雌雄を決する
拡散属性。
それは指向属性や停止属性と同様に、力の流れや物体の動きに干渉する属性である。
集まっているもの、固まっているものを分散させる性質があり、結果から見れば圧縮属性と逆のことが起きている。
どちらかというと受け身の能力であり、防御に優れている。
エフェクト技として盾や剣などにまとわせれば、相手から攻撃を受けた際にそれを周囲へ逃がし、軽減することができる。
クリエイト技として実体化させれば、直進している物体を頓珍漢な方向へと揺らめかせ、減速させつつ動きを不規則なものへと変えることもできる。
貫通属性などの精度が求められる攻撃にはめっぽう強いが、火炎属性などの最初から広範囲を焼く攻撃にはさほど意味が薄い。
当然ながら、スロット使いの様に複数の属性を操れるか、あるいはこの属性しか宿していないのならともかく、複数の選択肢があるのならこれを選ぶ者は少ない。
一つの属性を実用レベルに持ち上げること自体がとても難しいことである以上、単独でも有用性の高い属性を身につけたほうがいいからだ。
だが、この属性を実用段階まで習得している者が集団の中に一人でもいれば、戦術の幅は大いに広がる。
逆に、この属性を修めている者は、最初からそうした意識をもって己を鍛えているということだった。
※
「意外だな、これだけの数に呑まれないとは」
配置として近い場所にいるリゥイは、モンスターによる側面攻撃に対応したウショウを褒めた。
軍人が強いことは知っているし、モンスターを倒せることも納得できる。
だが雑魚だったとしても、膨大な数を目の当たりにすれば、体が硬直してしまうものだ。
他の面々が対応するよりも先に動いたということは、ウショウは一瞬たりとも硬直しなかったということである。
「……あのね、本当にバカにしないでくれる? 側面を叩かれるなんて、戦場ではむしろよくあることよ。むしろそれを狙うこと、防ぐことが戦術じゃない」
「それはそうだ」
側面攻撃、或いは背後からの攻撃は、とても単純に強力である。だからこそ戦場では日常茶飯事であり、速やかな対応が何よりも重要となっている。
優れた軍人ならば、大量の敵が側面から攻撃してきても、手早く対応できて当然なのだ。
「それに私たちは、Aランクモンスターなんかと戦うことはないけども……」
話している間も、一行は走り続ける。
先頭がだんだんと足早になるので、そのペースに合わせていく。
「大量の敵に囲まれて突破戦をする、なんて珍しくないんだから」
ウショウは、リゥイが軽口をたたくこと、軍人相手にも自信を崩さないことを認めていた。
未だAランクに遭遇していない段階ではあるが、それでも逃げ出したくなるような質と数、種類のモンスターに囲まれている。
にもかかわらず、どの隊員も、例外なく逃げずに戦っていた。
理屈で言えば、集団に入っていたほうが勝算は高い。だがその理屈を忘れて逃げ出したくなるほど、敵の圧力が強いのだ。
それに負けない理性を、これだけの数の集団の全員が持っている。
それはこの基地の基本水準が、異常なほど高いことを示していた。
もしも尋常の軍隊で同じことをやれば、既にほとんど壊走しているはずだった。
そういう意味では、リゥイが軍人に驚いていることも間違ってはいない。
だがウショウたちは、雑兵ではない。
むしろ精鋭の中の精鋭であり、ウメイの側近を務めるほどの勇者だった。
「東方戦線の兵全員が精強だなんて馬鹿なことは言えないけども、私たちは精鋭なのよ!」
その言葉に応えるように、イショウが攻撃を宙に向けて放った。
低空飛行しているササゲと狐太郎を狙って、Cランクモンスター、センコウカナブンが襲い掛かろうとしている。
イショウはそれを正確に撃ち落していた。
(な、なんだ? 何で攻撃しているんだ?)
虫の羽音に交じって、回転する音、空を切る音が聞こえる。
クリエイト技ではなく、実物の武器による攻撃だと分かる。
だが狐太郎が上から見ても、イショウが何を持っているのかわからない。
(異世界の便利な武器……って感じじゃない、鞭とかフレイルとかか?)
膨大な数で襲い掛かってくるセンコウカナブンだが、それも一灯隊とイショウが共同で撃ち落せば殲滅は速やかである。
攻撃が終わった時、イショウは手元に武器を戻した。
そこでようやく、彼女が何で攻撃していたのか、狐太郎にも見えたのである。
(え?)
それは、ただの棍棒だった。
先端が球形の金属であり、柄が木でできている、普通の打撃武器だった。
さほど長くも大きくもなく、特別な加工があるように見えない。
それを用いていたにもかかわらず、まるで鎖分銅でも使っていたかのような遠距離攻撃をしていたのである。
(ど、どういうことだ? 持ち替えたってわけでもなさそうだし……)
狐太郎の疑問は、速やかに解消される。
再びセンコウカナブンの群れが飛来し、集団の頭上を覆い始めたのだ。
それを見上げるイショウは、手に持っている棍棒にエフェクト技を発動させる。
「フレキシブルエフェクト」
(な? 棍棒が、ゴムみたいに……!)
理屈は単純だった。
彼女は手に持っている棍棒に、柔軟属性のエフェクト技を使ったのである。
硬質属性を武器に使えば、その強度を飛躍的に上げることができる。
その逆である柔軟属性を武器に使えば当然非常に柔らかくできるのだが、それは決して武器を弱めることにはならない。
柔軟であることと、脆弱であることは、まったく別の話なのだ。
「シューティングアタック!」
イショウの武器は、確かに柔らかくなっている。
だがゴム同然のしなやかさと伸縮自在さを得たからこそ、鎖分銅のような高速回転を与えることができる。
そして柔軟になったところで金属の重量は失われておらず、その速度は飛躍的に向上している。
まさに縦横無尽。彼女の棍棒は、変幻自在な動きによってセンコウカナブンの群れを落としていった。
「やるじゃないか、柔軟属性を攻撃に使うなんてな。普通は防御に使うものなのに」
「……別に、苦肉の策みたいなものよ。元々はお姉様を守るために修めた柔軟属性だけども、単独で戦うことも求められたから、あわてて覚えたってだけよ」
取り回しの難しい武器を、味方の集団の中で使う技量。
それを並走しているグァンは褒めるが、それをイショウは受けられない。
「その割には堂に入っているが」
「練習したからよ、軍人として当然です」
「それはそうだ」
どう考えたって、火炎属性などで普通に攻撃したほうが効率もいい。
奇襲としては有効だが、強力ではない、曲芸めいた技だと彼女も自覚している。
だがそれを必死に修めたことに対して、グァンは好意的だった。
「やるべきことは、やっておくものだ」
彼もまた長柄の武器を振り回し、群がる敵を切り裂いている。
エフェクト技もクリエイト技も使わず、ただ武芸だけで斬り散らしていた。
「突くならともかく、頭上の敵をよく斬れるわね」
「なに、俺達はモンスター退治が本業なんでね。上からの敵を斬るのもよくやることなのさ」
「それもそうね」
必要だから、技を磨く。
そこになにか余計な要素は存在しない。
嫌だとかやりにくいとか、向いていないとか向いているとか。
そんな感情で生き残れるほど、戦場は甘くないのだ。
「俺達は凡人だ。できることは何でもしないと、生き残ることさえおぼつかない」
「……武将並みに強いくせに、凡人と言うのね」
武器を振るう姿を見るだけで、イショウにはグァンの技量力量が推測できる。
ウメイやショウエンほどではないが、それでも武将の域に達した傑物だった。
自分の格上が謙遜していると、無常を呪いたくなる。
「仕方ないだろう。結局のところ……」
拗ねたことを言いそうになるグァンだが、それは途中で区切られた。
走り続ける集団全体を、すっぽりと濃い影が包み込んだのである。
「!」
見上げた者たちは息をのんだ。
そこには巨大なモンスターも、或いは黒い影もない。
もっと単純で、ありふれたものがあった。
小山ほどもある岩石だった。
何のことはなくごく普通に、巨大な岩が頭上から落ちつつあった。
虫けらを虱潰しにしている一団を、一ひねりにしようという意思が見える。
あまりにも単純で雑だったため、狐太郎でさえ気づけた。
しかしそれでもなお、技や知恵、戦術が意味を成す段階ではない。
皆の力を合わせるという言葉が、むなしく思えるほどの《力》が降ってくる。
「……な?!」
落石自体は、人間同士の戦場でもよくあるものだ。
それは人の頭程度の大きさの石を城壁の上から落とすだけではなく、投石兵のように小石を器具を用いて投げるような場合もある。
もちろん馬ごと潰すような巨石も、地形によっては使用される。
だがここまで大きい落石が空から降ってくることは、ウメイたち東方の戦士たちをして初めてのことだった。
「岩石落としか……!」
先頭を走るジョーは、いよいよ本番が近いことを理解する。
これだけ巨大な岩を投げてくるモンスターなど、一種類しか存在しない。
Aランクモンスター、岩石落とし。巨大な、巨大すぎるフンコロガシの姿をしているそのモンスターは、自分よりもさらに巨大な岩を後ろ脚で正確に蹴り、獲物へぶつけるという狩りを行う。
原理だけ聞けばなんとも単純で拍子抜けするが、しかし相手はAランクである。
その攻撃の規模はAランク相応であり、ここまで臆することなく前進してきた一団を、まとめて粉砕する規模の一撃だった。
「二人とも、そろそろプルートに接敵するぞ! 気をしっかり持て!」
だがジョーは、これから敵本陣に突っ込むことに戦慄していたのであって、絶望しかない巨石に戦慄していたわけではない。
走っている集団の、先頭から最後尾まで覆う影に包まれても、彼は前だけを見ていた。
「おおおっらああああああ!」
集団の最後尾から、「非凡」が飛び出した。
文字通り跳躍し、握りしめた拳を振りかぶる。
なんの小細工も用いることはない、空中で巨岩を殴り返した。
あわや集団を壊滅させるかという一撃は、しかし跳ね返って元来た場所へと飛んでいく。
闇は去り、再び森の中へ光が戻る。
そして走っていてもわかるほどの揺れが、森全体を揺さぶった。
「いよおし……どうよ!」
「流石だ、ガイセイ」
「へへへへ!」
何事もなかったかのように、先頭に着地してそのまま並走を始めるガイセイ。
その巨体を見て、ウメイだけではなくショウエンまでも息をのむ。
「だ……大将軍……!」
正真正銘、比喩誇張なしに、一騎当千万夫不当の英雄。
凡夫の努力を軽やかに飛び越える、圧倒的な暴力の塊。
軍にあっては大将軍と呼ばれる、人間の形をした非凡な存在。
その暴威を見て、味方ながら恐れおののく。
「今ので結構なのを潰せた感じがするぜ。少しは楽になったかもな」
「ああ……誤差だろうがな」
「おう、期待しないほうがいいだろうな」
人間が砲丸を思いっきり投げれば、当たった人間は死ぬ。
同じように、岩石落としが全力で投げた巨岩も、岩石落としに当たれば死ぬのだ。
今ガイセイが殴り返したことによって、Aランクの下位モンスターやそれ以下のモンスターは多くが潰されただろう。
だがそれは、虫の群れの上に石を落としたようなものであって、全滅を狙えるものではない。
「全体、止まれ!」
ここまで走り抜けてきた討伐隊は、ジョーの叫びに応じて足を止める。
戦いながら走っていたことで、汗をかいている者ばかりだった。
如何に優秀なハンターでも、一旦呼吸を整える必要がある。
「呼吸を整えつつ、ゆっくりと進む! ついて来い!」
気づけば、虫の群れはいなくなっていた。
だが尽きたわけではないと、簡単に想像できる。
むしろ敵本陣に接近したからこそ、周囲の木っ端がいない空白地帯に達したのだ。
「ようやく出番だ……腕が鳴るぜ」
ショウエンとウメイは、張り切っているガイセイを見る。
これだけ強い男がいるにも関わらず、自分たちが必要だという現実を思い出す。
前だけを見ていたウメイは、ふと後ろを見た。
馬上からの視界は、当初からの味方が減っていないことを把握できる。
ここまで苛烈な戦場だったにもかかわらず、脱落者が見当たらない。
それは討伐隊の強さを教えるものではある。だがそれでも、これから前に進むことが恐ろしかった。
数百にも及ぶ精鋭部隊、そして大将軍。
彼らをそろえてなお、慰めにならなかった。
安堵から程遠いと、理解できてしまう。
自分たちは死地に向かって進み続けて、死地に足を踏み入れたのだ。
「ウメイ」
毅然とした姿を崩さないまでも、心中穏やかならぬウメイへ、ショウエンは声をかけた。
「こんなことを言うのは不謹慎だが」
「なんですか」
「君がいて心強い」
慰めの言葉ではなく、本当に心強いのだろう。
それが伝わったからこそ、彼女の心も強くなる。
死地に踏み入れるが、死にに来たわけではない。
討伐をしに来たのだと、思い直す。
「おあつらえ向きだな」
森が、開けていた。
巨大な岩石が通過していたこととは関係なく、周辺一帯の森が消失していた。
その理由はわかっている。
多くのAランクモンスターが、その木を平らげていたのだ。
視界は開けて、障害物はない。
逃げることはできないが、しかし逃がすこともない。
決戦の舞台が、そこにあった。
「アレが……虫の皇帝……!」
他のAランク昆虫型モンスターに紛れているが、だからこそ逆に目立っていた。
周囲の恐ろしいモンスターに比べて、あまりにも弱そうな見た目をしている。
例えるのなら、巨大な飴玉。
それも一度舐めて、滑らかに光沢のある飴玉。
それが家数件分ほどの大きさであり、そこから虫の足や頭が生えている。
まさに、巨大なアブラムシ。
「プルート……!」
討伐隊の指揮を担うジョーと、討伐隊最強のガイセイ。
彼らは並んで、遠くに見える虫の親玉と対峙する。
軍勢の総合力としては、相手の方が上だろう。
奮戦するも力及ばず。
そんな虚しい言葉が、脳裏に浮かびかけた。
「うわ……気色悪い……!」
「ここまでも酷かったけど、これはもう最悪ね……エイトロールと同じぐらい酷いわ」
「別働のコゴエが羨ましいわ、ちょっとこれはないもの」
それが、消える。
「Aランク上位モンスター、プルート……!」
悪魔に抱えられていた、貧弱な男が地面に下ろされる。
彼についてきた三姉妹は、あわててウメイの傍に寄った。
「周りにもAランク中位がゴロゴロ……ああ……本当に嫌になる……」
彼女たち四人は、ある意味無関係な彼を見る。
実力者ぞろいのBランクハンターたちが、己らの将だと認める男を見る。
そして、知る。
「し、心臓が止まりそうだ……」
汗が止まらず、顔色も悪い。
この死地に踏み込んだだけで、命を落としそうな弱者だった。
「……ウメイさん、ウショウさん、イショウさん、キショウさん」
彼は、心細そうに四人へ声をかける。
「お、俺のこと、本当にお願いしますね?」
ウメイが申し出たことではあったが、彼はこの状況で自分の命を初対面に近い四人へ任せていた。
あまりにも情けない、そう思われても仕方ない。
「アカネ……クツロ……ササゲ」
彼は己の手勢に命じる。
「俺のことは……彼女たちに任せて……三体とも突っ込んでくれ……!」
「お任せだよ、ご主人様!」
「ええ、ここまで何もしなかったんだもの……やってやるわ!」
「安心して、ご主人様。絶対に勝つわ」
「……頑張れ、頑張ってくれ」
己の価値、己の戦力を、全部攻撃にぶち込んでいた。
「行くよみんなぁ! 人授王権、魔王戴冠!」
「ガイセイには負けられないわね……人授王権、魔王戴冠!」
虫の皇帝が率いる虫の群れの前に、竜王と鬼王が出現する。
その頼もしい背中を見て、討伐隊の士気が上がっていく。
「ブゥ、セキト、来なさい! やるわよ!」
「ああ……ついにこの時が……」
「ではやりましょうか」
「こ、心の準備を……!」
「やるわよ!」
「はいっ! 代行王権、魔王戴冠!」
魔王の力を借り受けた悪魔使いが、その恐るべき力を顕現させる。
ガイセイに勝るとも劣らぬ、狐太郎の護衛筆頭。
気弱な彼は、しかし竜王と鬼王に並ぶ。
「しゃあ!」
ガイセイもまた、前に出た。
「じゃ、じゃあその……」
持てるすべてを出し切った男は、この場ではあまりにも頼りない四人の傍に行き、足を震わせた。
「お願いします」
任されたウメイは、自分がどれだけのものを任されたのか理解した。
三姉妹もまた、緊張と戦慄に震える。
今彼を守るのは、自分達以外にいないのだ。
「任せてください、命に代えてもお守りします」
ウメイはいつものように、国土を守るときのように、そう答えた。
虫が威嚇をはじめ、突っ込んでくる。
それに対して討伐隊は恐れることなく雄たけびを上げて、まっすぐに突っ込む。
両軍、全力での衝突であった。




