徒然草
皆さんの応援のおかげで、百万字を突破いたしました。
今後もよろしくお願いします。
Aランク上位モンスター、ラードーン。
奇しくも狐太郎たちが初めて遭遇した、Aランクモンスター。
この世界のモンスターが、如何に彼女たちの元居た世界と違うのか、それを知らしめることになった怪物である。
強大な怪物の生息するこの森ではあるが、強力なモンスターの代名詞である竜はほぼいない。
もしいたとしても、即座にエイトロールに食われてしまうからだ。
唯一の例外こそが、ラードーン。多頭竜種最強とされ、エイトロールと互角の戦いを演じることができる。
強固な胴体は、お世辞にも俊敏ではない。四本ある脚は太いが短く、重い腹部を引きずりながら前進する。
尻尾もあるが、攻撃などに役立つほどではない。
やはり最大の特徴は、その頭だろう。
胴体から無数に生えているその首、その頭は、一つ一つが旺盛な食欲を持っている。
伸縮さえする首の一つ一つが、近くの獲物へ食いついていくのだ。
そのうえで毒のブレスを一つ一つの頭が吐き、その風圧と毒素であらゆる生物を殺傷する。
この、あらゆる生物という枠の中には、他のAランク上位モンスターさえ該当するのだ。
だがしかし、ここまで語ってもなお、このモンスターの上位たる所以には触れていない。
頸部を含めた、頭部の再生。それは多頭竜ならば、どの種でも持っている性質。
しかしその頂点に位置するラードーンは、やはり格が違う。
他の多頭竜は頭部の数や頸部の位置は固定されている。同時に再生の限界点があり、その限界点をえぐられると、その部位からは二度と首が生えてこない。
だがラードーンは、頭部がどこからでも生えてくる。
それこそ他の首からでも生えてくるし、腹部や足さえ例外ではない。
もはや暴走している生命力は、傷を負えば負うほどに爆発する。
もはや竜だと思えず、動物の枠にさえ収まらない。いっそ植物だと思ったほうが、まだ理解できる生態であった。
倒すとなれば、一撃で完全に消滅させるか、攻撃し続けて栄養を枯渇させるかしかない。
そしてラードーンは、Aランク上位モンスター。Aランクハンター以外では傷を負わせることさえ難しいため、数を恃みにすることもできない。
ベヒモスが比較的平凡な怪物であるのなら、ラードーンこそ典型的なAランク上位モンスター。
生命力にあふれた、他の生命体の枠からあふれた化物である。
四体の魔王の実力が知られていなかった時期に、これを倒したことを蛍雪隊の隊員に驚かれたのも、無理からぬことであろう。
※
一つの胴体から生えている、大量の長い首と、血肉に飢えた頭。
あまりにもひしめき合って、互い同士でぶつかり合って損ね合っている。
そのすべての頭が大きく口を開けて、他の頭に負けまいと食いついてく。
「サンダーエフェクト、ゼウス!」
それを迎え撃つのは、他でもないガイセイである。
雷霆をまとった拳が、食いついてくる頭を炭化させる。
膨大な電流は頭一つを焼くにとどまらず、その全身を痺れさせていた。
だがしかし、ひるむのはほんの一瞬程度。
即座に全身の全頭部が復帰し、ガイセイを焼きつくそうと襲い掛かる。
「ああくそ、キリがねえ!」
炭化した首も、一瞬で生え変わる。
少々強く打ち込んで根元を焼いても、別の場所から頭が生えてくる。
この埒外の化け物を相手にしていれば、さしもの豪傑も弱音が漏れていた。
「!」
だが弱音を吐いても、相手が毒を吐くことは止められない。
ドラゴンの武器であるブレス攻撃を、すべての頭が準備していた。
それを見れば、ガイセイは迎撃以外ない。
「サンダークリエイト、ジュピター!」
膨大な毒煙を、電撃で焼き払う。
周囲に濃厚な刺激臭が飛散するが、そのまま直撃するよりはマシだった。
仮に対毒装備を着ていても、ただの息の圧力で死人が出うる。
「おい麒麟! そっちはどうだ! こっち手伝えるか!」
「無茶を言わないでくださいよ!」
現在基地にいるハンターの中では、ガイセイの次に強い麒麟。
彼は単独で一体のモンスターと戦っていた。
「こっちもこっちで手いっぱいです!」
「その程度の雑魚に手間取ってるんじゃねえ!」
「Bランク上位なんですが?!」
他人の力をあまり当てにしたがらないガイセイだが、それでも麒麟へ助けを求める。
それだけ状況が切迫しているということだが、それは麒麟も同じことだった。
「スライムと言えば雑魚と相場が決まっているんですが……!」
麒麟の目の前で、太陽の光を乱反射するスライムが左右に揺れていた。
その大きさそのものは、Bランクの中では特筆に値しない。もちろん大きいと言えば大きいのだが、それでもタイラントタイガーと大差はない。
問題なのは、その俊敏性だった。
ただでさえ光を乱反射し、多彩な色の光を放って見えづらいその体は、軟体ゆえに波打ちながら左右に高速で動いている。
見ているだけで目が疲れて吐き気を催しそうになるが、当然左右に揺れているだけではない。
「キョウツウ技、ホワイトファイア!」
麒麟の放つ白い炎を、その機動力で華麗に回避する。
小型のスライムがやるような、弾力を用いた衝突を繰り返す移動術を、その巨体で行っていた。
そしてやはりきらめきながら、その巨体で麒麟へ襲い掛かる。
「ショクギョウ技、クリティカルスラッシュ!」
麒麟は手にした剣で切り払い、弾く。
その重量と俊敏性によって体に負担はあるが、それでもむざむざ呑み込まれることはなかった。
「ふぅ……」
もしもサングラスなどの遮光性がある眼鏡を持ってくれば、そのスライムの体に無数の傷が蓄積されていると気づくだろう。
麒麟は単独でこのスライムと戦い、確実に追い詰めていた。
Bランク上位モンスター、プリズムテイル。別称、レインボーテイル。
光沢のある体で光を反射し、タマムシ色に光ることで相手の目を混乱させる保護色を持つ。
虹のように七色に変化する残像を残して移動することから、さながら尾をもつ流星のようだと語られ、プリズムテイルという名前をいただくことになった。
遠くから見れば昼の流星、大地を駆けるほうき星だが、対峙していればひたすら厄介である。
「手ごたえはあるし、ゆっくりだが弱ってる。このままいけば勝てるとは思うけども……」
ガイセイが麒麟を見たように、麒麟もまた横を見た。
自分だけに限定すれば、勝ちの目はある。周りを見る余裕さえある。
だが周囲はそうでもなかった。明らかに押されており、被害が出そうになっている。
「抜山隊、一灯隊は好きに戦っていい! 白眉隊は前線を作り、安全地帯を維持しろ!」
一灯隊抜山隊、そして白眉隊のほぼすべての隊員が、連携して事にあたっていた。
その相手はBランク上位モンスター、アースリバー。
巨大なミミズの化け物であり、多くのCランクモンスターを搭載し共生している。
高速で大地を走るこのミミズだけでもひたすら厄介だが、その共生しているモンスターの数もバカにならない。
もちろんジョーやリゥイ達がいればCランクをなぎ倒すなど簡単だが、彼らは全員でアースリバーと戦っている。
各隊員はのたうち回るアースリバーをよけながら、Cランクモンスターを排除しなければならないのだ。
「シャイン君! どうだ、あとどれぐらい持ちそうだ!」
「あと十分ってところかしら……あんまり期待しないでちょうだい!」
アースリバーと格闘しながらも全体の指揮をするジョーは、戦闘の騒ぎに負けない大声でシャインへ状況を聞く。
Aランク上位さえ抑え込むシャインならば、アースリバーやプリズムテイルを拘束できる。
そのまま叩いていれば、きっと勝てるだろう。そしてガイセイへある程度援護できるはずだった。
だが悲しいかな、彼女は複数のAランクモンスターを抑え込んでいた。
剛毛大熊、ギガントグリーン、マトウ。その他Aランク中位や下位をまとめて封じている。
それだけでも彼女の規格外さを物語っているが、あいにくと彼女に攻撃力はない。
できれば一旦このモンスターの拘束を解き、ガイセイを援護しに行きたい。あるいは逆に、ガイセイにこちらに来てもらって、まとめて焼き払って欲しかった。
しかしシャインもガイセイも、一瞬でもモンスターを抑え込めなくなれば、その瞬間に討伐隊が壊滅する。
一年前よりも戦力は底上げされているが、それでも肝心のAランクハンターが不在なため決定力に欠けている。
「私のところの隊員が助けを求めに行っているから……それまでもたせれば……!」
「シャインさん! 大変よ!」
シャイン同様安全地帯に待機して、全体の強化を行っていた蝶花。
彼女は森の奥で暗雲が広がるのを見た。
それがこの森のモンスターによるものではないことは知っているが、だとしてもそれはそれで不味い。
「……森の中でも、戦ってるみたいね」
「こ、こっちを助けに来れるかしら?!」
「来るわ」
森の中に入った狐太郎たちも、Aランクモンスターと戦っているかもしれない。
もしかしたら、こちらへ戦力を割く余裕はないのかもしれない。
だがそれでも、彼は戦力をこちらに送ってくれる。
自分がどれだけ追い込まれても、必ず戦力を送ってくれる。
その一点だけは、シャインは疑っていない。
「狐太郎君は、私たちを見捨てない」
「……彼が、英雄だからですか?」
「違うわ。プロだからよ」
英雄とは秀でた者であるが、各々で性格気質を持っている。
自分の身を最優先に考える英雄、一度や二度の失敗を恐れない英雄、自軍の消耗を気にしない英雄、それらは確実に存在する。
だがプロにそれはない。プロとはすなわち、常に同じ仕事をこなす者だ。そこに個性など存在しない。
「彼はプロだから、最善を尽くしてくれる。だから貴女も最善を尽くしなさい、Bランクハンターなのだから」
※
周囲で爆風が起こり、Cランクモンスターが肉片となってばらまかれる。
Bランクの巨大な虎たちが、闇で生み出された方天戟で弾き飛ばされている。
Aランクの巨大すぎる虎が、周囲を低温の世界へ変える雪女へ咆哮していた。
「向こうは大変だろうな」
そんな状況で、狐太郎は前線基地のことを心配していた。
そもそもの時点で多くの討伐隊が防衛にあたっていて、しかも自分の戦力のほとんどを送り込んだにも関わらず、彼は自分以外のことを心配していた。
それも慈悲の類ではなく哀れみであった。
自分が絶体絶命の窮地に陥っているのに、他の誰かの方がよほど心配だと思っているのである。
「あ、あの……!」
四人の生徒たちは、自分の認識を疑い始めた。
果たしてこのAランクハンターは、自分たちと同じものを見て同じものを聞いているのだろうか。
いいや、実際そうなのだろう。彼は現状を正しく認識したうえで、自分の命が危ないと分かったうえで、同僚のことを心配しているのだ。
四人からすれば、この状況は最悪である。これより悪い状況など思いつかない。
だが狐太郎は、相対的にマシだと思っているのだ。まさに現実を疑う、というものだ。
「あの……!」
「ん?」
思わず、質問を投げようとするバブル。
しかしこの状況においても、教育されたことが脳裏をよぎった。
この前線基地では、暗黙の了解として素性の詮索は禁じられている。
禁じられている項目が一つでもある限り、自分の質問がそれに触れていないのかを考えてしまう。
だからこそバブルは、とてもどうでもいいことをつい聞いてしまった。
「寒くないんですか?」
「ああ、この服は特別製だからな。熱いとか寒いとかは平気なんだ。それよりも君たちはどうだ、寒くないか?」
相対的にマシだとは思いつつ、周囲の戦闘で縮み上がっている狐太郎だが寒くはなかった。
なのでつい、目の前の四人を見て聞いてしまった。
彼らの顔は、どう見ても凍死寸前である。
「……うぅうぅ!」
指摘されて、正気に戻った。
未だに雪は降り続けており、座り込んでいる狐太郎の胸元まで雪が積もっている。
狐太郎とさほど身長の変わらない彼らも、冬服を着ているわけでもないのに、雪にずっぽり埋もれていたのだ。
これで寒くないほうがどうかしている。
「ま、不味いぞ! このまま温度が下がり続けたら、と、と、凍死する!」
ロバーは今更慌てた。
狐太郎に注目している場合ではない、このままだとモンスターが全滅する前に四人が死ぬ。
まさか雪を止めてくれと言えるわけもない、戦っているハンターへ助けを求めるわけにもいかない。そして狐太郎に何かを期待するわけにもいかない。
「ど、ど、ど、どうするのよ!」
「そ、そ、そうだ! 体を寄せ合ってだな……」
「そんなんでどうにかなるわけないじゃん!」
四人はパニックを起こしていた。
周囲の温度は急激に下がり続けており、それが判断能力を奪っていたのである。
そして寒く感じていない狐太郎もまた、諦念と開き直りの極みにあるため、まともな判断をする気力がなかった。
四人は今日まで必死に努力してきたが、雪女の積雪に巻き込まれた場合のことを教わっていない。
学びに終わりがないことを実感しながら、しかし後悔先に立たずだった。
「……そうだ! 雪洞を作るぞ! これだけ雪が降ってるんだ、雪洞なんて簡単に作れる!」
かろうじてロバーが、まともに判断できた。
知恵を絞ったというよりは、かろうじて知識を思い出したということだろう。
雪は体温を奪うが、その量によっては建材になりえる。
幸いというべきか、積雪が多ければ多いほど、雪洞は作りやすい。
「みんな、まず周りの雪を周囲へどかすんだ! 手を使え! 降ったばかりで固まってないから、簡単にどかせるはずだ!」
ロバーは自分でも大慌てで雪をかき分け始める。それを見て、他の三人も慌てて雪を押しのけ始めた。
気力をなくしている狐太郎は、それを茫然と見つめるばかりである。
「どかすはじから雪が積もってるぞ、どうするんだよ!」
「それに、どんどん寒くなってきてるような気がするわ……これじゃあ雪に埋もれてなくても……」
「ロバー、どうするの?!」
「……皆の力を合わせるんだ!」
このままだと凍死する。
その切実な危機に、ロバーは協力を要請した。
「マーメとキコリで壁と天井を作れ! そうすれば雪は積もらなくなるし、温度もこれ以上下がらなくなる!」
「む、無理言うな! 俺たちはまだクリエイト技が使えるだけなんだぞ! 壁なんか一面にしか張れない! 二人で別の壁を作っても、二面にしかならないぞ!」
「そうよ、それはわかってるでしょうが! それに長時間維持できない! 数分だって持たないわ!」
「俺がお前達を強化して! バブルが全員にエナジーを供給するんだ! そうすれば四方と上に壁を作れるし、雪が積もって雪洞になるまでは持ちこたえられる!」
それが最善の策かはわからないが、とにかくロバーもまた決断をしていた。
とにかくこのままだと死ぬので、最善だろうが次善だろうが、検討するよりも早く行動しなければならない。
「行くぞ! 四人でのスロット技だ! ブーストクリエイト!」
「ち、ちくしょう! ソリッドクリエイト!」
「ぜ、絶対失敗できないわ! リフレクトクリエイト!」
「わ、私だけでも成功しないと……ヒールクリエイト!」
防御属性で低温を遮断する壁を作り、硬質属性でそれを補強し、さらに強化属性によって壁の枚数を増やして、治癒属性により全員のエナジーを補充する。
未熟な四人の、しかし努力の結果である。
「ハニカムシェルター!」
一人前のクリエイト使いなら一人でも簡単にできることを、半人前たちが力を合わせて実現させる。
要望通り、四方と天井の壁は構築された。
淡く光る即席のシェルターは、内部にまで柔らかい光が満ちていた。
「せ、成功したみたいだね……私の治癒属性が箱の中に満ちてるから、凍傷とかになってても治ると思う……」
「みたいだな……俺が一番助かってる」
積み上げられた雪との間にできた壁へ、狐太郎はもたれかかった。
寒くはないが、Aランクモンスターたちの衝突に影響を受けていたのである。
未熟ながらも構築された防御壁と弱い回復の波動が、彼を助けていた。
「あのまま何もしなかったら、雪に埋もれて死んでたな」
「……なのに何もしなかったんですか?」
「何もできないからな」
一応は何かをしている四人であるが、回復の波動によって精神的にも復帰していた。
凍傷なども回復しつつあったので、大分ましになっている。
マシになっているということは、現状を正しく認識しつつあるということで、逆に辛くなってもいたのだが。
「まあ……それはそれで仕方ないが」
自分のモンスターが降らせた雪に埋もれて死ぬ。
自分のモンスターが他のモンスターと戦った余波によって死ぬ。
それを、彼は今でも受け入れていた。
いいや、そもそも、この壁も防寒以上の意味はない。
タイラントタイガーやインペリアルタイガーどころか、Cランクのデスジャッカルでさえ簡単に突破できるだろう。
ただ凍死せずに済んだだけで、四人も狐太郎も助かっていなかった。
「あの……」
腰を据えて話せるようになって、改めてバブルは問う。
己の放つ癒しの波動の中で、彼の真意を問う。
「死ぬのが怖くないんですか?」
間抜けな質問だった。
他でもないバブル自身が、態々率先して死地に来たのだから。
頼まれもせず、必要性もなく、戦力になるわけでもないのにここに来た。
その彼女をして、現状は手に余っている。
教師たちはこの現実を知って、彼女が諦めても仕方ないと思っていたが、まさにその通りだろう。
この地獄を知った後で、四人全員が同じ志を持てるとは思えない。
だが地獄を知った上でここに居る狐太郎は、どういう心境なのだろうか。彼女はただ聞いてみたかった。
他の三人もまた、技を維持しつつ狐太郎の言葉を待っている。
「もちろん怖い、死にたいわけじゃない。だけども……諦められる」
狐太郎は上を見た。
疑似的なスロット技によって構築された天井に、雪が積もり続けている。
その雪は小刻みに揺れているが、おそらく戦闘の余波によるものだろう。
「みんな命がけだからな、俺だけ死ぬわけじゃない。理不尽じゃないから……諦められる」
理不尽ではない。
狐太郎は、その一点だけで諦めができる。
「少し前に、殺し屋に命を狙われたことがあった。アレは理不尽だったんで、全然諦められなかった。だから全力で無様にもがいたが……これは仕事だからな。殉職するんなら、まあいいだろう」
「プロ意識って奴ですか?」
「それもあるが……俺は小市民だからな」
Aランク上位モンスターを四体も従え、大公と直接の親交があり、第一王女と結婚し公爵になる予定の男は、自らを小市民だと言った。
「誰かの敷いたレールの上から降りるのが怖いんだ……想像するだけでも、足がすくむ」
生きていればそれだけで勝ちだと、誰かは言える。それは強い人間だろう。
だが狐太郎は、それに耐えられない。
誰かに保証されていない生き方に、自分だけを信じる生き方に、彼は耐えられない。
どれだけカネがあって、どれだけ力があって、どれだけ健康でも。
信頼を失って生きていくことに、耐えることができない。
「俺がここで死んだら、きっとみんな悲しんでくれる。俺を惜しんでくれるし、俺に謝ってくれる。俺の正当性を認めたうえで、弔ってくれる。葬式だってしてくれるだろう……」
軽蔑される生き方ができない、Aランクハンターの生のままの声。
それを四人は、静かに聞いていた。
外では戦いが苛烈になっており、いよいよ決着が近いというのに。
今目の前にいる、何もできない男の、無意味な所感から心が離れなかった。
「君たちと違って、俺には……生きて成し遂げたいことなんてないからな」
さほど年齢に差はないが、四人の持つ夢がまぶしかった。
まぶしい上で、狐太郎は彼らの命も諦めている。
今この場に、理不尽に死ぬ命はない。
「まあそんなところだ」
「……虚しくないですか?」
「もちろん虚しい。一年ぐらい前、同じようになった時、虚しさがこみあげて後悔した。でもそれも理不尽じゃない」
彼は諦めているが、誇らしげだった。
「俺は自分の人生に価値を感じない、惰性で生きているだけだ。でも惰性で生きている男が誰かの役に立って……役目を果たして死ぬのなら、その役目を誰かが知っているんなら」
この場にいる四人は、ある意味一蓮托生。
死ぬのなら、一度に全員死ぬだろう。
だが彼は、そんなことは気にしていなかった。
「孤独に死ぬわけじゃない」
孤独に死ぬわけじゃないとは、大勢と死ぬことを意味しない。
その死に、悼みがあるかないかだった。
少なくとも彼は、悼みに価値を見出していた。




