大きな家には大きな風
贅沢な悩み、というものはある。
というか狐太郎の場合、この世界に来てから贅沢な悩みしか抱いていない。
金はあるが、欲しい物がないのでたまる一方。
強く忠勇を兼ね備えたモンスターはいるが、Aランク上位とはいえ四体ではちと少ない。
問題はあるが仕事はさぼらない同僚ばかりで、正直彼らの編成が羨ましい。
Aランクハンターではあるが、任期が終わるまで森を動けない。
大公にはしょっちゅう会っているが、お互いに愚痴ばかり言い合っている。
秘宝を持っているが、遠方からも見物客が絶えない。譲ってしまいたいが、国王からも断られている。
王女との結婚が内定している、憂鬱だ。
まあ、何言ってるんだコイツ、という悩みばかりであろう。
もちろん当人もその自覚はあるが、やはり余人からすれば一つでも言ってみたいセリフばかり。
およそこの国の誰が、この言葉を全部並べられるだろうか。
虎威狐太郎もまた、Aランクハンター。
この国でも屈指の『暴力』と『権威』を持つ個人であった。
※
さて、玉手箱である。
大公の治める大都市カセイ、その中枢にある城の、その最奥にある宝物庫。
信頼のできる身分の騎士が警備をし、さらにさらに信頼のできる学芸員が部屋の中の掃除を行い……さらにさらにさらに信頼ができる上に人質まで取られている上位学芸員が美術品の手入れを行っている。
出入りを行う際には裸同然になるまで身体検査をされ、さらに疑わしい真似をするだけでも罰を与えられる、人の心の悪魔が囁き続ける場所。
そんな宝物庫の中でも、一際特別扱いされている物。それが玉手箱である。
一時は一般公開されていたものの、今となってはもはや一般人が拝める日は来ないだろう。
なにせ大公の預かりである。大公に雇用されているAランクハンターに交渉をするのと、大公本人に交渉をするのはまったく別の問題だ。
まず大公に会う、というのが途方もなく難しい。というか、ある程度の家の格がなければ不可能である。
そのうえで『狐太郎の持ちもの』であり『王女ダッキがもらう予定』の玉手箱を見せてもらう、というのはまあ無理だ。
一般公開される日は、民主革命でも起こらなければ訪れない。もうそういう段階に突入してしまったのだ。
だが、だからこそ逆に『恩』になる。
一時は一般公開していたので知名度は高く、しかも全員が『絵にもかけない美しさ』だと言っている。
多くの人々が見たいと思っているものを、自分たちの子供が『大公から許可をもらったうえ』で見学する。
それは一種のステイタスであり、他の貴族たちにとっては大きな貸しになることだった。
とはいえ大公もまさか『見せてやったんだから俺の傘下だよな?』みたいなけち臭いことは言わない。
もちろん玉手箱の実物か、その中身の一部をくれてやるともなれば相応の対価を求めるが、流石に見学させるだけなら大きい取り立てをするつもりもない。
程度としては『なに、玉手箱が見たいって? しょうがねえなあ』とか『見返り? うん、まあ、そのうち返してくれればいいって』とか『流石大公様! 太っ腹ですね!』とかそんな程度だった。
見せるだけなら減るもんじゃなし、これを断って不満に思われるのも良くないから、子供に見学を許可するぐらいは良しとしている。
もちろん盗もうとしたり壊してしまったら『わかったわ、死ね』である。
とはいえ、そもそも大公の城にあがって悪ふざけをするようなら、玉手箱のような貴重品とは一切関係がなかったとしても殺される。
もちろん少々の無作法であれば看過されるし、失敗をしても笑ってすまされる。
問題なのはやはり『意図』であり、そうと疑われる行為であろう。
もしも悪意がないのであれば、悪意があると疑われる行動をしてはならない。
同じ文化圏、同じ国だからこそ、一切言い訳は通じないのだ。
とはいえ、相手は学生。
大公も『まあちょっとぐらいは大目に見てやれ』という指示を出しており、一線を越えそうになったらそれとなく注意するという程度にしていた。
「はうわああああ……! こ、これが本物の玉手箱か~~!」
宝物庫から運び出され、別室で展示された玉手箱。
それを目にした生徒たちは大いに感動していたが、中でもバブル・マーメイドは特に喜んでいた。
「ああ……すごい……凄いよ……! 本当に絵に描いてあった通り、本に書いてあった通りだ……!」
侯爵の娘にしては、はしたなすぎる喜びようだったが、それでもまあ直接触ろうとしていなかったので許されていた。
触ろうとしていたらまあ、お察しであるが。
「宝石サンゴ! アンモライト! 玉手箱そのもの! 大粒の黒真珠! それにそれに……竜の宝珠まで! ああああああ~~! 死んじゃいそう!」
実物、それも新品の玉手箱。
ずらりと並べられたそれを前に、彼女は悶えている。
はっきり言ってみっともないが、まあ許された。
なにせ大公が預かっている宝を称賛しているだけだ、むしろこれぐらい喜んでくれた方が大公も嬉しかった。
「申し訳ありません、大公閣下。私の生徒が失礼を」
「ははは! まああの程度なら見て見ぬふりをしましょう」
「寛大なお心に感謝いたします」
同席していた教師は、やはり同席していた大公に謝っている。
だが止める様子はなかった。
一般公開されていた時と同じく、展示品と見学している生徒たちの間には距離があり、警備として騎士が完全武装で並んでいる。
もし粗相をすれば、彼らが止めてくれるはずだった。息の根を。
興奮気味のバブルだが、それでも一線を越えようとしていない。
むしろ玉手箱がまぶしすぎて、近づくこともできなくなっていた。
大きく距離を取って、目を手で隠して、さらにその隙間からちらちら見ている。
「お、おいバブル! お前さっきからみっともないぞ! 恥ずかしい!」
流石にキコリがそれを咎めた。
言い方は酷いが、実際みっともないし恥ずかしかった。
周囲の生徒たちも、玉手箱そのものより、悶えているバブルの方を面白がっている。
「きゃああ~~!」
「おい……おい!」
嬉しそうに悲鳴を上げているバブル。
本当にうれしそうで幸せそうで、なかなか止めることができなかった。
まるで憧れの人に出会ってしまったかのような、初心な反応であった。
なお、婚約者であるキコリ・ボトルはかなり無視されていた。
「ねえねえ、ロバー。またキコリが空回りしているわ、玉手箱にバブルを取られると思っているのかしら?」
「マーメ……いつものことだろう? あの二人がああしているのは」
玉手箱を相手に恥じらっているバブルと、相手にされていないことに傷ついているキコリ。
ある意味いつも通りの学友を見て、ロバー・ブレーメとマーメ・ビーンは呆れている。
正直に言って見飽きつつある光景なのだが、「ああやっぱり」という印象も受けた。
安心と信頼の、という奴であろう。
「でもね、ロバー……貴方も子供のころは、玉手箱に夢中だったじゃないの。ほら、私にドラゴンの恰好までさせて……」
「ま、マーメ! それは本当に子供の時の話だ! それに俺は、玉手箱そのものが好きだったわけじゃない! ドラゴンに感謝されて、玉手箱を送られる英雄になりたかったんだ!」
いつの世も、男子は英雄に憧れるもの。
ロバーも幼いころは、家に飾られている英雄の絵に見入っていたものだ。
中でもお気に入りは、古い英雄の絵。
数枚でセットとなる、英雄の物語を描いたものである。
一枚目は英雄の旅立ち、二枚目はドラゴンイーターとの遭遇、三枚目は死闘の末に打ち倒す姿。
そして四枚目は、ドラゴンイーターを倒したことでドラゴンに感謝され、玉手箱を送られる絵だった。
「そうよねえ、だから私にドラゴンイーターの真似をさせて、その後でドラゴンの真似までさせたんだもの」
「……む、昔の話だ、蒸し返すな」
「私はいつも根に持っているのよ? だって普通婚約者の女の子が『お姫様の役がいい』って言ったら、そうだねって言って王子様の役をやるものじゃないかしら。貴方ってばいつも自分のやりたい役をやって、私に怪物の役をやらせたじゃない」
「わ、悪いとは思っている……」
「どうだか……今でも私に付き合いが悪いじゃない」
玉手箱そっちのけでやんわりと言い争う二人。
ある意味ではバブルを見習って、玉手箱を見て大喜びするべきだったのだが、色恋に没頭するのも若さの特権である。
「大公閣下、申し訳ありません」
「いえいえ、あれぐらいでいいでしょう。むしろ全員が玉手箱に夢中になったら、それはそれで恐ろしい」
大公は寛容に許していた。
彼らは修学旅行で遊びに来たのである、大目に見るべきだろう。少なくとも大公はそう認識していた。
学業も仕事ではあるが、これが試験というわけでもない。締めつけ過ぎてもいいことはなかった。
むしろロバーとマーメのように『昔君たちは私の前で大喜びしたり口論をしていたなあ』とでも言ってやればいい。
その程度の、笑い話だった。
そう、ここまでは。
「た、大公閣下! 大変です!」
慌てた様子の騎士が、部屋に入ってくるまでは。
「上空を大量のドラゴンが通過しています! しかも、前線基地の方角へ着地しています!」
「な、なんだと?!」
「その中には……クラウドラインまで!」
「ま、またか!」
※
さて、カームオーシャンを倒した狐太郎たちである。
上空で待機していたササゲと、それに抱えられている狐太郎。
二人はこともなく片付いたことを、共に喜び合っていた。
「タイカン技は負担が大きいから、あんまり使わせたくないんだが……こういう相手と戦うのなら、即死攻撃はありがたいな」
「そうね……私も前に使った時死にかけたから、あんまりやりたくなかったんだけど……スライムの最上位とか、やってられないし……」
魔王の姿を収めたササゲは、だるそうにしているが自力で浮いていた。
狐太郎を抱きかかえる腕も心なしか緩んでいるが、それでも落としそうではない。
「タイカン技があってよかったわ~~。もしも魔王になれなかったら、キンセイ技でちくちく殺すしかなかったし」
(その魔王になれない状態なら、そもそもここに来ることはなかったんだけどな)
ある意味ではタイカン技以上に禁じ手である、キンセイ技。
以前に狐太郎は使用許可を出していたが、今まで結局使わずじまいであった。
「まああれを使わずに済むのなら、それでいいだろう。俺だってあれは、あんまり使って欲しくないし」
「そりゃまあね……」
タイカン技は、モンスターパラダイスの初代とそのリメイクでしか使われない。
ショクギョウ技は、モンスターパラダイス3での新規要素だった。
そしてキンセイ技は、モンスターパラダイス4で登場した技であり、一種の救済措置である。
相性の関係もあるが、使えばまず勝つという技であり、効かない相手は存在しなかった。
とはいえそれを軽々に使えるのは、ゲームの中の話。狐太郎にとっても、四体に使って欲しくない技である。
「アレの話は無しにしよう。それよりも降りないか? 疲れているだろう」
「まあね~~。でも、これはこれで役得だし~~」
猫のようにじゃれついてくるササゲ。
雪景色を見下ろす幻想的な光景の中で、疲れ気味の彼女は狐太郎に肌をこすりつけてきた。
「おいおい……まさかこれをするために、俺を連れてきたのか?」
もちろん狐太郎がここに居る意味はない、文字通りお荷物である。
何時ものようにとりあえず連れてきただけなのかと思っていたが、どうやらササゲなりにかまって欲しいようだった。あるいは、構いたかったのかもしれない。
「あら、いいじゃない。冬の時期は、まめにコゴエと遊んでいたんだし~~」
「……気付いていたのか」
「気付くも何も……そもそも隠していないでしょう。アレじゃない? 雪の中で飛んだり跳ねたり浮いたりしたんでしょう?」
「うん、まあ」
「じゃあ私とも飛んでちょうだいよ~~」
ササゲが空中で姿勢を変えた。
地面に背を向ける形にして、狐太郎を抱きしめながら寝そべる体勢である。
「……きつくないか?」
「楽よ、この姿勢」
(どういう原理だ)
どういう原理で浮いているのか、飛んでいるのかわからない悪魔。
魔法で飛んでいると言えばそれまでだが、変な姿勢になっても落下の感覚はない。
「まあいいけどさあ……アカネの奴は怒るぞ? 少なくとも不機嫌にはなる……面倒くさい」
「いいじゃないいいじゃない! 後のことは後で考えましょう!」
豊満な体で抱きしめられている狐太郎だが、もうなんか慣れてしまった。
彼女に性欲がないということもあって、猫や犬がじゃれてきたようなものだと認識できたのである。
ある意味、魔物使いとして成長していた。
「……まあいけども、ちょっとだけだぞ? お前疲れてるんだから」
「う……少しは我慢できるし……」
「まず我慢するなよ。明日がきついぞ、タイカン技を使ったんだから」
「今はそういうことを忘れさせて~~!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるササゲ。
おそらく本気で、この役得を楽しみたいのだろう。
彼女なりに、結構必死なのかもしれない。
「まあいいけども……無理するなよ?」
「疲れたら落ちるから平気よ! それよりも、楽しい話をしましょうよ~~!」
「そうだな、キンセイ技とかタイカン技じゃなくて、もっと面白い……ん?」
空中で寝ている体勢になった狐太郎。
その視界の隅で、何かを見つけた。
空中で横になっているのだから、その視界に映るものはやはり空中にいるものだけだった。
「なあササゲ……またクラウドラインが来ているような気が」
「……そうね」
「しかもなんか、また籠のような物を持ってないか?」
「そう見えるわね」
「それどころか、他にも飛んでいるドラゴンが……」
古来より、ドラゴンとは宝を持っているものである。
そうでなくとも瑞兆とされ、幸運をもたらすとされている。
実際狐太郎のもとに、多くの富が舞い込んできたわけで。
「……ねえご主人様? しばらく見ないふりしない?」
「そうだな」
だがそれを、狐太郎たちが喜んでいるわけではない。
「なあササゲ。このままゆっくり落ちて行って、雪の上に寝っ転がるとかどうだ?」
「いいわね、ロマンチック!」
「よし、しばらくのんびりするか!」
「ええ!」
主従の心は一つ。
近づいてくる竜を見ないようにしつつ、ちょっとでもその瞬間が訪れることを遠ざけること。
本当に、それだけだった。
(また玉手箱とか持ってきてたらどうしよう……)
(面倒くさいわねぇ……長々続いたら、それこそ嫌なんだけど……)
伝説の英雄に憧れる少年たちがたくさんいて、ドラゴンから宝を授かることを夢想しているというのに。
またかよ。
そう思ってしまうのは、やはり贅沢な悩みだろう。しかし実際、悩みは悩みであった。
せめて宝とか持ってこないで欲しい、挨拶に来ただけであってほしい。
狐太郎とササゲは、そう願わずにいられなかった。




