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19

 魔王となったコゴエによって、周囲の温度は劇的に低下していく。

 大量の積雪は周辺の家の屋根を圧迫し、きしませていた。このままいけば、ケルベロスではなくコゴエによって、死傷者が出るかもしれない。

 そして当のケルベロスは、雪に埋もれつつも弱った様子を見せなかった。氷漬けにされて尚凍死しなかったのだから当然だが、だとしてもこの光景は一灯隊をして心をきしませるものがある。


「クソ……バケモンが」


 ヂャンが吐き捨てた言葉は、降り積もる雪に吸われて消えていく。

 ヒートエフェクトやファイアエフェクトによって暖を取っている一灯隊は、白で埋まっていく世界の中対峙している怪物たちを呪わずにいられない。

 しかし、だれもコゴエを止めようとは思えなかった。

 むしろこれだけ雪を降らせても凍えないケルベロスへの脅威が、恐怖が増していくのだ。


「口惜しいが……このまま押し切るしかない!」


 グァンの言うように、建物が倒壊し住民の一部が圧死することになる可能性を予知できても、コゴエが雪を降らせることを止められなかった。

 ケルベロスが弱らず、一灯隊や周囲の人間が弱るばかりだとしても、周囲に雪が降れば降るほど、コゴエの力が増すのだから。


「タイカン技、凍神の杖!」


 はるか上空、局所的に発生した雪雲。

 その中で生成されたのは、大気を切り裂く氷の槍。


 重力によって加速するその槍は、大気摩擦による熱を無視するほどの超低温によって構築されていた。

 そしてその槍は、圧倒的な速度と重量をもってケルベロスの背中に突き刺さる。


「やったか!」


 着弾の衝撃によって、周囲の雪が一時的に吹き飛んだ。

 そこにあるのは、氷の槍によって貫かれて地面に縫い付けられた、三つの頭を持つ犬である。

 氷の槍は余りにも太く、穴をあけるどころか体を引き裂きかけていた。


「いや、まだだ!」


 恐れるべきことに、そのケルベロスはなおも生きていた。

 体を真っ二つにされかけて、もがいて暴れようとしているのである。


「ぐ、ぐうう……!」


 追撃を仕掛けようとするコゴエだが、その体は緩慢だった。

 渾身の一撃であったがゆえに、次への動作が大いに遅れたのである。


 そしてその間に、ケルベロスは恐ろしいことをしようとした。

 なんと自分の体を引きちぎりにかかったのである。

 再生能力を持っているわけでもないのに、上半身だけになってでも周囲へ食いつこうとしたのだ。

 死が確定してでも、戦い続け食い続けようとする生命力。まさにAランクに達する、危険なモンスターという他ない。


「コネクトエフェクト!」


 だがしかし、それをただ見送るほど一灯隊は甘くない。


「ダッシュクライム!」


 仲間によって体温を保っていたヂャンは、氷の柱にとびかかる。

 そして自分の両足を氷の柱と接続し、そのまま上っていった。


「コネクトエフェクト! ジャッジメントハンマー!」


 そして杖の上面にたどり着き、渾身の力を込めて鉄槌を叩きつけたのである。

 その一撃は、鉄槌と氷の柱を固定するだけではない。氷の柱に縫い付けられた、ケルベロスを固定する意味があったのである。

 もがき暴れるケルベロスは、しかし自身の肉体の強靭さとつなぎとめる力によって、自分の体を切り離すことができなくなったのである。


「ウェーブエフェクト!」

「ストップエフェクト!」


 ヂャンだけではない、リゥイとグァンも攻撃を仕掛ける。

 狙うは最も危険な場所、もがく二つの前足である。


「ライジングエッジ!」

「デッドロック!」


 全身を止める必要はない、各々で一本ずつの足を抑えればいい。

 波打つ力と止める力が、ケルベロスの抵抗を抑え込む。ピンポイントだけに作用するよう調整された技は、一時的にAランクのモンスターの一部位を動けなくしていた。


「ここは通さん! 一灯隊の誇りにかけて!」

「お前は死ね! 今、ここで、死ね!」


 残った力を吐き出している二人だが、悲しいことに両足を縫い留めるのがやっとだった。

 ケルベロスの最大の特徴である、三つの頭はまだ自由だったのである。

 怒り狂った左右の頭は、それぞれがリゥイとグァンを食い殺そうとする。巨大な顎に引き裂かれることが確実でも、それでも二人は逃げようとしなかった。


「タイカン技!」


 だが、絞り出す時間は稼がれた。

 既に氷のくさびは打ち込まれている、ならばあとは体の内側から氷漬けにするのみ。


「大紅蓮、蓮一輪!」


 コゴエの出した最後の技によって、ケルベロスは爆発した。

 大量の肉片をばらまきながら、散華したのである。


 水は液体から固体に変化するとき、膨張するという性質を持っている。

 そして動物や植物の体のほとんどは水分で構築されており、それが一瞬で凝結すれば全身が膨張する

道理である。

 ケルベロスと言う動物の体にある水分、つまり血液は赤い蓮となって体を引き裂いたのだ。


「ぐう……」


 自ら降り積もらせた雪に倒れたコゴエは、そのまま元の姿に戻っていた。

 魔王としての力を出し切り、維持できなくなったのである。


「ま、まだ……私は……」

「おい、どうした」


 埋もれたままもがこうとしているコゴエに、自身も満身創痍であるヂャンが歩み寄っていた。

 その表情に、敵意も戦意もない。


「お前氷の精霊なんだから、このまま雪に埋まってた方がいいんじゃねえか?」

「そうだ……私は確かに、その方が回復が早い……だがそれは、私の話だ……」


 精霊は周囲の環境に影響を受けやすいが、その分自分に相性のいい環境では再生能力さえ得るという。

 であれば雪に埋もれている方が、ベッドの上に運ぶよりも回復は早かった。

 だがしかし、彼女にはその時間さえ惜しかった。

 

「ご主人様の下へ、戻らねば……」

「意外と熱い奴だな、お前」


 素直に、なんとかしてやりたいと思った。

 ヂャンだけではない、周囲の一灯隊がそう思っていた。

 彼女は冷ややかな顔をしているが、必死なのだ。必死になれる相手を、彼らは嫌いになれない。


「コゴエ! 君には感謝している! もちろん、君の主である狐太郎にもだ!」


 だがそれでも、一灯隊はもう限界だった。

 少なくとも、これ以上の戦闘は不可能である。


「だが! 俺たちはもう戦えない、君と同じようにだ! 俺達にできることと言えば、君の周りに雪を集めることぐらいだ」

「……頼む、それでもやってくれ」


 情けない顔をしているリゥイの提案に、コゴエは応じるしかなかった。

 申し訳ないことに、体がほとんど動かない。それどころか、意識を保つことさえ困難だったのである。


(お許しください、ご主人様……どうか、ご無事で……)





 前線基地の外で、アカネと蛍雪隊はベヒモスを相手取っていた。

 シャインを筆頭とした蛍雪隊は必死でベヒモスの足止めをし、アカネはそのベヒモスへ炎のブレスを浴びせ続ける。


 膨大な質量を誇るベヒモスの巨体は、分厚すぎる皮膚と強靭な脂肪や筋肉によって守られている。

 その暴力的な重量が、焼き消されていく。本来なら反撃をすることによってアカネの息吹を妨害したいはずだが、シャインのスロットがそれを許さない。


「行ける! 効いているわ!」


 疲弊し汗をかいているシャインは、それでも歓喜でほほを緩ませていた。

 周囲には肉の焦げた異臭が漂っているが、既にアカネの炎は肉や骨を焼き切り、ついに内臓へ到達したのである。


 ベヒモスが巨大であるとはいえ、動物であることに変わりはない。

 内臓を直接焼かれれば、どれだけ生命力があっても持ちこたえられるものではない。

 ましてそれが、分厚い肉を焼き切るほどの炎であれば。


「これで……終わりだ!」


 火を噴き続けて、限界が近いアカネ。

 彼女はこれが最後の一撃になると踏んで、持てる力を出し切ろうとする。


 魔王の姿でしか使えない、大技中の大技。

 ましてや火竜となった彼女の、全身全霊の一撃。

 初めて放つはずのそれは、アカネに必殺を確信させていた。


 大きく息を吸い込み、止め、留める。

 巨大な肉体が発光し、燃え上がり、膨大な熱が周囲にあふれていく。


「回避……いえ、退避して!」


 シャインは叫んだ。

 今までも、はるか頭上のベヒモスの胴体を焼いて、なお足元の蛍雪隊は熱にあてられていた。

 服に守られていない露出している肌が、水膨れを起こすほどの高熱だったのである。


 それだけの熱量をもってしなければ、ベヒモスを焼くことはできなかっただろう。

 だがそれでも、全力の本気ではなかった。

 今から放つのは、まさに全力の本気、死力の殺気。

 放つ前からすでに、周囲を炎熱地獄に変えている。もしも放たれれば、射線に入らずとも焼き払われるだろう。


 蛍雪隊の隊員は、全速力で離脱する。

 ただ逃げるのではない、崩れた建物の陰に避難する。

 そうでなければ、自分が生きている保証がないと理解していたのだ。


 そして、射線上に存在するベヒモスがもがく。

 肌を焼かれ肉を焼かれ、骨まで焼かれたベヒモスは正に命を賭けて残った力を振り絞っていた。

 Aランクのモンスターの中でも、最大級に位置する怪物ベヒモス。

 その成体は、自分の命が焼かれるのだと理解してしまっていた。


「貴方は動くなって……逃げるなって言ってるでしょうが!」


 死力を賭しているのは、シャインも同じだった。

 彼女は自分の周囲に瓦礫を集めつつ、ベヒモスの拘束に残った力を振り絞る。

 これだけため込んだ一撃である、当たれば勝ちは決まるだろう。だが回避されれば、アカネに二度目は放てまい。


「長くはもたないわ! やりなさい!」


 溜めに溜めた、全力の炎。

 それはもはや炎という領域を超えた、超高熱の濁流だった。


「タイカン技……レックスプラズマぁあああああああああああ!」


 アカネ自身さえ苦しめるほどの超高熱が解放された。

 指向性をもって放たれたはずのそれは、彼女の周辺にある地面を溶岩に変えていく。

 そしてその射線に存在していたベヒモスの、既に穿たれていた傷へ命中した。

 

 ベヒモスは苦痛を覚悟していた、臓腑を焼かれるという最悪の苦しみと痛みを覚悟していた。

 しかし、それは訪れなかった。

 もはや無痛に達した破壊力は、炭化させるどころか蒸発させ、ベヒモスの内部を穿っていく。

 そしてほんの一瞬で貫通し、大穴を穿っていった。


「……なん、て、威力なの……!」


 瓦礫で身を守っているシャインは、自分の服がわずかに燃えていることを感じていた。

 放射熱によって発火するほどに、アカネの息吹は高熱源だったのである。

 もはや彼女には、瞼を開けるどころか顔を外に向けることもできなかった。


「あああああああああ…………はあ……」


 数秒間の放射を終えると、そこには何もなかった。

 アカネは一瞬、自分が攻撃を外したのかとさえ思ってしまった。

 だが違った、残っていたのである。

 ベヒモスの巨大な四本の足が、炭化しつつも燃え残っていた。


「こ、これが……私の、タイカン技……」


 竜王の姿を維持できなくなったアカネは、力付きながら溶岩の中に倒れた。

 火竜である彼女は溶岩に屈する肉体ではないが、それでも身動きが取れなかった。


「……凄すぎ」


 力を使い果たしていた。

 まずタイカン技とは、魔王の資格を持ったものだけが使える技である。

 次いでタイカン技には、二つの段階がある。一つは魔王の姿になる技、その次は魔王にならなければ使えない技である。

 ただでさえ魔王になれば、シュゾク技の威力が劇的に向上する。ましてや種族の頂点である魔王だけの技、その威力は甚だしい。

 そして、火竜の王の技。その火力は、魔王の中でも最上級に位置する。

 そんなものを使えば、アカネが力尽きるのは当たり前だ。


「……ごめんなさい」


 ベヒモスは見た目通りの大食漢であり、この前線基地にいる人々を平らげた後、悠々と大都市を襲っただろう。それによって多くの犠牲が出たことは、疑いのないことである。

 それを未然に防いだ彼女は、しかし泣きながら謝っていた。


「私……ご主人様を迎えにいけないよぅ……」


 泣いた涙が蒸発するほどの熱気の中、彼女は涙を流し続けた。


「ごめんなさい……絶対に助けに行くって決めたのに……」


 最大の脅威は焼き払われ、最大の懸念は解消された。

 しかし彼女たちにとって最重要である課題は、かけらも解消されていなかった。



 フルアーマーレオは、Aランクのモンスターの中では小型に分類される。

 なにせBランクのモンスターの中でさえ、フルアーマーレオよりも数段大きい種族が存在するほどだ。

 だがしかし、その身体能力一つとっても、Aランクに相応しい力を持っている。

 全身の鎧が剥がされ、さらに手負いになっても、その強さは白眉隊にとって脅威だった。


「スラッシュクリエイト、フルムーンサークル!」


 ササゲのタイカン技によって負傷を癒された白眉隊は、それでもフルアーマーレオを相手に苦戦を強いられていた。

 Aランクに達しているササゲが消耗し参戦できていないこともあって、決して楽に戦えることはなかった。

 だがしかし、それでも白眉隊は精強だった。


「スラッシュクリエイト、ハーフムーントラップ!」


 堅牢なる城にも似たフルアーマーレオが、全身に傷を負っている。

 今までは弱点などかけらもなく、どこをどう攻略していいのかもわからなかった。

 叩いても切っても焼いても、まるで意味がなかった。

 しかし今は違う、傷というこの上なく明確な攻略の点がある。

 

「私が動きを止める! 弓兵は手足の傷を狙い、槍兵はそれを確認してから胴を狙え! 頭はまだ狙うな、弱らせてから叩け!」


 押しに押され、前線基地の中心である役場まで追い込まれていた白眉隊。

 しかし彼らは、逆にフルアーマーレオを押し返してさえいた。


 未だに気勢は衰えぬフルアーマーレオだが、それでも確実に押し込まれ、傷がさらに広がっていく。

 万全であれば何のこともなかった攻撃が、致命的になっていく。

 堅牢な防御がはぎとられたが故の劣勢に、猛獣は怒りを感じていた。


「もう一発は……タイカン技を撃てる! もう少し、もう少しで!」


 そして、もっとも警戒すべきササゲがとどめの準備をしていた。

 ただの一撃で攻守を逆転させたササゲが、さらなる技を使おうとしているのである。

 フルアーマーレオが、それを妨害しようとするのは当然だった。


「させん!」


 だが、だからこそ。

 注意がササゲに向かっているからこそ、ジョーは切り込んでいける。

 武器を失ったフルアーマーレオは、攻撃力が下がっている以上に攻撃範囲が減っている。

 鎧さえたやすく引き裂く牙の鎧が失われた今、ジョーは傷を恐れずに接近戦を挑めるのだ。


「全体! ササゲを、ササゲ嬢をお守りしろ! 彼女に余計な手間を取らせるな!」


 そしてそれは、ササゲにも言えることである。


「本当に、有能ね。面白い人ではないけれど、この状況ではありがたいわ」


 ジョーや白眉隊を最初に復帰させたことは、間違っていなかった。

 彼らが戦えるようになったことで、ササゲは技に専念できる。

 消耗した状態で、怒り狂ったフルアーマーレオを相手どらずに済んでいた。


「選びなさい、手負いの獣。私に殺されるか、人間に殺されるかをね……!」


 もはや、進退窮したのはフルアーマーレオであった。

 自分が与えた傷を跳ね返された今、退くことはできず進むこともできない。

 ササゲを殺すことも、人間を殺すこともできない。

 攻守を備えた怪物は、死の運命に抗うことも逃れることもかなわなかった。


「タイカン技……!」


 そして、時が満ちた。


「終末の悪魔!」


 それは準備を要する代わりに、発動さえすれば耐性や蘇生能力さえ無視して即死させる技。

 即死の中でも最高に位置する、魔王の御業である。


「……よ、弱った、相手には、少しもったいなかったかしらね」


 糸が切れたように、ただ崩れ落ちるフルアーマーレオ。

 それがササゲの技によるものだと理解した白眉隊は、安堵の余り膝をついた。

 如何に傷が治ったとはいえ、戦いによる疲弊が今更のように襲い掛かったのである。

 それはササゲも同様であり、魔王の姿を維持できずに通常の姿になっていた。

 そして、膝をつくどころか倒れたのである。


「ササゲ嬢、問答は無用だ。もはや息をするのも苦しいだろう」


 その彼女へ、ジョーが歩み寄った。

 その表情には、まだ終わっていないという緊張感がある。


「私はこれから鎧を脱ぎ水を飲み、一息を入れてからできるだけ力の残っているものを集めて、貴女の主を救いにむかう。それでよいか」


 ササゲは安堵と無念を込めて、瞼を閉じた。

 不安そうにしている主を自分が迎えに行けないことは残念だが、それが最善なのだと分かっている。


「お、おね……ね」

「ああ、わかっている。安心されよ」


 タイカン技を連続使用したササゲは、そのまま一瞬で気絶した。



 次々と決着がついていく中で、クツロとガイセイは戦いを続けていた。

 馬と牛の怪物は今も二本の足で立っているが、それも限界に達しつつある。


「おおおおおおお!」


 鬼の王となったクツロは、鋲のある金棒を振り回していた。

 並みの金棒ならばひん曲がるであろう力で、並みの金棒では打ち負けるマトウを打ちのめしていたのである。


 金棒が骨を砕き肉を潰し、鋲が皮を破り肉片と血をばらまく。

 己よりも巨大な猛獣を圧倒する様は、まさに魔王の如し。


 幸いというべきなのだろう、最初の一撃が完璧に決まったことにより、マトウの動きは極めて鈍かった。

 既に力尽き倒れている抜山隊の一般隊員が援護をできない以上、彼女は他の三体と違って孤軍奮闘するほかなかった。であれば、こうなっていなければ、極めて恐ろしいことになっていただろう。


「だあああああああ!」


 そしてガイセイもまた、ミノタウロスを押し込みつつあった。

 この前線基地最強の名は伊達ではないとばかりに、握りしめた拳を叩き込み続ける。

 その拳からは、時折閃光が迸っていた。彼もまた、エフェクトを発動させていた。


「そろそろイイ感じだな」


 余裕たっぷりに、豪傑が笑う。


「俺はコレがあんまり得意じゃなくてよぅ、なかなかうまいことぶち込めねえんだ。だがあったまってきたぜ……もういっぺんぶち込んでやるよ!」


 ミノタウロスが怯んだ。

 人間を食らう牛の怪物は、餌であるはずの人間、それも素手の男に怯んだのである。


 ガイセイが放ち始めた力こそ、ミノタウロスがここまで追い込まれた原因。

 この戦いの趨勢を決する、大破壊力である。


「サンダーエフェクト!」


 光が目を焼き、音が耳を潰す。

 ガイセイの力は大地を割り、ガイセイの雷は天を覆う。

 その足は巨体を宙に躍らせ、その眼は獲物だけを捕らえている。


「ゼウス!」


 雷神の名を持つ拳骨が、ミノタウロスの脳天に叩き込まれた。

 それはミノタウロスの急所、一つしかない頭の、一つしかない脳髄を炭化させ、さらに全身を駆け巡り大地へ落ちていく。


「どうだおらあああ!」


 勝ち誇るガイセイ、文字通り崩れ落ちるミノタウロス。

 それはガイセイの勝利を意味し、マトウが孤立したことを意味していた。

 このままでは二対一になってしまう、もはや勝機はないのだとマトウは逃げ出そうとした。


「鬼神が何を恐れるものか、之を避けず断じて行う!」


 しかし、それはかなわない。

 ガイセイの力を借りるまでもなく、クツロはその命を捕らえていた。

 彼女の金棒が、いびつに変形していく。

 金棒の先端が膨張し、より奇怪に、より暴力的になっていく。


「タイカン技! 鬼神断行!」


 巨大となった金棒を、思い切りぶん回す。鬼の王の一撃は、小細工抜きにマトウの体を爆散させていた。

 切断などという行儀のいいものではない、鋭利な刃物による綺麗な断面などない。巨大な金棒によるいびつな破壊は、マトウの上半身を粉みじんにしていた。


「ふぅううううう!」


 降りぬかれた金棒は消失し、巨大な鬼だったクツロは元に戻った。

 残ったのは、ばらまかれた大量の肉片だけである。


「おう、こっちも終わったみたいだな」

「そちらもな」


 どかりと座り込むクツロに、少々汗をかいているガイセイが近づいた。

 彼は改めて、周囲を見ている。


「はっはっは! いやあ、お互い大暴れしたもんだ」


 周りにはまともな建物も、まともに立っている人間もいない。

 ガイセイだけが笑うだけで、他の何もかもが疲弊していた。


「それにしても、ウチの連中も情けねえ。アンタが来てくれなかったら、今頃俺もお陀仏だったぜ」

「そうか……」

「危ないところだったが、助かったぜ。ありがとうよ、クツロ」

「なら、頼みごとをしていいか」

「酒と肉か?」


 ここでようやく、ガイセイはクツロの顔をみた。

 汗まみれになり、血の気が引いている、今にも倒れそうな衰弱ぶりだった。


「森の中にご主人様がいるんだ……頼む、迎えに行ってくれ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 この世界のモンスターは皆戦闘に特化しているのかと思うくらい精強ですね。
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