兵は拙速を尊ぶ
数日後、復調した討伐隊の前に、大公ジューガーが現れていた。
当然ながら、彼の目的はウメイが誰を選ぶかの確認である。
役場の会議室で、主要人物が集まっていた。
「さて……書面上は、恭しく君たちが頭を下げて私に戦果を報告し、私が『よくやった大義である』と言って、その後誰を派遣するのを決めて、ウメイ君が私へありがとうございます……ということになる。だがそれは書面上のことだ」
大公はウメイを含めた全員へ、頭を下げた。
討伐隊はそれを見ても驚かないが、ウメイや三姉妹は途方もなく驚いている。
今回は一応公式の場であり、記録されない行為とは言え感謝で頭を下げるなど異常だった。
大公の頭は、決して軽くないのである。
「プルートの元に集ったモンスターたちがカセイを襲えばどうなったか……考えたくもないことだ。ウメイ君達も、義務のないことをよくやってくれた。感謝する」
もしも大王がウメイたち前線に感謝しているとしても、中央からはそうそう訪れることはできない。だがこの前線基地はカセイに近いため、大公は頻繁に訪れることができるのだ。
大公と討伐隊の心理的な距離の近さは、物理的に近いことと無縁ではないだろう。
「君たちこそ、私の宝だ。国家の心臓である、カセイを守る英雄だ。だがこの国を守るにあたっては、心臓だけ守ればいいというものではない。国家にとって爪であり牙である、各前線もまた重要な場所。そこへ君たちが赴いてくれるのなら、やはり私にとっては誇らしい」
本当はここから一気に、ウメイたちに話を振るべきなのだろう。
そのうえで、彼女たちが誰を選ぶかにゆだねるべきだ。
だが先に、やるべきことがある。
「その上で先に聞くが……ジョー君、本当にいいのかね?」
「……」
「確かに私は君たちに爵位を与えた。これは横紙破りな行為で、これ以上はできない。だがそれでも男爵……一番下だ。私にとっては精いっぱいでも、君やご家族にとっては不足だろう。今戦地に赴けば、或いは更なる上も狙える。それも正当な手順で」
やはり好意的な発言だった。
普通に考えて、白眉隊こそが一番戦場に向いているし、一番出世したいのも白眉隊であるはずだ。
「……だからです」
ジョーは、物凄く嫌そうな顔をしていた。
彼にとっては、とても珍しいことである。
「大公様、はっきり申し上げますが……今私が戦場に戻っても、拒否感を示す者が多いでしょう」
「……」
「私の兄がしでかしたことは、とても重い罪です。その罪人の弟が、前線で出世するというのは、まじめに頑張っている者からすれば不愉快なことでしょう」
世の中には縁故がはびこり、実力のある者がないがしろにされているという。
まあそれも事実だろうが、実力だけあれば評価されるというわけでもない。
もしも実力があれば評価されるのなら、この基地で一番評価されるのは、ガイセイとブゥである。
どちらもジョーより数段上の実力者だが、評価は数段下である。
「私の家族は前線に行くことを、出世することを望むでしょう。実際、それだけの実力はあるとうぬぼれております。ですが、だからこそ……周囲に疎んじられてしまう」
実力さえあれば功績を建てることができ、それによって失った元の地位を取り戻すことができる。
それはそれで素晴らしいことかもしれないが、周りの人間からすれば許しがたいだろう。
「こんな言い方はどうかと思うのですが……罰を受けた者、その周囲までもが大いに落ちぶれる。そうでないと納得できない者は、確実にいます。実力さえあれば再起できる、というのは……喜ばれないのです」
一灯隊の面々が、微妙に顔を伏せていた。
おそらく、思うところがあるのだろう。
(いきなり外からやってきた応援が、自分達よりも超強くて、自分たちを追い抜いて超出世したら……まあそれはそれで嫌だろうなあ)
狐太郎もいきなりやってきた自分たちがどう思われているのか自覚しているので、否定できる気がしなかった。
ジョーの懸念は、極めて正しい。
「大公閣下、申し上げにくいのですが……私は男爵だからこそ、周囲から許されているのです。一番低い爵位であり、以前に及ばぬからこそ、落ちぶれたままだと周囲からみなされている。だからこそ、妬まれず憎まれずに済んでいるのです」
これも実力者の処世術だろう。
実力があり戦果を挙げ、友軍を救い規範を守れば、周囲は評価してくれる……などとは思っていないのだ。
人間はそんなに賢くない、というか画一的ではない。
哀れまれる立場にあることが、結果として敵を生まずに済むのだ。
「私も似たような理由です、大公閣下。ここ以外で戦う気はありません」
完全に同意しているのは、蛍雪隊のシャインだった。
元々従軍を拒否していた彼女だが、その理由はジョーが今言った通りのようである。
「私は政治が嫌いなんですよ。人間相手である以上、たとえ侵略者が相手でも政治が絡んでしまう。それどころか、友軍相手でも政治の問題になるでしょう」
それを聞くと、ウメイたちも苦い笑みを浮かべてしまう。
どうやら彼女たちにとっても、政治とは面白おかしいことではないようだ。
「ここならモンスターを皆殺しにすればいいだけだし、誰がどう手柄をあげるかなんて気にしていないし、役割分担がはっきりしているから嫉妬もされない。他の場所だったら、こんなにのびのびできませんよ」
足手まといも、他人の足を引っ張ることを生きがいにしている連中も、いざという時逃げる輩も、ここにはいない。最初の段階で逃げ出すからだ。
だがたとえ最前線であっても、他の場所には確実に、他人の功績が気に入らなかったり、危険を他人に冒させることばかり考える輩が出る。
そういう連中の相手をするなど、死んでも御免なのだろう。
「……そうか、では仕方がない」
かくて、ワンクッションが挟まれた。
「ウメイ君。申し訳ないが、白眉隊と蛍雪隊に関しては諦めてくれたまえ。もしかしたらこの隊を望んでいたのかもしれないが、当人たちの希望を無下にはできない」
ウメイたちはやはり、抜山隊と一灯隊のどちらかを選ぶことになるのだ。
全員の視線が、ウメイに集まる。特に一灯隊と抜山隊は、やや緊張していた。
「では、一灯隊をお願いしたいです」
リゥイが率いる、一灯隊。
彼らがこの基地から出て、東方の前線に出る。
それを聞いて、真っ先に声を出したのはガイセイだった。
「ん~~残念だ。アッカの旦那や大公の旦那が戦ったところに、俺も行ってみたかったんだが……」
冗談めいた口調ではあるが、おそらく本心だろう。
そう思わせるような口調で、彼は話している。
「でだ、一灯隊を選んだ理由を聞いても?」
リゥイやグァン、ヂャン達は無言だった。
無言だったが、にやにや笑っている。
なにせあまりよく思っていない抜山隊が残念に思っているのだ、正直に言って優越感を覚える。
とはいえ、それが戦力的な評価ではないと、冷静に考えることはできていた。
なにせガイセイや麒麟だけで、一灯隊は壊滅するのだ。それを想えば、一灯隊が強いから選ばれた、とは考えられないだろう。
「……心苦しいのですが、政治的な理由です」
ウメイの視点からしても、プルートを討伐する作戦に参加したどの隊員も、戦力として十分だと思っていた。
だからこそ、戦力ではなく、政治で選ぶことになってしまうのである。
「申し上げにくいのですが……東方の前線に、外国人は入れにくいのです」
(そりゃそうだな)
あまりよくない理由だが、納得もできる。
特に麒麟ほどの実力者なら、どうしても敬遠されてしまうだろう。
頭では大公直属の隊だと分かっていても、どうしても不安に思う輩は出るだろう。
「加えていえば、ガイセイ殿は強すぎます。いくら戦力に不足があるとはいえ、大将軍に匹敵する実力者を配置すれば、逆侵攻の意図があると判断されかねません。そうなれば戦力が充実しても、相手が危険を承知で突撃してくる可能性も懸念されます」
(ガイセイの強さは、ミリタリーバランスに影響するのか……)
まあ分からなくはない。
東方の前線は、隣国にとっても前線だ。一度攻め込んだ国が、自分との国境地帯に戦力を集めていれば、反攻してくると考えるのが人情だろう。
負い目があるからこそ疑心暗鬼を生じ、暴走を仕掛けて双方に大量の血を流させることになってしまう。
もちろん絶対起こるとは言えないが、想定できることではあった。
「そして大きいのは、リァン様です。普段なら王族は敬遠されますが、今前線には十二魔将の方がいらっしゃいますので、併せて友軍とすれば強力なうえでありがたいのです」
下から抜かれるのは面白くないが、十二魔将と言えば既に頂点に達している者である。
その頂点と一緒に公女が動き、その手勢も同行するというのなら、なるほど周囲からの反発も少なそうだった。
「不愉快に思われるかもしれませんが、これが理由です」
ちゃんと、理由を言っていた。
美辞麗句を並べることなく、選んだ理由を並べている。
それは納得できるものだが、一灯隊を称賛したものではない。
だがそれでも、誠意は感じられた。
「だとよ。どうするんだ、リゥイ」
問題は、一灯隊である。
彼らがどう動くかで、この話は決まる。
「我が一灯隊は……出世がしたい。周囲からどう思われようと、とにかく出世しなければならない」
そしてリゥイは、いつでも肝心なことを見失わない。
「先日の騒動の時もそうだったが……Bランクハンターでは、身内を守るに限度がある。大公閣下には最善を尽くしていただいているが、今のままでは足りない。低くとも良い、爵位がいる」
白眉隊は爵位を得たが、一灯隊はそれを望めない。
少なくともこの地でこれ以上ハンターを続けても、爵位を得ることはできない。
「ハンターになる以前なら、軍役についても木っ端扱いで大した給料は望めなかった。だが今の段階なら、公女様や十二魔将の側近扱いなら……十分出世が見込める」
やはり、打算的な野心である。
だがそれがなければ、家族を守れないと自覚もしている。
「……大公様、私どもの家を、トウエンを預かってくださいますのなら、一灯隊はどこへも向かいましょう。ご息女の供扱いだったとしても、光栄であります」
「そうか」
本来なら、いろいろと議論をするべきなのかもしれない。
あるいは複数の隊から人員を募って、バランスよく抜かせるべきなのかもしれない。
しかしそんなことよりも、早く戦力が必要なのだ。
負担を強いられている前線へ、すぐにでも援軍を送るべきだろう。
「では一灯隊には、戦時徴用というかたちで前線に赴いてもらう。リァンのこと、東方のこと、国家のこと、しかと頼んだぞ」
「承知しました!」
恭しく礼をするリゥイ、グァン、ヂャン。そしてリァン。
それを見てから、大公はウメイに軽く頭を下げた。
「既に前線で散った者には申し訳ないが……どうか、私の手勢を、よろしく頼む」
「……確かに、お預かりします。この国のためだけに苦労をおかけすること、固く誓います」
かくて、前線基地を守っていたBランクハンター、一灯隊の一時離脱が決定した。




