へぼ将棋、王より飛車を可愛がり
Aランクモンスター。
なるほど、下位であっても絶対の存在ではある。
今回も怖気づいて付いてこなかった鵺でさえ、容易く軍勢を壊乱させることが可能だった。
軍隊でさえどうにもならない怪物、なるほど勝ち目のない相手である。
だがしかし、普通ならばAランクモンスターなどそうそう現れるものではない。軍隊にとって勝ち目のない戦いとは、もっと単純な状況である。
相手の軍勢が自軍の数倍いれば、ただそれだけで敗北は確定的だ。そこに何かややこしい要素などない。
だがそれでも戦わなければならない。自軍が全滅するとしても、時間を稼ぎつつ数を減らさなければならない状況はある。
そしてこの局面である。
目の前には、うんざりするほどの巨大モンスターがぞろり。
一体でも軍を壊滅させるAランクモンスターが、ぞろり。
それ以外にも大量のモンスターがこんもり。
もう笑うしかない局面だが、この基地では数年に一回はあることで、場合によっては一年に何度かはある。
なるほど、大公が国家第二の都市を動かしたいというわけだ。
こんなバカみたいなところの近くに都市があるのなら、とっととどかすべきなのだ。
「やべえ……やべえ……本気でどうにもならない……!」
そして貧弱な一般人である狐太郎は、今にも死にそうだった。
Aランクが跋扈するこの地獄で、その余波だけで体に変調をきたしていた。
「ウショウ、イショウ、キショウ! 防御壁を!」
「了解!」
できれば避難させるべきで、そもそもここに連れてくるべきですらなかったのだが、それを今さら言っても仕方がない。
そしてウメイは最初、狐太郎の護衛という名目でここに来くるつもりだったのだ。
であれば当然、護衛できる自信と根拠があった。
「デヒューションクリエイト!」
「フレキシブルクリエイト!」
「ミデリェーションクリエイト!」
ウショウの拡散属性、イショウの柔軟属性、キショウの軽減属性。
それらが複合し、防御壁を構築する。
「エマージェンシーポッド!」
未熟だったドルフィン学園の生徒とは、文字通り練度が違う。
各属性の強みが最大限に活かされた、全方位を防御する柔らかい結界が構築された。
「ん……え?」
それの中で、狐太郎は体が楽になることを感じた。
負荷は相変わらずあるのだが、それでも大幅にマシになっている。
「心身への負担は減りましたか?」
「え、ええ……なんとか」
狐太郎が周囲を見れば、三色が合わさった、シャボン玉のように柔らかく変形している防御壁が見える。
周囲からの影響を、拡散させ軽減する、やわらかい壁。
それの内側に入った狐太郎は、周囲からの影響から守られていた。
(前にブゥ君の防御壁に守られた時より楽だな……)
いきなり負担がなくなったわけでもないし、突然復調するわけもない。
狐太郎は柔い結界の中で、腰を下ろして息を整えていた。
「……この防御壁は、三人が全力で維持します。外敵が来ても、私が対応します。ですが」
ウメイはジョーやショウエンにも劣らぬ実力者だ。
だがそれが限度でもある。
「Bランク上位さえ、私一人でどうにかなる相手ではありません」
「全力を尽くしてくださるのなら、文句はありませんよ……」
狐太郎もここに来てそこそこである。
この世界の基準について、大体詳しくなっていた。
この基地にいるハンターは、水準が高いというだけで、全員が俗世で最強を名乗れるというほどではない。
だからこそショウエンやコチョウが活躍できているのだし、狐太郎が抜けられなくなっているのである。
「どのみち、外が負けたらそこまでです」
持てる戦力をすべて吐き出した搾りかすのような男は、もう外を見ようともしていない。
(よく死ななかったわね……)
狐太郎が抱える「戦力」は、いずれもAランクである。
もちろん真にAランクハンターを名乗れるような、Aランク上位を単独で撃破できる者はいない。
しかしそれでも、Aランク下位が相手なら勝てるものばかりであった。
これでさえ、通常では考えられないことだ。Bランク上位が軍隊でぎりぎり勝てるぐらいなのだから、鵺を入れて六つも軍を抱えているようなものである。
それを全部手元から放り出して裸単騎、なるほど頭がおかしい。
それが最適解になる戦場ではあるのだが、だとしてもひとつぐらいは残しておきたくなるのが人情だろう。
「虎威狐太郎、中々の猛将ですね……」
攻撃に全部をぶつける殲滅特化の指揮ぶりは、まさに猛将である。
自軍の被害を減らすために殲滅を優先しているのだろうが、逆に言えば自分の安全よりも敵に損害を与えることを優先する戦術だ。
尊敬はするが、戦場で敵として会いたくないタイプである。
「武運を祈ります……ショウエン」
Aランク上位モンスター、プルート。世界さえ滅ぼせそうな、昆虫の軍勢を率いる皇帝。
それを相手に、人間の持ちうる力は余りにもはかない。しかしそれでも、人間は立ち向かう。
そして、勝利してきたのだ。
※
「サンダークリエイト! ジュピテール!」
「ギフトスロット、ダブルデビル、アパシー!」
切り込んでいくのは、この前線基地でも最大の戦力。
雷霆の矛と暗黒の方天戟が、並み居るAランクの虫を焼いていく。
腕を上げてきたガイセイと、戦い方を変えて鍛錬してきたブゥ。
この二人にとって、もはやAランク下位など敵ではない。
持てる力を出し切るまでもなく、Aランク下位は切り裂かれていく。
ある意味当然だろう、英雄以外では倒せないからこそのAランクではあるが、英雄にとっては『下位』の相手である。
数えきれないほどの相手ならまだしも、見える範囲にいる程度なら殲滅は容易だった。
問題なのは、やはり中位である。
二人が真に英雄と言い切れるだけの実力を持っていれば敵ではないが、まだその段階に達してはいない。
「グレートヘラクレスオオカブトにタイタンアトラスオオカブトか……」
「ブラックダイヤモンドオオクワガタにスチームバンクスタッグビートルまでいますよ、それも複数」
英雄と巨人の名を冠するカブトムシや、宝石や機械の如き外骨格をもつクワガタムシ。
それらは二人の攻撃を受けても砕け散ることはなく、巨体をもって圧してくる。
「よし、どっちが大物を仕留めるか競争と行こうぜ。勝った方が酒を奢るってことでよ!」
「お酒ならいくらでも買いますから、全部片づけて欲しいんですけど」
『おやおや、そんなことを言ったら全財産を酒代ということで没収されてしまいますよ?』
『つまらないことを言ってないで戦いなさい。どうせなら面白く戦って欲しいわ』
「……はい」
泣きそうになりながら、ブゥは武器を切り替えた。
手にしていた人間サイズの方天戟を、やはり人間サイズの鉄球に持ちかえる。
「ギフトスロット、ダブルデビル、アビュース……。ガイセイさん、僕の攻撃でこいつらの防御力を下げます。しばらく守勢に回って、回避してください。ある程度弱ったところで、一掃を」
「……つまんねえ奴だな、お前」
「そんなことを言ってる場合ですか?」
昆虫たちの中でも抜きんでた力を持つモンスターたちは、背中を合わせているガイセイとブゥに狙いを定めていた。
巨大で堅牢な岩山がぶつかってくる情景を思い浮かべれば、大体それは正解である。
「よし! しょうがねえ!」
「話が早くて助かります」
大きくて重い。
それは確かに強みである。
だが同じ規模の力を持つ者同士なら、軽くて小さいほうが有利だった。
特に大きくて重い側が多数なら、その連携はほぼ無意味である。
お互いが大きすぎて、どうしてもぶつかり合ってしまうからだ。
加えていえば、Aランクモンスターというのは戦闘能力が高いというだけで、如何なる外敵も逃さない索敵能力などに長けているわけではない。
少なくともこの二人を包囲している甲虫の怪物たちは、巨象よりも大きい己たちの体の上を跳ね回る蚤のような二人を、捕捉しきることはできなかった。
広範囲を攻撃する技がないわけではないが、その場合は味方も巻き込んでしまう。
『所詮は虫ですねえ……数が多く大きくとも、頭が悪い。我らにフェロモンでもぶつけて誘導することはできても、本陣を狙うという知恵はない』
『でも底なしは厄介でしょう? 底なしの相手に、私たちは長く持たないわ』
悪魔使いを相手に、堅牢な肉体は余り意味を持たない。
回避能力が高く命中率もよく、しかも防御力を下げることに専念してくる相手など、強固な装甲だけが取り柄の甲虫にとって最悪の敵だった。
虫たちが己の窮地に気付いているかどうかはともかく、勝算は十分にある。
だがそれは、今、ここだけの話だ。
長く戦えばブゥは持たないし、ブゥが力尽きればガイセイも倒れるだろう。
逃げて隠れるだけなら問題ではないが、戦って倒さなければならない以上、時間をかけすぎれば負けは必然である。
結局のところ、ここにいるAランク中位など問題ではない。
最初の最初から、Aランク上位をどう倒すかという問題なのだ。
※
兵をどう配置し、どう動かすか。それを兵法だの戦術だのという。
戦術というものは、時に戦力差をひっくり返す。
だが戦術というものは、「知識」でどうにかなるものではない。
棋士のファンが将棋に強いわけではないように、実際の局面で兵を正しく運用できるわけではない。
もっと言えば、兵が自分に忠実に動いてくれるとは限らないし、忠実であっても兵の側に訓練が足りなければやはり正しくは動けない。
いきなり現れた名軍師が高度な戦術を授けて劣勢の軍を優勢に導くということはよくあるお話だが、実際には高度な戦術を一般の兵士が練習もなく実行できるわけもないので、やはり机上の空論なのだ。
どちらかと言えば「その国の御姫様が現れて報酬を約束したので士気が上がり、被害は大きかったけど勝ちました」の方が、よほど現実的である。
逆に言えば。
蜂や蟻のような真社会動物であっても、群れのために命を惜しまず戦う兵士であっても、甘い蜜でAランク中位モンスターを支配することができても。
それでもなお、訓練された人間の軍隊ほど戦術的な動きはできないということだった。
「皆! 陣形を保て! 中央にいらっしゃる、公女様と蝶花さんを守れ! 二人が倒れれば、我等は終わりだぞ!」
白眉隊、抜山隊、一灯隊の連合軍は、必然的に蝶花とリァンを守りながらの戦いとなった。
現在蝶花は体力を回復させつつ防御力をあげ、なおかつ防御技や回復技の効果を高める「ショクギョウ技、動かざること山の如し」を使っている。
その彼女に対して、或いは重い怪我を負った者に対して、リァンは治療を行っていた。
襲い来るBランク中位、それ以下の怒涛の攻撃に対して持ちこたえているのは、やはりその効果が大きい。
大小を問わず襲い来る虫の群れに対して、堅牢な防御を発揮し確かに陣形を維持している。
「己を守り、傍らの仲間を守り、後方を守るのだ! そうすれば勝機はある! 相手は死を恐れずぶつかってくるが、それだけなら脅威ではない!」
普段から全体のまとめ役を担っているジョーだからこそ、全体のまとまりも良かった。
彼に匹敵する実力者、或いは凌駕する者も多いが、普段から苦労している彼だからこそ命令に迷わず従うことができる。
「恐れるな、なんの問題もない! 作戦通り、作戦通りだ! このまま戦えば勝てる!」
戦いながらも声を振り絞って鼓舞するジョーは、実際に勝機が近づいていることを感じていた。
この場で持ちこたえることが辛いとは分かっているが、だとしても最善であると理解している。
「我らはこのまま本陣を維持する! いいか、ここが後方だ! 前線で戦うものが治療を受けられる場所を、このまま維持するんだ!」
ふと、視界の隅で炎が上がった。
あるいは、血しぶきが舞った。
リゥイたち三人を護衛にしているシャインが膨大な数のBランク上位を拘束し、さらにそれをアカネとクツロが粉砕している。
この場の面々の健闘を一撃で粉砕するモンスターたちは、こちらの陣営でも抜きんでた者たちが抑えてくれている。
だからこそ、なんとかできる相手とだけ自分たちは戦えている。
そのうえで、前を見た。
そこではショウエンが率いる竜騎士隊が敵の『玉』を叩いている。
「皆、ひるまず殺し続けろ! 少しでも相手の数を減らすのだ!」
如何にも弱そうな見た目をしているプルートは、実際に弱かった。
それどころかほとんど身動きを取らず、無防備に攻撃を受け続けている。
大量の蜜を抱えたその体に、大量の攻撃が刺さり……実際に死にかけていた。
いや、実際に何度も死んでいる、何度も殺しているのだ。
「今私たちが叩き続けること自体に意味がある! いいか、雄が出るまでは我らが戦うのだ!」
勘違いが無いようにあえて言うが、この場にいるプルートは一体だけである。
取り巻きのモンスターをすべて攻撃にぶつけているプルートは、単騎のままで攻撃を受け続けている。
その不気味さ、得体の知れなさに、竜騎士たちは心が折れかけていた。
今日にいたるまで、必死になって力を磨いてきた。
それが意味を成していないのではないか、その疑問が脳裏を埋め続けている。
「屈するな! 我等もまたこの作戦の要! こいつを叩き続け、蜜を出させ続けなければ、作戦は破綻するのだぞ!」
狐太郎とプルート。
共に戦う力を持たず、しかし防御はほとんど捨てている。
攻撃に特化した軍同士の激突ではあるが、しかしプルート本体はまるで何も恐れていない。
群れを構成する虫たちがどれだけ殺されてもまるで動じていないように、自分がどれだけ傷つけられてもまるで動じていなかった。
冥王の名を持つ虫は、傷つけられるほどに濃厚な香りを持つ体液をぶちまける。
それによって周囲一帯の虫を、さらに引き寄せる。
つまり、プルートを傷つければ傷つけるほど、周囲の虫を集めることになるのだ。
そして、己の死さえ恐れぬことこそ、冥王の所以である。
傷を負い続けたプルートは、無防備なままに命を落とす。
蜜を噴き出しながら動かなくなり、完全に生物としての機能を終えた。
「待て! 距離を取れ!」
Aランク上位モンスターを殺した。
その「事実」を前に、しかし誰も喜んでいない。
むしろ弱気な顔で、その「孵化」を見守るばかりである。
「一旦、息をつけ」
自分でも負けそうになりつつ、しかしショウエンは淡々としていた。
この無機的な生き物に対しては、勇猛であることよりも冷淡であることが求められる。
無抵抗の相手を殺し続けるというのは、他の心境になれなかった。
「いいか、休憩だ!」
プルートは、死んだ。
本当に正真正銘死んだ、生き返ることはない。
だがしかし、それはここにいるプルート、その一体の話である。
その胎内にいる、子供に関してはその限りではなかった。
母体の死を理解した胎内の子供は、内部で孵化し、蜜で満ちた母体を食い破りながら成長していく。
高速での脱皮を繰り返して成長していき、ついには先ほどの母体と同じ大きさの同じ姿にまでなっていた。
「……再度攻撃するぞ」
これが二度目ならまだ良かった、既に五度目である。
竜騎士もアクセルドラゴンも、無言で攻撃を再開するが、士気は著しく落ちていた。
Aランク上位モンスター、プルート。
その不死性は、殺しても蘇ることではない。
母体を殺した場合、胎内の卵が孵化し、高速で成長して母体へと成長することにある。
ならば交尾をする前に殺せばいいと思うだろうが、厄介なことにこのプルートは、生まれながらに子を宿している。
何を言っているのかわからないだろうが、本当にそうなのだ。
雄との交尾を経るまでもなく子供を宿したまま生まれ、さらにその子供もまた孫を宿している。
つまりは、単為生殖、無性生殖である。それも生まれたときから、というのだから人間には理解しにくい生態だった。
そしてなんとも意味不明なことにこれは『プルートの特性』ではなく、プルートの原型である「アブラムシ」そのものの特性である。
地球、日本で生息している普通のアブラムシでさえ、母親から生まれた時点で子供を宿しているのだ。
プルートはその特性を引き継いでいるだけであり、決して特有の生態というわけではない。
もちろんその成長スピードはモンスターそのものなのだが、蜜を出し他の昆虫と共生することを含めて、アブラムシという生物の拡大版だった。
母体が死んでも子供が生まれるという特性上、絶対確実な即死攻撃さえまったく意味を持たない。
加えて卵の強度は尋常の域を超えており、アッカでさえ壊せたことはないという。
その生態が知られていない時代は灰になっても蘇るように見えることから、鳥類最強種であるフェニックスと同等の再生能力を持っているとも思われていた。
実際には全く違うのだが、戦っている方からすれば大差はない。
「……戦うのだ、無駄に思えても! それはこの視点の話だ! この戦いにおいて、無駄をしている者は一人もいない!」
虫の皇帝、プルート。
己の手勢を惜しまず、しかも己自身さえ惜しまない。
まさに虫、いくらでも湧く怪物。
真社会生物の極みと言うべき滅私の化け物は、当然ながら毛ほども敗北を意識していない。
自分の替えも、手勢の替えも、いくらでも利く。相手が如何ほどの群れであれ、恐れるに足りない。
質も量も、圧倒的に勝っている。これで負ける方がどうかしているだろう。
「虫の皇帝……プルート! お前は確かに怪物だ!」
ある意味では、理想の軍勢。
またある意味では、理想の社会。
全体主義が極まった怪物に、己が可愛い人間では対抗しきれるものではなかった。
「お前の命は尽きず、その手勢も尽きないのだろう。命を繋ぎ続ける限り、負けないとでも思っているのだろう!」
命を賭けただけでは、勝てない相手がいる。
それはとても残酷なことだが、それはプルートも同じことだ。
「命だけで殺し合いに勝てると思った、お前の負けだ!」
プルートは、命を繋ぐことにおいては比類ないのだろう。
だがしかし、他のモンスター同様に、命だけを繋いでいるに過ぎない。
知識、知恵。
長い時間をかけて子供へ伝えるという、虫から見れば無駄の多すぎる生態をしている人間は、だからこそ最大の版図を広げたのだ。
「天の時、地の利、人の和! ここに結実せり!」
ごう、という音がした。
Bランク上位モンスター、カマキリの怪物デスサイズは、その広範囲を見渡す複眼でその音の源を認識する。
白い火柱。
そう見える吹雪の柱が、この戦場全体を包むように、はるか遠くで立ち上っている。
「機は熟した! 底なしの怪物よ! 天井知らずの怪物よ! もはやお前は無尽ではない!」




