猿蟹合戦
サンショウが拳闘士だった時期は、それなりに長い。
彼はまず自分を入念に鍛えてからコロッセオに赴いたため、参加したときにはもうすでにベテランの年齢だったのである。
奴隷としての選手ではなかったため、彼の試合期間はそれなりに間を置かれていた。
だがそれでも、彼の試合は決して多くなかった。
「君、首ね。ああそれから横のつながりで、この国にある似た業界には声をかけておいたから。無駄に手間を取らせるのも悪いと思うから、今言っておくよ」
コロッセオの支配人は人間で、やせ型だった。
おそらくサンショウがその気になれば、一撃で首をへし折れるだろう。
加えていえば、彼は一人で、支配人室にサンショウを呼び出していた。もしかしたら隠れている護衛はいるかもしれないが、それでも即座に対応できるわけではないだろう。
だがそれでも、彼は一人でサンショウと話をしていた。
怒ると分かっているような話を、怒らせるような口調で言っていたのだ。
「どうしても同じ仕事につきたかったら、他所の国に行ったほうがいいよ」
「……一応、理由を聞いておこうか」
「もちろん、君に試合が組めなくなったからだ。君は強いし怖いからねえ、みんな怖がって試合をしたがらない」
あっけらかんとしたものである。
王都に有るコロッセオの支配人としては若いが、だとしても妙にふざけていた。
「……チャンピオンもか?」
「うん、彼が一番嫌がってる。そりゃあねえ、君と試合をして負けるならまだしも、大けがをするのはねえ」
「はっはっはっは!」
「あっはっはっは!」
二人とも、大笑いをした。
支配人は滑稽に軽薄に、サンショウは図太く笑った。
「腑抜けだな」
「そうだねえ、腑抜けだねえ」
「それなら俺をチャンピオンにすればいいんじゃないか? まさか顔で選ばれたわけじゃないだろう」
「ああ、それを言っちゃうのか……」
露骨なほどに視線をそらし、顎を撫でる動作をする支配人。
彼は今椅子に座っているが、それでもドワーフを見下ろす視線である。
だがしかし、それでも露骨なほどに見下ろそうとはしていなかった。
「誰もが恐れて挑戦しない、無敗のチャンピオン。なるほど、なんともミステリアスだねえ」
「ふっ……」
「金にならないじゃないか」
支配人は、なんとも根本的なことを口にした。
「君、話を聞いてた? 君と誰も試合をしたがらないから首にするんだよ? それの解決策が君をチャンピオンにするって……なんの解決になってるんだい?」
「対戦相手に壊されるのを怖がって戦わない奴がチャンピオンであることの方が、よっぽど外聞が悪いと思うがな」
「なるほどね」
サンショウの言葉を、支配人はあえて否定しなかった。
「でもそれなら、君を追放しても同じことじゃないかい? 結果としては彼の名誉も守られると思うけど」
「俺を追い出したこと自体が騒ぎになるとは思わないのか?」
「君、自意識過剰だね。このコロッセオに何人の選手が在籍していて、そのうちの何人が入れ替わっていて……チャンピオンでもなんでもない君一人が辞めたことを、客が一々気にすると思うかい?」
ここにきて、サンショウは支配人を嘲った。
「なんだ、俺よりも臆病者のチャンピオンの方が、よっぽどいいらしいな」
「そりゃあそうだろう? 君をチャンピオンにしても何のメリットもない」
「あるさ」
「へえ?」
支配人には、サンショウの根拠が分からない。
誰がどう考えても、彼をチャンピオンに据える意味がない。
「このコロッセオの選手が、真の強者だけになる」
「その定義は?」
「誰にも怯えず、勝つためになら何でもする、心身共に屈強な男たちだ」
「へえ」
サンショウが居座り続ける限り、あるいは試合を回される限り、このコロッセオから臆病者は抜けていく。
相手が怖いからという理由で、怪我をするのが怖いという理由で、試合を嫌がる腑抜けが抜けていく。
そうなれば自然と、真の強者だけが残る。
「どうだ、意味があるとは思わないか?」
「ぜんぜん」
得意げなサンショウに対して、支配人は冷ややかだった。
「君は勘違いしているようだが……拳闘はショーだ」
「……なんだと?!」
今までどれだけふざけていても怒らなかったサンショウは、露骨に怒っていた。
支配人は、逆鱗を逆鱗と知って触れたのだ。当然、許せるものではない。
なんとしても、訂正させなければならなかった。
「ふざけるな! 拳闘を、ダンスやサーカスと一緒にするな!」
「ふざけているのは君の方だよ。ダンスやサーカスの何が悪いんだい?」
今度は支配人の方が、明らかに怒っていた。
「コロッセオで働くダンスやサーカスの人もいる。君だって無縁じゃない。彼らの体を見て、遊んでいるように見えるかい」
「遊びだ、アレに何の価値がある。ただの見世物だ」
「拳闘も見世物だ、って言ってるんだけどね」
「なぜ一緒にする!」
「金を払っている相手が一緒だからだ」
議論の余地はない、と言い切っていた。
「格闘技だろうが、競技だろうが、ボードゲームだろうが、カードゲームだろうが……プロ化すれば必ずショーに分類される。お客さんが見に来て、見物料を払ってもらって、それで成立する商売だからだ」
あるいは、その道の専門家からすれば違う、と言われるかもしれない。
しかし支配人である彼は、彼の目線における事実を口にする。
「それともなにかい、君が戦って勝ったら地面からパンやお酒が湧くのかい。君が体を鍛えていたら、この国の領地が広がるのかい。君が戦うところを見たがる人がいて、それでようやくお金をもらえるんだよ? それがショーでなくて何なんだい。文句があるのなら、お給料払わないよ?」
「……違う、違うはずだ!」
「ならなんでコロッセオに来たんだい? ここの仕組みなんて、一々説明しなくてもいいはずだ。少なくとも……このコロッセオはそうなってる」
どちらが正しいのか、両方が間違っているのか。
それはわからないが、支配人の方が口は達者だった。
「君が受け取ってきたお金はね、私のポケットマネーじゃない。暇つぶしに来たお金持ちや、興奮したくて来た職人さんや、サーカスを見るついでに拳闘も見たカップルが払ってくれてるんだよ?」
悲しいことに、コロッセオはショーをする場所である。
その客層を改めて語られると、サンショウは拳を震わせるしかない。
「君が大好きな真の強者がお金を払ってくれるわけじゃない。ましてやこのコロッセオの維持をしてくれるわけじゃない。お客さんが来てお金を払ってくれないと、真の強者が何人いたってコロッセオ自体がつぶれるに決まってるじゃないか」
「だったら、試合をすればいい! 俺を相手に戦えるやつを探して……」
「いないから追い出しているんじゃないか」
サンショウは黙った。
黙ったうえで、大笑いした。
サンショウは口論を放棄した。
負けを認めるわけにはいかないと、脳内で論理を規定した。
「はははは! つまりだ、拳闘士自体が腑抜けの集まりだってことか!」
拳闘という競技、或いはそれに属する拳闘士。
それそのものを、ことごとく否定する。
拳闘士などよりも、自分の方が上であると定義する。
「なら俺はここに用はない、腑抜けの王者になっても意味がないからな」
「そう、それはよかった」
「拳闘なんて温いものじゃない……本当の戦いに身を投じるさ」
「……ぷふ」
今度は、支配人が爆笑する番だった。
「はははは! 本当の闘い? 何を、そんな……!」
「何がおかしい?」
「君はまさか、君が望む『しんけんしょうぶ』とやらが本当の闘いだと思っているのかい?」
「……どういう意味だ」
「君のやりたがっている試合なんて、拳闘と大差ないぬるま湯さ。正真正銘の、本当の戦いに比べれば氷水みたいなもんだよ」
本気で、嘲っていた。
「一対一で、素手で、何時どこで戦うのか決まっていて、審判もいるのに? それのどこが熱い戦いなんだい? ぬるぬるじゃないか!」
「……やったこともないくせに!」
「ははは……支配人に酷いことを言うね。だが本当のことだろう? 肘打ち膝蹴り、眼突きに金的、関節技や絞め技。それらが解禁されていれば、本当の戦いだとでも? それが、何かの役に立つ技だとでも?」
実際の試合を知らない支配人へ怒るサンショウだが、支配人は世の中のことを何も知らないサンショウを嗤っていた。
「一対一でもなく、武器もありで、いつどこで誰と戦うのか決まっていない戦いで、君の大好きな技が通じるわけがない」
「……ふん、本当にそう思っているのならお前も間抜けだな」
サンショウには自負があった。
鍛え上げた己の肉体と、通常なら使うことを怖がられる技、それらを折れない心の持ち主が使えば負けないと。
「なら実際に確かめてみるさ。何事もなく勝って、お前が間違っていることを証明してやる」
「ふふふ……楽しみにしているよ」
サンショウは、支配人を嗤いながら出た。
本当に大事なことが何もわかっていない。数など意味がない、武器などどうとでもなる、真の戦士は決して負けないのだと。
自分は生涯無敗の王者なのだと。
「ふん」
鼻息も荒く、彼は支配人室を出た。
当たり前だが、彼は小柄である。
コロッセオには大柄な選手も多いので、彼からすれば大回廊のように天井が高い。
「ん?」
その天井から、大きな布が降ってきた。
彼の視点からすればベッドのシーツ程度かと思っていたが、実際には横断幕ほどにもある大きな布だった。
「なんだ、いったい……」
なんの細工もない、ただの布だった。
彼がその気になれば、その布を破るなどたやすい。
しかし彼も獣ではない。頭の上から大きい布をかぶされたとしても、いきなり破ろうとはしない。
布をめくって外に出ようとするが、しかしその隙が大きかった。
ピッ、という短い笛の音がした。
その音がなんなのか気付く間もなく、何かが体にあたった。
「なにぃ?!」
頑丈な彼の体に、わずかな痛みがあった。
握りこぶし程度の大きさで、石の様に硬い何かが、背中に命中したのだ。
早速誰かが仕掛けてきたのか。
この段階でも、彼はむしろ笑っていた。
支配人もグルなのだろう、ちょうどいい倒してしまえばいい。
誰が何人相手なのかわからないが、全員ぶちのめして支配人も伸してやればいいと思っていた。
「がっ?!」
だが、その余裕はすぐに失われた。
四方八方から、絶え間なく攻撃があったのだ。
ごんごんという、自分に攻撃が当たる音。
そのすぐ後に、ごとんごとんと、何かが石の床に落ちる音がした。
それを聞けば、「石のように硬い拳」ではなく「拳のように大きい石」をぶつけられていると見当はついた。
もしかしたら、レンガかもしれない。そう思うほどに、とにかく大量の何かがぶつかってきた。
「ぐぅ!」
こうなると彼は、流石にガードを固めるしかなかった。
布に包まれた状態で走り出せば、ましてや足下に多くの石が落ちている状態なら、確実に転倒する。
できることがあるとすれば、しっかりとガードを固めるだけ。
そのうち投げる石も尽きる、その時を狙って反撃すればいい。
「おぐぅ?!」
そう思っていると、彼自身の体ほども大きい岩がぶつかってきた。
流石に速度はそれほどでもないが、圧倒的な重量がぶつかってくれば痛いどころではない。
「がっ……!」
攻撃のペースは大幅に落ちてきたが、それでもダメージの蓄積は加速している。
おそらく入念に準備されていた。参加している人数も、一人や二人ではない。
最低でも十人以上が自分を囲んでいる。
上等だ、これを切り抜ければ反撃してやる。
彼の心は、不屈だった。
怒りに燃えることこそあっても、後悔が頭をよぎることはなかった。
つまりは自分に体を壊されたか、怖気づいて逃げた拳闘士たちだろう。
昔の試合での借りを、次の試合で返せない弱者。あるいは試合会場に上がることさえできなかった奴らに、自分が負けるわけがない。
彼は勝利を確信している。
「あっ……?!」
無言で、鉄槌が振り下ろされた。
誰も何も言わず、布に包まれたままのサンショウを殴打している。
鉄槌というのは、比喩ではない。
大きな杭を打つための、大きな金づちで動かなくなったサンショウを叩いている。
もちろん、一人ではない。
五人ほどで輪になって、動きを封じられるようにテンポをずらしながら打っている。
金づち、それも両手持ちの巨大なものは、当然戦闘に向くものではない。
動かない物を叩くための道具であり、戦闘で使用すれば隙を晒してしまうだろう。
一度攻撃すると、次に攻撃するまで大きく間が開くからだ。
だが五人ほどで叩き続ければ、布でも何でも動きを封じていれば、その限りではない。
「ふ、ふ、ふざけるな! この臆病者が、卑怯者が!」
ついに、ここに来てようやく、彼は自分への殺意を理解した。
なんのことはない、この状態になったら、殴り続けているだけで勝てる。
急所を叩くとか、相手の防御を破るとか、そんな駆け引きは一切ない。
試合なら審判が試合を止めるような、決定的な形だった。
「試合で負けた奴らが! こんな男らしくないやり方で! 陰湿に袋叩きか! 俺が憎いなら、試合でやり返せばいいだろうが! なぜそうしない! ふざけやがって!」
布で包まれて、鉄槌で打たれ続けて、それでも彼は命乞いをしなかった。
あくまでも自分を攻撃している彼らの非を責める。
「そんなに俺が怖いのか! どうした、何か言ったらどうだ!」
自分は正義である。
常にルールは守ってきたし、少なくとも男らしく戦っていた。
その己を、多人数で、奇襲で、武器や道具を使って、一方的に攻め立てる。
それも殺す気で。
誰がどう考えても、こいつらこそ悪ではないか。自分こそ正義である。
「はははは! この弱虫共が! これがお前たちの……やりかた……!」
だが、何の返事もない。
まるで自動機械が作業をしているように、鉄槌を振り下ろすことは続いていた。
「がっ……お、おまえら、覚えておけ! お、俺は、やられたらやりかえ……す! お前らが卑劣に襲い掛かってきたんだ、俺だって、ルール無視で、ここから……!」
何も起こらない。
この状態になったら、サンショウにどれだけ技術があっても、どれだけ頑丈な体があっても、どれだけ負けん気があっても意味がない。
それを理解したとき、まさに先ほどのことが脳裏をよぎった。
『一対一でもなく、武器もありで、いつどこで誰と戦うのか決まっていない戦いで、君の大好きな技が通じるわけがない』
認めるわけにはいかない。
この、手も足も出ない状況になっても、認めるわけにはいかない。
確かにこの状況では、肘打ち膝蹴り、眼突きに金的、関節技や絞め技など、禁じ手とされることが多い技も意味がない。
そもそも、反撃自体ができないからだ。
「ち、違うぞ! 俺は、俺は負けてない! こんなの負けじゃない!」
自分は正義である。
自分はルールを守っているし、相手はルールを守っていないからだ。
膝を壊したときも、肘を壊したときも、目を潰したときも、金的を強く当てたときも、全部ルール上問題ないんだからいいはずなのだ。
ちゃんとルールに書いてあるんだから、覚悟していないほうが悪いのだ。
再起不能になろうが、後遺症が残ろうが、大きな傷が残ろうが。それでも文句はないはずだ。
「うぐっ、くそっ……!」
だが、執拗に攻撃は続く。
如何にドワーフの体が頑丈でも、叩き続ければそのうち殺せるのだ。
それを、彼は認められない。
こんないい加減で適当で、大雑把で誰でもできるような作戦に、自分が手も足も出ずに負けるなど許せない。
『君のやりたがっている試合なんて、拳闘と大差ないぬるま湯さ。正真正銘の、本当の戦いに比べれば氷水みたいなもんだよ』
違う、こうじゃない。
こんなのは戦いじゃない、負けても恥じゃない、そもそも負けじゃない。
これを戦いと認めたら、自分が戦いだと思っている試合が、本当にぬるま湯ということになってしまう。
悔しさだけがあった。
自分の正当性を、誰もが否定する。
世界のすべてが敵でも、自分は自分の正しさを信じる。
だがそんなこととは関係なく、ついに彼は気を失った。
そしてそれに気づくことなく、鉄槌の作業は続いていた。
そのあと、彼らは赤くなった布に包まれたままのサンショウをさらに包みなおして、確認もせずに河へ捨てた。
それでも生きていた上に自力で生還し、特に後遺症もなく復帰したという一点において、彼は本当に大した男である。
※
数に屈さぬ力を求めた。
デット技を得たとき、あの時この力があればと思った。
自分は強く正しい。
その正しさを、誤っている者を倒すことで証明するつもりだった。
だが、現実は、再びの敗北である。
(なぜ俺が負ける! なぜあんな奴が喝さいを浴びる!)
認めざるを得ない敗北に屈した彼は、勝者たちを見て悔しがる。
「クツロ、クツロ! 我らが王、最強の鬼!」
「あんな卑怯者に対しても、正々堂々と戦って勝った! 貴方こそ真の王!」
「王を称えろ! 王を崇めろ!」
大柄なクツロは、他の大柄な選手たちに胴上げされていた。
誰もが彼女の勝利を祝福し、異論をはさむ者はいない。
(違う、俺のはずだ! なんで俺が勝たないんだ! 俺が勝つべきだ! なんで負けたんだ!)
自分さえよければそれでいい、自分が勝てばそれでいい、自分が勝つためならどんな行動も正当化される。
勝利への執念を何よりも重んじる彼は、己が彼女になぜ負けたのか理解できない。
彼は、理解を拒んでいた。
勝つ気があっても、実力に開きがありすぎれば負ける。
それが自分に適用されるなど、あってはならない。
(おおおおおお!)
悲しいかな。彼が負けても、彼が生きていても、彼が泣いていても、何も起こらなかった。
いつか川に流された時同様に、ただうっとうしい奴だったという形で、放置されるばかりである。
※
※
※
戦いが終わり、クツロが称えられている。
その状況を見て、鉄火場に足を踏み入れる経験のない貴人たちは、とりあえず安堵していた。
「こ、これで終わりか……」
不死の怪物と化したサンショウだが、結局クツロに負けた。
人間を含めた選手たちは、クツロの勝利を祝っている。
その事実だけを見て、まずは安堵していたのだ。
最初から目的は、クツロが楽しく戦って終わること。
それにたどり着いたのだから、大公も自分たちに文句はない。
「寿命が縮みましたな……」
「ええ、まったくで」
最初は「大男を連れてくるだけで税金が還元されるわ、うっしっし」だと思っていたのだが、正直お金をもらわないと割に合わない苦行だった。
結果が出るまでは、自分の命も含めて戦々恐々としていたのである。
終わってみれば、つまりクツロの強さを知って振り返れば、何も怯えることはなかった。
クツロは圧倒的に強く理性的で、戦術的な思考を持った熟練の戦士だった。
自分たちが選出した大男たちでは到底及ばない強さと、彼らを優しく倒す気遣いを持っていた。
まさに王者であろう。
臣下と戯れることはあっても再起不能にすることはなく、あくまでも勝敗だけを結果として、遺恨を残さないように努める。
決して侮っているからではなく、いたずらに傷つけることがどれだけ面倒を生むのか知っているがゆえに。
よき王とは、畏怖されつつも慕われ、その栄光を民と分かち合える者である。
「しかし……あれだけの亜人を、良く従えておりますな」
「ええ、まったくで……流石はAランクハンターというところですな」
大公が信を置く実力者、Aランクハンター。
さほど興味はなかったが、クツロと同格を三体も従えているのなら納得である。
「ご主人様!」
そんな彼のところへ、楽しそうな様子のクツロが駆けてくる。
「お、おい、大丈夫か? 結構殴られてたけども」
「いえいえ、いつもに比べればこの程度!」
「そりゃあそうだな……いつも大変だもんな……」
彼女が楽しそうなので、狐太郎も嬉しかった。
この後亜人たちにも報酬が支払われる予定だし、全員が幸せになる筈であるが……。
何よりもまず、彼女の幸せが大事だった。
「ん……楽しかったか?」
「はい!」
いつもよりも子供っぽい顔で笑う彼女が、ぼろぼろのまままぶしく見えた。
「さあ、ご主人様もご一緒に!」
「へ?」
クツロは軽々と狐太郎を右腕で持ち上げ、腕の上に座らせる。
「お、おいっ?!」
「大丈夫です! さあ、王者が行きますよ!」
ノリノリの亜人たちが、クツロをみこしの様に抱えた。
亜人が集団でクツロを抱えて、クツロが狐太郎を抱えて、狐太郎はクツロの手にしがみついている。
「おい! めっちゃ揺れてるぞ!」
「あははは! どうですか、いい眺めでしょう!」
揺れる、物凄い揺れる。
安定感などさらさらなく、狐太郎は今にも落ちそうだった。
「せめて! せめて両手で持て!」
「わかりましたっ!」
「ふぅ……じゃない、下ろせ!」
喧嘩が終わっても、まだ祭は終わらない。
勝利のパレードで、皆が大盛り上がりである。
「ああっ! ズルい! クツロが、ご主人様を抱えてる!」
「アカネ、貴女しつこいわよ……」
「そうだ、いい加減黙れ」
「やだ~!」
後日、各地へと帰っていった亜人たちが、その土産話をする。
いわく、亜人の王は女でありながら圧倒的に強く、部族の勇者でも歯が立たない。
「さあ皆、この後はお肉とお酒よ!」
そして我等同様、肉とお酒が大好きだったと……。
祝、ブックマーク1300件!
祝、感想900件!
今後も頑張らせていただきます。
次回から新章、雉も鳴かずば撃たれまい
短編の予定です。




