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かみ合わせが悪い

 新しい護衛候補見込みが来るのを、狐太郎は役場の面談室で待っていた。

 いつかのように、隣にはリァンが。背後には四体が並んでいる。


(……ここ殺害現場だったような気が)


 既視感が激しい狐太郎は、既に隣にいるリァンを見ることができなかった。

 殺人事件が繰り返されるのではないかと思うと、気が気でない。


 もちろん、まったく同じ失敗が繰り返されるとは思っていない。

 しかし連続殺人鬼と同じ部屋にいて、犯行時を再現したような立ち位置になれば、恐怖を抱いても不思議ではあるまい。


 少なくとも四体は、狐太郎と同じような顔をして、リァンの後ろ姿を見ていた。


(前回は断り方やら要求の仕方がおかしかったから、あんなことになった……そして俺には、それを防ぐことができなかった……だが今回は違う! 向こうの方がそれを承知だから、向こうの方で対策を練っているはず!)


 狐太郎はこの世界の住人とそれなりに関わってきた。その中で学んだことがある。


(俺にできることはない!)


 狐太郎が何をしても無駄だということだ。

 一灯隊がそうであるように、各々に価値観や優先順位がある。

 どれだけ細心の注意を払って配慮しても、怒らせないようにすることは不可能だ。

 そもそも弱いこと自体で怒るとか、育ちがいいことで怒るとか、そんなの配慮のしようもない。


(俺にできること……それは何もなく終わってくれと祈るだけ!)


 面接をする側がどう配慮をしても、面接を受ける側の言動を操ることはできない。

 初めて会った人の気持ちを完全にコントロールしようだなんて、厚かましいにもほどがある。

 だがしかし、この場で殺人事件が起きませんようにと願うことが、厚かましいと言えるのだろうか?


(お願いします……もう凄い天才とか、ギリギリ使えるレベルの奴とか、そんなの望みません。俺の前で死なないでください! 俺の前で殺されないでください! 殺されるようなことをしないでください!)


 公女様へ、殺さないでくださいね、という懇願をする気はない。

 必要だと判断したら迷わず殺すだろう、そう察する程度には付き合いも長くなっていた。

 そもそも志望者を選ぶ権利は彼女にもある。選考基準に口を挟むことはできない。


「では入ってください」


 にこにこ笑っているリァンが、四人を部屋に入れる。

 狐太郎は心の準備ができていないが、運命を受け入れるしかなかった。


「失礼します」


 とても緊張した、四人の声が聞こえる。

 彼ら彼女らは、まるで行進のようにそろった動きで、ぎこちなく並んだ。


「どうぞ、座ってください」


 リァンが着席を促すと、四人は同時に会釈をしてから椅子に座った


(……すごい普通だ)


 前回、ブゥたち四人はアカネたちを見ただけで硬直していた。

 しかし今回の生徒四人は、緊張こそしているが四体を凝視してもいない。

 良くも悪くも専門家ではないので、彼女たち四体の秘めた力が分からないのだろう。


 だからこそ、四人は公女と狐太郎にだけ集中している。

 おそらくそうなるように、ずっと練習していたのだ。


「皆さん、お名前を」

「ロバー・ブレーメです、よろしくお願いします」

「キコリ・ボトルです、よろしくお願いします」

「バブル・マーメイドです、よろしくお願いします」

「マーメ・ビーンです、よろしくお願いします」


 面接のお手本をなぞるような、なんの意外性もなく、個性を知ることもできない振る舞い。

 しかしそれを見ている狐太郎は、だからこそ感嘆していた。


(こいつら……相当な練習を積んでいる!)


 狐太郎は戦いのことも政治のことも、一般人程度の理解しかしていない

 だが、面接のことはわかる。面接の練習や本番を何度も繰り返したからこそ、四人の練習ぶりが透けて見えた。

 まだ歩いて座って名乗っただけなのに、狐太郎は彼らの苦労を見抜いたのである。


(細かいところは置いておいて、優秀なマナー講師がいたんだな……マナー講師っていうか知らないけども)


 とはいえ、まだそれだけである。

 流石に面接の練習頑張ったね、で話は終わらない。


「皆さん、今回はシュバルツバルトで討伐隊に参加している、Aランクハンター虎威狐太郎様のお仕事を見学なさりたいということですが……その動機は?」


 書面上は見学ということになっているので、リァンもそういう(てい)で話を進める。


「はい。Aランクドラゴン、クラウドラインから、献上品を受け取るほどの、武勲を挙げていらっしゃる、虎威狐太郎様のお仕事ぶりを、拝見させていただきたいと思っておりました」

「はい。大公閣下から、格別の信頼を受けていらっしゃる、シュバルツバルトの討伐隊が、普段どのようなお仕事をなさっているのか、拝見させていただきたいと思っておりました」

「はい。大公閣下が、国政の議会で、議題にあげていらっしゃった、カセイの前線基地を、一度自分の目で、見たいと思っておりました」

「はい。カセイという大都市が、普段から、どんな危機にさらされているのか、貴族として知っておくべきだと思っておりました」


 四人が表現を変えつつ、見学の動機を語る。一言一言、噛まないように区切って話している。

 一つ言えることがあるとすれば、本心ではないということだろう。


(こいつら……ダブらないように、あらかじめて決めておいたな……リハーサルもばっちりだ)


 それを聞く狐太郎は、やはり妙なところで感心していた。


(これなら、チームワークにも期待できるな……!)

 

 普通のビジネスならともかく、ハンティングなので当てにならないのだが、それでも狐太郎はにやりと笑っていた。

 かなり見当違いな笑いである。


「これから現場に向かいますが、当然危険地帯です。無事は保証できませんが、構いませんね?」

「はい!」


 狐太郎が微妙に幸せな顔になっている間も、話はどんどん進んでいる。

 元より長く話すことがあるわけもなし、ただ森に入るだけなのだから儀礼も何もない。


「では、ドルフィン学園や侯爵家の名誉を汚さぬ振る舞いをお願いします。では狐太郎様、シュバルツバルトに入りますがよろしいですね?」

「……はい!」


 面接をする立場になって日が浅い狐太郎は、自分が上から目線になっていたことを恥じつつ、少し遅れて返事をしていた。



 かくて、面接はあっさりと終わって、そのまま危険地帯に突入である。

 前線基地自体が既に危険地帯であり、もっと言えばカセイだって危険なのだが、やはりシュバルツバルトの森の中ほどではない。

 それを正しく聞かされているからこそ、四人はおっかなびっくりしつつ狐太郎たちの後に続いていた。


 見学という体ではあるが、それでも一応、四人は狐太郎の護衛を目指している。

 だからこそ四人を守るような隊列にはなっておらず、四人は暗い森に怯えながら進んでいた。


(物凄く見られている気がする……)


 とても今更だが、狐太郎の四方には四体のモンスターがいる。

 狐太郎の歩幅に合わせて、狐太郎が狙われても自分たちが壁になるように歩いている。


 その狐太郎を注視しているのは、森に棲まうモンスターではなかった。


(ずるい……)

(いいなあ……)


 今回の見学にさほど積極的ではなかった、マーメとキコリである。

 四体の強さを見抜けるわけではないが、それでも知識として四体が強いことは知っている。

 その四体にぎっちりと守られていることが、正直羨ましいのだ。

 なお、それを口にした場合、どうなるかは考えたくもない模様。


(公女様……凄い胆力だ)

(堂々としてるな~~)


 ロバーとバブルは、自分たち同様に誰にも守られず歩いているリァンに感服していた。

 まさか普段からこの森に入って、普通に戦っているとは思うまい。


(あの人たちは、ここで嫌だって言ったら断れるんだよな……いいなあ……)


 なお、先頭を行くのはブゥである。

 彼は後方で初々しい姿をしている侯爵家の面々を羨んでいた。


(僕もそう思ってたんだよなあ……ここに来てちょっと戦って帰ったらおしまいだと思ってたんだよなあ)


 性格と才能が一致していない悪魔使いは、心中では文句たらたらだった。


(あの人たちはいいよなあ……家の都合でスパルタ教育とか受けてないんだもん……)


 自発的に努力するから青春なのであって、強制的にやらされたらただ辛いだけである。

 あの四人やリァンからすれば、この森でも通用する武力の持ち主は羨ましいだろうが、当人からすればまったく嬉しくない。

 そのあたりも、狐太郎と同調できている理由だろう。


「どうしました、ご主人様」

「責任がないのは羨ましいよ。僕と大して年齢が変わらないのに、子供として楽しくやっててさ。僕もう当主なんだよ? おかしくない?」

「じゃあ止めますか?」

「お前の奴隷になりたくない」

「では頑張ってください」

「もうかなり大分頑張ってると思う……」


 自分の影に潜んでいるセキトへ愚痴るブゥ。

 その頭上に一本の矢が飛んでいき、そこで破裂した。

 斥候達が、モンスターの群れを発見した合図である。


「シュゾク技……ドラゴンファイア!」


 何が来るのか、視認するよりも早くアカネが火を噴いていた。


 魔王になっておらず、当然タイカン技でもなんでもない、彼女の通常攻撃。

 しかしそれは、この森で通用する大威力の炎。

 おっかなびっくり歩いていた四人にしてみれば、唐突に前方で噴火が起きたようなものだった。


「ひぃ?!」


 炎が収まると、大量の焼死体が地面に転がっていた。

 もはや原形を留めておらず、骨格さえ炭になっている。


「……マンイートヒヒだね、たぶん」

「そうね」


 だがアカネはこの森に来て一年ぐらいたっている。

 自分の炎で燃やした相手なら、元がどんなモンスターなのかすぐにわかるようになっていた。


 周囲には肉の焦げた臭いが満ちている。

 それがモンスターを焼いた匂いだと分かっているが、それでも初めて入った者たちにとっては、地獄の釜が開いたような気分だろう。

 だが実際には、自分たちが地獄の釜に飛び込んだのだと、直ぐに理解できる。


 ぱんぱんぱん、と矢が四方八方から飛んできた。

 それが何を意味するのか、生徒たちは既に理解している。


「シュゾク技、ヒートブレス!」

「シュゾク技、鬼拳一逝!」

「キョウツウ技、ブルーファイア!」


 再び、狐太郎に従うモンスターたちが迎撃する。

 だが今回は、一息で壊滅とはいかなかった。


 アカネたちが倒すよりもずっとはやく、大量にマンイートヒヒが殺到してくる。

 第二波、第三波、第四波。一度に数十頭が、怒涛のように押し寄せてくる。

 既に多くの同種が焼かれて潰されているにもかかわらず、恐れることなく襲い掛かってきた。


 マンイートヒヒ。

 Bランク下位に位置する、非常に強力で獰猛なモンスター。


 この世界の基準において、一般人が倒せる限界はDランクとされ、Cランクは訓練された兵士が倒せる領域である。

 Bランク下位とは、つまり訓練された兵士さえ殺せる怪物。

 それが一度に何十頭と襲い掛かってくる、単純すぎる地獄。


 一体を倒すことに手間取れば、二体三体と襲い掛かってくる。

 つまりマンイートヒヒ程度なら一体を瞬殺できる程度の実力がなければ、この森では戦力に数えることもできない。

 少なくとも白眉隊や一灯隊は、そのようになっている。


 だが抜山隊や蛍雪隊の場合、その限りではない。

 彼らの場合は、隊長が図抜けて強いからこそ、隊員が少々弱くても何とかなっている。


「コゴエさん、僕は邪魔みたいですね」

「そのようだ。一旦下がっていろ」


 そして狐太郎の戦力は、全員がその域である。Bランク下位ごときに、一々全員が出ることもない。

 戦闘に参加しているのはササゲとクツロ、そしてアカネ。ブゥとコゴエは、狐太郎の傍についていた。


「……毎度のことながら、えらい量だ」


 どんどん倒されていくマンイートヒヒ。

 集団で襲い掛かる知恵はあっても、逃げるという知恵はないらしい。

 諦めない心というものが、どれだけ恐ろしいのか。敵に回った時、どれだけ気持ちが悪いか。

 狐太郎は、いつも思い知っている。


 だが流石に、減らし続けていればいつかは絶える。

 圧倒的火力、殲滅力の前には、飛んで火にいる夏の虫でしかない。

 三体に傷を負わせられることもなく、マンイートヒヒの群れは全滅した。


「お疲れ様。アカネ、クツロ、ササゲ。よくやってくれた」

「ええ! とても見事な働きぶりです! ほれぼれしますわ!」


「いやいや、大したことないよ~~! でも褒めて!」

「アカネ、調子に乗らないの。今日は見学のお客様もいるんだから」

「貴方若いトカゲがどうとか文句を言うんだから、こういう時ぐらいお行儀良くしなさい」

「……ごめん」


 いつも通り褒めてもらおうとしたアカネだが、見学の生徒がいることを思い出して自粛した。

 全部焼き殺したのでケガ人は出ていないはずだったので、四人の方にも視線を向ける。

 そこには、個性も何もなくへたり込んでいる生徒たちがいた。


「はっ……はっ……はっ……はっ……!」


 彼らは息を荒くしながら、周囲の死体を見ている。

 その死体が動き出すとでも思っているのか、炭の塊にさえ怯えていた。

 しりもちをつき、息は荒い。

 準備をしてここに来たはずだったが、あまりにも無様だった。


(……そりゃそうだ)


 だがそれを、狐太郎は笑えない。

 リァンも同様で、決して見とがめなかった。


 この森の基準から言えば、下から二番目という弱者の群れでしかないが、それでも学生が耐えられるわけがない。

 いくら鍛えてきたと言っても実戦が初めてなら、決してバカにできたものではない。


(俺は今でもこんな感じだからなあ……)


 コゴエやブゥが守ってくれるので、何とか腰を抜かさずに済んでいる。

 だがそれは感覚がマヒしているだけで、特に自分が凄いからだとは思っていなかった。


 面接のときのように、社会的な信頼や圧迫が加われば、人は個性を発揮できなくなる。

 それは命がかかった時も同様で、自分がどうにもできない暴力を前にすれば、安全だと分かっていても腰を抜かしてしまうのは当たり前だ。

 そして彼ら四人は、そもそも安全を保障されていない。


「大丈夫? 立てる?」


 そんな四人へ、アカネは手を差し伸べた。

 元より人にやさしい彼女である、助けない理由がない。


「あ……ありがとうございます!」


 その優しい手を最初にとったのは、やはりバブルだった。

 恐怖が一瞬で消えて、歓喜にかわる。

 

(この小さくてかわいいドラゴンが竜王なんだ! すごい、私の手を取ってる!)


 嬉しくて握り返し、立ち上がる。

 それに続く形で、ロバーも立っていた。


(これがシュバルツバルト……大公様が気を使うわけだ……)


 理屈から言えば、先ほどの群れも雑魚にあたる。

 それを思い出した彼は、改めて自分の飛び込んだ死地に震える。


 だが、立てない者もいた。

 マーメとキコリ、その二人は完全に恐慌状態である。


「……今日のところは、これぐらいにしませんか?」

「……そうですね」


 別に脅すことが目的ではない。

 狐太郎とリァンは、そろって帰ろうとしたのだが……。



「大変です! 前線基地にラードーンが現れました!」

「大変です! 前方からビッグファーザーが、眷属を率いて現れました!」



 そもそも帰ろうと思って帰れるような森ではない。

 斥候からの報告を受けた二人は、改めて顔を引きつらせるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >そもそも弱いこと自体で怒るとか、育ちがいいことで怒るとか、そんなの配慮のしようもない。 理不尽だけど「世の中そんなもんだよね」っていうのを痛いほど突いてくるなぁw
[一言] 更新お疲れ様です。 マジでAランクハンターがいないと成り立たないですね…前線基地は。
[一言] ラードーンは兎も角、ビッグファーザーって顔だす前からエイトロールに食い荒らされていた残念なインペリアルタイガーのボスかw
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