阿吽の呼吸
本当に、ただ偶然だった。
Bランク上位モンスターが大量に生息する地域を目指していたホワイトと『彼女』は、道中迷って猿山の近くにたどり着いた。
最初はどうでも良かったので見逃そうとしたホワイトだったが、相手が大量の猿であることに気付き、一転して突撃を敢行した。
「プッシュエフェクト、スラッシュハンマー」
向かってくるマンイートヒヒに、一太刀を浴びせる。
ただそれだけで、マンイートヒヒは吹き飛んでいく。
後ろにいた他のマンイートヒヒにぶつかるが、それでも止まらずに後方へ押されていった。
五体ほどを巻き込んで止まった時には、全員の息の根も止まっている。
「プッシュクリエイト、ビッグハンマー」
次いで、残った半数へ実体化させた巨大な鉄槌を叩きつける。
五体がまとめて叩けるほど巨大な鉄槌は、マンイートヒヒたちを限りなく平面に近づけていた。
「……弱いな」
「それはそうじゃないか? 君は元々押出属性が得意だったんだし、相手はBランク下位だろう。一撃で倒せて当然だ」
「……そうだな」
小型、中型の猿が殺到してくる。
人間よりも小さい猿、人間と変わらない大きさの猿。それらが二十頭以上、まとまって襲い掛かる。
「コユウ技、エリアドレイン」
しかし、空中で動きが鈍った。
体力を急に吸われたことで、突如として疲労状態になったことに、反応が追い付いていない。
「プッシュクリエイト、ハンマースイング」
広い範囲を、旋回する軌道で鉄槌が移動した。
CランクやDランクの猿は、まとめて潰されて混ざり合い、原形を失っている。
「……少しいいかな、ご主人様」
「なんだ」
「あそこに座っているボス猿以外は、雑魚もいいところだ。普段の君なら無視して突っ込んでると思うんだけど」
「普段ならそうするかもな。だが今は、機嫌が悪い」
雑魚をいくら倒したところで、運動以上の意味はない。
Bランク上位であるドラミングゴリラ以外は、最初から標的にする意味がない。
「俺は、強くなるために戦うんじゃない。猿を殺すために猿を殺すんだ」
「恨みがあり過ぎじゃないか? 親でも殺されたのかい」
呆れている彼女へ、別の猿が襲い掛かった。
Bランク下位モンスター、ロックロックショウジョウ。
普段は外敵から身を守るために、岸壁で生活を営む、人間よりも倍ほどの猿。
猿系のモンスターは握力が強いのだが、このロックロックショウジョウは更に固定する力が強い。
前足だけではなく後ろ脚でも相手を拘束し、骨を握りつぶしながら食い掛る。
「親は生きてるよ、俺が食われかけたんだ」
「それはまあ、恨むに値するけども……」
だが彼女はまったくダメージを負っていなかった。
両腕や足を固定されているのに、まったく影響を受けていない。
自分の頭よりも大きな顎で噛まれているが、歯形のあとさえつかなかった。
しいて言えばよだれがついて汚れている程度だが、それさえも消えていく。
ロックロックショウジョウは困惑するが、しかし拘束は緩めない。
何が起きているかわからなくても、逃がさないことに全力を尽くしていた。
ロックロックショウジョウに拘束されているところを見て、Dランクの小型の猿たちも彼女へ襲い掛かる。ショウジョウの体に噛みつかぬように、服ごと咀嚼しようと噛みついてくる。
しかし、それもまた、何の意味もなかった。
「ご主人様、僕のことをそろそろ助けて欲しいんだけど。いくら僕が物理攻撃に無敵だからって、モンスターに噛まれたら臭いんだよ? 僕を乙女だと思って、もう少し配慮をしてくれないかな?」
「そうだな、これ以上は食いつかないな」
「機嫌が悪すぎて、僕にもひどく振舞ってるような気が……」
彼女自身が見えなくなるほど、猿が殺到して覆いかぶさっている。
もしも彼女が普通の人間なら、骨まで食い破られて何も残らないだろう。
服や靴までもが、猿の胃の中に入っているはずだ。
「プレスクリエイト・ミックスジューサー」
その猿の塊へ、彼は無慈悲な圧縮属性の攻撃を行う。
もちろん内部にいるはずの彼女を、巻き込む形で発動させた。
「……酷い匂いだね」
「すぐに鼻がバカになるさ」
彼女の外側にいた猿たちは、絞り上げられた雑巾のように圧縮され、ため込まれていた水分が溢れて地面を染める。
当然ながら気分のいい匂いではない。
しかし彼女はその匂いに不快そうな顔をするだけで、体に汚れ一つなかった。
「それにしても……凄い数だね。中型や小型は、本当に大量だ」
「このままだと、俺一人で戦うようなものだな……お前対応力があるようでないからな、倒しにくいだけ。最初はビビってたけど、損をした気分だ」
「き、きっと、僕は、一対一とか少数精鋭と戦うために作られたんだよ! 仕様だよ、仕様!」
「そうだろうな。それに関しては全面的に同意だ」
瞬く間に片づけた猿は、もしかしたら百に達するかもしれない。
だがしかし、百もの猿を葬っても、底が見えぬほどに膨大な猿の山。
彼らに仲間意識があるのかはわからないが、少なくとも共通の脅威だと認識されたらしい。
山全体が、動き出した。
山にいるすべての猿が、こちらに向かって動き始めた。
山そのものが大きいのですべての猿が殺到するまでは時間がかかるが、猿一体一体の動きはとても速い。今から逃げ出しても、到底間に合うものではない。
「……流石に手間だな」
「なんかどうでもよくなってきてないかい?」
「いいや、違う。こいつらに時間を使わされるのが嫌なだけだ」
以前に、何度も殴ってようやく倒せたマンイートヒヒ。
これを一撃で数体倒せたことに、少なからず達成感はある。
クリエイト技を習得したこと、多くのモンスターを狩ったこと。
それらの要素が、結果につながったと分かる。
既にわかり切っていたことだが、自分は強くなっている。
だが、まだ足りない。もしもAランクハンターならどんな属性の攻撃だろうと、一撃で殲滅できるはず。
正しく前進している、横道にそれることなく強くなっている。
だがまるで、強さが足りない。これも分かり切っているが、Aランクハンターには遠く及ばない。
「……壁は厚いな」
全力で強くなるために頑張っていて、実際に強くなっている。
だが足りないと、現実は突き付ける。これから目を背ければ、成長は停止する。
(そうだ、俺はまだ足りない……先生の言葉を思い出せ、苦みを忘れるな。俺は……まだ弱い)
順調に強くなっていることを自覚した上で、苛立たなければならない。
モチベーションを保たなければ、成長は止まってしまう。
DランクやらCランクやらを一掃できない己の弱さに、苛立つ必要がある。
しかしそれはそれとして、苛立ちも度を超えると悪影響である。
修行はできるだけ、楽しくなければならない。
「なんでこんな奴らに手間取らないといけないんだ。むかついてきた、一掃するぞ」
「自分から襲い掛かっておいてそれはないだろう? で、どうやって」
「こっちにこい」
彼女を肩に担ぐと、彼は自分の体を真上へ押し出した。
「プッシュクリエイト、フライングカタパルト」
まさに、投石機。
ホワイトは自身を弾丸に変えて、空に打ち出した。
何かを狙う必要はない、ただ上空に行きたかっただけである。
ゆっくりと減速していきながら、ホワイトは前を見る。
そこには蠅を見るような目でこちらを見ている、巨大なゴリラの姿があった。
如何に山頂に座り込んでいるとはいえ、跳ね上がったホワイトと視線が合うということは、それだけ相手が巨大ということだろう。
ドラミングゴリラは、まだホワイト達を脅威だと思っていなかった。
群れのモンスターが倒されても、自分が痛い想いをしていないので当然かもしれない。
加えてただの事実として、ドラミングゴリラは強い。
Bランク上位モンスターとは、軍隊が出動してようやく勝てる脅威。中位や下位などとは、レベルが違う。
それを正しく理解しているからこそ、ドラミングゴリラは敵意を向けていなかった。
だからこそ、ドラミングゴリラが片手を振り上げて、叩こうとしたのは。
それこそ、目の前の蠅を落とそうとしただけだろう。
「コユウ技、アルティメットドレイン。僕に物理攻撃は効かないよ」
だからこそ、その手が空中で止まったとき、どれだけ力を込めてもそれ以上前に進まなくなった時、ドラミングゴリラは動揺した。
ホワイトは彼女を空中で取り回し、盾としたのである。
お世辞にも攻撃に長けているとは言えない彼女だが、いったん盾にしようと思えば、ホワイト一人だけなら完璧に守ることができた。
「アースクリエイト」
その動揺をついて、ホワイトは新しい技を使用する。
「マッドスコール!」
彼が生み出したのは、大量の土砂だった。
眼下で騒いでいた猿たちの頭上に、土石流を降り注がせる。
「何をやってるんだい?」
「ドラミングゴリラは、群れが窮地に立たされたと判断すると、特殊能力を使用する」
「特殊能力?」
「見てればわかる」
ドラミングゴリラに、クリエイト技が何なのかわかるわけもない。
しかしせっかく集めた兵隊たちのほとんどが土砂に埋もれていく様を見れば、これを脱さなければならないと考える。
ゴリラは、胸を叩いた。
胸板だけではない、腹筋や僧帽筋、掌同士さえぶつけ合わせる。
それは生物が生物を叩く音ではなく、もはや打楽器の音、打楽器による演奏だった。
ドラミングゴリラ自身の咆哮も相まって、まさに音楽となっていた。
まさに、戦いのための音楽。
大地に埋もれていた、力の弱い低ランクの猿たち。
逃げることも脱することもできない、格下のモンスター。
それらすべてに、ドラミングゴリラのパワーが加算される。
生き残った、すべての猿たちが狂喜乱舞する。
ありえない強化に歓喜し、自分たちをふさいでいた土砂を吹き飛ばして雄たけびを上げる。
つい先ほどまでは一撃で倒せたであろう雑魚の群れが、容易ならざる強敵の群れに変化していた。
「なるほど」
猿の数を減らすでもなく、分散させるでもない。
ましてや逃げることもできない空中にいて、それでも彼女は納得した。
「今は年上の気分かな?」
「そういうことだ」
自らを僕と呼んでいた彼女の体が発光し、空中でその体を大きくする。
中性的だった体から、とても女性的な姿へと変貌を遂げる。
「コユウ技、アルティメットレゾナンス」
だが、そんなことは些細だった。
彼女の肉体から、爆発的なエネルギーが迸ったことに比べれば。
「あらあら、凄いパワーアップだわ~~」
「そうだろうな。これだけ強化されてれば、お前も強くなるさ」
大量の猿を従えたままのドラミングゴリラを相手に、群れを追い詰めるのは悪手である。
大量の猿が、同時に『強化』されるからだ。
だがその大量の強化こそが、ホワイトの狙ったものである。
名もなきモンスター、彼女の『私』の形態は、敵の強化が激しいほど意味を持つ。
強化された敵が多いほど、その強化幅が大きいほど、その全てを自分に加算することができる。
「下は任せた、こっちは俺がやる」
「ええ、任せてちょうだい、ご主人様」
華奢な姿の彼女は、今やドラミングゴリラ本体よりも強くなっていた。
その暴力をもって大地に降り立ち、己の百分の一程も強化されていない猿を相手に剛腕を振るう。
「コユウ技、レゾナンスインパクト」
細腕から放たれる攻撃、レゾナンスインパクト。
これは強化状態の敵に対して、特効を持つ技である。
相手が強化されていればされているほど、指数関数的に威力が上がる技だった。
今回の猿たちは、一種類の強化しか施されていない。だからこそ、特効もそこまでの意味を持たなかった。
だがそれでも、元がBランク上位さえ超える一撃である。その威力は、腕の一振りで猿の一翼を粉砕するほどだった。
「相変わらず、インチキな奴だ。さて……」
ホバリングするように、トランポリンで跳びはねるように、空中で小刻みに自分を跳ね上げているホワイト。
ドラミングゴリラは自分よりも強大になった、彼女の姿を見て驚いている。驚いたまま、動か無くなっている。
「Bランク上位モンスター、ドラミングゴリラ……別にお前に恨みはない。俺を食おうとしたのはマンイートヒヒだし、そのマンイートヒヒもアイツが片づけたし、そもそもシュバルツバルトでの話だしな。ここは全然関係ない場所で、お前は別種で、絶対に何の関係もないんだろう」
ホワイト・リョウトウは、この先のそのまた先にある、Bランク上位の多く棲む魔境へ行くつもりだった。
つまり彼は、Bランク上位を倒せるだけの自信があるということだった。
「だがな……俺は、猿ってだけで大嫌いなんだ!」
何の必要性もなく襲い掛かり、何の意味もなく殲滅する。
これによって得られる経験など何もない。しいて言えば、自分がどれだけ強くなったのかを確認できただけ。
それでも彼は喜んで殺す。
かつて自分を追い詰めたモンスターを駆除する喜びは、弱者から這い上がった強者にのみ得られる感情だった。
「プッシュクリエイト、エアーカタパルト!」
空中で自分を押し出して、一気に前進する。
加速に時間をかけないということは、その分体に負荷がかかるということ。
例えるのなら、自分で自分を殴り飛ばすようなものだ。何かの細工をしているわけではないので、彼は普通に負荷を受けていた。
だが、急加速による負担など、今の彼には何の影響もない。
多くのモンスターを葬ってきた彼の体は、ガイセイ同様に強化されている。
DランクやCランクのモンスターなら死ぬようなGを受けても、彼にはほとんど負担にならないのだ。
「アースエフェクト……マウンテンインパクト!」
その速度と、己の腕力。
それに大地属性のエフェクトを乗せて攻撃する。
山の上に座っている、山のようなドラミングゴリラ。
それから見れば蚤のようなホワイトの一撃は、しかし蜂の一刺しどころではない。
巨体が揺れ、崩れかけた。
Bランク上位の証明となる、屈強な肉体。
それを支えている頑健で太い骨格が、一撃でへし折られていた。
急所を狙ったわけではない。速度さえ出ればいいと、雑に加速して胴体に適当にぶつかっていっただけだ。
だがだからこそ、細い骨ではなく、特に重要で太い骨をへし折っていた。
「怖いだろう? 格上に、上に乗られて、押し倒されて……抵抗するのに、脱出することもできないのは」
大地属性のクリエイト技を使えば、当然実体化した土を出すことができる。では大地属性のエフェクト技を使えばどうなるか。
まずわかりやすい特徴として、風の精霊に対して弱点を突けるようになる。
もちろんそれだけではなく、重量を得る。重力属性と同様に、効果を与えたものを重くできる。
「悔しいよな、俺もそうだった……プッシュクリエイト、アースエフェクト!」
それは、疑似的なスロット技。あるいは、疑似的な合体技。
一旦押出属性で自分を空中で加速させ、その後に自分へ大地属性で重量を加える。
それは、隕石の衝突にも似た、圧倒的破壊力。
「ディノ・エンド!」
巨大なドラミングゴリラの胴体を陥没させるほどの、大ダメージ。
ドラミングゴリラの体内で衝撃波が暴れまわり、骨格や内臓、脳や神経までも破壊される。
だがそれでも、ドラミングゴリラはBランク上位モンスター。
行動不能になってはいたが、それでも生きていた。もしもこのまま放置すれば、ダメージから復帰する可能性もあった。
だが、仰向けになり痙攣しているドラミングゴリラの上には、苛立ちを募らせる若きハンターがいた。
「……これで、死なないのか。これで、殺せないのか」
今出せる、最大威力の技だった。
それを直撃させてなお、Bランク上位モンスター一体を殺せていない。
それはつまり、今の彼がシュバルツバルトに行けば、前回と同じ状況に陥るということ。
出したからには、勝てなければならなかった。
使ったからには、殺せなければならなかった。
すべては己の力不足、ドラミングゴリラに非があるわけもない。
しかし、殺さない理由など最初からかけらもなかった。
「まだまだだ……俺はまだまだ弱い。まあ、だからBランク上位がたくさんいる森に行くわけだが……それはそれとして、お前のことはきっちり殺しておくか」
既に一回しか使えない切り札、味方や己の強化を使い切ったドラミングゴリラ。
この怪物にとってさえ理不尽なことに、ホワイトはなおも余力があった。
まったくためらわずに、死ぬ寸前のドラミングゴリラへとどめをさす。
「アースクリエイト、プレスクリエイト!」
地面に倒れて動けなくなったドラミングゴリラの上に、大量の土が降り積もっていく。
果たしてこの時のドラミングゴリラに、意識はあるのか。
生死の境をさまようこのモンスターは、これから何が起きるのか知る由もない。
しかし、彼の死に方は、既に決定されていた。
大量に積もった土だけではない、周囲の地形さえも巻き込んで、圧縮されていく。
それは正に土饅頭、あまりにも粗雑な土葬の形だった。
「埋まれ! ワイルドグレイブ!」
もがきあがけば、抜け出せたかもしれない強制的な生き埋め。
しかし息も絶え絶えのドラミングゴリラには、体を動かす力はなかった。
何もかもが閉ざされていく。
気を失っている、眠っているドラミングゴリラは、そのまま目覚めることはなかった。
「あらあら、ようやく終わったの?」
巨大な土饅頭の上で座っているホワイトの元に、パワーアップが終わった彼女が話しかけた。
その表情には、まったく疲れなどなかった。
「ああ……そっちの方が、ずっと早く終わったみたいだな」
「あれだけおぜん立てしてもらったんだもの、当然よ」
ホワイト・リョウトウは優等生だった。
ハンターの養成校に通ったことがあり、そこで「モンスターの生態」についての授業を受け、さらにテストでも満点を取っていた。
そのうえで、Bランク上位さえ圧倒する素の力を持っている。その彼が奇怪な『彼女』の特性をフル活用したならば、もはやBランクなど何体いても同じだった。
「貴方は、もう立派な魔物使いね」
「……俺は、お前抜きで倒せるようになりたいよ」
天才は、未だ満足を知らず。
強力な手札を得てなお、自らの力を望んでいた。
「でもまあ……ほらよ」
「ええ!」
猿たちが黙ったこの場所で。
ぱあん、という、手と手が張り合う音がした。




