電車道
さていよいよ本番である。
亜人の中でも特に大きい男や、それに劣らぬ大男たちを有力者が集めて、亜人の王と力比べをさせる。金持ちの悪趣味、亜人や人間による闘犬。
一般人が聞けばどう思うのかわからないが、現状とかみ合っていないことは保証できる。
本来竜を迎える為に作られた祭壇の近くに、選手と主催者、選手を連れてきた有力者が並んでいる。
しかし、楽しそうにしているのは選手たちばかりで、実際には戦わない面々のほうが沈痛な面持ちであった。
祭りとしてはある意味健全なのだが、参加者は楽しんでいて、祭りの運営者はケガ人が出ないか心配している。
普通なら、人間なら逆だと思うだろうが、選手たち全員が自分の体のことを忘れていた。
ほかでもない、大鬼クツロ。
彼女から立ち上る強者の風格に、喜びさえ感じていたのだ。
もちろんクツロも、自分と試合をする者たちを見て上機嫌である。
(大丈夫なんだろうか)
思いのほか、喜びすぎている。
そう思っているものは、狐太郎だけではない。
「アカネ、いざとなったら貴女が止めなさいよ」
「なんで私なの。ササゲが自分で止めなよ」
「怪我しちゃつまらないわ」
「私も嫌だよ」
止められるであろう実力者も、参戦を嫌がっている。
火竜や悪魔が試合を止めようとすれば大惨事だが、試合を止めなくてもそれはそれで嫌だった。
(組体操や棒倒しが廃止された理由がわかる気がする)
正に見ているほうがハラハラする、スリル満点の試合だった。
まだ始まってもいないのに。
「よく来たわね、力自慢たち」
挨拶を始めたのは、 大公ではなくクツロだった。
いつも以上に張り切っている彼女は、いつも以上に漲っている筋肉を震わせている。
「ふんっ」
クツロは、いつも以上に力を込める。
その筋肉で威嚇する。
その威圧に、強者たちはひるんだ。
「ひぃ!」
弱者たちもひるんだ。
もちろん狐太郎もひるんだ。
普段、ただそこに立っているだけならば、クツロがどの程度強いのか周囲にはわからない。
だが威嚇すれば、強さを表せばその限りではない。
魔王云々を抜きにしても、相性が良かったとしても、Bランク上位モンスターさえ遊びで殺す大鬼。彼女が示威を行えば、Bランク中位や下位の実力しか持たない者は怯えて怯む。
「さあ、誰からでもいいわよ。かかってきなさい」
もしもこれが殺し合いだったなら、誰もが怖気づいて逃げるだろう。
だがこれは力比べ、戯れである。
であればむしろ、これだけの格上が遊んでくれることに、喜ばない猛者はいない。
「では俺が」
一番先に前に出たのは、亜人ではなく用心棒の男だった。
上品な分やや動きにくそうなスーツを着ている一方で、その体つきは筋肉の要塞だった。
本来なら体形が分かりにくいはずの服だが、彼が着ているとむしろ分かってしまう。
「人間でも構わないんだろう」
「ええ、もちろん」
握っている拳は、なんとも傷だらけだった。
鍛錬で磨いた拳ではなく、途方もない実戦で形成された拳。
それを見て、思わず彼女は舌なめずりをしそうになる。
「ん、ああ、そうそう」
出遅れた。
亜人たちが歯がゆい思いをしている中で、用心棒は自分の拳に口づけをする。
「力比べって話だが、殴っちゃいけないなんてことはないだろう」
「ええ、当然よ」
「そうかい」
用心棒の男は、なんとも硬そうな拳をさらに握り固めて、クツロの顔面に見舞った。
始まりの合図も何もなく武骨な殴り合いが始まる。
「俺はマザコンじゃねえんだ、女の胸を借りる趣味はねえ」
「あらあら……中々紳士じゃない」
用心棒の男をして、同じ体格の相手を殴ることは少ない。
だがそれでも、クツロの顔にしっかりと命中していた。
「おらああ!」
大ぶりの一撃。見るからに痛そうな拳が、何度もクツロの顔に当たっていく。
亜人の男たちをして、当たりたくない、食らいたくない猛攻。
見世物にならない、見ているだけで客が失神しそうな恐怖。
それをまき散らしながら、男は勝ちを狙いに行く。
「ん~~いいわね」
クツロもまた、拳を握った。
「貴方の顔、立ててあげる」
屈強な大男の、斧さえ防ぎそうな腹筋。
それをやすやすと貫くのは、大鬼の鉄拳だった。
突き上げるボディーブローは、ただの一撃で猛攻を止める。
「顔だけは、殴らないでやったわ」
一撃で、息が止まった。
呼吸が封じられた彼は、身動きさえできない。
しかし、まだ生きている。
少なくとも、血反吐は吐いていなかった。
おそらく殴られた彼は地獄の苦しみを味わっているだろうが、それでも追撃さえない。
「さあ、次、次が来なさい」
「お、おお! あっしがいきやす!」
上ずった声で、普段農作業をしている、気の優しい亜人が立った。
滅多にケンカなどしないギューバが、鼻息も荒く前に出たのだ。
「あ、亜人の王様! あっしはギューバ! リョーゴ農園で農夫をやっております!」
「あら、農夫さん?」
「へい! でも今日は、力比べをしに参りやした!」
大きく豆だらけの手を前に出す。
互いの手を取り合おうという、極めて積極的な姿勢だった。
「ええ、歓迎するわ」
ずいっと、彼女は示し合わせて彼の手を取る。
手四つ。
お互いの手を握り合って、正面から押し合う構えであった。
「んん!」
農作業で鍛えた怪力が、全身の力が発揮された。
目の前にいる同じ大きさの相手を、力づくで押し倒そうという力の入れ具合である。
まるで巨大な岩を持ち上げるときのように、渾身の力でクツロを倒そうとする。
「よし! いいわよ!」
しかし、クツロは欠片も動かない。
如何に同じ体格の相手とは言え、全力で押してくるギューバを軽々と受け止めていた。
まさに、微動だにしない構えである。
「んん!」
「そうそう、もっと押してきなさい!」
ギューバは感じていた。
ありえない程の力の差と、気遣いの心を。
両手で握り合っているのに、己の両手は決して握りつぶされていない。
むしろ柔らかく受け止めて、彼の手が壊れないように配慮していた。
(ぜ、ぜんぜん動かねえ!)
ギューバは亜人であり、農夫である。
同じ体の大きさの家畜を、抱え上げたり引っ張り上げることさえある。
しかし、その怪力が通じない。
目の前の、同じ体格の相手を動かすこともできない。
(すげえ、すげえだよ! この王様、女の人なのに、すんげえつええ!)
体中の血管がちぎれそうなほど力んだが、それでも、てこでも動かない。
ついに力尽きたギューバは、自ら手を離して荒く息をした。
「ぜっ、ぜっ、ぜっ……ま、参りました! 王様、つええええ!」
「貴方も強かったわよ、普段からよく働いているみたいねえ。よっぽど頑張らないと、そんなに強くなれないでしょう」
「へ、へい! あっしは、旦那様にも褒めてもらってまして……!」
「今後も頑張りなさい、楽しかったわよ」
「へい!」
ほんの数秒押し合いをしただけなのに、ギューバは汗だらけだった。
だがやるだけやり切った彼は、さわやかに挨拶をすると下がっていく。
その光景を見て、彼の雇い主だったリョーゴは胸に手を当てなでおろした。
(良かった……ちゃんと試合になってる)
同様に、狐太郎も安堵のため息をついていた。
ちゃんとしたレフェリーがいるわけではないが、むしろクツロ自身が審判を務めていた。
そのうえで、誰もその裁定に文句を言わない。まさに王の振る舞いである。
「次! どうしたの、人間と農夫に後れを取るなんて……それでも戦士なのかしらね!」
「おう、次は俺だあ!」
もはや早い者勝ち。
そうわかっているからこそ、我もと戦士が立った。
一部族の誇りを背負って立つ、同等の相手を下してここに来た男。
やがては長老になることが約束されている若き勇者は、クツロに向かって突っ込んでいく。
「だあああああ!」
単純な、腰へのタックル。
頭を蹴られやすい姿勢ではあるが、一旦組み付けば半分ほど勝負は決まる。
腰を押さえれば、押し倒すこともぶん投げることもできる。
「ん?!」
確かに、クツロの腰に組み付いた。
両手を回して、しっかりとロックしている。
しかし、動かない。持ち上げることも、押し込むこともできない。
「あらあら、せっかちね」
クツロは、腰を落としていた。
しっかりとタックルを受ける姿勢になり、真っ向から踏みとどまっていた。
「ぐ、ぐぅうう!」
同等の相手にぶつかったはずなのに、まるで肉の塊に正面衝突したようだった。
全速力、全体重で突っ込んだからこそ、相手に受け止められると反作用が全て自分の体に跳ね返る。
それでも亜人の戦士は崩れ落ちることはないが、さりとてクツロを崩すこともできなかった。
「そうそう、これこれ。これがしたかったの」
いっそ、ぞっとするほど、普通だった。
血に酔った笑いだとか、極限の緊張の中での笑いではない。
まるで欲しかった商品が店に並んでいた時の様に、彼女は喜んでいた。
「力比べ、力比べ」
商品棚においてある商品を、籠に入れるように。
何気なく、ごく自然に、前進する。
「おっ、おっ、おっ……!」
その腰に組み付いている戦士は、当然押される。
先ほどの農夫と戦った時は、受け止めこそしても押し倒そうとはしなかった。
だが今の彼女は、あきらかに押している。
「ふっふっふ……そうそう、こうやって押し合うから楽しいのよ」
組み付いている戦士も、ただ押されているだけではない。
両足で踏ん張って、押されまいと力を入れている。
しかし地面に轍を作るだけで、一瞬たりとも止まらない。
「そおっれ!」
戦士の足が、ついに力負けした。
踏みとどまることもできず、折れそうになる。
そのタイミングを狙って、彼女は横に転がした。
「ん~~……」
快勝である。
接戦の末の苦しい勝利ではなく、最初から勝つと決まっていた、段違いの実力者である。
その彼女は、勝ったことで少し寂しそうにしていた。
相手が頑張っていることはわかっているし、手を抜くことが失礼ともわかっている。
しかしその一方で、寂しさを味わっているようでもあった。
だがそれだけではなく、やはり快い勝利に浸っているようでもあった。
「いいわねえ、たまにはこういうのも」
その優美たる姿に、有力者たちは理解せざるを得なかった。
この戯れは、金を持て余した成金の戯れではない。
力を持て余した、亜人の王の戯れなのだ。
「試合してる、って感じがあっていいわねえ」
普段から強大なモンスターを相手に、体一つで挑む亜人の王。
話の通じない猛獣を相手に命のやり取りをしている彼女が、たまには試合に興じたいと思っただけなのだ。
「さ、次。来なさい、どんどんね」
転がした相手のことなど忘れて、次の相手を所望している。
普通なら倒せば喝さいを求めるはずなのに、彼女はただ戦いを求めていた。
「しゃ! しゃ!」
前に出たのは、やはり亜人の戦士だった。
普段は森から出ない彼は、不思議なほど高揚していた。
自らを鼓舞するというよりも、自然に吠えているようだった。
「しゃっ! おっおっおっ! お~~!」
興奮を抑えきれないのか、手拍子まで始めている。
大きいだけで、子供のようだった。
「おっらあああ!」
勇んでいる彼がクツロに放った攻撃は、意外にも軽やかな連続の拳だった。
「あら、ボクシング? いえ、拳闘かしら」
興奮状態で、小刻みに打撃を入れてくる。
それは意外と難しいことである。普段から訓練していて、慣れていなければできないことだ。
「ふっ!」
「しゃっ!」
クツロが反撃で拳を振るえば、それをあっさりと回避してくる。
しかもその回避のバリエーションも多い。体を後ろに下げる、頭を左右に振る、身を縮める、両手でガードする。
大味な攻撃では、当たらないことが明白だった。
「うふふ……どうしようかしらね」
少しばかり手こずっている。
もちろんハンデ戦ではあるが、それでもこの手こずりが気持ちいい。
しかしこのままやられっぱなしというのはよくない。
では如何にして打倒するか。
選択肢一、下段蹴り。
今の彼はクツロの上半身に集中し過ぎている。もしもここで足を蹴るという選択肢が生まれれば、当然相手は拳への集中力が落ちる。
しかしこれをすると、相手の土俵から降りることになる。
選択肢二、力押し。
目の前の相手も、すべての打撃を回避できているわけではない。ちゃんと腕を使って攻撃を受けている。
逆に言えば、そのガードを破るほどの打撃なら、ちゃんと通るのだ。
だがそれをすれば、大けがにつながりかねない。それは流石に無粋だろう。
「じゃあ……こうしましょうか」
今まですべての攻撃を受け続けてきたクツロが、ステップを刻み始める。
「えっ……」
「貴方がやるのなら、私も使わせてもらうわ。足をね」
クツロが回避を始めた。
足を止めて受けていたクツロが、自らも動き始めたのである。
それは当然、攻撃を当てること、攻撃を避けることが難しくなったことを意味している。
「ほらほら、足を止めないで!」
「つぅううう……!」
巧みなステップを使って、クツロは手を出さないまま相手を翻弄する。
根を張ったように動かなかった彼女は、羽のように軽く動いていた。
「そろそろ当てるわよ……それっ!」
やはり軽やかな打撃が、しかし全弾命中していく。
「くっ……」
これにはたまらず、しっかりとガードをしてしまう。
しかしそれは、足を止めるということでもあった。
「どう? ここからでも私はうち抜けるわよ」
クツロの拳が、彼の目の前で止まっていた。
技巧戦をした相手を殴り倒すのは、彼女の美学に反したのかもしれない。
ともあれ彼は、顔を粉砕されずに済んでいた。
「ま、負けました……」
「いいわ、良かったわよ、貴方。スポーツができて、私も嬉しいわ」
先ほどまでとは別の嬉しさがある彼女は、彼を特別に労う。
「貴方、結構堂に入った動きをしていたけど、誰に習ったの?」
「お、俺の爺さんが昔人間に拳闘士として雇われてまして……その爺さんに習いました」
「へえ……いいおじいさんを持ったわね。後でこっち来なさい、特別賞をプレゼントするわ」
「う、うっす! ありがとうございます!」
力比べとは違うが、それでも格闘技ができたことに変わりはない。
上機嫌なクツロは、彼に特別な報酬を約束していた。
だがまだ足りない。まだたくさんいる相手に、胸が弾んでいた。
「さあ、どんどん来なさい! 大鬼、鬼王、鬼神クツロが相手をしてあげるわよ」
※
かくて、祭りは順調だった。
圧倒的に強いクツロが、相手の土俵に立って戦うところを見たからだろう。
誰もが汚い戦いに走ることなく、あくまでも試合に徹している。
戦いが終わったものも、まだ戦っていない者も、いま戦っている者へ声援さえ送っていた。
そんな平和的な戯れを見て、しかし一般人たちは恐ろしく思っていた。
なにせ巨大な猛獣同士のじゃれ合いである、一般人は見ていて肝がつぶれそうだった。
救いがあるとすれば、理性的、功利的には安心できることだろう。
今この瞬間だけは辛いが、終わった後は晴れがましく帰れるはずだった。
「ご主人様、クツロは楽しそうですね」
「ああ、そうだな……」
コゴエは相変わらず冷淡だった。
しかし彼女なりに、クツロが楽しそうにしていることを喜んでいるようだった。
「なんつうか……意外だなと思うよ。だってアイツ、この間Bランク上位のモンスターをタコ殴りにして遊んでたんだぞ?」
「ですが、ガイセイと戦う時は礼節を保っていたはずでは?」
「……そういえばそうだな」
コゴエの冷静な指摘に、思わず頷く狐太郎。
肉や酒を楽しむときのクツロが、そのまま先日の遊びにつながっていたが、しかし実際に試合をした時はちゃんとしていた。
「ご主人様。クツロは故郷でも試合をしていましたが、その時も我を忘れるほどではなかったでしょう」
「……ああ、うん、そうだったな」
即答できない狐太郎である。
「基準がよくわからないわねえ」
「同じく」
とはいえ、先日のサルを嬲ったことは事実である。
その印象が強いササゲとアカネは、今でも疑問に思っているようだった。
「……ササゲ、お前達悪魔は知恵比べが好きだろう」
「ええ」
「目の前にいきなり、明らかに人生を棒に振ってなにも失う物がない男が現れて、『俺と人生を賭けて勝負しろ』と言ってきたらどうする?」
「無視する」
ササゲは、一秒も迷わなかった。
何も失う物がない男と、人生を賭けて勝負などするわけがない。
これは人間と同じような考えだろう。
勝って得る物がなく、負ければ自分を失うのだから受ける意味がない。
「演出も粋も、高揚も意義もわかってない奴と賭けや知恵比べをする趣味はないわ。せめて惑星破壊爆弾を人質にとって、俺と勝負しろ、ぐらい言って欲しいわね」
「それでもせめてなのか……」
「当たり前でしょう、そんなの楽しくない。必要に迫られての賭けなんて……」
ササゲは、狐太郎の手に自分の手を寄せた。
「楽しくないわ」
「……そうか」
悪魔に性欲はなく、しかも大切なものを賭けることを喜びとする、人間の理解が及ばない相手である。
しかしその一方で、情愛があることも事実だった。
「お前は粋が、美が分かる女だよ」
狐太郎は覚えている。
一年以上前のあの日、ササゲが自分を抱きしめてくれたことを。
別れを惜しんでくれたこと、死地に置いていくことを悲しんでくれたことを。
「……私は?」
「え」
「私は?!」
なお、アカネが何をわかるのかと聞かれたら、なかなか答えられない狐太郎である。
「ご主人様、私のことも、こう、格好よく説明してよ!」
「アカネ、後にしなさいよ。無粋ねえ」
なお、面倒な相手に向ける情はない模様。
「とにかく……クツロも無条件でスポーツをするわけではありません。自分が催した大会に出場してきたからこそ、一人一人丁寧に相手をしているのです。あのアパレも自分が開いた知恵比べの会場でなら、どんな輩でも相手をしたでしょう。それと同じです」
「なるほどな……」
明文化されていなくとも、ルールはどこにでもある。
亜人も社会性の動物であり、亜人も悪魔も、ある程度は社会性を共有できる。
少なくとも、この状況に安堵している人間はいても、この状況を理解できない人間はいなかった。
「……祭りにはなってるな」
やっていることは戦いだが、ちゃんと順番は守っている。
負けても文句は言わないし、誰かの足を引っ張ってもいない。
ちゃんとした、祭りではある。
(……スポーツか、確かにガイセイはスポーツって感じじゃないもんな)
狐太郎は、解説をしたコゴエを見る。
先日、というよりもう一年ほどが経過しているが、北部の前線から来たアルタイルを思い出していた。
ことあるごとに自分の指を折っていた変人であり、凄腕の精霊使いだった。
なにせクツロと同格のコゴエと競り合えたのである。如何に相性が良かったとはいえ、尋常ではない。
この状況を見れば、彼が国内随一の精霊使いであることに、何の迷いもないだろう。
(コゴエも、アルタイルと戦った時は楽しかったのかね)
自分よりも弱くていいから、競技がしたい。
ガイセイのようなただの力押しではなく、技による駆け引きがしたい。
もちろん力のぶつけ合いもしたいが、とにかく遊びがしたかったのだろう。
「ねえご主人様」
「なんだよアカネ」
「漫画とかだとさ、こういう大会って乱入者がいるよね」
「……まあいるな」
娯楽のわかる女、アカネ。
彼女の提言は、現状を客観視すればその通りだったわけで。
「温い試合を見て、本当の戦いを見せてやるって奴」
「結構あるよな……」
「来るかな?」
「来て欲しいのか?」
「別に」
アカネは、思いついたのでつい言っただけなのだろう。
漫画やアニメのワンシーンを、実際に見たいわけではあるまい。
「……じゃあ言うなよ」
猛烈に嫌な予感がしてくる、狐太郎であった。




