止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでも進めばよい
ここはドルフィン学園。
侯爵家で生まれた教員が、侯爵家の生徒たちへ指導を行う、侯爵家のための学園である。
現在この学園はにわかに活気づいていた。
大王の実弟、大公からの寄付金が高額だからである。
通常なら何かを疑われるところだが、今回の場合はとても明白だった。大公が以前から欲していた、要人を護衛する人材を育成しているからである。
前回四人が見学に赴いた時は、一年通して最大の波が来た時だった。(つまり毎年一回はある)
だがそれを体感して尚、彼らの心は折れなかった。であれば、今後も期待できる。
大公はその生徒たちの気概を買いつつ、その生徒をサポートした学校も評価をしていた。
推薦とは本来、相互的なものである。
生徒が一方的に利益を得るのではなく、推薦に値する生徒を見極められる、育てられるということで、学校側への評価にもつながる。
少々品のない話だが、それを期待したからこそ学校側もカリキュラムを逸脱してまで、彼ら四人へ特別な待遇をしたのだ。
もちろん、他の生徒やその親族からは、不満や苦情の言葉をもらうこともあった。
だが学校側も「じゃあお前の子供も最前線に送ってやろうか」と言えば、大抵黙った。
一部の親が「上等だ」ということもあったが、その子供が文字通り命がけで断ってくる。
今回四人が厚遇を受けているのは、誰にも真似できないことをしたのではなく、誰もが嫌がって真似したくないことをやっているからだ。
Aランク中位モンスターだって嫌がることを、どうして普通の人間がやるのか。どれだけ厚遇されたところで、割に合うものではない。
さてその四人は、今日もクリエイト技の練習をしていた。
前回は偶々状況が噛みあってそこそこ役に立ったが、それでも最後まで持ちこたえられなかった。
まだまだ戦力になるには遠いと分かっているからこそ、四人は教員から指導を受けていた。
「リフレクトクリエイト……インスタントドーム!」
マーメ・ビーンはクリエイト技を発動させた。
防御属性のエナジーを、半球形で実体化させる。
自身を覆う防御壁を、彼女は全力で維持していた。
「……おお!」
全神経を集中しているとはいえ、全方位のバリアを展開したことに、軍を退役した教員は感嘆する。
以前は四人全員でようやくできたことが、今は一人でできているのだ。形だけは。
「さて……」
教員は、手近な石を投げてみた。
すると、ガラスや薄氷よりもあっさり、シャボン玉のように割れて消えた。
「凄いじゃないか!」
「な、何が……ですか。石一つ防げていないんですけど……」
防御属性のエナジーを実体化させたにもかかわらず、維持することが手いっぱいで防御どころではない。
これを褒められても、嫌味としか思えなかった。
「何を言う! これは格段の進歩だ! 君は確実に……いいや、君たちは確実に、進歩し成長している! 先生は嬉しい!」
だが教員は本気で褒めていたし、客観的にも凄いことだった。
真剣に鍛え始めて一年も経っていないのに、防御属性のクリエイト技が形になりつつある。
もちろん強度が上がらないと実用性はないが、まず形にならないと話にならない。
「一足飛びで強くなれなくてもいい……君たちは一歩一歩前に進んでいる! 先生は……先生になってよかった!」
相変わらず自己陶酔に浸る教師だった。
指導内容は合理的なので文句は言えないが、それでも正直不満はある。
「どっちかって言うと、一足飛びで強くなりたいんですけど……」
「どっちでもいいんだ! 一足飛びで強くなれる才能が有っても、努力しなければ意味がないからな!」
「いや、ですから、どっちでもいいなら一足飛びで強くなりたいという話で……」
「一足飛びで強くなれるとしても、あの森で戦うのなら、どのみち血を吐くような努力を継続することになるぞ。それは君の方がよく知っているだろう」
「……そうでした」
現実は過酷だった。
小石一つ防げない防御壁は確かに無意味だが、Aランク上位モンスターがいる森で意味を持つバリアなど望めるものではない。
「よし! じゃあ次は俺だな……見てなくてもいいからな、バブル!」
わざわざバブルを指名して、キコリ・ボトルが前に出た。
「ソリッドクリエイト……ボールウォール!」
キコリの足元を支点として、完全に球形のバリアが実体化する。
硬質属性の防御壁が、やはり形になっていた。
なお、風が吹くとそのまま割れた。
シャボン玉以下の防御力である。
「み、見てなくていいからな、バブル……」
「ちゃんと見てたよ、キコリ。風除けにもならないね」
「見るんじゃねえって言っただろうが!」
「なにいってるのキコリ、これ授業だよ」
「ああそうだったな! そうだったな!」
授業中によそ見をするような生徒が、推薦を受けられるわけがない。
真面目に頑張ることを決めたバブルは、そよ風で砕け散るクリエイト技をしっかりと目に焼き付けていた。
「ははは! 怒る必要はないぞ、キコリ! 君もすごくよく頑張ったじゃないか! まず形、強度はその後でいい! 一度に形も強度も望むほうがどうかしている!」
「そ、それはそうですけど……」
「では今度は、君たち二人で共同して、防御壁を構築したまえ!」
硬質属性と防御属性の合わせ技は、当然ながら強度の高い防御壁となる。
マーメとキコリは、並んで手をかざし、力を合わせた。
「リフレクトクリエイト……」
「ソリッドクリエイト……」
これも、何度も練習してきたこと。
お互いに同じ形の「器」をイメージし、層をつくるようにエナジーを張り合わせる。
「ハニカムドーム!」
複合属性の壁が、二人をぎりぎり包む小さな球となって実体化する。
当然ながら、先ほどよりも格段に硬くなっているはずだった。
「ではいくぞ……ウォータークリエイト、アクアボール!」
教員が、水流属性を実体化させ、水玉を構築する。
大きめのバケツ一杯分の水玉が二人の頭上で破裂し、防御壁を呑み込んだ。
「……」
「……」
豪雨で傘が破れたように、二人はずぶぬれになっていた。
もちろん、防御壁を構築したときと、同じ姿勢を保っている。
そして、無言だった。
「マーメ……濡れてしまったな。ほら、タオルだ」
婚約者が濡れてしまったので、ロバー・ブレーメは用意してあった大きめのタオルを優しく渡した。
なお、マーメは嫉妬の視線で婚約者を見ている。
「……ねえロバー。貴方が強化してくれれば、もっと頑丈になったかしら」
「もちろんだ、三人で構築したほうが強くなるに決まっているだろう」
「そういう意味じゃないんだけど……」
「言いたいことはわかるが……俺は前からクリエイト技が使えるんだ、君たちの一歩も二歩も前にいるのは当たり前だろう?」
シュバルツバルトの討伐隊からすれば、団栗の背比べではある。
しかしそれでも、二人がかりで水さえ防げないキコリやマーメと違って、きちんと強化として機能するロバーのクリエイト技が羨ましかった。
「ずぶぬれだね、キコリ。はいタオル」
「……おう」
あまりにも雑にタオルを婚約者から渡されたキコリは、複雑そうにロバーたちを見ていた。
「ふふふ……いいものだ。君たちは形だけのクリエイト技に満足せず、己を高めようとしている。それがとても誇らしい!」
(これで満足できるかよ……)
(これが私の限界だって認めたくないだけよ……)
現状に満足しない姿勢を褒める教師だが、小石や風に負ける時点でちっとも自慢にならない。
それだけ全方位を守るのが難しいということだが、それでも嫌なものは嫌だった。
「とはいえ、だ。これで君たちも、一線で戦っているクリエイト使いが、どれだけ地道な鍛錬を経たのかわかるだろう。一部の天才を除けば、皆が君たちと同じような過程を経ているのだからね」
既にわかっていたことだが、教師から言われると改めて痛感する。
クリエイト使いというものが、周囲から尊敬される理由を、身をもって知っていた。
「逆に言えば、君たちもまた他のクリエイト使いから尊敬や信頼、共感を得ることができる。実戦に耐えられるわけではないとしても、今日まで君たちがどれだけ真面目に頑張ったのか、自分の体験を思い出して分かち合ってくれるはずだ」
一人前のクリエイト使いになることが大変だと分かっているからこそ、小石で割れたりそよ風に耐えられないバリアもバカにしない。
実用レベルではないとしても、鍛錬の最中だと知っていれば、決して侮辱しないのだ。
「現にロバーも、二人をバカにしていないだろう。ロバーにも君たち同様に、何の実用性もない形だけのクリエイト技だった時期があったのだよ」
「ええ、まあ……誤差程度、気持ち程度の強化しかできない時期がありました」
「落ち込んでもいいが、卑屈になることはない。明日戦場に行くわけで無し、気に病む必要などないぞ!」
教師が先ほど言った様に、現状に甘んじる方が問題ではあるが、過剰に卑屈になることはない。
実戦の段階になることなど誰も期待していないのだから、今日も努力をすればいいだけだった。
そしてそれを今日までやってきたからこそ、今があり、未来があるのである。
世の中の成人は、学生だった時に努力をしておけばよかったと悔いることが多い。
その学生時代に己を高めている四人を、教師は誇らしく思っていた。
「むしろ、以前まで努力してこなかった日々のことを恥じたほうがいい! 目標を得るまでの君たちは、本当に没個性で無価値だったからな!」
(すげえこと言いだしたぞ、この教師……嬉しすぎて、コンプライアンスをはみ出している……)
(でも確かに、バブルはそうかも……個性があったけど、無価値だったわ)
(なんかバカにされている気が……)
(マーメもキコリも、バブルをバカにしているな、たぶん……)
侯爵家に生まれれば、それだけで勝ち組であろう。それはほとんどの者が認めるところである。
だが平民や伯爵以下から見れば「ただ運が良かっただけだ」と思われるし、公爵や大王からすれば「伯爵以下と変わらない」と思われているし、同じ侯爵家からすれば「自分と大差ない」と思われている。
侯爵家に生まれただけでは運がいいだけなので、尊敬される要素など一切ない。
だが彼らは前線基地で戦うという目標を掲げ、そのために邁進している。自らの力と命で、その価値を高め続けているのだ。
「欲を言えば……君たち以外にも奮起してほしかったのだがなあ……前線はいつでも人手が足りないのだから、侯爵家の人間こそ率先して欲しいのだが」
残念そうな教員は、欲深かった。
この場の四人は確かに立派だが、たったの四人である。全校生徒に比べれば、一割にも及ばない。
この四人が褒められているところをみて、他の生徒にも負けん気を出してほしかった。
「いや~~あの森で戦えっていうのは無理じゃないですか?」
割とまともなことを言うバブル。
挫折せずに頑張っている自分たちが、奇特な人間だと自覚しているようである。
「何を言う、あの森だけが前線ではないぞ。というか知らないのか? 東部の前線で防衛戦が起きたことを」
シュバルツバルトにある砦は前線基地と呼ばれているが、通常の場合前線とは国境沿いである。
モンスターだけではなく人間から、国土を守るために戦っている者が確かにいるのだ。
「もちろん侵略は退けたが、多くの犠牲が出たらしい。現在兵力を再編中のようだ」
沈痛な面持ちの教員に、四人は恥じた顔になる。
今自分たちのことに精いっぱいで、シュバルツバルトの討伐隊に参加することで頭がいっぱいだが、それもこれも他の前線で戦う者がいてこそだ。
彼らの尊い犠牲に対して、自分たちは余りにも無自覚である。
「各地から兵を集めようとしているが、やはり前線には行きたがらない。危険が多いことを理解しているからだろうが……嘆かわしいことだよ」
誰だって死にたくはないが、誰かが前線を支えなければ国土は守れない。
誰もが嫌がっていれば、結局戦火は己たちを焼くのである。
それを、既に前線へ出た四人は嫌というほど知っていた。
旅行で行ったカセイの、どれだけ近くにあの地獄があるのか、既に知ってしまっている。
「とはいえ、君たちは恥じることはない。恥じるべきなのは、前線に赴き危険な任務に就くものを小ばかにしている連中だ。誰かのために死地に行くことを嘲り、自堕落に平和を享受している者だ」
前線の恐怖を知って尚立つ四人だからこそ、教師たちは称えてやまないのである。
「君たちが行く場所も、前線であることに変わりはない。あの地で戦っているハンターたちにも、君たち自身にも、恥じることはないのだと知り給え」
※
一方そのころ、前線基地。
草原地帯の広がる前線基地周辺は、障害物がなく見晴らしもいいため、乗馬に最適なスポットである。
それはアクセルドラゴンたちも同様であり、己たちの頂点であるアカネと共に駆けることをとても楽しんでいる。
走る生物にとって、力いっぱい気の赴くまま走ることは快感である。
適度な運動はそれだけで娯楽であり、それにまたがることもまた立派な娯楽だった。
「おおお……すげえイイ感じだ……」
「そうですか、ご主人様! 乗り心地は悪くないようですね!」
「ああ、いいぞ。この感じで頼む!」
現在狐太郎は、まだ名前を与えていない鵺の背に乗っていた。
もちろん鵺は寝そべっているのではなく走っているのだが、これが存外乗りやすかった。
アカネやアクセルドラゴンと違って四足歩行なので揺れにくいということもあるのだが、人間形態の時に軽業師をやっている経験を生かして、揺れないように走ることができているのである。
「ご主人様、窮屈ではありませんか?」
「ああ、これぐらいでいい。クツロには悪いな、赤ん坊を背負わせるようなことをして」
「いえいえ、私も楽しいですから」
その狐太郎は、直接鵺に乗っているわけではない。
鵺の直接の主であるクツロがまずまたがっていて、狐太郎が彼女に背負われているのである。もちろん赤ちゃんのように、抱っこ紐で固定されていた。
クツロがしっかりと鵺の体を掴んでいるからこそ、狐太郎は一切不安定になることはなかった。
落ちたとしても、クツロにしっかり固定されているので、クツロが着地すれば大けがをすることはなかった。
鵺がさほど高速で走っているわけでもないので、一般的なバイクより格段に安全である。
「いいもんだな……モンスターの背に乗って走ってもらうのは」
「ふふ……鵺が仲間になって良かったですね」
「これぐらいお安い御用ですよ、鬼王様、ご主人様! この鵺にいつでもお声がけを!」
赤ん坊のような扱いをされているが、それは今更なのでどうでもよかった。
緩い振動や顔にあたる風、変わっていく風景。それを味わうと、たまらなく楽しかった。
「ご主人様~~!」
なお、アカネ。
彼女はものすごく怒った顔で、鵺に並走している。
「ちょっとご主人様! なんで新入りの鵺には乗るのに、私には乗ってくれないの?!」
「お前今までのことを省みろ!」
竜王になっているわけではないので、アカネは狐太郎たちの眼下である。
そして並走しているからこそ、彼女がどれだけ上下に揺れているのか見えてしまう。
乗っていたら、絶対に振り落とされるだろう。そうでなくても、体の骨が折れそうである。
「私の方がずっと速いよ、絶対に!」
「速度の話なんか誰がしたんだよ! そもそもこれより速くしたら、俺が持たねえよ!」
鵺の乗り心地がいい理由は、鵺が揺れないように走っていることもあるが、速度を出し過ぎていないし一定に保つこともできているからだ。
なにかと興奮しやすいアカネは、そういうことができそうにない。
「じゃあ今やってるみたいに、クツロが私に乗って、そのクツロにご主人様がしがみつけばいいじゃん!」
「サイズを考えろ! クツロの方がお前より大きいだろうが!」
「だったら竜王になるもん!」
「竜王になった貴女になんか、私だって乗りたくないわよ! サイズが大きくなったら、その分大きく揺れるのよ?!」
高速で走りながら、文句を言い合う主従。
合体中の鵺は賢いので、基本黙っている。
「そもそも竜王になった貴女に、体毛無いじゃない。どこにどう掴まればいいのよ!」
「じゃあクツロも鬼王になって、私にしがみつけばいいじゃん!」
「そしたらご主人様が危ないでしょうが!」
新入りである鵺よりも、信頼されていないことに傷ついているアカネ。
しかし彼女は狐太郎の体を傷つけたことがあるので、マイナスであることを自覚するべきだった。
「私の方が急カーブできるんだよ?!」
「だから! そもそも! 急カーブするなって言ってるんだよ! 急ブレーキと変わらないんだぞ!?」
「Gってものを考えなさい! Gを!」
アカネは自分の売りを推していくが、それが全部マイナスであることに気付いていない。
無自覚にマイナスを主張しているので、どんどんマイナスが増していく。
「ああ、もういい……鵺、もう戻ろう。あんまり長く留守にすると、コゴエやササゲに悪いからな」
「だったら今度は私の番!」
「貴女の番なんてないわよ!」
緩く流して走っていた鵺は、緩やかにターンして、前線基地へと進路を取る。
それに続く形でアカネもターンし、追走していく。
もとより長く前線基地を離れることは良くないので、散歩は早々に終わろうとしていた。
そして基地が見えてくると、ちょうど馬車が入ってくるところが見えた。
「あれ、大公閣下の馬車じゃないか?」
「そうですね……おかしいわ、今日は来る予定じゃなかったと思うんだけど……」
加速するとき同様に、緩やかに減速する鵺。
馬車を驚かせないようにゆっくりと遠くで止まって這いつくばり、背中のクツロたちを下ろした。
「よっと……ありがとうな、クツロ、鵺」
「それ! それ! 私も言われたい!」
「アカネもいつもありがとうな」
「違う! 言われるだけじゃダメなの!」
地面に降りたクツロから、さらに降りる狐太郎。
アカネがぎゃんぎゃんうるさいが、既に被害を受けたことがあるので取り合わなかった。
それよりも、大公である。
雇用主が来たということで、挨拶に行った。
「鵺、お前のことも紹介するから、行儀よくな」
「承知っ!」
(……世を忍ぶ仮の姿の方がやかましいってなんだったんだろう)
警戒をされないという意味では擬態できていたが、世を騒がせていた三人娘の姿。
それを思い出しつつも、狐太郎は自分の足でゆっくりと大公の馬車へ向かう。
最初は見慣れぬ鵺に戸惑っていた大公も、狐太郎が先導しているところを見て安心し、馬車から降りてきた。
「ようこそ、大公閣下。閣下がいらしてくださったのに、私が遊んでいて申し訳ありません」
「いや……急に来た私が悪い。それにモンスターを運動させるのも、君の務めだろう。それに……」
改めて、大公は鵺を見た。
行儀良くしているが、とても大きい。
その圧迫感を受けて、ややたじろいでいた。
「この大きなモンスターが、君の新しい仲間かね?」
「はい、鵺というキメラで、ドラゴンズランドの近くから来たそうです。格としてはAランク下位モンスターですが、本人の希望もあって前線に出さず、飯炊きをしてもらっています」
クツロが手を向けると、鵺は猫の頭をそこへ動かした。
クツロが下顎を撫でると、上機嫌そうにしている。
まさに大きな猫という姿だった。
「下位とはいえAランクモンスターを新しく従え、さらに戦線に投入しないとは……とても羨ましい話だよ」
「ははは……我ながら贅沢だとは思いますが……結構料理上手でして」
大人しくしている鵺だが、その内心では「この人がこんな森の近くに街を建てた馬鹿か~~」と思っていた。
もちろん口に出していないが、仮に三人娘の姿になっていたら口にしていたと思われる。
「それで、急なご訪問ですが……」
「ああ、うむ。君にも無関係ではない話をもってきた」
大公は神妙な顔をしている。
「我が国の東部戦線が打撃を受けて、兵力を消耗した。再編のために兵を集めているのだが……ハンターの中からも兵を募るつもりらしい」
「……もしかして、俺を人間との戦争に?」
「いやいや、君が抜ければどうなるかわかるだろう。流石にそれはないとも」
死んだ人間は生き返らないし、大けがをすれば復帰は難しい。
前線に兵が不足すれば、国境を食い破られる。早急に埋める必要があった。
そしてその穴を埋めるのであれば、即戦力が求められるのは当然だろう。
「蛍雪隊、抜山隊、一灯隊、白眉隊。それらBランクハンターの中から、引き抜きをしたいようなのだ」




