塵も積もれば山となる
東方戦線の、ある基地にて。
「よろしいのですか、閣下。公女や斉天十二魔将たちを好きにさせて。僻地で人気稼ぎなんてやってますけど」
「バカかお前。むしろ一番ありがたいことだろうが」
いわゆる、非公式の話し合いだった。
それなりの立場に有る者と、その副官の私語である。
「じゃあなにかお前。今やってることの逆になったらどうするんだ?」
「逆?」
「いきなりどっかの主要要塞が攻撃されて、そこへ手勢を連れたお姫様が参陣して『貴方の指示に従います』とか言い出したらどうすんだよ」
「……想像したくもないですね」
「だろ?」
大公も大王も、送った十二魔将や公女が死んでも怒らないだろう。
もちろんよほど大馬鹿な命令をしていれば話は別だが、普通に戦力として運用した結果なら咎めまい。
もちろん内心では悲しんだり怒るかもしれないが、流石にそこは書面でも保証している。
しかし、大公や大王がどう思うかは、この際そこまで重要ではない。
大事なのは、他の面々がどう思うかなのだ。
世間は大公と大王だけでできているのではない、その他大勢がほとんどを占めているのだ。
「生き残って勝ったとしても『なんで勝てるのに戦線へ投入したんだ』と怒る輩は絶対に湧く。負けて死んだとしても『なんで負けると分かった戦場へ投入したんだ』なんて言い出す輩が絶対に湧く。実際にあの戦力がどれだけ重要な役割を果たしていたのか、知ろうともしないでな」
「ま~強いですよね、アイツら。戦線に投入できたらどれだけ助かるか」
「ああ。公女本人とその護衛を含めて、バカみたいに強い奴らさ。一塊になってるアレを壊滅させるとか、一軍でもきついだろ。それこそ大将軍が必要だわな」
「使いたいですね~~指揮下に置きたいですね~~」
「大王になってから言え」
彼らは強い。
斉天十二魔将が強いのは当たり前だが、公女が率いる大公直属のBランクハンターも武将が三人精鋭が何十人といる。
流石この国のツートップが派遣した戦力である。恐ろしいことに、最大戦力ではなく二軍レベルだというのだから、流石の器量である。
だが、ツートップの送った戦力だからこそ、使い潰せば周囲から怒られる。
それは大王や大公本人から嫌われることよりも、よほど恐ろしいことだ。
「それは向こうもわかってるさ。だから全面的に俺達の指示に従うんじゃなくて、救援の報を受けたらこっちに申請しつつ独自で向かってる。僻地なら相手の戦力も少ないし、比較的安全に働いてくれるってわけだ。つまんない仕事だから、手柄を取られたって怒る奴もいないしな」
「救援を求められて応えないのはまずいですけど、行きたがる奴は少ないですからね。出世につながりにくいと思われてますし」
「駆け出しの連中は、上に気に入られるよりも武勲をあげることが大事だと思ってるからな。どっちも大事、っていう基本がわかってない。上司になればわかるんだけどな~~、命令を拒否しない奴のありがたさが。仕事をポイント感覚で考えてるから困る。必要だから仕事なんだってわかってない」
「そこへ行くと公女様は確かにありがたいですよね。まあぶっちゃけオーバーキルもいいところですけど」
「オーバーキル以外だと駄目だって話、もうしただろうが。まあ救援を要請した奴らも敵兵もビビるだろうけどな。めちゃくちゃ場違いだもんな」
敵の小さな砦を攻めていたら、大王の護衛がいきなり現れて全滅させられた。
現実は小説よりも奇なりである。
「ですが公女様は、各地への救援のついでに慰問もしているそうじゃないですか。まさかとは思いますけど、全部の土地を回る気なんですか?」
「あほか。東方戦線の砦がいくつあると思ってるんだよ。全部どころか、半分も回れねえよ」
「そうですよね。そもそも攻められて救援を求めないと、助けに行かないわけですし」
「だが十か二十かは回れる。しかも、救援を求めるほど困っている砦に、最高のタイミングでな」
大公や大王が手紙だけで『感謝してるよ、頑張ってね』と書いて送っても、まあ全員が喜ぶことはないだろう。
特に何の用事もないのに、平和な時に来て『いつでも助けに来ますからね』と言われても、真に受けるものは少ないだろう。
もちろん、一定の意味はある。
なにせ僻地に王族が来るのだ、誰だって悪い気はしない。
だが敵が攻めてきたので救援を求めたら、王族が手勢を率いて自ら助けに来てくれた。
これはもう『救援を求められたので、直接助けに来ました』である。
美談としては、この上ないであろう。
「そりゃあ一か所か二か所なら、誰だって信じない。俺だって正気を疑う。だが十か所も二十か所も回って、その兵士たち全員が口をそろえれば、他の砦の連中だって流石に信じるさ。それに僻地の砦を攻めたら十二魔将がくるって知られたら、敵さんだって攻めあぐねるだろう。各地の砦も暇になるんだから、その信ぴょう性も増すってもんさ」
「なるほど……」
「別に、一かゼロの話じゃねえんだ。今回こうやって公女様が方々を回ってくれるおかげで、各地の士気は上がる。全員が砦を枕にして戦う覚悟を決める必要はねえが……全体的に士気が上がるってのは大事だ」
「流石閣下、いろいろお考えですねえ」
「お前はもっと末端に気を回す努力をしろ。腐るときは末端からなんだぞ」
「普段はないがしろにしてるじゃないですか」
「やりたくてもできねえからだ!」
末端は大事だが、中央はもっと大事である。
末端の砦から戦力を引き抜いてでも主戦場を維持しなければ、最終的に国家ごと巻き込んで破綻する。
「ま、それに大公閣下が娘を送って、大王陛下が側近を送ってきたんだ。各地のお貴族様も『こりゃやべえ』ってなって、こっちに送る戦力を準備するさ。戦略的には、そっちの方が大きい効果だよ」
「現金というかなんというか……」
「人の心が分かる、実に頼もしいトップじゃねえか。ご本人のお顔は見えないが、崇める気になるぜ、まったく」
※
かくて、公女一行は各地の砦を救援していた。
負ける要素など何一つないのだから、戦うこと自体はまったく問題ない。
むしろきついのは行軍である。初めて行く土地をひたすら歩いて、倒して戻ってきて。
人気がないのだから、場合によっては遭難もあり得るのである。
公女と斉天十二魔将が遭難とか、周りにしたら死ぬほど迷惑なことなので、とにかくそれだけは避ける必要があった。
とはいえ、全員ぶっ壊れて強いのである。崖だろうが谷だろうが飛び降りることも這い上がることもできるので、最悪大雑把な方向さえわかれば走ってどうにかなる。
それに慌てるのは行きだけで、帰りはのんびりとしたものだった。
後は暇だというだけである。
「俺達一灯隊の話題が、まったく上がらない!」
暇なので、道中は会話ぐらいしかすることがない。つまり愚痴である。
一灯隊隊長リゥイは、この現状を嘆いていたというか、怒鳴っていた。
「別に戦争が起きて欲しいわけじゃないが、それでもこれは普通に不満だ! 公女様や十二魔将に大きく後れを取るのは仕方ないとしても、まったく話題に上がらないのはいかがなものか!」
ぷんすかと怒っている彼だが、少なからず他の隊員も同じことを不満に思っている。
隊長というのは隊の代表であり、その意思がずれていると悲惨なことになるので、とても正しい姿である。
隊長が自分たちの代わりに主張してくれていると思えば、鬱憤を溜めこむこともないのだ。
「まあなあ。俺達だって大公閣下直属なんだし、もうちょっとこう、興味って言うか……」
「隊長、ヂャン……正気を疑いますよ」
ヂャンも同調しているが、流石にグァンは呆れていた。
「公女様ご本人がいて、斉天十二魔将が三人もいて、戦うのはもっぱらその三人。それで私たちがどう目立つって言うんですか」
「それはまあ……公女様の護衛を任せられるとは、アイツらはどれだけ凄いんだ、とか」
「それは一般的なBランクハンターです」
「本当か?!」
「大公直属のBランクハンターが、大公様の娘の護衛をしているのなら、まったく不思議じゃないでしょう」
「……そうか」
当たり前だが、軍人からすればハンターというのは『強いとは知っているが別職種』である。
これはハンター側からしても同じことなので、別に理不尽ということではない。
そしてBランクハンターというのは、貴族が自ら率いている隊か、或いはその貴族から特別な信頼を得ているハンターだと認識されている。
であれば公女の護衛をしていても、まったく不思議ではない。不思議ではないので、まったく興味を持たれていない。
良くも悪くも、一灯隊は『一般人の持つハンターのイメージ』から乖離していないのである。
これが白眉隊や狐太郎たちだったなら、話も違っただろう。
「はっはっは! まあそうしょげなくてもいいでしょうが、隊長さん! 一灯隊が強いのは、俺達が知ってるから十分でしょうに!」
「そうそう、おかげで俺達全員が突っ込めますからねえ。なんかあっても問題ないってのは、ありがたいもんですよ」
「ぶっちゃけこのメンツなら軍に囲まれても逆にぶっ潰せるからな~~。大将軍が来ない限りは、戦局をひっくり返せるレベルだし」
その一方で、当の斉天十二魔将たちは一灯隊を評価していた。
本来王族を守る役目を負った彼らが、その役割を任せているのだから大概である。
「嫌味ですか。俺達も自分の力に自信はありましたが……三人に比べたらかすみますよ」
「そりゃあ、俺らは大王様直属ですぜぇ? まだまだ若いのには負けてられねえ」
しかしそれでも、キンカクたち三人には及ばない。
流石は大王に認められた猛者である。リゥイ達三人どころか一灯隊の総力を合わせても、キンカクたちが勝つだろう。
もちろん、ある程度苦戦させるだけの自信はあるのだが。
「むしろ俺らからすれば、その若さで武将並みに強いそっちの方が凄いと思うがね。本当に一つの孤児院の出だけで作ったのかってレベルだぞ。武将格が三人いるって」
キンカクたち三人は、名前が似ているがまったくの他人である。
実力を認められて大王に召し上げられた身ではあるが、各地からの選りすぐりともいえる。
大多数の有象無象の中で、光り輝く者を集めた。それが十二魔将なのだが、一灯隊はただの孤児院の集まりに武将の素質を持った者が三人もいたのである。
これは普通におかしいことだった。大将軍ほどではないとしても、武将になれるほどの者はかなり珍しいのである。
「そうは言われても、俺達は本当にトウエンの出ですよ。公女様以外は」
「そういうもんか……一人だけ大将軍格がいるよりびっくりだ」
「びっくりって……これでもカセイの前線基地だと、いなくなっても問題ないレベルなんですけどね」
一灯隊は確かに強い。
リゥイ達三人だけではなく、隊員の質も高い。
だがカセイの前線基地では、主戦力ではなかった。
もちろん、足手まといではない。
立派な戦力であり、いなければ多くの被害が出たこともしばしば。
何よりも遊軍として機能できるからこそ、こうしてここへ派遣されたのである。
だがそれでも、力不足は否めなかった。
「ん~~。じゃあ一丁指導してやろうか? 三人だけじゃなくて、隊ごとまとめて」
「え、いいんですか?」
「俺達は最初から、教導もしてこいって言われてたんでね。暇な時間ができたんなら、東方の兵と一緒に鍛えてやるよ。そうすれば大分伸びると思うぜ」
斉天十二魔将から直々に鍛えてもらえる。
それを聞いた一灯隊たちは、やはり奮起する。
普段とは違うところに来たのだから、確かな成果を持ち帰りたかった。
強くなって帰れるのなら、この上ない成果と言えるだろう。
「やりましたよ、公女様! 必ず強くなって、ガイセイ達を驚かせて……如何しましたか」
誰もが喜ぶ中、一人沈んでいるのがリァンである。
公女である彼女は、この状況に憂いを感じているようだった。
「本来であれば、大王様が気を使うまでもなく、各地から救援が来るべきなのですが……嘆かわしいことです」
戦地で流れた血を、多くの人々が他人事だと思っている。
もちろん、民はそれでいい。普段から血税を納めているのだ、安寧を享受する権利がある。
しかし貴族がそうでは、兵士たちが報われない。
「大王様やお父様が『まとも』であることは救いですが、トップだけがまともというのは、やはり不健全です。一般の貴族たちにも、危機感を持ってほしいのですが……」
「そうは言いますけどねえ、他の領地だって懐事情は寒いもんでしょう」
公女を諫めるのはキンカクである。
彼女の憂いももっともだが、そもそも各地の貴族全員に余裕があるわけではない。
今頃慌てて工面している貴族だって、少なからずいるはずだった。
「それこそ、すべての貴族が、ではないはずです。余裕があるにも関わらず、傷ついた前線を労わらない貴族が大勢いると思うと……」
「それはまあ……」
「私とて、大王の命令であれば何でも従うべきだ、とは申しません。歴史を紐解けば、くだらない公共事業で貴族を絞り上げたこともあったとか……ですが今回のことは、絶対に必要なことです。要請されるまでもなく、動くべきだったこと。前線が崩壊してからでは、何もかも遅いというのに」
彼女の憤りを聞いて、一灯隊の全員が頷いている。
その光景、その潔癖を見て、十二魔将の三人は顔をみあわせた。
(若いな~~)
間違ったことを言っているわけではない。
少なくとも東方の前線にいるものからすれば、全面的に賛成することだろう。
だがそれは余りにも、理想論にすぎる。
皆が皆、まじめに頑張れるわけではない。
まじめに頑張ることを強要すれば、周囲から反感や反発を受ける。
悲しいことだが、強制する労力や反発を加味すれば、ある程度自主性に任せた方が効率はいいのだ。
大体王族が貴族にそれを強いてしまえば、今度は貴族が民衆にそれを強いることになる。
それこそ不幸の連鎖という奴で、国家の衰退を招くことになるだろう。
とはいえ、各地の貴族も『現実』から目を背けていることも事実。
どちらも正しくてどちらも間違っている。であれば、今に限ればリァンが正しいのだ。
「そう考えると、あの四人はマシだったな。なんだかんだ言って、あの森で戦うつもりらしいし」
ドラゴンズランドに行きたい。
その目的を達成するために、非力な身で狐太郎に近づいた侯爵家の四人組。
今も彼らは地道な鍛錬を積んでいるらしいが、果たしてどの程度のものになっているのだろうか。
動機は気に入らないが、努力していることは評価する。
リァンを含めた一灯隊の面々は、ある意味一番悪い時に来た彼らに思いをはせていた。
※
ドルフィン学園の運動場にて。
キコリ・ボトルとマーメ・ビーンは精神を集中していた。
今まさに、クリエイト技の耐久試験を行う時である。
「リフレクトクリエイト……インスタントドーム!」
「ソリッドクリエイト……ボールウォール!」
各々が別々に防御壁を構築した。
自分自身を守れるぎりぎりの大きさながら、全方位をきっちりと守っている。
「よし、いくよ~~」
バブル・マーメイドは、二人に向かって投石用の石を投げた。
この世界の基準において、人間を殺せる程度の大きさと重さである。
もちろん当たればただでは済まないが、逆に言うと『攻撃』の最低水準である。
これを防げなければ、『防御技』を名乗れないということだった。
ましてや鍛えている程度の女子の投てきである、防げたとしても自慢にはならない。
「えい! えい!」
がん、がん、と石がぶつかった。
何のエフェクトも込めていない、ただの石。
それがぶつかると、二人の防御壁は思いっきりひびが入った。
しかしそれでも、石はめり込んだ後地面に落ちる。
つまり、防御に成功したということだった。
「す、すばらしいいいいいい!」
これには担当の教師も大喜びである。
彼らの努力を間近で見てきたからこそ、この成果に感涙を禁じえない。
「私の育てた生徒が、私の目の前で、クリエイト技を一定の段階に至らしめた……私は感動している!」
教師本人が自分に陶酔しているが、それぐらい凄いことだった。
以前は小石を放っただけで粉々になったり、風が吹いただけで割れたのである。
それを想えば、確かな成長と言えるだろう。
「凄いじゃないか、二人とも」
「うん! 思いっきり投げたのに、ちゃんと防げてるね!」
これには回復要員であるバブルもロバー・ブレーメも驚きである。
(コイツ……本気でぶん投げてきやがった……しかも顔へ……!)
(あ、当たってたらどうなってたのかしら……)
なお、防御に成功した二人は、バブルが遠慮なく『攻撃』してきたことに慄いている。
もちろん趣旨としては正しいのだが、完全に顔面を狙うコースだった。素通しで当たったら、鼻を潰していたかもしれない。
まあそんなことを口にしようものなら『実戦で相手が配慮してくれるとでも思っているのか!』という一喝が飛んでくるとは分かっている。
なにせ要人警護の練習である。自分の顔も守れないのに、要人の命が守れるわけもない。
とはいえ、無茶な根性論ではない。
形になったところでいきなり攻撃されたわけではなく、段階的に強度を確かめている。
顔へ向かって思いっきり石を投げられても防ぎきれると分かったうえで、こうして実際に確かめただけなのだ。
それでも、怖いものは怖いのだが。
「君たちは確実に上達しているし、実証もしている。それは大公様にも、他の教員にも、君たちの実家にも報告させてもらう」
「そ、そうですか……それは、まあ……救いというか……」
「ええ、この際名声を手に入れないとやってられないわ……」
本来なら、内申が特筆するほどよくなっていることを喜ぶべきだろう。
だが支払った労力と、その先にある仕事が過酷すぎて、割に合っていない気もする。
少なくとも二人にとっては、ドラゴンズランドやら大公からの評価やらに、そこまで魅力を感じることができなかった。
「その通りだ。君たちの目指すものからすれば、今回得る名声はとても足りない。本当ならもっと褒めてもいいぐらいだ」
うんうん、と頷く退役軍人。
才能もやる気もない人間が、それでも僅かずつ成果を出している姿は教師の本懐である。
やる気も取り柄もない生徒を、一応社会の役に立つ形で卒業させること。
それが学校の本来の姿だからである。
「とはいえ、それでも君たちは今まで以上に嫉妬や羨望の対象になるだろう」
だが教員は知っている。
世の中には、努力をして成功している者へ見当違いな憎悪を抱く者がいると。
「何かあったら、すぐに相談してくれたまえ。君たちの努力を、無駄にはさせないと約束する」




