一攫千金の夢
今回ルゥ家は今までの倍の悪魔を従えることになったのだが、ブゥがそのまま倍の悪魔を従えることになったわけではない。
そもそも今回セキトの眷属が全員来たのは、一種顔合わせの意味が大きい。
だいたいセキトの眷属全員を前線基地に残せば、ルゥ家の他の業務が回らない。
かといっていきなりBランク中位やら下位やらが倍に増えても持て余すので、当分はアパレやセキトと共に、ブゥの傍にいることになった。
その点も含めて戦力はアップしたと言っていいだろう。
とはいえ、仮にササゲ以外の悪魔全員を取り込んでも、Aランク下位にぎりぎり勝てる程度である。
魔王の力を発揮しなければ、Aランク相手は厳しいらしい。
とはいえ、人間と違って悪魔は嘘をつかないので、忠実な兵が大量に増員されたのだから、狐太郎が恥を晒しただけの価値はあった。
※
さて、そろそろ秋口に入るころ。
狐太郎がAランクハンターに就任し、二年目が終わりに差し掛かった時のことである。
狐太郎は鵺にまたがったクツロに背負われて、前線基地から少し離れたところにある小高い丘の上に来ていた。
そこには今までなかった、石畳の着陸地点が施設されていた。
「はぁ~~、これは何とも異国情緒の溢れる祭壇ですね~~。雲を縫う糸の爺様も、これなら大喜びでしょう」
竜を迎えるために用意された『祭壇』を見て、鵺はそう評した。
なお、名前はサカモという名前に決定している。
「そう言ってもらえると助かるよ。なにせ相手は竜だ、失礼があってはいけないからね」
そこで狐太郎たちを迎えたのは、やはり大公であった。
いろいろあってこの地点に設置された着陸場へ狐太郎を招いたのは、当然ながら彼だったのだ。
石畳の着陸場と簡単に言うが、平らな石を並べてヘリポートのようなものを作ったのだから、相当に手間がかかっていそうである。
材料になりそうな石は周辺にないので遠くから持ってきたのだろうが、それだけでも大変だったと推測できる。
「あの、大公閣下……私がいうのもどうかと思うんですが、この着陸場って民間の商家から出資されたんですよね? もしもドラゴンが来なかったら、その人は大損なんじゃ」
「もちろん大損だな。あらかじめその可能性は言い含めてあるが、騒ぐときは騒ぐだろう」
「そ、そうですか……」
狐太郎は一切指示をしていないし、そもそもまた来るという保証はしていない。
少なくとも夏から秋にかけて、クラウドラインは一度もここに来ていない。
もちろん狐太郎はなんの責任も負っていないのだが、それでも正直申し訳なかった。
「投資などそんなものだよ。仮に身を持ち崩すほど出資していたとしても、それは退路を断った自身の失態だ。文句を言ってくるようなら、私が対応する」
「そ、そうですか、お願いします……」
大公に任せるとまた死人が出そうだが、大公に任せないと自分がやることになるので、自分可愛さに狐太郎は役割を投げた。
破産寸前の商人と対談するなど、並の神経では到底持つまい。
「まあとはいえ……今回呼び出したことと、無関係ではないのだがね」
「……この着陸地点を見せに来ただけじゃないんですか?」
「もう一つ……申し訳ない用件がある」
大公は、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
「お金を使ってくれないか?」
「は?」
「君たちに大量の報酬を渡しているだろう。もちろんその額に不満があるわけではない。だが消費してくれないと困るのだ」
中々斬新な依頼事である。
そして、申し訳なさそうな顔の理由もわかった。
狐太郎たちが欲しがるものを用意できていないカセイに、非があると思っているのである。
「ま、まあ……そうですよね。高い果物を注文したりしてますけど、焼け石に水ですしね……」
そもそも狐太郎自身、たまっていく金貨に圧力を感じていたのだ。
こんなにため込んで大丈夫なんだろうかと、真剣に危ぶんでさえいたのである。
富の不均一はよくないことだと分かっているのだが、だとしてもたまっていく一方だった。
なにせ使う分より早くたまってしまうのである。
「こんな言い方はどうかと思うが、ガイセイの散財やツケに私がくどくど言わないのは、ああして盛大にお金を使ってくれていることが好都合だからだ。カセイで集めた税金を、カセイで使ってくれればありがたいのだよ。そういう意味では、一灯隊も同じだったがね」
「じゃあジョーさんやシャインさんはどうなんですか?」
「ジョー君やショウエンは実家に仕送りしていて、シャインは魔女学園に寄付したり自分の研究費に充てているよ」
「……あの、失礼なことを聞いて、その、すみません」
「彼らも隠しているわけではないが……まあここだけの話ということにしてくれ」
金はあるが欲しいものはない。
この世界に来て当初にぶつかった問題が、ここに来ても残っていた。
もしもデジタルゲームの類が売られていたら、百万倍の値段だったとしても買うだろう。
だがあいにくと、存在しないものは買えないのである。
金があれば何でも買えるというのは、結局幻想にすぎないのだ。
(モノづくりって大事なんだなあ……)
と、失ったものに思いをはせている場合ではない。
とにかくお金を使わないと、迷惑がかかる。
「君も困っているだろうが、私も困っている。人生でこんなことを考えたのは初めてだ」
「そうでしょうね……」
金はいくらでもあって、権力者と親密で、近くに大都市がある。
これで欲しいものがないというのは、逆に強欲極まりないのだろう。
「もしも私だったらどうするかを考えたのだが……有望そうな貴族や商家に寄付して、将来的な影響力をあげるところなのだが……というよりも普段はそうしているのだが……」
「それいいですね、投資、寄付! いくらでも使えますよ!」
「外国人である君に寄付や投資をお願いするのは、実質的なタダ働きではないかね?」
「……そうですね」
確かに稼ぎのほとんどを寄付したりしていたら、実質的なタダ働きである。
民衆からすればありがたい限りだが、大公や狐太郎の精神衛生的にも避けたいところだった。
あれだけ辛い思いをしているのに、タダ働きというのは四体にも他の面々にも申し訳なさすぎる。
というか、いよいよ何のために働いているのかわからなくなる。
「もちろん君がどうしても出資したい相手がいるのなら、それは止める権利などない。だが金が余っているので大量に出資したり寄付したりというのは……強要したくないとか以前に、口にするのもおぞましい」
「そうでしょうね……」
もちろん、長期的に考えれば働く意味はある。
なにせ狐太郎は公爵になる予定なのだ。一応。
それを考えれば、ここで命を賭けることも無駄ではない。
でもタダ働きは嫌である。人間とはかくも愚かな生き物なのだ。
「あの、よろしいでしょうか」
サカモと一緒に狐太郎と同行していたクツロが、やや恥じらいながら挙手をしていた。
どうやらお金を使いたいようである。
「実は買いたいものがありまして……いえ、買うという表現もおかしいのですが……」
「なんでも言ってみてくれ。別に怒らないから」
大鬼クツロ。
彼女が恥じらっているのだから、たぶんお酒や肉ではあるまい。
それこそ普段からわんさか呷っているのだ、今更要求することはあるまい。
「実は……最近欲求不満でして」
「えっ……」
「い、いえ、そういうのじゃないんですよ?! 勘違いさせるようなことを言った私がおかしいんですけども!」
慌てて訂正するクツロ。
どうやら下世話なことではないらしい。
「私、お相撲がしたいんです」
「……相撲?」
「はい、お相撲じゃなくてもいいんで、とにかく同じような体格の相手と格闘技の試合をしたいんです」
大公と狐太郎は、彼女を見上げながらある程度納得した。
「自分より大きい相手を叩きのめすのも楽しいんですけど、ずっとだと飽きてしまいまして……ガイセイとも試合はするんですが、ずっとだとやっぱりマンネリに……」
「まあなんとなくわかる。クツロは鬼だしな」
「そうなんですよ、鬼なんですよ! 鬼なのに最近格闘技をしてないなあって思ったら、一気にやりたくなりまして!」
普段から戦ってばかりの彼女だが、たまには遊び感覚で試合をしたいらしい。
それも殴るとか蹴るだけではなく、取っ組み合いがしたいのだろう。
「ご主人様や他の三体、大公閣下さえよろしければ、貯めているお金を賞金にして、相撲大会を開きたいんです!」
なんとも鬼らしい提案だった。
彼女だけでは難しいであろうことだったが、大公の協力が得られれば簡単そうである。
「……護衛でもなんでもなく、ただ試合相手を募集する。そういうことかね?」
「はい!」
「体格が合う者が望ましいそうだが、人間や亜人のどっちでもいいかね?」
「もちろんです!」
「男性でもいいかね?」
「はい!」
「そういうことなら、難しくないな」
どこかほっとした顔で、大公は頷いていた。
これが人間の女限定とかだったら、流石に凄惨な公開処刑となっていただろう。
というか体格がクツロと同等という時点で、ほぼ見つからないに等しい。
この世界の住人は皆大柄だが、クツロはそもそも大鬼なのでもっと大柄なのである。
彼女と同じ体格の人間は、ガイセイやキンカクたちぐらいであった。
キョウショウ族を見るに、彼女と同じ体格の亜人も珍しいのだろう。
だが珍しいだけなら、そこまで問題ではない。
大公の権威と財源さえあれば、試合を開くのは簡単だ。
「というよりも、むしろありがたい。商家や貴族に声をかける以上、大金をばらまく必要が生じてくれる。ただの参加賞だけではなく健闘賞なども用意すれば、さらにばらまけるな」
無駄遣いできることに喜ぶのもどうかと思うが、趣旨から考えれば当然の反応だった。
「この着陸場を仮の会場にすれば、少なくとも出資者の面目は保たれる。そうだな……主催者側に名前を並べよう。私と君、そしてここの出資者……悪くない話だ。狐太郎君はどう思う?」
「大公閣下がよろしいのなら、私も構いません。他の三体も文句は言わないでしょう。ただ……あんまり荒々しいことにならないで欲しいですね」
ちらりと、キメラになったままのサカモを見る。
先日クツロに殴られて負けた姿を、今更のように思い出した。
「クツロ、張り切るのはいいけどやりすぎるなよ? お前この辺りの基準でもめちゃくちゃ強いんだから、下手にけがをさせたらそれこそ……」
魔王にならなくても、クツロは強い。
最近感覚がマヒしがちだが、Bランクだって相当な化物なのである。
いくら素手で、相手も同じ体格とはいえ、加減を間違えればただの一方的な暴力になりかねない。
試合という名目で人を集めて、徹底してボコボコにして見せしめにした、と思われる可能性もある。
あるいは血に飢えた己のモンスターの生贄として、集めた亜人をサンドバックに……などと思われる可能性だって捨てきれない。
そもそも趣旨の時点でニアピンである。
「おねがい、ご主人様! 私相撲がしたいの!」
「いや、だからその熱意が怖いんだけども……」
クツロは普段こそ真面目なのだが、いったん欲が絡むととことんダメになる。
それを良く知っている狐太郎は、彼女が闘争欲求を満たそうとしていることが怖かった。
しかしその一方で、彼女の懇願を無下にできなかったわけで。
「……でもお前がやりたいんなら、協力しないとな」
「ありがとう、ご主人様!」
感動の余り、抱え上げて抱きしめるクツロ。
その筋肉は、あまりにも強かった。
彼女の豊満な体をもってしても、筋肉が第一印象だった。
(きつく締められているってことはないけども、地に足がつかないのは怖いな……)
もしもクツロが本気で腕に力を込めていたら、一瞬で背骨が折れて狐太郎は死んでいただろう。
そうなっていないということは、彼女もちゃんと力加減ができるということだった。
「では決まりだな。私も戻り次第声をかけて回るから、そんなには待たせないだろう。待っていてくれたまえ」
そんなクツロを見て、大公は改めて決定する。
かくてAランクハンターがスポンサーとなる、格闘大会が催されることとなったのだった。
※
仮に無人島に流されたとして、何故か飼っている猫が一緒に流されていたとして。
それでいきなりペットのネコを食べるだろうか? そんなことはあるまい、むしろ役に立たないと知ったうえで餌をやる筈である。
変な話だが、狐太郎とクツロの関係も似たようなものである。
異世界に流されてさあ困ったという時に、あえて狐太郎を見捨てるような真似をすることはない。
むしろ異世界に来たからこそ、以前通りの生活を少しでも守りたいと思うだろう。
だがそれにも限度はある。あんまり我慢を強いれば、当然反抗されるだろう。
それを防ぐためにも、狐太郎はマメに我儘を聞く必要があった。
まあクツロは普段から肉と酒を供給されているのだが、それはそれとして格闘がしたい気持ちもわかる。
少なくとも悪魔の騙されたい欲求よりは理解できるし、ずっと大型モンスターと戦う彼女の癒しにはなる筈だ。
それに他の三体にとっても、見ていて楽しい大会になるかもしれない。
そうなったらいいなと思いつつ、狐太郎は基地に戻ったのだが……。
「ふん、ふん!」
基地に戻ったクツロは、その足で森の入り口に行き、太い木に向かってぶつかり稽古を始めていた。
張り手をすることもあるし、組み付くこともあるし、頭突きもしている。
とにかく、相撲っぽいことをしていた。彼女の体格もあって、中々の迫力である。
「どすこ~~い!」
クツロが魔王になっていない関係上、木がいきなりへし折れるということはなかった。
だが頑丈なはずの巨大な木が、ミシミシと音を立てて揺れる姿は、逆に怖かった。
こんなにも楽しそうなクツロを見るのは、素面では初めてかもしれない。
「さっ! さっ!」
筋肉の塊が、汗まみれになりつつ木にぶつかっている。
正直見ていて怖いのだが、やっていること自体はただの練習なので強く言えなかった。
(こえ~~)
背筋が凍るような怖さではなく、しみじみとした怖さがある。
もしもあの『ツッパリ』や『ぶちかまし』を食らったら死ぬんだろうな、という確信が湧き上がってくるのだ。
もちろんそれは格闘技の観戦でも感じるものなので、一種の楽しさもあるのだが。
「なんか、思った以上に楽しそうだな」
「そりゃあそうでしょう、鬼はケンカと相撲が大好きですからね!」
お茶やおにぎりを用意しているサカモが、狐太郎と同じような顔をして賛同している。
やはり自分にぶつかってくるわけではないと確信していれば、見ていて楽しい稽古なのだ。
「私は嫌いですけどね、見る分にはともかく」
「まあそうだろうな……」
「あの、私に相手をしろって命令なさらないでくださいね?」
「しないから」
狐太郎も、四体との付き合いが長くなって、良くも悪くも慣れてきていた。
しかし今のクツロにはスポーティーな美しさがあり、色恋ではなくスポーツ選手のファンになるかのような好意が湧いてきた。
楽しい運動というのは、この前線基地での凄惨な生存競争とは違うとわかる。
血なまぐさいのではなく、きらめく汗の散る戦い。それは狐太郎でさえも、今から楽しみに思えることだった。
「……げげげ! ご、ご主人様! 不味いです、なんか来ました!」
「えっ」
サカモは慌てて狐太郎を抱えて、城壁を器用に這い上がった。
もちろんおにぎりやお茶も抱えて。とんでもない器用さである。
だが流石に、森の入り口にいたクツロは助けられなかった。
そしてサカモが察したように、森の中から大量のモンスターが襲い掛かってくる。
「ま、マンイートヒヒの群れだ!」
「おい、城壁を閉めろ! 鐘を鳴らせ!」
白眉隊が迅速に対応を始める。
だが当然ながら、迎撃の構えはあっても救助をしようとはしていない。
相手がBランク下位の群れである以上、クツロなら心配はいらない。
だがそれはそれとして、城壁に上った狐太郎は彼女へ戻るように指示をした。
「クツロ、一旦戻ってこい!」
気分が盛り上がっているところの、楽しい稽古を邪魔されて残念に思うかもしれない。
しかし相手がモンスターで、殺しに来ている以上、スポーツの練習をしている場合ではなかった。
「よしこい!」
しかし、クツロはそのまま迎え撃った。
「どすこい!」
木にぶつかり稽古をするように、マンイートヒヒにぶつかっていく。
マンイートヒヒは全身がバラバラになっていた。
「ふんふんふん!」
木へ打ち込むように、マンイートヒヒへ張り手を見舞う。
一撃で首がちぎれて飛んでいった。
「せりゃあ!」
あえて組み付き、ノリノリで上手投げをする。
地面に激突したマンイートヒヒの、首が一瞬で折れていた。
「よいしょお!」
食いついてくるマンイートヒヒに、あえて四股をふみ抱きしめ返す。
そしてあっさりと背骨を折って、一瞬で絶命させていた。
「えいやあ!」
腕をとって投げる、腕がちぎれる。
胸に張り手を打つ、胸がつぶれて死ぬ。
足に手をかけて投げる、木にぶつかって死ぬ。
襲い掛かってくるヒヒたちを、まるで練習相手の様に迎えていた。
(練習相手を殺しちゃダメだけどな……)
マンイートヒヒの駆除など、普段からやっていることである。
もちろんクツロも、それを喜ぶことはない。
だが今の彼女は、相撲の練習ができることを喜んでいた。
(……やっぱり止めたほうがいいかもしれない)
なまじマンイートヒヒが、比較的人型に近いため、その光景は殺人行為に近かった。
殺人張り手に殺人ぶちかましに殺人投げである。
もしもマンイートヒヒと大差ない耐久力しかなければ、クツロに組み付かれた時点で死あるのみだった。
「さあどんどん来なさい!」
しかし、猿を迎え撃つ彼女の楽しそうなことと言ったらなかった。
あの喜びを台無しにすることは、狐太郎にはできなかったわけで。
(何もありませんように)
クツロに手加減ができないことはわかったので、せめて相手が強いことを祈る狐太郎であった。