火花を散らす
巨大なミミズの化け物は、地面に倒れた。
ジョー、ショウエン、リゥイ、グァン、ヂャン。
彼ら五人の活躍によって、何とか命を絶つことができた。
輝くスライムもまた同様。
原石麒麟の剣戟によって、その活動を停止する。
誰もが息を荒げつつも、膝は折らない。
力を振り絞って勝利したが、それでも倒れるわけにはいかなかった。
声を出せないほどに、肺が痛い。全身が酸素を欲して、肺を急かしている。
脳に酸素が足りず、思考が定まらない。意識がもうろうとして、視界が狭まっている。
だが、その脳でもわかることがある。その目でも見えるものがある。
Aランク上位モンスターラードーンをガイセイが押しとどめている姿と、他のほとんどのモンスターを拘束していたシャインが力尽きた姿だった。
「……!」
悪態をつきたいが、声にならなかった。
ハンターとしてではなく、軍人として戦地に出ていれば、武将を名乗れるほどの実力者たち。
彼らは己が強くなっていることを知っている、この鉄火場で生き抜き戦い抜いてきた矜持と自信がある。
自分の配下たちも、最後まで戦う構えだった。既にアースリバーと共生しているモンスターは討伐され、雑魚は一掃されている。
もう戦力を集中させることはできる。
蝶花の支援もあって、この一息の間に回復できるとも思っている。
だが、シャインの拘束から逃れたモンスターたちに、勝てる気がしない。
どれだけ努力を重ねても、どれだけ仲間と連携しても、目の前の怪物たちには及ばない。
Aランクの壁は、この精鋭たちの前にも立ちふさがる。
努力をしたからこそ、仲間がいるからこそ、多くのモンスターを狩り多くの実戦を経験したからこそ。
絶対に勝てない相手がいるのだと、自分達では越えられない壁があるのだと理解してしまう。
「どうして……望むものに力が宿らないんだろう……」
かすれるようなリゥイの弱音は、誰の耳にも届かない。
その余裕は、まったくなかった。
この場で唯一Aランクを倒せるガイセイは、Aランク上位を相手に足止めをしている。
であれば己たちも、解放されたモンスターたちを相手に足止めするしかない。
そう、この前線基地は最前線にして最後の砦。
この前線基地が崩壊すれば、多くの人々が暮らすカセイに戦火が及ぶ。
それだけは、絶対に防がなければならない。
「それでもカセイを、守る……! それが、俺の役目だ……!」
全力を尽くしたからこそ、力が及ばなかったと分かる。
それでもあきらめないのは、負けられない理由があるからであり……。
「ああ! みんなが危ない! クツロ、私を投げて!」
「わかったわ! ササゲ、一旦公女様を預けるわ!」
「ああもう仕方ないわね……! 私も合わせるわ!」
殲滅できる勝算があるからだ。
「行くわよ! キョウツウ技、オーバースロー!」
「ショクギョウ技、陽気な悪魔!」
「ショクギョウ技、ドラゴンチャージ!」
強大なモンスターの住まう森の中から、鋼の流星が飛び出した。
それはガイセイと戦っていたラードーンの首を引き裂きながらも直進し、シャインから解放されたモンスターたちの中に突っ込んだ。
「でやああああ!」
植物型モンスター、ギガントグリーンに衝突する。
その強固な樹木の体を大きくへこませ、弾けるように最前線に着地した。
「お待たせ! 助けに来たよ!」
甲冑に身を包み、馬上槍と盾で武装した、可憐なる騎士アカネ。
その背中を見た竜たちが、白眉隊の騎士たちが、その雄姿に感激して歓声を上げる。
「みんなぼろぼろだね……でも大丈夫、ここからは私たちが戦うから!」
戦線に参加した彼女を追う形で、クツロとササゲに抱えられているリァンが森から出てきた。
誰もが戦線の疲弊具合に戦慄し、しかし即座に戦線へ向かおうとする。
「まったく……こんなに来るなんて一年ぶりね。前より戦力があるのに、こうなるなんて」
「愚痴はあとよ、ササゲ! 全員ぶちのめすわ!」
「ササゲさん、もう下ろしてください。私は各隊長を癒しますので!」
「おい、ちょっと待て! まずこっちを手伝え!」
アカネにちぎられた首を再生させているラードーン。
それと対峙しているガイセイは、シャインに拘束されていたモンスターの対処に向かう面々を止めようとした。
「そっちはもう終わっているわ」
「は?」
「ショクギョウ技、囁く悪魔。ショクギョウ技、石で試す悪魔。そいつはもう、何もできない」
すべての首が生えそろったラードーンは、再度攻撃をしようとする。
自分たちに背を向けて走るモンスターたちに、毒息を浴びせようとする。
だが、息が出なかった。
その息を吐こうとした口からでたものは、おぞましいことに新しい首だった。
新しい首にも知性と記憶があるのだろう、なぜ己が生えてきたのかわからずに混乱している。
しかしもう遅い。
職業、呪詛師。それに就いた悪魔は、通常の攻撃技の適性が下がることと引き換えに、デバフの成功率や効果が大幅に上がる。
加えて特殊な異常を与える術も増える。囁く悪魔、石で試す悪魔もまたしかり。
囁く悪魔は、相手が最後に使った技を連続使用させる技。
石で試す悪魔は、相手が技を使う際の消費消耗を増幅させる技。
自らの首をいくらでも生やせてしまうラードーンにとって、このコンボは即死を意味する。
その強力すぎる再生能力があだとなり、膨大な生命力を使い果たしてしまう。
つまりは、餓死。大量の首がやせ細り、それでもなお生え続ける首たちは、やがて骨と鱗だけになって、ついには倒れて息絶えた。
「流石悪魔、エグイな。なんとも格好いいぜ……」
自分がどれだけ焼いても倒せなかったモンスターが、あっさりと処理された。
その死にざまの惨さもあって、ガイセイも一種のおぞましさを感じる。
「早く来なさい、何やってるの!」
「おう、悪いな!」
クツロに促されて、ガイセイも前線へ向かう。
だが既に、大勢は決していた。この場で最強のモンスターであるラードーンが倒され、この場で最強の男であるガイセイの手が空いた。
ただそれだけでも討伐隊にとって戦況の好転を意味しているが、次の一手ですべてがひっくり返る。
「人授王権、魔王戴冠!」
竜王、鬼王、魔王がその場に現れる。
強大を極めるAランクモンスターたちと同格の、人類の味方が参陣する。
その威容に、威風に、討伐隊は歓声を上げた。
「一匹残らずぶっ殺すわ。私たちが留守の間に暴れてくれたみたいだけど、ここから先はサンドバッグよ!」
「私の友達を食べようとしたでしょ! 焼かれるのと蹴られるの、踏みつぶされるのどれがいい?!」
「この、下等生物が……貴方達のせいでこっちの予定はめちゃくちゃよ……どう料理してやろうかしら」
その咆哮、その宣誓は、前線基地の内部にも及んだ。
恐怖で震えていた多くの人々は、救援が間に合ったことを悟って喜び合う。
あわや去年の二の舞か、城壁を破られて家を潰されるのかと思った。
だがそうなることはない、その前に頼れるモンスターが帰還したのだから。
「遅くなって申し訳ありません! 今すぐ治療を! ヒーリングクリエイト、セラピーエリア!」
長時間拘束し続けていたシャインを含め、各隊長へ回復を行うリァン。
元より鍛えていた彼女である、バブルとは違って広範囲へ持続的に回復が可能だった。
疲労による消耗で力尽きていた隊長たちも、緩やかに回復する力によって少しずつ体調が戻っていく。
しかし、ガイセイ以外の隊長たちは、皆が顔を曇らせていた。
「リァン様……コゴエがいませんが、森の中ですか」
「はい」
「……あいつは、また残りましたか」
「……はい」
ことさらに辛そうなリゥイは、あえてリァンに状況を確認する。
「Aランク中位モンスター、ビッグファーザーが基地に接近していたため、狐太郎様は戦力を分けました。コゴエさんとブゥさん、ネゴロ十勇士と蛍雪隊の隊員さんを残し、ササゲさんとアカネさんクツロさんと私をここへ……」
人数だけで言えば、大多数を手元に残している。
だがその実、彼の戦力である魔王を三体もこちらによこしている。
それがどれだけ無謀か、知らぬものはいない。
「……ありがたいことだが、申し訳ないな。彼には無茶をさせる」
「以前もこういうことがあったと聞きましたが……そうですか、彼は武人ですね」
ジョーとショウエンは、彼の英断に敬意を示す。
均等な配分など考えず、送れるだけの戦力を救援に向かわせてくれた。
それは守るべきものを知っている、そして己を顧みぬ采配である。
「ブゥ君とコゴエちゃんがいるのなら、前よりは悪くないわ。私の隊員も行っているし、ネゴロ十勇士もいる」
シャインはある程度楽観していた。
少なくとも己の戦力を送り込んでいる、それだけでも気が楽だった。
何よりも、彼がそういう男であることは既に知っている。
「ビックファーザーと言えば、前に出てきてエイトロールに食われた虎ですね……やっぱり強いんでしょうね……」
Bランク上位をほぼ単独で討伐したことで成長を実感していた麒麟だが、この森では最強に遠いことを実感する。
己の隊長は以前よりも強くなっているが、やはり『一人目の英雄』の方が格が上。もどかしさ、非力を呪ってしまう。
「リァン様、俺達の回復が終わったら下がってください。俺たちも隊員と一緒に、あそこへ突っ込みます」
「そういうことなんで……来てもらったのに悪いですが」
既に大分よくなってきたグァンとヂャンは、三体とガイセイが大暴れしている戦線に飛び込もうとしていた。
もちろんAランク相手にダメージを与えられるわけではないが、それでも足止めにはなる。
これで以前のようにタイカン技まで使わせれば、彼女たちに立つ瀬がなかった。
「……承知しています、ご武運を」
癒すことしかできない己の身を呪って、拳を握りしめるリァン。
己の役割を果たす、それがどれだけ辛いことなのか、今更のように思い知っていた。
(私やお父様が、狐太郎様にもっと護衛を用意できていれば……ブゥさん、おねがいします!)
※
ネゴロ十勇士と蛍雪隊の隊員は、はっきり言って非力である。
この森のモンスターは単純に強いため、攻撃力が足りなければ戦力に数えられない。
エンチャント技による攻撃手段もないわけではないが、その威力は大したものではない。
だがしかし、相手がCランクなら十分な威力である。
大量の爆発物を持った彼らは、身を隠しつつデスジャッカルを迎え撃っていた。
(数だけは多い……頭数だけなら、先ほどのマンイートヒヒの十倍はいるんじゃないか)
(これだけの数を相手を殲滅するなど、容易ではない。ましてや護衛対象を守るとなれば……)
(だがそれも……雪が降っていなければ、だ)
天候は彼らに利していた。
なんのことはない、高熱属性のエンチャントが施された防寒着を身に着けているため、十勇士も蛍雪隊の隊員も寒くなかったのである。
都合よく防寒着を着ていたので、寒さで満足に動けなくなったデスジャッカルを圧倒出来ていた。これは偶然でもなんでもない、最初からこの状況を想定していたのである。
(氷属性の精霊が仲間にいるんだ、そりゃあ俺達だって防寒着ぐらい準備しておくさ。こういう時のことを考えてね)
(毛むくじゃらの連中でも寒いんだ、こういう備えでもしてないと死んじまう。老いぼれは温かくしないと体が動かないからねえ)
(使い捨てでもヒートエンチャントの装備があると楽だぜ……まあそれにも限界はあるが……しばらくは持つ)
アカネの炎には対応などできないが、コゴエの寒さにはある程度備えができる。
もちろんBランクの中位以上は寒くとも問題なく暴れるが、Bランク下位やCランクならば凍死寸前まで追い込まれる。
もちろん雪にある程度脚はとられるが、幸い周囲には木がたくさんあるので、斥候である彼らは足場に困らない。
そう、雪が積もっていること、雪が降り続いていることはそこまで問題ではない。
自然界に存在する寒さの域を超えつつある低温の世界で、まともに活動できるのは化物だけだ。
「ふぅ……僕って強くなってるのかなあ」
セキトと同化しているブゥは、血に染まった黒い方天戟を振るい、周囲の雪を赤く染める。
最初は十体いたタイラントタイガーは、既に全滅していた。頭をカチ割られ、その傷を埋めるように雪が積もっていく。
残っているのはインペリアルタイガー二体だが、しかし文字通り格が違った。負傷こそしているものの、まるで堪えていない。
そしてブゥは、平然としていた。
Bランク上位を相手に、ササゲの力を借りず、しかし傷を負っていない。
『以前と比べれば強くなってますよ。最初この森に来たときなんて、タイラントタイガー一体倒すのにも時間がかかっていたじゃないですか。インペリアルタイガー一体倒すのにも、物凄く息切れしていたでしょう』
「それはそうだけども……」
ガイセイと試合をして自滅したことをきっかけに、ブゥは戦闘スタイルの見直しをすることになった。
今までは多数の技を並行して使用して、手数によって相手を封殺する戦闘スタイルをとっていた。
しかし今では、ある意味普通の戦い方である。
特殊な効果があるとはいえ、使っている能力は一つだけ。
しかもその大きさも、体格相応である。
『今までの戦い方も結構好きでしたが、無駄が多かったですしねえ。格下相手ならともかく、同格以上なら今の方がいいですよ』
「僕は昔の戦い方の方がいいんだけども……」
インペリアルタイガーの爪が空を切った。
それは雪で満ちた大気を引き裂き、ブゥやその周囲を薙ぎ払おうとする。
避けようと思えば避けられるし、防御することも簡単だ。
だが今の彼は、どこに狐太郎がいるのかわかっていない。
もしも避けたせいで狐太郎に流れ矢が当たれば、確実に死んでしまうだろう。
流石にそれだけは避けなければならなかった。
「僕の好みで勝てないなら、変えるしかないよねえ。負けたら死ぬし、そこまで前の戦い方が好きでもないし」
『ええ、その通り』
ぶぅんと方天戟を振るい、その斬撃を消し去る。
そしてそのまま跳躍し、インペリアルタイガーへ打ち込みにかかった。
そのブゥは、まさにガイセイに次ぐ強者だった。
彼がこの場にいなければ、狐太郎はとっくに食われていただろう。
だがそのブゥをして、未だにAランク中位は荷が勝ちすぎた。
「Aランク中位モンスター、ビッグファーザー……なるほど、この寒さにも負けないとは恐れ入る」
氷の女王と化したコゴエは、雪の中で浮かびあがり、その虎と視線を合わせていた。
その巨大な虎にとって、この雪も足首が埋まっている程度。さほど困ることもない。
一切弱ることなく、コゴエに食いつこうとしていた。
「その牙で私を噛む気か? なるほど、或いは意味があるかもしれない」
その彼女の背後で、巨大な顎が形成され始めた。
「だが自然の猛威がもつ牙は、それよりも大きいぞ。シュゾク技……猛獣吹雪!」
巨大な虎と、氷の虎が噛みあう。
どちらの牙が鋭いのか、どちらの顎が強いのか。
それを確かめる気はなく、ただ食い合う。
打ち勝ったのは、生きている虎。
氷でできた偽物になど、虎の中の虎は負けない。
「そうか」
砂浜で波をけっても、波はまたやってくる。
雨を一時払っても、雨は降り続ける。
「シュゾク技、猛獣吹雪」
噛み砕かれても、全く問題はない。
周囲に積もった雪が、文字通り噛みついてくる。
それは巨大な虎の体へ、確実に牙を突き立てていた。
「私に容赦はない、死ぬまで噛みつかせてもらう」