誠心誠意
斥候役を見つけるという課題はとりあえず解決した。
ネゴロ十勇士が殉職しないとは誰にも言い切れないが、それまでは大丈夫だろうと思われる。
森へ毎日突っ込むわけではないし、十勇士も森に何度も入れば要領を得るだろうし、ブゥや四体と連携を取れるようになれば怪我も減るだろう。
狐太郎たちや大公も、十勇士を使い潰したいわけではない。
本当にいざという時が来たときのためにも、彼らにはなるべく壮健でいて欲しいのだ。
斥候役が見つかったところで、他にもバリアなどの盾役や回復役も欲しいところではある。
むしろ斥候役という防御力が劣るものが仲間になったからこそ、その双方が望まれる。
ササゲなら多少は回復できるし、ブゥでもバリアは展開できる。だがやはり、専門家は欲しいのだ。
だが一歩解決に向かって前進した、これは事実であろう。
それは良いことである。
だが他にも問題は山積みだった。
具体的には、玉手箱やらダッキ王女についてである。
回復役やら盾役やらに比べれば命がかかっているわけではないのだが、それでも狐太郎を悩ませている問題ではあった。
※
「むっふっふ……今日は我が将来の旦那様のために、特別に宮廷料理を持ってきたのよ~~。さっきここの厨房を借りて作らせたばかりの出来立てだから、とおっても美味しいんだから~~!」
年齢にあわないシナをつくりながら、ダッキは狐太郎に『料理』を食べさせようとしている。
彼女の手料理でもなんでもなく、王女が連れてくる料理人による品なのだから、不味いはずはなかった。
「ささ、妾があ~~ん、してあげる! どう、嬉しいでしょう? とっても幸せでしょう?」
ダッキには下心もあるのだろうが、料理を作らせてくれたのは好意によるものであろう。
加えていえば、彼女の護衛として同行してきたキンカクたちも、その料理を羨ましそうに見ている。
なのでとても美味しいと見当はつくのだが、狐太郎の表情は渋かった。
キンカクたちは『童女にあ~~んされてもなあ』という目で見ているが、実際には違う。
「ねえクツロ……アレいじめ?」
「違うわ、たぶん。異文化交流よ」
「私たちの分もあるみたいだけど……」
「い、異文化交流って、自分の文化への誇りも大事よね」
「だよね……」
アカネとクツロは、その料理を見て青ざめていた。
多分本当に宮廷料理なのだろうが、食欲がわく料理ではない。
異臭がするわけではない、香ばしい匂いがする。
熱すぎるわけではない、湯気は立っているが火傷をするほどではない。
もちろん、毒ではないだろう、たぶん。
(……異世界の料理に期待しちゃいけないな……というか、コレ異世界っていうか、外国の料理っぽいな。いや、田舎料理……?)
狐太郎はダッキの食べさせようとしてくる料理を、断ってもいいのか悩んでいた。
はっきり言って、絶対に食べられないというわけではない。まあぎりぎり食べてもいいラインではある。
だが積極的に食べたくはない、そんなラインでもあった。
(……異世界のごちそうが、タガメの素揚げって)
異世界じゃなくても食べられそうな、でも食べたくない料理だった。
原形を留めているタガメのような虫を揚げて、それに塩を振ったものである。
食用として育てる手間などもあるのだろうし、見た目以上に手の込んでいる料理なのだろう。
これを食べるのは嫌だが、いや~~ちょっと勘弁、というのにも勇気がいる。
(遠路はるばる王女についてきて、こんなところで外国人相手に宮廷料理を作らされている料理人さんを想うと……)
微妙なラインだった。
全力で何があっても絶対に食べない、という鉄の意志を発揮するほどではない。多分日本にも似たようなのはあるし。
だが我慢して食べるというラインをぎりぎり越えかけてもいる。もしも他の料理があれば、そっちに手を伸ばしたい気分だった。だがタガメ一択である。
(もうこれなら、ダッキの手料理とかの方が良かったな……)
物凄く失礼なことを考えつつ、狐太郎は覚悟を決めた。
「た、食べさせてください」
「うふふ! いいわよ、ああ~ん!」
「ああん……」
正直、タガメに似せた何かであってほしかった。
タガメが何かの縁起物という理由で、タガメっぽく加工している別の食材であってほしかった。
だが口の中に入ったものは、明らかに外骨格を持った生物の素揚げだった。
「うわっ……ご主人様、食べたよ……」
「偉いわ……尊敬するわ」
「ご主人様が食べたってことは、私たちも食べないといけないよね?」
「……ご主人様に、断る勇気があれば」
外野がうるさいが、狐太郎はなんとか咀嚼する。
悲しいことに、普通に食べられた。これがとんでもなく硬かったりすれば、いっそ噛めませんと言えたのに。
(……素揚げだな)
しかもそんなには美味しくなかった。
もちろん美味しいと言えば美味しいのだが、価値観がひっくり返るほどおいしいわけではなかった。
いっそ『こんなおいしい料理を食べてこなかったなんて、人生を損していたぜ』とか考えるぐらいなら、まあよかった。
だがそんなには美味しくない。触感はサクサクしていて、シンプルな塩味もほのかにあって、油も切られていて、上品な料理だと分かる。
でも多分、別の食材を素揚げにしてもらった方が、幸せな食事になっただろう。
(なんでタガメ尽くしなんだ……料理人さんは疑問に思わなかったのか……)
タガメの素揚げが、結構な量盛り合わせてある。
味が濃くないこと、油っ気が切られていることもあって、たくさん食べてもお腹が悪くなるということはあるまい。
だが食べたくなかった、タガメ尽くしは勘弁だった。できれば山菜とかも揚げて欲しかった。
(でも文句言えねえ……)
もしかしたらこの職人さんは、ウナギ屋同様にタガメの素揚げ専門なのかもしれない。
もしも『タガメ以外ありませんか』と言おうものなら『ウチはタガメ一筋なんだよ! 冷やかしなら出てってもらおうか!』とか言われるかもしれない。
(串うち三年裂き八年、焼き一生みたいなタガメ職人かもしれない……そんな人生でいいのだろうか……)
ウナギに人生をささげたウナギ職人に比べて、タガメに一生をささげたタガメ職人というのは格落ちする気がした。
それは日本人だからなのか、それとも地球人だからか。
(いや、普通に揚げ物職人だろう。多分だけども)
宮廷料理人が作っただけのことはあり、口の中で崩れたタガメは、歯の間に挟まるとかの不愉快なことになることもなく呑み込めた。
そのうえで、素直な感想を口にする。
「ダッキ様……この料理を食べたのは初めてなのですが……思った以上に美味しかったです」
「でしょでしょ!?」
すごくうれしそうなダッキの笑顔。
それを見る狐太郎は、己が汚れた大人であると認識しなおしてしまう。
「じゃあもっと食べて! はい、あ~ん」
「あ~~ん……」
二度目となると、普通に食べられた。
抵抗は薄れており、普通に食べて呑み込む。
やはり普通に食べられる味だった、お金を取れる料理だと思う。
(でもタガメだよなあ……)
初めて食べた宮廷料理が昆虫食、タガメの素揚げ。
平民の勝手な感想かもしれないが、もっと宮廷料理っぽい豪華なのが食べたかった。
「うふふ……美味しいでしょ!」
「はい」
「それじゃあ、あ~~んして!」
口を大きく開けるダッキ。
狐太郎に食べさせて欲しいのだろう、恋人っぽいことをしたいのだろう。
(ペンギンみたいだ)
口を大きく開けすぎていて、色気を出すことに失敗している。
年齢相応なのだろう、と言い聞かせつつ、タガメを指でつまんだ。
(バラエティ番組みたいだな……)
失礼なことを考えてしまうのが、それでも食べさせる。
「おいひ~~!」
美味しい料理を食べて、幸せそうにしているダッキ。
それを見る狐太郎、クツロ、アカネは、奇異の目をしていた。
(もしかしたら納豆を食べる日本人も、同じようにみられているのかもしれない)
奇妙ななつかしさに浸りつつ、自分の国の食文化を再発見したような気になる狐太郎。
コゴエではないが、やはり人と触れ合うとそれだけで学んだような気になれる。
「それじゃあキンカクたちやクツロ達も食べていいわよ!」
「うっす! ご馳走になります!」
「わ~~い……」
キンカクたち三人の護衛は大喜びで食べ始めて、クツロとアカネは嫌そうに食べた。
やはりクツロやアカネにしても『美味しいけどもできれば他の料理が食べたい』という感想であったらしく、難しい顔をしつつも食べ続けた。
ちなみに、ササゲは悪魔だからという理由で自主的に離れており、コゴエもそれに付き合っている。
「むっふっふっふっふ……ダッキと結婚すればね、毎日これが食べられるよ?」
「ダッキ様、毎日は食べんでしょう」
「そうそう、お祭りのときとかに食うもんですよ、コレ」
「お祝いの時に食べるもんを、毎日食べるみたいな言い方はちょっと……」
「黙ってればバレないのに!」
もしかして餌付けだったのだろうか。
やはりこの料理は、鰻的な慶事の際の料理であるらしい。
お祝いの時に虫を食べるとはこれ如何に。
(でもエビみたいなもんだしな……)
文化の違いに悩む狐太郎。
この料理の完成度が非常に高いことを認めたうえで、蝶花カレーの方が食べたいと思ってしまう。
少なくともこの料理は、毎日食べたいと思う味ではなかった。
旅先で話のタネに一度食べたら、二度と食べる必要性を感じない料理だった。
「それよりもダッキ様、例の話はよろしいんで?」
「あ、うん! そうだった!」
どうやらただ料理を振るまいに来ただけではないらしい。
正直手の込んだ嫌がらせとしか受け取れなかったが、別件もあったようだ。
(その話だけしてくれればよかったのに……)
文化が違っても真心は伝わるというが、それが押し付けであることを理解した狐太郎とクツロ、アカネ。
真心が伝わっても、伝えられた側は喜ぶと限らないのだった。やはり異文化コミュニケーションは、相互理解が肝要である。
事前に「虫とか食べられる?」とか聞いてくれればよかったのだ。
「あのね、実はね……えっへっへっへ……」
(なんだろう、この気持ちの悪い笑みは……)
「ななな、なんと! 叔父様が預かっている私の玉手箱を! 修学旅行に来る貴族の子供たちへ見せびらかすことになったのです!」
どうでもいい内容だった。
狐太郎の彼女への無関心さが、さらに増していく。
「違いますって、ダッキ様。貴族のお子様方に展示する許可をもらいに来たんでしょう?」
「そもそもアレ、ダッキ様の物じゃありませんし。狐太郎様のもんですし」
「だから許可とって来いって話なんじゃないですか」
キンカクたちの話を合わせると、修学旅行で美術館を見学するノリで、狐太郎の所有物である玉手箱を展示したいらしい。
「いいよ、別に」
どうでもよさそうに、本来の持ち主であるアカネが許可を出していた。
「ね、ご主人様。一々許可とりに来なくてもいいぐらいだよ」
「ぶっちゃけ無料配布してもいいぐらいだもんな」
「お土産に持って帰らせてもいいよね」
もううんざりしている狐太郎とアカネ。
他人に羨まれるというのも、度を超えるとただ煩わしかった。
クラウドラインが悪いわけではなく、ただ人間が愚かしいだけだろう。
「あの……それは流石に不味いんで……殺し合いになっちまいますぜ」
「下手すれば、その場で生徒が殺し合うかもしれませんので……ええ、誇張じゃなく」
「心中お察ししますが、ほら……別にここへ来るわけじゃないんで……」
護衛の三人は、青ざめながら暴言を止める。
その気がないことはわかっているが、それでも恐ろしい発言だった。
「き、貴族の子供が通う学校の修学旅行なのよね? それって、リァン様とかも通っていたのかしら?」
なんとか話題を変えようとするクツロ。
さっきから不機嫌になりかけていた狐太郎とアカネが一気に不機嫌へ傾いたので、なんとか持ち直そうとする。
「あ~、いえ、違います。俺らも平民出なんで詳しくないんですが……公爵家とか王家は、流石に学校には通いません……ですよね、ダッキ様」
「うん、ダッキもリァン姉様も、そういうのは通ってないよ。他の貴族の子は、爵位に合わせて学校が違うの!」
(まあそんなもんか)
この世界の貴族が、どんな学校制度で通っているのか、概ね理解できた。
狐太郎のイメージする『異世界の貴族の学校』というのは、公爵やら男爵やらなにやら、どんな爵位の子供も同じ学校に通っていたようなイメージがある。
しかし爵位ごとに学校が違うというのは、それなりの合理性がありそうだった。
(俺だって自分より格上の貴族と同じ教室で授業受けたくねえしな、絶対いじめられるし、そうでなくとも太鼓持ち扱いだろう。今だってそんな感じだし)
狐太郎の知る……というか大抵の創作物で『爵位の違う生徒』への態度は問題が多かった。
大抵いじめの温床になっていた。
そしてそれには説得力があった、そりゃあいじめにもなる。
「でも……爵位が違う生徒で学校なんて作れるの? この国って、そんなに貴族が多いのかしら」
「そんなには大きくないらしいよ、行ったことないけど。魔女学園とかに比べれば、一校ずつはずっと小さいんだって」
クツロも疑問に、ダッキが自慢げに応えた。
仮に国中から貴族の子供を集めるとしても、同じ年齢の子供となればそんなにたくさんはいないだろう。
まして爵位ごとに分ければ、その数は少なくなるはずだ。なるほど、そこまで大きい学校にはなりそうにない。
「それにまあ、ウチの国ってのは爵位が少ないですからね。公爵を入れても五段階しかない。他所の国じゃあ十二とか二十とかあるそうですが……覚えきれてるんですかねえ」
「爵位がたくさんあると、軍功を挙げたときに『とりあえず爵位を二段あげてやるよ』とかがあるそうで」
「けち臭い話ですねえ。俺ら十二魔将がいうのもなんですけど、そんな小刻みに上がっても嬉しくはないでしょうに」
どうにも、この国では爵位が少ない分、一つ一つの差が大きいらしい。
同じ爵位でも家ごとに格差はありそうだが、それでも違う爵位からすれば誤差なのだろう。
「ま、爵位なんてもん、Aランクハンターには関係ないでしょう。大将軍級の実力をお持ちなんですし、そんなのがいるって程度でいいですよ」
「そ~そ~。普段お会いしている大公閣下に比べりゃあ、たとえ公爵だって雑魚みたいなもんです」
「例の宝箱に匹敵するお宝なんて、大王様以外は持ってませんしね。狐太郎様に比べればみんな小物ですって」
王族の護衛を務める三人にとってさえ、Aランクハンターというのは雲の上という認識らしい。
大公でさえAランクハンターを一人抱えるのがやっとなのだから、実際そうなのかもしれない。
(じゃあなんで俺はこんなにしんどいんだろう……)
物凄い大物扱いされているのだが、ちっとも満たされていない狐太郎。
やはり異郷で出世しても、故郷が懐かしくなるのは仕方がないのかもしれない。
そんなことを想いながら、まだ残っているタガメ料理を眺めてしまう。
(食べないと悪いよなあ……)
世の中には全部食べるのはかえって失礼、というマナーもあるらしい。
しかしタガメの素揚げはまだまだ残っているので、温かいうちにかなり食べないと悪いだろう。
狐太郎は自分の真心が料理人に伝わることを願いながら、積極的にタガメを食べ始める。
何度も言うが、たくさん食べても辛くはなかった。本当に美味しくはあるのだった。
「あ、やっぱりコレ好き? 今度も作らせようか?」
「いや……いや……たまにでいいよ……」
なお、真心が誤爆した模様。




