14
現在シュバルツバルトの前線基地には、ハンターの部隊が四つ存在している。
練度、人数、装備共に最高水準を誇る最大の部隊、ジョーが率いる白眉隊。
唯一のスロット使いであるシャインが隊長を務める蛍雪隊。
これらに加えて、一灯隊と抜山隊が在籍している。
孤児院を母体としている一灯隊は、仕送りがきちんと運用されているかの確認のため。
精力旺盛な隊員を多く抱える抜山隊は、遊行と慰安のため。
それぞれ、前線基地の最寄にある大都市カセイへ訪れていた。
一灯隊は全員ではなくヂャンとその部下を置いてきたのだが、抜山隊は全員で遊びに来ていたのである。
間が悪いことに、双方はまったく同じ時に前線基地へと帰還しようとしていた。
前線基地へ補給に向かう馬車と共に、仲が悪い二つの部隊は同行していたのである。
そして一灯隊の隊長であるリゥイと副隊長であるグァンは、にやにやと笑う抜山隊の隊長ガイセイに絡まれていた。
「なあ聞いたかおい。俺達が留守にしている間に、新しいハンターが入ってきたらしいぜ」
リゥイとグァンは、どちらも若いながらにたくましい体つきをしていた。
前線基地で討伐隊として活動できる実力者が集う部隊で、隊長を務めていると見ただけで分かる。
「まだ実力はわからねえけど、もしかしたらAランクかもなあ? はっはっは! だといいなあ!」
しかしそんな二人が小柄に見えるほどに、ガイセイは図抜けた巨体を誇っていた。
狐太郎がガイセイの隣に立てば、赤ん坊のように見えてしまうのではないか。
はっきり言えば人間と思えないほどに、巨大で屈強な肉体をしていたのである。
「まるで他人事だな、ガイセイ。お前は前線基地の討伐隊としての責任感がないぞ」
他人事のように大笑いするガイセイを、リゥイは睨みつけていた。
「アッカ様が抜けてしまったせいで、前線基地の戦力はガタ落ちだ。その上二つの部隊が今不在なのだぞ、もしものことがあったらどうする」
「俺は死なねえもん」
常人なら気絶しそうな気迫を放つリゥイだが、さらに屈強なガイセイにはまるで通じない。貫くような視線も、糠に釘だった。
「そんなに言うなら、お前らはずっと前線基地にいればいいじゃねえか」
「そうしたいのはやまやまだが……」
恥部に触れられて、言葉に詰まるリゥイ。
一灯隊は孤児院出身者で構成されている、家族同然のハンターたちである。
しかし心無いものはどこにでもおり、隊員の横領や孤児院の職員が虐待をすることもあった。
それを防ぐために、定期的に孤児院へ確認をしに行っているのである。
もちろんそれは他人まかせや部下まかせにはできないので、隊長と副隊長が直接赴いているのだった。
「守るものが多い連中は大変だねえ」
事情を知っているガイセイは、げらげらと笑う。
一灯隊にとっては深刻な問題であり解散の危機ですらあったのだが、笑い話のように冗談で済ませていた。
「まあ気にすんなよ。俺達が戻った時に前線基地がぶっ壊れてても、誰も俺達を悪いとは言わねえさ。ちゃんと許可とってんだしよ」
「……許可を取ればいいというものじゃないだろう」
「いいものだろ? 何のための許可だよ」
「ただでさえ下がっている戦力が、さらに下がるんだぞ!」
「許可した奴に言えよ」
なんとも腹立たしい話だが、Aランクのハンターであるアッカがいない今、前線基地で最強の戦力となるのはガイセイである。
その彼が前線基地を離れることは、職員も一般人もハンターたちも恐れていた。例外と言えば、彼の部下である抜山隊の隊員ぐらいだろう。
だがしかし、彼がカセイへ向かうことは誰にも止められなかった。
彼は正規の手続きで、カセイで休暇をとると申請している。仮にそれを止めてしまうと、上の立場の人間へ正式に抗議することになるだろう。
よって役場の職員は、涙目でそれを許可するしかなかったのである。
「彼らが許可せざるを得ないように、制度を悪用しているからだろう!」
「じゃあ制度を決めた奴に言えよ、たしか大公様だったか?」
「ぐ……許可を申請したのは私たちも同じだ、休暇の制度が必要であることは認める。だが私たちはどうしても外せない用事があったのだ!」
「俺達も外せない用事があったんだぜ? なあお前ら!」
ガイセイは後ろを歩く部下たちに向かって同意を求めた。
すると彼同様に、威勢のいい声が帰ってくる。
一灯隊は腹を立てているが、それでもガイセイはただ笑うだけであった。
「お前らは孤児を養うために戦ってる、俺達は遊ぶ金欲しさで戦ってる。だったらどっちも外せない用件じゃねえか、なあ!」
「同じなわけがないだろう!」
「じゃあ俺たちにただ働きしろってか? お前らは金を稼いで、俺達には金を稼ぐなってか?」
違法行為をしているわけではないし、稼いだカネをどう使おうとガイセイの勝手である。
ましてハンターとは命がけの仕事。抜山隊の隊員の士気を維持するには、こうした遊行も必要なことだった。
「そのあたり、ジョーの旦那はよくわかってらっしゃるぜ? 適当な理由をつけて休暇を止めようとした役場の奴らを黙らせてくれたぐらいだ!」
もちろんジョーも喜んで送り出したわけではないだろう。
だがもしも理由もなく休暇申請を断ろうものなら、勝手に前線基地を出かねないと思ったのだろう。
最悪の場合、前線基地ではなく別の場所で活動を始める可能性もあった。
「ジョー様の善意に付け込んで……!」
「第一、あの前線基地の奴らを守る必要があるのか? ないだろ、実際のところ」
ガイセイの口から飛び出した更なる暴論は、まさに絶句だった。
怒りの余り、口から言葉以外のものが出そうである。
「俺達の休暇は、カセイ以外はほとんど許されてねえ。カセイが最寄りで一番デカいってのも大きいが、そもそもあそこを守るために前線基地は建てられたんじゃねえか。もしもの時も、俺達があそこを守れば問題ないって話だろ」
正当性を主張するだけに、ガイセイの発言は論理的にも法律的にも正しかった。
だがそれを聞くものをいらだたせるための、からかうための言葉でしかない。
「カセイのクソ高い税金で俺たちの給料が賄われてるんだぜ? 前線基地で税金も納めず暮らしている連中よりは、文句を言いながらも納税していらっしゃるお方々を守ってやるべきじゃねえか?」
「貴様……!」
「ああ、悪い悪い! お前は前線基地の生まれだったな!」
リゥイの殺気立った表情を見て、ようやく満足したのかガイセイは離れた。
もう少しでも話が続いていれば、リゥイの脇で青龍刀に手を伸ばしていたグァンも含めて戦闘になっていただろう。
そうなれば、一灯隊と抜山隊で戦闘になっていたに違いない。
「勘違いするなよ、俺はお前達のことも結構好きなんだぜ」
一灯隊の一般隊員と抜山隊の一般隊員では、一灯隊の方が強い。加えてリゥイとグァンは、頭一つ抜けた力を持っている。
ぶつかり合えば、抜山隊が深刻な被害を受けることは確実だろう。
「お前らは自分の力でカネを稼いで、自分たちの守りたい奴らを養ってる。俺はやりたくないが、立派だとは思ってるんだぜ」
だがそれを知っている抜山隊の隊員の方が勝ったように笑っていて、一灯隊の隊員は負けたかのように悔しそうである。
「お前らの中でカネをくすねてた連中居ただろ? アレには俺も腹が立ってたのさ、恥ってもんを知らねえ」
ひとえに、ガイセイがさらに強いからに他ならない。
仮に二つの部隊が真正面からぶつかり合えば、ガイセイ以外の全員が地面に倒れておしまいである。
この場に一灯隊の三番手であるヂャンがいても、結果は何も変わらない。
「自分がやりたいと思ったことは、自分でやるもんなのさ。それが無理なら諦めちまえばいいのに、他人様を騙したり善意にすがろうなんて厚かましい」
前線基地の誰もが断言する。
アッカが去った今、最も強いのは間違いなくガイセイである。
「恥を知らねえ奴は、俺は大嫌いなのさ」
※
モンスターの接近に気付くことができないという問題を抱えた狐太郎たちは、それを解決するべく蛍雪隊の隊舎を訪れていた。もちろんシャインにいろいろ聞こうとしたのである。
困ったことがあったので、人に聞く。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥、そして無知は死に直結する。
「ということで、共生しているCランクのモンスターの方が脅威になることもあるわ。特に危険なのは、スネークハウスとも呼ばれるフォーウォークプラントで、大小さまざまな毒蛇を体のあちこちに住ませているのよ」
(もっと早く聞きに来ればよかったな……)
都合よくモンスターの接近を知らせてくれる道具や魔法などはなかったが、この森に生息しているモンスターの生態を教えてもらうことができた。
どうやら彼女は元々そうした方面の研究をしていたらしく、快く授業をしてくれたのである。
「蛇は怖いわよ~~。体温で探知してくるから、私の迷彩もうまく効かないもの。おまけにこの森の蛇は、人間を丸呑みにするぐらい大きいのばっかりだしね!」
(体温で探知してくる上で人間を一呑みって……絶対会いたくねえ)
もちろん聞いて楽しい情報ではないが、知らずに遭遇すればどうなるかはもう体験している。
お世辞にも勉強が好きではないアカネでさえ、なんとか我慢して授業を受けていた。他の三体に関しては、言うまでもなく物凄く真剣に聞いている。
しかし狐太郎も、長く話を聞いていると疲れてきた。
シャインは自分の研究内容を発表しているので、楽しく説明をできているのだが、察することがあったのか説明を切り上げることにした。
「まあ詰め込んでも仕方ないし、今日のところはこれくらいにしましょうか」
「本当? やった~~!」
「それじゃあスコーンでも食べましょうか、たくさん用意したわよ」
「……やった~~」
退屈だが寝ることもできない授業の終わりに喜んだアカネだが、シャインが善意で用意してくれた大量のスコーンを前にして、喜びが一瞬で風化していた。
それでも善意を無下にできないので、果敢に食いついていく。
「じゃあ私もいただきます。アカネ、ちょっとちょうだいね」
「クツロ……半分ぐらいどうぞ!」
「はいはい、わかったわよ。夜のお酒とお肉、入るかしら」
ため息を吐きながらも、クツロがスコーンを食べることを協力していく。
なおササゲとコゴエは、自分が食べる分だけとって、大人しくハーブティーを飲んでいた。
「すみません、こんなに協力してもらっちゃって……」
「いいのよ、貴方達ぐらいしか話を聞いてくれる人もいないし」
ちゃんと御礼のお金を渡しつつ、感謝の言葉も忘れない狐太郎。
きっちり対価を頂きつつ、中身は確認しないシャインも上機嫌そうであった。
「そうなんですか? モンスターの生態が分かれば、弱点とか倒し方とか、罠にはめる方法とかもわかるんじゃ……」
「それがね、順番が違うのよ!」
「順番……なんの?」
「世の中の有害なモンスターは、大抵倒し方がわかってるの。どこが弱点とか、どうすれば罠にはめられるとか、どんな属性が弱点なのかとかね。私はその原理を調べているだけなのよ」
生態から攻略法を学ぶのではなく、既にわかっている攻略法がなぜ効くのかを調べているらしい。
なるほど、確かに順番が逆である。
「スライムとかアメーバとかには核があるんだけど、その核を壊せば倒せるってわかっていればいいわけでしょ? なんでその核を潰されたら倒せるのかを、私は調べたいのよね。まあほかにも色々と調べているけど、大体はそんな感じなのよ」
(ほんとうに学者先生みたいなことをやってるんだなあ……)
「他の人は強い武器の作り方とか、モンスターの死体を有効利用するとか、そういう直接的な結果を欲しがるから、私の研究に出資してくれないのよね~~。この前線基地なら問題ないんだけど!」
愉快そうに笑っているが、周囲から必要とされない研究を続けるのは大変だろう。
(エンドウ豆のしわを調べていたメンデルさんも、当時は周囲からこう思われてたのかな)
後世で評価されるタイプの研究者を目の当たりにして、狐太郎は一種の哀れみを感じた。
生きているうちに評価されたほうが、彼女も喜ぶと思うのだが。
とはいえこれ以上切り込んでも誰も幸せにならないので、話を切り替えることにした。
「じゃあこの前線基地で討伐隊に参加しているハンターの人たちは、みんなモンスターの倒し方を知っているんですね?」
「全然」
「知らないんですか?!」
いきなり前提が崩壊してしまった。
「この間の防衛戦もそうだったけど、複数のモンスターが大挙して現れたら弱点とか考えている場合じゃないでしょう? それとも貴方のモンスターは、そういうことを考えながら戦ってる?」
「力技でねじ伏せてます」
「それができないと、ここじゃ討伐隊に参加できないのよね」
ここが弱点とかどうやって倒せばいいとか、そんなことを考えて戦っているうちはこの森で生き残れない。
Bランクのモンスターが大量に湧くということは、そういうことなのだ。
(まあ確かに、ヂャンとかジョーさんとかがグレイモンキーに誘拐されるわけないしな……)
狐太郎たちがモンスターの知識を求めているのは、モンスターを倒せないからではなく狐太郎を守れないからである。
この間もそうだったが、彼女たちだけで戦う分には知識など必要ないのだ。
「まあ……Aランクのモンスター相手に力押しができるのはアッカ様ぐらいだったけどね」
「Aランク……」
今のところ狐太郎が遭遇していない、この森でも最強とされる格のモンスターたち。
(この前シャインさんやジョーさんが戦うところを見たけど、それでもBランクなんだよな……)
「Aランクは色々と規格外なのよ。モンスターも、それを狩るハンターもね。聞いていると思うけど、普通の場所だとCランクになるにも地道な成果の積み重ねが必要で、Bランクになるにはお家柄も必要なの。この前線基地にいるBランクのハンターの中で、基準を満たしているのはジョー様だけね」
脅しではなく、真剣な表情で脅威を語るシャイン。
その真剣さに、狐太郎は生唾を呑んだ。
「でもね、Aランクのハンターは違うの。Aランクになる条件だけは、今も昔もAランクのモンスターを狩れるかどうかだけ。その意味が分かる?」
「それだけ、Aランクのモンスターを狩れるハンターが少ないってことですね」
「その通りよ。Aランクのモンスターを狩れるハンターなら、もう文句なしに英雄。この国でも片手の指で数えられるだけで、家柄がどうとか言っている場合じゃないのよ」
そこまで聞いて、狐太郎には別の疑問がわいた。
「ここをやめたアッカって人は、どんな隊を率いていたんですか?」
「アッカ様は部下を連れてなかったわよ。一人で狩りをしてたもの」
「……一人でAランクなんですか?」
「逆よ。普通のAランクハンターは、仲間が不必要なほど強いのよ。っていうか、Aランクのモンスターを相手にできるほど強いハンターを、たくさんそろえられるわけがないじゃない」
この街で討伐隊に参加できるほどのハンターは、ごく一部に限られるという。
Aランクに達していないBランクのハンターでさえ、そろえるのは難しいのだ。
であればAランクのモンスターを倒せるハンターが、そうたくさんいるわけもないのだろう。
「凄かったわよ~~、アッカ様の狩りは。Aランクのモンスターが五体ぐらい現れても、ちぎっては投げちぎっては投げ……まるで相手になってなかったもの」
アッカ>Aランクのモンスター(複数)>Aランクのモンスター(単体)>Bランクの討伐隊。
なんとも残酷なほどの実力差であった。
「そんなに凄かったんですか……」
「だからいなくなっちゃったあとは、みんな不安に思っているのよね……」
ちらちらと、期待を込めた悪戯っぽい顔で狐太郎を見るシャイン。
その姿を見て、狐太郎が思うことは一つ。
「アッカさん、引継ぎとかしなかったんですか?」
「しなかったわよ、そういう人じゃないもの」
後任に相応しい人が出てくるまで、現役で戦い続けるということはなかったらしい。
「誰も引き留めなかったんですか?」
「役場の職員と一灯隊は引き留めてたわね。でも私を含めた他の全員が、そんなことしても無駄だと思ってたし」
どうやらアッカとやらは、物凄く自分勝手な人だったようだ。
良くも悪くも、スーパーヒーローというより神話の英雄らしい性格をしていたようである。
「一定の期間Aランクのハンターとして討伐隊に参加していれば、貴族になれる、ですよね? その制度に問題があるんじゃ……」
「そりゃああるわよ。でもね、死ぬまで働けとか、生涯現役とか、後任が育つまで戦えとか、貴方だったら請け負う?」
そう言われてしまうと、狐太郎も納得するしかない。
狐太郎自身、この地に長くとどまりたくないと思っているのだ。
いくら強いハンターでも一生遊んで暮らせるカネを手に入れたら、その時点で仕事なんてやめてしまうだろう。
「さっきも言ったけど、Aランクのハンターはどこに行ってもAランクとして通用する。わざわざここに居てもらうには、期間も含めて厚遇しないと駄目なのよ」
高い報酬を支払わないと、この危険地帯で働いてくれない。
しかし一生遊んで暮らせるほどのカネがたまってしまえば、誰だって働かなくなってしまう。
貴族という地位を用意するのも、苦肉の策なのだろう。
「もちろん歴代のAランクハンターの中には、後任が決まるまで残ったこともあったらしいわ。でもそれは当人の善意であって、強要できるものじゃない。もしも無理に押し付ければ、最悪暴れだすのよ? Aランクのモンスターを倒せる、Aランクのハンターが」
もしかしたら、暗殺しようと思えば暗殺することはできるのかもしれない。
しかし殺してしまえば、どのみちこの地を守るものがいなくなってしまうわけで。
(そう考えると、既に辞めたいと思っている俺がここに居ることを、ヂャンが嫌がるのは当たり前かもしれない)
雇う側にも都合があり、雇われる側にも都合がある。
世の中、そんなものなのかもしれない。