轡を並べて戦う
東方戦線の四人は、抜山隊の戦いぶりを真剣な目で見ていた。
もちろんガイセイや麒麟は強い。間違いなく、ウメイよりも上の使い手だろう。
その上蝶花が全体を強化していることもあって、核となるメンバーの強さが全体を底上げしている。
だがそれはそれとして、それだけではなかった。
うんざりするほどの量の、Cランクモンスター。
それを相手に、すべての隊員が一歩も引かず迎え撃っている。
もちろん、麒麟やガイセイと違って鮮やかではない。普通に攻撃を食らいながら、強化と回復、タフさに任せて戦っている。
ウメイと言わず、ウショウ、イショウ、キショウの三人ならば、ほとんど被弾せずに倒せるだろう。
つまりその強さに関しては、驚くことはない。驚くべきは、これが底辺ということだ。
蛍雪隊はともかく、一灯隊と白眉隊に、彼らより弱い者はいないということである。
強化をされたところで、一体一体が雑魚だったところで、雲霞のごとき敵を前に逃げず戦う。
それができる雑兵の集団など、どこにもいない。
数の力によって簡単に瓦解するからこそ、雑兵と呼ばれるのだ。
雑兵が雑兵でなくなるには、多大な時間を費やして、訓練や装備を与え、更に当人たちへ苦労に見合う報酬を渡さなければならない。
つまり精鋭が宝というのは、手間も金も惜しまず注ぎ込んで、ようやく出来上がる贅沢な代物だからだ。
各地の有力者が精鋭を出すことを渋るのは、それだけ「戦力」の希少さを知っているからだ。
(最初に彼らを見てよかったわ)
ウメイは大公の自信を理解する。
各隊を率いる強者だけでなく、精鋭とされる白眉隊だけでもなく、どの隊の隊員も即戦力として送り出せる自信があったのだ。
「ファイアークリエイト、ファイアーボール!」
「ブレイククリエイト、ホワイトスター!」
「見てください、ウメイ姉さん! あいつら全員、クリエイト技を使ってますよ!」
「キショウ、それは書いてあったことでしょう。ちゃんと読むように言っていたじゃない」
キショウの言葉に、イショウが呆れる。
士気の高さ云々は文章ではわからないが、全員がクリエイト技を使えるということは、しっかりと書くことができる。
もちろん、大公は文章で彼女たちに伝えていた。
「え? で、でも……クリエイト技を全員が使えるっておかしいじゃないですか?」
「おかしくないわよ、全員Bランクハンターなんだから」
「でも……え、あんなハンターが……」
「失礼なことを言うなと言われていたでしょう! 黙りなさい!」
クリエイト技を実用段階で使えるハンターというのは、Cランクではとても珍しく、逆にBランクでは使えない方が珍しい。
それはクリエイト技を使えるようになろうと思うこと自体が既に志の高いことであり、Cランク以下ならさほど必要ないということでもある。
習得が極めて困難であるという点も含めて、精鋭とそうではない者の線にもなっているクリエイト技。
なまじ軍人であり、なまじ使える者の少なさを知っているからこそ、キショウは驚いていたのだ。
(やっぱりすごいことなんだな……)
なお狐太郎は、先日来た学生たちのことを思い出していた。
やはり実用レベルでクリエイト技が使えるというのは、ただそれだけで凄いことのようである。
特に一般隊員が使えるのは、驚きのようだ。
まあ抜山隊もBランクなので、使えることを驚かれるのはおかしいのだが。
(本人たちの格好とか言動が、完全にCランクとかだもんな……)
狐太郎もこの基地に来て長いので、DランクやCランクなどのハンターを見ている。
お世辞にも育ちがいいとは言えない連中だったが、抜山隊はさほどの差がなかった。
「ああくそつまらねえ、Bランクすら来ねえとはどういうこった!」
「そこ怒るようなことですかね? 笛を吹く悪魔は周囲のモンスターを呼ぶ技ですけど、選んで呼べるわけじゃありませんから……」
「いいところ見せ損ねちまった!」
そんなことをしている間に、抜山隊は軽度の負傷をしながらもゴーストバレットの群れを殲滅していた。
地面に転がっている大量の死骸は、彼らの戦果そのものである。
隊長であるガイセイや麒麟がそこまで戦わなかったことも含めて、隊全体の戦力を東方からの使者に見せていた。
「隊長がAランク候補だって言うから、隊長だよりだと思ってたのに……全員が強い……精鋭部隊程じゃないけど、ベテランの兵よりも強い!」
「それ、褒めてるの? 少し不安なんだけど……なんでぎりぎり失礼なことを言うのよ」
隊長は強いが、隊員は弱い。
そう書いてあったのでキショウはかなり弱い隊員を想定していたようだが、その想定は超えていたようだった。
(俺もそう思ってました……)
狐太郎もまた、普通に驚いていた。
この森の中だけでインフレが完結しているので実感が薄かったが、Cランクモンスターが大量に湧くこともまたこの森が死地である所以だった。
狐太郎が四苦八苦しているように、雑魚であるCランクでさえ数がそろえば雑兵には脅威である。
そんなCランクの群れに後れを取るのなら、この基地で生きていられるわけがない。
「では次は、我等一灯隊が!」
「おお! 抜山隊に負けてたまるかよ!」
抜山隊が下がり、今度は一灯隊が前に出る。
ある意味各隊の対抗戦に近くなってしまったので、負けず嫌いの一灯隊のやる気に火がついてしまった。
抜山隊に負けないのは当然のこと、白眉隊にも劣らぬ働きを見せる。
そう思って布陣した若きハンターたち。
その熱気はもはや空回りの域に達している。
「さあ、モンスターを呼べ!」
「はいはい……笛を吹く悪魔!」
一灯隊リゥイの号令に不承不承従って、ササゲがその笛を再び吹く。
すると程なくして、大量のモンスターが森の中からあふれてきた。
「……ちょうどいい、Bランク下位が来たな! 鮮やかに殲滅するぞ!」
「おおお!」
Bランク下位モンスター、斧天牛。
名前だけ聞けば牛のモンスターに思われるが、実際には天牛のモンスターである。
長大な触覚が特徴的なこのモンスターは、一体で巨木さえ食い尽くす咬筋力と食欲を持っている。
材木の類を食べるだけでも人間には脅威なのだが、恐ろしいことに雑食性である。
特に群れを成したときは凶暴化し、蝗の如く道中のすべてを食い荒らすのだ。
牛の名に恥じることなく、仔牛にも匹敵する巨大なこの昆虫は、ゴーストバレットほど速くはない。
しかしBランクに属するほどの防御力と、鉄さえも噛みちぎる顎によって、素人に毛が生えたような半端ハンターをやすやすと食い殺すのだ。
しかしそれでも、この森では雑魚の部類である。
一灯隊にとって、脅威と言えるものではなかった。
リゥイ、グァン、ヂャンの三人を中心として、確実に撃退している。
それは先ほどCランクを相手に苦戦していた抜山隊とは一線を画するものであり、彼ら個人の強さと隊としての結束を見せるものだった。
「……先ほどはガイセイや麒麟にやる気がなかった分戦力で劣って見えましたが、こちらは隊長もやる気を出していますね」
「本気を出してるってことでしょうけど、出せる本気があるだけこちらも凄いですよ。Bランク下位と言えば、精兵でも不覚を取りかねない大物ですからね」
「彼らは本職のハンターですから慣れもあるのでしょう。しかし、Bランクモンスターを軽々と葬る姿は、流石討伐隊と言ったところ……」
当人たちの狙った通り、東方からの将たちは一灯隊の奮戦を評価していた。
しかしその一方で、白眉隊の隊長ジョーと蛍雪隊の隊長シャインは、露骨に顔をしかめている。
「……シャイン君、気づいているか? 明らかにおかしい、虫型のモンスターばかりが出過ぎている」
「ええ、それに他の種類が混じっていないこともおかしいわ。普通ならもっといろいろな種類のモンスターが出てくるはずなのに……」
そんな二人の会話を聞いて、狐太郎は「あるモンスター」の名前を思い出した。
この森に生息するモンスターのすべてを覚えているわけではないが、それでも流石にAランク上位は覚えた。
そう、Aランク上位のモンスターの特徴である。
「ま、まさか……」
「ああ、そのまさかだろう。最近見ていなかったが、それだけのことだ」
「戦力を派遣する前で良かったわね……」
隊長たちの会話を聞いて、白眉隊や蛍雪隊の隊員も緊張する。
この前線基地にあってさえ、Aランク上位モンスターは恐るべき厄災だった。
「不味いじゃないですか、お客さんもいるのに……!」
「そうだな……万が一を考えれば、一旦避難してもらうべきだ」
「お待ちください、何の話ですか?」
この前線基地にとって、Aランク上位モンスターは時折現れる最大級の敵である。
だがそれはこの基地の話であって、他のハンターや一般人、軍人にとっては「伝説の怪物」でしかない。
だからこそウメイたちには、狐太郎たちが何で慌てているのかわからない。
「……先ほどからモンスターを呼び寄せる悪魔の笛を吹いていますが、それでも現れるのは昆虫型ばかり。これは周囲に、他のモンスターがいないことを表しています。本来この森では多種多様なモンスターが生息しているのに、これだけの偏りは異様です」
シャインが、率先して説明する。
「考えられる可能性は一つ、昆虫型最強種、Aランク上位モンスターが、この近辺でコロニーをつくっているということ」
「……ファームマスターがいるのですか?!」
「ええ、またの名をプルート。すべての昆虫型モンスターを支配する、虫の皇帝です……!」
ファームマスター、或いはプルート。
その名前を聞いて、ウメイもその側近も震え上がった。
ビッグファーザーやドラミングゴリラなど、他のモンスターを支配下に置くモンスターは多くいる。
しかしその中にあってさえ最上位と言える……、或いはAランク上位の中で唯一配下を持つと言えるモンスター。
当然ながらその群れの規模はドラミングゴリラやビッグファーザーとは比べ物にならず、Aランク中位や下位さえも大量に従えている。
その怪物が付近にいると聞いて、おぞましく思わない者はいないだろう。
「お客様には申し訳ないですけど、これは試験をしている場合ではありません! すみませんが、直ぐにカセイへ避難してください!」
慌てた様子の狐太郎の勧めに、しかし四人は即答しかねた。
もちろん理屈で言えば、逃げるべきである。
なにせ彼女たちはただでさえ戦力の減っている東方の将、万が一にも死ぬわけにはいかない。
ましてや相手はAランク上位モンスター。何が何でも戦わねばならぬならまだしも、Aランクハンターがここに居る以上、戦うべき理由などどこにもない。
いいや、残るべきですらなかった。
「……」
しかしウメイは、あえて狐太郎を見た。
「恐れながら狐太郎様。貴方は確か、この地で護衛を募集なさっていたはずでは」
「え、ええ、まあ……」
「臨時ということで恐縮ですが、私たちが請け負いましょう」
「……は?」
思わず、聞き返してしまった。
「狐太郎様、これは必要なことです。もちろん道理から言えば、私たちは逃げても罵倒されることはありません」
「そりゃあそうですよ」
「ですが、私どもは今後、この基地の何処かの隊と共に戦地を戦うのです。ここで退けば、どう思われるかわかったものではありません」
抜山隊も一灯隊も、膨大なモンスターに対して一歩も引かなかった。
それによって、武勇は示されている。
だが強いことが分かっておしまい、ではない。
ウメイにしてみれば、彼らがやる気を出してくれないと仕方がないのだ。
この地で頑張っていることが大公の器量なら、東方で頑張らせることはウメイの器量である。
そして器量とは、行動によって証明するものだ。
「足手まといにはなりません、どうか許可を願います」
「……」
理屈はわかる。
仮にここで逃げ出しても、狐太郎は何とも思わない。
しかし一灯隊や抜山隊は、どう思うだろうか。
所詮人間相手に戦っている軍隊様だ、俺達と一緒にモンスター退治をする気はないらしいな。
と思われないとも限らない。
もしそう思っていなくとも、ここで一緒に戦えば。
おお、この人たちは俺達でも怖いAランク上位モンスターと戦えるのか! これなら俺達が前線に行ってもないがしろにされないな。
となる可能性はあった。
もちろんかなり雑な理屈だが、それでも筋は通っている。
(その決断を俺がするのは嫌だなあ……)
この砦の責任者は、名目上狐太郎である。
であれば彼が判断するほかなかった。
「よし」
彼は決断した、一人の社会人として判断した。
「ショウエンさん、すみませんが大公閣下に確認を取ってきてください。許可が下りれば、私の臨時の護衛とするということで」
「……承知しました」
自分では判断できないので、上に指示を仰いだ。
これで何かあっても「なんで勝手に判断したんだ」と言われることだけは避けられる。
なお、そんな逃げの判断を下した狐太郎に対して、ウメイは何も言わなかった。
実際のところ大公の判断には誰もが従わざるを得ないし、勝手なことを言い出したことも事実である。
それにもっと言えば、「避難してください」「わかりました、避難します」だと格好がつかないので、一応こうやって戦う姿勢を見せることも大事だった。
もちろん、ウメイがどう思っているかは、また別なのだが。
「……あ、ジョーさん! すみません、勝手に白眉隊に指示をしてしまって……」
「いや、君の判断は正しい。それに白眉隊も君の部下ではある、手足のように使っても構わないよ」
「では隊長、直ぐに向かいます」
竜騎士を伝令として使うのは贅沢だが、それでも最適な役割である。
特に飛竜ならば、速やかに連絡をとることができた。
「……」
ショウエンは、ぺこりとウメイに頭を下げる。
そして言葉を交わすこともないまま、その場を去っていった。
しばらくすると、ワイバーンが前線基地を飛び立っていく。
それをウメイたちは見上げていた。
「どうでしたか、俺達の戦いぶりは!」
戻ってきた一灯隊は、自分たちが見られていないことに気付いていなかった。
※
その日の夜、ウメイたちは以前から用意されていた、貴賓用の宿に泊まっていた。
もちろんカセイの最上級の宿に比べれば何もかも足りないが、それでもダッキが泊まることも想定しているため、様々なものが最上級である。
各階級に合わせて宿など作れないのでとりあえず最上だけ作っちまえという部屋は、本来ウメイたちが泊まれるランクではない。
だがそんなことが気にならないほどに、側近の三人は緊張していた。
なにせ明日モンスターと戦うかもしれないのである。
戦う気などほとんどなかった彼女たちにしてみれば、晴天の霹靂だった。
しかも相手はAランク上位、大将軍ですら不覚を取りかねない化物の中の化け物である。
軍人として、自分たちの実力を客観視できる彼女たちは、だからこそ緊張していた。
「よ、よし! 絶対やるよ! 私はやるよ!」
緊張をごまかすように、一室で拳を振るうキショウ。
弱気を振り払おうとする彼女の姿は、一種滑稽だった。
だがその滑稽さを、姉妹である二人は笑えない。
「キショウ、良く戦う気になるわね……」
「Aランク上位モンスターなんて、私たちが戦っていい相手じゃないのに……」
軍隊が出動しなければ倒せないBランク上位モンスター。
しかし逆に言えば、軍隊が出動して倒せる上限がBランク上位モンスターである。
Aランク上位モンスターとは、その三段階上の強敵である。
大将軍ならまだしも、その域に遠く及ばないウメイたちでは、手も足も出ない相手だ。
「だ、だけどさ! あのAランクハンター見た?! 凄い怖そうで、怯えてたのに、私たちが戦うって言っても迷惑そうにしてたんだよ?! 私たちのこと、最初から当てにしてないんだよ?!」
自分の命が惜しいのに、他人の命にも心配をしている。
というか、間違いなく最弱の存在なのに、仮にも将の側近であるキショウ達の心配をしていたのだ。
「あんな弱っちい人が逃げないのに、私たちが逃げるってどうよ?!」
「……まあそれはあるのよね」
「ウメイ姉様も、それが大義だったし……」
一灯隊ですら狐太郎のことを認めているのは、彼が危険地帯にいるからである。
逆に言えば、強くとも危険地帯から逃げるのなら、尊敬を得ることはできない。
軍人にとって戦歴が重要視されるように、ハンターにとってはどんなモンスターと戦ったかが評価である。
この場の面々が嫌なことから逃げないのならば、それだけでこの基地のハンターからも評価が高くなるのだ。
やる意義は、十分にある。
「とにかく……やることをやりましょう。ここが前線であり、私たちが軍人である以上……上官の命令に従うべきだわ」
話をしていた三人は、椅子に座って黙っているウメイを見た。
彼女に対して、ショウエンがどんな返答を持ってくるのか。
それを待つことしか、側近たちにはできない。
静かに、時間は過ぎていく。
もしかしたら、大公が止めてくれるかもしれない。
そんな期待をしながら、一行はただ待っていた。
緊張のあまり、眠気さえ忘れてただ待っている。
そして……。
「失礼します」
不落の星、ショウエン・マースーが部屋の扉を叩いていた。




