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天は人の上に人を作らず

 ホワイト・リョウトウとそのモンスターは、宿の従業員からの要請を受けて部屋を出た。

 なんのことはない、この世界でも店に客を選ぶ権利がある。


 わかりやすく言うと、『お前を訪ねて小汚い連中が来たんだけど?! 奴らを追い返すか、お前たちがこの宿を出るか、選んでくんない?!』ということである。


 ホワイトも非がない従業員に怒る気もないので、あっさりと部屋を出た。

 まあ、襲われても何とか出来るだけの自信があったからなのだが。


「さっきのハンターだよね、たぶん。元気だねえ、顎を砕かれたのに」

「いや、流石に本人たちは来ないだろう。Eランクハンターが宵越しの銭を持つとは思えないし、腕のいい医者にかかれるわけがない。となれば、仲間が来たんだろうさ」

「まあ法律の目が届かないところで君と戦うのは、それこそ自殺だからね。ここで嫌がらせをするつもりかな?」

「そのときはその時だ。面倒だし、一旦ここを出る。それで終わりだ」

「いいのかい、ここが最後の修業地だったんじゃ」

「別に……ここで修業をしていたのは、半分見栄みたいなものだ。できれば強くなっておきたかったってだけで、必要な修行でもない」


 シュバルツバルトは頻繁にAランクモンスターが襲撃してくる魔境だが、だからこそ逆に警戒も強い。

 今のホワイトで手に負えなかったとしても、常駐しているAランクハンターに救援を求めればいいだけだ。

 ここまで強くなって他人まかせなのはどうかと思うが、白眉隊でさえ現地ではそう働いているので、咎められることはあるまい。


「闇討ちを仕掛けてきたわけでもないんだし、流石に暴力に訴えてはこないだろう」

「ねえ名探偵、それは状況証拠だよね。動かぬ証拠は?」

「会って確かめる」

「行き当たりばったりだねえ」


 二人が泊まっている宿は、それこそハンターなどの労働者向けである。

 よって気の利いたロビーがあるわけでもないので、ホワイト達に会いに来たというハンターは、すぐ外で待たされていた。

 その一行を、二人は宿の扉の内側から覗き込む。


「……ずいぶん若いというか、子供だね」

「ありゃあFランクハンターだな……なるほど、そういうことか」


 ホワイトはにやにやと笑い始める。

 明らかに浮かれていて、優越感や陶酔に浸っていた。


「ずいぶん楽しそうだね、なにかわかったのかい?」

「ふっふっふ……子供のころからの夢が、一つ叶いそうなのさ」


 ホワイトは自分の顔を叩いて、気合を入れなおす。


(見栄だな)


 どうやら自分の顔が緩んでいる自覚はあったらしい。

 ホワイトは表面上だけでも取り繕うと、できるだけ精悍でさわやかな青年を演じつつ宿を出た。


「俺を呼んだのは君たちかな?」

(ホワイト、楽しそうだな~~)


 自分よりも若いハンターたちを前に、お兄さんぶっている。

 その顔が上機嫌そうなのは、決して嘘ではあるまい。

 むしろもっと嬉しいのだが、なんとかごまかしているだけである。


「あ、ああ……俺達はFランクハンター、野犬隊だ。アンタと話がしたい」

「それじゃあ、ここから離れようか。宿屋に迷惑だからね」


 本当に宿屋から「迷惑だ」と言われているので、ホワイトは場所を移すことを提案した。

 彼らを宿の入り口から追い出さないと、二人の荷物が客室の窓から放り捨てられかねない。


「……いいのか、俺達に案内させて」

「別に構わない、俺は強いからな」

「そうか……」


 Fランクハンターを名乗るだけあって、野犬隊の面々はとても貧相だった。

 武装がどうとか訓練がどうとか以前に、とても痩せている。

 おそらく、十分な栄養を摂取していないのだろう。そんなことは、素人目にも明らかだった。

 ホワイトが強いとか以前に、街の喧嘩自慢にさえ抵抗できないであろうことは確実だった。


「じゃあ……こっちに来てくれ。今の時間なら、公園に俺達が入っても怒られないからな」


 今の時間帯は、まだ日が高い。

 そのため蝉がまだ少しうるさく、同時に外は熱かった。

 涼しい時間帯になると羽振りのいい層が公園へ来るため、見た目が悪い者は追い出されてしまう。

 公園という割にはドレスコードがあるようだが、余計に衝突するよりはマシだろう。


「へえ……結構よさそうな公園じゃないか。遊具の類は全然ないけど、手入れがされていて砂もない」

「ああ……庭師がよく掃除をしているからな」


 彼女が褒めたように、街の公園は清潔で掃除がされていた。

 いくつかベンチがあって、芝生がある程度なので、子供には退屈だろう。

 だが恋人たちが逢瀬を楽しむには、清潔な空間があるだけでもいいのだろう。


「……それで、話の前に……」


 野犬隊の代表であろう少年は、隊の中では年長者だった。

 だが彼自身は隊長どころか隊員になっているかも怪しい年齢であり、他の面々は更に幼く見える。

 二人に対して警戒をしているようだが、期待もしているようだった。

 言葉が詰まり気味なのは、怖がっているというよりも、どういう話し方がいいのかわからないからだろう。


「アイツら……禿鷹隊なんだけど」

「ああ、さっき会った」

「会ったって……半殺しにしたの間違いだろう……いや、別に咎めているわけじゃないんだ……」


 野犬隊の面々からすれば、Eランクでも大人の集まりというだけで、畏怖の対象なのだろう。

 その彼らを半殺しにするという『偉業』を達成した、少し年上なだけのホワイトがなんでもなさそうにしていることに驚いているようだった。


「……全員、殺されたよ」

「は?」


 なかなか衝撃の告白だった。

 少なくとも彼女には、信じられない急展開である。


「アイツら、禿鷹隊は、人数が多いから、普段から他の隊にケンカを売ってたんだ。だから、アンタたちが倒したところも誰かが見てたらしくて……それで、街に戻る前に、いろんな奴らに襲われて、そのまま死んだってさ」


 体力を吸い上げられて、顎まで砕かれたのだ。

 何十人いたとしても、戦力としては脅威ではあるまい。

 普段から積み重なっていた恨みが爆発して、多くの暴力にさらされたようだった。


「ぞっとする話だね」

「……俺たちだって、本当は殺してやりたかった」


 恨み骨髄、という顔だった。

 野犬隊の少年少女は、禿鷹隊が殺しても飽き足らない程憎かったのだろう。

 だからこそ、自分たちが殺せなかったことを、残念に思っているらしい。


「俺達野犬隊は、アイツら禿鷹隊の傘下……したっぱさ。あいつらが守ってるっていう縄張りで、蝉を拾って……ほとんどを取られてた。俺達のおかげで安全に蝉拾いができるんだから、感謝しろってな」


 なるほど、と納得する二人である。

 考えてみれば、先ほどであった禿鷹隊が、地道に蝉拾いをしているとは思えない。

 子供でもできる仕事だからこそ、反抗してこない子供たちを使っていたのであろう。

 なかなか残酷で、しかし十分あり得る社会構造だった。


「……その、ありがとう。あいつらをぶちのめしてくれなかったら、俺達はずっと、取った蝉のほとんどを取られ続けてた」

「御礼を言われるようなことはない。単に売られたケンカを買っただけで、品のいい話でもない」


 自分でもさっきまで自己嫌悪していたので、言っていることは本当であろう。

 しかしその表情には、隠しても隠し切れない優越感が満ち満ちている。


「……それで、その」


 やはり、御礼を言いたいだけではなかったようだ。

 やや緊張しながら、本題を切り出していた。


「アンタ、強いんだって?」

「まあな」

「俺達とそんなに変わらないのに凄いな……」


 自嘲しながら、卑屈になる野犬隊の代表。

 彼のその言葉を受けて、ホワイトは自分の顔を思いっきりしわくちゃにした。


(駄目だ! こんな子たちの前で、自慢げな顔をするな! 品がなさすぎるぞ、俺!)

(本当にみっともないから止めた方がいいよ)

(そうだな……!)


 必死になって頑張っている野犬隊に対して、ホワイトと彼女は気を使っていた。

 少なくとも、素直に胸の内を明かしていい状況でも、相手でもない。

 もしも己に素直になってしまったら、後で自殺したくなってしまうだろう。


「教えてくれないか? どうして、そんなに強いんだ?」

(うぐぅ!)


 英雄に憧れていたホワイトは、野犬隊からの言葉が嬉しかった。

 今の自分にある程度の自負があるからこそ、彼の言葉を聞いても恥じることがない。

 もしもクリエイト技を覚え始めた段階だったなら、むしろ怒っていたか恥じていたかもしれない。

 しかし今は、Aランクモンスターを倒しているのだ。仮にどうやって強くなったのかを話しても、許される立場であろう。


 だからこそ、たまらなかった。

 しかし、堪えなければならない。

 見栄だけではなく、野犬隊への礼儀である。


(おい、俺から力を吸え! 主に頭!)

(そうだね、頭から力を抜いたほうがいい)


 相棒の力で強制的にクールダウンさせてもらうと、ホワイトはなんとか冷静に、彼らのためになる話をしようとする。


「俺が、どうして強いのか、か……」


 他の人から、「どうしてそんなに強いんですか」と聞かれて答える。

 ある意味、憧れのシチュエーションである。

 だがしかし、夢の通りに話すことはできない。

 ここで「俺に才能があるからさ」という、みっともない自慢をすることは許されない。


「……君たちが望まない答えかもしれないが、学校に行ったからだろうな」


 どうやら野犬隊の面々も、学校の存在は知っているらしい。

 さすがに通ったことはないようだが、それでもその意義や機能について聞いてくることはなかった。

 その一方で、ホワイトの回答は、やはり望んだものではなかったらしい。


「自分で言うのもどうかと思うが、俺が強いのは……特に突飛なことをしたからじゃないんだ。それこそ、学校でも教えているようなことを、そのままやってきただけなんだよ」


 きっと彼らが望んでいたのは、他の人と違うやり方だったのだろう。

 ホワイトが強いのは『他の人が知らない裏技』によるもので、それを知れば自分達も一気に他より強くなれるとでも思ったのだろう。

 まあ、そんな上手い話はないのだが。


「こんなことを言われても、君たちはきっと反発するだろうが……現状に甘んじるのが嫌なら、お金を貯めて学校に行ったほうがいい。君たち全員が行けなくても、一人でも行けば一気に状況は良くなると思う」


 ホワイトの提案は、それこそ野犬隊のためになる言葉だった。

 彼は自慢話をしたい己を恥じて、彼らの人生が前向きになるためのことを伝えていた。


「冒険者養成校なら実技も座学も教えてくれるし、やる気さえあれば奨学生枠もある。奨学生といっても借金じゃなくて、昼はハンターとして働いて夕方に勉強する形式で、優秀な成績で卒業できれば働いたお金が返ってくることも……」

「それは……」

「わからないことがあったら、役場に聞けばいい。向こうも仕事の範囲で教えてくれるはずだよ」

「それは……!」


 親切を装って、ではなく本当に親切に話すホワイト。

 だが彼自身、野犬隊がそれを望んでいないことは知っていた。

 勉強したくないとかではない、別の理由だった。


「それをしたら……バカにされずに済むと思うか?」


 ホワイトの心中から、優越感が消えていた。

 本当に、一心に、彼らのことを哀れんでいた。


「いや、バカにされるだろう」


 ここで嘘を言っても、彼らは信じないだろう。

 それを知ったうえで、彼はあえて真実を言う。


「どこにでも、一生懸命頑張っている奴をバカにする連中はいる。親の金で学校に通っているのに、自分で稼いだお金で勉強している人を、見下してバカにしているんだ」


 ホワイトの対応は、真摯だった。

 野犬隊を嘲るであろう面々をこそ嘲って、野犬隊に敬意を示していた。


「他人の上前を撥ねることが賢いと思っていた、禿鷹隊と変わらない連中だよ」

「……そうだ、アイツらはどこにでもいるんだ!」


 野犬隊の代表は、現実が見えているようだった。

 学はないようだが、決して愚かではない。


「アイツらが死んだって、殺されたって! 他の奴らが俺達から奪っていくんだ!」


 そう、禿鷹隊だけが悪なのではない。

 もしも周囲が善ならば、ホワイト達が倒すまでもなく、既に禿鷹隊はどうにかされていただろう。

 おそらく既に、禿鷹隊が得ていた縄張りをめぐる争いが勃発しているに違いない。


「俺達のことをバカにして……へらへら笑って、これぐらいで勘弁してやるって言うんだ!」


 野犬隊は、悔しそうだった。


「お金を貯めるだって? そんなの無理だ! どうせ取られる!」


 憎い相手が死んでも、全然変わらない状況を、既に諦めきっていた。


「強くなりたい!」


 切実な願いだった。

 彼らは力なきがゆえに搾取され、今後も奪われ続けるのだ。

 それは、客観的な事実である。


「誰にも馬鹿にされない、誰にも奪われない強さがほしい! 仲間が守れる強さが欲しい!」


 彼らは、必死に、真摯に、縋っていた。


「ホワイト! 頼むよ、俺達を連れて行ってくれ! なんでもするから、アンタみたいに強くなりたい!」


 ホワイトが実際にどれだけ強いのかも知らないまま、しかしAランクに限りなく近い男を見込んで叫んでいた。


「もう、Fランクは嫌なんだ! 立派なハンターになりたい!」


 代表だけではなく、他の面々も縋っていた。

 涙をにじませて、ホワイトに希望を求めていた。

 救済を一心に望まれているホワイトは、しかし……。


(くぅううううう!)

(おいおい)

(わ、わかってるけど、たまらん!)


 これはこれで、願っていたシチュエーションだった。

 圧倒的に強くなった自分が力なきものから縋られ、生きる力を授ける。

 そして自分を崇拝し、自分を慕い、感謝し続けるのだ。

 そんな虫のいい願望が、努力によって回ってきたのだ。

 少し違う気もするが、強くなったからと言えば否定はできないわけで。


(く、くるなぁ~~!)


 こんな子供たちから、ヒーローのように見られている。

 実際それぐらい強いのだから、本当にたまらない。

 一生懸命頑張ってきたことが、報われたような気さえした。


 なお、そんなホワイトを彼女は呆れた目で見ていて、野犬隊は期待のまなざしを向けていた。

 なにせホワイトが嬉しそうなのである、少なくとも怒ってはいなかった。

 ただそれだけで、彼らには希望があったのだ。


「あの~~、ご主人様~~?」

「わ、わかってる、大丈夫だ!」


 ホワイトは正気に戻った。

 あらためて、野犬隊と向き合う。


「駄目だ」


 あっさりと、シンプルに拒絶した。

 意地悪でもなんでもなく、真摯に断っていた。

 それに悪意がないからこそ、野犬隊は戸惑った。


「な、なんでだよ?! なんでもするから、強くしてくれ! 一生懸命頑張るから、連れて行ってくれ!」

「別に、それに不満があるわけじゃない」


 ホワイトは、誠実だった。

 そこに優越感も、或いは満悦もない。

 ただ真摯に、理由を説明する。


「ただ……どう考えても、学校に通ったほうが早いと思うぞ」


 凄いシンプルであった。


「俺は強いけど先生じゃないし、教えるのが上手だとは思えない。それに実技だけじゃなくて座学も勉強しないといけないから、なおのこと学校に通ったほうがいいぞ」


 ホワイトの下で勉強するよりも、学校で勉強したほうがずっと早い。

 本人たちのやる気次第だが、そっちの方が絶対に正しい知識や技術を覚えられる。


「いや本当に、謙遜でもなんでもなくそっちの方がいい。学校を卒業すれば、周囲からも評価されるし、絶対に払った分以上の価値があるって」


 現実は、つまらないもんである。

 新進気鋭の超大型ルーキーに弟子入りするより、普通の学校の普通の先生の生徒になったほうがいいのだ。


「さっきも言ったけど、奨学生の制度を利用すれば今お金がなくても大丈夫だから。ここの蝉拾い以外の仕事も覚えられるし、後につながるからさ」


 ホワイトは親切だった。

 本当に、まじめに、自分が気持ちよくなれることよりも、野犬隊のことを考えていた。


(偉いぞ、ホワイト! 僕も鼻が高い。今の君は、さっきまでよりずっと格好いいよ)

(ふっ、大人だろ!)

(ああ、立派な大人だ!)

(まあお前に言われるとちょっと違う気もするけども、実際いいアドバイスだったと思うしな!)


 これはこれで満足できるホワイトである。

 彼女も普通に褒めていた。


 変にベテランぶって弟子にするより、ずっと偉い大人だった。


「……いやだ! だって学校に行っても、どうせバカにされるんだろ!」

「それは、まあな。だけど、それはどこにでもいるんだ。耐えるしかない」

「いやだ! もう我慢したくない!」


 野犬隊にも、それは伝わっていた。

 皮肉な話だが、ホワイトが真摯だからこそ、彼を逃すことを恐れていたのだ。

 彼の勧める道よりも、彼自身にすがっていたのだ。


「俺達は、立派なハンターになりたいんだ!」


 それを聞いたホワイトの、雰囲気が少し冷えた。


(……ホワイト?)


 野犬隊は気づいていないが、彼女は気づいていた。

 今ホワイトは、暗に怒っていた。


「立派なハンターか……」


 ベクトルこそ違えども、ホワイトは感情を抑えようとして、わずかに漏らしてしまっていた。


 今ホワイトは、野犬隊を軽蔑していたのだ。

 それを抑えて、しかし彼女に気付かれていた。


「……」


 ホワイトは、理性的に自分へ言い聞かせていた。

 野犬隊は、決して悪人ではない。

 今口にしたこと、あるいは願っていることも、悪意からくるものではない。


 だがしかし、ホワイトを苛立たせていた。

 野犬隊の代表は、ホワイトの逆鱗を撫でたのだ。


「立派なハンター、ね」


 彼は、視線を周囲に向けた。

 改めて、公園の区画を見る。

 名も知らぬ庭師の努力によって、清潔さを保たれている公園を見た。


「……なあ、君たち」


 たかがバカにされるぐらいがなんだ、とは言えない。

 ホワイト自身、挫折を経験している。


 あの大恥をかいた、シュバルツバルトでの試験。

 それからしばらくの間、世界中が自分をバカにしていると思っていた。


 それが、本当に辛かったのだ。

 誰かに軽くみられる、あるいはそう思うことが、どれだけ辛いのか、彼は知ってしまっている。


 だから、野犬隊に「バカにされるなんて大したことじゃない」などとは、口が裂けても言えなかった。


「立派なハンターって、どんな人だと思う?」


 だがそれでも、訂正させなければならないことがある。

 彼らの重大な勘違いを、ここでしっかりと訂正する必要がある。


「アンタみたいな人だと思う」

「俺みたいな?」

「そうだ……誰にも負けない、強くてかっこよくて、モンスターをあっさり倒せて、仲間を守れて、お金をとられなくて、バカにしてくる奴をぶちのめせる……そんな、ハンターだ!」


 野犬隊は、知らないのだ。

 EランクとFランクのハンターしかいない、この街で生まれ育ったからこそ、立派なハンターを知らないのだ。


「俺は、そう思っていない。だから、君たちを連れていけない」

「え?!」

「君たちは、根本的にハンターに向いていない。ハンター自体をやめて、他の仕事を探したほうがいい」


 野犬隊は戸惑っていた。

 彼らの目に写るホワイトは、見たこともない素晴らしいハンターだった。

 その彼を、見たまま褒めたのに、違うと言われてしまった。

 何が何だか、わからない。分かる筈もないのだ。


「じゃ、じゃあ、立派なハンターってなんだよ! どんな奴がハンターに向いているんだよ!」


 野犬隊の代表は、怒っていたのではない。

 ただ慌てて、言葉が荒くなっていた。


「これは、先生の受け売りだが……」


 学校の入学式で、言われたことを思い出す。

 当時は鼻で笑っていたが、今は違うのだ。


「立派なハンターっていうのは、君が思っているのとは違う」

「じゃあ教えてくれよ! 俺は、それになるからさ!」


 ああ、残酷なことを告げることの、なんと心苦しいことか。


「立派なハンターというのは、仲間が死のうが、友達が死のうが、兄弟が死のうが、自分が死のうが、仕事をちゃんとやり遂げる奴のことだ」


 野犬隊が、全員黙っていた。

 流石に、それには頷けない。


「そもそも、前提が間違っている。今の君が言ったことは、嫌な思いは一切したくないが、お金は欲しいし、強くなりたいし、周囲から尊敬されたいと言っているんだ。それ自体が、既にバカにされることだよ」


 バカにされたくない気持ちはわかるし、バカにするやつが悪いに決まっている。

 死にたくない気持ちはわかるし、できれば自分だって死にたくはない。

 尊敬されたい、今の状態が心地よい。


 だが、それだけなら、卑しいだけだ。


「君たちの願いはまっとうだが、ハンター自体が危険な仕事なんだから、ハンターを続けるのなら危険は受け入れるべきだ。仲間が大事なら、それこそハンターをやめた方がいい」


 危険な仕事につきたいが、危険は御免被るというのは矛盾しているし、その仕事自体をバカにしている。

 野犬隊は、無知ゆえにホワイトを侮辱したのだ。


「大丈夫、この世界にはたくさん仕事がある。真面目に頑張れば、きっと今より良くなるよ」

「……でも!」


 ホワイトはあくまでも気遣っていた。

 そんなホワイトに、野犬隊は成りたいのだ。

 そのホワイト自身が否定しても、自分たちの前にいる立派なハンターになりたいのだ。


「アンタぐらい強いなら! 何にも怖くないはずじゃないか! 強くなれば、仲間だって守れるじゃないか、危ない目に遭わないじゃないか!」


 なるほど、一理ある。ホワイト自身、強くなればその分安全になると知っている。

 少なくとも、昔より強くなったからこそ、オイルデザートの奥地から戻ってくることができたのだから。


「強くなれば、ねえ」


 ホワイトは自嘲しながら、服を脱ぎ始めた。

 もとより武装していたわけでもなし、少々はだけるだけで地肌が露出していた。


「これを見ても、そう思うか」


 ホワイトの上半身には、大量の傷があった。

 素人でもわかるほどに、巨大な爪と牙によるものだった。

 野生の獣を相手に、多くの怪我を負った証拠だった。


「今の俺が強くなるために、どれだけ努力したと思う?」


 もちろん、野犬隊も傷ぐらいはある。

 まともな道具もなく蝉を拾い続けたのだから、手はぼろぼろだった。

 禿鷹隊から殴られたことによる、痛々しい傷もある。

 

 だが、流石に、目の前の彼ほどではない。


「今の強さを得るために、どれだけ痛い目を見たと思う?」


 ホワイトは、服を着なおす。

 けっきょく、やったことは子供を脅したことだった。

 到底褒められたことではない。


「俺が今まで戦ってきた相手は、禿鷹隊なんぞよりもずっと強いモンスターだ。そいつらは面白半分で殴ってくるんじゃない、まず食い殺そうとしてくる。蝉を差し出しても、命乞いをしても、意にも介さず噛みついてくるぞ」


 結局のところ、Eランクハンター如きにさえ反抗できなかった子供たちが、より危険なモンスターに立ち向かえるわけがない。

 あくまでも相対的ではあるが、禿鷹隊はモンスターよりは優しいのである。


「立派以前に、ハンターってのはモンスターと戦う仕事だ。食われる覚悟がないのなら、別の生き方をしたほうがいい」


 ホワイト自身、この体の傷が名誉だと思っているわけではない。

 物凄く馬鹿々々しい理由で、不意打ちで、油断して、負わなくてもいい怪我を何度も負ってきた。

 だがそれはつまり、誰にでも起きうること。


 強くなるために危険地帯へ赴けば、食われて死ぬのは当たり前である。

 強くなればリスクを負わないというが、そもそも強くなるための努力自体がリスクそのものである。


「で、でも……」

「君たちだって、努力すれば強くなれる。それは保証する。だが……強くなるまでに半分が死ぬか再起不能になって、引退するまでには全員が死ぬだろう。それがハンターだ」


 やはり、彼らは勘違いしていた。

 ホワイトが一切リスクを負わずに強くなっていたと思っていた。

 もしもそうなら、あんな辛い目に遭わなかったのに。


「人のために戦うのは、きれいごとじゃない。遮二無二無我夢中で、必死にやるもんだ。仲間や自分を囮にして、壁にして、捨て駒にしてでも、やり遂げないといけない。それをやりたくないとしても、仕方がないことだよ」


 だから、彼らを諭す。

 今の自分は確かに尊敬に値する実力者かもしれないが、その尊敬は命がけで得たものだ。

 命をかけてまで尊敬されたいわけではないのなら、すっぱり諦めるべきなのだ。


「金を払ってくるだけの相手のために戦うよりも、大事な仲間のために一生懸命働くのを選ぶ。それだって立派なことだ。別に逃げじゃない、だから……むきになる必要はないんだ」


 子供たちは泣いていた。

 自分たちが目指していた場所が怖くて、泣いてしまったのだ。


「ん~~、君たち」


 彼女はその泣いている子供たちへ、一つの提案をしようとしていた。


「さっきも言っていたけど、他の人にバカにされるのは辛いことだ。それでも頑張れるのなら、僕も力を貸そう」


 彼女は、ホワイトにウインクをする。

 彼は察して、にやりと笑った。

 それはそれで、ロマンである。



「結局、宿屋はそのまま出ることになったねえ」

「まあいいだろう。あのまま残っていたら、正直恥ずかしいからな」


 二人は軽くなった財布をしまって、再び旅路についた。

 Fランクハンターのまま引退した野犬隊は、既に役場に預けてある。

 一応ホワイトの署名もしているので、受け取っていませんとは言えまい。


「それにだ……お前も、海が見たいだろ」

「そうそう、砂漠はもううんざりさ! うるさい思いももうしたくないしね」

「実は俺も、そう思ってた。いや~~……やっぱ二回も行くのは止めておいてよかったな」


 目指すは、海である。

 二人の冒険は、ようやくシュバルツバルトの手前に達していた。


「さあて、現役Aランクハンターに会えるかな?」


 胸を張って、ホワイトは前を見る。


「さあ? でも会えなくてもいいじゃないか、きっといい思い出になるよ」


 結局丸損だった。

 武勇伝と言えるほどのこともない。

 しかし、夢のあることだった。


「そうだな……お前と一緒に海に行く、それだけでもいいかもな」

「うかれてるね~~!」

「お前こそ~~!」


 浮かれている二人は、笑って前を目指していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんというか楽しそうに生きてていいな
[一言] 良かったな!一灯隊に同じ質問してたらモンスターのエサですわ…
[良い点] なんだーこいつらー仲良しかー?うふふふふ。 [一言] ホワイトくんが本当に王道の成長譚してて愉快。もう一人の主人公と言ってもいいんじゃないかなと思う。
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