獅子舞に噛まれる
この前線基地にあってさえ、狐太郎のモンスターの『タイカン技』は最終手段としての地位を得ている。
アカネのレックスプラズマは言うに及ばず、他の三体も自滅に近い消耗と引き換えにAランクハンターさえ凌駕する力を発揮できる。
使わずに勝てるのならそれが一番ではあるが、使えば絶対に勝てるという安心感はこういう時頼もしい。
カームオーシャンのように何をどうやったら死ぬのかもわからないようなモンスターさえ、確実に殺しきれる。
今回はササゲのタイカン技である即死攻撃『終末の悪魔』を発動させることになり、コゴエは前線基地の防衛と時間稼ぎに徹することになっていた。
「ちょっと時間かかり過ぎじゃないかな、ササゲもコゴエも! きっともう倒し終わってて、私たちが見てないところで遊んでるんだよ!」
いつものようになぜか連れ出されて抱えられている狐太郎。
彼が遊ばれているのだと思っているアカネは、かまくらに閉ざされた前線基地内部で憤慨していた。
「落ち着きなさいよ、アカネ。まあそうだろうけども、それぐらいいいじゃない。普段は貴女も結構独り占めしてるんだし」
「まあそうだけどさ~~!」
Aランク上位モンスターの中でも特に厄介な相手が敵に回っているというのに、一切心配をしていないアカネ。
それを諫めているクツロも、もちろん心配していなかった。
魔王の即死攻撃が通らないわけはないし、そうでなくとも雪女があらかじめ雪を降らせておいているのだ。
それで手こずることはあっても、何もできないまま負けるなどありえないのだ。
救援を求める声がないということは、余裕で勝っているということ。
そう認識しているアカネとクツロをみて、シャインやジョー、ガイセイは羨望を覚える。
「二人の言う通り、おそらく戦いは終わっているだろう。仮に別のモンスターが襲撃を仕掛けてきたとしても、コゴエ君が健在なら問題はないはずだ」
「そうよね、これだけ雪が積もっているのなら氷の精霊の本領が発揮できるもの。冬場も活躍していたけど……準備できれば、彼女一体で大抵どうにかなるのよね」
「この間の……冷厳なる鷲だったか? アイツみたいに氷が効かない敵、なんてここにはいねえしな」
アカネやクツロだけではなく、他の面々も狐太郎の無事を疑わない。
新顔であるネゴロ一族も、既に彼のモンスターのでたらめな強さを何度か見ている。
なにかあったら全部狐太郎に投げればいい、その手伝いをすればいい。
その認識が存在している以上、やはり彼はAランクハンターなのだ。
「それにしても……この雪の壁も、シンプルながらありがたい。カームオーシャンを退治するときは、いつも一旦避難していたからな……」
カームオーシャンは毒を散布するが、ラードーンのように放出するわけではない。
Bランクモンスターでも簡単に崩せる雪の壁でも、その毒を遮断することはできた。
コゴエがこのかまくらを作っていなければ、前線基地の一般職員は一旦避難させるところである。
そう思って雪の天井を眺めていると、まるで通り抜けるようにコゴエが出てきた。
既に魔王の姿をやめている彼女は、少しだけ疲れた様子で隊長たちの前に降り立った。
「報告させてもらうが……カームオーシャンは、予定通りササゲがタイカン技で葬った。まだ表には死体が残っているが、既に氷漬けにしている。森に向けて吹雪も吹かせたので、おそらく大丈夫だろう」
淡々と説明しているが、Aランク上位モンスターを二体で撃破した、というのは偉業である。
決してその戦果を軽んじることなく、ジョー達は笑顔で迎えた。
「それは凄い! 流石は精霊の王と悪魔の王だ!」
「そうね! 頼りになるわ~!」
「おうおう! もっとでっかく喜んだらどうだ? 氷の精霊だからって、喜んじゃあいけないってわけでもねえだろう?」
その彼らの喜びを見るコゴエだが、いつも通りのはずの彼女に曇りが見えた。
「別の問題が起こった。カセイの上空を通過する形で、多種多様なドラゴンの群れがこちらへ接近している」
シュバルツバルトにいるドラゴンと言えば、Aランク上位モンスターラードーンだけである。
そしてこの森にはドラゴンの天敵であるエイトロールが生息している関係で、たとえAランクであってもドラゴンは近づきたがらない。
それが群れを成して接近してきている。その理由は、一つしかなかった。竜王アカネへの謁見である。
「……ま、また来たのかい」
「ま、また来たの?」
「おう、また来たのかよ」
別の魔境からわざわざ飛んできたであろう、ドラゴンの群れの来訪。
それを聞いてうんざりしてしまうのは、ハンターたちらしからぬ理由である。
別に、そのドラゴンたちが悪いというわけではない。人里に迷惑をかけないよう配慮しているし、かなり礼儀正しく振舞っている。
むしろ『こんなところに住んでるなんてすげえな』と尊敬さえされている。まあ実際凄い度胸はあるのだが。
アカネと蛍雪隊が協力してエイトロールを退治するところも見ているので、ひたすら好意的だった。
じゃあ何が問題なのか。
彼らがまったくの善意で持ってきた贈呈品、玉手箱に対して周囲が過剰反応したのである。
その玉手箱をめぐって、それはもう面倒なことが起こりまくった。
ドラゴンが悪いわけではないし、アカネが悪いわけでもない。だがとにかく、たくさんの人がその玉手箱を求めてやってきたのだ。
モンスターに群がられる覚悟はあっても、人間が大量に群がられる覚悟はない前線基地のハンターたちは、それはもう嫌な思いをした。
「うへえ……」
なお、アカネも嫌な顔をしていた。
もちろんあのドラゴンが悪いというわけではないが、来たというだけで回りが騒ぐのだ。
正直全部ぶっ壊してしまおうか、と思ったほどである。
「ううむ……このまま何もせずに待つ、というのは良くない。それにドラゴンが近くに集まりすぎれば、またドラゴンイーターが現れてしまうだろう。ショウエン君、申し訳ないがカセイとここの中間へ誘導してくれ」
「はい! お任せを!」
隊長であるジョーの指示を受けて、ワイバーンに乗り込む竜騎士ショウエン。
その表情は、もうウッキウキだった。
「……うん、頼んだよ」
「では行ってまいります! コゴエ殿、雪の壁を開けてください!」
「承知」
ニコニコと笑って空に飛び出すショウエン。
多種多様なドラゴンに会える、一緒に飛べるということで、彼はもう大喜びだった。
もしかしたら、この基地に来てよかった、とさえ思っていそうである。
その彼と入れ替わりで基地に戻ってきたのは、うんざりした顔の狐太郎とササゲだった。
「ササゲ、お疲れ様」
「……ええ、疲れちゃったわ。もう帰って寝る」
「そ、そう……」
クツロが気遣うが、精神的に疲れ切っているらしく、まるで相手にしなかった。
それがタイカン技の反動だとは、流石に思っていない。
表にいたコゴエが気付いたのだ、上空にいたササゲが気付かないわけがない。むしろまっさきに気付いただろう。
だが報告にこなかったこと、現実を受け止めなかったこと。それらを咎める気は、この場の面々にもなかった。
「はぁ……」
沈痛な面持ちの狐太郎。
彼は苦虫を噛んだような顔をしてから、周囲をみた。
「コゴエ、お前も魔王になって疲れただろう。ここに居ていいぞ」
「承知しました」
「アカネ、お前の客が来てるみたいだから出迎えるぞ。一応言っておくが……嫌そうな顔するなよ? 別にあの人たち……あのドラゴンたちが悪いわけじゃないんだ。俺もしゃんとするから、ちゃんと愛想よくしてやれ」
「うん、わかってる」
「クツロは俺と一緒に来てくれ。頼む」
「ええ、わかったわ」
ここで『あ~もうめんどうくせえ』と投げ出すようなら、この基地でAランクハンターをやっていない。
現実と向き合うことにした狐太郎は、久しぶりの客人を何とか迎えようとしていた。
「狐太郎君……」
「狐太郎君……」
その姿を見て、ジョーとシャインは感動していた。
やはり彼は責任感のある、立派な大人なのだった。
※
「おお……」
ワイバーンにまたがって空を飛ぶショウエンは、悠々と空を泳ぐ竜たちを見て感動していた。
いずれも名のある竜、ドラゴンの中でもAランクに分類される強大な種族だった。
「クラウドラインだけではなく、ハイエンドにヌーンムーン、グラスブルーまで……」
空を飛ぶワイバーンをして、上空を行くAランクドラゴンに接近することは嫌がる。
また同様に、ワイバーンに騎乗できる竜騎士も、Aランクドラゴンに接近することは禁じられている。
理由は同じ、Aランクドラゴンの機嫌を損ねないためだ。
特に理由もなく、上空を楽し気に飛んでいるドラゴンに近づいて、怒らせてはたまらない。
人語が通じるとしても相手はAランクモンスター、機嫌を損ねればどうなっても不思議ではない。
だからこそ、ショウエンもAランクドラゴンが飛ぶ姿を間近で見るのは初めてだった。
大義名分もあるということで、その興奮もひとしおである。
「失礼する! ドラゴンズランドの偉大なる竜たちよ! 私は竜王アカネ様と轡を並べる竜騎士、ショウエン・マースーである!」
自分のことを知っているはずの、クラウドラインにできるだけ接近し、大きな声を張り上げた。
人間の中では大柄に分類されるショウエンと、そのショウエンを背に乗せて飛べるワイバーン。
それが小鳥に見えるほど、巨大にして雄大な空を泳ぐクラウドライン。
それに己が名乗りを上げることにさえ興奮して、そのうえで意思表示する。
『ほう……アカネ様の傍に仕えていた雑竜共の内一頭と、その背にまたがる人間か』
「左様! 偉大なる雲を縫う糸よ!」
自分という個人を覚えていたわけではないだろう。
アカネの傍に、竜騎士がいたと覚えていただけのはず。
だがそれでも、思わず口角がつり上がるほど嬉しかった。
それはショウエンだけではなく、ワイバーンも同様のようだった。
「私は案内役を仰せつかっている! 皆さま、どうか私と同じところに降りていただきたい! あの基地の近くには、毒が充満しているのだ!」
『ふむ……情けないことだが、正直に言えばあの森に近づくのは怖かったのでな……ありがたい、案内するがいいぞ』
長老がそう指示をしたので、他の竜たちも大人しく従った。
「では、こちらへどうぞ!」
もちろん厳密に、どこそこへ降りろと言われているわけではない。
竜たちはとても大きいので、降りればそこにアカネたちが来るはずだった。
だがしかし、今この瞬間。
彼は至福の瞬間を味わっていた。
(凄い! 私の後ろに、伝説のドラゴンが並んでいる!)
自分の背を追う形で、ドラゴンたちが飛んでいる。
それは少年の心を忘れかけていた彼にとって、感動以外の何物でもない。
ただ同じ空を飛ぶだけでも興奮するのに、自分の後をついてきている。
自分の誘導に、ドラゴンが従ってくれているのだ。
(ケイ……父上、お許しください……私は今、生きていてよかったと思ってしまっています!)
適当な丘へ、ゆったりと降りていくワイバーン。
このドラゴンもまた主と同じように、この瞬間が終わることを惜しんでいた。
だが降りないわけにはいかない。
ふと前線基地の方を向けば、こちらに向かって歩いてきているアカネやクツロ、狐太郎がいた。
彼らをあまり歩かせるわけにもいかないし、なによりも竜に失礼である。
そしてぶっちゃけていえば……。
(またこの任務を仰せつかるかもしれないしな!)
この役割ができるのは、ワイバーンに騎乗できるショウエンだけ。
不落の星と恐れられた彼は、転んだ先で喜びを見つけていた。
そんなニコニコ顔のショウエンも、狐太郎たちが丘に来れば顔を引き締める。
流石に騎士なので、礼儀は忘れないのだ。
「狐太郎様、隊長の指示で彼らをここに」
「ああ、うん、聞いてます」
ふう、とため息をついてから、真顔になる狐太郎。
アカネに会いに来た彼らが人間風情の顔を見るとは思えないが、それでも礼儀というものはある。
「ほら、アカネ」
「うん……よし!」
顔をパンパンと叩くと、アカネは巨大な丘を包囲する形で着陸している竜たちの前に進んだ。
「久しぶりだね、お爺ちゃん!」
『お久しゅうございます、竜王陛下。かような死地でも天真爛漫なるお姿、まさに我らの王でございますな』
代表して、先日現れたクラウドラインが話をしている。
しかし他にも多くの竜が彼女へ話をしたがっている様子だった。
いずれも素晴らしい威厳を持った、美しくも強大な姿のドラゴンである。
見るだけでAランクの中堅に位置する、年経たドラゴンだと分かってしまう。
『本日はこのように、多くの者を連れてきて、ご迷惑ではありませんでしたか?』
「そんなことないよ~~。こうやってたくさんのドラゴンに会うの、私好きだし!」
『なんともったいないお言葉……この老いぼれ、涙がこぼれそうでございます。長い体をくねらせ、若者ぶりそうになりますな』
鬼の目を持つクラウドラインは、にっこりと笑って髭を揺らしている。
『では、紹介を。これは私の家内でして……』
「へえ、奥さんなんだ!」
『ええ、陛下にお目通りをと……』
長老の隣で頭を地面に下ろしている、同等のサイズのクラウドライン。
どうやら長老の妻であるらしく、長老の紹介を受けて首を曲げて挨拶をした。
(オスとメスの違いが判らん……)
失礼なことが脳裏をよぎるが、それは相手も同じであろう。
わざわざ見分けようとも思わないだろうが、これだけサイズ差があると見分けようと思っても難しいだろう。
『この薄く広い翼をもつ竜は、この地にて『すべてを見下ろすもの』と呼ばれる、あらゆる竜で最も高く空を飛ぶ者でございます』
ハイエンドと呼ばれる大きな翼をもつ竜は、地上では立つことにも難しそうにしている。
とにかく翼が大きく、折りたたんでなお胴体よりも大きい。
頭は翼竜に似ており、おそらくその構造も似ているのだろう。
「へえ、確かに高くを飛べそうだね! よろしく、火竜のアカネだよ!」
『おお……陛下! そのお姿をこれほどお近くで見れるとは……!』
感動に震えているらしいそのドラゴンは、頭部をよく見れば、目の大きさに驚く。
鷹の目という言葉もあるが、おそらくこのドラゴンもそうとう視力がいいのだろう。
『じつは竜王陛下の息吹を放ちました時、直上に私もおりまして……本当はその時お伺いするべきでしたが、どうしてもそちらへ降りる風がなく……あのおぞましき百足の化け物のこともあり、ご挨拶が遅れてしまいました……』
「いいよ、ぜんぜん気にしないもん!」
『おお……寛大なお言葉に感謝を』
大きな目から涙をながして謝るハイエンド。
それに続く形で、水晶のような体を持つ竜が、己を紹介するように主張していた。
『竜王陛下、こちらはこの地にて昼の月とも呼ばれるものでございます。あらゆる竜の中でももっとも輝く体を持っておりまして……』
次いで紹介された昼の月、ヌーンムーンは、とてもではないが飛ぶのに適した体に見えなかった。
まるでブロックのように四角く見える胴体から、七色に光るツノのような物が大きく生えている。
手足や頭は意外なほど短く小さいが、ごつごつとした胴体に比べて美しい鱗に覆われていた。
『紹介に預かりました、昼の月でございます。堅牢にして美しき体を誇りとしておりましたが、陛下のまばゆき炎を遠くから拝見させていただき……その熱と美しさには、年甲斐もなく嫉妬をいたしました』
「へりくだらなくたっていいよ~~。凄く綺麗な体をしていると思うし」
『ははは! 陛下に言われると、この体を揺すりたくなってしまいますな!』
地面にどっしりと座り込んでいるその竜は、小さい頭の小さい顎を大きく開けて笑っていた。
『次ぎましては、青空の主ともよばれるものでございます』
青空の主、グラスブルー。
透明感のある体をしており、まさにガラスのように反対側が見えるようだった。
その翼は特に透明度が高く、注視しなければよく見えない程である。
『紹介に預かりました、青空の主……空に溶けるものでございます。大地にあって、日輪の如き炎を放つお方よ。どうか私のことを覚えていただきたく』
「うん、覚えたよ!」
『恐れ多い……どうか空を見るたびに、我が種族のことを思い出していただければと』
仮に上空を飛んでいれば、その姿を捕らえることは難しいだろう。
空に溶けるもの、とはよく言ったものである。
『この度こうしておしかけましたのは、竜王陛下にお姿をお見せしたかったからなのでございますが……それとはまた別に、おねがいがございまして』
「なに?」
『ええ、厚かましいことなのですが』
紹介を終えたクラウドラインは、その頭を大きく上へ伸ばした。
以前も見たのでわかるのだが、前足に持っているものを下ろそうとしているのだろう。
『ほら、出てきなさい』
前足で大事に抱えていた籠を、パカリと開けた。
その中から出てきたのは、各竜の子供であった。
「おお、幼竜でございますか……」
ショウエンが解説するまでもなく、卵から孵ったばかりの赤ん坊だと分かる。
人語を解するどころか、竜の言葉さえわかっていないであろう、小さな小さな赤ん坊ばかりだった。
「わああ、かわいい~~!」
(まあまあ可愛いな、確かに……サイズを除けば)
怪獣の如き威容を持つAランクの成体ドラゴンに比べれば小さいが、それでも狐太郎やアカネに比べればとても大きい。
おそらく卵の段階でも、狐太郎やアカネよりも大きいのだろう。
『お恥ずかしいことなのですが……その……私どもの孫でして……』
自分の妻と身を寄せ合いながら、クラウドラインはお願いをする。
『この子らに竜王陛下から、健康に育つよう祝福をしていただきたいのです』
「いいよ、何をすればいいの?」
安心した様子で、クラウドラインは何をして欲しいのか説明する。
『陛下の炎で焙っていただき、さらに噛みついてほしいのです』
(いいのか?!)
「あ、こっちにもそういう風習あるんだ!」
(竜にとっては普通なのか?!)
竜王に火であぶられて、さらに噛まれる。
確かに健康な子供に育ちそうだが、普通自分の孫をあぶれとか噛めとか頼むだろうか。
大人たちが何を頼んでいるのかわからない顔をしている、あどけない赤ん坊たち。
それらを火であぶり、さらに噛みつく。
なんというか、やってはいけないことのように感じられる。
「いくよ、人授王権、魔王戴冠! タイカン技、竜王生誕!」
アカネは火であぶって噛みつくために、わざわざ巨大な竜に変化する。
小さな竜もどきが自分達よりも大きくなったこと、自分たちの親よりも強い姿になったことでおびえる赤ん坊たち。
だが、大人は助けない。
「がお~~!」
それどころか、アカネは更に脅していく。
「お母さんとお父さんの言うことをきかない悪い子はどこだ~~!」
のっしのしと歩いて、脅しながら前に進む。
(普通に怖いな……)
それを見あげる狐太郎は、怪獣のふりをしている怪獣というアカネに、一種のこっけいさを見ていた。
だが脅される側は、滑稽どころではないだろう。
ぴーぴーと泣きながら、大人たちの影に隠れようとする。
しかし大人たちはにこにこと笑って、その赤ん坊をアカネに近づけていく。
まだ焙っていないのだが、火が付いたように泣いていた。
「いっくぞ~~! それ~~!」
その赤ん坊たちを、弱火で焙るアカネ。
一瞬だけとはいえ竜王の火に触れた赤ん坊たちは、さらに泣いていた。
(獅子舞とか、なまはげみたいな……?)
「おお……竜にこんな風習があったとは……!」
類似している風習を思い出す狐太郎に対して、ショウエンは感動をしているようだった。
「がぶがぶ~!」
その後もアカネは一体ずつ噛んでいって、さらに泣きわめかせていた。
泣いて泣いて、泣きに泣いた赤ん坊たちをふたたび籠に収めたクラウドラインは、心底から嬉しそうに頭を下げた。
他の竜たちも、ほくほく顔である。なお、赤ん坊たちはまだ泣いている。
『ありがとうございます、陛下。孫たちは健康に育つでしょう……これは御礼です。つまらない物ですが……』
びくりと身構える狐太郎とアカネ。
思わず玉手箱が出てくるかと思ったが、全然違った。
『孫の手形です』
(本当につまらないのが来たな!)
今まさに焙られた孫の手形の粘土板を、セットで渡してくる雲を縫う糸。
それを受け取ったアカネは、正直リアクションに困っていた。
「あ、ありがとうね!」
『魔よけになるそうで、人間どもはありがたがっております。では私どもはこれにて……』
飛翔して去っていく竜たち。どうやら今回は、特に玉手箱などのような高価な品は持ってこなかったらしい。
それを見て安堵する狐太郎たちだったが……。
「どうしよっか、この手形……」
「魔除けになるとか、相撲取りの手形かよ……まあ飾っておこう。流石にこれは欲しがられないだろうし」
「そうだね~~また玉手箱とか来たら、どうしようかと思ったよ」
「あの、ご主人様……」
クツロが気付いた。
気づいてはいけないものに。
「ドラゴンの鱗が、大量に落ちています」
物凄くキレイな多種多様な鱗が、大量に散乱していることに。




