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頭の上の蠅を追え

 何をするにしても、下調べが肝心である。

 設定した目的を達成するためには、どうすればいいのか。

 道筋を大味ながらも設定すれば、あとは微調整しつつ前に進むことができる。


 少なくともロバーとバブルは、自分の立場や資質も含めて現実的な目標を設定できた。

 彼らが次にやったことは、やはり常道である。


 ドルフィン学園、生徒指導室。

 おそらくどの学校にもあるであろう、生徒と教師が少ない人数で対峙するための部屋である。

 もちろん生徒へ叱責をするという目的もあるが、今回はそうでもなかった。


 ロバーとバブルを担当する教師は、とても分かりやすく柔らかい顔をしていた。


「この計画を立てたのはロバーですか」

「はい」

「では、ロバーを誘ったのはバブルですね」

「はいっ!」

「バブル、貴女はとても正しい判断をしましたね。貴女一人では、こんなことはできなかったでしょう」

「やったよロバー! 私学校で初めて褒めてもらえた!」

「お前……大丈夫か?」


 バブルは褒めてもらえたことを喜んでいるが、ロバーはまったく喜べない。

 少なくとも褒めてもらえてよかったね、という気にはなれなかった。


「いえいえ、ロバー。バブルは正しい。貴方もわかっていたでしょうが、彼女に計画性はありません。計画性があり、協力してくれる人物を引き込もうとしたことはとても正しい」

(計画性がないことを怒ったりはしないのか……)


 教師の顔を見る限り、ロバーの計画はとても正しかったらしい。

 だからこそそのロバーを引き入れた、バブルの慧眼と熱意を褒めたのだろう。


「ロバー。貴方はこの計画を練るにあたって、情報を集めたようですが……やはり公開されているものだけですね?」

「ええ。公開されている情報以外を探ること自体、余計だと思いました」

「それでいいのです。世の中には公開されていない情報を探りたがる人もいますからね……。危ない橋を渡ること自体が目的になってはいけません。それに……こうして計画を立ててから大人を頼ってくれたことも、嬉しいことです」


 本当に幼い子供ならば、大人にして欲しいことを言って、何もかもゆだねてしまうだろう。

 だがロバーたちはそろそろ大人への準備を始める段階である。最初の下調べや、目標に達するまでの道筋ぐらいは、大人へ相談する前に決めておいて欲しい。

 もちろん現実味のない計画を立てれば、それはそれでアウトだが。


「ロバーは強化属性、バブルは治癒属性。いずれも極めて有用性が高く、かつAランクハンターが求めているものです」


 今更ではあるが、狐太郎のモンスターには回復役がいない。

 一応ササゲが少しだけ回復系の技を使えるだけで、ほとんど意味がない。

 とはいえ今まではそこまで問題ではなかった。なにせ一体一体が強いのでAランク以外が相手なら怪我を負うことはなく、しかもAランクが相手なら戦って怪我をしてもすぐに帰ればよかったからだ。


 だがしかし、斥候役のネゴロ十勇士が参加した関係もあり、基地に戻らなくても治療できる人材は欲しがられている。

 なによりも、もしものとき、狐太郎を治療できる人材がいるのといないのでは全然違う。

 加えて、狐太郎のモンスターも絶対無敵ではない。Aランク上位モンスターと戦えば、流石に傷を負う。

 その時に回復専門要員がいれば、復帰への安心感はまるで違うのだ。


 もちろんその回復役にもある程度の戦闘能力はあったほうがいいが、シュバルツバルトで通用するレベルの戦闘能力をもつ治療要員となれば、リァンでさえ不足である。

 はっきり言って、無い物ねだりだろう。


「戦闘能力が期待されているわけではなく、最上位の使い手が求められているわけでもない。そのうえで、治癒と強化は有用性が高いため、わざわざシュバルツバルトに行きたがる者は少ない」


 狐太郎の護衛には、最低限の実力とできる限りの信頼と、そしてシュバルツバルトで戦うだけの理由が求められる。

 そういう意味では、二人はすべての基準を満たしうる。


「もしも君たちが二人そろって前線基地で働いてくれるのなら、きっと大公はお喜びだろう。しかし一応言っておくが……死ぬ覚悟はあるのか」


 しかし護衛という仕事の関係上、二人には死の覚悟が求められる。

 如何に回復要員といえども、最優先護衛対象に比べれば守ってもらえる優先度は低い。

 なにせカセイを守っている最重要人物である。侯爵家の人間二人でも釣り合わない。


「もちろんです! 私、死ぬ覚悟はあります! むしろ絶対生き残ります!」

「俺もです」

「うむ、気概は伝わってきた。それはとても大事なことだ」


 とはいえ、元々狐太郎は完全な足手まといである。

 足手まといが一人から三人に増えたところで、そこまで問題ではない。

 二人に死の覚悟があるのなら、そこまで問題ではない。

 雇うか雇わないか、という一点においてはだが。


「では話を進めよう。我がドルフィン学園は、君たちの希望を支援する。君たちが実際に現場で働くことができれば、それだけで大公からの寄付金が増額されると期待できるのでな」

「お金ですね」

「隠しても仕方がない。それとも君たちへ特別に割く時間分の給金を、そのまま請求してもいいのかね」

「いいえ、大公様にお願いします!」

「そういうことだ」


 元より学校の評価とは、卒業した人間が活躍したかどうかで決まる。

 もちろん在籍中の生徒が成果をあげても、それはそれで意味がある。

 大公の望みをかなえようとしている生徒がいるのなら、支援するのは当たり前だった。


「とはいえ……ロバーはともかく、バブルはまだ基準に達していない。大公様に対してやる気があることを証明するためにも、最低クリエイト技を身に付けてもらう」

「わかりました!」

「うむ、いい返事だ」


 いくら何でも、治癒属性を宿しています、というだけでは最低限の実力があるとは認められない。

 素人にもわかるように、具体的な成果が求められる。狐太郎の護衛になるために努力をしてきたと証明するためにも、クリエイト技の習得が求められていた。


 クリエイト技というのは、スロット使いからすると児戯だが、実質的には最上位の技とされる。

 ハンターの養成校ではエフェクト技が使えるようになれば卒業できる、というのだから習得の難易度も想像できるだろう。


 誰でも習得しうる高等技術、という意味ではクリエイト技は大抵の事柄における基準だった。


「それから並行して、君たちには特別なカリキュラムを組み、いくつものテストを行う。言うまでもないが……そのテストを一つでもクリアできなければ推薦はできない。別に無理難題を課すわけではない、難しいというだけだ」


 テストが厳しいとしても、そのテストをクリアできないようでは、どのみちシュバルツバルトに行っても役目を果たせない。

 とても当たり前のことだったので、二人は頷いていた。


「私、頑張ります! 勉強も運動も、気合を入れます!」

「俺もです。テストが厳しくても、文句は言いません」

「ふっ……いいことだ。では二人とも、追っての連絡を待ちたまえ。私たちにも準備がいるからね」


 この二人に関して、担任教師はさほど問題があるとは思っていなかった。

 もとより熱意と計画性をそろえた二人である、推薦を勝ち取ること自体は可能だろう。


(問題は、後の二人だな)


 朗らかだった担任の教師は、これからくる生徒二人に合わせて、気を引き締めていた。 



 バブルとロバーに代わって指導室に入ってきたのは、やはりマーメとキコリだった。

 先ほどの二人には熱意や充実があったのだが、この二人には緊張といら立ちがあった。

 表情からして、この状況を喜んでいない。


「さて、君たち二人は狐太郎君の護衛になりたいそうだが」


 それに合わせて、教師もまた表情を険しくしている。

 自分の生徒に対して威圧感を加えるのは良くないが、仮に彼らを推薦すればそのまま大公と面接である。

 今の表情のまま面接を受けた場合、威圧どころか威力がぶつかってくる。そのまま手討ちにされても、文句は言えまい。


「はっきり言って、君たちを推薦する気はない」

「う……」

「力不足はわかっています、でも私たちは……」

「わかっているのなら、そもそも護衛を目指すべきではない」


 先ほどの二人は、ロバーに強化されたバブルが回復をする、という有用な組み合わせである。

 仮に二人が学生レベルだったとしても、あの森の中についてこれるのならありがたいことだ。

 だがここに居る二人の『役割』は、学生レベルでは務まらない。


「キコリは硬質属性、マーメは防御属性。その二人が合わされば防御壁が構築できるだろう。だが、君たちの行く先はシュバルツバルトだ。最低でもBランク下位を相手に時間が稼げる壁になってもらわなければならない」


 この二人もまた、有用な能力である。

 純粋な防御要員、狐太郎の周りにバリアを張ってくれる専門の者がいれば、それだけで生存率は上がってくる。

 もちろんAランク上位を相手になにかできるなど期待していないが、それでも怒涛の如きCランクやBランクを一時防げれば、狐太郎は大喜びだろう。


 だがしかし、これには前提がある。

 怒涛の如き膨大な敵を相手に、防御壁として機能するほどの防御性能だった。

 いくら何でも、マンイートヒヒ一体さえ防げないなら、コゴエの方がマシである。


 そして当然ながら、マンイートヒヒでさえベテランのハンターでも単独では倒せない強敵である。


「君たちもわかっているだろうが、硬質属性と防御属性を重ね合わせたところで、絶対に壊れない壁になるわけではない。君たち二人分の力を込めた壁になるだけだ。それでBランクに通用する壁にするとなると、クリエイト技に達しているだけでは到底足りない。そこからさらに、さらにさらに訓練が必要になる」

「わ、わかってます……」

「はい……」

「そうして十分な硬度を獲得しても、今度は他人を守るだけの広さが求められる。そのうえで一方向だけではなく、四方と天井をふさがなければ意味はない。君たちにそれができるようになるのか? 今の時点でクリエイト技も使えない君たちが」


 現時点において、ロバーだけはクリエイト技が使える。

 それは彼が今まで必死で努力してきたということであり、他の三人がそれを目指していなかったということだ。

 チャンスに備えていたロバーは、だからこそ一歩も二歩も前にいる。


「そして……一番大事なことだ。君たちは何のために、護衛へ志願する? いや、言うまでもない。君たちは……あの二人を守りたいからだろう」

「……いけませんか」

「駄目でしょうか」

「駄目だ」


 どうにもこの二人は、客観性が欠けていた。

 客観性とは、必ずしも『無関係の誰か』だけに限定されない。

 確かに無関係な誰かからすれば、先ほどの二人は愚かだろう。

 だが関係者からすれば、愚かでもなんでもないのだ。いいや、愚かでも構わないのだ。

 そして、彼らは自分を客観視できていない。


「仮に、君たちが護衛を雇うとする。一人が『貴方に恩を売りたいからです』と言えば、苦笑はするだろうが納得はする。少なくとも、動機としては理解はできるだろう」


 どちらかと言えば護衛を雇う側の侯爵家である。

 その想像は、二人にもできた。


 実際ドラゴンズランドに行きたいと思っているロバーとバブルも、つまるところ狐太郎に恩を売りたいだけだ。

 護衛に志願する動機としては、むしろまっとうである。


「もう一人が、『こいつが危なっかしいんでついてきました』などと言えばどう思う? ふざけるな、仕事をバカにするな、何をしに来たんだと思うだろう」


 先ほどの二人は狐太郎を守る動機があった。

 だがこの場の二人は、むしろバブルとロバーを守りたいと思っている。

 その時点で既に、心証は最悪だろう。もしもそんなのを送り出せば、このドルフィン学園も罰を受ける。


「いいか、君たちはあらゆることを甘く見ている。君たちが必死になって努力をしても、あそこでは報われない。もしも君たちがあそこで働きたいというのなら、それこそ明確に目的が必要だ」


 この場の二人が必死になって努力すれば、もちろん成果は出るだろう。

 今の時点とは、くらべものにならない力を得られるだろう。

 だがしかし、それは団栗の背比べというものだ。


「いいか、シュバルツバルトにいるBランクハンターは、特に戦闘に特化している。一般の隊員でさえ軍の精鋭部隊に匹敵する実力を持ち、隊長に至っては最低でも武将が務まるほどの強さがある」


 この二人が必死になっても、シュバルツバルトではさらに強い者たちがひしめいている。

 それはケイやランリも味わった、どうしようもない水準の差だった。


「その隊長たちが精鋭である隊員を率いても、勝てるのはBランク上位までだ。Aランクの下位でも現れれば、時間を稼ぐことさえおぼつかない。そしてシュバルツバルトには、その下位を餌にする中位や上位さえうろついている」


 改めて語られる、シュバルツバルトの異常性。

 鍛えて鍛えても、抜きんでることも活躍することもできない、歯が立たない敵が大量にいるという現実。


「Aランク上位は、化物ばかりだ。多頭竜系最強たるラードーン、節足動物系最強たるエイトロール、スライム系最強カームオーシャン、哺乳類系最強ベヒモス、昆虫系最強プルート、植物系最強ダークマター。それらがいる森の近くに、君たちもいたカセイはある。大都市、カセイだ」


 改めて、狐太郎の重要性を説く。


「彼は、そのすべてを背負っている! 君たちがいい加減な覚悟で関わっていい相手じゃない!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 狐太郎に「君」付けるほどこの教師親しかったっけ? そうでないなら「様」付けるとこじゃ?もしくは呼び捨て
[一言] と言うか、「護衛しに来ました! でも最優先で護るのは護衛対象じゃなくて同僚です! 同僚だけは命に替えても護ります! 愛してるので!」なんて護衛、どうやって信じて壁役を任せれば良いんだっていう…
[一言] 更新お疲れ様です。 プルートとダークマターってのが気になってきますね。
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