大の虫を生かして小の虫を殺す
タイラントタイガーやドラミングゴリラが、どうやって他の種のモンスターを従えているのかは、未だにはっきりしていない。
しかしそれらの最上位に位置するプルートだけは、極めて分かりやすかった。
甘い蜜によって誘い、それに群がる虫を支配している。
蜜自体に特別な作用があるのだろうと推測されているが、おそらくそれで間違いない。
ともあれ狐太郎やガイセイを抱えるこの前線基地にとって、面倒極まりないのがプルートの周りにいる大量のAランクモンスターだ。
上位に比べれば脅威ではないが、それでも狐太郎のモンスターは性質上大量のAランクを狩ることができない。
もちろんガイセイならもう少し無理が利くのだが、それでも終わりなく間断なく戦い続けるにはまだ強さが足りない。
ではどうすればいいのか。
語るまでもなく、戦術をもって当たるだけである。
※
わずかな別動隊を除き、ほとんどの討伐隊は一塊となって進軍していた。
通常の討伐隊にとってありえない編成だが、それでもこれが最適にして最良であるという判断である。
これが軍隊であれば、愚策も愚策だ。自分達よりも多い敵軍へほぼ全軍で突っ込むなど、最初にやることではない。
だが相手はモンスターの群れである。いろいろな意味で、人間を相手にするのと同じに考えれば痛い目を見るのだ。
「……」
白樺隊、東方から来た四人のうち、ウメイ以外の三人は狐太郎の傍にいた。
護衛をするのであればウメイは要らず、この三人でいいというものなのだった。
だがその三人は、奇異の目で狐太郎を見ている。
「あらあら、どうしたのかしらねえ」
(凄く恥ずかしい)
今の狐太郎は、ササゲに抱えられて移動している。
馬に乗るとか竜に乗るとかではなく、女性めいた悪魔に抱っこされているということだった。
前線基地の討伐隊にとっては見慣れた光景なのだが、初めて見た三人の女傑からすればおかしすぎる光景だった。
これでは特殊な性癖があると思われても仕方がない。
もちろん狐太郎もササゲも、異種族に並々ならぬ興味があるというわけではない。だがこの姿を見られれば、否定しても説得力が出ないだろう。
少なくとも狐太郎は、まじまじと見られながらちゃんと抗議する自信がなかった。
(何しに来たんだコイツって、改めて思われてる……)
だんだん感覚がマヒしていたが、狐太郎はなぜ自分がここに居るのか、合理的に説明できなかった。
なので初めて一緒に行動する人は、もっとわからないだろう。もうこのさい悪魔に呪われているのでいつでも一緒なんだろうなあ、とでも思って欲しかった。
この場にコゴエはいないが、彼女たち四人からすれば望んで狐太郎を連れまわしているし、今も同行しているブゥや居残りのネゴロにとっては仕事だ。だが東方からの三人からすれば、なぜわざわざ危険地帯に同行している要人を警護しなければならないのか、言葉にはせずとも思ってしまうだろう。
狐太郎だってこの場にダッキがいて、そのダッキを守るように厳命されれば同じようなことを考えてしまう。
あまりじろじろ見られるのは、正直気分は良くないが、文句を言える気分でもなかった。
(……というかこれだけいても、不安は募るな。先頭の人たちはどう思ってるんだろうか)
当然ながら、狐太郎たちはこの戦闘の要なので、比較的安全な中央にいる。
側面は一灯隊が守っており、後方には抜山隊が、前方には白眉隊が配置されている。
蛍雪隊は隊長のシャインとコチョウ以外は、ネゴロ同様に居残りで、狐太郎たちと並んで歩いていた。
ちなみに、蝶花も狐太郎たちと並んで歩いている。
これだけメンバーが多いと、補助役の配置で悩むことはない。
とはいえ、相手の数を考えれば、これで安全だなどとは到底思えないのだが。
(Aランク上位に率いられた、この森の昆虫オールスター……ああ、嫌だ嫌だ……)
今はまだ、誰もが歩いている。
いざ走り出す時に、疲れないために。
しかしそれがもうすぐであることは、既に多くの者が察していた。
「……走れ!」
号令をあげたのは、先頭にいるジョーだった。
彼のよく通る声を聞いて、全員のスイッチが入る。
先頭を行く彼のペースに合わせて、混成軍、討伐隊は走り始める。
その表情には、もはや緊張しかない。
「塊になって走れ、走れ、走れ!」
密集した陣形を維持しつつ、森の奥へ奥へと走っていく。
もしもばらければどうなるのか、足を止めればどうなるか。
考えたくもないことだった。
先頭には竜騎士たちもいるが、とてももどかしそうに走っている。
可能ならば逃げたいし、そうでなくとも全力で駆けだしたいだろう。
だが彼らは主の意志を組んで、あくまでも徒歩のペースに合わせている。
あるいはとても単純に……。
竜王であるアカネから、離れたくないと思っていたのかもしれない。
「くるぞ!」
絶叫があった。
普段は温厚で清廉な騎士であるジョーが、激しい叫びをあげた。
それは今自分たちが置かれている状況が、異常に厳しいことを告げていた。
そして、まさにそれが来ていた。
Cランクモンスター、ヒートボール。
名前だけでは姿を正しく想像できず、個体だけ見ても名前の由来はわからないだろう。
だが群れとなって襲い掛かってくる姿は、ヒートボール以外の何物でもない。
蜂団子、というものがある。
日本ミツバチがオオスズメバチを群れで囲い、蒸し殺す戦術である。
大量のミツバチがオオスズメバチに激しく群がる姿は正に蜂団子なのだが、それがこちらにぶつかってきている。
巨大な蜂が、さらに巨大な団子となって、高熱の塊となって襲い掛かってくるのだ。
このヒートボールは体の背面がとても硬く、反して腹部が柔らかい。
その弱点を集団で補う姿は、立体的なファランクス陣形を思わせた。
あるいは、この塊を一つの命と見れば、複合装甲と言えるのかもしれない。
「ひっ……!」
なまじ、遠くからでも見えるからこそ、狐太郎は情けない声を出した。
今まで彼のモンスターが倒した相手に比べれば恐れるに足りない下等モンスターだが、それでも集団が意思を一つにして襲い掛かってくれば恐れるほかない。
もしもあの塊がこちらに直撃し、さらに分離して襲い掛かってくれば。
自分など、一瞬で食い殺されるだろう。
「ピアスクリエイト」
しかし、先頭を行く白眉隊はひるまない。
まして最前を走るショウエンはひるまない。
森の中を移動するということでアクセルドラゴンに乗り込んだ彼は、実体化させた貫通属性の矢を放つ。
それは隙の見えなかった、壊せると思えなかった蜂団子をあっさりと貫通する。
だが貫通属性の攻撃は、あくまでも直線。
蜂団子と化したヒートボールは、意にも介さず向かってくる。
「ボムクリエイト」
だがその穴を、軍馬に騎乗しているウメイは見逃すことはない。
ショウエンと並走する彼女は、既にその内部へ実体化させた爆発属性のエナジーを放っていた。
「クラッシュグレネード……!」
爆発属性のエナジーは実体化させた場合、「物にぶつかる」。
仮にクリエイト技をぶつけても、蜂団子の内部に入ることはなく、外部で爆発して終わっていただろう。
だが彼女の精妙なコントロールは、或いはショウエンとのコンビネーションは、その爆発を最大限に発揮させていた。
強固な装甲に守られた「容器」の内部でこそ、爆発は最大の効果を発揮する。
その威力のすべてを受け止める形で、ヒートボールは内側から爆発して壊滅した。
「お見事」
貫通させた穴が小さければ小さいほど、その小さい穴へ入り込ませた爆発属性の濃度が濃いほど、その威力は飛躍的に増大する。
それを間近で見ていた、徒歩のジョーは称賛した。
「光栄です、隊長」
「この程度、称賛に値しません」
ショウエンとウメイは、その神業を誇らない。
たかがCランクの群れを蹴散らすことなど、この状況で褒められても困るだけだ。
「そのようだ……スラッシュクリエイト、クレッセントムーン!」
迫るのは、第二第三の蜂団子。
高熱を発しながら接近する蜂の群れを、ジョーは鮮やかにまとめて切断する。
もちろんただ切り裂いただけなら、蜂団子を構成する蜂のほとんどは死なずに済んでしまうだろう。
だが斬撃属性によって切り開かれたヒートボールは、もはやその陣形の意味を失っていた。
「ファイアークリエイト、ファイアーボール!」
特に何の指示をすることもない、白眉隊の隊員の内、最小限の人員が切断された蜂団子へ火をかける。
通常なら表面を焼くだけで内部へ浸透しなかったそれは、しかしあっさりと中まで火を通していた。
「さすがです、隊長」
「冴えわたる切れ味ですね」
「ふっ……そちらに比べれば恥ずかしいものだ」
やはりジョーもまた、これで褒められて喜ぶ男ではない。
確かに威力は凄いのかもしれないが、先ほどの二人に比べれば雑なものだった。
「それに……この程度の輩に手間をかけている場合ではないな」
この森において、Cランクモンスターは最底辺の存在である。
だからこそ逆に、通常では考えられない量のモンスターが殺到してくる。
それがこの森の日常であり、平常だった。
そしてAランク上位が出現している現状は、まったくもって平常ではない。
普段の量の、さらに十倍はやってくる。
「おいおいおい……」
ササゲに抱えられたままの狐太郎は、思わず顔をひきつらせた。
右を見ても蜂団子が数個、左を見ても蜂団子が数個、前には十個ほどある。おそらく背後にも、似たような量の蜂団子があるだろう。
一蹴できる相手とは言え、相手が数十塊もまとめてくれば数十回は蹴らなければならない。
まさしく殺到してくる相手に対して、各隊の隊員は対応しようとする。
「この程度に時間をかけている場合じゃないですね」
だが真っ先に動いたのは、後方で走る麒麟だった。
「コチョウさん、合わせてください!」
「わ、わかりました!」
これからAランクの集団と戦うのに、Cランク如きで兵を消耗させるわけにはいかない。
一蹴が不可能ならば、一掃するまで。麒麟の声を聞いて、コチョウは何もかもを察した。
「キョウツウ技、ホワイトファイア!」
「スピリットギフト、ベクトルクリエイト!」
討伐隊の中央直上に、白熱した高温の炎が出現する。
その熱で隊員が焼かれるのかとも思ったが、ここには灼熱の魔女がいる。
白い炎に喜んで飛び込んだのは、コチョウの精霊。
上質な火を取り込んだ精霊は、コチョウの持つ指向属性の力を借りて四方八方へと誘導する。
「ダストインストネレイション!」
通常の炎なら、表面の蜂を焼くだけだろう。だがそれは、通常の炎の話だ。
いくら蜂が密集しているとしても、気密があるわけではない。炎の精霊が力を貸すのならば、その炎はスポンジへ流し込んだ水の様に内部へと浸透する。
数十は下らなかった蜂団子は、いともあっさり焼却されていた。
「お見事です、コチョウさん!」
「い、いえ! 貴方の火力のおかげです!」
一塊となったヒートボールは、密集陣形の弱点である広範囲攻撃によって殲滅された。
所詮Cランクのモンスターであり、その生態も知られている。
これに手間取るほど、集結した討伐隊の地力は低くない。
「数十はあった蜂の団子、すべてへ炎を誘導するとは……流石灼熱の魔女と恐れられた精霊使いですね」
「彼女もここに来てから腕を上げたのだよ。北方を守るアルタイル殿から、薫陶も受けていたからね」
「そうですか……」
鮮やかな一掃を見て感嘆するウメイに、ショウエンは補足する。
この森という特殊環境に適応しつつ、自らも鍛錬を惜しまなかった。
だからこそ強くなったのだと、彼は誇っていた。
「評してくれるのはありがたいが、一掃できる雑魚ばかりではない。そろそろBランクが来る……私たちは中位の相手に専念し、下位は他の者へ任せよう」
先頭を行くジョーは、さらなる敵の接近を感じ取る。
兵の消耗は避けたいが、そんなことを言っている余裕はもうすぐなくなるのだ。
「来るぞ、ラウンドスティンガーだ!」
Bランク下位モンスター、ラウンドスティンガー。
特徴を一言で言えば、飛べない蜂である。
蜂と言えばトンボにも並ぶ飛行能力を持つことが有名だが、このモンスターはその巨大さと堅牢さを得ることと引き換えに、飛行能力を完全に失っている。
名残として羽根は残っているのだが、それは硬質な翼であり、飛ぶことには使用できない。
滑空することもできないため、もはや蟻のようなものである。
お世辞にも敏捷とは言えないのだが、やはり堅牢である。
Bランク下位の中では際立って頑丈であり、蜂の武器である顎は威力を増し、巨大な毒針は毒液を噴出する機能さえ持っている。
その大きさは、仔牛程度。
だがやはりこれも、尋常ならざる量で襲い掛かってくる。
各隊の隊長ならば一掃できるが、そんなことをしている場合ではない。
「ラムシップ……!」
堅牢であるはずのラウンドスティンガーが、小者に見えるほどの重装甲。
それをもって現れたのは、Bランク中位モンスター、ラムシップ。
こちらは若干飛行能力を保っており、一時的に加速する際には短距離を、わずかに上昇して移動できる。
だがそれは本質ではない。
ツノゼミの化け物であるこのモンスターは、同格であるタイラントタイガーと並ぶ体格を持ち、しかもその装甲は鋭利な衝角でもある。
船に例えられるその怪物が立ちふさがる中で、先頭の三人は顔をさらにこわばらせる。
「私たちが足を止めれば、そのまま壊滅する。いいか、一蹴してくぞ!」
「了解!」
「お任せを!」
ジョー達をして、一体ずつ倒すのがやっとというBランク中位モンスター。
それが大量に道をふさぐのはなんとも恐ろしいが、これは突破戦である。
三人は殺すことを諦め、斬撃や刺突で関節を貫き、爆発によって道を作っていく。
ラムシップは即座に復帰する上に、ラウンドスティンガーは放置の為全力で突貫してくる。
だが先陣を切るのは白眉隊であり、蝶花によって既に強化を受けている。
元々精強だった白眉隊に、竜騎士が加わっている現状。
三人の武将が突端を切り裂いているのならば、押し広げることは難しくない。
また側面や後方を、まったく憂いていなかったことも大きい。
どうしても縦に伸びてしまう集団の横っ腹を狙うのは、Bランク下位モンスターフォークヘッド。
肉食性のカブトムシという恐れるべきこの怪物は、ヒートボール同様に一塊となって襲い掛かる。
しかもそれは球形による守りの陣形ではなく、鋭角の突撃陣形だった。
それ故に高速であり、Bランク下位であるがゆえに精強である。
ヒートボールとは比較にならない強襲に対して、ハンターたちは身構える。
しかし……。
「デヒューションクリエイト」
今回討伐隊に参加しているのは、ウメイだけではない。
武将である彼女の側近を務める三姉妹が、狐太郎の護衛を務めているのだ。
「ノーズブレイク」
ウショウの放った拡散属性のクリエイト技は、フォークヘッドの進行方向に置かれていた。
それは密集の突撃陣形を作っていたフォークヘッドの群れを、いともあっさりばらけさせる。
何が何だかわからないまま混乱する虫の群れを、一灯隊の隊員が殲滅していた。
「やるな」
「当然よ」
リゥイの言葉を、彼女は受け取らない。
モンスター退治に関しては初心者だが、突破戦に関しては素人ではない。
「軍人を舐めないでよね、ハンター!」




