表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

140/545

徒然草

皆さんの応援のおかげで、百万字を突破いたしました。

今後もよろしくお願いします。

 Aランク上位モンスター、ラードーン。

 奇しくも狐太郎たちが初めて遭遇した、Aランクモンスター。

 この世界のモンスターが、如何に彼女たちの元居た世界と違うのか、それを知らしめることになった怪物である。


 強大な怪物の生息するこの森ではあるが、強力なモンスターの代名詞である竜はほぼいない。

 もしいたとしても、即座にエイトロールに食われてしまうからだ。

 唯一の例外こそが、ラードーン。多頭竜種最強とされ、エイトロールと互角の戦いを演じることができる。


 強固な胴体は、お世辞にも俊敏ではない。四本ある脚は太いが短く、重い腹部を引きずりながら前進する。

 尻尾もあるが、攻撃などに役立つほどではない。


 やはり最大の特徴は、その頭だろう。

 胴体から無数に生えているその首、その頭は、一つ一つが旺盛な食欲を持っている。

 伸縮さえする首の一つ一つが、近くの獲物へ食いついていくのだ。

 そのうえで毒のブレスを一つ一つの頭が吐き、その風圧と毒素であらゆる生物を殺傷する。

 この、あらゆる生物という枠の中には、他のAランク上位モンスターさえ該当するのだ。


 だがしかし、ここまで語ってもなお、このモンスターの上位たる所以には触れていない。


 頸部を含めた、頭部の再生。それは多頭竜ならば、どの種でも持っている性質。

 しかしその頂点に位置するラードーンは、やはり格が違う。

 他の多頭竜は頭部の数や頸部の位置は固定されている。同時に再生の限界点があり、その限界点をえぐられると、その部位からは二度と首が生えてこない。


 だがラードーンは、頭部がどこからでも生えてくる。

 それこそ他の首からでも生えてくるし、腹部や足さえ例外ではない。

 もはや暴走している生命力は、傷を負えば負うほどに爆発する。

 もはや竜だと思えず、動物の枠にさえ収まらない。いっそ植物だと思ったほうが、まだ理解できる生態であった。


 倒すとなれば、一撃で完全に消滅させるか、攻撃し続けて栄養を枯渇させるかしかない。

 そしてラードーンは、Aランク上位モンスター。Aランクハンター以外では傷を負わせることさえ難しいため、数を恃みにすることもできない。


 ベヒモスが比較的平凡な怪物であるのなら、ラードーンこそ典型的なAランク上位モンスター。

 生命力にあふれた、他の生命体の枠からあふれた化物である。


 四体の魔王の実力が知られていなかった時期に、これを倒したことを蛍雪隊の隊員に驚かれたのも、無理からぬことであろう。



 一つの胴体から生えている、大量の長い首と、血肉に飢えた頭。

 あまりにもひしめき合って、互い同士でぶつかり合って損ね合っている。


 そのすべての頭が大きく口を開けて、他の頭に負けまいと食いついてく。


「サンダーエフェクト、ゼウス!」


 それを迎え撃つのは、他でもないガイセイである。

 雷霆をまとった拳が、食いついてくる頭を炭化させる。

 膨大な電流は頭一つを焼くにとどまらず、その全身を痺れさせていた。


 だがしかし、ひるむのはほんの一瞬程度。

 即座に全身の全頭部が復帰し、ガイセイを焼きつくそうと襲い掛かる。


「ああくそ、キリがねえ!」


 炭化した首も、一瞬で生え変わる。

 少々強く打ち込んで根元を焼いても、別の場所から頭が生えてくる。

 この埒外の化け物を相手にしていれば、さしもの豪傑も弱音が漏れていた。


「!」


 だが弱音を吐いても、相手が毒を吐くことは止められない。

 ドラゴンの武器であるブレス攻撃を、すべての頭が準備していた。

 それを見れば、ガイセイは迎撃以外ない。


「サンダークリエイト、ジュピター!」


 膨大な毒煙を、電撃で焼き払う。

 周囲に濃厚な刺激臭が飛散するが、そのまま直撃するよりはマシだった。

 仮に対毒装備を着ていても、ただの息の圧力で死人が出うる。


「おい麒麟! そっちはどうだ! こっち手伝えるか!」

「無茶を言わないでくださいよ!」


 現在基地にいるハンターの中では、ガイセイの次に強い麒麟。

 彼は単独で一体のモンスターと戦っていた。


「こっちもこっちで手いっぱいです!」

「その程度の雑魚に手間取ってるんじゃねえ!」

「Bランク上位なんですが?!」


 他人の力をあまり当てにしたがらないガイセイだが、それでも麒麟へ助けを求める。

 それだけ状況が切迫しているということだが、それは麒麟も同じことだった。


「スライムと言えば雑魚と相場が決まっているんですが……!」


 麒麟の目の前で、太陽の光を乱反射するスライムが左右に揺れていた。

 その大きさそのものは、Bランクの中では特筆に値しない。もちろん大きいと言えば大きいのだが、それでもタイラントタイガーと大差はない。

 問題なのは、その俊敏性だった。


 ただでさえ光を乱反射し、多彩な色の光を放って見えづらいその体は、軟体ゆえに波打ちながら左右に高速で動いている。

 見ているだけで目が疲れて吐き気を催しそうになるが、当然左右に揺れているだけではない。


「キョウツウ技、ホワイトファイア!」


 麒麟の放つ白い炎を、その機動力で華麗に回避する。

 小型のスライムがやるような、弾力を用いた衝突を繰り返す移動術を、その巨体で行っていた。

 そしてやはりきらめきながら、その巨体で麒麟へ襲い掛かる。


「ショクギョウ技、クリティカルスラッシュ!」


 麒麟は手にした剣で切り払い、弾く。

 その重量と俊敏性によって体に負担はあるが、それでもむざむざ呑み込まれることはなかった。


「ふぅ……」


 もしもサングラスなどの遮光性がある眼鏡を持ってくれば、そのスライムの体に無数の傷が蓄積されていると気づくだろう。

 麒麟は単独でこのスライムと戦い、確実に追い詰めていた。


 Bランク上位モンスター、プリズムテイル。別称、レインボーテイル。

 光沢のある体で光を反射し、タマムシ色に光ることで相手の目を混乱させる保護色を持つ。

 虹のように七色に変化する残像を残して移動することから、さながら尾をもつ流星のようだと語られ、プリズムテイルという名前をいただくことになった。


 遠くから見れば昼の流星、大地を駆けるほうき星だが、対峙していればひたすら厄介である。


「手ごたえはあるし、ゆっくりだが弱ってる。このままいけば勝てるとは思うけども……」


 ガイセイが麒麟を見たように、麒麟もまた横を見た。

 自分だけに限定すれば、勝ちの目はある。周りを見る余裕さえある。

 だが周囲はそうでもなかった。明らかに押されており、被害が出そうになっている。


「抜山隊、一灯隊は好きに戦っていい! 白眉隊は前線を作り、安全地帯を維持しろ!」


 一灯隊抜山隊、そして白眉隊のほぼすべての隊員が、連携して事にあたっていた。

 その相手はBランク上位モンスター、アースリバー。

 巨大なミミズの化け物であり、多くのCランクモンスターを搭載し共生している。


 高速で大地を走るこのミミズだけでもひたすら厄介だが、その共生しているモンスターの数もバカにならない。

 もちろんジョーやリゥイ達がいればCランクをなぎ倒すなど簡単だが、彼らは全員でアースリバーと戦っている。

 各隊員はのたうち回るアースリバーをよけながら、Cランクモンスターを排除しなければならないのだ。


「シャイン君! どうだ、あとどれぐらい持ちそうだ!」

「あと十分ってところかしら……あんまり期待しないでちょうだい!」


 アースリバーと格闘しながらも全体の指揮をするジョーは、戦闘の騒ぎに負けない大声でシャインへ状況を聞く。

 Aランク上位さえ抑え込むシャインならば、アースリバーやプリズムテイルを拘束できる。

 そのまま叩いていれば、きっと勝てるだろう。そしてガイセイへある程度援護できるはずだった。


 だが悲しいかな、彼女は複数のAランクモンスターを抑え込んでいた。

 剛毛大熊、ギガントグリーン、マトウ。その他Aランク中位や下位をまとめて封じている。

 それだけでも彼女の規格外さを物語っているが、あいにくと彼女に攻撃力はない。

 できれば一旦このモンスターの拘束を解き、ガイセイを援護しに行きたい。あるいは逆に、ガイセイにこちらに来てもらって、まとめて焼き払って欲しかった。


 しかしシャインもガイセイも、一瞬でもモンスターを抑え込めなくなれば、その瞬間に討伐隊が壊滅する。

 一年前よりも戦力は底上げされているが、それでも肝心のAランクハンターが不在なため決定力に欠けている。


「私のところの隊員が助けを求めに行っているから……それまでもたせれば……!」

「シャインさん! 大変よ!」


 シャイン同様安全地帯に待機して、全体の強化を行っていた蝶花。

 彼女は森の奥で暗雲が広がるのを見た。

 それがこの森のモンスターによるものではないことは知っているが、だとしてもそれはそれで不味い。


「……森の中でも、戦ってるみたいね」

「こ、こっちを助けに来れるかしら?!」

「来るわ」


 森の中に入った狐太郎たちも、Aランクモンスターと戦っているかもしれない。

 もしかしたら、こちらへ戦力を割く余裕はないのかもしれない。


 だがそれでも、彼は戦力をこちらに送ってくれる。

 自分がどれだけ追い込まれても、必ず戦力を送ってくれる。

 その一点だけは、シャインは疑っていない。


「狐太郎君は、私たちを見捨てない」

「……彼が、英雄だからですか?」

「違うわ。プロだからよ」


 英雄とは秀でた者であるが、各々で性格気質を持っている。

 自分の身を最優先に考える英雄、一度や二度の失敗を恐れない英雄、自軍の消耗を気にしない英雄、それらは確実に存在する。

 だがプロにそれはない。プロとはすなわち、常に同じ仕事をこなす者だ。そこに個性など存在しない。


「彼はプロだから、最善を尽くしてくれる。だから貴女も最善を尽くしなさい、Bランクハンターなのだから」



 周囲で爆風が起こり、Cランクモンスターが肉片となってばらまかれる。

 Bランクの巨大な虎たちが、闇で生み出された方天戟で弾き飛ばされている。

 Aランクの巨大すぎる虎が、周囲を低温の世界へ変える雪女へ咆哮していた。


「向こうは大変だろうな」


 そんな状況で、狐太郎は前線基地のことを心配していた。

 そもそもの時点で多くの討伐隊が防衛にあたっていて、しかも自分の戦力のほとんどを送り込んだにも関わらず、彼は自分以外のことを心配していた。


 それも慈悲の類ではなく哀れみであった。

 自分が絶体絶命の窮地に陥っているのに、他の誰かの方がよほど心配だと思っているのである。


「あ、あの……!」


 四人の生徒たちは、自分の認識を疑い始めた。

 果たしてこのAランクハンターは、自分たちと同じものを見て同じものを聞いているのだろうか。

 いいや、実際そうなのだろう。彼は現状を正しく認識したうえで、自分の命が危ないと分かったうえで、同僚のことを心配しているのだ。


 四人からすれば、この状況は最悪である。これより悪い状況など思いつかない。

 だが狐太郎は、相対的にマシだと思っているのだ。まさに現実を疑う、というものだ。


「あの……!」

「ん?」


 思わず、質問を投げようとするバブル。

 しかしこの状況においても、教育されたことが脳裏をよぎった。

 この前線基地では、暗黙の了解として素性の詮索は禁じられている。


 禁じられている項目が一つでもある限り、自分の質問がそれに触れていないのかを考えてしまう。

 だからこそバブルは、とてもどうでもいいことをつい聞いてしまった。


「寒くないんですか?」

「ああ、この服は特別製だからな。熱いとか寒いとかは平気なんだ。それよりも君たちはどうだ、寒くないか?」


 相対的にマシだとは思いつつ、周囲の戦闘で縮み上がっている狐太郎だが寒くはなかった。

 なのでつい、目の前の四人を見て聞いてしまった。

 彼らの顔は、どう見ても凍死寸前である。


「……うぅうぅ!」


 指摘されて、正気に戻った。

 未だに雪は降り続けており、座り込んでいる狐太郎の胸元まで雪が積もっている。

 狐太郎とさほど身長の変わらない彼らも、冬服を着ているわけでもないのに、雪にずっぽり埋もれていたのだ。

 これで寒くないほうがどうかしている。


「ま、不味いぞ! このまま温度が下がり続けたら、と、と、凍死する!」


 ロバーは今更慌てた。

 狐太郎に注目している場合ではない、このままだとモンスターが全滅する前に四人が死ぬ。

 まさか雪を止めてくれと言えるわけもない、戦っているハンターへ助けを求めるわけにもいかない。そして狐太郎に何かを期待するわけにもいかない。


「ど、ど、ど、どうするのよ!」

「そ、そ、そうだ! 体を寄せ合ってだな……」

「そんなんでどうにかなるわけないじゃん!」


 四人はパニックを起こしていた。

 周囲の温度は急激に下がり続けており、それが判断能力を奪っていたのである。

 そして寒く感じていない狐太郎もまた、諦念と開き直りの極みにあるため、まともな判断をする気力がなかった。


 四人は今日まで必死に努力してきたが、雪女の積雪に巻き込まれた場合のことを教わっていない。

 学びに終わりがないことを実感しながら、しかし後悔先に立たずだった。


「……そうだ! 雪洞を作るぞ! これだけ雪が降ってるんだ、雪洞なんて簡単に作れる!」


 かろうじてロバーが、まともに判断できた。

 知恵を絞ったというよりは、かろうじて知識を思い出したということだろう。

 雪は体温を奪うが、その量によっては建材になりえる。

 幸いというべきか、積雪が多ければ多いほど、雪洞は作りやすい。


「みんな、まず周りの雪を周囲へどかすんだ! 手を使え! 降ったばかりで固まってないから、簡単にどかせるはずだ!」


 ロバーは自分でも大慌てで雪をかき分け始める。それを見て、他の三人も慌てて雪を押しのけ始めた。

 気力をなくしている狐太郎は、それを茫然と見つめるばかりである。


「どかすはじから雪が積もってるぞ、どうするんだよ!」

「それに、どんどん寒くなってきてるような気がするわ……これじゃあ雪に埋もれてなくても……」

「ロバー、どうするの?!」

「……皆の力を合わせるんだ!」


 このままだと凍死する。

 その切実な危機に、ロバーは協力を要請した。


「マーメとキコリで壁と天井を作れ! そうすれば雪は積もらなくなるし、温度もこれ以上下がらなくなる!」

「む、無理言うな! 俺たちはまだクリエイト技が使えるだけなんだぞ! 壁なんか一面にしか張れない! 二人で別の壁を作っても、二面にしかならないぞ!」

「そうよ、それはわかってるでしょうが! それに長時間維持できない! 数分だって持たないわ!」

「俺がお前達を強化して! バブルが全員にエナジーを供給するんだ! そうすれば四方と上に壁を作れるし、雪が積もって雪洞になるまでは持ちこたえられる!」


 それが最善の策かはわからないが、とにかくロバーもまた決断をしていた。

 とにかくこのままだと死ぬので、最善だろうが次善だろうが、検討するよりも早く行動しなければならない。


「行くぞ! 四人でのスロット技だ! ブーストクリエイト!」

「ち、ちくしょう! ソリッドクリエイト!」

「ぜ、絶対失敗できないわ! リフレクトクリエイト!」

「わ、私だけでも成功しないと……ヒールクリエイト!」


 防御属性で低温を遮断する壁を作り、硬質属性でそれを補強し、さらに強化属性によって壁の枚数を増やして、治癒属性により全員のエナジーを補充する。

 未熟な四人の、しかし努力の結果である。


「ハニカムシェルター!」


 一人前のクリエイト使いなら一人でも簡単にできることを、半人前たちが力を合わせて実現させる。

 要望通り、四方と天井の壁は構築された。

 淡く光る即席のシェルターは、内部にまで柔らかい光が満ちていた。


「せ、成功したみたいだね……私の治癒属性が箱の中に満ちてるから、凍傷とかになってても治ると思う……」

「みたいだな……俺が一番助かってる」


 積み上げられた雪との間にできた壁へ、狐太郎はもたれかかった。

 寒くはないが、Aランクモンスターたちの衝突に影響を受けていたのである。

 未熟ながらも構築された防御壁と弱い回復の波動が、彼を助けていた。


「あのまま何もしなかったら、雪に埋もれて死んでたな」

「……なのに何もしなかったんですか?」

「何もできないからな」


 一応は何かをしている四人であるが、回復の波動によって精神的にも復帰していた。

 凍傷なども回復しつつあったので、大分ましになっている。

 マシになっているということは、現状を正しく認識しつつあるということで、逆に辛くなってもいたのだが。


「まあ……それはそれで仕方ないが」


 自分のモンスターが降らせた雪に埋もれて死ぬ。

 自分のモンスターが他のモンスターと戦った余波によって死ぬ。

 それを、彼は今でも受け入れていた。


 いいや、そもそも、この壁も防寒以上の意味はない。

 タイラントタイガーやインペリアルタイガーどころか、Cランクのデスジャッカルでさえ簡単に突破できるだろう。

 ただ凍死せずに済んだだけで、四人も狐太郎も助かっていなかった。


「あの……」


 腰を据えて話せるようになって、改めてバブルは問う。

 己の放つ癒しの波動の中で、彼の真意を問う。


「死ぬのが怖くないんですか?」


 間抜けな質問だった。

 他でもないバブル自身が、態々率先して死地に来たのだから。

 頼まれもせず、必要性もなく、戦力になるわけでもないのにここに来た。

 その彼女をして、現状は手に余っている。


 教師たちはこの現実を知って、彼女が諦めても仕方ないと思っていたが、まさにその通りだろう。

 この地獄を知った後で、四人全員が同じ志を持てるとは思えない。


 だが地獄を知った上でここに居る狐太郎は、どういう心境なのだろうか。彼女はただ聞いてみたかった。

 他の三人もまた、技を維持しつつ狐太郎の言葉を待っている。


「もちろん怖い、死にたいわけじゃない。だけども……諦められる」


 狐太郎は上を見た。

 疑似的なスロット技によって構築された天井に、雪が積もり続けている。

 その雪は小刻みに揺れているが、おそらく戦闘の余波によるものだろう。

 

「みんな命がけだからな、俺だけ死ぬわけじゃない。理不尽じゃないから……諦められる」


 理不尽ではない。

 狐太郎は、その一点だけで諦めができる。


「少し前に、殺し屋に命を狙われたことがあった。アレは理不尽だったんで、全然諦められなかった。だから全力で無様にもがいたが……これは仕事だからな。殉職するんなら、まあいいだろう」

「プロ意識って奴ですか?」

「それもあるが……俺は小市民だからな」


 Aランク上位モンスターを四体も従え、大公と直接の親交があり、第一王女と結婚し公爵になる予定の男は、自らを小市民だと言った。


「誰かの敷いたレールの上から降りるのが怖いんだ……想像するだけでも、足がすくむ」


 生きていればそれだけで勝ちだと、誰かは言える。それは強い人間だろう。

 だが狐太郎は、それに耐えられない。

 誰かに保証されていない生き方に、自分だけを信じる生き方に、彼は耐えられない。

 どれだけカネがあって、どれだけ力があって、どれだけ健康でも。

 信頼を失って生きていくことに、耐えることができない。


「俺がここで死んだら、きっとみんな悲しんでくれる。俺を惜しんでくれるし、俺に謝ってくれる。俺の正当性を認めたうえで、弔ってくれる。葬式だってしてくれるだろう……」


 軽蔑される生き方ができない、Aランクハンターの生のままの声。

 それを四人は、静かに聞いていた。


 外では戦いが苛烈になっており、いよいよ決着が近いというのに。

 今目の前にいる、何もできない男の、無意味な所感から心が離れなかった。


「君たちと違って、俺には……生きて成し遂げたいことなんてないからな」


 さほど年齢に差はないが、四人の持つ夢がまぶしかった。

 まぶしい上で、狐太郎は彼らの命も諦めている。

 今この場に、理不尽に死ぬ命はない。


「まあそんなところだ」

「……虚しくないですか?」

「もちろん虚しい。一年ぐらい前、同じようになった時、虚しさがこみあげて後悔した。でもそれも理不尽じゃない」


 彼は諦めているが、誇らしげだった。


「俺は自分の人生に価値を感じない、惰性で生きているだけだ。でも惰性で生きている男が誰かの役に立って……役目を果たして死ぬのなら、その役目を誰かが知っているんなら」


 この場にいる四人は、ある意味一蓮托生。

 死ぬのなら、一度に全員死ぬだろう。

 だが彼は、そんなことは気にしていなかった。


「孤独に死ぬわけじゃない」


 孤独に死ぬわけじゃないとは、大勢と死ぬことを意味しない。

 その死に、悼みがあるかないかだった。

 少なくとも彼は、悼みに価値を見出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] シャインさんは攻撃力が無い代わりにA級上位を拘束するレベルの技を扱える 改めて世界観がわかってからみるとやべーなこれ
[一言] 更新お疲れ様です。 いい感じに諦めが効いてますね。
[良い点] 金もいらなきゃ女もいらぬ。 狐君、ストレスで不能になってるの?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ