無冠の帝王
クツロが楽しんでいて、亜人も人間も、選手たちは楽しんでいる。
その時点で成功であり、何も憂いはなかった。
クツロとて実力差があると分かり切っている者たちを相手に、一方的に勝ち続けることへ多少の罪悪感は抱えている。
しかしそれでも、たまにはいいことだった。接戦やらなんやらは、普段からうんざりするほどやっている。
相手が格下でもいいから、気持ちよくスポーツに興じたい。
恥じらいつつもそんな気持ちになったとして、誰が咎められるだろうか。
「まあ……よく考えてみれば、Aランクハンターの飼っているモンスターが弱いわけがありませんでしたな」
「ええ、その通りで。私たちの連れてきた亜人も、良く考えれば道中はおとなしかったものですし」
「これで終わってもらえれば、ありがたい話ですなあ」
ある意味誰もが望んでいた展開である。
クツロが一方的にボコボコにしているが、遠目に見ている分には怖いだけで済む。
もうすぐ全員が倒される。
そうなれば怪我の治療をして、宴会でも開けば、そのままお開き。
みんなが笑って帰って、それでおしまいである。
「おうおう、楽しそうだなあ。みんなで取っ組み合って、勝って笑って負けても笑って……」
そう思っていた時を、狙って現れた者がいた。
およそ大声で叫んだわけではないのだが、その野太い声は全体に響いていた。
「恥ずかしくないのかね、みっともない」
現れた男は、とても小柄だった。
この場に集まっている大男たちに比べて小さいのではなく、大公たちこの世界の住人と比べてもなお小さい。
それでも狐太郎と同じ程度なのだが、明らかに人間ではなかった。
「すっころばされて、のされて……それで負けておしまい。わざわざこれだけデカいのを集めて、やることじゃねえだろうに」
太い。
腕が太く、指が太く、足が太く、顔が大きい。
そのうえで体毛が非常に濃い。服を着ているだけなのだが、毛皮を着こんでいるようにさえ見える。
「お遊びにしか見えないぜ」
背は低いが、小柄ではない。おそらく体重を図れば、三桁の大台に届くだろう。それぐらいに骨太い『小さな大男』だった。
「……ドワーフか?」
(ドワーフとかいるの?! いや、いても不思議じゃないけども!)
観戦していた誰かのつぶやきを聞いて、狐太郎は彼の正体を察した。
毛深く、短くも太い体。それはまさに伝説で語られるドワーフのものだった。
とはいえ、この世界の住人からすれば知っている亜人の一種に過ぎないのだろう。
誰も物珍しさなど感じず、ただ場違いな乱入者に戸惑うばかりである。
「俺は拳闘試合の温さにうんざりして抜けた身だが……ここはそれ以上だな」
(ドワーフが拳闘って、駄目なわけじゃないけども違和感が凄いな)
拳闘、という仕事があることは知っている。
この世界にもあるだろうとは思っていた。もちろん、亜人の拳闘士もいるだろう。
だがまさか、こうして自分から来るとは思っていなかった。
いや、彼の場合は元拳闘士なのだろうが。
仕事でも何でもないのに、よその集まりに勝手に来ているのだから、プロ意識もなにもない。
「これがお遊戯じゃなくて何だって言うんだ? 大の大人が、昼間から女の胸に甘えてやがる」
明らかな挑発だった。どう考えても友好的ではない。
身長制限に引っかかって参加できなかったんだけど、飛び入りでいいっすかねえという感じとは程遠い。
亜人がどうこうではなく、単純に失礼だった。
「ああ、それとも大きいだけで子供なのか?」
その気がなかったとしても、周囲の亜人たちは大いに怒っている。
何か言葉を発する前に、無言で殴り掛かりそうである。
「悪い悪い、見ての通りのちび助でね。子供か大人かわからねえんだ」
そして、火に油はそそがれるばかり。
「ごめんね、坊や。オジサンが大人げなかったよ」
どう見ても、謝っていない。大人だと分かったうえで、煽りに煽っている。
ついに、近くにいた亜人の戦士たちがキレた。一人二人ではなく、五人一斉に襲い掛かる。
だが、地面に転がったのは彼らの方だった。
「だがなあ……大人にケンカを売っちゃいけねえな。俺は子供にも容赦はしねえんだ」
悠々と歩く彼は、自分よりも遥かに大きい男たちを見下している。
「あ、あぐぅ……てめえ、待ちやがれ……!」
「ふざけんな、おい……!」
地面に倒れていた亜人の戦士たちが、怒りに震えながら立ち上がる。
しかしその彼らの腕は、痛々しいほどにひん曲がっていた。
殴り掛かってきた彼らの、その腕を破壊した。
どんな術理かしれないが、とんでもない早技である。
「ふん、みっともねえ!」
彼は意気を込めて怒鳴った。
大男の中に入っていった彼は、見上げる巨人たちを罵倒する。
「なんで! そんな簡単に負けを認める! あの女に負けて悔いなしか? 王様だから、お祭りだから、負けても他の誰かを応援するのか? それでも男か!」
突然の乱入者に、誰もが戸惑う。
殴り掛かりたいとは思っているのだが、その一方で彼の主張に負い目を感じてしまっている。
さらに言えば、得体の知れなさに手が出せなかった。
「……ドワーフの元拳闘士……まさか、あのサンショウか?」
だが、その特徴から、正体を割り出したものがいた。
用心棒をしている人間は、サンショウという名前を口にする。
「なんだ、知ってるやつもいるのか」
「……悪い意味で有名な奴だったからな、お前は」
露骨に嫌悪感を出して、用心棒は距離を取った。
仕事なら仕方ないが、お祭りで関わっていい相手ではない。
「王都カンヨーにあるコロッセオで、無敗のまま連勝を重ねていたが、主催者や選手に嫌われて干された男だ」
人間社会で有名な亜人だったらしく、多くの情報を並べても亜人たちは見当もつかないようだった。
だが彼らを招いた人間たちは、思い当たる節があるのか目を丸くしている。
「無敗……いい響きだ」
「なにがいい響きだ! お前は苛烈すぎる戦いぶりで、対戦相手をことごとく再起不能にしただけだ! 誰もがお前と戦いたがらなくなって、不戦敗が続いただけだろうが!」
拳闘もビジネスである。
もちろん奴隷のような立場で拳闘をやる者もいるだろうが、彼が属していたコロッセオではそうでもなかったらしい。
あくまでも仕事であり、割にあわない相手とは戦いたがらないのが当然である。
「何が悪い」
断固とした態度で、サンショウは用心棒をにらみつける。
「ルール上の反則は何一つ犯していない。だからこそ俺は反則負けなどなかった」
のしのしと、小さい歩幅で前に進む。
近づいてくるサンショウに対して、用心棒は少しずつ後ずさってしまう。
「俺の行動は、すべてルールの範疇だ。それで勝って何が悪い? 逃げた相手を笑って何が悪い? 俺に何も恥じるところはない」
彼という異分子が、場を崩していく。
先ほどまでの熱狂は消え失せ、混乱が恐怖に変わっていく。
「お前たちはなぜ戦う? 勝ちたいからだろうが!」
異分子は、正義を語る。
あくまでも自分が正しいと語る。
「負けたらどれだけ惨めか知って、勝ちたいから鍛えて! そのうえで全力で相手を叩きのめすんだろうが! それが道理というものだ!」
怒っているのは自分の方だと、義憤は我にあるのだと、一歩も引かない。
「相手が王様だから? 大公閣下のお気に入りだから? 負けても笑って許されるから? 自分もへらへら笑うのか! この木偶の坊どもが! 独活の大木が!」
用心棒が下がり、他の誰もが下がっていく。
「デカいのは図体だけで、肝っ玉は小さいようだな!」
気迫に押されていた。
少なからず、そう思ってしまうがゆえに。
「あらあら……お遊びで結構じゃないの」
誰もが下がっていくが、しかし下がらない誰かにぶつかって止まる。
「ここは遊びの場よ? みんなで遊ぶために、私が呼んだの」
他でもない大鬼クツロである。
この遊びを主催した彼女が、大男たちをかき分けて小男のところに向かう。
「遊びに呼んでもらえなくて、拗ねているのかしら、ぼくちゃん」
意趣返しの様に、同じ目線に合わせて、子ども扱いした。
「へっ……俺が拗ねてると?」
「遊びの場に飛び込んで、遊ぶなって喚く。それを拗ねてるって言うんじゃないの?」
お互いに、一切許容のない笑みを浮かべた。
笑い合う二人は、もはや結論を出していた。
「大公様、ご主人様。ちょっといいかしら?」
大きく腰を曲げて視線を合わせていた彼女は、背筋を伸ばしながらまだ対応を決めかねていた面々へ進言する。
「祭の途中だけど、こいつ、やっちゃうわ」
ある意味で、当然の帰結だった。
これはこれで、一種の演出だったのかもしれない。
鬼の王を引っ張り出すには、鬼の王の主催する祭をぶち壊すのが手っ取り早い。
「おうおう、勝てる相手とだけ遊んでた割には、話が早いじゃねえか」
しかしそれがどれだけ無謀なことなのか。
既にクツロの強さを見ていた者たちは、むしろ彼の蛮勇に畏怖さえ覚える。
「貴方が面倒なだけよ。まったく、楽しいお祭りを台無しにしてくれたわね」
既に腕を壊されている戦士たちを、手で制する。
「その貧相な体で、鬼の王に挑む無謀……後悔は現世じゃなくて、地獄の閻魔に愚痴ることね」
殺す。
迂遠な言い回しなようで、殺意しかなかった。
まさに、お遊びではないと分かった。
この場の大男たちが、児戯ではなく闘志を燃やす彼女に恐れをなして、一歩も二歩も、何歩も下がっていく。
サンショウに負傷を負わされた者でさえ恐れをなして、他の者同様に引き下がった。
かくて本来の選手たちさえ観客となって、『本番』が始まろうとしていた。
一旦こうなってしまえば、『様式』が完成する。
ここでサンショウを全員でボコボコにするという無粋は、もはやクツロの面子にかけて不可能になった。
もはや大公や狐太郎でさえ、これに口を挟むことはできない。
「で、もう始めていいのかい?」
彼はそう問う。
今更のように、合図を待つかのような言葉だった。
だがそれを聞いた本人が、答えを待たずに突っ込む。
背が低く、体が太い。
それは重心が低いということであり、体勢を低くしても安定するということ。
彼はただでさえ低い頭を地面に擦るほどの低さにして、クツロの足へタックルを仕掛ける。
初手で、アキレス腱を狙う。
小兵が巨人を討つのであれば定石と言える一手だが、それを虚言で紛らわす。
「キョウツウ技、ファストナックル」
しかし、先に動いたはずのサンショウよりも先に、クツロの拳が頭頂部にあたっていた。
如何に安定しているとはいえ、前のめりに走っているところで上から殴られれば、当然前のめりに転ぶ。
早く走っていれば早く走っているほど、地面に顔や手をすってしまう。
もしもここが岩肌だったなら、ドワーフの分厚い皮膚であっても出血は免れなかっただろう。
(早い! 手も長い! だが問題ねえ!)
しかしここは草原である。
ノーダメージとはいかないが、それでも転倒のダメージは小さい。
体が小さく手足が短いということは、転倒からの復帰も早いということ。
(上から下への打ち降ろしだが、体重がこもってねえ! 腰の入ってない手打ちじゃあ、俺を止めることなんてできねえ!)
狙いは、相変わらずアキレス腱。
そこを壊せば、一気に畳みかけることができる。
(すぐそこだ、食らいつく!)
短いが、太い腕。
短いが、太い指。
それがクツロの太く長い脚へ延びる。あと少し、あと少しで捕まえられる。
そう思ったが、しかし止まってしまった。
「捕まえたわ」
ドワーフの毛は縮れている。
それは体毛だけではなく、毛髪にも言えることだった。
クツロの太く長く美しい指の、その一本に縮れた毛が絡まっていた。
なまじ、ドワーフの頭皮が頑丈だっただけに、一瞬だけとはいえ動きを止められてしまった。
凄腕のクライマーが時として指一本で全体重を支えるように、彼女はすさまじい馬力で走るサンショウの体重を指一本で止めていた。
「見た目通り、軽いわね」
毛が抜ける痛み、頭皮から血が出る痛み、それ以上に首にかかる痛み。
クツロはその指一本で、逆バンジーの様に一瞬でサンショウの体を持ち上げる。
(しま……)
なまじ、執念を持って足を狙いに行ったからこそ、彼女の反撃に対応が遅れていた。
「シュゾク技、鬼拳一逝」
吊り上げられたサンショウの大きな顔面に、巨大な拳が命中する。
それはまさに鉄拳。頑丈である筈のドワーフの太い体でも受け止めきれない衝撃を以って、吹き飛ばした。
(うぐうっ!)
もしかしたら、先ほどまでの試合だったなら、足に組み付かせてもらえたかもしれない。
しかし遊びを抜きにした今のクツロは、鬼の怒りを以って迎撃する。
(つ、つええ!)
地面にバウンドしながら、その強さに感嘆するサンショウ。
わかり切っていたことだが、彼女の拳はとても痛い。
サンショウよりもはるかに大きい選手たちでさえ、一撃で負けを認めるほどである。
どれだけ屈強でも、小柄なサンショウではそう何度も耐えられるものではない。
(だが、だから何だ! 絶対に負けねえ!)
しかし、これで負けを認めるようなら、最初から戦いを挑んだりしない。
わざわざ退路を断つような真似はしない。
(勝つ!)
地面を転がりながら、強く念ずる。
体格で負けているなど、いつものこと。力で勝る相手など、拳闘士の時代から見てきた。
(勝つ! 勝つ! 絶対に負けない!)
それでも負けたことなどない。
自信がある、実績がある、どんな相手にもサンショウは勝ってきた。
(何としても食らいつけ、一度組み付けば、俺の勝ちだ!)
闘志に衰えはない。
先ほどまでの選手と違い、覚悟と決意を持って臨んでいる。
日和ることなどない、勝つ以外にないのだ。
(こいつをぶっ殺す! 皆に認められている強者を、皆の前でぶち殺す! こんなお遊びで楽しんでいる女に、負けてたまるか!)
その思念は、驚くべきことに転がっている間に行われていた。
彼は体が止まるより早く、心の中で決意を固めていたのである。
「キョウツウ技、サッカーボールシュート」
だが無意味だった。
クツロもまた遊びをやめている。
転がるサンショウに追いつくと、その太く長い脚を大きく振って蹴り飛ばす。
「おごっ!」
指一本で吊り上げる怪力の持ち主に、蹴られる。
見るからに重そうな体をしているサンショウだが、転がったまま宙に浮かされた。
大男たちが見上げるほど、高く高く浮かび上がる。
「キョウツウ技、バレーボールスパイク」
クツロは跳躍した。
彼女の長い手足が、美しいフォームによって空に踊る。
亜人も人間たちも、その女性的な体を持つ彼女の、躍動する美しさに見とれた。
「へぐぁ!」
だが、それは攻撃である。
跳ね上がったサンショウは、地面に向けてたたきつけられた。
「お、おぐぅ……!」
ドワーフの体が、地面に埋まっていた。
転がることで逃がされるはずの運動エネルギーを、全身で受け止めてしまう。
(ま、不味い! 畳みかけるはずが、畳みかけられて……!)
「キョウツウ技、オーバースロー」
しびれて動けなくなっているサンショウの太い脚を、彼女は片手でつかんだ。
そして野球のボールを投げるように、全身を使って大きく投げる。
大男たちの頭上をはるかに超えて、遠くへ抛り捨てる。
「おっ!」
投げられて、圧に戸惑う。
視界が回転し続けて、何が何だかわからなくなる。
「おっ!」
地面にぶつかる、跳ねる。
どこがどうぶつかってバウンドしたのかもわからない。
「おっ!」
それでも、空中で手足を動かす。
堪えて堪えて、何とか両足で立つ。
「ふぅ~! ふぅ~!」
こんなはずじゃなかった、などと思っていない。
もしもそう思うのなら、そもそも挑んでいない。
「つええじゃねえか! つええじゃねえか!」
もらってはいけない攻撃だった。
しかもそれを、何度も食らってしまった。
だがそれでも、彼は起き上がり、立ち上がり、走り出す。
恐るべきタフネスである。
クツロが強いことが当然だとしても、サンショウの気力に誰もが慄く。
「楽しいかい、自分より弱い奴に勝たせてもらうのは? 楽しいかい、自分より弱い奴に崇めてもらうのは!」
弱者たちも強者たちも、何度も『死んだ』と思っていた。
しかしその死ぬような攻撃を受けてなお、彼は走り出す。
一切ダメージを負っていないかのように。
「俺はな……そういう奴に勝つのが好きなんだよ!」
「あっそう、そういうところがひねてるって言うのよ」
クツロは腰を落として迎撃の構えを見せる。
何のことはない、足を狙っているのなら、クツロも重心を下げればいいだけである。
別に小さな蛇と戦っているわけではない、大柄なクツロでも腰を落とせば十分迎え撃てる。
「だりゃああ!」
だが、次の一撃はクツロの想定を裏切った。
手足が短く、当然空を飛べるわけでもないサンショウが、自ら宙に跳びあがったのである。
クツロに負けない程大きな拳で、跳びあがりながらの打撃。
それをクツロは、無防備に受けてしまう。
全体重、最高速度、不意打ち。
それらは完璧に噛みあい、クリーンヒットしていた。
「おおお!」
足を狙うと見せかけて、頭。
とても単純な切り替えを成功させた彼は、ついにクツロの足首を手にした。
「おおおお!」
クツロに己以上の怪力があることは知っている。
しかし全身の力を使えば、足首を折ることなどたやすい。
手で捕らえるだけではなく、足も使ってホールドしていく。
「シュゾク技、鬼炎万丈」
折れる、と思った。
だが折れなかった、動かせなかった。
先ほどまで己を玩具の様に扱っていたクツロが、さらなる怪力を発揮していたのだ。
「!」
足に絡みついていたサンショウは、その眼で見た。
まさに燃え上がる闘志を身にまとった、憤怒の鬼神を。
「シュゾク技、鬼拳一逝」
振り下ろされる、渾身の一撃。
しっかりとホールドしてしまっているからこそ、彼はそれを回避できなかった。
ぐしゃり、という音がした。
ドワーフの頭だけが、地面にめり込んでいる。
「ふん」
なんでもなさそうに、不愉快そうに、クツロは背筋を伸ばして見下していた。
頭が地面にめり込んだまま動かないサンショウを、害虫の様に見ている。
せっかくの祭が、台無しだった。
楽しんでくれていた戦士が怪我をしてしまっていたし、自分の強さを見て引いてしまっている。
畏怖して欲しかったのではない、気持ちよく楽しんでほしかったのだ。
もちろん勝てない相手だと知ったうえで集めたことは認めるが、こんな場を理解しない輩にどうこう言われる筋合いはない。
「極端なことをすることが偉いと思ったのなら勘違いよ。極端なことをしないと勝てない、勝ちに徹さなければ勝てない、己の弱さを呪いなさい」
自分が楽しむために、誰かの楽しみを邪魔する。
そんな輩は、遊び相手に相応しくない。
「知ってるさ」
返答が帰ってきたことに、誰もが驚いていた。
クツロも我が耳を疑って、思わず慌てて振り向く。
「コロッセオで干されて出ていくとき……俺に負けた奴らが、お礼参りに来やがった」
ふらつきながらも、顔をぐしゃぐしゃにしながらも、彼は立ち上がっていた。
「俺に一度負けた奴、俺が怖くて戦わなかった奴。そいつらも同じことを言いやがった。集団でボコボコにしながら、俺に怒鳴りつけやがった。過激なことなんて、誰でもできる。しないだけだってな」
ドワーフはタフである。
それは体格からしても明らかだが、それにも限度がある。
まるで不死身の怪物だった。
「悔しかったよ。自分の流儀を否定されたことがじゃない……数に屈したことがだ」
狐太郎も大公も、彼の主張よりも、彼が立っていることに驚いている。
「どれだけ負けたくないと思っても……遠慮のない多人数には勝てない。屈さないと思っても意味がないんだ、アレはきつかった……」
まだ、諦めていない。
場違いを承知で暴れた、空気を読む気のない男は、我を通そうとしていた。
「負けてもいいじゃないか? 勝っても恨まれたら意味がない? 試合なんだから相手を敬え?」
サンショウは、まったく変わっていなかった。
「反吐が出る。勝たないと意味がないだろうが! 勝つのが楽しいんだろうが! 相手のことなんてどうでもいいんだよ! 遊びじゃねえんだ!」
屈強な肉体を持つ男の精神は、輪をかけて屈強だった。
「……悪いけども、分かり合えないわね。同じ主張の相手と潰し合う分には、止めないわよ」
「俺は逆だ。遊びで楽しんでいる奴が、強いってもてはやされているのが気に入らない。それ自体が許せない」
「じゃあ死になさい」
しかし、悲しいかな。
クツロの方が、より強い。
このまま戦えば、彼が一度体験した敗北が、また訪れるだけである。
「試合はもううんざりだ。所詮遊びだし、誰かの意図が入る。俺がどれだけ強くとも、俺を嫌って放り出す」
誰のことも認めなかった彼は、誰にも認められなかったことを嗤う。
「だがな……試合以外ってのは辛いもんだ。なんせ一人ですらない、武器も持ち出す、エフェクト技やらクリエイト技やらも使う。それでも……アンタなら勝てるだろうが、俺は無理だった」
試合ならばルールがある。
少なくともルールだけは守っていた彼は、試合の中では強かった。
だが試合の外に出てしまえば、ただの危ない男である。
集団で、武器を持って、エフェクト技やクリエイト技、罠まで使えば容易く倒せる。
試合は駄目、本番も駄目。
彼の強さは、結局彼だけのものだった。
誰も、彼の土俵で負けてくれなかったのである。
「俺自身が、もっと強くなるしかなかったのさ」
彼は、懐から『骨』を取り出した。
それが何を意味するのか、知識として彼女は知っている。
「デット技……!」
「そうだ……生来の力を超える手段だ!」
まだ一度も見たことはないが、限界を超えた力を発揮する技だと知っている。
モンスターの骨にエナジーを蓄積させ、爆発させる技だと知っている。
ある意味タイカン技に似た、一時的な大強化だと知っている。
「俺は! 誰にも負けない! 誰が相手でも勝つ! 本番でだ!」
勝つことに執着し過ぎた男を見て、彼女は拳を握る。
「使いなさい」
なんとなく察する。おそらく彼の持つ骨は、Aランクに相当する骨だ。
だがそれでも、鬼王の姿になれば五分以上で戦える。
そんなことはわかり切っている、このままでは力負けすると見当もつく。
だが、それでも、彼女は素のままで勝つと決めていた。
「使いなさい、サンショウ。その極端さを、私が普通に倒してあげるわ」




