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ブレーメンの音楽隊

 全体の規律、個々人の力量という意味で、非常に高い水準を維持しているのが白眉隊である。

 マースー家の竜騎士が入ってきたことによって、喜んではいけないが、質が維持されたまま戦力が増強されている。

 特にショウエンは、身元がはっきりしていることやワイバーンに騎乗していることから、カセイへの連絡役を担うことが多い。


 元は将軍の息子であり、いずれは自らも将軍かそれに近い地位につくはずだったショウエン。

 妹の不祥事による連帯責任によって、この前線基地に流れてしまったのだが。

 本人は最近、それを喜んでしまっていた。



 白眉隊の隊舎にて、ショウエンはいくつかの書類を手にして、隊長であるジョーの元へ訪れていた。


「ジョー隊長、少々よろしいでしょうか」

「ああ、もちろん構わない」


 今は業務中ではなく、既に日没後である。

 シュバルツバルトのモンスターたちは基本的に昼行性で、特に高ランクのモンスター程その性質が強い。

 逆に言うとCランクモンスターならばその限りでもないのだが、その程度ならば少々の見張りを置くだけで対処できる。

 そうでもないとガイセイが日没後に酒を飲めなくなるので、今更ではあるのだが。


「実はその……恥ずかしい話なのですが、手紙の文面に悩んでおりまして」

「……手紙?」

「ええ、先日友人から手紙が届きまして、その返信をしようとして筆をとったのですが、中々書けず……」

「友人への手紙か……」


 ジョーもショウエンも、ともに身内の不祥事で友人を失っている。

 これに憤慨するほど、二人は子供ではない。

 だがだからこそ、かつての友人から手紙が届くというのは、とても嬉しいことだった。


「中々楽しそうな悩みだな。私にも参加させてほしい」

「ええ、実はその……もう大分書けているのです。ですが……内容に自信がなくて」


 豪傑という他ないショウエンが、照れながらその書類を渡す。

 自分が友人に書いた手紙を上司に読ませるというのはどこかおかしい気もするが、その手紙を読んだ当のジョーはその理由を理解していた。


「……ショウエン」

「はい……」

「申し訳ないが、誤字などを改めて欲しいわけではないだろう。その……なんだ、これは……」


 最初の数枚を読んだだけのジョーは、なぜショウエンがこんな顔をしているのか理解していた。

 それはもう、バレバレである。


「君は友人を失うつもりか?」

「や、やはりですか……」


 ずっしりどっさりとした書類は、同じ人物への手紙を何度も書き直したものだった。

 何パターンかあるのだが、全部が酷い内容だった。


「私は君宛ての手紙を読んでいないし、読ませてほしいとも言わないが……内容は想像がつく」

「え、ええ……」

「その上で言おう、これをこのまま送らないほうがいい。というよりも、今の気分で手紙を書かないほうがいい。遅れるのが失礼だと思うのなら、手紙の文面を誰かに考えてもらいたまえ。私が考えてもいい」

「はい……」


 元々ショウエンは、将軍の息子である。そのうえで彼も二つ名をもつほどの竜騎士だったのだから、その友人関係も高い身分のはずだった。

 その彼らが、落ちぶれたショウエンへ手紙を送った。

 その内容は、どんなものだったか。


 口語訳を載せよう。


『お前伝説のドラゴンと一緒に空飛んだってマジか』

『ちょっとまて、なんでお前クラウドラインと一緒に飛べたの?!』

『Aランクのドラゴンがたくさん来る職場って何だよ! 天国じゃないか!』

『俺も左遷されたらそこに行ける? 行っちゃっていい?』

『次いつ来る? 俺も一緒に飛んでいい?』

『俺の妹がさ~~お前のこと好きなんだって。でさ、俺とお前友達だよな? な? な?』

『ずるいぞお前、なんでドラゴンの先導しているの? 噂になりまくりだぞ!』

『シュバルツバルトで飛竜に乗った騎士ってお前しかいねーじゃん! 詳しく説明しろ!』


 おそらくそんな文章が、多くの友人から送られてきたのだろう。


「友人相手とは言え、手紙は残るのだ。返してくれと言っても、戻ってこないんだぞ」


 さて、そんな彼らにショウエンがどんな手紙を返信しようとしたのでしょうか。

 口語訳をどうぞ。


『残念でした! 次回は未定です!』

『超楽しかったです! 竜騎士になってよかったわ、マジで』

『クラウドラインってね、雲を縫う糸って名前が気に入ってるんだって! 初めて聞いただろう? んん? なんで知ってるかって? 本人が言ってました!』

『この間きたのは、ウチのとこの竜王様に、子供の健康祈願に来たからなんだよ~~。どんな祈願だったって? 教えてあげない!』

『いや~うちの前線基地ってさ、今新しい奴入れるの駄目なんだよね~~。お前が来ても許可できないんだわ』

『国境防衛頑張ってね! 俺はこっちで地道に頑張るわ!』

『来年来るかわからないけども、来たらあれだよ、また俺が先導するし! 今から楽しみ!』

『参ったな~。激戦区だから、明日死んでもおかしくないんだよな~~。絶対来年まで生き残らないとな~~』


 というものであった。

 

 人は一度落ちぶれると、品位まで失ってしまう。

 そんな悲しい偏見を、全力で証明していくショウエンであった。

 もうかつての仲間との絆は、永遠に失われてしまったのかもしれない。


 なお、流石にこのままだとまずいとは思っている模様。


「何度か書き直したのですが、結局同じような文面になってしまいまして……」

「友人は大事にしたほうがいい」


 ショウエンを諫めるジョーだが、友人である彼らも同じような性格をしていたのだろう。

 だからこそ、落ちぶれたショウエンへ手紙を送ってしまったのだ。

 もしかしたら、今頃自分が送った手紙の内容を思い出して、悔いて悶えているかもしれない。

 彼らの周りには、それを止める人がいなかったに違いない。

 そういう意味では、手紙を出す前に添削を依頼したショウエンの方が理性的だった。


「ところで、聞いてみたかったんだが」

「はい、なんでしょう」

「先日この基地に来た冷厳なる鷲、アルタイル殿はコゴエ君に執心していた。しかし君は、アカネ君をどう思っている?」

「……ああ」


 普段のアカネならともかく、竜王へと戴冠したアカネはまさに竜王の威風である。

 竜騎士である彼は、彼女に騎乗してみたいと思うのだろうか。あるいは彼の部下も、同じような心境になるのだろうか。

 少し気になったので、ジョーは訊ねていた。


「私も私の部下も、アカネ殿にはそうした感情を抱いていませんよ」


 妙な言い回しだが、表現としては適切だった。


「こんな言い方はどうかと思いますが、私たち竜騎士の趣味ではないのです」

「ほう」


 ますます妙な言い回しだが、やはり言葉は間違っていない。


「そもそも竜騎士は、騎兵の一種です。機動力や敏捷性を活かし、騎乗での射撃で戦場を駆け抜けることを良しとしています。しかし彼女は……言っては悪いですが、私たちが乗る必要がないので」

「なるほど」


 彼の乗るワイバーンとアカネでは、戦闘機と戦車ぐらいジャンルが違うのだろう。


「どちらかと言えば、彼女の随伴をやりたいですね。敵軍を焼き払いながら進撃するアカネ殿。それを狙って襲い掛かる敵兵を、周囲にいる私たちが叩き落す……いいですねえ。もっともAランク上位のアカネ殿に、大抵の攻撃は通らないのでしょうが」

「その前に、彼女は人間を相手に戦わないよ。元からそういう性格をしているからね」

「ははは! 残念な気もしますが、人としてはありがたいですね」


 狐太郎たちがここに来たとき、シャインが確かめたこと。

 それはアカネたちが人間社会をどう認識しているか、であった。

 突き詰めれば、彼女たちは人間に飼われることを肯定している。

 もちろん自分の主人である狐太郎を最優先で考えているが、仮に野放しにしても人里を積極的に襲うことはないだろう。


「まあ現時点でも似たような物ですから、決して贅沢は言えませんね。クラウドラインも、私たちがアカネ殿の護衛だと思っているようですし」

「その通りだよ。誇らしいことじゃないか、竜王と共に巨大なモンスターと戦えているのだから」


 なんだかんだ言って、この仕事はカセイの防衛である。

 ハンターという身分ではあるが、それでも元軍人として恥じることはなかった。

 

「……聞けばアルタイル殿もおっしゃっていたそうですが、ここの戦力は本当に質が高い。今回殺到した討伐隊志望者も、全員が脱落しました。補充が難しいことは事実ですが、それでも……夢のような『軍』です」


 ショウエンもジョーも、アルタイルも、そして大公も。

 従軍経験がある者たちは、この基地の異常さを理解している。

 Aランクモンスターを従えている狐太郎やガイセイがおかしいのではない、一般的な隊員がおかしいのである。

 普通ならどれだけ少数の部隊でも、仕事や訓練を真面目に行わない者が出る。

 しかしこの討伐隊は、程度の差こそあれども、全員が仕事で死ぬ覚悟を決めている。これはおかしいのだ。


「ここの精強さを知った後では、他のところに移った時がっかりしてしまうかもしれませんね」

「それは仕方がないことだよ、誰もが志を高く保てるわけではない。ここの場合は、志が高くないと死ぬだけなんだ」


 二人は改めて、今後を想った。

 今回は補充の難しさがいい方向に機能したが、それはレアケースだ。

 今後戦力が補充されるのか、大公同様の不安を感じる。


「……隊長、今後討伐隊の補充はあるのでしょうか」

「難しいだろう。だが……」


 ジョー・ホースは、ショウエン・マースーを見た。


「君や君の友人のように、憧れで動くものが出るかもしれない。私はそこに期待しているよ」



 時間は、かなり遡る。


 Aランクの竜たちがカセイの付近に降りるところを見るという幸運に恵まれた、ドルフィン学園に通う侯爵の子供たち。

 彼らは玉手箱を見ていたことも忘れて、大いにはしゃいでいた。

 この感動を忘れるまいと、誰もが日記をしたためている。仮にこの学校で修学旅行の感想を作文にするという課題があれば、全員が一致してドラゴンの姿を見たことを書くだろう。

 つまりそれぐらい、この世界でも異常なことだった。


 さて、普段からテンションの高い、バブル・マーメイドである。

 玉手箱の実物と竜を見た彼女が、どんな暴走をしていたのだろうか。


「あのね、ロバー! 実はお願いがあるんだよ!」

「……待て、なんで俺なんだ。キコリじゃダメなのか」

「キコリじゃダメなんだよ!」


 寝泊まりをする、カセイの最高級ホテル。

 そこで部屋を抜け出した彼女は、ロバー・ブレーメを呼び出して密会していた。


 なお、バブルと同室のマーメ・ビーンと、ロバーと同室のキコリ・ボトルはその密会を覗いている。


「なんでバブルは、俺じゃなくてロバーと密会しているんだよ……。いや、俺は婚約者だから、密会もくそもないんだけども……!」

「バブル……どうしてこんな時にロバーを呼ぶのよ! そもそもロバーも、なんで呼ばれたら来てるのよ……私って言う婚約者がいるのに……」


 自分たちの婚約者が密会を見ていることにも気づかず、バブルとロバーは話をしていた。

 いつものようにテンションの高いバブルは、ロバーの両腕を掴みながら説得を始めた。


「あのね、私……ドラゴンズランドに行きたいの!」

「!!」


 その一言目で、既にロバーはぐらついていた。

 彼女の言葉が、まさに自分の思っていたことだったからだろう。


「ど、ドラゴンズランドに行きたい?」

「うん! だってあんなにドラゴンがいるんだよ? だったら絶対、ドラゴンズランドはあるんだよ!」

「まあ、玉手箱があるんだから、あるにはあるんだろうが……」

「だったらさ! 竜王様と仲良くなれば、一緒に連れて行ってもらえるかもしれないじゃん!」


 ありえないとは言い切れなかった。

 むしろとても現実的な話である。


「ないとは言い切れない。玉手箱を贈るぐらいだ、ドラゴンズランドに招待されることもあるだろう」

「だよね!」

「だがな……Aランクハンターの飼うドラゴンと仲良くなるって言うのは、俺達侯爵家の人間でも難しいぞ。なにせ大公様直属のハンターだ、近づくのだって難しい」

「だから、ロバーに頼んでるんだよ!」


 バブルは力説した。


「私ひとりだと、絶対失敗する!」

「確かに」

(確かに)

(確かに)


 彼女の自己評価は、とても適切だった。

 彼女の熱意が如何ほどであれ、何をやればいいのかわからずに空回りしていそうである。

 優秀なブレインを真っ先にスカウトする、というのは最適解だった。


「ロバーも行きたいでしょう、ドラゴンズランド! 近くでたくさんの竜を見たいでしょう! 竜王と仲良くなりたいでしょう!」

「ま、まあ……」

「だったら何とかしようよ!」

「何とかってお前……」


 バブルの熱意に負けて、ロバーは本音を明かす。


「確かに俺だって、今日のことには胸が震えた。子供のころに憧れたものが、本当にあるんだって感動した。正直……お前みたいに叫びたい。でもな、俺達は侯爵家の人間だ。勝手なことをするなんて、許されないんだよ」


 バブルがスカウトするだけあって、ロバーは頭がいい。

 だからこそ、彼女の誘いに乗ることが、どれだけ危ういのか想像してしまうのだ。


「だったらなんとかすればいいじゃん!」

「なんとかって、お前……」

「何とかする方法を考えればいいじゃん!」

「お、俺が考えるんだろう? お前、いくら何でも……」

「ごちゃごちゃうるさいなあ!」


 己の方がはるかにうるさいのに、バブルははじけるように叫んだ。


「行きたいんなら行こうよ!」

「……あのな」

「行きたいんでしょう!」

「……」

「一緒に行こうよ!」

「……はあ」


 己の愚かしさを分かったうえで、人は愚かな判断をしてしまうことがある。


「仕方ねえな……付き合ってやるよ」

「やったあ! 付き合ってくれるんだね!」

「ああ……地獄の底までな!」


 硬く握手が交わされた。

 ここに、男女の友情が絆へと昇華されたのである。


「……ど、どうするんだよ、マーメ! ロバーの奴が乗っちまったじゃねえか!」

「それはこっちのセリフよ! バブルは貴方の婚約者でしょう、ちゃんと押さえておきなさいよ! ロバーが焚きつけられちゃったじゃない!」


 なお、男女の友情がここに破綻した模様。

 一つのものが生まれれば、別のものが壊れるのは歴史の必然かもしれない。



 さて、それからしばらく時間が経過した。

 ドルフィン学園の寄宿舎に戻った生徒たちは、一時学園中から質問攻めにあっていた。

 彼らがカセイにいたとき、竜がやってきた。その望外の幸運を知っているがゆえに、生徒も教師も耳を大きくしていたのである。


 その一方で、既に次の段階へ興味を移していたロバーとバブル。

 二人はやはり学園内で密会をしていて、その二人の婚約者はやはり覗いていた。


「色々調べたんだが、可能性の高い手段が見つかった」

「本当?! よかった~~ロバーに頼んで! キコリだったら、最初の段階で駄目だって言って終わってたよ!」


「言われているわよ、キコリ」

「うるせえ」


 情熱が人を動かし、計画がそれを軌道に乗せる。

 ロバーとバブルは、かみ合いながら状況を進めていた。

 マーメとキコリは、まったくかみ合わず眺めているだけであった。


「俺達がAランクハンターにお近づきになる方法は、全部で三つ。そのうちの一つは、前に授業でやっただろう?」

「何の話?」

「そういえば聞いてなかったな、お前……」


 改めて熱意しかない相方に呆れるロバー。

 しかし彼女抜きでは、そもそも計画さえ練らなかったのだ。そういう意味では、必要性は感じている。


「一番安全で簡単なのは、お前がAランクハンターと結婚することだ。俺たちは侯爵家、それなりに身分は高い。向こうから声がかかる可能性はありえた」

「ないでしょ、流石に」

「そこは冷静なんだな、お前」

「だって私、そんなに可愛くないし。マーメとかならありえるけど」


「いや、お前だって可愛いだろう! 自信持てよ! いや、Aランクハンターにやりたいわけじゃないけども!」

「ロバー! 私可愛いわよね! バブルが言うんだもの、ちゃんと反応するわよね!」


 自分の婚約者を褒められたロバーは、如何に反応するのか。

 当事者であるマーメは、可愛くない顔をして見つめている。


「ダッキ様と婚約なさっているんだ、態々侯爵家と結婚する可能性は低い」


 ロバーは完全に無反応だった。


「……」


 マーメは、無感情な顔になっていた


「俺達が長期休暇を利用してカセイに行くのも、カセイからシュバルツバルトに行くのも、そこまで難しくない。だがシュバルツバルトで偶々Aランクハンターに会って、そこでお前に一目ぼれするなんて期待するほうが間違っている」

「だよね」


 二人は感情的にならず、淡々と話を進めていた。


「二番目は、討伐隊に参加することだ。だがこれは高い実力が求められる。俺の家にもBランクハンターがいるんで一応聞いてみたが、シュバルツバルトに行くぐらいなら逃げるって言っていた。だから現役のハンターに入れてもらって、一緒に……っていうのは無理だ」

「やっぱり大変なところなんだね」

「それにそもそも、討伐隊に入るのなら大公様の預かりになるんだ。俺達を同行させる意味がない」

「うんうん」


 侯爵家に雇われているBランクハンター、というのは何とも素晴らしい地位である。

 侯爵やその家族から無茶な命令をされても、なんとか応えようとするだろう。

 だが大公の下で討伐隊になれるだけの実力と気概があるのなら、そもそも侯爵家に雇われない。

 現状に満足しており、そこから先を目指していない証拠である。


「となると、最後の一つしかない」

「どんな方法?」

「俺達自身が、Aランクハンターの護衛になることだ」


 ロバーの言葉を聞いて、バブルでさえ困惑していた。

 ましてや覗いている二人など、開いた口がふさがらない。


「まってよ、確かに今のAランクハンターは魔物使いで、本人はそんなに強くなくて、信頼できて強い護衛を探しているのは知ってるよ。でもさ、私たちが護衛になるのは無理でしょ」

「それがそうでもない。まず俺達は侯爵家の生まれで、学校にも通っているし前科もない。いくら大公閣下でも、侯爵家の人間を信用できないとは言わないだろう。本人である俺達が希望すれば、試験ぐらいは受けさせてくれるはずだ」

「いや、だからさ、実力が足りないじゃん」


 バブルの方が、とてもまともだった。

 シュバルツバルトは、現役のBランクハンターでも務めるのを嫌がる魔境である。

 その魔境でAランクハンターの護衛をするなど、よほどの実力が必要だろう。

 当たり前だが、二人はブゥ・ルゥと違って天才でもないし、スパルタ教育も受けていなかった。


「バブル、お前自分の属性を忘れてないか?」

「あ」

「俺の属性も忘れてないか?」

「ああ!」

「行けそうな気がするだろう!」

「うん、行けるよ! なんで気付かなかったんだろう! 私たち護衛ができるじゃん!」


 だがロバーには勝算があった。

 ロバーとバブルの属性は極めて有用性が高く、相性もいい。

 単独では絶対に無理だが、二人そろっていれば護衛はできる。


「そうと決まれば、お前はエフェクト技の特訓をしろよ! とにかくエナジーを増やせ! 死ぬ気で、大急ぎで!」

「うん、速くしないと他の人に席を取られちゃうかもしれないからね!」


 盛り上がっている二人をみて、覗いている二人は青ざめていた。

 極めて客観的に、ロバーの計画は現実的だったのである。


「ま、不味い……このままだと俺とバブルの婚約が解消されて、アイツらが結婚することになる……」

「そっちの心配をしている場合じゃないでしょう! わかってるの?! シュバルツバルトで護衛をするっていう意味が! 絶対危ないじゃない!」


 ロバーとバブルには、死んでもいいという熱意があった。

 だからこそ護衛になる条件を満たしているが、それはそのまま二人の死を意味している。


「……そりゃそうだ! どうするんだよ、マーメ! このままだとバブルがロバーと一緒に死んじまう! 先生や実家に言っちまうか?!」

「だ、駄目よ……多分止められない。二人が死ぬことになったとしても、大公閣下には大いに気に入られる。カセイを守るために戦って死ぬんだもの、貴族としてはとても正しい」


 実家も教師も、強硬に反対することはできない。

 なにせ大公が熱望しているのだ、二人が大公へ手紙を送ればそれまでである。


「じゃあどうするんだよ! あのまま二人が死ぬのを待つのかよ!」

「仕方ないわね……」


 悲しいことに、覗いている二人は婚約者にベタぼれだった。


「私たちも護衛になるしかないわ!」

「……いや、無理だろう。俺達の属性じゃあ、最低でもクリエイトまでもっていかないと……」

「死ぬ気で頑張ればできるわよ! それともなに、あの二人が死んでもいいの!? 死にかけるような目にあって、絆が結ばれて、そのままゴールインするかもしれないのよ! 貴方が思ったみたいに!」

「駄目に決まってるだろう! バブルは俺の婚約者なんだぞ!」


 惚れた男と、惚れた女。

 二人が地獄へ向かってスキップするのなら、ダッシュで追いかけざるを得ない。


「私だけなら無理だけど、貴方も一緒ならなんとかなるでしょう! 二人がかりなら、護衛として機能できるわ!」

「ああ! 絶対バブルを守ってみせるぜ!」


 こうして、侯爵家の子供たちは、地獄に行くことになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ・・・この4人、後で考えてみると キコリ・ボトル ・・・うぬ、地獄を見れば心が乾く男に・・・・
[一言] 苔の一念が岩を徹すか、それとも名前のごとく儚く消えるか。 うまく行って欲しい所です。
[一言] 一言、若さ。 夢に向かって努力できるのも若さあってこそだにゃあ。眩しいぜ。かっくいー!
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