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二匹目の泥鰌を狙う

 非常に今更ではあるが、シュバルツバルトのモンスターは売れないのか?

 結論から先に言うと、まったく売れない。


 デット使いの例を見ればわかるが、高位モンスターの死体は武器などの素材に使うと使い手に負担がかかる。

 ではただの美術品として飾ればいいと思うだろうが、何分シュバルツバルトのモンスターはまったく希少価値がない。

 

 なにせ悠久の時をかけてハンターたちが狩り続けたのだ。Aランクハンターがちょっとその気になればいくらでも剥製やらにできるのだから、消費財にならない以上価値はない。


 ともあれ、玉手箱と同じ原理である。

 宝物の価値とは、希少さと知名度で決まる。

 伝説の竜たちの鱗とは、知名度も希少さも非常に高い。

 だが流石に、玉手箱ほどではない。

 前回から比べて、非常にグレードダウンしていることは事実だった。


 問題の本質は、そこにない。


「おお……」


 大公や侯爵家の子息たちは、城のバルコニーに出ていた。

 広大で高いはずの城を、はるかに見下ろす巨大な竜たち。

 それらが一か所に行儀よく着陸し、何やら騒いでいる。


 その姿は、まさに遠目でもわかるほどだった。


「凄い! クラウドラインがあんなに低いところに頭を下ろしているなんて! ハイエンドやヌーンムーン、グラスブルーが着地している……!」


 興奮気味のロバーが叫んでいるが、驚いているのは他の者も同様だった。

 玉手箱も希少で美しいのだが、流石に竜そのものには及ばない。

 神秘的で美しい、強大なドラゴンたち。


 遠目とはいっても、空を舞うときほどではない。

 普段は雲の合間に見えるだけの竜たちが、地面に降りているだけで見やすさは段違いだ。


「凄い……」


 この地に新しい玉手箱がある。それは一つの事実であり、まさに生徒たちが目撃したとおりだ。

 それの意味するところは、この地に竜が降り立ち、土産物を持ってきたということ。

 だが、だとしても。

 まさかこんなにも頻繁に舞い降りるなど、想定を超え過ぎている。


「むぅ……まさか、二度も同じものを持ってきたとは思えないが……」


 驚いている一方で、生徒たちと違って喜べないのが大公である。

 なにせ偶々幸運にあずかった生徒たちと違って、彼は当事者である。

 瑞兆である竜がわんさかやってきたとしても、それが自分や狐太郎にとって過分なる幸運だと把握してしまっているのだ。


「噂は本当だったのか……」

「噂って?」


 ロバーのつぶやきに、バブルが反応する。


「大公様がお抱えになっているAランクハンターは魔物使いであり、その中にはAランク上位のドラゴン、竜王がいると……」

「竜王……って、本当の意味で竜の王様なの?!」


 Aランク上位に食い込むドラゴンならば、竜王と名乗っても、あるいはそう呼ばれても不思議ではない。

 だがしかし、だからと言って他のドラゴンが恭しくあがめるか、というと別の話であろう。


 Aランクハンターに匹敵する男がお山の大将を気取って『俺は王だ』と名乗ったところで、周りの人間が税金を納めるわけではない。


 王だと名乗ること、それにふさわしい強さを持つことと、王としてあがめられることは別次元なのだ。


「本当の本当に、ドラゴンの王様がAランクハンターに飼われていて、他のドラゴンがあいさつしに来ているの?!」

「そうなんだろう……そうとしか思えない」


 ドラゴンイーターを討伐したAランクハンターの元にクラウドラインが現れ、その勇気と偉業をたたえて玉手箱を授ける。

 そんな昔話が存在するので、一回ぐらいはそういうこともあるのだろうと誰もが思う。


 しかし二度続けば、まして多くの竜が集まれば。

 それは前例に当てはまらないことだと、誰もが理解する。


「……改めて、とんでもないことだ」


 大公ジューガーは、あの貧弱でまじめな少年(・・)を思い出す。

 その彼を慕い守る、四体のモンスターを思い出す。

 大王の弟、人の王の弟でしかない男は、モンスターの王を従えた男を思い出す。


「これは……ただでは済まないかもしれない。また手を考えなければ……」


 一通りの挨拶が済む程度の時間が過ぎると、竜たちは天へと帰っていく。

 再びカセイの上空を、人の街があることさえ気にも留めずに、悠々と上機嫌に去っていく。

 果たして彼の竜たちは、何を目的として現れたのか。

 このカセイで暮らす数多の人間たちは、首が痛くなることも忘れて、その姿を見上げて見送った。


「むぅ?」


 そのドラゴンたちが飛び立った丘から、小さな影が飛翔する。

 それが竜騎士であることを、大公は既に知っている。

 皮肉にも大公と縁がありすぎる、良く知っている男だった。


「ともあれ……まあこれは私の領分ではあるな」


 贅沢な悩み、というのであれば、今回の事件も贅沢な悩みである。


 別に何が壊れたわけではなく、誰かが怪我をしたわけでもない。

 ちょっとした騒動は起こっているかもしれないが、それは大公にも狐太郎にも責任は及ばないだろう。


 これから忙しくはなるだろうが、損はしない。

 そう、損はないのだ。おそらくこの話を聞けば、大王である兄でさえ歯がゆい思いをするだろう。


「ショウエンが来たのなら、私の下にすぐに案内しろ! いいな、何があったのかは直接、速やかに聞く!」


 大公は自分へ状況を告げに来た騎士へ命令をする。


 ショウエン・マースー。かつて友と呼んだ男の息子であり、或いは己を恨んでいるかもしれない竜騎士。

 その彼と直接会うことは些か心苦しいが、それでも事態を速やかに把握しなければならなかった。


「場合によっては……あの時の騒動が、また繰り返されるかもしれん。いいや……それどころではないな」


 真剣な面持ちで、己の治めるカセイを見下ろす大公。


「ねえ、ロバー」

「……」

「ねえ、ロバー、聞いているの?!」


 悦に浸りながら空を見上げているロバーをみて、怒った様子のマーメが話しかける。


「な、な、なんだい、マーメ」

「まったく、ドラゴンのことになると子供に戻るんだから……バブルのことを笑えないわよ」

「そ、そうは言うけども……あの伝説のドラゴンだよ?! 伝説のドラゴンがあんなに沢山いて、しかも着地までしていたんだ! そりゃあ見るだろう!」

「婚約者よりも大事なのかしら」

「……」

「ちょっと、答えてよ!」


 思わず黙り込むロバー。

 彼は正直にいうと、『君にはいつでも会えるけど、ドラゴンは一生に一度見れるかわからない』とか思っていた。

 しかしそれを実際に口にすればどうなるか、それぐらいのことはわかっている。


「ねえねえ! みたみた、見たよね、みんな見たよね!」


 はしゃいではしゃいではしゃぎまくっているのは、やはりバブルであった。


「ねえ、見たよね、あんな沢山のドラゴン、初めて見た!」


 同じ光景を特等席で見た、他の生徒たちとその喜びを分かち合おうとする。


「ねえ、先生! また来年も、ここにしましょうよ!」


 そして、彼女の言うことこそ。

 軽率にさえ思える彼女の言葉こそ、つまりは多くの民が思うことであった。



「だって、来年もここに来るかもしれないじゃん!」




 ドラゴンが飛び立った後に残る、大量に散乱していた竜の鱗。

 伝説のドラゴンの体の一部であり、一種の宝石と同じような扱いを受けている。

 当然ながら、拾ったもん勝ちである。


 割と本気で殺し合いにつながりかねないということで、大公は兵士を派遣しそれらをすべて回収した。

 もちろん現地の人間からすれば、隣人と殺し合いをしてでも欲しいものを、領主に全部掻っ攫われたということで不満たらたらであった。


 もしも大公が『特例として、今年は税金半額』と言わなければ、それこそ暴動になっていたかもしれない。

 大公は回収された鱗を集めて、再び宝物庫に放り込み、何かに加工するように言いつけると、とりあえず問題が解決したことにした。


 だがしかし、バブルがまさに口にした問題は、これっぽっちも解決していない。


「狐太郎君。今回はその……幼い竜の手形を、粘土板でもらったらしいね?」

「ええ、まあ大したものではないんですが……」


 様々な予定を切り上げた大公は、早々に前線基地へ赴いた。

 もちろん会う相手は、竜王の主狐太郎である。

 なお彼の背後に控えている四体の魔王は、既に嫌そうな顔をしていた。

 だがそれを咎める者はいない、狐太郎も大公も嫌な顔をしていたからだ。


「その手形なのだが、良ければ魔女学園に寄贈してもらえないだろうか。幼い竜の手形ともなれば、学術的な意味は大きいと思う」

(……なんか恐竜の足跡みたいな話だ)


 あえて軽いジャブのような話から始める大公。

 とにかく少しでも話題を後回しにしたいという雰囲気が、ひしひしと伝わってくる。


「アカネ、それでいいか?」

「ん~~。いきなりそうするのは失礼な気がするから、一ヶ月ぐらいは飾っておきたいんだけど……」

「だそうです、大公様。一月ほど待っていただけますか?」

「もちろん構わない。当然のことだ」


 世の中には『恐竜の足跡の化石』というものもある。

 化石というと骨格標本のような物を思い浮かべるが、足跡だって形になって残っていれば立派な史料である。

 粘土板で作った手形ならば、それこそ史料になるだろう。もちろん誰もが欲しがるわけではないだろうが、学者にとってはありがたいことのはずだった。


「では、本題に入ろうか」

「鱗のことですか?」

「ああ、いや……そっちではない」


 どうやら狐太郎は、竜が来たことの影響を、いまいち測りかねているらしい。


「もちろん竜の鱗が大量に手に入った、というのは大きいことだ。だが前回の玉手箱とは状況が違う。前回君たちに負担をかけたのは、この基地に玉手箱を置かざるを得なかったからだ」


 前回大挙して前線基地に、ひいては狐太郎の下に人が殺到してきたのは、大公の元へ玉手箱を置く大義名分がなかったからである。

 一度見物客がモンスターに襲われるまで待ち、『前線基地に置くのは危険なので大公が預かる』という形にしなければ『大公が自分のハンターからとりあげたんだ』という噂になりかねなかった。


 だがしかし、今回は違う。

 竜の鱗は確かに宝物だが、抜け毛みたいなもんである。

 竜が来て鱗が落ちていただけなので、大公が全部拾ったとしてもそこまで問題ではない。

 ましてそれによって税金が大幅に下げられたのだから、反対する声は少なかった。


「だが今回は、鱗を集める大義もある。あのままにしていれば殺し合いに発展していただろうし、それに伴って混乱も起きていただろう。だが起きなかった、もう鱗のことは忘れていい」

「そうですか……じゃあもう問題は解決したんですね?」

「そんな顔に見えるかね?」

「見えません」


 苦しみを分かち合ってこそ友、という言葉もある。

 だが狐太郎も大公も、できれば喜びだけを分かち合える関係になりたい。そう思っていた。

 苦しみや悲しみを分かち合っても、何もいいことなんてないのだ。


「先に言っておくが……アカネ君、君は何も悪くないし、君が原因で余計なことが起こらないように配慮することは私の務めだ。何より……面倒ではあるし手間ではあるが、損をするわけではなく、得をすることになるのだよ」


 自分のところへ眷属が挨拶をしに来ただけで、偉い騒ぎになっている。

 それを気にしなくてもいいのだと、大公は先に言っていた。


「まず……竜王であるアカネ君や、他の魔王……そしてそれらを従えている狐太郎君達にこんなことを言いたくはないのだが……」


 きょとんとしている狐太郎たち。

 その彼らを見て、改めて大公は言葉に詰まる。


 あまりにも社交的で、人間に対して献身的なため忘れそうになるが。

 それでもこの四体は、それぞれのモンスターの頂点に君臨する王なのだ。

 もちろんその種のモンスターを問答無用で屈服させられるわけではないし、命令を強制できるわけでもない。


 もしもそれができるのなら、狐太郎の周りにはもっとモンスターがいたはずだった。

 そうなっていないのは美学だとか美意識とかではなく、単に『権威』があるだけだからだろう。

 彼女たち四体は権威と武力を併せ持つが、権力はないのだ。

 

 だがそれでも、権威の力、侮れるものではない。

 大王の弟は、今更のように権威の偉大さを思い知った。


「ドラゴンというのは、瑞兆、瑞獣……まあ要するに、幸運を呼ぶモンスターとされる」

(確かにアカネの前では言いにくいな……)


 ドラゴンの王に向かって『貴方の種族はラッキーアイテムです』というのは、中々言いにくいものだった。


「特に空を舞う竜は、縁起物だ。その姿を見れば、その日は幸運に恵まれるとまで言われる。その姿が美しいことに加えて、他のモンスターと比較して被害が少ないことも大きいだろう。もちろんラードーンのような多頭竜は例外だが……」

「私たちとアレを一緒にしないでください!」

「すまない。ともかく……竜が降り立った伝説がある場所は、それだけで観光名所になるほどだ」

「へ~」

(リアクションが薄いな……)


 おそらくこの場で言うところの竜が降り立った場所とは、竜にしてみれば旅先の適当な石の上に座ったとか、その程度のことなのだろう。

 それを一々ありがたがるというのは、理解に苦しむところだ。理解しにくすぎて、理解を放棄したくもなるだろう。


 彼女たちの世界においてドラゴンとは、たくさんいるモンスターの一種でしかなく人間に隷属を誓っている点では他と差はない。

 もちろん強い種族でもあるが、だからといって人間から特別扱いもされていないのだ。


「あの……その理屈だと、二回も竜が来たここは、観光名所になるのでは?」


 結論に気付いたクツロが、顔をしかめながら結論を口にする。


「その通りだ。短いスパンで二度も竜が現れ、その証拠を残し、なおかつ大量の目撃者までいる。もとよりカセイは大都市だが、今後は更にその流れが強まるだろう」


 額を押さえている大公は、まさに嬉しい悲鳴、悲しい悲鳴を上げそうになっている。


「二回も来たのだ、三回目だってあると思うだろう。実際今回は、幼い竜に儀式めいたことをしてもらおうと、多くの竜が現れたのだろう? 来年来ても不思議ではない」

「約束とかはしてないですけど、そうですね……ってもしかして? 毎年来るかも、って思われるんですか?」

「まさにその通りだ」


 毎年竜が来る街、カセイ。なんともキャッチーなフレーズである。

 悲しいことに、毎年どころかもっと短いスパンで来ても不思議ではない。


「確実に起こることは、地価の暴騰だな。各地から人がさらに集まってくるだろうし、特に見晴らしのいい土地は高値で取引されることになるだろう。さらに大きな建物、見晴らしのいい建物の建築が過熱し、日照権の問題にも発展する。場合によっては貧民街でさえ土地成金が生まれることも……」

「た、大公様……」

「いや、いいんだ。別に君は悪くないし、直接的に富も増える。富が失われ人が減るより全然いい。ある意味、贅沢な悩みというものだよ」


 贅沢だろうが悩みは悩みである。

 おそらくこれから、大公はさぞ忙しい日々を送ることになる筈だ。

 それこそ、もう仕事をしたくないと思うほどに。


「ただアカネ君……今度彼らが来るときは……そうだな、せめて決まった時期に来て欲しいとか、そういう要望を挙げてくれ。そちらの方が制御しやすい」

「わ、わかりました……それぐらいなら、聞いてもらえると思います」

「申し訳ない……」

「い、いえ! 私も、その……えっと、考えが足りませんでした」


 悪いことではないが、忙しいことだった。

 今から絶望した顔になっている大公は、弱音も吐けない現状で縮こまっている。


(お前のせいで大量の客が来て大儲けできて大変なんだぞ、とか言えねえよな……)


 あまりにもおいたわしい大公ジューガー。

 しかしここまでは、狐太郎にとって他人事である。

 今まで以上にカセイに人が増えれば、その分役割は重くなる。

 だがそれでも仕事そのものは今までと同じだ、特に悲鳴を上げる要素はない。


「君たちに関係があるのは、ここからだ」


 真剣な目つきに戻った大公は、狐太郎たちに状況を説明する。


「君の護衛には、信頼関係というものが重要になっている。信頼できない者を、君の護衛にすることはできない。だが……この基地で普通に討伐隊として参加する分には、前科を問うことはない」

「それは、どういう……」

「つまり、ある程度腕に自信があるのなら、この基地に討伐隊として参加し、同僚になることで君に接近するのが確実なのだよ」


 シュバルツバルトという超危険地帯そのものは、それなりに有名ではある。

 大抵のハンターなら一度は耳にする、近寄ってはいけない場所だった。


 そこでAランクハンターが常駐していることも、それなりには有名である。

 だがしかし、今は誰が常駐しているのかなど、一々調べたりはしない。

 仮に狐太郎という魔物使いがいると知っても、その内訳に興味を持つ者はいないだろう。

 いたとしても少数派で、しかも態々現地に来て確かめようとするのは……今までピンインだけだった。


 だが、これからは違う。

 もしも毎年竜が現れるのだとしたら、それも特定のAランクハンターを目当てにしているのなら。

 そのAランクハンターが、虚弱極まる小男だと知られれば。


「君に近づき、君がこれから手に入れるであろう宝のおこぼれを狙う……そんな者が出ても不思議ではない」

「お、大げさですよ。それに私としては、宝ぐらいあげてもいいんですが」

「そうだな、君ならそう言うだろう。それに宝と言っても現金に換える必要はある、私がそれを買い取ってもいい。カセイが守られるのなら、君が納得の上でなら、そんな『傘下』を認めても構わない」


 直接的な護衛ではなく、同じハンターの小隊でもない。

 独立した一つの隊ではあるが、狐太郎に従う形で戦力となるもの。

 つまり傘下である。


 宝を手に入れればその何割か、あるいは一分、一厘でも分ける。

 そんな契約を交わすのなら、大公に異論をはさむ気はない。


 だがしかし、それはそれで信頼が必要ではある。


「問題なのは、そのやり方だ。傘下になるのならまだいいが、君の弱みを探り、脅し取ろうとしてきたらどうする」

「うっ」


 まさに先日、脛に傷ができたばかりである。

 痛い腹を探られるのは、狐太郎としては避けたいことだった。


「そ、それはちょっと……」

「もちろん私も避けたいことだ。普通ならありえないことだが、この基地に人が集まりすぎるのは、現状好ましくない。しかし……他でもないハンターが、討伐隊に参加したいと言ってここに来たのであれば、それを止める法はどこにもない」


 真面目に仕事をするのなら、多少の野心は大目に見る。

 実際ガイセイは、好き勝手にやっている。


 だがまじめに仕事をする、という最低限のこともこなせないのなら、前線基地に置きたくはない。

 しかし面接をするとしても、馬鹿正直に答えてくれるとも思えない。


「私は大公だ。己の定めた法を犯す気はないし、急に変えることもしたくない」

「で、では……?」

「法に触れない範囲で動くだけのことだ」


 自分で気づいたことだからこそ、既に解決策は練ってある。


「君には些か息苦しい思いをさせてしまうだろう。だが……既に手はうってある。そうだろう?」


 大公の声に反応するように、十人の男たちがその場に現れた。言うまでもない、ネゴロ十勇士である。それに一歩遅れて、フーマの十人もまた並んだ。

 狐太郎の護衛として雇われた、裏社会出身の斥候たち。

 今回は彼らの防諜力が問われるところである。 


「ネゴロ十勇士の諸君。しばらくの間、この前線基地の周囲が騒がしくなるだろう」


 その彼らへ、大公はとても冷徹な目を向けた。


「聞いての通り、傘下に加わろうという者ならば、監視に留めてかまわない。だがもしも邪念を持つ者が現れれば……その時は、わかっているな?」


 平素より命がけで任務に臨んでいる者たちへ、当然の命令を下す。


「狐太郎君の安全を第一に動け、法に触れぬように始末しろ。できんとは言わせん」


 密偵の二十人は、全員がまるで怯えなかった。


「お任せください、大公閣下。閣下の後ろ盾さえあれば……ハンターを排除するなどたやすいことです」


 既に勝利を、達成を確信した、不敵な笑みを浮かべていた。


「閣下を煩わせぬように……合法的に解決いたします」

「期待を裏切るなよ」

「はっ」


 なんとも恐ろしい光景だったが、それを見る狐太郎は残念そうだった。



(それ、俺がやりたかった……)



 状況に流されるままだった狐太郎は、自分が御屋形様っぽいことをやりたいと言えずにいたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 善因善果悪因悪果、力こそ法、のバランスが取れている所。 [気になる点] 一灯隊と公女様が作中に出てこない事に、底知れぬ不穏さを感じる。
[一言]  だいたいにおいて、これまでカセイを完全に守っていたのが、危機感の薄さとなっているのでは? いっそ幾らか被害をあえて与えて、引き締めさせてやれないものかな? ああ、カセイで生きる皆の危機感の…
[一言] 更新お疲れ様です。 今回出てきたドラゴン見ていると、ラードーンだけ知能が低いというか、その分まで闘争本能に回している感じがしますね。シュバルツバルトではそうしないと生き残ることができなさそう…
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