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13

 ハンターの仕事には、護送という役割もある。

 危険地帯を突っ切る護衛対象を保護しながら、迅速に目的地を目指すというものだ。

 当然ながら、『保護』という言葉には『護衛対象に不安を感じさせない』というものも含まれている。

 理想を言うのなら、尋常ではなく強そうなハンターが周囲を威嚇して、モンスターを一切寄せ付けないというのが望ましい。

 この、望ましい、というのは依頼人が望むことである。そのハンターにしてみれば小遣い稼ぎに楽な仕事を請け負っているだけなのかもしれないが、依頼人にしてみればありがたい話だろう。

 少々お高くなる可能性もあるが、予算に余裕があればお願いしたい話だ。


 もちろん同じ戦闘能力を持ったハンターにしてみれば、弱い者いじめをして楽をしている、志の低いハンターとして扱われるだろう。

 だがそれでも仕事としては好評であろう。誰だって、危ない目にはあいたくない。

 安全と安心をカネで買うのが、護送任務を依頼する側の心理である。


 さて、狐太郎である。

 今回の狩猟でも一応無事だったが、その心には深刻な傷を抱えていた。


 少々雇用体制は異なっているが、狐太郎もまた四体に対して護送任務を任せたようなものである。

 そのうえで、さらわれること三回である。保護が成功している、とは誰も言えないだろう。


 まっとうな精神性をもつ狐太郎は、普通に怒って普通に不満を感じて、普通に不安を露わにして四体と距離をとっていた。

 食事の時など以外は四体と顔を合わせないようにして、ほとんど口もきいていない。当然、森に出向いて狩りもしていない。

 これが自分の不利益につながるとは分かっているのだが、それはそれとして自分が拗ねていることを主張していたのだ。


 そしてそれを察した四体は、あえて接触しようとはしてこなかった。

 今回の件に関しては、全面的に四体の落ち度である。負い目を感じている彼女たちは、大人しくすることにしていたのだ。

 守ると言って全然守れていなかったのだ、彼女たちも落ち込んでいるのだろう。


(いきなり食ってくるような奴らじゃなくてよかった……)


 自室で静かにしていた狐太郎は、自分の生還を真剣に検討していた。

 なぜ自分が助かったのかを把握することは、今後の方針にもつながるからである。


(マンイートヒヒみたいな、いきなり組み伏せてその場で食いつく奴だったら、その場でアウトだったな)


 ツリーアメーバもアンダーバンブーもグレイモンキーも、いずれも最初に拘束してから捕食する生物だった。

 マンイートヒヒのように、戦いながら食いつくという生物だった場合、その場で狐太郎は死んでいただろう。


(タイラントタイガーみたいにデカい口があったら、そのまま一口でペロリ……おっかねえ)


 ほぼ無傷で狐太郎が生還できた理由は、ただ運がよかっただけだった。

 幸運が三度続いたのは正に奇跡だが、奇跡を今後も期待することはできない。


(それにだ……今回はバカみたいにたくさんのモンスターが出た。笛を吹く悪魔を使う前から、それはもうどっさりと現れた……チュートリアルが終わったような感じで)


 狐太郎は今回、三回もモンスターに襲われた。それはササゲが周囲のモンスターを呼び出す前からである。

 それに加えて呼び出した分も駆除したのだが、この前線基地の役場ではそれを見ても特に反応がなかった。


(これがテンプレみたいに『な、なんてことですか! こんなたくさんのモンスターを討伐してくるなんて! 一体どうやったんですか?! これはAランクでもできないことですよ?!』みたいなリアクションならよかったんだが……実際には『今回は大漁でしたねえ』みたいな感想だった……)


 つまりあれだけ大量のモンスターと遭遇することも、この森ではよくあることなのである。

 よくあるというのは誇張かもしれないが、取り立てて珍しくないことは確実だろう。


(つまり今後も、あれだけの襲撃を受ける可能性があるってことだ……絶対死ぬ)


 なんとも悲しい話なのだが、狐太郎に従っている四体は全員が真面目だった。

 真面目だったのに、モンスターが狐太郎をさらうことを予防できなかったのである。

 彼女たちがどれだけ頑張っても、狐太郎はさらわれ続けるということだった。


「っていうか、俺がいらないんだよなあ……」


 やはりわかり切っていた結論にたどり着く。特に今回は、その証明までされてしまった。

 彼女たちはモンスターの奇襲を察知することはできないが、戦いになればまず負けないのである。

 仮に先制攻撃を受けても、まったく危うげなく勝てるのだ。


 危ういのは狐太郎を護送しようとしているからである。

 単に駆除をするだけなら、現状でも全く問題はない。


「前みたいに、コゴエだけ残ってもらって、他の三体に行ってもらうのが一番簡単なんだけどなあ」


 もしもここで、それを実行できる精神性があれば、あるいは狐太郎ももう少し楽だったかもしれない。

 しかしそれは、程度や加減を間違えればただの堕落である。

 それが想像できないほど、狐太郎は愚かではない。


「……そもそも、何をするのかって話だしな」


 アカネも言っていたことだが、この世界には娯楽が極めて少ない。特にこの前線基地には、そうした施設が存在しない。

 少なくとも、モンスターパラダイスや日本に比べれば、時間を潰すためのものがほとんどないのだ。

 日本には仕事をしないでゲームやネットばかりをしている人間が問題になっていたが、この世界にはゲームがない。

 ずっとゲームばかりしていても辛いだろうが、ゲームもしないでずっと過ごすことはなお辛いだろう。この世界では、堕落するのも一苦労であった。


「……やっぱり、俺が強くなった方がいいか」


 非常に現実的な話として、狐太郎はこの世界でなんの価値もない人間である。

 強いわけではないし、財産があるわけでもないし、教養があるわけでもない。そして常識も社会的な立場もない。

 それを解決するには元の世界に帰るか、あるいはこの世界で価値のある人間になるしかない。


 とりあえずある程度強くなれば、この世界でも多少は価値が生まれるだろう。少なくとも、このまま何もしないよりはマシである。

 狐太郎は一応社会人であり、一人暮らしもしていた。にもかかわらずこの世界に来てから、ただキャーキャー悲鳴を上げて逃げ回ったり、あるいは周囲の空気に流されているだけだった。

 それもこれも、弱いからである。


「強くなりてぇ……」


 物凄く切実に、強くなりたかった。

 強くならないと無価値、強くならないと死ぬ。

 とにかく、何もできないまま死ぬという事態だけは避けたかった。


「……はぁ」


 何もできないまま死ぬ。

 それを狐太郎は体験した。


 立て続けに三回も、狐太郎は食われかけた。

 もちろん何もできないことは、最初から分かり切っていた。

 だが実際に何もできないまま食われかければ、受け止めかたも変わってくる。


 強くなるためにどれだけの試練が必要かはわからないし、どれだけ成果があるのかもわからない。

 しかし、それでも強くならなければならないのだと、強く思ってしまう。


「アレは……ヤバい」


 もちろん、この前線基地を出れば、こんな思いをすることは減るだろう。

 だがそれでも、起こりえることだ。その不安と戦うぐらいなら、強くなる努力をするほうが前向きである。


「ジョーさんに、ハンターの養成校について聞いてみるか……」


 別に、周囲を見返したいわけではない。

 最強になって、好き勝手にやりたいわけでもない。

 自分の中の不安を、完全にぬぐえるとも思っていない。

 何もしないことが、ただ恐ろしい。それだけだった。


 そして、それを提案しても彼女たち四体も肯定してくれるだろうとさえ思っていた。

 なにせ狐太郎を自分たちが守ると言っておいて、あわや死なせかけたのである。狐太郎が自衛したいと言っても、断ることはないだろう。

 流石に、それでも自分が守るとは言えないはずだった。


「まあ、今回でカネも結構手に入ったしな」


 なんだかんだ言って、狐太郎の現状はそこまで悪くない。

 まず彼女たち四体には個人の資産と言う考えがなく、加えて装備などを消費するということもない。

 つまり稼いだカネを運営資金に回す必要がないのだ。稼いだカネを維持費に回さなければならない自転車操業からは、極めて遠い状態である。

 もちろん彼女たちが戦えなくなればそれまでだが、今のところは懐のカネを好きに使える状態だった。

 そして前回の駆除では大量の現金が手に入っている。ハンターの養成校とやらにも、入れるであろう金額だった。

 流石に一生裕福に暮らせる額ではないのが残念だが、自分の学費に使うのなら文句もないだろう。


「ん?」


 そんなことを考えていると、部屋の中に警鐘が聞こえてきた。

 この前線基地にいくつかある、強襲を告げる鐘が、けたたましく鳴り響いていたのである。

 当たり前だが、物凄く不愉快な音だった。


「ま、まさかモンスターが来たのか!」

「ご主人様!」

「ご無事で!」


 慌てた様子で四体が部屋に入ってくる。

 その彼女たちに対して、狐太郎は拗ねている場合ではなかった。


「あ、ああ……」

「ご無事で何よりです、ですがまずは情報を集めなければ。私たちと一緒に外へ向かいましょう」


 コゴエが方針をその場で決めてしまうが、はいと頷くほかない。

 実際この簡素な家ごと吹き飛ばされても、一切不思議ではないのだ。


「そうだな……もしかしたら俺達もこの前線基地を守ることに……」


 俺達、という言葉がむなしい。

 どうせ何もせずに、さらわれて足を引っ張るのだと思ってしまう。


「さ、行きましょうご主人様」


 何かを察したササゲが、狐太郎を抱えて浮かび上がる。

 抵抗する気力もわかない狐太郎は、なされるがままになっていた。



 一旦外に出てしまえば、異常事態であることが明白である。

 普段は家の外にいる一般の人々はいなくなって、家にこもり切って戸を固く閉ざしている。

 誰もいないという異常事態は、逆にこの街に蔓延している恐怖を表しているようだった。


「……」


 この街の人々も、自分と同じなのだ。

 狐太郎はその怯えぶりに、改めて共感してしまう。


「門の方が騒がしいわね……基地の内部には入っていないようだけど……」


 背の高いクツロが周囲を見渡して、状況を探っている。

 どうやら襲撃こそ受けているが、城壁の水際で防ぎ切れているようだ。


「あれ、役場の人じゃない?」


 物凄く慌てた様子で、役場の男性職員が走ってきた。

 それはもう、血相を変えた全力のダッシュである。


「……」


 ある意味では真面目な姿を前に、狐太郎は普通の意味での仕事の辛さを思い出していた。


「ああ、いらしたんですね! 狐太郎さん! 実はBランクの魔物が大挙して森から出てきました!」

「Aランクはいないんですね?」

「はい! 全部Bランクか、その配下のCランクです! 今のところ、白眉隊と蛍雪隊が迎え撃っています!」

「わかりました、それじゃあ俺達もそっちへ……」

「いいえ! 余計なことをしないでください!」


 ものすごく早口で、まくしたてる役場の職員。


「白眉隊と蛍雪隊は主に防衛を担当しているんです! その邪魔をしないでください!」

「それを言いに来たんですか?」

「はい! もしも取りこぼしがあって基地の中に入ってきたときだけ動いてください! いいですね! では! 間違っても邪魔をしないでくださいね! 私はこれで失礼しますからね! 避難します!」


 言うだけ言ってから、全速力で走り去る職員。

 おそらく、これを言うように言われていたのだろう。


「前に言っておけばよかったのにね」


 呆れているアカネの言葉は、狐太郎をして思わず頷きそうになってしまった。

 Bランクとして登録された時点でそう言っておけば、こんな非常時に一々連絡をしに来なくてもよかったはずである。


「まあそうだけど、言いにくい気持ちはわかるわね」

「なんで?」


 意外にもササゲは、連絡の不備に理解を示していた。


「だって防衛任務よ? 普段はわざわざ危ない森に入らなくていいってことじゃない、誰だってやりたがるわ」

(言われてみれば確かに)


 もちろん仕事の内容としては、街の衛兵に他ならない。ホワイト・リョウトウが言っていたように、地味で退屈な仕事だからと嫌がる者もいるだろう。

 本当の意味で『誰でもやりたがる』かはともかく、狐太郎はその任務に就きたくなっていた。

 森の中に入って自分を餌にして、向かってくる相手を駆除するという仕事よりは、大分安全に思える。


(俺みたいに安全志向……つまり向上心の薄い奴ほど付きたがる仕事ってことだ……向上心の薄い奴に前線基地の防衛を任せたくないだろうけどな)


 思考と適性の差異について考えてしまう狐太郎。

 とはいえ、一行はいきなり暇になってしまった。

 もちろん防衛が破られた場合は対処しなければならないのだろうが、今のところその心配もなさそうである。


「あ、あははは……どうしようっか」

「どうもこうもないでしょう、邪魔にならないよう大人しくしていましょう」


 アカネの問いに、クツロが応える。

 邪魔をするなと言われてしまえば、大人しくするほかにできることはない。

 言いたくはないが、自分たちは予備戦力扱いである。

 もしもの時は先ほどのように伝令が来て、助力を要請されるだろう。

 そうした戦力がいるのといないのでは、まったく安心感が違うわけで。

 もちろん、ただの自己欺瞞である。


「白眉隊と蛍雪隊と言えば、ジョーさんとシャインさんが隊長を務めるパーティーだったな」


 知っている、お世話になっている二人の部隊である。

 果たしてどのような狩猟をしているのか、少しばかり気になるところだった。

 狐太郎は壁の方を向くが、そこで其方に行ってみようというほど馬鹿ではなかった。


「他のハンターって、どんな狩りをしているんだろうな?」


 はっきり言えば、自分達の狩りは狩りともいえない稚拙ぶりだった。

 森の中で遭遇した一灯隊のヂャンは、戦うところこそ見ても狩猟をしているわけではなかった。

 この世界の住人が強いことは知っているので真似をするつもりはないが、それはそれとして狩猟の手本を見たいところである。


(俺が強くなるとしても、目標はあったほうがいいと思うし……見たいけど、邪魔をするのもどうかと思うしなあ)


 命がけの仕事をしているのである、念を押されるまでもなく邪魔をしたくはなかった。

 もしも自分たちが見物に行ったせいで人死にが出ようものなら、それこそ落ち込んで何もできなくなってしまうだろう。

 そんなことを考えている狐太郎を見て、ササゲがにやりと笑った。


「……ねえご主人様?」

「うぉう?!」


 背後からやんわりと抱きしめて驚かせると、そのままふわりと浮かぶ。


「みたいんでしょ?」

「な、なんのことだ?」

「もう、恥ずかしがらなくていいのに……」


 やたらと密着してきて、無意味に変な言い回しをしてくる。


「ちょっと二人で、あそこまで行きましょうよ」


 そう言って指さした先は、この前線基地の物見台だった。

 警鐘が置かれているそこは、当然ながら前線基地の壁の向こう側を見ることができるのだろう。


「あそこなら邪魔にならないでしょう?」

「ま、まあ……」


 警鐘を鳴らしていた人は既に避難しており、そこには誰もいない。

 であれば、あそこに上ってもそこまで怒られることはないだろう。


「それじゃあ、行ってくるわね~~」

「うぉう?!」


 温かく抱きしめたまま、ササゲは舞い上がっていく。

 お世辞にも速くないその動きで、ふんわりと物見台に狐太郎を下ろした。


「……あ、ありがとう、ササゲ」

「いいのよ、この程度。私も見てみたかったしね」


 狐太郎を物見台に置くと、自分は同じ高度で浮かぶことにしたササゲは隣で観戦をする。


「ととと……」


 当たり前だが、物見台とはそんなに上等な建造物ではない。

 最低限の骨組みだけで作られた、高いところから周囲を見るためだけにある建物。

 文字通りの意味で警鐘がおいていあるだけのそこは、ただ立っているだけでもわずかに揺れているようだった。


「……すげえな」


 まして、眼下の光景を見ればなおのことだった。

 それは狩猟と言うよりは、まさに合戦の光景だった。


 今まで見たこの森に生息する、BランクやCランクのモンスターたち。

 それらが群れを成して、森の中から開けた土地へ出てきている。


「スラッシュエフェクト! エッジアロー!」


 城壁の上には多くの弓兵が並び、俊敏に走るモンスターたちへ射かけていた。

 ただの矢を放っているようにしか見えないが、巨大なBランクのモンスターにさえ深々と刺さり、切創を深く刻んでいた。


 だがその程度で死ぬのはCランク程度。たまに急所に当たって死ぬBランクのモンスターも見えるが、それでもマンイートヒヒ程度の『小物』だった。

 中にはタイラントタイガーにも匹敵するような大物も混じっており、とてもではないが矢が当たったところで死ぬようには見えなかった。


「シャイン! 頼む!」

「ええ、任せてちょうだい!」


 このままでは城壁にモンスターが衝突してくる。

 城壁の前に陣取っている白眉隊と蛍雪隊は、そのままひき潰されるかのように見えた。


「トリプルスロット!」


 だがしかし、彼ら彼女らにとって、この状況は日常業務である。

 蛍雪隊の隊長を務めるシャインは、自ら誇っていたスロット使いの本領を発揮する。


「バインド! スロー! スティッキー!」


 進軍してくるモンスターたち、その足元が一斉に発光する。


「トリックトラップ! スワンプスパイダーネット!」


 四足歩行二足歩行を問わず、走っていたモンスターたちの足元に輝く網が絡みつく。

 それは鎖で固定するのとは違い、彼らの動きを完全に拘束することはなかった。だが一歩進むたび、二歩進むたび、その足に粘着し重なっていく。

 それどころか、もつれてモンスター同士でさえ接着し合っていく。


 地面に張り巡らされた、大量の粘着性の網。

 速攻性こそないものの、ほとんどのモンスターを拘束してしまっていた。


 だがしかし、それは『ほとんど』のモンスターでしかない。

 中にはタイラントタイガーにも匹敵する、巨大なモンスターがいた。

 自分の体にまとわりつく大量の網や、それによって周りのモンスターが体に貼り付いて尚、動きを止めることなく襲い掛かってくる。


「槍兵隊! 投擲!」

「ファイアーエフェクト! ソニックレッド!」


 だがしかし、それはほぼすべてのモンスターが脱落したことを意味していた。

 如何に大きく強くとも、孤立して突っ込んでくるだけならば脅威ではない。

 体にまとわりついている小型のモンスターごと、大量の燃える槍によって貫かれていく。

 肉の焦げる嫌な臭いが城壁を超えて狐太郎の鼻に届いた。


 だがそれでも、Bランクでも上位に入るであろうモンスターは止まらない。

 狐太郎の隣にいるササゲの攻撃にタイラントタイガーが何度か耐えたように、その猛獣も巨体故の生命力を発揮していた。

 傷を負って尚雄々しく叫び、なお突貫してくる巨大な獣に対して、ジョーは配下と共に迎え撃つ。

 もはや遠距離攻撃が意味を持つ距離ではなくなっていた。手に剣を持った兵士たちと共に、巨大な獣へ突貫する。


「剣兵隊! 我に続け! スラッシュクリエイト……!」


 ジョーだけではない、彼の配下たちも手に持っている剣に巨大な『斬撃』を纏わせていた。


「グレートムーン!」


 熟練の兵士たちによる、会心の一撃。

 狂いのない集団による全力の攻撃は直接攻撃は、巨大で生命力にあふれているはずのモンスターを一瞬で解体していた。

 全員の力を合わせて両断、どころの騒ぎではない。全員の剣一つ一つが、巨大な獣を切り裂いたのである。

 巨大な獣は肉の塊となって、どさりと地面に転がっていった。


「剣兵隊、いったん下がれ! 槍兵隊、弓兵隊! 拘束されているモンスターに追撃を! 逃げたモンスターは、蛍雪隊に任せろ!」


 今日一番の大物を殺しても、彼は指揮を緩めない。

 適切に指示を行い、白眉隊は狂いなく行動していく。


「そうそう、逃げるようなCランクは私の部下のおじさまたちにお任せよ」


 旗色が悪いと判断したCランクのモンスターたちは、一目散に森の中へ消えていく。

 流石にその奥で何が起きているのかは、狐太郎たちにはわからないことだった。

 ただ、幾度かの甲高い悲鳴と爆破音が響いていた。


(よくわからないが……蛍雪隊は森の中で待ち伏せていたのか? シャインさんも罠を仕掛けていたみたいだし……)

「白眉隊はハンターというか、普通に軍隊ね。多分蛍雪隊と連携しなくても、そこそこ戦えるんじゃないかしら?」


 正面から正攻法で戦うことに優れた白眉隊と、待ち伏せを得意としている蛍雪隊。その連携は、危うげなくモンスターを駆除していた。

 何もかもが分かったわけではないが、どちらもモンスターを狩猟する組織として、危うげなく戦っているということだろう。

 なるほど、これだけ二つの部隊で連携ができていれば、他のハンターは邪魔なだけである。


「見てよかったですねえ、ご主人様」

「ああ……」


 とても単純に、物凄く憧れる戦い方だった。

 狐太郎たちの狩猟のドタバタ劇とは、雲泥の差である。


(ぶっちゃけ、この光景を見せれば大抵の志願者は帰るんじゃないか?)


 同時に、狐太郎と同じ時期にこの基地へ来た面々との差も著しい。

 白眉隊の面々が普通のハンターだとは思えなかったが、それを抜きにしても各々が強い。

 仮に雑兵ぞろいだったなら、ああもたやすく巨大な魔物を処理できなかったはずだ。


(それにしても……あれぐらい強くなれればいいんだけどなあ……)


 このシュバルツバルトで戦えるほどのハンター。その実力があれば、少なくとも先日の無様は晒さないだろう。


(いや、それは普通に無理だな。できるとしても、凄い努力しないと駄目だろうし……。流石にそれはなあ)


 今見たばかりの戦い、前線基地を守るハンターの立ち回り。

 それがどれだけ凄いのか、自分に真似できないと分かったうえで。

 それでも、それだけの強さがなければ、やはりこの森で過ごすのは不可能だった。


(ある程度強くなれれば、この森以外で俺が稼いで……できなくはないか?)

「ご主人様」


 その葛藤を読んだのか、ササゲが後ろからやんわりと触ってきた。

 普段はしっかりと固定、抱きしめてくるのだから、今はただ背中にくっついてきただけのようだった。


「正直に言ってほしいんだけど、もしかして自分が強くなればいいと思っているんじゃないかしら?」

「うっ」

「図星みたいね~~かわいいわ。まぁまじめで前向きで結構なんだけど……」


 声の陽気さとは反対に、哀れみが口調に込められている。


「それ、無理だわ」

「無理なのか?!」

「イエネコが鍛えたら、鍛えているライオンに勝てるのかって話よ」

「そりゃ無理だな……」


 ガラス細工を触るような慎重さで、狐太郎の鎖骨をなでるササゲ。


「本当に……弱くなったわね、人間は」


 目の前で行われた光景を見たうえで、今の人間が弱くなったと語る。

 彼女にとってジョーやシャインたちは過去の人間であり、庇護の対象である狐太郎こそが現在の人間なのだ。


「ねえご主人様、少し前に話したことを憶えてる?」


 しんみりした様子で、憐憫を込めながらササゲは語りだした。


「人間の勇者が魔王を倒した後、真っ先に私たち悪魔は人間についたって言ったわよね?」

「ああ、うん」

「当時の人間は、それはもう強かったのよ……その中でも勇者は、飛びぬけて強かったわ。アレだけ強かった魔王を五千年も封印できたんだもの」


 狐太郎にしてみれば魔王など、ただのラスボスでしかない。

 それなりにレベルを上げてそれなりに考えた編成をして、それなりにプレイすれば勝てる相手だった。

 だが実際には強大を極めた魔王だったらしい。


「そんな人間と戦えるわけがない、私たちは即座に降参したわ。でもその当時は、頭を下げて舌を出していたのよ。いつか逆転して、人間を従えてみせるってね」

「……」


 吸血鬼やサキュバスにとって、人間に従うのは豚や牛に従うも同然と言っていた。

 しかし悪魔にしても、それは同じことだろう。仮に相手を対等の存在と認めていても、格上であるとさえ考えていても、全面的に服従するなど耐えられない。


(まあ人間なら根に持って、割と早い時期に反逆するだろうなあ……)

 

 人間同士でさえ、下克上などよくある話だった。

 違う生き物同士なら、なおさらの話である。


「まさかとは思うけど、今がその時だとか?」

「それこそまさかよ、そんなことしたら三体から何をされるかわかったもんじゃないわ」


 しかし個体単位ならともかく、種族単位での反逆など聞いたことがない。

 少なくとも狐太郎の知る限り、モンスターパラダイスの世界でそんなことは起きていなかった。


「じゃあなんで、悪魔は人間に従い続けたんだ? それに、なんで今そんな話を?」

「……ご主人様が弱い理由そのものだからよ」


 後ろめたそうに、言葉を続ける。


「言っておくけど、大昔の人間はそんなに強くなかったの。ただ魔王が人間を駆逐しようとしていったら、反発するようにどんどん強くなっていって、最後には魔王よりもずっと強い勇者まで出てきたのよね。そんな相手と戦争なんてできるわけないでしょ? でも一つだけ、人間には克服できていない弱点があった」


 それは、どの世界の人間にとっても共通の弱点だった。


「寿命よ。人間はものすごい速さで増えるし、培った技術を子供に伝えていくし、強い人からはさらに強い子供が生まれる。でも……寿命だけは、ほとんど変わらなかった。むしろ今の方がずっと長いくらいでしょうね」


 五千年前以上前のことも話すササゲが、どれだけ長く生きているのかわからない。

 しかし百年以上生きていて、これからもずっと生き続けていくのだろう。

 そんな彼女からすれば、人間の寿命は明確に弱点だった。


「私たち悪魔はその弱点に付け込んだのよ。戦えば戦うほど強くなるのが人間なら、戦うのをやめればどんどん弱くなっていくってね。私たち悪魔が全面協力して敵対的な魔族を殺していけば、人間はそのうち戦うことをやめるでしょ?」


 物凄い気の長い話だったが、寿命が長いことを最大限に活用した作戦だった。

 なるほど、黙っていれば成功間違いなしである。


「で、弱くなったのがご主人様ってわけ。犬で行ったら、トイプードルみたいなもんよ。どう鍛えてもこの世界の人と戦えないわ」


 非力なのはわかっているが、トイプードル扱いされると流石にへこんでしまう。

 その理屈で言うと、この世界の人々も代を重ねるごとに強くなっているということだろうか。

 もちろん、この世界の人々とモンスターパラダイスの人々が同じとは限らないが。


「じゃあなんで反逆しなかったんだよ、今なら簡単に逆転できるだろう?」

「さっきも言ったじゃない、他の種族と争いになるって」


 この世界に来たのはササゲだけではなく、他にも三体いる。

 同じように元の世界でも、悪魔以外にたくさんのモンスターが人間に従って暮らしているのだ。

 まったく同じ理由で、反逆は容易ではない。


「誤算だったのは、人間たちが他のモンスターを強くしたことよ。鬼だけじゃなくて、元々強かった竜さえさらに強くしたんだもの。自分たちがどんどん弱くなってるのに、他のモンスターを強くするなんて想像できる? 普通は逆でしょ?」

「……ま、まあそうだな」


 狐太郎が元居た世界でも、競走馬などは品種改良がされていた。モンスターパラダイスの世界では、それがさらに極端なほど行われていたのである。

 狐太郎の価値観ではそこまでおかしく感じないが、悪魔の立場からすれば意味不明だろう。


(多分その世界の人間は、モンスターのことを本当に家畜として扱っていたんだろうなあ)


 馬に蹴られたり犬にかまれることはあっても、馬や犬が連合を組んで襲い掛かってくるとは思いもしない。それが人間である。

 慢心極まった話だが、それでもうまくいっていたようである。


「それでもまあ、しばらくの間は他のモンスターの支配権を人間から奪い取ろうとか画策していたのよ。人間に従うよりも、悪魔に従う方が得だって教えていくとかね。それさえ実行にも移されなかったんだけどね」

「なんで」

「私たちが人間に従う方が得だから」


 なんとも本末転倒な気がする。

 悪魔に従ったほうが得だと触れ回る前に、自分たち自身が人間に従ったほうが得だと思うとは。


「だって考えてもみてよ、悪魔が全ての生き物を支配したって、どのみち他の悪魔と上下関係が発生するでしょう? ほとんどの悪魔にとって、従う相手が変わるだけじゃない」

「まあ……そうだな」

「正直言って、人間が支配している世界の方が楽だし」


 最初の壮大な計画からすれば物凄い尻すぼみな結果だが、よくわかる理屈である。

 支配されていることが辛くて苦しいからこそ反逆するのであって、どうでもいいと思っていればわざわざ反逆などしない。


(今の俺だって、ササゲに酷いことをしているわけじゃないしなあ)


 狐太郎自身も、ある意味ではこの前線基地や、その統治者に支配されている状態である。

 しかし食うに困っているわけではないし、不当に弾圧されている実感もないので、わざわざ反逆しようとは思えなかった。


「この世界ならともかく、元の世界なら人間に支配されたままでもなんでもできたじゃない。美味しいご飯もきれいな服や宝石も、音楽も絵も、欲しいと思えば簡単に手に入ったでしょ。多大な労力を支払ってまで手に入るのが、今と同じ暮らしだって言うならする意味がないじゃない」

(志の低い話だなあ……)


 結果論ではあるが、人間の方が悪魔よりも支配が上手だったのだろう。

 わざわざ反逆しなくても面白おかしく暮らせる世界を作ったので、どのモンスターも種族単位では反抗をしなかったのだ。

 それでも反抗心を持つ者はいたはずだが、同種さえまとめられずにあきらめざるを得なかったのだろう。

 革命に必要なのは革命家ではなく、貧困と圧政と言う話なのである。


(結構納得できる話だったけど、俺が強くなれないのは残念だな……)


 豆知識と言うか歴史の裏側を知った狐太郎は、それが今なんの関係もないことを思い出していた。

 悪魔が服従を誓った理由を今知っても、何の解決にもつながらない。


「まあ……だからね、ご主人様」


 できるだけいやらしい意味を込めないように、軽く、やわらかく、静かに抱き着いてくるササゲ。


「ご主人様がこの世界の誰よりも役に立たないのは、私のせいでもあるのよ。まさか今更こんなことになるなんてね……」


 ごめんなさい。

 そう言われた気がした。


「私たちにまたチャンスをくれないかしら? 絶対とは言えないけど、同じ目に遭わないように頑張るわ」

「……」


 結局何も解決していない。

 またあんな目に合うかもしれない。

 後悔すると分かり切ったうえで、狐太郎の返事は一つだけだった。


「うん……わかったよ」

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― 新着の感想 ―
今のところ、ゴミクズ以下、という評価ですかねぇ…さっさとモンスターにでもやられれば、スッキリするのでしょうが…片腕あたり、吹っ飛びませんかね?
[気になる点] PTに足りない索敵系のスキルや魔法を狙うとか 狙われにくいように隠密系とか せめて多少なりとも身体を鍛えるとか くらいはして欲しいところ
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