金剛不壊
本来ならば、安全策を取るのならば、異変が終わるまで待つべきなのだろう。
待っていればそのうち、異変の原因であるAランク上位モンスターもどこかへ去るのだろう。
だがそれが何時になるのかわからない、それまで避難し続けることはできない。
そして今この場には、Aランクモンスターを打倒できる実力者が、ナタ以外にも二人いた。
その二人がいるうちに、状況を打破するべきだろう。シカイ公爵が苦渋の決断をしたのも、決して咎められるものではない。
もしも失敗すれば、Aランクハンターという英雄を失うことになる。その場合、周囲からさぞ咎められるだろう。
だが少なくとも、現場の人間や現地の人からすれば、そうした咎めは勝手なことだった。特にAランクハンターであるナタ本人は、失敗してもそれは自分の力不足だと言い切るだろう。
Aランクハンターを惜しんで、多くの人が首を吊っては本末転倒だ。
事態を早急に解決するべく、シカイ公爵は作戦の決行を決定したのである。
つまり、ホワイトとアッカが残って漁港を守り、その間にナタが沖のモンスターを倒すという作戦である。
「この度は、お二人に重ね重ね、ご負担を……」
その決定のあと、ナタは改めてホワイト達に頭を下げた。
今回の作戦で一番危険なのは、言うまでもなくナタであろう。
しかしナタはこの地で雇われているハンターであって、命を賭けるのは当たり前だった。
だが、二人は違う。たまたま居合わせただけであり、働く必要などまるでない。
いくら二人が強いと言っても、相手がAランクでは割に合うものではないだろう。
特に引退済みのアッカは、逃げたところで誰も咎められないはずだった。
「なに、気にすんなよ。俺はもう隠居した爺だ、大体は新人に任せるさ」
一人で酒を飲んでいて、他のハンターには飲ませていないあたり、本心なのだろう。
だがそれはそれでも、いざというとき戦ってくれるのはありがたかった。
なにせここは漁港である。
ただでさえ食べ物が多いのだから、普通よりも襲われやすい。
加えて漁師たちも多く残って作業をしているため、襲われた場合の被害は甚大だった。
本当ならさっさと避難させるべきなのだが、国家にとって食料は特にウエイトが大きい。
できるだけ早く復旧させたいのは、公爵も同じだった。二人が守ってくれるのなら、ありがたい。
「それにまあ、船が出るのは明日だろ。それまではお前さんに任せるさ」
「そうですが……ご負担をおかけします」
既に公爵は去っているが、決して逃げたわけではない。
現状を把握したので、仕事に戻ったのだ。
ハンターたちにはハンターの現場があり、公爵には公爵の仕事があるのである。
「もし何かあれば、おっしゃってください。私どもで、対応いたしますので」
現地のハンターを代表して、ナタが感謝を示す。
それに対してアッカは気さくなものだったが、意外にもホワイトが手を挙げていた。
「大変申し上げにくいのですが、Bランクハンター様とCランクハンター様にお願いが……」
顔を引きつらせて、本当に大変申し訳なさそうにしている。
「実は……岬で守った人々を、まだ避難させていないのです。私のスロット技で避難壕を作って、そこに籠ってもらったのですが……申し訳ありません、忘れていまして……」
「……そ、そうか」
これには、思わず苦笑いである。
助けて放置する、というのは褒められたことではない。
本来なら、大声で怒鳴りつけるだろう。
だがまさか恩人を怒鳴れるわけもなく……。
「皆さん、申し訳ありませんが……岬まで」
「はい! すぐ向かいます!」
ナタの指示を受けて、警備隊が即座に走り出した。
いろいろ置いておいて、直ぐに向かわないとまずいだろう。
ホワイトに気を使うのではなく、観光客を救助する必要があったのだ。
「なんだお前、格好悪いなあ!」
はっはっは、と快活に笑うアッカ。
確かに他人事なら、物凄く笑えるだろう。
(言い返せない……)
自分でも間抜け極まりないと分かっているので、ホワイトは黙っていた。
「ふぅ~~」
「お前……」
「そんな君も好きだよ、僕は」
「好きになるな」
なお、彼女からの気遣いには、全力で抵抗していた。
「そう気にしなくてもいい……緊急事態には、よくあることだ」
「よくあったらダメな気もしますが……」
「駄目なことでも、良く起きてしまうんだよ。場合によっては、意図的に申告を遅らせることもあるからね」
ナタは慰めてくれている。実際、緊迫した状況では起こりそうな事故である。
「それでも格好が悪いことに変わりはないがな!」
げらげら笑うアッカ。
なお、ナタもホワイトも文句を言えない相手である。
「しかしまあ……これも因果かねえ。この俺が、あのシカイ公爵んところで一肌脱ぐとはよ」
「……なにか、縁がおありで?」
「ああ、直接はないがな」
元々アッカは、大公ジューガーの第一の臣下であった。
従軍時代からの付き合いであり、十五年以上にもわたって付き合いがある。
「ナタ、お前さんは知っているかどうか知らないが……シカイ公爵ってのは、元々カセイの存続派なんだよ」
「……さようですか、存じておりませんでした。勉強不足で申し訳ありません」
「んで、ホワイトは知らないかもしれないが、カセイを治める大公の旦那はカセイの移動派でな。政治的に意見が対立しているんだよ」
知らないかもしれないが、という前置きは間違いではなかった。
ホワイトと彼女は、その言葉に目を丸くする。
「政治のことは全然知らなかったんですが……大公閣下は、カセイの存在を問題視なさっているんですか?」
「大公ジューガー様って、シュバルツバルトの近くにあるカセイを治めていらっしゃるんですよね? 自分の治めている街を、移動させたいんですか?」
「ああ、近くにAランク上位モンスターがいるんだから、とっとと逃げたほうがいいってな」
ホワイトや彼女にしてみれば、目から鱗であろう。
だが言われてみれば、確かにその通りである。
Aランク上位モンスターが沖に現れるだけでこの騒ぎなのだから、近くに棲んでいればさぞ恐ろしいだろう。
「だが、あのシカイ公爵ってのは、存続を訴えてた。その理由は……まあ大公閣下も否定しきれないもんだったよ」
先ほどの彼を見るに、お世辞にも優秀そうではなかった。
だが政治という分野においては、そうでもないようである。
やはり公爵というのは、伊達ではないらしい。
「たしかに、カセイの近くにはシュバルツバルトがある。国内でも随一の危険地帯で、どう考えても近くに街なんぞ建てちゃいけない立地だ。だが……この世に、絶対にモンスターに襲われない立地なんて、そうそうあると思うか?」
そう言われると、ホワイトは首をひねる。
彼女と出会った街でも、前例なくモンスターに襲われていた。
あの時の領主も不安におびえていて、ホワイトを引き留めていた。
この世に絶対的な安全があるのかと言われれば、どこにもないのだろう。
「まあ魔境が近くにない、っていうのなら、そこそこあるのさ。だがそういうところだって、土地の広さは無限じゃない。そこにばっかり、集中させることはできない」
安全な土地というのも、限られた資源なのだろう。
魔境から遠くて人が暮らすのに不便がない土地というのは、かなり珍しくて、既に埋まっているに違いない。
「そういう意味じゃあ、カセイは安全だった。なにせシュバルツバルト以外で、近くに魔境はないからな。言い方は悪いが、シュバルツバルトの前線基地に、Aランクハンターを置けばそれでいいだけの立地だ。そういう意味じゃあ、ここよりはずっと守りやすいんだろうよ」
ナタがどれだけ強くとも、個人でしかない。
一か所を集中的に守ることはできても、広い海岸線をすべてカバーすることは不可能だ。
ましてや、ほかの内陸部まで手が回ることはない。
その意味では、一か所だけ守ればいいカセイは、相対的に安全なのだ。
「ま、領地が広くて傘下が多けりゃ、その分苦労も多い。ナタも楽ができてるってわけじゃねえだろう」
「ええ……Aランクはともかく、Bランク上位モンスターの出現は、広い領地や近隣の領地ではままありますので」
「むしろシカイ公爵にしてみれば、羨ましく思えたんだろうぜ。他のところだと、こんな状況になりえるんだからな」
最も危険な魔境を、Aランクハンターが抑えている限り、安全な立地。
安全の定義を問いたくなるし、現場の負担を無視しているが、あながち嘘とも言えなかった。
「そのシカイ公爵の領地を、居合わせた俺が守る。ま、皮肉なもんさ」
(そういう考え方もありか……実際俺も、コイツがいたおかげで手が足りるからな……)
先ほど警備隊を助けられたのは、間違いなく彼女の功績である。
彼女がいなければホワイトも手が足りず、様々なことを諦めざるを得なかっただろう。
ホワイトが自分や彼女を軽んじているように、警備隊もまた優先順位としては非常に低いのだから。
「そういう意味じゃあ、俺の後釜の狐太郎って奴の方がいろんなところを守るには向いているんだろうな。なにせAランク上位を四体も従えているんだろう? 各地に配置できるってだけでも、安心感が違うだろうぜ」
アッカの言う通り、狐太郎は四体という数の利を時折生かしている。
もちろん手が足りないこともしばしばだが、少なくとも自分一人しか戦力に数えられない、アッカやナタよりはマシだろう。
「それは……どうかな?」
だが、彼女はそれに異を唱えた。
「僕が思うに、そのモンスターたちは、きっとその狐太郎って人が大好きで、どこに行くにも一緒がいいと思う。長く離れることに、耐えられないと思うな」
「……おいおい、モンスターのお嬢ちゃん。それは自分がそう思っているからかな?」
「もちろん」
「おおぅ、格好いいねえ」
モンスターである彼女の意見は、決して無視できるものではない。
常に同行するからこそ得られる信もあるだろう、理解できない話でもない。
「ふん……気持ちの悪いことを」
「おやおや、僕から目を離しても平気なのかな、僕のご主人様は」
「……確かに離したくないな」
「ちょっと待って、なんで怖がってるんだい」
「普段の調子を考えろ、お前かなり怖いんだぞ?」
「そんなこと言わなくてもいいじゃないか! ……はっ?!」
慌てて、彼女はナタとアッカを見る。
ものすごくほほえましく、彼女を見守っていた。
「ご、ごほん! それよりも、いいかな? 今沖で暴れているモンスターは、どんな奴だと思う?」
ナタが行けばどんな相手でも倒せるが、それはそれとしてどんなモンスターが巣食っているのか気になるところだ。
そういうことにして、彼女は話題を切り替える。
「クラーケンが逃げてきたぐらいだ、Aランク上位であることは間違いないだろう。Aランク上位は種類が少ないから、絞り込むのは簡単だな」
その真面目な話には、ホワイトも乗っていた。
確かに自分も戦うことになるかもしれないのだから、興味はある。
「まずマリンナインとテラーマウスはない。あいつらは狩りが上手だから、Aランク中位でも逃げられないからな。逆に、リヴァイアサンは隠れるのが上手だから、ここまで荒らすことはない。そしてストーンバルーンも、いきなり現れるような種類じゃない。だとすれば……ノットブレイカー」
「君の推理はいまいち当てにならないから、先人に聞こうか」
「ぐう!」
自信満々の推理だったが、あっさりと受け流されてしまった。
しかし先日までの推理失敗を考えると、怒鳴りつけることもできなかった。
「いや、俺もそう思うぞ。いきなり現れたんなら、ノットブレイカーだろ」
「私もそう思います」
「ほら!」
「へえ~~……」
なるほど、ベテランたちもノットブレイカーが怪しいと思っているらしい。
おそらく、ホワイトの推理は正しいのだろう。
だが肝心なことに、彼女はノットブレイカーを知らない。
「で、ノットブレイカーってどんなモンスターなんだい?」
「ノットブレイカーは……さっき戦ったアンガーオクトパスやクラーケンの仲間で……軟体動物型モンスター最強種だ」
「蛸?」
「いや、イカだ」
ノット、ブレイク、イカ。
壊れない、烏賊。
不壊烏賊。
軟体動物型モンスター最強種、ノットブレイカー。
この世で最も硬い体を誇る、海の最強の一角である。
※
ベヒモスをはじめとして、陸には数多のAランク上位モンスターが生息している。
リヴァイアサンをはじめとして、海にも数多のAランク上位モンスターが生息している。
しかし空には、Aランク上位モンスターは一種しか存在しない。
鳥類型最強種、不死鳥、鳳凰、フェニックス。
燃え盛る体をもち、灰になっても蘇る再生能力を誇る、空の唯一の王者。
極めて討伐例の少ない、比較的危険度の低いモンスターである。
空を舞うドラゴンたちさえ道を譲るその姿は、まさに絶対的な王者と言っていいだろう。
だが、捕食されない、というわけではない。
このフェニックスは、あらゆる空を飛ぶわけではない。
絶対に、何があっても、海の上だけは飛ぶことがない。
なぜか。
それは、ノットブレイカーを恐れてのことである。
オウムガイの亜種、チョッカクガイに酷似した姿を持ち、しかし比較にならない程巨大な、殻を持つイカ。
それがノットブレイカーである。
イカは漢字で烏賊と書く。これはイカが死んだふりをすることによってカラスを呼び寄せ、捕食するという伝説に由来するものだが、イカの怪物であるノットブレイカーは伝説ではなく事実としてフェニックスを捕食する。
それも死んだふりなどではない。
通常のイカがため込んだ水を噴射することによって空を飛ぶように、ノットブレイカーもまたため込んだ水を吐き出すことで空を飛ぶ。
その飛距離たるや、大陸を跨ぐほどだという。
その飛行能力をもって、はるか上空のフェニックスに殻を突き刺し、さらに十本の足で拘束し、そのまま海へ一緒に落ちていくという。
一説では、ノットブレイカーの名前は、『ノット(はやい)』『飛ぶ』『イカ』が訛ったものだという。
あくまでも俗説だが、飛ぶ鳥を落とすイカというのは何とも驚嘆であろう。
※
「……なんだいそれ」
仮にもAランクだと思われている彼女をして、脅威の生態だった。
大陸を跨ぐほど飛ぶイカというのは、もはやイカではなくミサイルであろう。
まあ、そんな生き物なら、突然現れても不思議ではないのだが。
「Aランク上位モンスターなんて、全部そんなもんだぞ。特徴がシンプルな分、まだましだ」
「そうそう、俺が倒してたプルートとかも、大概酷かったしな……」
「ノットブレイカーは円錐型の殻をもちますが、これが硬い。どんなモンスターでも、私たちAランクハンターでも破壊できないと言います」
「イカなのに、硬いのか……オウムガイみたいなものなんだろうけど……」
彼女の頭に焼き付いている常識から、著しく逸脱しているAランク上位モンスター。
その性質を聞いて、彼女は頭を悩ませている。
「でも、そんなに硬いのなら倒せないんじゃないですか?」
「そうでもありません。なにせ硬いのは殻だけで、他の部位はそこまで頑丈ではない。もちろん倒しきれずに逃げられてしまうかもしれませんが、それはそれで問題ないですからね」
海の彼方どころか、空の彼方に逃げるイカである。
なるほど、追うのは難しいだろう。だがそこまで遠くに逃げてくれるのなら、目標は達成できる。
「おいおい、現役のAランクハンター様が、そんな弱気でどうするんだ? ええ?」
「す、すみませんアッカ様。おっしゃる通りですね……必ずや仕留めて帰って来ましょう」
アッカにからかわれると、ナタは慌てて取り繕った。
確かにAランクハンターならば、どんなモンスターも倒せなければならない。
相手がAランク上位だったとしても、逃せば看板を下ろすしかないだろう。
「その間の警備は、お二人に……いえ、ホワイトさんにお任せします。どうかお願いしますね」
「ええ、任せてください!」
Aランクハンターから代役を任されて、ホワイトは意気込んでいた。
ホワイトがこの地を守り、アッカがフォローし、その間にナタがノットブレイカーを討伐する。
そうそうあり得ない、豪華な布陣による大作戦。
それは成功が約束されているようで……。
しかし、果たされることはなかった。
※
夕日の沈む刻限、見渡す限りの水平線、大海原を望む岬にて。
人々の、助けを求める声が響いていた。
「だ、出して~~!」
「ここから出して~~!」
「早くしてくれ~~!」
ホワイトが大地属性と圧縮属性によって構築した避難壕は、とんでもなく硬かった。
他にモンスターが来ても、食い破られないように硬くしてあった。
なので、Bランクハンターたちも壊せなかった。
「……畜生……これが英雄の力か」
ちょっとずつ穴が広がりつつあり、なんとか子供が脱出できそうになっている。
しかしその間も、空はどんどん暗くなっていた。
「……畜生、助けを待っている人がそこにいるんだ!」
「ああ、俺達だってやってやる!」
悪戦苦闘しているハンターたちの脳裏には、ある一人の若き英雄が浮かんでいた。
『すみません……』
申し訳なさそうにしている、ホワイトの姿が、確かにあったのだった。




