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先行き不安

「あっちから人間の匂いがする! きっと街があるんだよ!」

「それはいいけど……この世界は魔物と人間が対立していたんじゃないかしら」

「確かに。このまま我らが赴けば、無用な争いを生みかねないかと」

「行ってから考えればいいじゃないの」


 割と楽天的な四人のモンスター娘に、ものすごく絶望している顔の狐太郎が続く。

 クリアしたゲームのエンディング後に、全く未知の『俺達の戦いはこれからだ』が本当に始まるとは思っていなかった。

 本当に、全くもって未知なのである。


(あのゲーム結構続編出てたけど、無印の主人公とその一行は行方不明扱いだったからな……)


 人生がそのまま行方不明になった狐太郎は、それこそ絶望している。

 まかり間違っても、こんな展開は望んでいなかった。


 ゲームの世界に入りたいとおもうほど現実に絶望しておらず、このゲームに関しても一度クリアしてそこそこ遊んだら辞めるつもりだった。

 収納の肥やしになるか、ゲームショップで本体ごと売るつもりである。

 そこまでやりこむ気はないし、正直子供のころやったので新鮮味はなかったのだ。


 なのに、この状況である。

 新しい冒険を嬉しいと思えるほど、不幸な人生ではなかったのだ。


(そんなにやりこんでないゲームで、異世界転生って何だよ……)


 とはいえ、取り乱すほどではなかった。

 もしも本当に絶望しきっていたら、自殺するか、あるいは喚き散らしていただろう。

 そこまで悪い状況ではないと、理性的には思っていたのだ。


(低レベルクリアしたわけじゃないし、妙なロマン構成でもない。ガチでもないが、ネタでもない。最悪って程でもないよな)


 やりこんでいないからこそ、変に偏った編成ではない。

 面白みのない最適解ではないが、ものすごく頼りないメンバーばかりでもない。


「そんな適当な……もしも古代のように強い人間が、魔王を倒したような勇者がいたらどうするの」


 大鬼、クツロ。

 見上げるほどの長身で、非常に筋骨隆々である。

 格闘選手のような筋肉、というよりもボディビルダーのような体格だった。

 頭に角が生えているが、顔は綺麗な女性の顔なので、なんともゲーム的な存在である。


「その魔王を倒したのは私たちなんだよ? 大丈夫大丈夫」


 火竜、アカネ。

 クツロほどではないがかなり大きい。

 翼があるタイプではないが、その代わりとても大きい尻尾が腰のあたりから生えている。

 全身顔や腕などに鱗があり、足もかなり恐竜じみて太くたくましい。


「まずは行ってみなければなんともなるまい。この世界で我らやご主人様が、どう思われるのかを早々に知っておく必要がある」


 雪女、コゴエ。

 この中では唯一、狐太郎よりも背が低い。雪女らしい和服を着ている、大和なでしこっぽい女性だった。

 この場の面々では、体形的に一番普通である。ただし、髪等の『毛』は青みがかった氷でできている。

 そしてなによりも、雪女らしい『儚さ』という雰囲気が一切ない。

 目力があり、表情や足取りもしっかりしている。


「そうそう。考えると言うけれど、まさかこのまま一生さまよう気はないでしょう?」


 悪魔、ササゲ。

 大小さまざまな角が頭に生えていたり、背中に翼が何枚も生えていたり、暗い肌に数多の刺青があったり、着ている服が『布切れ』であったりと一番濃い。

 体格としては狐太郎より少しだけ大きい程度だが、ある意味では『一番大きい』。


(……よく考えたら、大概だな)


 彼女たちを観察していると、狐太郎は自分に嫌気がさしてくる。

 はっきり言って、ゲームのキャラクターとしてはありきたりなのだが、実物としてそこにいると恥ずかしい。

 一番まともなのはコゴエだが、その彼女でさえも『女性を戦わせていた』という罪悪感を沸かせる。

 ましてやササゲなど、いかがわしさが爆発していた。あんな痴女を手駒として操作していたのかと思うと、ものすごく恥ずかしい。


(いやいやいや、とにかく弱くはない編成だ。紙装甲は一人もいないし、攻撃面も申し分ない。この世界のモンスターや人間が段違いに強かったらそれまでだが、いきなり全滅ってことはないだろう)


 極めてゲーム的な話だが、見るからに人間よりも貧弱そうな種族も存在し、実際に体力も防御力も低い紙装甲なキャラも多い。

 大鬼と火竜は言うまでもなく頑丈で、雪女や悪魔もそこまで貧弱ではない。

 これが妖精やら小人だったなら、盾役でしっかり守らねばならなかったり、あるいは速攻で勝負をかけねばならなかった。

 そういう種族は一芸が強かったり、逆にとても便利な能力があるのだが、やはり『事故』が怖いところである。


「ねえ、ご主人様もそう思うでしょう?」


 唐突に、ササゲから話を振られた。

 全員がこちらを見ているので、話を聞いていなかった、とは中々言えないところである。


「う……」


 返事に窮する狐太郎。

 四人の表情を見るに、とんでもなく信頼を寄せられているのはわかる。

 ゲームのストーリーを考えれば、彼女たちが主人公に向ける信頼が厚いのは当たり前だ。

 だがしかし、狐太郎はそこまで彼女たちに思い入れがない。

 もちろん全くないわけではないが、やはり温度差はあるのだ。


「どうかなさいました?」


 困らせてしまった、とでも思ったのだろう。

 ササゲは不思議そうな顔をしている。


「そ、そうだな……」


 素直に『聞いていなかった』と言えればいいのだが、視線が熱くて中々裏切れない。


「ササゲ、ご主人様を困らせないで。この世界に来たばかりで、混乱しているのよ。私たちよりもずっとね」

「まあ、確かにそうね」

(その通りだけど、その通りじゃない)


 クツロがササゲを止めるが、狐太郎は微妙にやるせない。

 この世界に来て戸惑っているのは事実だが、その戸惑いの度合いは大きく違う。

 さっきまで戦っていた魔王によって異世界に飛ばされたのと、寝落ちしたゲームの世界のエンディング後へ行くのは全然違う話だ。


「こういう時こそ、私たちがご主人様をお支えしましょう。誰かが弱っている時は、元気なものがこれを補う。仲間って、そういうものでしょう?」


 温度差に悩む狐太郎を置いて、クツロはどんどん話をまとめていく。

 流石にシナリオをクリアした後だけに、仲間たちの結束は固かった。


(蚊帳の外感が凄い……)


 悪いことではないが、だからこそ居心地が悪い。

 最悪から遠いものの、狐太郎には辛いところだった。




「街に行くのは賛成だ、ただできることなら戦闘は避けたい。もしも相手から攻撃されたり捕獲されそうになっても、逃げることに専念しよう」


 とりあえず街に向かうことにした狐太郎は、クツロ以外の三人の案に乗っていた。

 クツロが心配する気持ちもわかるが、この世界のことが何もわからないからと言って、徹頭徹尾俗世と縁を断つというのはいきなりすぎる。

 もちろんモンスターと人間が殺し合っている世界なのは確定だが、それはそれとしてどの程度争っているのかもわからない。


(俺は当然として、他の四人も野生からほど遠い。それに亜人ってカテゴライズに、入らなくもないだろう)


 モンスターパラダイスは、世界観はともかく、科学水準としては近未来という設定になっている。

 高度な文明を人間が築き上げており、モンスターたちはその恩恵を受けているのだ。

 この場の四人も、ちゃんとした服を着ている。もちろん、各々で趣味性はあるのだが。

 少なくとも、普段着らしい恰好をしているのはコゴエだけである。


「案外すんなり街に入れてくれるかもしれない。とにかく、できるだけ気楽に行こう。こっちが警戒していると、相手も警戒してしまうかもしれないしね」


 彼女たちは基本的に美人であったり美少女なのだが、いくらきれいでもモンスターである。

 そのうえで警戒心をむき出しにして、何時襲い掛かられても大丈夫という陣形を作って街に入ろうとしたら、普通に攻撃されてしまうだろう。


「笑顔を忘れずにいこう!」

「は~い!」

「ええ、わかりました」


 アカネとササゲは、もうすでににこにこと笑っていた。


「笑顔ですか……いざ笑えと言われると……」

「失礼、演技は苦手ゆえ」


 その一方で、クツロは笑うということに自信がなさそうだった。

 なお、コゴエは既に諦めている。


(まあコゴエはこの中だと一番地味だからな。クツロがちょっとぎこちないのは気になるが、まあ仕方ないだろう)



 仕方がない、ということはない。それはこちらの都合であって、相手の都合ではない。

 身長3mを超える、角の生えた筋肉ムキムキで肌の色が違う女性が、ぎこちなく笑いながら街に入ってくる。

 凄まじいほどに、違和感がある。

 仮に街の人が彼女へ攻撃したとして、咎めることができるだろうか。

 むしろまじめで、危機感のしっかりしている人なのではないだろうか。


(その時は逃げよう)


 ともかく、行ってみないと始まらない。

 一行は臭いのする方向へ歩いていった。


(そういえば、斥候系いないんだよな)


 アカネが偶々臭いに気付いたので一応方向を決めているのだが、斥候系の能力を持っているモンスターが一人でもいれば話は違っていただろう。

 少しばかり不安が増した気もするが、とにかく困ってはいないのだし、と自分をごまかす。


 どこまでも続いていくような草原を歩いていくと、程なくして暗く大きい森が見えた。

 見るからに怪しく、雑木林というか自然林で、むしろ暗黒の森のようだった。


「……アカネ、本当にこっちであっているの?」

「うん」


 怪訝そうな顔のササゲに、アカネは元気いっぱいで答えていた。


「ご主人様、あの森に近づかないほうがいいと思うわ」

「そうだな」


 悪魔であるササゲの意見ということもあって、狐太郎はあっさり受け入れていた。

 というか、見るからに危険地帯である。仮にあの森からなにがしかの凶悪なモンスターが襲い掛かってきたとしても、狐太郎は驚かないだろう。

 いや、驚くかもしれないが、不思議とも不条理とも思うまい。


 その森は遠くから見ても明らかに広大で、果てが見えない。

 その一方で、森の内部が分からないほどの密度もある。

 一歩でも踏み込めば闇の中になるような、そんな雰囲気さえあった。


「本当に大丈夫なんでしょうね?」

「うん、本当だって!」


 クツロも怪訝そうに確認をしている。

 やはりアカネは自信満々なのだが、誰もが不安そうだった。


(もしかして、この森から発される怪しい匂い的なものをかいでいるだけなんじゃ……)


 食虫植物は、虫の好む臭いを発しているという。

 それを無駄に思い出してしまった狐太郎は、更に顔が青ざめてしまった。

 最低限の距離を取りながら、大回りをしつつ臭いのする方へ向かう。

 するとそこには。


「ほら、あった!」


 本当に、人間が住んでいるらしき場所があった。


「街……というよりは、砦」


 コゴエが評したように、そこは街というには臨戦態勢過ぎた。

 深く大きい森の傍に建っているその建造物は、とても大きな壁に囲まれていた。

 

 塀だとか、囲いだとか、そういうレベルではない。

 とんでもなく高く重厚で『街』の内部がうかがえず、それどころか見上げそうになってしまう。

 それは狐太郎だけではなく、一番大柄なクツロよりも更に大きい。目測だが、十メートルをはるかに超えているのではないだろうか。


「凄い砦だな……」

「ご主人様、近づくと危ないわよ」


 壁に歩み寄ろうとした狐太郎を、ぐいっとササゲが止めていた。

 悪魔の鋭い爪が、やんわりと甘く肩を固定している。


「足下を」

「ほ、堀まであるのか……」


 壁の手前には、ぐるりと大きな穴が掘られていた。

 水が入っているわけではないが、落とし穴のように深くなっており、しかも底や壁には木の杭がそそり立っている。

 どう見ても殺意があり、侵入者への拒絶が見て取れた。

 しかも古代の遺物などではなく、杭の中には真新しいものや少し古いものが混じっている。

 つまり、破壊されたか使用されたかして、交換したということだった。


「この砦……何度も攻められているってことなのか?」

「ええ、その様子です」


 この砦を作ったのは人間だろうと、全員が察していた。

 であれば戦っている相手は、間違いなくモンスターだろう。

 おそらくはこの森に潜むであろう、人間の脅威となるモンスターと戦うためにあるのだ。


「ご主人様、この砦に入るのは止めませんか? いくらなんでも、あからさまに危険すぎます」

「そうだな、やめよう!」


 クツロの提案に、狐太郎は迷うことなく応じていた。

 誰がどう考えても、この砦は最前線だ。わざわざ入る意味がない。

 この世界を救うためにやってきたわけではないのだから、危険地帯に足を踏み入れる理由はなかった。


「あ、ご主人様、なんか馬車がこの砦から出てきたよ! 私馬車見たの初めて! ねえねえ、お金払ったら乗せてもらえるかな?!」

 

 丁度と言っていいのか、森の反対側にある砦の門が開き堀に橋がかかった。

 砦の中から出てきたのは、荷物を運ぶための荷馬車である。

 ほぼ間違いなく、この砦から別の都市に向かうところなのだろう。


「待ちなさい、アカネ。急に頼んでも載せてくれるはずもないし、私たちはこの世界の通貨を持っていないし、そもそも体形から考えて乗れるわけがないでしょう!」

「どんな乗り心地かな~~! やっぱりがたがたするのかな~~!」


 走るのが速いアカネは、クツロの制止を聞かずに馬車に向かっていく。

 というか、当人は走っているつもりもないだろう。もしも彼女が本気なら、一瞬一歩で馬車に『衝突』しているはずだった。

 浮かれているので、小走りになっている程度と思われる。


「ひ、ひぃ?! 砦を出て一歩でモンスター!」


 図太い脚と赤みがかった鱗を持ち、尻尾を揺らして高速で駆け寄ってくる顔だけは美少女な怪生物。

 それを見て荷馬車の御者が悲鳴を上げるのは、当たり前すぎた。如何に満面の笑みを浮かべているとしても、獲物を見つけて喜んでいるようにしか見えないだろう。


「やっぱりこうなった! 最悪のファーストコンタクトだ! 射殺されても文句言えないぞ!」


 荷馬車は普通そうで、御者さんも普通そうだった。それだけに、狐太郎の後悔は深い。


「そこの女! 待て!」

「って、うわあ?!」


 幸いと言っていいのか、御者の護衛らしき武装した人間の男によって、アカネは制止されていた。

 怒鳴られただけで慌てて足を止めるあたり、彼女にも一応良識はあるらしい。


「その身なり……どこかの魔物使いの使い魔だな?」

「あ、え、そうですけど……」

「躾が成っていないな! 主の顔が見てみたいものだ!」


 割とひどいことを言っている護衛だが、手にしていた武器で攻撃しない分、ずいぶんと情け深い。

 アカネも顔を更に赤くするばかりで返す言葉もない。


「す、すみません……」

「この危険な地域へ輸送を引き受けてくださっている、親切な商家に対して、なんと無礼なことをするのだ!」

「失礼しました……」

「謝るくらいなら最初からするな!」

「まったくだぞ!」

「切り殺されても文句は言えん!」


 護衛を担当しているらしき男たちが、猛烈に怒りながら集まってきた。

 それどころか、門の内側に待機していた門番らしき兵士たちまでやってきた。


「ご、ごめんなさい……」


 自分と同じぐらい大きい男たちに囲まれて、アカネは弱ってしまった。


「すみません! お許しください! その子は俺の部下なんです!」

「同輩が失礼をしてしまいました!」

「どうかご勘弁を!」

「ほんとうに、すみません……」


 狐太郎たちも追いついて、何とか許してもらうように頭を下げる。


「ふん! しっかり鎖につないでおけ!」

「なんて魔物使いだ! 無責任にもほどがある!」

「今度こんなことをしたら、ただじゃすまないからな!」

「憶えておけよ!」


 怒った護衛隊は、顔を真っ赤にしたまま馬車と共に去っていく。


「お前、この街に来たばかりだな! とっとと中に入れ!」

「あの商家が取引を打ち切ったら、お前たちのせいだからな!」

「さっさと手続きをしろ! 門はとっとと閉じなければならないんだ!」


 門番の兵士たちに案内されて、というか連行されて、砦の中に入っていく五人。気分は逮捕である。


「おら、こっちだ!」

「……ごめんなさい」

「いいんだ……こうなるような気はしていたんだ」


 結局最前線基地らしき場所に入ることになったが、果たして誰がアカネを咎められるだろうか。

 少なくとも、きちんと鎖でつないでいなかった、狐太郎の方が咎められるべきであろう。


「それにだ、考えようによっては、穏便に街には入れたわけだし」


 穏便、とはいったい。

 少なくとも、既に問題児扱いで、実際問題を起こしている。

 だがそれを言い出すと、いよいよアカネが泣きそうだったので黙っておく。


 とはいえ、いきなり石を投げられたり、斬りかかられるということはなかった。

 むしろそうなりかけていたのだが、この世界の人々は思ったよりも穏便で慎重らしい。

 アカネが無思慮で軽薄ともいえる。彼女は自分の出身世界の株を大いに下げていた。


「どうやら魔物使いという職業もあるようです。ご主人様がそう名乗れば、私たちも牛や馬のような扱いで済むとおもいます」

「理屈はわかるけど、家畜扱いは嫌ねぇ」


 前向きなクツロに対して、気分が悪そうなササゲ。

 元の世界ではある程度の人権が与えられていたのに、牛馬扱いされればいい気分になることはないだろう。


「何を言うの、ササゲ。これぐらいの文明なら、牛馬は大事な財産よ。場合によっては人間よりも価値があるわ」

「その言い方もどうかと思うわ、本当だとしても」

「う……と、とにかく、私たちや魔王が思っていたよりは、悪い世界じゃないでしょう?」


 実際、少しばかり安堵しているのも事実だった。

 少々、かなり、大分、相当に問題のありそうな行動をしたのに、あっさりと前線基地らしき場所に入れてもらえた。

 魔王が想像していたのは、狐太郎をはじめとした五人が、モンスターや人間の双方から迫害される世界だったのだろう。

 だがあいにく、そうはなっていないようだった。


「そ、そうだね!」

「曖昧にするな、アカネ。あとでしっかりと説教をしてやる」

「こ、コゴエ……」

「お前の行動によって、この砦に入ることになってしまった。結果だけ見ても、お前の軽率さは事態を悪化させている」


 コゴエによる、容赦のない指摘だった。

 本当のことだけに、誰もアカネを擁護できない。


「反省しろ」

「はい……」


 しょぼんとしているアカネから目を背けつつ、先導する門番に続く狐太郎。

 改めて壁の内部を見ると、壁に覆われている以外は、古い街並みとそう変わらない。

 しいて言えば、食うに困らない程度には裕福そうなのに、妙に荒んでいる人たちばかりのようである。


「おい、とっととこの建物に入って手続きをしろ。討伐隊になりに来たんだろう」

「え?」

「ん? とにかくとっとと説明を聞いて来い」


 街の中心にある、比較的大きな建物。

 おそらく役場に相当するであろう場所に案内された一行は、とりあえず中に入ることにしていた。


(っていうか、ここの人たちデカいな。さっきの護衛の人も、今の門番の人も、全員2メートルを超えてたぞ)


 人間よりもはるかに大きいクツロや、翼などによって横幅のあるササゲたちも、全く問題なく扉から入ることができた。

 モンスターが入ることを想定しているというよりは、この世界の『普通の人間』が少々大きいのだろう。


(確かゲームの主人公も、現実の俺と大差ない体格だったはず。だとすれば、『この俺』はこの世界の基準だと、チビ……なのか)


 男子たるもの、チビ扱いされると面白く思わないものである。

 ゲームの世界だかなんだかわからない場所に来ても、そういうところは気になってしまうのだった。


(というかまさか、ここは冒険者ギルド的な、よくある便利な場所だったりするんだろうか?)


 建物の中をきょろきょろと見渡すが、銀行やら郵便局のように、横長の机の向こう側で書類の仕事をしている人ばかりである。

 他には長椅子に座っている普通の人もいるぐらいで、本当にただの役場にしか見えなかった。


(ゲームやネット小説だと、こういう場所では酒場があったり掲示板があったりするもんだが……それっぽいのはないな)


 ちらちらと周囲を見るが、如何にもな荒くれ者という人は本当にいなかった。

 銀行や郵便局、役場めいた場所でおとなしくしている荒くれ者、というのも考えにくかったのだが。


「ああ、新しい討伐隊希望の方ですね。ようこそお出でくださいました、どうぞこちらへ。もうすぐ説明会が始まりますので、おかけになって、他の方と譲り合ってお静かに着席願います」

「あ、はい、どうも」


 一年で何度も言っているであろう、無駄も抑揚もない定型文を口にしてきた受付の女性。

 心がこもっていないと分かる一方で、しかし相手を怒らせない程度の礼節はあった。

 おそらく、その加減を間違えると、誰かから極めて直接的な暴力を受けうるのだろう。

 一々心を籠めると疲れるが、手抜きをし過ぎて叱られないようにする。一種の職人芸と言えるのかもしれない。


「さっきからぜんぜん、身分証明書とかの提示を要求されないわねえ……この街の治安とか行政とか、どうなっているのかしら」

(身分証明書の提示を求められても困るけどな)


 不安そうなササゲ。

 好都合と言えば好都合だが、確かに不安になる。

 そして、その不安は見事に的中していた。


「失礼します~~」


 案内された大部屋には、物凄くガラの悪そうな男たちがひしめき合っていた。


「失礼しました~~」


 思わず扉を閉めて、他の四人と向き合う。

 物凄く後悔している顔の狐太郎だが、他の四人も嫌そうな顔をしていた。


「……ねえご主人様、おうち帰りたい」


 帰れないからこうなっているのだが、アカネにはあらゆる意味で同意である。

 ガラの悪い、如何にも暴力的な面々とは、あまり関わりたくならない。


「ご主人様。アカネの言う通りですが、この場をこのまま離れるのもどうかと……」


 クツロは嫌そうだが、嫌だからと言って入らない、というほど子供ではない。


「そうだな……何かあったら、頼むぞみんな」


 狐太郎も一応社会人、嫌だから逃げるのは子供である。

 なお、君子危うきに近寄らずという言葉もある。


「改めて失礼しま~~す」


 できるだけおどけつつ、害意がないことを示しながら大部屋の椅子に座る狐太郎。

 そんな彼のことを、大部屋にいた面々は一度だけ見て、そのあとすぐに背後の四人へ目を向けた。


「魔物使いか? 四体も連れ歩くとは、剛毅な……」

「知性は顔に出る。中々頭がよさそうだな」

「ふん、こちらに噛みつかないならどうでもいい」

「腕前は後で見せてもらうとしよう」


 当たり前だが、狐太郎のことは完全に無視している。

 いや、ある意味ではクツロたちのオプション扱いなのかもしれない。


「ご主人様……この部屋の方々は、私が見たどんな『人間』よりも強いです」

「そうだろうな、同じ人間に見えない」


 クツロの言葉を聞くまでもない。狐太郎は全面的に、この世界ではチワワだった。

 ライオンの群れにイエネコをぶち込んだような、そんな疎外感と心細さ。

 全員が見上げる巨人であり、もはや戦うとかそういう問題ではない。

 仮に狐太郎の手にナイフや剣があっても、目の前の彼らは片手であしらい、そのまま首をへし折ってしまうだろう。


「大丈夫! ご主人様は、私たちが守るから!」

「……そうか、ありがとう」


 勇気づけてくれるアカネだが、正直白々しい。

 獅子の群れに飛び込むことになったのは、少なからず彼女の責任なのだが。

 強いとか弱いとかではなく、ただひとえに頼りなかった。


「どうやら今回は、これが全員のようだな」


 そうしていると、明らかに参加者サイドではない人間が入ってきた。

 この場に集まった面々へ説明をするために現れたのは、どこか気品を感じさせる男性だった。

 全身甲冑を着込んでいるが、どこか軽やかな雰囲気を持っている、気品のある好青年だった。

 背はもちろん高いのだが、それでも狐太郎の常識に収まっている。

 仮に彼が日本に来ていれば、女性からモテモテだっただろう。鎧ではなく、服を着ていればだが。


「長い前置きは、この場の誰もが望むことではないだろう。説明の希望がなければ、このまま『試験』となるが……」


 彼は部屋の中の一部を見て、何か困った顔をする。

 断じて、狐太郎たちではない。もっと別の、彼の目の前にいるであろう、最前列の方だった。


「貴殿たちにとって重要な説明だけはしておこう」

(ありがたい)


 一部不満そうな者もいるが、それでも狐太郎一行にはありがたかった。

 なにせ正真正銘、何もわからないままここにいる。


「ここは前線基地。シュバルツバルトのモンスターを相手どる、討伐隊のための要塞だ。この国のどこよりも危険な、国家の安泰のための重要拠点だといえる」

(ああ、やっぱり危険な砦だったのか……)

「この地で戦う討伐隊には、多くの義務がつきまとう。しかしその代わり、一切の税金が免除される。加えて、過去の如何なる罪も免除され、その出自を問われることもなく、禁止されている魔法や武器も許可される。黙認ではなく、明確な許可だ」

(とんでもない場所に来てしまった……)


 彼が説明するすべての言葉が、この地の異常さを物語っている。

 この世界の基準で言っても、この場所は危ないのだ。


「ご主人様、そう悪いことでもないと思いますわ」


 嫌な顔をしている狐太郎へ、説明を邪魔しない程度の声で話しかけるササゲ。


「確かに危ないですけど、ここにいる限り私たちが迫害されることはない。少なくとも、人間の味方になることはできますわ」


 この世界の魔物、特にシュバルツバルトとやらのモンスターがどんなものかはわからないが、人間に関しては結構文化的である。

 仮にこの街に所属できれば、双方の敵になるという最悪の事態は免れるのだ。


「そして……ハンターとしてのランクもBになる。通常ならFで始まり、地道に任務をこなして一段ずつランクを上げていかなければならないが、この街で討伐隊に所属すればその場でBとなる」

(ハンターのランク? 冒険者とかじゃなくて、ハンター……。まあこれも、ゲームだとよくある話だな)

「当然だが、実力次第ではその場でAランクにもなれる。Aランクになれば、実質的にこの街の支配者になることができ、多くの特権が認められ……規定されている期間義務を果たせば、貴族への婿入り嫁入りも許可される」

(美味しい話だけども、美味しいだけに義務も重いんだろうとしか思えない……どうしてこうなった)

「これは嘘ではないし、前例もいる。というよりも、つい先日引退したAランクのアッカ殿は、貴族の女性と結婚し、自らも爵位を得ることになった。現在Aランクは空位であり、新しい実力者が望まれるところだ」


 背筋の凍るハイリスクハイリターンに対して、青ざめているのは狐太郎だけだった。

 どうやら他の面々は腕に覚えがあるのか、あるいはバラ色の未来だけを夢見ているのか。

 ともかく、承知のうえであるらしい。


「……」


 そんな彼らを前にして、説明をしている男はやや顔を曇らせる。


「……」


 できることなら、止めたいと思っているようだった。

 この場の全員ではなく、目の前にいるらしい、誰かに向けて。


「但し、これだけの厚遇があるということは、それだけ義務が重いということだ。シュバルツバルトにはDランク以下のモンスターが存在せず、その上任務では最低でもBランクのモンスターを討伐することになる。そしてこの街へAランクのモンスターが侵入した場合、逃走せずに迎撃するという義務もある」


 デメリット、というよりはリスクを語りだす。

 恐れ知らずであろうこの場の面々は、狐太郎たちを除いて苛立ちさえ覚えていた。

 その雰囲気を察してか、彼も説明を中断する。


「では、実技を行う。言うまでもないが、この街で討伐隊に所属する以上、最低限Bランクの魔物を倒せなければならない」


 いよいよ本題に入る。


「よって、これからシュバルツバルトに入り、Bランクのモンスターと実際に戦ってもらう」

(……やっぱり、ここに来たのは失敗だった)


 説明を聞いている男と、説明をしている男。

 ただ二人だけが気分を沈ませているが、他の面々は歓声を上げていた。

 とても好戦的に笑い、栄光を手にしたように喜んでいる。


 だがしかし、それはある程度自分の腕に覚えがあるからだろう。

 少なくとも、狐太郎にそんなものはない。ついさっきまで自分の部屋でごろりと横になって、携帯ゲーム機で遊んでいただけなのだ。

 もはや土壇場に向かう心境というほかない。


「ご主人様、心中お察しいたします」


 そんな狐太郎の表情を見て、静かにコゴエが囁いた。


「突如どことも知れぬ世界に飛ばされ、未知の魔物が住まう死地へと、何が何やらわからぬうちに赴くことになった。さぞ心細く、不安でございましょう」


 その彼女から、わずかながら、痛いほどの冷気が漏れていた。

 雪女である、彼女の吐息である。どうやら気分が高揚し、体温が下がっているらしい。


「恐れながら、必勝はお約束できかねます。ですが我ら四体、命にかえましても御身を必ずやお守りいたします」

「そうか……ありがとう」


 彼女のやる気は嬉しい、その点に偽りはない。

 しかし狐太郎は、ちっとも安心できなかった。

 これから獅子の群れに突っ込むという、虎の群れが守ってくれるから安心だと思えるか。


(未知もなにも、危険なことだけははっきりしているじゃねえか……)


 できることなら、獅子の群れに突入すること自体を回避したい。だが決まったような流れへの同調圧力に逆らえるほど、独立独歩の精神は持ち合わせていなかった。

 虎威狐太郎、冒険に行かないという勇気は持っていなかったのである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 切り口もいいし、片足は必ずリアルな心情を忘れない作者のスタンスが好みです。 初めて長編を読ませて頂きます。 楽しみです。
[気になる点] 狐太郎狐太郎と何度も出てくるけど、読みが「きつねたろう」ってのが何とも キラキラネームどころか、虐待を疑われるレベルな気が 意識するとテンポ悪いし 別に読みは「こたろう」でも、漢字で意…
[一言] 某世界的ゲームのなんとかボールみたいな捕獲兼収納アイテムはないのかな(手持ちモンスター出しっぱでゲームも進行してたの? ……捕獲上限とかあったのかな……)
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