15
なんのかんのいって、ハンターとは実力社会である。
強い者が偉い、強い者が決める、強い者が隊長と言う風潮が存在するのだ。
これは混乱を招くことがない制度であり、隊長が抜きんでた力を持つハンターの部隊は長続きするとされている。
現場でもめるという最悪の事態を避けることができるからだ。
その一方で、一灯隊は三人の実力者が在籍している。
同じ孤児院で育った三人の義兄弟が、それぞれ小分けにされた部隊を率いることで成立している。
有事の際には隊長であるリゥイが指揮を執るが、普段は副隊長であるグァンや三番手であるヂャンも独立して部下と狩りをしているわけである。
白眉隊も弓兵隊や槍兵隊などで別れているが、隊長であるジョーが不在の時には連携が難しくなる。
つまり三人も『隊長』がいる一灯隊は、手分けして行動ができる唯一のハンター部隊なのだ。
「よう兄貴たち、トウエンはどうだった?」
「皆元気そうでよかったよ」
「ああ、ちゃんとご飯も食べられていた。虐待の痕跡もない」
「そりゃあよかった」
共に苦楽を乗り越えてきた、家族以上の絆を持つ部隊。
それゆえに結束も固く……裏切り者など出ないと信じられていた。
もちろんそれは、時として裏切られる信頼なのだが。
ともあれ、隊長たち三人のつながりは特に強い。
この三人がそろっていれば、一灯隊全体が駄目になることはないと、隊員の誰もが思っていた。
「それで、新しいハンターが入ったそうじゃないか。どんな部隊なんだ? できればいい人達だといいんだが……」
「ああ、抜山隊のようだと困る……。とは言えないのが、悲しいところだがな。この際、人格に少々問題があっても文句は言えない」
リゥイとグァンは、新しいハンターが入ったことしか知らない。
その具体的な構成は、まだ聞いていなかった。
むしろ周囲が、教えることに消極的だったのだが。
「……部隊じゃねえ、個人だ」
苦々しい顔をして、ヂャンが答えた。
彼だけではなく、前線基地に残っていたヂャンの部下たちも同じ顔をしている。
「個人? 一人でこの前線基地の討伐隊になれたのか?」
「それは頼もしいが……どうやら問題があるようだな」
とても当たり前だが、シュバルツバルトという超危険地帯で個人での狩りができる者はほとんどいない。
リゥイやグァンでも困難であり、ジョーでさえ自分の身を守るのがやっとである。
今この基地でそれができるのは、ガイセイだけだった。
「……奴は、魔物使いだ」
びくりと、この街に戻ってきたばかりの男たちが体を震わせた。
「それも騎兵とかじゃねえ、純粋な意味での魔物使いだ」
魔物使いと一言で言っても、実際には広義にわたる。
地を走る竜に乗って戦う竜騎兵も、一応は魔物使いに分類されているのだ。
一灯隊にはモンスターに対して忌避感や憎悪を抱くものも多いが、流石に馬の代わりとして使われている相手に腹を立てることはない。
だが純粋な意味での魔物使い、この前線基地で主戦力となるほどのモンスターが相手となれば話は別である。
「竜に亜人、氷の精霊、おまけに悪魔だ。しかも全員言葉が通じるときてやがる」
「そ、そんな……! それじゃあ、この前線基地の中にモンスターがいるのか?!」
「なんで止めなかったんですか! いくらなんでも、人語を解するモンスターなんてありえない!」
「悪魔なんて、絶対にろくでもないことをするに決まってる! 今からでも追い出しましょう!」
一般の隊員たちが声をあげた。
無理もあるまい、文字通りの意味で親の仇と同種なのだから。
だがそれは平の隊員である。副隊長であるグァンは、努めて冷静に話をつづけた。
「ヂャン……そいつらは強いのか?」
「……ああ、俺より強い。怪我しないように手加減されたうえで、負けちまった。それも氷の精霊一体にな」
ヂャンの部下たちは、その戦いを間近で見ていた。
その彼らが証人となっており、疑う余地はない。
だが信じたくない情報だった。
「お前より強いモンスターが、この基地にいるのか……!」
リゥイの表情は、まさに鬼気迫るものだった。
怒りと憎しみ、そして葛藤が混じっている。
「魔物使い本人は話にならねえほど弱いが、それを補えるほど四体が全員つええ。この前なんぞ、氷の精霊が魔物使いと一緒に先に帰ってきたと思ったら、三体だけでどっさりと戦利品を抱えて帰ってきやがった」
それに比べれば、ヂャンはまだ冷静だった。もちろん面白く思っているわけではないが、評価には感情が入っていない。
「軽く見ても、ガイセイと同じぐらい強いんだろうさ。もしかしたら、奴ら自身がAランクかも知らねえ」
ヂャンはコゴエに氷漬けにされても、自力で脱出していた。
それに対して狐太郎たちは驚いていたが、ヂャンはヂャンで慄いていたのだ。
もしもコゴエに殺意があれば、そのまま殺されていたのだから。
「……くそ!」
悔しそうに、リゥイは顔を押さえた。
Bランクのモンスターを連れている程度なら、無理やりにでも追い出していたかもしれない。
だが自分達よりも強い可能性のある相手を、今追い出すことはできなかった。
負けるのが怖いからではない、この街を守らなければならないからだ。
Aランクのハンターが不在の今、自分達よりも強いハンターを追い出せるわけもない。
「あの……グァンさん。クソ弱い魔物使いに、ヂャンさんよりも強いモンスターが従うなんてありえるんですか?」
「そうですよ、普通なら魔物使いってのは、自分より弱いモンスターを従えるもんでしょう?」
認めがたい現実を前に、隊員たちは否定する材料を探していた。
実際のところ、弱い者に強いモンスターが従うというのは信じられないところである。
人間同士でさえ、力が弱い者は侮られてしまう。雇い主が弱いからという理由で軽んじて、その結果トラブルが起きることも珍しくないのだ。
もちろん商人などはその限りではないが、ハンターや自警団、軍部などは腕っぷしで地位が決まってしまう。
この世界では軍人でさえも、上に立つには武勇が絶対条件となっているのだ。
「……ありえないわけではない、特に悪魔の場合はな」
とはいえ、例外がないわけでもない。
グァンは不愉快そうに、例外について説明を始めた。
「悪魔は知恵があり寿命は長く、特別な力を持ち、身体能力も高く、はっきり言えば強い上で厄介なモンスターだ。このシュバルツバルトに生息するモンスターとは、様々な意味で毛色が違う」
ごくわずかな弱点や個体数が少ないという点を除けば、人間の上位互換と言っても過言ではない。
もちろんそれは性能としての意味合いであって、性格の意味では異なるのだが。
現状が示しているように、建設的という意味で人間よりも優れた生き物はいない。
「ただ知恵があるだけに、人間社会の中で暮らしたがる者も多いそうだ。そうした輩は、あえて人間に従うこともあるとか……聞いた話だがな」
説明をしているグァンの顔に、嫌悪とは別の種類の感情も現れていた。
(この地でAランクのハンターとして実績を積めば、貴族になることができる。人間のハンターを傀儡として、悪魔が貴族としての実権を握る。可能性はあるが……それをジョー様が考えていないとは考えにくい)
警戒心と諦念である。
どれだけ悪い材料を並べても、このままだと前線基地が崩壊するという事実の前には意味がなかった。
(……結局は、力不足か)
どれだけ嘆いても、現実は変わらない。
このままだとこの前線基地が破滅する、その事実の前には警戒する意味がなかった。
仮に何かの理由を付けて、『怪しいから追放しよう』と言い出す者がいたとしても、一灯隊でさえ反対の立場をとらざるを得ない。
モンスターが前線基地を闊歩していることは耐えがたいが、追い出せば前線基地そのものがなくなってしまう。
不愉快が沸き立つ若さがある一方で、人命という大義と秤にかければ大義を選ばざるをえなかった。
「……アッカ様さえいてくれれば」
隊員たちが、不安を漏らしてしまう。
結局のところ、アッカさえいれば問題が起こることさえなかったのだ。
「……どうして」
一灯隊を束ねる男、この前線基地でも屈指の実力者。
国家全体から見ても上位に位置するであろう男は、無力を嘆いた。
「どうして力を求める者には力がなく、自分のことだけ考えている者に力は宿るのだろう……」
※
蛍雪隊の隊舎から出た狐太郎一行は、ようやく建設的なことができたことで満足していた。
「やっと一歩前進だね!」
自分たちの家へ帰る道で、アカネは嬉しそうにしていた。
(今までは一歩も進んでいなかったことを自覚していたのか……)
なお、狐太郎はそんな彼女をみて嘆いていた。
命を賭けた空回りをしていたことを、彼女は気づいていて続けていたのである。
「アカネ、では帰ったら確認をしてもいいのだな」
なお嬉しそうにしているアカネへ、コゴエは冷たい視線を送っていた。
「……え、テスト? テストするの?」
「無論だ。ササゲやクツロならともかく、お前は怪しいからな」
「え~~! 今ようやくお勉強が終わったのに、もうテストするの?!」
「なんのための勉強だと思っている。ご主人様の命がかかっているのだぞ」
「なんで冒険の世界に来たのに、テストなんてしないといけないんだろう~~」
因果関係から言えば、勉強をしたのでテストをするのである。
よって勉強をした後なのでテストをするのは嫌、というのは無茶苦茶だった。
とはいえ、わからないわけでもない。狐太郎は学生時代を思い出した。
もちろん就職してからも資格修得のために勉強はしたのだが、その際のテストは勉強の終わりを意味していたのでさほど苦でもなかった。
「ねえご主人様、今日はもうやめにしない? 私明日からもっと頑張るからさ」
「今もっと頑張れ」
「ええ~~……」
(俺を連れて回ることを諦めてくれれば、テストも勉強もしなくてもいいんだけどなあ)
気持ちはわかるが、比喩誇張抜きで自分の命がかかっているので、テストの妥協はできなかった。
むしろ狐太郎の命を守るためだけに勉強をしているので、そのことを自覚してほしいものである。
「いいよね~、ササゲやコゴエは頭がよくってさ~~」
「アカネ、貴女は性格の問題でしょう? そんなに難しいことじゃないんだから、一生懸命頑張りなさい!」
「クツロまで敵だよ~~」
(敵ってお前……)
なんとも大げさな言い方に、狐太郎だけではなく三体は呆れる。
敵と言うには、もっととげとげしさがあるべきではないか。
「ん?」
さてもうすぐ我が家だ、と思っていると家のすぐ近くにハンターたちが陣取っていた。
「ご主人様、警戒を。おそらくヂャンと同じ一灯隊かと思われます」
コゴエが前に出る形で、狐太郎をかばった。
ほかの三体も明らかに警戒する。
(一灯隊……孤児院の集まりか)
全面的な味方ではないが、間違っても敵ではない。強いて言えば同僚だろう。
本来ならこうしておびえることも失礼なのだろうが、まず相手から明らかなほどの敵意が向けられている。
「噂の魔物使いさんかい」
お世辞にも好意的な雰囲気はない。
むしろ今にも殴り掛かってきそうだった。
「随分と楽しそうにしてたのに、台無しにして悪かったな」
「まったく、お強いモンスターに守られてるぼんぼんは気楽でいいねえ」
その数はおよそ十人ほど。
たまたま偶然通りかかりました、という空気ではない。
どの程度本気なのかはともかく、荒事になることさえ想定しているようだった。
(来るなら来いって雰囲気だ……来たのは向こうが先だけど)
緊迫した空気が、二組の間に生じていた。
(前は森の中だったけど、今は前線基地の中だぞ? 何かあったら、事故じゃすまない。一般の人もいるのに……)
常識で考えれば、今この場で戦闘になるなど考えられない。
だがしかし、そんな実態のないものがあてにならない、そんな危うさが漂っていた。
「なあお坊ちゃん。それだけのモンスター、どれぐらい高かった?」
言われうる侮辱だったが、言われると腹立たしかった。
「なんてこと言うのかな!」
声に出すのはアカネだけだが、他の三体もいら立ちをあらわにしている。
コゴエの周囲にある水分が凍り付き雪に変わり、クツロの全身の色が濃くなり、ササゲの髪が妖しく揺らめいていた。
「はっ、知らねえか? そりゃあそうだ、お父さんに買ってもらったんだもんな!」
「それともおじいちゃんに買ってもらったのか? 羨ましいねえ! それじゃあ珍しいだろう、こんな汚いところはよう!」
「故郷に帰ってうまい飯でも食ってたらどうだ! 水が合わねえだろう?」
「お抱えの詩人に歌でも歌ってもらって、演劇でも楽しんでた方がいいんじゃねえか?」
以前のヂャンも、ここまでは挑発的ではなかった。
(みんな抑えてくれているけど、この後どうすればいいんだ? いったん下がるとしても、家の前に陣取られちゃあ……)
狐太郎は窮していた。
戦いを避けたいが、どうすればいいのかわからない。
(そうだ、白眉隊を呼ぼう。それしか……いや、間に合わない)
すでに四体の怒りは頂点に達していた。
これから先に暴力が生じる、その未来がそこまで来ていた。
「かわいくて、綺麗で、お前みたいな親に恵まれただけの男に尻尾振ってくれるモンスターだ。さぞお高かったんだろう?」
「いやいや、どれだけカネを積んでも買えないさ。それこそ、一見様お断りの格式高い奴隷市場で融通してもらったに違いない」
「いいねえ、羨ましいねえ。パパやママがお金持ちで、人生勝ったも同然ってか?」
「ペット共も嬉しいだろ? お金持ちに飼われて、ちょっとヨイショしていればいいだけなんだもんな」
(ここで暴れたら、俺たちが悪いのか? 俺たちが罰を受けて、ここから追い出されるのか? もしくは、もっと悪いことに……!)
「あ~あ~下らねえ」
緊迫した空気を打ち破る、とても雄々しい声がその場に流れた。
「何やってるんだ、お前ら」
狐太郎たちの後ろから、途方もない大男が現れた。
人間ではないクツロと視線があう、二メートルよりもさらに、はるかに大きい筋骨隆々たる男だった。
「お、お前は……!」
「喧嘩を売るのはいい、気に入らねえならぶちのめせばいい。それを自分でやるなら結構だ」
わざわざ狐太郎たちを押しのけて、一灯隊の隊員たちへ近づいていく。
「街中で暴れるのも上等だ、暴れたいときに暴れて恥ずかしいことはねえ」
そして、ついに一灯隊を見下ろす距離になった。
「だがなあ」
そのまま巨大な拳を振りかぶった。
「うじうじしてんじゃねえ!」
何のためらいもなく、十人を一撃でぶっ飛ばしていた。
そのあまりにも強引な解決ぶりに、先ほどまで怒っていた狐太郎一行も唖然としていた。
殴っていいかどうかの駆け引きをしていた自分たちは、いったい何だったのだろうか。
「てめえら、喧嘩すんならとっとと殴りかかればいいだろうが! 喧嘩を売るなら喧嘩を売る! 悪態をつくなら悪態をつく! どっちになってもいいなんて考えながら、息荒くして唾吐いてんじゃねえ!」
ぶちのめして説教をしているが、果たして聞こえているのだろうか。
殴られた一灯隊の隊員たちは、その背後にあった狐太郎たちの家に激突していた。
哀れ狐太郎たちの家は崩壊し、一灯隊の隊員たちは埋もれている。
「てめえのやることは、てめえで決めろ!」
どうやら言いたいことを言ったら満足したらしい。
くるりと振り向いて、狐太郎たちに握りこぶしを見せる。
「よう、魔物使いとそのモンスターども」
今まさに狐太郎たちの帰る場所を破壊したのだが、いいことをしたかのような顔をしている。
「俺は抜山隊隊長、ガイセイだ。歓迎するぜ、この前線基地のハンターとしてな」
(なんて完璧な自己紹介なんだ……!)
狐太郎はほぼ完ぺきにガイセイを理解していた。
この物凄く堂々としている男こそ、この前線基地において最強とされるハンターなのだ。
「歓迎もなにも……私たちの家、壊しちゃってるんだけど」
「ん? ああ、ここお前らの家か」
(知らないで壊したのか……知ってて壊すのもどうかと思うけど)
アカネが普通に突っ込みを入れるが、まるで気にしていなかった。
住処を破壊するというのは、歓迎するどころか追い出しそうな勢いである。
「ちょうどいいや、俺のところで歓迎会を開いてやるからこっちにこいよ」
(何がちょうどいいんだろう……)
謝りもせずに歓迎会へ案内しようとするガイセイに、一同は困惑していた。
かなりと言うか大分と言うか、非常識なふるまいである。
「ご主人様、お気を付けください。歓迎会と言って、何が起きるのかわかりません……! この男は、その場の気分で動く男です!」
この世界に来て初めて、同じぐらい大きい男と対峙するクツロ。
というよりも、自分と同じぐらい大きい人間の男性など初めてなのだろう。
だからこそ反応し、最大級の威嚇をしていた。
(しかし……頼もしいなあ、クツロは。見るからに頼もしい)
近くにいるとものすごく怖い大鬼だが、敵がいるときは頼もしい。
体が大きいので、大人に守られている子供のような安心感がある。
(まあモンスター相手だとその頼もしさも裏切られっぱなしなんだが、真っ向勝負なら一番だな!)
「肉と酒ならたんまりあるぜ」
「行く~~!」
頼もしさは、一瞬で裏切られた。
「ご主人様! 肉と酒ですよ! 相手は礼儀がわかっていますね!」
(鬼の中では肉と酒でもてなすことが最大級の礼儀で、寝床を壊されても帳消しになるのか?)
言葉が通じるほどに頭がいいのに、肉と酒には簡単に釣られる。
犬は訓練されれば他人から与えられた餌を食わないというのに、クツロは肉と酒の存在を知った瞬間に警戒心と理性と知性が消滅した。
「ご主人様。私に任せていただければ、クツロを氷漬けにすることもできますが」
「やめてあげてくれ」
「では歓迎会に参加なさるので?」
「無下にするのも悪いし……一灯隊よりはましだし」
「承知しました」
やはり一番頼りになるのは雪女なのかもしれない。
そう思いながら、狐太郎は宴会へ参加することを決めたのだった。
※
時刻は夕方、空が赤らんで暗くなるころ。
夜が待ちきれないとばかりに、大騒ぎをしている区画があった。
抜山隊の隊舎である。
蛍雪隊と違って特徴的な建物ではないがやはり目を引くのは、外から見てもわかるほどの『大きな食堂』と『大きな厨房』だろう。
公民館程度の大きさがある広間には、やはり大きな机が大量に置かれており、そこへ厨房で作られた大量の料理が運び込まれている。
「ぷっはあ~~!」
「お前ちょっと飲み過ぎじゃねえか? 明日はもう狩りを再開するんだぜ?」
「いいじゃねえか、これぐらい。俺だってまだ若いんだ、明日に酔いは残さねえさ」
「とか言って、朝になって動けなかったら、モンスターの餌にされちまうぜ?」
「なあに、その時はモンスターの腸を食い破ってやるさ」
「バカ言うな、そんなことをできるのはアッカさんぐらいなもんだ」
「お前じゃあ、そのまんま食われちまっておしまいだよ」
「違いねえ!」
「はははははは!」
ガイセイは遠くからでもわかるほどの大男なのだが、他の面々は流石にそこまで大きくない。
各々の装備はお世辞にも上等ではなく、先日の白眉隊に比べれば安物ばかりだった。
無理もない話である。
そもそも抜山隊は、ガイセイという男が飲み仲間を集ったことが始まりの集団でしかない。
高潔な目標や義務があるわけではなく、ただ報酬を目当てに戦っているだけの男たち。
人数こそ通常よりもよほど多いが、それを除けばとても一般的な部隊と言っていいだろう。
そんな中で、お世辞にも普通のハンターと言い難い狐太郎一行は……。
「酒! 肉! 極楽だな!」
「肉! 酒! 天国ね!」
すっかり溶け込んでいるクツロを見て、ドン引きしていた。
クツロとガイセイは、体格的に同等である。
隣に座って肩を組みながら酒を飲んでいると、相棒のようにぴったりだった。
(まるで、この世界で生まれたかのような一体感だ……)
案の定と言うか、狐太郎は肉が固くて歯が立たず、酒も不味いので手を出せなかった。
よって、素面のまま酔っ払いを眺め続けるという苦行に耐えなければならなかったのである。
「ご主人様……私帰りたいんだけど……」
「少しぐらい我慢なさい……テストをせずに済んだんだから、それぐらいいいでしょう?」
救いがあるとすれば、他の三体は溶け込んでいなかったことだろう。
アカネもササゲも、自分たちが普段食べている食事に大差がないことで、宴で気分が盛り上がるということがなかったのだ。
「アカネ……俺にはあんなに楽しそうにしているクツロを、止めることなんてできないんだよ……」
「置いて行こうよ……」
どんな時でも一緒に居ようねといったアカネをして、帰りたいこの宴。
そしてとても悪いことに、本当にただの歓迎会だった。
抜山隊の誰もが狐太郎たちに出された料理と同じものを食べ、同じ酒を飲み笑っている。
明日から始まる狩猟に備えて、悔いを残さないように楽しんでいるのだ。
とりたてて狐太郎たちを歓迎しているわけではないのだろうが、少なくとも排斥してはいない。
同じ釜の飯を食うという言葉があるように、狐太郎たちと同じ食卓で笑い合っているのだ。
これに対して『飯も酒も不味くて耐えられないから帰る』なんて、言えるわけがないのだ。
相手は完全な善意で狐太郎たちを酒宴に招待している。
これを無下にできるのは、よほど空気の読めない者だろう。
「ご主人様、お供します」
狐太郎の自己犠牲的な誠意に感銘したのか、コゴエは冷気を発しながら従った。
なお、彼女は普段から楽しそうでもないし苦しそうでもない。今も同じである。
(まあしかし……ここの人たちも、俺達に一々出自を聞かないんだなあ。まあ俺だってここの人たちの出自にそこまで興味があるわけじゃないんだけど)
本当の歓迎会なら、狐太郎に対して質問攻めをするのだろう。
だがそんなことを抜山隊はしない。
シャインが言っていたように、この前線基地では前歴を問わないという暗黙の了解があるからだろう。
(いや、単に酒を飲む口実で歓迎会と称しているだけだな)
あるいは、今回は歓迎会と言う名目になっているだけで、狐太郎たちがいなければそれはそれで酒を飲んでいたのかもしれない。
「よおしお前ら! 手四つするぞ! 机をどかせえ!」
巨大な手を叩き合わせて、ガイセイが宴の余興を始める合図をしていた。
大量の料理が乗っている机を、誰もが動かして端に寄せていく。
真ん中に大きな空間ができたところで、抜山隊の隊員たちは上着を脱ぎ始めた。
「よっしゃあ、手四つだ!」
「負けた方は、勝った方におごりだ!」
酒にまみれた、屈強な男たち。
上着を脱いだ彼らは、ものすごい体毛が濃かった。
だれもが汗だくと言うこともあって、部屋の中の温度や湿度が大幅に上がった気がする。
「うわあ……」
「うっ……」
その光景をみて、さらに気分が悪くなっているアカネとササゲ。
彼女たちから見て原始人同然であろうハンターたちの裸は、見ても楽しいものではないようだ。
「そらいけえ! 男を見せろ!」
良くも悪くも男らしすぎる集団が、さらに男らしいことを始めた。
宴の席で作られた即席の決闘場で、互いの手をつかみあい、力比べを始めたのである。
(プロレスみたいだ……)
酒の入った男たちによる、力と力のぶつかり合い。
一種相撲のようなルールがあるらしく、膝を突いたりしりもちをつけば、それだけで試合は終わりのようである。
殴る蹴る、武器を使う。そうした怪我をする可能性を排除した、スポーツのような力比べだった。
ある意味では、紳士的な競技なのかもしれない。
「よし! どっちが勝つか賭けようぜ!」
「おいおい、カセイから帰ったばかりだから、金なんてだれも持ってねえよ!」
なお、賭け事は許可されているらしい。
「んおおおお!」
「ふんぬううう!」
ただの力比べとはいえ、力が基本のハンターたちによる力比べである。
どちらが上でどちらが下なのか、はっきりさせる機会と言うこともあって、戦っている二人は本気で力んでいた。
酒で赤くなっていた顔をさらに赤くして、太い腕にある筋肉を隆起させて押し合っている。
(プロレスみたいというか……プロレスのようなものだと思えば、結構楽しいかもな。これだけでっかい人が押し合っているんだから、見ごたえはあるわけで)
狐太郎が生まれた元の世界にいる、どんな格闘技選手よりも屈強な体を持つ男たち。
彼らが本気でぶつかり合っているのだから、見ごたえがないわけもなかった。
狐太郎に格闘技の試合を観戦する趣味はなかったが、見ている分には楽しい余興だった。
(や、やれとか言われたらどうしよう……)
見ている分には楽しいのだが、参加するとなれば話は別である。
狐太郎も一応は男なのだから、参加しろと言われる可能性がないでもなかった。
不安になりながらガイセイの方を見ると、彼は上機嫌そうに酒を煽っている。
そして隣で同じように酒を煽り、力比べをしている男たちを応援しているクツロへ悪戯っぽく笑いかけた。
「なあ亜人の姉ちゃん」
「ん?」
「どうだい、俺と一丁押し合ってみるかい」
抜山隊の隊長が、戯れとはいえ力比べを申し出た。
それを聞いて、大騒ぎしていた隊員たちが歓声をあげて、さらに大騒ぎする。
「いいぞ! 隊長!」
「亜人の姉ちゃんなんぞ、ぶちのめしちまえ!」
「旦那の後を継ぐのは、隊長なんだしなあ!」
「新入りなんかに負けんなよ~~!」
一応戦うか聞いただけなのに、もはや完全に戦う流れだった。
果たしてクツロは、これに乗るのか乗らないのか。
「おもしろい!」
酒の入ったクツロは、ただの大鬼だった。
この宴に溶け込んでいる彼女が、この前線基地で一番強い男と力比べを持ち掛けられて、大喜びするのは当たり前である。
流石に上着を脱ぐことはなかったが、全員にはやし立てられながら前に出る。
それを見て、ガイセイもまた大喜びし、前に出た。
(な、なんて自然な流れなんだ……!)
ガイセイに二心はない。
クツロを再起不能にしてやろうとか、叩きのめして身の程を弁えさせてやろうとか、どれぐらい強いのか確かめたいだとか、そんな思惑が一切なかった。
ただ隣にいるクツロと、ちょっと力比べをしてみたくなっただけなのだろう。
初めて会った狐太郎をして、裏表がないことを確信してしまう。それがガイセイだった。
「んじゃあよ」
「おお!」
男と女、人と鬼。
その違いはあれども、同じ身長と似た体格。
両者はゆっくりと両手の指を絡ませ合って……互いを押しつぶそうとした。
「んん!」
「んん!」
矛盾しているかもしれないが、微動だにしない両者から発された衝撃で、全員が風を感じた。
静止した状態から始まった力比べは、まるで全力疾走して正面衝突したかのような、激突し合ったかのような衝撃波を生んだのである。
「ん~~!」
軽い調子で始めたことであっても、力は抜かず勝ちも譲らない。
ガイセイは目の前の鬼を本気で押し込もうとしているのだが、まるで押し切れなかった。
「ぬう~~!」
それはクツロも同じである。
軽くひねってやろうと思い、手を合わせた。
文字通り力の差を見せてやろうと、自分の同僚や主に雄姿を見せようとしていた。
だが、拮抗していた。
所詮は女だと侮っていたガイセイ、所詮は人間だと侮っていたクツロ。
両者は渾身の力で、全身の筋肉を膨れ上がらせながら押しているのだが、一切動かなかった。
これが何かの技や魔法なら、まだ負けを許容できたかもしれない。
しかし互いに力と力だけで押し合っているという確信があったからこそ、酔いを忘れて押し込んでいた。
「……に、人間が大鬼のクツロと互角だなんて……」
クツロに次ぐ力を持ったアカネをして、その光景は信じられなかった。
互いに酒が入っているが、それが問題にならないほどの気迫が表情と姿勢に現れている。
「……英雄とか勇者とか呼ばれる人種ね」
何かを思い出したかのように、ササゲは懐かしみながら見守っている。
かつて彼女の世界でも存在した、絶対的な力を持つ人間の戦士。その中でも抜きんでた力を持つ、勇者と呼ばれた者。
間違いなくガイセイは勇者だった。
「すげえ……」
小細工のない力と力のぶつかり合い。
その最高峰を見る狐太郎は、ただ感動しながら見るだけであった。
「……」
その戦況を見ながら、コゴエはある懸念を抱いていた。
「……これだけ強くとも、Aランクではないのか」
Bランクのハンターやモンスターは、それこそピンキリだった。そのため、Bランクよりも強いというAランクがどの程度なのかわからなかった。
だがこうして、Bランクの頂点に立つ男の力を見ることができた。
これによって、Aランクというのがどれだけ途方もないのか、ようやく基準を得ることができたのである。
(Aランクのモンスターは、私たちをして倒すことが容易ではなく……Aランクのハンターに至っては私たちよりも強いかもしれない)
狐太郎に仕える四体は、この世界でも最高水準の実力を持つのだろう。
だがしかし、この世界で最強、と言えるほどではない。そのことを確かめることができたのは、とても大きなことだった。
そんな冷静な考察をしているのは、コゴエだけであった。
誰もが息を呑み、二人の力比べを観ていた。
自分たちが力比べをしているかのように、握りこぶしを硬く握りしめ勝負を見守っている。
「~~!」
「~~!」
共に力自慢である。
他の分野で後れを取ることがあっても、力だけは負けないという矜持を持っていた。
真っ向からの押し合いで、自分と同じ大きさの相手に、負けることなどありえなかった。
拮抗しているからこそ、膠着しているからこそ、より一層勝ちたいと思う。
少しでも相手に押されそうになれば、なお強い力で押し返そうとする。
それを繰り返すことで、互いに一歩も引かない状態が構築されていた。
誰の目にも、筋力が互角であることはわかっていた。後は心の差、我慢比べになりつつある。
その膠着を破ったのは、まったくもって別の要因だった。
「食事中失礼する!」
誰もが固唾を呑んでいた食堂、その中に入ってきたのはリゥイが率いる一灯隊であった。
※
リゥイ、グァン、ヂャン。
一灯隊の主要人物に加えて、隊員たちも殆どが抜山隊の隊舎に入ってきていた。
ほとんど全員が怒り心頭で、顔を赤くしている。
「……もうこれだけ酔っぱらっているとは、ずいぶんなご身分だな」
中でもグァンは、露骨に顔をしかめていた。
無理もない話である。今この場に入ってきた一灯隊にとって、今のこの場はただ酒盛りをしていただけにしか見えないだろう。
突然の乱入によって気勢をそがれたガイセイとクツロが離れていることもあって、先ほどまで緊迫した試合があったとは思えなかった。
それに、酒盛りが行われていたことも事実である。
あまり行儀が良くない、と言うことは事実だった。
「何言ってやがるんだ、このガキは」
「いきなり入ってきやがって……何様のつもりだ?」
とはいえ、いきなり乱入してきたことの方が、よほど礼儀知らずであろう。
抜山隊は自分達の隊舎で騒いでいただけなのだから、一灯隊にどうこう言われる筋合いはなかった。
とはいえ、それは一般の隊員の理屈である。
ガイセイや狐太郎たちにとっては、彼らの乱入はそこまでおかしなことではなかった。
「ガイセイ。うちの隊員がお前に殴り飛ばされて、新しく入ってきたハンターの隊舎に埋められたとは本当か?」
怒った顔をしながらも、リゥイはできるだけ理性的に話そうとしていた。
「ん、ああ。本当だぜ」
「なぜだ」
「むかついたから」
つい先ほどまで真剣勝負をしていたはずのガイセイは、既に気分を切り替えているようだった。
水をさされたことに怒っているわけではなく、いきなり入ってきたことに動揺もしていない。
しかしその姿を見て、一灯隊が怒らないわけもなかった。
「……貴方が、新しいハンターか?」
「え?」
モンスターに囲まれている、とても小さな男。
一灯隊よりも平均年齢が高い抜山隊の中で、特に目立つモンスターに囲まれた狐太郎。
非常に特徴的なこともあって、あっさりと見つかった狐太郎は、しばらく茫然としてしまった。
(やべえ、全員が凄い怒ってる……!)
あまりにも自然な流れだったので気付かなかったが、今回は一灯隊の隊員が襲われているのだ。
もちろんちょっかいをかけてきたのは一灯隊の方で、殴ったのはガイセイなのだが、それでも愉快ではないだろう。
リゥイ以下一灯隊は、今にもこの場の全員へ襲い掛かりそうだった。
「大変……」
狐太郎を守るべく、四体が彼を囲もうとして……。
「申し訳ありませんでした!」
物凄い力を込めて土下座したリゥイに、茫然としてしまう。
「な? り、リゥイ?!」
「兄貴、何やってるんだよ!」
それを見てグァンやヂャンも慌てる。
なんとか立たせようとするが、それでもリゥイは土下座をやめなかった。
「あ、あの……?」
「隊員たちの無礼! 何もかも隊長である俺の不始末! どうかお許しください!」
あまりの急展開に、狐太郎は理解が追い付かなかった。
なぜ初手で土下座をしてくるのか、それが全く分からなかった。
「な、なんで謝るんですか?」
「ヂャンもそうですが、隊員が迷惑をかけました! だから俺が謝らなければならないんです!」
「……ま、まあそうですけども」
確かに一灯隊はちょっかいをかけてきたし、狐太郎は一方的に被害者だった。
だが当の一灯隊が謝るとは、思ってもみなかったのである。
「い、一灯隊の人は、その……俺みたいな人が嫌いなんじゃ?」
「それはもちろん!」
力の限り肯定してくるリゥイ。
謝ってきた相手にお前のことが嫌いだと言われて、狐太郎は更に困ってしまった。
「モンスターだけを戦わせていること、連れているモンスターに知性があること、物凄く嫌そうに過ごしていること、俺達よりも強いこと! 何もかも癇に障る!」
とても素直に正直に、開き直ってすらいるようだった。
だがそれでも、謝ることは止めていなかった。
「しかし! 貴方が俺たちに何かをしたわけではない!」
「ま、まあ……」
「非道な真似をしたわけではなく、貴方が俺たちに何かをしたわけでもないのに、一方的に文句をつけるなどあってはならない!」
言われてみればその通りではある。
実際のところ、一灯隊が怒る気持ちもわかるが、一方的に難癖をつけられて困ってもいたのだ。
狐太郎が悪いことをしたわけではない、それだけは確かである。
「俺たちは、孤児院で育ちました。その間、心無いことを言われることがよくありました!」
土下座を続けるリゥイは、なぜ謝っているのかを説明する。
それは狐太郎に向けているのではなく、自分の部下に向けているものだった。
「孤児院の育ちは駄目だとか、ものを盗むとか、嘘をつくとか! 俺達が何をしたわけでもないのに、石を投げられることもありました!」
なぜ狐太郎にリゥイが謝っているのか、その理由は矜持によるものだった。
「俺達には、モンスターを嫌いになる理由がある! 金持ちが大した必要性もないのに、こんなところへ嫌々来ていることにも腹を立てる理由がある! だがそれを貴方に直接言いに行けば! それは孤児院の育ちだからと石を投げてきた連中と同じこと!」
狐太郎を好きになる必要はないし、嫌いになっても構わない。
しかしわざわざかかわりに行って、嫌いだというのはおかしなことだと言っていた。
「孤児院の生まれを嫌いな人の中には、本当に孤児院育ちから物を盗まれたり、騙されたり、殴られたことのある者もいました。彼らには孤児院の生まれを嫌いになる理由がある、だが俺達には関係のないことでした。関係のない人のことで、ただ『同じ』だというだけで、わざわざ攻撃しにくる輩ほど理不尽なものはありません!」
自分がされて嫌だったことを、他人にしてはならない。
それはごく当たり前の、一般的な道徳だった。
「俺は一灯隊の隊長として、孤児院育ちとして……貴方に『孤児院の生まれは一方的に難癖をつけてくる奴ら』と思わせるわけにはいかないのです!」
間違いなく、リゥイ自身も狐太郎を嫌っているだろう。
嫌っているうえで、筋を通すために、部下へ教育をするために、自分が悪くないのに謝っていたのだ。
(ちゃんとした隊長だ……ちゃんとした責任者だ……!)
狐太郎にとって感動的なほど、懐かしいほどにまともな責任者だった。
なぜリゥイが謝っているのかを知ったことで、彼の部下たちも怒りを抑えようとしていた。
今までは抑えようともしていなかったので、それだけリゥイの謝罪に思うところがあったのだろう。
「……でだ!」
がばりと起きたリゥイは、改めて怒髪天を衝いた。
「ガイセイ! なんでお前が俺の仲間をぶっ飛ばしたんだ! お前は全然関係ないだろうが!」
(そりゃあそうだな! そこは普通に怒るよな!)
怒ることよりも謝ることを優先したリゥイは、謝り終わったので怒った。
「はっはっは! 俺の前で恥ずかしい真似をしたのが悪いんだよ!」
「ふざけやがって! ぶちのめしてやる!」
試合ではなく喧嘩として、リゥイはガイセイに立ち向かっていく。
「隊長に続け!」
「兄貴! 俺も行くぜ!」
リゥイ一人で戦わせまいと、グァンやヂャンも続いた。
もちろんうっぷんをため込んでいる隊員たちも同様である。
「よっしゃあ! かかってこいや!」
「ガキどもが、いい気になってんじゃねえぞ!」
「返り討ちだ!」
そして、それを大喜びで受け入れる抜山隊。
一応は秩序のある和気あいあいとした飲み会だったのに、いつの間にか喧嘩というか抗争に発展してしまっていた。
「ど、どうすればいいんだ?!」
マンイートヒヒの一頭ぐらいなら素手で殴り殺せるハンターたちが、目の前で大げんかをしているのである。
たとえるなら、ホッキョクグマの群れが目の前で激突しているようなものだろう。
それに巻き込まれた狐太郎は、完全に思考が停止してしまっていた
「逃げればいいんじゃないかしら?」
「そうだな! みんな、逃げよう!」
三十六計逃げるにしかず。
ササゲが提案したように、狐太郎たちはこそこそと逃げ出していた。
狐太郎たちを狙っている者はいなかったので、幸い無傷で隊舎を脱出できた。
中では今でも暴れている音が続き、壁や天井、床が壊れている音も聞こえてくる。
「……この調子だと、この隊舎も壊れるね」
安全圏に離脱したところで、アカネがそうつぶやいた。
Bランクのハンターたちが喧嘩をするのなら、建物が崩壊して当然だろう。
周囲を見れば、既に住人たちが避難を完了していた。おそらく一灯隊が突入した時点で、近辺から逃げ出したのだろう。
(この前線基地では、ハンター同士の抗争にも気を付けないといけないんだな……)
日本人は地震や台風に備えて効率的な避難ができるというが、この前線基地の人々はハンターやモンスターに備えて効率的な避難ができなければならないのだろう。
「ご主人様、いかがいたしましょうか。今晩の宿がありません」
雪女であるコゴエが『宿がないのです』というと一種奇妙な感じだが、確かに寝るところがなかった。
狐太郎たちの隊舎は崩壊しており、抜山隊の隊舎も崩壊の最中である。
「……仕方ない、蛍雪隊のシャインさんのところへ相談に行こう」
「そうするしかありませんね……」
「クツロは酒臭すぎるから、一旦水でも浴びてきてくれ」
「うっ……はい」
この後狐太郎一行は、シャインのところで一泊することになったのだった