一寸法師
「ご主人様、ご安心ください。あの子たちも二度同じ策は使わないはず、ならばまったく問題ありません!」
(二度同じ策が通じることは自覚しているんだな)
奮起しているクツロだが、昨日のことを考えるとまったく説得力がない。
そして今も、自分のことを良く知りすぎてて、逆に説得力が生じるという謎の現象に至っていた。
おそらくこのままだと、何度でも引っかかる。
「大鬼の、鬼の面子にかけて、必ずや打ち勝ってみせます!」
「どうでもいいわよ」
「うん、興味ない」
(果たしてあの子たちに勝つことで、メンツが保たれるのだろうか?)
獅子は兎を狩るにも全力を尽くすというが、狩ったところで自慢にならないことは事実であろう。
やる気があるのはいいことだが、相手が馬鹿なので周囲から危機感が失われている。
面子云々を言うのなら、今の時点で丸つぶれだった。
弱い相手に負けたのなら、強い相手に勝たないと名誉は挽回できない。
「頭痛いよ~~」
「苦しいよ~~」
「吐きそう~~」
そしてうめく彼女たちが復帰するまで、およそ三日ほどを要した。
※
「この国のご飯も美味しいね! お餅と違って柔らかいね!」
「ふっかふかだね! この甘いのを塗るといいね!」
「いや~~王様が普段食べている料理は豪勢だね!」
さて、三日後である。
ようやく復調した彼女たちは、狐太郎たちと一緒に食事をしていた。
仮にも暗殺をしに来たのに、物凄い豪胆さである。
呆れてものも言えないとは、このことであろう。
(図々しい奴らだな……)
三日もお世話になって、それで朝食を美味しくいただける。
そんな彼女たちへ狐太郎はもはや感心していた。
ここまで図々しいのなら、いっそ人生は楽しいだろう。
「え、ええ、ごほん。貴女達、今更だけど、名前を名乗ってくれるかしら?」
自分の命を狙う相手に、名前を問う。
結構よくあるシーンだとは思うが、この状況は中々ない。
少なくとも命を狙ってきた相手が酔いつぶれて、三日間二日酔いが抜けなくて、復調した後の食事中に聞くことではないと思う。
「……ど、どうしよう、悪魔がいるから、名前を名乗ったら呪われちゃうよ!」
(変なところで危機感があるな、こいつら……)
クツロの問いかけに、三人は困っていた。
まあ分からなくもない。悪魔に呪われれば、Aランク上位でさえ死に至らしめられるのだから。
彼女たちがそれを忌避するのも、むしろ当然である。
しかしそれを言い出せば、そもそも三日も酔いつぶれていたことの方が、よほど危険なのではないだろうか。
彼女たちは酔いつぶれたところを狙っていたのだから、それを逆に狙われるという可能性も考えるべきだった。
物語において危機感に欠ける相手へ警告をするシーンも結構あるが、この状況だと忠告をする自分の方が逆に恥ずかしくなってしまう。
「よし、嘘をつこう! 嘘の名前を言えば、きっと呪われないよ!」
「そうだね! 嘘の名前を名乗ろう!」
「じゃあ適当なのを」
堂々と相談し合った三人は、白々しく名乗った。
「名無しの権兵衛です!」
「名乗るほどの者じゃあございません!」
「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶら小路のぶら小路パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助です!」
(一人名乗ってないぞ)
コントを見ているようだった。
しかも完全に滑っている。
「待ちなさい、貴方達」
流石にこれに待ったをかけたのは、ササゲだった。
悪魔自ら、偽名に文句をつけた。
「貴方達、それで本当にいいの? 本当にその名前で呼ぶわよ?」
このままだと本当に落語のようなことになりかねない。名前を呼ぶたびに時間が経過してしまう。
「……確かに」
「可愛くないし、面倒だね」
「じゃあ変えよっか」
(柔軟性っていうか、骨がないなこいつら……)
ライブ感で生きている彼女たちへ、狐太郎は何も言えなかった。
言うだけ無駄だと、既に諦めていた。
「ポンポンです」
「アンヨです」
「オッポです」
そして出てきた名前は、物凄く適当だった。
しかしだからこそ、彼女たちにマッチしている。
(猫っぽいのがポンポンで、狸っぽいのがアンヨ、狐っぽいのがオッポか……)
改めて、三人を見る。獣っぽいところのある少女たち。
猫と狸と狐という、なんとも妖怪変化らしい連中だった。
失礼な言い回しだが、頭がそんなに良くない点も含めて、昔話の登場人物のようである。
「私たちは、王様を殺して次の王様になろう……」
「なんて全然思ってません!」
「ええ、これっぽっちも!」
何もごまかせていない彼女たちだが、ごまかす努力だけはしていた。
世の中にはせめて取り繕え、という言葉もあるが、彼女たちの努力は認めていいのかどうか迷うところである。
「じゃあ何をしに来たのかしら?」
「それはですね! 王様の……何しに来たことにしたんだっけ?」
「お嫁さんだよ、お嫁さん! 鈴鹿御前作戦だよ! お嫁さんになって弱らせる作戦だよ!」
「でも王様が女の人だったから、その作戦は失敗したんじゃ?」
(三日前に判明した事実を、今更確認するな)
クツロが困ってしまうほどに、三人はぶっつけ本番だった。
この調子で騙されるのは、同じようなピュアな心の持ち主だけである。
そして悲しいことに、この場にピュアな心の持ち主は彼女たち以外にいない。
「いや、行けるかもしれないよ! 私たち可愛いし!」
「そうそう、女の子が好きな王様かもしれないし!」
「ぶつかっていこう!」
(それ三日前にも聞いた)
ふと気になって、狐太郎はクツロを見る。とても困った顔、嫌そうな顔をしていた。
やはり酒が絡まない範囲においては、彼女は女性が好きというわけではないらしい。
いや、早計かもしれない。仮に女性に興味があったとしても、彼女たちを好きになるとは限らないのだから。
「ごほん……私は男の子の方が好きです」
「え、ええ?! そ、そんな……! 望みが断たれた!」
「あ、いや、でもベッドに運ばれた場合のことを考えたら、これでいいんじゃ?!」
「そっか、前向きに行こう! へこたれちゃダメだよ!」
クツロのカミングアウトを聞いても、彼女たちはへこたれなかった。
へこたれて欲しいのだが、まったく堪えていない。
(これが諦めない強さか……確かにめちゃくちゃうっとうしい……)
諦めない心を持った正義の味方に、悪の親玉が不快感を示すことがある。
その理由が、よくわかったような気がした。
「ええっと……そうだ! 王様にご挨拶に来たことにしよう!」
「そうだね、お酒も持ってきたし、飲んでもらったしね!」
「王様がお酒を受け取っておいて、無下に返すなんてけち臭い真似するわけないしね!」
いきなり頭脳戦が始まった。
いや、舌戦と言っていいのかもしれない。
クツロはもうお酒を受け取っている、上機嫌に飲みほしているので、このまま返すわけにはいかないのだ。
毒を酒に混ぜたならともかく、まだ飲ませていない以上、当人たちの証言以外では殺意は認められない。
なお、通常の場合は、当人たちの証言だけで殺意が認められる模様。
「どうするのよクツロ」
「本当だよ! 私の時と同じじゃん!」
「……ごめんなさい」
ある意味、既に政治的敗北を喫しているクツロ。
相手と楽しく酒を飲み交わした時点で、彼女は敗北していたのだ。
「……ふむ」
コゴエだけは思うところがあるのか、彼女たちのことをずっと見ていた。
※
さて、こうしてクツロは彼女たちを追い返す口実を失った。
無理に追い返すという手が打てない以上、しばらくは彼女たちを置くしかない。
では猫狸狐トリオの次なる一手は。
「はっ、とっ、よっ!」
前線基地で、軽業を披露し始めた。
ゆらゆら揺れる縄の上で、華麗にバランスを取りながら踊るアンヨ。
その足元で三味線を弾いて賑やかにするのはポンポン。
時折鞠などを投げて、軽業のサポートをするのはオッポだった。
「さあさあさあ! お子様方、お手を拝借! この鞠を投げてくださいな! これを足で捕らえれば、どうぞ拍手喝さいを!」
前線基地に勤める一般職員や、その子供たち。
彼らの前で、にぎやかな芸を見せている。
「えっと、これを、投げるの?」
「はい、どうぞ!」
「そ、それじゃあ、えい!」
一般職員の子供が、綺麗な鞠に見とれつつも、なんとか投げた。
しかし子供だからか、縄の上で待機しているアンヨにまで届かない。それどころか、縄の下をくぐる軌道だった。
「あらよっと!」
その軌道をみるや、アンヨは縄の上から足を外して落下する。
両手でしっかりと縄を掴みつつ、揺れながら鞠を蹴り上げた。
「おおお!」
感嘆の声が、職員や子供たちから沸く。
蹴り上げられた鞠を追うように、アンヨは逆上がりの要領で再び縄の上に立って、鞠をリフティングしはじめた。
「さあさあ、皆さん! 拍手、拍手でお願いします!」
三人そろってお辞儀をすれば、まさに拍手が万雷のようになった。
娯楽の存在さえ知らぬ一般職員の子供たちである、それはもう大喜びで拍手をしていた。
その子供たちを見れば、親も顔をほころばせるというものである。
「……こいつらもしかして要領がいいんじゃないか?」
その光景を見ていた狐太郎は、彼女たちを見誤ったのではないかと思い始めていた。
よく考えれば、この前線基地まで旅をしてきたのである。処世術という点では、狐太郎たちを大きく引き離しているのだろう。
あれだけ弱そうで、しかし芸達者とくれば、警戒されないし排除されることもない。
もちろん別の危険は生じるだろうが、衝突は避けられるはずだ。
「ご主人様、さっきあそこにいた一灯隊が引き上げてるよ。多分子供たちが喜んだから、見逃してもいいと思ったんじゃないかな」
「一灯隊は相変わらずわかりやすいな……」
この前線基地の白血球と言えば、狂犬一灯隊である。
悪さをする輩を嗅ぎ分け、モンスターの餌にすることにかけては右に出る者がいないプロフェッショナルだった。
弱くても気に入らないし、強くても気に入らないし、モンスターでも人間でも気に入らない排他的集団だが、貧しい子供たちにはとても甘い。
子供たちが幸せそうにしているところを見れば、その警戒度は一気に下がるのだ。
我知らずに、彼女たちは最大の脅威から身を守ったのである。
「いえでもまあ、ああいうのは確かにありがたいわよね。芸は身を助くというけど、まさにそれだわ。私も何かやっておくべきだったかしら」
文化を大事に思う悪魔は、素直に三人を評価し、羨んでいた。
彼女にとって、芸とは見て楽しむものであり、自分でやることではなかった。
だからこそ、芸を磨いている三人を褒めていた。
「そ、そうね……私も鬼の伝統芸を習っておけば良かったわ……」
謎の敗北感を覚えているクツロ。
何の役にも立たないと思っていた三人が、自分達よりも受け入れられていることに驚いているのだろう。
「あ、さぁ、さぁ! 皆さん、手拍子をお願いします!」
観客にぱちぱちと拍手をさせながら、三人が緩やかに踊り始める。
「猫、猫、猫の模様はなんだった?」
「黒、白、三毛。いやいやいや、赤だった?」
「赤、赤、赤の猫なぞいるものか?」
ドロン、と音を立てて、ポンポンが宙がえり。
すると虎ネコだったポンポンが、赤色に化けていた。
おお、と、子供が大はしゃぎ。
「猫、猫、猫の模様はなんだった?」
「黒、白、三毛。いやいやいや?」
「さあ、坊ちゃん!」
観客の少年に、手を向ける。
「えっとね……青!」
趣旨を理解した少年が、あわてて返事をする。
「青、青、青の猫なぞいるものか?」
ドロン、と音を立てて、ポンポンは青色に姿を変える。
「猫、猫、猫の模様はなんだった?」
「黒、白、三毛。いやいやいや?」
「さあ、嬢ちゃん!」
今度は少女に振られた。
「緑!」
「緑、緑、緑の猫なぞいるものか?」
三度ドロンと、ポンポンが姿を変える。
これには子供たちも大喜びであった。
指名した子供たちの指定した色に、どんどん化けていく。
今度は自分が自分がと、子供たちは興奮していた。
それを何度か繰り返すと、いよいよ〆に入る。
「猫、猫、猫の模様はなんだった?」
「黒、白、三毛。いやいやいや、縞だった?」
「縞、縞、縞、はいお終い」
「ありがとうございました」
キリのいいところで三人そろって礼をすれば、変化の披露もお開きである。
名残惜しそうにしている子供もいるが、親たちはなんとか抱えて帰っていく。
本来軽業を見るのなら、最初に銭を渡すか、終わった後に払うものである。
それができないので、無料で終わった内に帰ろうとしていた。
「あ、ああ~~、その、お疲れ様。これ、少ないかもしれないけど……」
代表して、狐太郎がおひねりを渡していた。
相変わらずのどんぶり勘定で、相場を知らぬ御大臣ぶりであった。
「へへへ、ありがとうございます!」
「やった! このずっしりとした重さ! 金だよ、金! 銀かもしれないけど!」
「これで帰りの路銀もばっちりだね!」
(やっぱりこいつら、要領いいなあ……)
少なくとも狐太郎には、当てもなく旅をすることも、帰りの路銀も用意できないまま行き当たりばったりの旅をする度胸もない。
なんだかんだ上手くやっている、彼女たちのバイタリティが羨ましかった。
(いやしかしまあ、あれだな……こいつら本当に日本昔話的な力を持ってるな。亜人じゃなくて、やっぱり妖怪なんじゃないか?)
天地を焼くような雷や炎に比べれば、体毛の色を変えるなど些細な変化だ。しかしそれでも、狐太郎は初めて見たものである。
異常な生命力を持ったモンスターや、強靭強壮な人間たちは見てきた。だがこうした可愛らしい術が、この世界にもあったとは驚きである。
(いや、やっぱりこの辺りがおかしいだけかもな)
竜さえ恐れる地獄、シュバルツバルト。
そこしか知らない狐太郎は、初手でここに来たことを相変わらず嘆いていた。
「なかなか見事な演出だったわね、子供が喜んでいたのだから大成功よ」
なお、ササゲは普通に褒めていた。
ただ色が変わるだけの変化単品では、あそこまで子供を沸かせることはできなかっただろう。
子供向けのお遊戯としては、満点の演出であった。
「いえいえ! 大したものじゃありません!」
「そう、私などではこの程度! きっと大鬼様ならもっとすごい変身が!」
「山のように大きな鬼神に転じ、小指程に小さな豆にもなれましょう!」
と、ここで一気に三人はクツロに寄った。
「是非見たいですね! 鬼王様の勇壮なお姿を!」
「大きくなったなら、その口の中に入って針の剣でえいやあとお!」
「小さくなったのなら、そのままペロリ! 完璧な計画だ!」
どうやらクツロに変化をさせて、大きくしたり小さくすることで、隙を生じさせて殺す算段だったらしい。
中々どうして、自然な会話の流れである。もちろん、昔話的な意味でだが。
そもそも本人たちが垂れ流しにしているので、作戦は肝心なところで失敗している。
「……」
そして何より、クツロはむきになっていなかった。
この手の話では、むきになった大物が油断するから話が進むのである。
そうでなければ、隙を突くどころではない。
「ささ、鬼王様! どうぞ私たちにその変化の技を!」
「鬼の王に相応しいお姿を、どうぞお見せください!」
「その隙に、ブスリ、ペロリでございます!」
「……できないの」
勇壮なる大鬼は、露骨に視線をきった。
「私、大鬼で、変化とかはできないの……」
品種改良によって大型化した種族、大鬼。
その生態上、変化の類はめっぽう苦手である。
ダチョウやエミュー、ペンギンが空を飛べないように、大鬼クツロは変化ができなかった。
「え?」
「本当に変化できないの? 鬼の王なのに?」
「うそだあ、昔話だとできてるのに~~」
「ごめんなさい……」
騙すも騙されるもなく、まず変化できないクツロ。
もちろん戴冠すれば話は違うのだが、見栄で消耗するわけにもいかず、ただ謝るしかなかった。
(思った以上に低レベルな頭脳戦になってきたな……)
低レベルすぎて頭が痛くなるバトルだった。
ある意味神話的、昔話的なのだが、なんでも古典的ならいいというものではない。
というか変化してみろと言われて、できないの、と答える鬼など前代未聞であった。
普通無理でもむきになってやろうとするものなのだが。
「素直に謝る鬼が、鬼の王様なんだ~~」
「ちょっとがっかり~~!」
「鬼っぽくないよね~~」
別の心理戦に突入しつつある、三人とクツロのバトル。
もうすでにクツロは泣きそうだが、しかしここで折れるのなら鬼の王ではない。
「鬼神が何を恐れるものか、之を避けず断じて行う……!」
できないことはできないのだからしょうがない、だったらできることで偉大さを見せるのみ。
苦手分野から目を背けているともいえるが、専門分野が凄ければ文句を言われる筋合いはない。
そもそも鬼なんだから、強ければそれでいいのだ。
「ご主人様! 森に入りましょう! 私が戦うところをこの子たちに見せてあげたいんです!」
(いいセリフなんだが、このシチュエーションでいうことじゃないな)
しかし考えてみれば、森に入るのは悪いことではない。
今までも似たようなことは何度もあったが、そのたびに新参者を排除してきたのがこの森の脅威だ。
普段は恐ろしいシュバルツバルトのモンスターだが、厄介者を追い払うにはいい番犬である。
流石の彼女たちも、この地のモンスターを見れば怖くて逃げだすだろう。
そうすれば、この頭が痛くなる騙し合いも見ずに済む。
「よし、わかった。ここ最近森に入ってないし、仕事をするとしよう。ネゴロとブゥ君達を呼んでくるから、少し待っててもらってくれ」
「はい! お願いします!」
アカネがエイトロールを焼き払うことでクラウドラインから認められたように、クツロもまたこの地のモンスターを討伐することで彼女たちから尊敬を集めようとしていた。
「……よし! これはチャンスだよ!」
「カチカチ山作戦だね!」
「危ないところに入ったら、その隙に燃やして殺そう!」
なお、三人は相変わらず殺す気だった模様。




