費で反射し続けることができるのだ。
「キンセイ兵器を舐めないでよね! コンピューターの出来が違うのよ!」
犠牲を恐れず、森の中から殺到してくるゴーレムたち。
それらは仲間がどのように破壊されたのかも一切考えず、ただ突撃を繰り返す。
本来なら、手動で戦うのなら、数に圧倒されて潰されてしまうだろう。
だが自動的に反射攻撃が行われている以上、飛んで火にいる夏の虫でしかない。
しかし、完全に無意味かと言えばそれも違う。
吸収ではなく反射である以上、バッテリーの消費は行われている。
このまま攻撃を受け続ければ、当然エネルギーが尽きて、あとは装甲の単純な耐久力にゆだねることになるだろう。
もちろんエネルギーが尽きれば、攻撃はおろか反撃もままならない。
「そして……これだけ殺到してくるのなら! キンセイ技、ショベルショルダー!」
だがそれは、ただ攻撃を受け続けた場合である。
如何に鈍重なコングと言えども、向こうからぶつかってくるのなら、反撃を当てることはできる。
突撃ができるのは、衝角だけではない。ただ重く硬い装甲と、圧倒的な馬力があれば、そこには特別なルールの必要ない破壊力が発生する。
「たああああ!」
重機の足が、大地を踏む。
反射を一時的に解除し、ただ防御力をあげて、突撃に徹する。
前が見えなくなるほどの敵も、逆に言えば前に突っ込めばぶつかるということ。
一体一体なら回避できる攻撃も、群れであるがゆえに当たってしまう。
「なるほど、思考ルーチンは理解できたわ。敵を探す、見つけた敵に近づく、敵に攻撃する、攻撃したら退避する。その四つだけで、複雑には動かない。だから反射されると分からないままぶつかっていく一方で、こちらが反撃しようとすれば避けるのね」
そして、回避した群れをインダスが襲う。
「キンセイ技、ターゲットサークル!」
大地に魔法陣が刻まれ、淡く光る。
それ自体は攻撃の意味を持たないが、魔法陣の上に存在しているモンスターたちに『ターゲットの印』が刻まれた。
「必中の呪い、付与を確認……やって、チグリス!」
「任せて!」
究極のモンスターが持つ、アルティメットアイドル。
それはターゲットを指定する技をかき乱す効果があるのだが、逆に言えばそれだけ『ターゲット指定』に属する技が豊富で、有効性が高いということ。
キンセイ技ターゲットサークルは、魔法陣の上に立つ敵すべてへ『必中』の呪いを付与するもの。
一旦刻まれてしまえば、解呪しない限り決して攻撃を避けることができない。
そしてコングの必殺技は、当たれば当然死ぬものだった。
例えば、竜殺し。
ドラゴンに対して、特別に効果を発揮する技がある。
それと同じように、キンセイ技にも『特効』が存在する。
それは、対兵器。
カセイ兵器に対抗するために作られたキンセイ兵器は、軍事兵器に対して攻撃のダメージを増幅させる技を持つ。
重力級であるコングの一撃は、複数のゴーレムへ分散されたとしても、十分すぎる威力があった。
「キンセイ技……アンチマーズハンマー!」
大量のゴーレムたちは、その拳に直接触れるかに関係なく、その拳が振るわれると同時に砕け散っていた。




