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喜びも束の間

 改めてシュバルツバルトに来て、ホワイトは感慨にふけっていた。

 この、何も変わっていない空気。


 今日という日のために、多くの魔境に身を投じてきた。

 多くのモンスターから傷を受け、多くのモンスターに苦戦し、多くのモンスターを倒して、ついにここに至った。


 当然だが、何も変わっていない。

 ここに足を踏み入れた自分が変わっただけである。


 達成感があるのは、ここにただ来たからではない。

 あの日止めてくれたジョーが、称賛してくれたからでもない。

 実力が追い付いたこと、ここまでめげずにこれたことが嬉しいのだ。


「へん、あの兄ちゃん一人か?」

「気取ってるねえ……見ろよ、あの剣。あんなちっこい得物で、Bランクを相手にできるのか?」

「いかにも努力してきましたって面だな。まあそれなりには強いんだろうが、ハンティングが分かってねえ」

「ああ、まったくだ。狩りはチームワークだ、個人競技じゃねえ」

「さぞお強いんだろうが……まあ結果はお察しだな」


 同じように試験を受ける面々の声も、今は笑って受け流せる。

 少なくとも彼らの言葉は、一面では真実だ。見当違いでも的外れでもなく、まじめなハンターの意見である。


 実際自分も『強いモンスターを狩るにはどうすればいいか』と聞かれたら、『自分を鍛えたうえで、同じぐらい強い仲間と一緒に狩る』と言うだろう。

 そもそも魔境とは、一人で入るところではない、とも言いそうだ。


(あいつと無駄話をしている間に襲われたことも一度や二度じゃないが……多分無駄話をしていなくても襲われたんだろうなあ)


 野犬隊に説教をしたことを思い出す。

 とくに恰好がいい理由ではなく、どうでもいい理由や馬鹿々々しい理由で負った傷が痛む。


 結局、そっちの方が恐ろしいのだ。

 強敵に襲われて負う傷よりも、なんてことない相手に奇襲を受ける方が、ずっと問題だ。

 その時自分一人だったら、助からなかったことがある。


(あいつに感謝しているのも、本当だからな……)


 きっと調子を取り戻したら、いつものように文句を言うのだろう。

 どうして自分が傷ついている時に、近くにいてくれなかったのか。

 近くにいれなかったとしても、いけしゃあしゃあと試験を受けに行くのはなぜか。


(僕がいなかったら、百回は死んでいるだろう、とか言うだろうなあ……)


 思わず笑いが漏れるのは、集中力が切れているからか。

 それとも、究極のモンスターと銘打たれていた彼女がいないことに不慣れだからか。


「はっ……」


 自分を嘲る。

 まったくもって、不純だ。

 もしも自分以外の人間が同じようなことを考えていたら、それこそ頭をひっぱたくだろう。


(やれやれ……気が抜け過ぎだ。もしかして、アッカ様やナタ様と話をして、もうAランクハンターになったつもりなのか?)


 緊張していないにもほどがある、もう気が抜けている。

 客観視するに、自分の阿呆さが笑えて仕方ない。


(ここは天下のシュバルツバルト。今まで俺が訪れたどの魔境よりも危険だと、俺自身が知っているはずなのに)


 あの日、Bランク下位のマンイートヒヒに食われかけた恐怖を、ここに来て忘れたというのか。

 むしろここでこそ、あの恐怖を思い出すべきであろう。


「ん?」


 ふと見上げれば、そこには猿の群れがいた。

 およそ十頭ほどだろう、マンイートヒヒが降ってくる。


「ちぃ! いきなりBランクか! 流石は、シュバルツバルトだな!」

「あわてるな、いつも通りにやるぞ!」


 ふと周りをみれば、いつかのようにハンターたちが対応していた。

 流石はこの森にきたハンター、というところだろう。

 Bランクモンスターの群れにも動じることなく、一体一体を拘束して叩いている。

 その姿を見て、懐かしくなる。

 ジョーが監督していることも含めて、あの日の再現のようだった。


「ん」


 もう怒りはなかった。

 だが向かってくる以上は相手をするほかない。


「プッシュエフェクト、スラッシュハンマー」


 あの時から変わらずに使ってきた、片手でも扱える剣。

 それを振るって、マンイートヒヒを撫でる。


 あの時は、何度も叩いてようやく倒せたな、と思い出す。

 今目の前にいる猿は、ただ撫でるだけで『平面』になり潰れていた。


「お見事だ」

「おや、贔屓はしないんじゃ?」

「そうだった、他のハンターに申し訳ない」


 ホワイトを褒めたジョーは、己の非を認めて他のハンターを見る。

 Bランクモンスターを相手に一歩も引くことなく、あわてずに対応しているハンターたちを眺める。

 誰もが自分の担当しているマンイートヒヒに手いっぱいで、ホワイトが一撃で殺したことに気付いていない。


 もうこの時点で既に駄目だった。Bランク下位如きに手こずっているようでは、この森でやっていける実力はない。

 だがそれが分かっていても、ジョーはまじめに試験をしていた。


(こういうところが、きっと評価されているんだろうなあ)


 余裕がありすぎた。

 試験をしているジョーのことを眺めて、その評価に心を向けてしまえるほどに。


 あまりにも懐かしすぎて、遠い過去でありすぎて、心が浸りすぎていた。

 目の前のあらゆることが、故郷の日常のように思えてしまう。


「さて……これでダメだったら、いよいよ恰好が付かないな」


 獣の鳴き声が近づいてくる。

 一種ではあるが、一体ではない。


 大量の、それこそ軍勢と言えるほどの猿の群れが、樹上から降りてくる。

 討伐隊の試験に参加したがっているハンターの、その数倍の数だった。


「な、なんだ?! こ、この数は!?」


 まだマンイートヒヒたちと戦っているハンターたちは、それでも熟練の経験故か真上からの脅威に気付いた。

 だが気付いたところで、まるで手が足りない。

 一体倒すことに手間取りすぎていて、到底捌けないのだ。


(この人たちも弱くはない。多分あの砂浜で戦っていたCランクハンターと、同じぐらいには強いんだろうな)


 今まで多くのハンターに出会ってきた。

 Cランクの群れ如きに手も足も出ないDランクハンターがいて、Aランク中位を一瞬で焼き殺すAランクハンターがいた。ただのチンピラのようなEランクハンターがいて、それにさえ逆らえないFランクハンターがいた。


(この人たちは立派なハンターだな)


 まるで他人事だった。冷静が過ぎて、当事者であることを忘れそうになる。


「ふん……プレスクリエイト、ミンチジューサー!」


 一握の猿。

 ホワイトは会得した圧縮属性のクリエイト技で、大量の猿を一ひねりにしていた。

 骨も肉も臓物も、何もかも原形を失って潰れ、血液が行き場を失って水鉄砲のように飛び散った。


「ほう、圧縮属性のクリエイト技か」

「褒めるのは、贔屓では?」

「試験官が見定めることは、贔屓ではないだろう」

「そうでしたね、自意識過剰でした」


 あの時にできなかったことが、今はできる。それに、ささやかな達成感がある。

 もうとっくに、この程度はできていた。今更、感動するほどではない。


「な、なんだ……今のは……クリエイト技だと?!」

「それも、凄い威力だ……あれだけのBランクを一瞬で……!」


 だがそれでも、周囲のハンターからすれば、現実を疑う程だった。

 まず無理もない、Bランクモンスターを一瞬で大量に倒すのは、それこそ武将レベルだ。

 国家の軍隊の中でも、そう多くいるわけではない。大将軍ほどではないとしても、相当に珍しい。


 それをホワイトがやったと気づいて、誰もが慄いている。

 自分たちが一体でも手こずっている相手を、数十体まとめて殺したことに驚いている。

 無理もあるまい。マンイートヒヒをまとめて殺せるのなら、自分達だってまとめて殺せるのだから。


「こいつ……思ったよりもずっと……!」


 ドルフィン学園の生徒がそうであるように、クリエイト技を実用レベルで使用するのはとても難しい。

 才能や環境もさることながら、当人が真面目に目標を立てて努力しなければたどり着けない。

 ホワイトがただの腕自慢、ただの天才ではないと、誰もが気付いてしまった。


「あの時は気づかなかったが……臭い肉だ、鼻が曲がりそうだな」


 ホワイトは大量の血が撒かれたことによる臭いに気付いて、感慨深くなっていた。

 一つ一つ、成長をかみしめる。


「これだけ臭いがあれば……そりゃあ強いモンスターも来るだろうな」


 憧れのステージに立っている。

 あまりにも余裕を持って、のんびりとできる。

 それが彼に、普段の苛烈さを失わせていた。


「ああ、来たか」


 振り向いて見上げれば、そこには巨大なモンスターがいた。

 森の木々をへし折る、Aランクのモンスターがいた。


 三つの首を持つ、地獄の番犬。

 Aランク下位モンスター、ケルベロス。


 優れた嗅覚と敏捷性を誇る、非常に攻撃的で貪欲なモンスターだった。

 軍隊であっても壊走をせざるを得ない、ハンターの小隊如きでは遭遇が死を意味する怪物だった。


「あ、あああああ……!」

「ひぃ……!」


 思わず言葉を失い、腰を抜かす他のハンターたち。

 今までは余裕を保っていたジョーも、流石に大きく飛びのいている。


 その特徴的すぎる見た目から、有名極まるモンスター。

 決して見間違えないであろうその造形は、しかし伝聞よりもはるかにおぞましい。


 大量の唾液を垂れ流しにして、地面にまき散らされたマンイートヒヒの血を地面ごとなめとり、さらに圧縮された肉塊を他の首と奪い合うように食っていた。


 次は自分が食われる。あるいは仲間か、もしくは他の小隊か。

 その間に、今のうちに逃げるしかない。そうわかっていても、現実は残酷だった。


 まず、逃げることができない。

 腰が抜けたまま、肝がつぶれていた。

 危険な森だとは知っていた、Aランクハンターがいるとは聞いていた。

 だが、まさかあっさりとAランクに遭遇するとは思っていなかった。


「ケルベロスか、手ごろだな」


 だが、現れると思っていた者がいる。

 最初の最初から、Aランク下位モンスターと戦う準備をしてきた者がいる。


「プレスクリエイト、ミンチジューサー」


 自分が狙われるなどかけらも警戒せず、先ほどと同じように圧縮属性のクリエイト技を使う。

 しかし、Bランク下位とAランク下位では三段階も強さが違う。

 一段階による強さの隔絶ぶりを知る者からすれば、同じ攻撃をすること自体が無謀だった。


 現に、マンイートヒヒを数十体まとめて潰した先ほどの技に、ケルベロスは耐えている。

 中心に向かって潰されていく感覚を受けているようだが、精々強い圧力を受けている程度。

 精々毛並みがつぶれている程度で、肉も骨もきしむことはない。


「だ、駄目だ! Aランクモンスター相手だぞ! Aランクハンターを呼ばないと無理だ!」

「おい兄ちゃん! 無理だ、全員で逃げるぞ! そうすりゃあ、運が良ければ……!」


 後方から、全員で逃げようという提案が聞こえた。

 全力で圧縮しているホワイトは、やはり彼らがまともなハンターだと認識する。


「運が良ければ?」


 クリエイト技が解けた。

 その瞬間、ジョーでさえ見失いそうになる速さで、ケルベロスはホワイトに襲い掛かる。

 噛みつかれれば、その瞬間に全身が咀嚼され、胃に流し込まれるだろう。


「ハンターは運で勝負するんじゃない、腕で勝負するもんだろう」


 三つあるうちの顎、その一つを手で支えていた。

 他の顎たちが噛みつこうとしてくる上に、支えている顎は必死になって顎を閉じようとしてくる。

 

 あろうことか、ホワイトはAランクモンスターと力比べをしていた。

 それも、最も強く頑丈なはずの、顎の力を腕で支えているのだ。


 もちろん、相手が襲い掛かってきているため、両足で踏ん張っている。

 自分よりもはるかに大きい相手に、鍔迫り合いのような体勢になっていた。


「プッシュクリエイト……ビッグハンマー!」


 最も得意とする、押出属性のクリエイト技を使用する。

 動きを止めて踏ん張っていたケルベロスの、比較的弱いであろう腹部を突きあげるように鉄槌が直撃していた。


「会心の当たり……まあ効いてないよな」


 ケルベロスは、宙に吹き飛んだ。

 その巨体が吹き飛んだだけでも瞠目だが、ケルベロスもAランクである。

 たかが押されただけで、死にもしなければ弱りもしない。

 空中で姿勢を立て直すと、地面に降り立ち大いに叫んでいた。


「だ、駄目だ! ちくしょう! やっぱりAランクにはAランクしか……」

「……いや、ちょっと待て」

「なんだよ! あのままだと、あの兄ちゃんは……!」

「違う、あの兄ちゃんは吹っ飛ばしたんだぞ?! さっきはどう見ても、重力属性か圧縮属性だったのに!」

「……今のは、押出属性か突風属性、刺突属性、だよな? つき飛ばす属性だったよな?」

「一人で複数の属性のクリエイト技……ま、まさかコイツ!?」


 戦慄する受験生たち。

 彼らがその事実に行き着くのに時間がかかったことも、決して不思議ではない。

 なにせこのシュバルツバルトの前線基地でさえ、『その域』の使い手はただ一人。

 たった一人で複数の属性を扱える、至上の使い手は、それこそAランクハンターや大将軍並みに稀有なのだ。


「アース、プレス、プッシュ……トリプルスロット!」


 大地属性、圧縮属性、押出属性。

 それらを全部同時に実体化させ、一つの技として使用する。

 すなわち、エナジーの奥義、人間の究極。スロット技である。


「ニードル!」


 極限まで圧縮された、大地の一本針。

 それが高速で発射され、ケルベロスの頭の内一つ、顎の内側に突き刺さる。


 圧倒的な速度と共に放たれたそれは、衝撃波を放ちつつも周囲を巻き込む圧縮の力が込められていた。

 それはケルベロスを貫きつつ、体を内側から破壊していった。


 かろうじて太い骨格だけは無事だったが、それでも体のあちこちから出血し、何よりも貫かれた頭がつぶれていた。

 だが残った二つの頭は、死ぬ間際でさえ餌を求めた。

 健在な四つの足で立ち、既に内臓がつぶれたままで、それでも口を開けて襲い掛かる。


「アース、プレス、プッシュ……トリプルスロット!」


 しかし、何度もAランク下位と戦った男である。

 まだ一撃で殺せないことなど、最初から分かり切っている。

 既に二の矢の準備は整っていた、最初からこうして殺すつもりだった。


「ディスク!」 


 大量の土砂が空中に実体化し、ケルベロスにまとわりついていく。

 それが圧縮属性によってケルベロスごと縮めていき、さらに駄目押しで真上から下方向へ押出属性を加える。


 結果から言えば、地面に大穴が開いていた。

 圧倒的な生命力を誇っていたはずのケルベロスは、本当の地面と鉄槌の板挟みとなって、円盤状に引き伸ばされていた。

 当然、スライムでもないこのモンスターにとっては、致命傷以前である。


「スロット使いだ……すげえもんを見ちまった……」

「ケルベロスを……Aランクモンスターをぺしゃんこに……」

「な、なんだよ、アイツ……Aランクハンターじゃねえか……!」


 エフェクト使いでしかなく、ハンターのランクもC程度。

 それでも自信をもって試験に臨んでいた者たちは、全員がその光景に目を奪われていた。


 存在すると知っていても、見るはずも会うはずもない存在。

 ハンターの頂点にして、エナジーの頂点。Aランクハンター、スロット使い。


 生まれ持った力の差と、積み重ねた努力の差に、誰もが打ちのめされていた。


「どうですか、ジョー先輩」


 それを背に受けて、ホワイトは改めて問う。


「俺は、合格ですか」


 Aランクハンターになれるだけの才能がある、それだけだった彼が実際にその域になって帰ってきた。

 それを喜びながら、自分を追い抜いていった後輩を彼は認める。


「もちろんだ、君は今からBランクハンター……この基地で討伐隊に参加できる!」

「……」


 運の要素はなかった、十分に準備をしてきた。

 だからこそ、意外性はない。

 だが、喜びはある。達成感で、幸福感で、胸がいっぱいになる。


「はい!」


 今まで、ハンターのランクを上げてこなかった彼は、胸を強くたたいていた。


「スロット使い、ホワイト・リョウトウ。これよりBランクハンターとして、討伐隊に参加します!」


 ここまで積み重ねなければならなかった。

 ここまで積み重ねることができた。

 一切自分の実力を疑うことなく、ホワイトは討伐隊に参加していた。


(……これを、お前に見てほしかったよ)


 達成感に浸りながら、彼は空を見上げた。

 今頃沈んでいるであろう、己の相棒を想う。


(……これでようやく、アイツにも、アイツらにも、御礼が言える)


 そして、本懐を果たせる。

 この地で自分を助けてくれた、今日までの日々をくれた、彼に感謝できる。


 あの日、どれだけ無礼なことをしたのか。

 あの日、どれだけ自分が馬鹿だったのか。

 ちゃんと、謝れるのだ。


(もう、助けてもらう必要はない。今度は、俺がアイツらの力になる番だ……!)


 拳を握る。

 小さなガッツポーズは、しかしジョーだけが気付いていた。


 他の面々は、ただ器の違いに震えるだけ。

 Aランクハンターになる男の、その力に震えただけだった。

 その時である。


 強い毒特有の、刺激臭がした。

 けたたましいモンスターの、恐ろしい叫びが聞こえた。

 一つ二つではない、恐ろしい怪物たちの、絶対の殺意を感じさせる叫びが重なっていた。


「……この、声は」


 今まで後輩の躍進を喜んでいた彼は、すっかり青ざめていた。

 この森にはありとあらゆる化物が詰め込まれているが、しかしそれでも、想像の範囲での最悪は存在する。


 この森での、最悪である。


「ラードーンとドラゴンイーターだ! 全員逃げろ!」


 ジョーの叫びが届くと同時に、大量の折れた木が飛んできた。

 それだけではなく、毒のしぶきが雨のように降り注いでくる。


 折れた木と言っても、一つ一つが巨木である。

 毒のしぶきと言っても、常人では肌に一滴触れるだけで即死である。


「プッシュクリエイト、ビッグハンマー!」


 それを、ホワイトは弾き飛ばす。

 竜巻で巻き上げられたようなそれを、逆に彼方へ吹き飛ばした。


 だがそれで終わりではない、この森(・・・)で最強のモンスターが、もみ合いながら突っ込んでくる。


「エイトロールと、ラードーンか……」


 大量の首と、大量の頭が、絡み合いながら突っ込んでくる。

 お互いのことしか見ていないが、それでも最強のモンスター同士のもみ合いに巻き込まれることが何を意味するのかなど考えるまでもない。


 しかし、試験を受けた者たちには希望があった。

 さきほどAランクモンスターを、苦も無く叩きのめした男がいる。

 彼ならば、この惨劇さえ凌駕できるのではないか。


「Aランク上位モンスター同士の戦い……」


 ホワイトは、それを見て笑った。


「無理」


 青ざめて、膝が震えていた。


「無理無理、絶対に無理!」


 この脅威を前に、ホワイトでさえ余りにも無力だった。


「プッシュクリエイト、フライングカタパルト!」


 慌てに慌てていた。

 ホワイトは自分と他のハンターの足元に押し出し属性を展開し、全員まとめて基地の方へ吹き飛ばした。

 それは移動に使ったとはいえ、ジョーにとってさえ体が軋む威力だった。

 ましてや他の面々にとっては、全身の骨にひびが入るほどである。


 だがそれでも、誰も文句を言わなかった。

 それは体が痛くてどうとかではない、吹き飛びながら視界に入ったものが、途方もなく恐ろしかったからだ。


「……!」


 大百足、というレベルではないエイトロール。

 クラウドラインでさえ遠く及ばない、最強のドラゴンラードーン。


 不俱戴天の仇同士である彼らが、食らい合いながら基地に向かっている。

 あるいは、転がっている。


 その光景を見下ろしている状況で、骨がどうこう言える度胸は誰にもなかった。


「もう一回行くぞ! プッシュクリエイト! エアーカタパルト!」


 空中で、再度の押し出し。

 今度こそ全身の骨を大きく折る面々だが、当然ホワイトの判断を誰も咎めない。

 むしろ助けてもらったことに感謝さえしながら、空中で気絶する。


「ホワイト君! まだ君だけでアレをどうにかするのは無理だ! 私も及ばずながら、手を貸す!」

「は、はい!」

「狐太郎君がすぐに来てくれるはずだ、持ちこたえるぞ!」


 はるかに実力の劣るジョーの、しかし適切な指示を聞いて、ホワイトは無力を嘆いた。


「……結局、アイツに助けてもらうのかよ!」


 Bランクハンター、スロット使いにして魔物使い、ホワイト・リョウトウ。

 彼のAランクハンターへの道は、まだまだ遠い。


「ちくしょ~~!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ホワイトの剣を周りのモブがちっこい得物と称していますが序盤の初登場時の描写だと肩から下げる大剣とあります。 片手で持てるような大きさじゃない、は狐太郎の主観だとしても大剣ならちっこいと…
2020/09/10 23:14 名無しの権兵衛
[良い点] 正直あまり好きになれないホワイト編が始まった時いつまでやるんだろうと思った自分がいましたが、誤りでした。面白い!この先も期待している自分がいます。良い作品だなぁ。
[一言] 更新お疲れ様です。 本当に感慨深いですね。
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