モンスターパラダイス2-最高のパートナー- 『最終ステージ 広報区画』
一番警備の薄い廃棄区画、多くのモンスターが保管されていた飼育区画、モンスターへ技を教える施設の有る教育区画、研究者たちの生活している居住区画、有事への備えである保安区画、そしてワープゲートのある偽装区画。
それらに配置されていた兵器を突破し、馬太郎たちは捕らえられていた人々を元の場所へ送り返すことに成功していた。
当然と言えば当然だろう。
別にダンジョンでもなんでもなく、ただの研究機関である。内部に侵入された場合のことなど、さほど想定しているわけもない。
ステージギミックと言えるものがないわけでもないが、現地の協力者の手引きがあれば解決できるのは当然だった。
「ドタバタはあったけども……本当に、人質を脱出させることができたなんて」
『おかしなことを言うねえ、そんなの当たり前じゃないか』
試合を観戦できるという文句につられて、そのまま拘束されてパッケージ詰めにされていた百人。
彼らはおそらく、何もわからないまま外で解放されるのだろう。大恩人である、馬太郎のことなど知りもせずに。
「いや、だって俺素人だぞ?! それにモンスターだってこんなのだし!」
『素人でも成功させられる自信があるから、私はこうやったんだよ』
「……それもそうか。俺って実行犯で、主犯はお前だもんな」
だがそれでもよかった。馬太郎自身、こんな犯罪に関わっていることなど、誰にも知られたくない。
『とはいえ、これで問題の九割九分は解決したと言っていいだろう。君にしたって騙されただけの無実の人が助かるのは気分がいいだろうし、私だって究極のモンスターの製造が止められて気分がいいんだから』
「……なあ」
彼女は、最大の山場が保安区画だと言っていた。
確かに大量の警備ロボットがいて、大いに苦戦した。
だがそこも突破した以上、この基地に戦力は残っていない。
究極のモンスターも、生贄がいないのでは製造できないだろう。
だからこそ、もう事態は解決している。
すでに成長した、彼に従う三体だけが、この基地で活動している戦力だった。
ならば、いままで聞けなかったことも聞きたくなるだろう。
「ディアナ、究極のモンスターって何なんだ?」
馬太郎は、ディアナに何度か聞いていた。
しかし彼女は、ことあるごとにそれをはぐらかしてきた。
特徴や能力を教えてはくれたが、それでも具体的に『究極のモンスター』がどんな種族なのかは教えてくれなかった。
もちろん違法改造された、危険な生物ではあるのだろう。だが、ここまで来たのだから、なぜ彼女が隠すのか知りたかった。
『……まあ、もう究極のモンスターが製造されることはないのだから、教えてもいいだろう。アレはシルバームーンの恥だからね』
「ここまで来るのに、散々違法研究を見てきた。それにあの三体だって、ろくなもんじゃないだろう」
違法改造型有機無機混合種、ウェポンキャリアーミミック。
違法改造型妖精種、ハイブリットエンジンジーニー。
違法改造型ラミア種、シーアネモネラミアオクトパス。
名前だけでも、完全に違法である。
最初に違法と書いてある時点で、それ以外の何物でもない。
「それをお前は恥じゃないと言って、究極のモンスターは恥だって言うのか?」
『そうだよ。私は違法研究を恥とは思わない。公表はできないが、それでも胸を張れる』
もうすでにインテリジェンスカードキーとなった、封印知性ディアナ。
彼女は人間だった時からおかしかった倫理観を、今でも保っている。
『だが、あれは駄目だ』
「……究極のモンスターが暴れだしたら、とか言っていたけど」
『あれは脅しみたいなものだよ。実際には、暴れるようなもんじゃない』
「……脅しって」
『あの場で、究極のモンスターについて長々説明する暇があったと思うかい?』
どうやら、長い話のようである。
話すと長い話なので話さないという、勝手極まる理屈だった。
だが、どうやらもう話すつもりのようだった。
連戦で傷ついた三体は、休息用のカプセルに入っている。残っているシルバームーンの構成員は、最後の区画である『広報区画』に逃げており、籠城を決め込んでいた。
もはや馬太郎とディアナには、お互いと話すことしかできなかった。
「今は、話してくれるんだな」
『とっかかりだけはね』
「おい」
『……とっかかりだけでも、おぞましいということだけは約束するよ。続きを聞きたければ、当人に聞けばいい』
「……当人?」
『スポンサー様さ』
彼女は、ようやく真実を明かす。
あまりにもおぞましい、醜悪な真実を。
『まず先に言うが、万人が想像する『究極のモンスター』なんてものは存在しない』
「……なんで」
『モンスターの定義が非常に複雑で、とてもじゃないが特定できないからさ。例えばそうだね……車、車を想像してくれ。究極の車なんてあると思うかい?』
「……それは、ないな」
『そうだろう。そんなものは存在しない、しえない』
車。
それは人類の生み出した『ころ』などから派生した、陸上の輸送手段である。
広義においてはエンジンのない手押し車も車であるし、機関車や電車も当然車である。
それらを抜いて『自動車』、エンジンで動く『車』に限定したとしても、あまりにも多岐にわたりすぎている。
『乗用車だって車だし、バスだって車だし、トラックだって車だ。そうトラックなんかわかりやすいね。大型トラックと中型トラック、小型トラック……用途が違うから存在するのであって、決して優劣は存在しない。大型トラックでは入れない細い道に、小型トラックは入れるしね』
「……モンスターを車扱いかよ」
『たくさんの人が関わり、たくさんの使われ方をしている。その意味では、モンスターは車以上に複雑なのさ。だからこそ言える……究極のモンスターなんて存在しない。求められるものが、一つじゃないからね』
矛の究極は、なんでも貫ける矛であろう。
盾の究極は、なんでも防げる盾であろう。
使う人間と用途が限定されているのなら、究極を定義することはたやすい。
だがそれが限定されていないのなら、定義することは極めて難しい。
『少なくとも技術者や製作者は、究極なんてそうそう口にしないさ』
「じゃあなんだよ、究極のモンスターって」
『セールストーク、キャッチコピーだよ』
「……宣伝文句ってことか?!」
『そう、その通り。スポンサー様に売りつけるための、宣伝文句だよ』
明らかに、軽蔑していた。
それを聞いて、馬太郎は思わず息をのむ。
『要するに、オーダーメイドのモンスターだ。市販品じゃない、万人向けじゃない、特上のお客様への特注品だ』
「……その人にとっての、究極のモンスター」
『そ、スポンサーの夢と希望の詰まった……マネキンだ』
ようやく、ディアナの気持ちが分かった。
彼女が何を忌避したのか、共感できてしまった。
「じゃあ俺達は、金持ちが趣味で作ろうとしているモンスターの生贄に選ばれたのか?!」
『そうだよ。そりゃあ私だって怒るさ』
「……なんてこった」
彼女がシルバームーンの多数派に反発した理由に納得できた一方で、聞かなければよかったと後悔してしまう。
と、同時に、新たな疑問もわいた。その金持ちは、なぜ百人も生贄に捧げるような、そんな『高価』なモンスターを求めたのか。
「……なあディアナ。モンスターを製造すること自体には、生贄なんて必要ないんだろう? 今まで俺達が壊してきた、違法製造されたロボットだって……クローン人間みたいなもんなんだし」
『そうだね、人間とロボットを同一視するのならその表現は適切だ』
「じゃあ、生贄が必要なのは……その、アルティメットなんちゃらのシステムの為なんだろう?」
『……ああ』
「なんでそんなのを、三つも持つモンスターが必要なんだよ」
『……必要、ねえ』
ここで彼女は、やはり露骨に濁した。
『必要があるのなら、私だって反旗を翻したりしなかったよ』
「……!」
『ここから先のことは、広報区画の連中に聞けばいい。少なくとも私は……口にするのもうんざりだ』
「ああ、わかった」
続きは、自分の目で確かめるべきだ。
馬太郎はここまで関わった者として、脱出ではなく決着を選んだ。
『……こんなことを私が言うと、嫌味に聞こえるかもしれない。だが……モンスターたちにとって、人間は神だ』
決着を望む馬太郎は、もはや実行犯でも主犯でもない。
人間とモンスターの尊厳の為、立ち上がり立ち向かう英雄であろう。
その役目の重さは、モンスターの復権を掲げていた魔王に立ち向かった、近代の英雄にも劣らない。
『神を、モンスターは裁けない。であれば、神々が裁くしかない。そうでなければ、モンスターは人間のすべてに絶望する』
治療用のポットが開く。
中から現れるのは、人間の不始末をぬぐうために生み出された、三体のいびつなモンスター。
『今回のことが起きてしまった以上、シルバームーンは、必要悪ではなくなってしまった。君の手で、人間の手で終わらせなければならない』
馬太郎に、ディアナに従ってきた彼女たちは、しかし迷わずに馬太郎に続く。
彼の後ろに、彼の向かう道についていく。
『究極のモンスターを、どうするのか。それは貴方が決めていい』
ディアナの口調が、中性的なものから、女性的なものに切り替わる。
おそらく彼女は、科学者としてではなく、人間として彼に話している。
『でもね、アレを作った連中には……アレを作らせた馬鹿には……罪に相応しい罰を与えなさい』
決して他人事ではない、モンスターたちはそう思わない。
だからこそ、人間が、人間として、人間を裁くのだ。
『悪しき人間は、良き人間が討たなければならないのよ』
馬太郎は、天命を受け入れた。
いいや、自分が脱出しなかった時点で、もう自分で選んだのだろう。
モンスターの尊厳を蹂躙する、悪しき神。それを討つ、良き神になるという天命を。
「……パレード」
「はいっ! パレード・ダンサーであります!」
違法改造型有機無機混合種、ウェポンキャリアーミミック。
その尊厳はパレード・ダンサー。
「……バー」
「ええ、バー・ダンサーよ」
違法改造型ラミア種、シーアネモネラミアオクトパス。
その尊厳はバー・ダンサー。
「ストリート」
「オッケー! ストリート・ダンサー! ご機嫌だぜ!」
違法改造型妖精種、ハイブリットエンジンジーニー。
その尊厳はストリート・ダンサー。
「ディアナ……!」
『ああ、君のディアナさ』
封印知性、インテリジェンスカードキー。
その尊厳はディアナ。
「行くぞ! このふざけた催しをぶっ潰す!」
「了解!」
「ええ、任せてちょうだい」
「レディゴー!」
『ええ、おふざけはここまでよ……!』
人間の使徒たちは、憂いなく進む。
人の後に続くことが、幸福だと信じるがゆえに。
※
広報区画。
言うまでもなく、研究施設には『必須』の区画だ。
研究施設は工場ではないため、直接的に利益を生み出すわけではない。
だからこそ、スポンサーに研究成果を説明するための区画が必要になる。
研究施設というのは、ただでさえ『清掃』に気を使う。
研究においては『雑音』となりえる汚れを、極限まで排除する必要があるからだ。
だがそれは物がない、埃がないというだけで、豪華というのとは明らかに違う。
この広報区画は、明らかに歓待のための施設だった。
一種、博物館や美術館に近いのかもしれない。
その廊下を、一行は歩いていく。
皮肉にも、悪の親玉がいるには、あまりにもできすぎた展開だ。
『さて、一応言っておく。ここの扉は、中からはもう開けられない。具体的に言うと、保安区画を私が制圧した時点で、彼らはここに逃げるしかなくなっていた。そのうえで、もう閉鎖している』
「そうか」
『ぶっちゃけ、ここを閉鎖し続ければ、酸素を抜くとかするまでもなく、全滅するよ』
「……」
『それはそれで、報いにはふさわしいと思わないかい?』
「それは……」
『まあ分かっているさ、それはここの同類に堕することだよ。悪しき神がやることであって、良き神がやることじゃない』
「……ああ」
無駄に高額な汚物を封じている、無意味に豪勢な扉が開く。
きしむことはなく、上品に、中へ一行を招き入れる。
するとそこには、たった五人の人間がいた。
「……やれやれ。義憤に燃えたヒーローの登場というわけだ」
そこは、広間だった。
プロジェクターが使えるような、映画を見ながら立食パーティーができるような、そんな広間だった。
そこにいるのは、四人のスーツを着た男性と、一人のカジュアルなスタイルの男性だった。
「まあ、来てくれないと、それはそれで困るんだけどね。流石に、ここに押し込められたままというのは……まあ窮屈だ」
「……あ、アンタまさか……」
彼は、見た目からしてシルバームーンの職員ではあるまい。
であればスポンサーなのだろうが、その顔を馬太郎は知っていた。
「俺が応募した、有名なモンスタースポーツの運営会社の社長じゃ……?!」
「おや、私のことを知っているのかね? 広報も意外とバカにできないものだ」
四人の護衛に守られた彼は、表の世界の有名人だった。
スポンサーなのだからある意味当然だが、地位も名誉も財産もある大物である。
「私は選手ではなく社長で、いくら会社が有名になっても、一般の消費者に顔を覚えてもらえるとは思っていなかったがね」
「……?!」
「腑に落ちない、という顔だな? どうやら君は、何もかもを知っているわけではないようだが……」
「な、なんでアンタが、こんなくだらない催しのスポンサーになってるんだ?!」
百人の人間を生贄に捧げることで完成する、オーダーメイドのモンスター。
それを発注したスポンサーが有名企業の社長だというのは、意外どころの騒ぎではない。
少なくとも馬太郎には、こんなことをする意味が分からなかった。
「あ、アンタは、アンタは! みんなが羨む成功者だ! 人間もモンスターも、アンタの会社が凄いって思ってるし、その社長であるアンタは大金持ちだ! なんでこんなくだらない……馬鹿げたことに……こんな秘密結社に……百人も生贄をささげるようなことに……金なんか出してるんだ!」
文章に、正しさがない。
あまりにも矛盾しているが、だからこそ混乱が伝わる。
馬太郎という男を、彼は理解していた。
「いけないかね?」
「は?」
「お金持ちが、お金を、好きなことに使って悪いかね?」
「……は?」
金持ちに徳があるなどとは、馬太郎も思っていなかった。
だがだとしても、普通の人間と同じ程度にはあると信じていた。
それが、完全に裏切られていた。
「ああ、勘違いしないで欲しい。私は仕事自体は真面目にやってきた。そうでなければ君も察したように、成功を収めることなんてできないからね」
とてもフランクに、彼は語り始めた。
皮肉にも、ディアナそっくりである。
「今のご時世、人間だろうがモンスターだろうが、その人権を犯すことは許されていない。私が秘書の尻に手を伸ばそうものなら、それだけで巨額の慰謝料を請求されるだろう。もちろん、実行したことはない。気を使っているとも」
淡々と、モラルを語る。
「だが君だって、欲求はあるだろう? もちろん私にもある。いけないことだと思いつつ、だからこそ想像もする。もちろん解消にもプロがいるのだから、ちゃんと処理してきた」
「……」
成功者は、我慢を、自制を語っていた。
一歩踏み外せば、成功者であってもすべてを失う。
そんな公正で公平な社会を語る。
「だがね、誰でも思うことを、私も思った。ちょっとやってみたいな、という悪魔の誘惑だ。まあ悪魔からすれば、私という人間はつまらないらしいが」
禁じられているからこそ、背徳感を得たくなる。
なるほど、気持ちはわかる。
だが、実行は許されない。そんなことは、彼が自分で言っていることだ。
「そして、積み上がっていくカネだ。会社のカネではないよ、それは横領だからね。私への報酬が、まあ……結構な額だ。決して違法ではないが、それでも多額だろう。なのに……もう欲しいものが売ってない」
まるで、飲み屋で愚痴を言っているようだった。
いいや、それよりもはるかに軽かった。
どうでもよさそうだった。
「ここシルバームーンに出資したのも、最初は少し刺激があった。だがね、君も意外に思ったかもしれないが……ここの研究は、あくまでも違法であって、背徳感を楽しむものではない。ある意味普通の研究施設だった」
新しい素材の研究、新しい薬の研究、禁じられている兵器の基礎開発。
時代さえ違えば、合法の施設だと言い張れるだろう。
だがそれを、彼は退屈だと思ったようだ。
「刺激がね、欲しかったのだよ。火遊びがしたくなった」
馬太郎は、理解した。
この一言が、すべてだと。
つまりディアナが離反した理由は、この男の今の言葉なのだと。
全部が全部、本当に、それだけなのだと。
「私自身、びっくりした。タガが外れると、一気に押し寄せた。下品な、下種な、下劣な、下卑な、妄想が膨れ上がってね。これが楽しかった。皮肉にも、普段の仕事にも張りが出たほどだよ」
成功者が、成功の秘訣を語るように、悪徳を語っていた。
脳が理解を拒むようだった。
「もちろん、自分の安全は確保していた。私はあくまでも、無関係の出資者だと偽っていた。安全だから楽しめるものだからね、こういうお遊びは」
悪しき神が、そこにいる。
自分が一般の誰かと同じだと思っている一方で、備わった力が違うのだと思っている男がいる。
「気持ちが若返ったよ。このシルバームーンが蓄えている違法な技術を使って、この妄想を形にしようと思った。それはもう、湯水のように注ぎ込んだとも」
「……それが、究極のモンスターか」
「そうさ」
言っては悪いが、ここまでは理解の範疇だった。
確かにこんな施設があるのだから、自分好みのモンスターを作りたいと思っても、まあ分かる。
実行に移すかは別だが、想像はするだろう。
だが間違っても、百人も生贄をささげることはないはずだ。
「容姿やら性格やらは、まあわかるさ! 勝手だが、そんなのは勝利歴の時代にはやってた! 大鬼だって、ウォーケンタウロスだって、狩猟狼だって、昔はそうだった! 今やったって、まあ分からないでもないさ! でもな! なんで百人も生贄をささげるんだ! アルティメットなんちゃらなんてシステムが、どうして必要なんだ!」
勝手な怒りだと、馬太郎もわかっていた。
背後にいる、三体を思えば、このことで怒るなんて許されないだろう。
だがそれでも、巻き込まれたただの一般人として、怒らずにはいられなかった。
「口の利き方に気をつけろ、小僧。さっきから聞いていれば、何様だ?」
それに対して、有名会社の社長は、露骨に不満をあらわにした。
「目上には気を使えと、親や学校で習わなかったのか? ふざけた話だ、それでよく社会人になれたものだ」
「……」
「私の立場を理解したうえで、それを言えるとは……まったく……これだから最近の若者は……」
馬太郎は、呆れていた。
まさかここまでやらかしている男が、自分を未だに偉大な成功者だと思っているなど。
「必要ないだと? 必要に決まっているだろう」
呆れているのは、彼も同じだった。
「私のモンスターになるのだ、最高のスペックは当然じゃないかね?」
顔の、麻痺、引きつる感覚を、抑えることができない。
「まあ……確かに百人も人がいなくなれば、大ごとだろうな。たくさんの人が大騒ぎするだろう。だが、私に行き着くことはない。ここに行き着いて、ここで止まって満足するさ。そういうふうにできている」
果たして彼は、人間なのだろうか。
自分のことを、人間だと思っているのだろうか。
「で、アンタは、出来上がった究極のモンスターで楽しむってことか……」
「まあ、そんなところだ」
暗い欲望が、浮かんだ。
この大阿呆の顔をゆがめたかった、圧倒的な暴力にものをいわせて、踏みにじりたかった。
「お前達……!」
しかし、踏みとどまる。
それは自分ではない、彼女たちによるものだ。
被害者である彼女たちに、この男をどうにかさせるなど、あってはならないことだ。
「まだ、手を出さなくていい……」
あえて、静止した。
馬太郎は、後ろが向けなかった。
今の自分の顔を、彼女たちに見られたくなかった。
今の彼女たちの顔を、見たくなかった。
「もういい、それを判断するのは警察や裁判所だ。俺はただの一般人として、アンタを拘束して、今の発言を公開するだけだ。それで全部終わる、アンタの輝かしい人生も、アンタの会社もな。流石に……その護衛の人たちで、モンスターに勝てるとは思ってないだろう?」
「ああ、もちろんだ。彼らは私の護衛だが……持っている武器は、人間用の拳銃だよ。とてもではないが、君に従うモンスターには意味がない」
「だったら、せめて、大人しく捕まれ。自分を立派な社会人だと思っているんならな……!」
一笑だった。
彼はまだ、余裕綽々だった。
『ああ、すまないね、お二人とも。人間様の会話に口を挟むつもりはなかったんだが……気になることがある』
ディアナが、口を開いた。
馬太郎の胸ポケットに収まったままの彼女が、あえてしゃべった。
『ここには、スポンサーやそのSPだけじゃない。シルバームーンの構成員もいたはずだ』
がらんとした、広間。
そこで待っていたのは、たったの五人である。
『……百人程度はいたはずだ』
「ああ、そうだとも」
舞台装置が、動いた。
それは、馬太郎にとって、先ほど見たものだった。
ダンサーの名を与えた三体が、眠っていたカプセルだった。
それが、巨大で、豪華になっていた。
「君たちには参ったよ、火遊びに水を浴びせられたのだからね。だがこういう時に、道具は便利だ。人間用の拳銃は、人間には効果があるからねえ」
「……まさか!」
百人の生贄をささげることで完成する、究極のモンスター。
三つの形態それぞれに究極と呼べるシステムを与えられた、費やされた犠牲や費用に相応しいモンスター。
それが、今、生まれようとしている。
「ふっふっふ……まったく、これだからバカは簡単なんだ。さっさと私を殺せばよかったものを……もう勝っていると勘違いしているから、時間稼ぎに付き合ってくれる」
シルバームーンの、すべてがささげられた、最後の作品。
それが、産まれ落ちる。
「私と話ができたことを、光栄に思ってくれ。そして死んでくれ、私は今後も成功者であり続けたい。火遊びで、大やけどなどしたくないのだよ」
強大な力を背景に、邪悪が勝ち誇る。
その笑みは、あまりにも醜悪だ。
「だってほら、遊びじゃないか」
「遊びだから、誰にも邪魔されたくない。中途半端なところで終わりたくない」
「遊びだから、お金を注ぎ込む。製作者に文句を言って、責任を取らせる」
「私の望みを注ぎ込んだ、究極のモンスターは、ここに完成した」
「これが何を意味すると思う?」
「物足りなくなったら、また作ればいい」
「飽きたら、捨てればいい」
「いくらでも替えが利く、いくらでも増やせる、何をしても許される、喜んで受け入れる!」
「私に相応しい強大な力を誇り! 私に従う! 私がすべて! 私の一部! 思うがまま!」
悪しき神。
討つべき邪悪。
「これが、最高のパートナーだよ!」
人に潜む醜さが現れた。
「バケモノめ……!」
「なんとでもいいたまえ、力があるとはこういうことだ。さあ、絶望するがいい」
カプセルが開く。
そこから、生まれたばかりのモンスターが現れる。
その姿に、馬太郎は違和感を覚えた。
「?」
自分に従う三体と違って、人間に酷似している。
だがそれとは別に、なにかがおかしかった。
「君も知っているようだが……このモンスターは無敵だ! 完成してしまえば、誰にも倒せない!」
「……た」
「私を認識した瞬間! 私を主と認め! 私を愛し! 私の命令に従う!」
「……いた」
「私の勝ちだ!」
そのモンスターは、痩せていた。
「お腹が、空いた」
コユウ技、エリアドレイン。
めまいがするほどの空腹に苦しむ彼女は、周囲からエネルギーを吸い上げる。
「あ、ああが?! ば、ばか、な、私は……私に従うはずでは?!」
近くにいた社長と、そのSPが、地面に倒れた。
ただ疲弊するだけではない、やせ細り干上がっていく。
『……なるほど』
「どういうことだ?」
『なんのことはない、生贄が足りなかったのさ。私もここの職員の人数を正確に知っているわけじゃないが、おそらく百人に足りなかったんだろう』
悪しき神が、神の皮をかぶった人間が、金や権利という皮をかぶっていた猿が、どんどん姿を変えていく。
『かろうじて完成はしたが、栄養が足りないんだ。生まれた瞬間に、物凄くお腹が空いている。そんな状態で、周囲を認識できると思うかい?』
「……そういうことか」
『これ以上近づくと、君も危ない。先祖返りや普通のモンスターならある程度耐えられるだろうが……普通の人間にとっては、致命的だ。普通の人間は、弱いんだよ』
「……ああ、知ってるさ」
物理法則、或いは弱肉強食。
飢えた獣を解き放った愚か者は、自分が餌になるばかりだった。
『動物の世話の基本は、ちゃんとご飯をあげることだ。それさえ彼は……親や学校で習わなかったらしい』
「数を百まで数えることができない奴なんだ、無理言うなよ」
もしも、この世界に、本当に神がいるのなら。
その神は、きっと、本当に、まったくもって手遅れだが。
裁きは、下したのだ。
「た、たすけてくれ……!」
干上がっていく彼らは、どんどん骨と皮になっていく。
死がそこまで近づいている。
「助けてくれ……お願いだ、なんでもするから……」
まだ助かる、助けられる。
しかし助けを乞える相手は、彼を裁きに来た者たちだ。
「……みんな」
ここで馬太郎は、助けを求める声に背を向けた。
そして、理不尽な人間に生み出された、三体のモンスターを見る。
「下がろう。この男に、お前達が命を賭ける価値はない」
罵声を浴びせること、断罪を下すことはない。
ただ、見放し、見捨てる。
良き神の選択を、三体は尊重する。
全員が下がり、食事が終わるのを待つ。
それを見て、悪しき神が叫ぶ。
まさに、命を賭けて。
「ま、待て……このままだと、私も死ぬが、私が死んだら……お前たちも、死ぬぞ……!」
この世界で究極のモンスターを制御できるのは、その主としてインプットされている彼だけだった。
その彼が死んでしまえば、恐るべきシステムによって無敵を誇る、理不尽の権化が暴れだす。
「もう、誰にも、とめ、られない……!」
『残念ね、スポンサー様。説明書を読んでいなかったようだけど』
最後の生き残り、その残滓が現実を突きつける。
『アルティメットは、ただのキャッチコピーよ。無敵って言うのも、誇大広告だわ』
「は?」
『死ぬのは貴方達だけってことよ』
「ふ、ふざけ……」
『ごめんなさいね、でも私……』
怒りを込めて。
『クレーム担当じゃないの』
ブラックジョークを突きつけた。
「い、嫌だ! 嫌だ! 誰か、助けろ!」
彼の最後の叫びは、彼だけではなく多くの人の叫びであろう。
「こんなどうでもいいことで、こんなくだらないことで死にたくない!」
偉大な成功者は、どうでもいいことで死んだ。
どうでもいい奴として、無残に息絶えた。
「こんな遊びなんかで、死ぬなん、て」
次回、エンディング




