目糞鼻糞を笑う
大型のハンター隊、烏合隊。
当然ではあるが、この隊は即席である。
この前線基地で討伐隊に参加するために、DランクハンターやらEランクハンターやらをかき集めて作り上げた、急ごしらえの隊である。
それでも、百人という数は決して偽りではない。
このシュバルツバルトに参加する人数としては、不足はなかった。
質の不利を数で補う。
大量の敵を、さらに大量の味方で迎え撃つ。
数こそ安心、数こそ戦力、数こそ基本。
間違ってはいない。前線基地の中では、二十人以下の隊など存在しない。
Aランクハンター狐太郎を除いて、誰もが多くの部下を抱えているのだ。
よって、的外れではない。
だがしかし、それを見送る者たちは、むしろ嘲りの目を向けていた。
「奴らの合格はないな」
「ああ、ない」
五人ほどでここに来ていたEランクハンターを除けば、誰もが彼らの不合格を確信している。
「まったく……数を恃みにする輩が出るとは思ったが、あそこまで露骨とはな」
「違いない。全滅はないだろうが、それでも帰ってくるのは何人やら」
「いいや、全滅もあるだろう。なにせ、くくく、あの数だ」
ハンターたち、或いはハンターではない者たち。
彼らは烏合隊の壊滅を確信していた。
「自分たちが弱いと分かっているからこそ、数を恃むのは正しいことだ。だが歯が立たないほどの強者を相手に、数だけそろえてどうする」
「まったくだ、あれでは餌箱に飛び込むようなもの……」
「一体あの中の誰が、エフェクト技を使えるのやら」
「それどころか、自分で戦うつもりかも怪しいぞ。ただ並んで歩いて帰ってくれば、それだけでこの基地に勤められると勘違いしているらしい」
もしも奇跡が起こって、壊滅せずに済んだとしよう。
それで合格になるとは思えないが、その場合は継続的にこの森へ入らなければならなくなる。
一体だれが何人、ここに残るのやら。
「確かにこの基地には夢があるのだろう。だが……この試験を超えれば、それで大金が手に入るというわけではない。先の読めない愚か者だ」
この場に集まっている面々は、いずれも面がまえが違う。
Cランクハンターになれなかったとしても、それでも牙を研いできたと自負している者ばかりだ。
「白眉隊のジョー殿も災難だ、あんな連中さえ試験しなければならないとは。まあそれだけここが公平で平等だということだろうが……」
「ふふふ……いっそ殴ってでも止めてやった方が、奴らのためだろうに……」
「なに、この基地にとってはああいう連中の処理も仕事の内だ。自分からまとまってゴミ箱に入ってくれるのだから、ありがたいのだろう」
烏合隊と、自分たちは違う。
彼らはそう確信しており、実際違うのだ。
同じような志を持った仲間と共に、研鑽を積んできた。
何時か何かあった時、その機を逃さないために。
「その場の思い付きでここに来たものが、我等と同じであるものか」
去年のことである、ある観光地が悪魔に襲われた。
防衛を担当していたCランクハンターは全滅し、逃げ出した貴族の子女たちはDランクハンターに助けを求めた。
そのあとに現れたとあるハンターと、そのハンターに従うモンスターによってその悪魔は討ち取られたが、Dランクハンターにも多額の報酬が支払われた。
まず、幸運だったと言っていい。その報酬も、人生を変えるほどだった。
だが、貧乏人が小金持ちになった程度だった。はっきり言って、底辺が多少マシになっただけである。
もしもDランクハンターが、まじめに牙を研いでいれば、その好機は更なる意味を持っただろうに。
ただ困っているところを助けた、で話が終わってしまっていた。
好機を得られるかは運であり、それを手にできるかどうかは実力であり、それを維持できるかは誠実さによる。
竜王を従えている男と親密になれるこの好機。しかしそれを掴めるかどうかは、それまでの人生で何をやっていたかで決まる。
好機が訪れた後で動き出しても、盗人を見て縄をなうようなものだ。
「ようやく、待っていたものが来たのだ……!」
ただ大金が得られるだけなら、命を賭ける意味はない。
だが竜王と関わることができるのなら、それは命を賭ける価値がある。
自分たちが培ってきた力を、今こそ使うべきだった。
そう思っていた時である。
けたたましい鐘の音が、前線基地全体に響いた。
「モンスターが襲撃を仕掛けてきたのか?!」
「……そうか、百人も森に入ったからか!」
百人もの人間が、シュバルツバルトに突入する。
それは単純に大量の餌が投入されたということであり、一気に森が騒がしくなるのも当たり前だった。
あわただしく、前線基地の討伐隊が動き出す。
城壁の上に並ぶもの、城壁の外に降りる者。
服装はさまざまであるが、それでもBランクハンターに相応しいものだった。
誰もが、これに自分が参加することを想像する。
想像の中の己は、これに交じっても見劣りしなかった。
「どうする、隊長。俺達も動くか?」
「そうだな……できれば手柄は欲しい、そのまま合格になるかもしれん。それに心象もよくなるだろう。だが……勝手なことをすれば、それを理由に落とされる可能性もある」
今の自分たち、というよりもこの時期に現れた志望者が、必ずしも歓迎されているとは思っていない。
自分たちを討伐隊に入れないような判断を、合法の範囲でならされかねない。
討伐隊でもないものが、討伐任務に参加する。それは普通に考えて、仕事の邪魔であろう。
「……余計なことは止めるべきだ。好機だからと言って、焦ってはいけない」
「了解」
仕事の邪魔をすれば、落とされても文句は言えない。
こちらはただ討伐隊に参加するだけではなく、Aランクハンターに気に入られなければならない。
一度でも嫌われれば、それまでだった。
「……地震か?」
地面が、グラグラと揺れた。
周囲の建物も、縦に横に揺れている。
だがしかし、直接的な激突音は聞こえてこない。
城壁にモンスターが体当たりしているので、基地が揺れている、というわけではなかった。
「いくら何でも、揺れが続き過ぎる。地震ではなくモンスターだな」
「大型のモンスターが、かなり来ているようだ。流石はシュバルツバルト、いきなりの洗礼だな」
たった五人のEランクハンターは、身を寄せ合って震えていた。
志望者の案内をしていた職員たちも、大慌てで逃げていく。
だが肝の据わった志望者たちは、この状況でも泰然としていた。
ここはAランクハンターが常駐する危険地帯、モンスターの群れが出てきた程度でおびえていては、とうてい務まらないだろう。
「できれば、どんなモンスターが現れたのか、見物したいが……」
「……なんだ?」
「あれは……」
この前線基地にAランクハンターがいる以上、城壁の内側へモンスターが入ってくることはありえない。
だからこそ、広場に案内された志望者たちが、モンスターの姿を見ることはないと思っていた。
「……ベヒモス」
Aランク上位モンスター、ベヒモス。
体長こそクラウドラインに劣るものの、その体重は何十倍、何百倍ともいわれている陸上における最大級のモンスター。
原始の象にも似た姿をしており、巨大であるという一点を除けば目立った特徴は少ない。
だがその見た目以上に、堅牢な肉体を持つことで知られている。
エイトロールやラードーン、カームオーシャンなどの同等のAランク上位モンスターは、意外なほど脆い体をしている。
もちろん大抵のハンターでは歯が立たないが、それでもAランク中堅と比べても特筆して頑丈というわけではない。
その一方で特別な体質を持ち、ありえないほどの生命力を発揮して相手を食らいつくそうとする。
だが、このベヒモス。
Aランク上位でありながら……否、Aランク上位に相応しい、中堅をはるかに超える強度の体を持っている。
また対毒性も甚だしく、猛毒のカームオーシャンを周囲の大地ごと吸い上げ、飲み干すほどだという。
ただひたすら大きく、ただひたすら重く、ただひたすら硬い。
あまりにも単純すぎるこのモンスターは、だからこそ伝説の化物の中でも上位に位置している。
「あ……」
誰もが、動けなかった。
城壁の向こう側にあって、なお巨大なため全身のほとんどを見ることができるベヒモス。
その大きな頭が、ゆっくりと前線基地に近づいてくる。
大きな頭にしては小さい顎が開いて、中にある大きな臼歯がその姿を見せた。
ベヒモスが何をしようとしているのか、あまりにもわかりやすい。
前線基地という餌箱に、頭を突っ込もうとしているだけ。
攻撃ではない、拘束でもない、ただの食事だった。
餌が生きていようが死んでいようが、動こうが逃げようが。
この『モンスター』は、何も気にしない。
「あ……」
誰もが、理解した。
この化物の大きな口の前には、自分たちの差など微々たるものだと。
髭クジラがオキアミの一匹一匹を見分けないように、このベヒモスにとっては志望者も職員も皆が餌だった。
「サンダークリエイト! ジュピテール!」
「シュゾク技、鬼の金棒!」
ただ見上げることしかできなかった最中で、電撃と金棒が巨大な頭を叩いた。
「おいおい、シャインの奴何やってるんだ? もう目と鼻の先じゃねえか、これじゃあ入れ食いだぜ」
「言い方おかしいわよ、ガイセイ」
電撃を担いだ大男と、それをはるかに見下ろす巨大な鬼。
なんとかはじき返した両者は、志望者たちに気付かぬままベヒモスを見上げている。
「しかしまあ……本当に大きいわねえ。去年もちらっと見たけど、やっぱり何かおかしいわ」
「去年はシャインとアカネでなんとかしたんだろう? なんでお前だけなんだ?」
「仕方ないでしょう。ササゲはタイカン技を使ったし、アカネとコゴエも一度は魔王になったから、できれば休ませたいのよ」
「面倒だなあ、お前らも」
「アンタがおかしいのよ、アンタが。それともなに? アカネがいないと怖くて戦えないの? 倒せないの? この間みたいに俺じゃ無理って言うつもり?」
「格好いいじゃねえか、クツロ。よっしゃあ、乗ってやるぜ!」
信じられないことに、戦う気だった。
いいや、既に一度は弾いている。餌箱に口を突っ込もうとしたところを、噛みついて驚かせた程度には対抗できた。
この場の全員がどれだけ力を尽くしてもできないことを、この男と女はやり遂げた。
だがしかし、戦うなどありえない。アリが噛んだ程度の傷しか与えられていないのに、倒しきるなどありえない。
「おい、蝶花! 援護しろ!」
「承知しました。では……ショクギョウ技、侵略すること火の如し!」
大男の叫びに応じて、アップテンポの曲が流れ始める。
それに応じて、大男と大鬼の体が強化され始めた。
「行くぜ……サンダークリエイト、デウス!」
「シュゾク技、鬼炎万丈! 鬼気壊々!」
跳躍した二人は、四足歩行の巨大な山にぶつかっていく。
跳躍しただけで山に襲い掛かれることは、ただそれだけでも驚愕だ。
だがそれだけではない、二人の攻撃が遠目にも見える。
巨大な山の如きモンスターに、わずかずつだがダメージを与えている。
「ちょっと遅くなったわ、ごめんなさい! 蝶花ちゃん、私にも強化をお願いね!」
だがそれだけではなかった。
前線基地そのものよりも大きなベヒモスの巨体が、幾重にも編み込まれた鎖や茨、縄によって拘束されていく。
「フィフススロット! バインド! スロー! スティッキー! ショック! ドレイン! ヘルプリズン!」
その拘束は、ただ絡みついているだけではなかった。
四本の巨大な足を、しっかりと地面に拘束している。
「いよし! 遅いぞシャイン! よくやった!」
「ええ、遅くなってごめんなさい!」
「合わせろ、クツロ! このままコイツの頭蓋骨に穴をあけてやる!」
身動きの取れなくなったベヒモスの頭頂部に、幾度となく電光と打撃音が響く。
まさに雨垂れ石を穿つ。二人の攻撃がわずかずつ分厚い皮膚を焼き、潰し、えぐっていく。
「だあああああ!」
「やあああああ!」
ベヒモスがもがいている。
文字通り頭蓋骨を叩き割られようとしているのだ、もがかないほうがおかしい。
だが残酷なことに、頑強ではあっても再生能力や分裂能力を持たないベヒモスは、体を揺すって抵抗することしかできない。
だがそれで、二体を止めることはできなかった。
そして……。
「サンダークリエイト、デウス!」
「シュゾク技、一鬼当千!」
二人の攻撃が、ついに『致命的な部分』へと達した。
ベヒモスの体が小刻みに痙攣をはじめ、明らかに正常な状態から離れていく。
そしてついには、様々な体液を垂れ流しにし始めた。
「終わったみたいですね……」
「ええ、そうみたい。貴女のおかげでだいぶ楽に終わったわ」
隕石でも落ちたかのように、地響きが起こった。
基地内の建物が、少なからず傾いていく。
城壁の外で、巨大な怪物が力尽き、横転したのだった。
「ふぅ……まさかベヒモスに出くわすとは……」
そして、広場には慌てた様子のジョーが現れた。
どうやらベヒモスに気付いた時点で、全力で逃げてきたらしい。
彼の後ろには、死んだような顔色の烏合隊もそろっている。
数を数える気力など誰にもないが、もしかしたら全員が生還したのかもしれない。
「さて、烏合隊。どうするかね? Aランクの上位であるベヒモスが相手なら、逃げても決して咎められない。むしろ逃げ切っただけ大したものだと思うが、討伐隊に参加するかね」
「……止めておきます」
「そうか残念だ。ベヒモスはここに生息するモンスターの中でも最上位だ、出くわしたのはひたすら不運だったな」
だがそんなことを、今更誰も驚かない。少なくとも、前線基地の職員たちは志望者に意識さえ割いていなかった。
というよりも、この前線基地は既に復旧作業に入っていた。
ベヒモスが頭を突っ込みそうになっていたのに、もう誰もが仕事に戻っている。
逆にそれを見ている他の志望者たちは、いよいよ何も言えなかった。
「では次に試験を受けるのは誰かな?」
ジョーは、決して嫌味な顔をしていなかった。
おそらく彼自身もベヒモスからは逃げるだけだったのだろうが、それでも既に気を取り直している。
ようやく、烏合隊をバカにしていた者たちは気づいた。
この前線基地で求められるのは、Bランク相当の実力ではない。
自分達でははるかに及ばない化物が生息している基地で、平然と過ごす覚悟なのだと。
「……辞退します」
死ぬのは怖くなかった、無意味に生きることのほうが恐ろしかった。だがそう思っていただけだった。
あのモンスターが生息するこの森で、暮らしていくことなどできない。
自分の凡庸さを思い知りながら、志望者たちは挫折していた。
牙を研いでここに来たつもりだった者たちは、自分たちが蟷螂の斧を磨いていただけなのだと思い知らされた。
そう、ここは魔境シュバルツバルト。国内でも屈指の危険地帯。
もしもここで討伐隊に参加するのであれば、Aランク相当の実力を持っているか、さもなくば……。
他に行き場がない、というほどに追い詰められていなければならない。
どんなチャンスでも逃さない、チャンスがあるのならなんでもいい。
そんな軽い気持ちでは、ここで暮らすこともできないのだ。
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