三人寄れば文殊の知恵
大公の招集を受けて、各隊の隊長たちは役場に集まっていた。
もちろん狐太郎の傍には四体が控えているのだが、なぜかブゥと、さらにセキトまで同席を命じられていた。
もうこの時点で、一灯隊隊長リゥイの機嫌が悪い。
機嫌が悪くなるのも無理はない、なにせセキトはにやにや笑っている。
自分に向けられた悪意が、心地よくてたまらないのだ。
リゥイは大人であろうとしているので、それをなんとか無視している。
しかしこのままではそのうち爆発するだろう、それを察して大公は話を始めた。
「まずは、皆とこうして話ができてうれしい。カセイに被害はなく、この前線基地も健在。これも君たちの奮闘あってこそだ」
ただの挨拶のような誉め言葉だが、決して軽い言葉ではない。
この地で生き残るということが、どれだけ大変なのか誰もが知っている。だからこそ、その誉め言葉を抜かすことはできない。
「実は今回集まってもらったのは、君たちに業務以外のことで負担を強いる可能性が生じたからだ」
大公らしからぬ、迂遠な言い方だった。
しかしだからこそ、その要件を持ち込んだのが誰なのかわかってしまう。
「兄上、大王陛下から要請があった」
びしり、と空気が固まる。
大王陛下からの要請ということは、実弟であり大権を持つ大公をして断りにくい用件ということだった。
もちろん大公の方も大王へ断れない用件を投げることもあるが、だからこそお互いに譲り合う必要がある。
つまり大公を想うのであれば、断れない相手だった。
「シャイン君以外は知らないだろうが……この国には鍵付きの坩堝というものがある」
「!」
狐太郎たちは当然知らないのだが、他の隊長たちもまったく知らないという顔をしていた。
その一方で、シャインだけは激しく反応している。
その緊迫した表情を見れば、鍵付きの坩堝なる物が、ろくでもないものだと分かってしまう。
「ひっぱっても仕方がないのではっきり言うが、Bランク上位の悪魔と、その眷属の悪魔が封じられている壺だ」
そこまで言えば、全員の目がセキトとブゥに向かうのは当たり前だった。
Bランク上位の悪魔と言えばセキトである。
セキトも大悪魔として多くの悪魔を従えているらしいが、今の彼は引き連れてはいない。
だがその壺の中には、眷属を込みでセキトと同等の悪魔がいるのだ。
なるほど、容易ならざる話である。
「今までは封印属性を習得したクリエイト使いやエンチャント使いによって保全してきたが、兄上はこれをいい加減廃止したいらしい。簡単に言えば、税金と人材の無駄ということだ。『鍵付きの坩堝』の中の悪魔を、殺すか従えるか、どちらかにして欲しいらしい」
「……うわ」
この場で誰よりも悪魔の専門家であるブゥは、専門家であるにも関わらず嫌そうな顔をした。
それは意外というよりも、想定通りということだろう。悪魔という種族のモンスターが関わっているのなら、彼にお鉢が回るのは当たり前だった。
なお、狐太郎も概ねを悟って青ざめている。
この件に、ササゲが絡まないわけがない。
「とはいえ、これだけ言っても理解できないというか、意味が分からないだろう。なので鍵付きの坩堝が如何なる経緯で今に至ったのか、簡単に説明させてもらう」
結論はわかったので、騒ぐ者は少なかった。
ただ静かに、大公の説明を聞くだけである。
「君たちも知っての通り、悪魔はとても恐ろしいモンスターだ。仲間にいてさえ、背筋が凍ることもあるだろう。ましてや敵になど回したくもあるまい」
豪傑であるガイセイも、これには閉口している。
先日ラードーンが、自分の首を生やし続けて餓死した姿を思い出せば、その恐ろしさは蘇る。
もちろん感謝もしているが、敵に回したくはなかった。
今にして思えば、先日にブゥと試合をしたことも、かなり無謀だったのかもしれない。
ガイセイは彼らしくもなく、静かに己を省みていた。
「さすがは陛下、恐れられておいでですな」
「あら、あなたも中々よ」
「恐縮です」
そんな一同の認識を、悪魔二体は笑っていた。
この二体にとって、仲間から向けられる恐怖はご馳走である。
この場の面々の精強さを知っているからこそ、その恐怖には味わいがあるのだ。
「鍵付きの坩堝が長く封印されてきたのも、それが原因だ。Aランクハンターがその気になれば悪魔も倒せるだろうが、まずやりたがらない。どうしても倒さなければならないのなら相手をするだろうが、壺に収まっていて外部に影響を及ぼさないのであれば、積極的に倒そうとは思わなかっただろう。それは周囲も同じことで、もし万が一、Aランクハンターを悪魔が操るようになれば。そう思うと二の足を踏んでしまうのだ」
倒せると分かっていても、関わりたくない。それが高位の悪魔である。
ましてBランク上位の大悪魔が、眷属ともども封印されているのだ。
封印に犠牲が必要ならまだしも、労力を割く程度でいいのなら、関わらないようにするだろう。
「ルゥ家に解決を持ち掛けようとしたこともあったらしい。元々ルゥ家は悪魔退治の専門家だ、他に適任はいない」
悪魔を操る悪魔使いが、悪魔退治の専門家だという。
わかるようでわからない話だが、よく考えれば当たり前のことである。
相手がどんなモンスターであれ、同じ種類で同格以上のモンスターをぶつけることができるのなら、少なくとも相性負けをすることはないからだ。
だがしかし、同格が相手となると話は違う。
「その適任なルゥ家をして、勝てるとは言い切れなかった。眷属を連れた同格が相手だ、相打ちや敗北からの従属もあり得る。ならばわざわざ、危険を犯すこともない。ということで、今日まで先延ばしにされてきたわけだ」
大公は、並んで座っているブゥと狐太郎、その背後の悪魔を見た。
状況の動きを、確かに見たのだ。
「だが今は違う。歴代でも最強レベルの悪魔使いと、Aランクの悪魔がそろっている。倒すにしても、従えるにしても、今を除いて他にはない」
正直に言えば、このまま塩漬けにしてもいいのだろう。
だが、今ならほぼ確実に解決できる。その機会を逃したくない、という気持ちもわかるのだ。
「そして……狐太郎君がここを動けない以上、鍵付きの坩堝はここに運び込むことになる。万が一に備えて、君たちハンター全員に待機してもらう。とはいえ、それは今回の件に反対がなければ、だが」
普段からAランク上位や中位と戦っているハンターに対して、過分な心配りだった。
だが相手は悪魔、自由や尊厳を奪いかねない難敵。
断られても仕方がない、という大公の考えはまっとうだった。
「俺は賛成です!」
真っ先に賛成したのは、やはりリゥイだった。
「大王陛下のご判断は間違っておられないと思いますし、ここ程戦力がそろっていて、周囲に重要施設がない場所もそうないでしょう。なので、ここで開放すること自体には賛成です。ですが……確認したいことはあります」
じろり、とリゥイはブゥや狐太郎たちを見た。
「相手次第ではあるんだろうが、これだけは聞かせろ。お前達、その悪魔を従えたいと思ってるのか?」
決める権利がないと分かったうえで、リゥイは問いただす。
この二人はどちらも悪魔を従えており、今回の件は新戦力を得る形にもなる。
自分から積極的に悪魔を集めるというのなら、結果が同じでも許容できるかは別だった。
「正直にいいます、可能な限り殺したいです」
「同じく」
なお、狐太郎とブゥは、まったくもってそんな気がなかった。
その表情が、悪魔使いとしての二人の適性を表している。
悪魔は自分に従う、ちょろいモンスター。
そんな風に考えているのなら、悪魔の怒りを買うだろう。
狐太郎もブゥも、ササゲやセキトを戦力だと考えている。
もちろんそれだけではなく、一定の信頼も置いている。二体に意見を求めて、その方針に従うこともある。
だが、怖い。もしも自分たちが悪魔にとっての一線を超えれば、その力が自分たちに向くと分かっている。
悪魔使いは、悪魔を恐れなければならない。
悪魔を恐れないということは、軽んじるということ。
悪魔に敬意を向けるならば、恐怖を伴うべきだった。
「ふふふ……まあ私も嫌ね。積極的に殺す気はないけど、逆に積極的に説得する気もないわ。それこそ相手次第ね、戦うか従うかは相手の意志を尊重するわ」
「私もですね。従ってくるのなら拒みませんが、強制はいたしかねます」
意外にも意見は一応一致していた。
今回の件の当事者たちは、「悪魔が従うと言わない限り殺す」という方針でまとまっている。
「悪魔にとって、誰に従うかどうかは尊厳にかかわること。私に王位と力があるからって、強要することはできないわ」
「同じく。私や陛下にとって、お二人は可愛いご主人様ですが……それがその坩堝の悪魔に当てはまるとは限りません。意思は尊重されるべきかと」
なんとも悪魔らしい発言だった。
悪魔たちにとって、長年封印されることや殺されることよりも、強制的に従えさせることの方が忌避感は強いらしい。
もちろん相手が悪魔かどうかで考え方も変わりかねないが、それでも見解は完全に統一されていた。
「なら、俺は文句はない。これで大喜びされたら、それこそ気分が悪い」
素が出ているリゥイだが、その意見には理解もできる。
悪魔が仲間になるとしても、狐太郎やブゥはまったく喜ばないのだ。
それは彼にとっても大きいことであり、仮に悪魔が増えたとしてもある程度許容できる理由になっていた。
「当事者である面々は、今の返答が意思だと思うことにしよう。そうなると、さて……他の面々もいいようだ」
元よりここに居るのは、大公から信頼を集める面々である。
勝算が十分であれば、嫌だからという理由で断ることはない。
「……感謝するよ、皆。では兄上にはそう伝えておく。当分先のことなので、しばらくは忘れていてくれたまえ」
一同の心に不安を残して、大公は去っていく。
しかしそんなことは今更なので、誰も気にしていなかった。
(坩堝に封じられた悪魔か……いきなりケンカ売って、そのまま殉じて死んでくれないかな……)
(出して即殺せたらいいのにな……きっと嫌がるんだろうな……)
狐太郎やブゥが悩むのも、非常に今更であった。
そう、少なくとも、悪魔とは戦いたくないし関わりたくもない。
仮に相手が選べるのならば、悪魔を選ぶ者はいないだろう。
※
「聞いたよね? 聞いたよね? 雲を縫う糸の爺様が言ってたよね?」
「言ってた、聞いた! 冠を被った王様が帰ってきた!」
「火を噴く竜に、怖い悪魔に、冷たい雪女に、大きな鬼だ!」
三人の少女が、おどけて跳びはねながら話をしていた。
軽業師のように、側転やバク転、バク宙さえも見せている。
それどころか、空中で何度も何度も縦回転さえしていた。
「その王様をやっつければ、私たちが次の王様だよね?」
「そうだよ、伝説ではそうなってる! 王様を倒したら、倒した人が新しい王様だ!」
「それじゃあ倒して王様になろう! きっと毎日楽しいよね!」
もちろんこの世界の住人であれば、これぐらい出来ても不思議ではない。
だが彼女たちの頭や尻には、明らかに人間ではない部位がある。
獣の耳に、獣の尾。
人の姿をしている、人ではないものたち。
彼女たちはとても愉快そうに、自分の夢を語っていた。
「王様になったら、雲を縫う糸の爺様も、私たちにへこへこするよね!」
「人間が白いご飯をたくさん炊いて、私たちに持ってきてくれる!」
「誰も私たちをいじめない! それどころか、私たちがやり返すんだ!」
彼女たちは、口をそろえて夢を謳う。
「じゃあ、王様を殺しちゃおう」
魔王を討ったモンスターは、次の魔王になる。
彼女たちは魔王になるため、正しく今の魔王を討とうとしていた。
「ああだけど、悪魔は怖いよ! 呪われてしまったら、一生ご飯が食べられなくなるかも!」
「雪女も怖いわ、氷漬けにされて春まで待つことになっちゃう」
「火を噴く竜、きっと強いよ。大百足だって焼き殺す」
悪魔は怖い、雪女も怖い、火竜も怖い。
どれも、強大で恐ろしいモンスターだ。
「鬼なら倒せるかも?」
「とっても大きくて力はあるけど、きっと竜ほどじゃないよね?」
「悪魔と違って、頭も悪そうだわ! きっと私たちでも騙せるでしょう!」
鬼が恐ろしくないわけではない。
しかし、他の三種に比べれば、相対的に怖くない。
「鬼を殺そう、鬼の王様を殺そう! 鬼退治、鬼退治だ!」
「鬼の倒し方なんて、いくらでもある! さあ準備をしよう!」
「鬼を一体倒すだけで、私たちは王様になれるんだ!」
三人は踊る、軽やかに踊る。
ついには、蹴鞠まで取り出した。
跳びはねながら宙で蹴って、他の二人にパスをする。
その鞠が、一つ二つと増えていく。
恐れるべきことに、これには何の術も使われていない。
ただの曲芸、ただの体術だった。
思いっきり蹴れば壊れてしまう鞠を、彼女たちは巧みに蹴って遊んでいる。
「鬼を殺す方法を調べよう!」
「鬼を殺した英雄を調べよう!」
「鬼の末路を探すんだ!」
王を討ち、王になる。
そのための夢が溢れる計画を、三人はおどけながら歌っていた。
「鬼を退治した私たちは、王様になって幸せに暮らしました!」
「めでたしめでたし!」
「とっぺんぱらりのぷぅ!」
ただしその顔には、途方もない邪悪な殺意が満ちていた。
「あははは!」
「あはははは!」
「あははははは!」
もしもこの場に人間がいれば、きっと彼女たちに見つかって、食われてしまっていただろう。
それほどにわかりやすく、彼女たちは危険な怪物だった。




