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「何もなくて本当に良かったです。危ういところはありますが、彼も人の上に立つ漢。そうそう無謀な真似はしませんでしたね」
一旦気を取り直して、狐太郎たちは話し合いをすることになっていた。
ヂャンから敵対的な対応をされたことによって、今後の方針を固める必要が出てきたのである。
彼自身はともかく、一灯隊の中にはモンスターに対して憎悪を抱いている者もいるらしい。
はっきり言えば、この前線基地をすぐに出るかどうかも議論するのである。
「なに言ってるの、クツロ。あんなでっかい人につかまって、ご主人様が可哀そうじゃん」
「そ、それはそうだけど……彼は彼なりに、私達を知りたかったのよ。剣を交えないとわからないこともあったと思うし……」
ヂャンの行動に腹を立てているのは、他でもないアカネだった。
他の三体はヂャンの行動にそれなりの理解を示しているが、彼女だけは普通に怒っていた。
「じゃあまずは普通にそういえばよかったじゃん」
中々無茶なことをいう火竜。
人間の情緒というかしがらみを、微妙にわかっているため話が行違う。
「お前が気に入らないし、それを抜きにしてもどういうやつなのかわからないから、戦って確かめさせてもらうって言えばよかったのに」
(正直だけど、説明的過ぎる上に、とんでもなく間抜けだな……)
実際に拘束された身としてはアカネのいう通りだと思うが、実際にそんなことを言ってきたらそれはそれでどうかと思う。
拘束する必要が存在したわけではないが、一種の様式美ではあったと思う。
「……やっぱり握手しにいかない方がよかったかな」
だがやはり、捕まるかもしれないと察した上、無策で握手をしに行ったのは間抜けである。
捕まるとは思っていなかった、という能天気なバカよりも、ある意味バカだったのではないだろうか。
「それは違うよ。握手しようって言って、それで捕まえる方が悪いに決まってるじゃん!」
「それはまあ、そうかもしれないけども」
善悪で言えばアカネのいう通りかもしれないが、そんなことで世の中を渡っていけるわけがない。
狐太郎が気にしているのは、賢いとか馬鹿とか、そういう基準においてである。
「仮に握手をしに行かなかった場合、乱戦になっていた可能性もあります。そうなっていた場合のほうが、むしろご主人様が危険でした」
クツロが真面目に、握手しにいったことを肯定していた。
結果論ではあるが、狐太郎の選択は正しかったのである。
「彼には、退く気だけはありませんでした。逃げたとしても、大いに怒って追いかけてきたでしょう。逃げ切ることができても、後後に遺恨を残すこともあり得ました」
仮にも、同じ施設で働く同僚である。
その彼を相手に、一応は友好的に振舞おうとしたのは、それなりに正しかったのだ。
あくまでも、結果論ではあるが。
「おそらく、彼へできた最善の対応でした。ただ……彼以外のハンターが襲い掛かってこないとはかぎりません」
長い自分語りから察するに、ヂャンの価値観において善良であることは重要である。
以前はどうだったか知らないが、仲間が金を盗んでいたことを気にしていることから察するに、悪は憎むものという認識に至っているようである。
であれば、良心に従ったこと自体は悪く思っていないだろう。それだけで評価が善くなることはないだろうが。
「この前線基地を出ることも、いよいよ真剣に検討するべきではないですか?」
顔を曇らせている彼女は、この基地を出ることに賛成のようである。
(たしかになぁ……ただ……)
狐太郎にも、言いたいことはわかる。実際、この基地を出たいと思っている。
怨恨が怖いだけではなく、ヂャンに言われたことも忘れていない。狐太郎は精神的に、この前線基地にふさわしい人間ではないのだ。
だが、それだけではない。狐太郎は怖いから逃げるという、素直でまっとうな判断ができるほど愚かではなかった。
いっそ愚かな方が直近の危機を遠ざけることができるのかもしれないが、賢いからこそ先の不安が先に考えてしまうのだ。
「それはいいけど、どこに行くのよ」
狐太郎が懸念していることを、ササゲが先に言っていた。
実際のところ、ここを出ても次に行く当てなどない。
そして今のところ、対人関係を除けばこの前線基地には居場所がある。
ここよりもいい暮らしをしたいとは思っているが、ここ以下になる可能性が高い。
というか、なんの判断材料もない。
「忘れたの、ここはモンスターと人間が争っている世界なのよ? どこに行っても、モンスターに家族を殺された人なんて沢山いるでしょうよ。それを抜きにしても、私達を見ただけで石を投げてくる人だっているかもしれないわ」
悲観的な想像だが、ありえないわけではない。
(この世界の人がみんなモンスターを嫌いってわけじゃないだろう。ただ全員じゃないとしても、一部にはいるはずだ。もしかしたら大部分かもしれない……)
狐太郎の常識から言って、ハンターと戦うのと一般人を相手にするのでは全然意味合いが違う。
あのヂャンを殺すことになっていたとしても、あの化け物さを見れば殺しても仕方がなかったと想える。
しかしモンスターに家族を殺された一般人から石を投げられたら、威嚇することさえためらわれてしまう。
「我らはこの世界の基準においても、強大な力をもったモンスターだ。この前線基地にいる限りは、この地のモンスターを狩って金銭を得るという目的がある。だがなんの目的もなく旅をしているといって、誰が信じる」
コゴエも反対意見を出していた。
その根拠は狐太郎も、全然想定していなかったことである。
(確かに……魔王を退治するとか、そういうお題目があるわけでもないしな……っていうか、この世界って魔王いるのか? いない方がいいけども……)
じわじわと、魔王の本懐が果たされつつある。
真綿で首を絞められるような、疎外感と圧迫感を受けていた。
「言いたいことはわかるわよ。でも、そんなことを言っていたらどうしようもないじゃない。反対意見なんていくらでも出せるんだから、具体案を出してちょうだい」
二体から反対されたクツロは、やや苛立たし気に具体案を求めた。
今後どうするかの方針を決めるのに、一つしか案が出ず、それの反対意見ばかりでは話が進まない。
「私の提案はこの前線基地に残って、できるだけたくさんのお金を貯めることね、理想を言えば一生遊んで暮らせるお金。お金持ちのお坊ちゃんが、豪邸でモンスターを飼って暮らしている、って言うんならそんなにおかしくはないでしょう?」
(そんなに長くこの前線基地にいるつもりなのか?!)
ササゲの提案は、それなりに現実的だった。
狐太郎が金持ちのボンボンで、親に買ってもらったモンスターを連れている、という客観的な設定にも矛盾はない。
問題があるとすれば、この前線基地で長い時間就労するということだった。いくらこの基地での金払いがいいとはいえ、一生遊んで暮らせるほどの金額を稼ぐとなれば年単位で仕事しなければならないだろう。
「ま、そこまで行かなくても、当分旅ができる程度にはお金が必要でしょう? 行き当たりばったりでお金を稼ぐわけにもいかないじゃない」
「少なくとも、今すぐ出るべきじゃないと思ってるのね?」
「通貨制度がある世界なら、お金を貯めて悪いってことはないでしょう? 今すぐ出るよりは建設的じゃないかしら」
(まあそこが現実的な線だな……どの程度貯めるかはともかく)
なんだかんだ言って、現金があればいい暮らしが出来そうである。
高額の報酬を用意すれば、モンスターがいる屋敷でも仕事をしてくれる人だって見つかるかもしれない。
「お金があれば、ジャンクフードも買えるかな?」
「売ってないものは無理でしょ」
「ちぇ~~」
まったく現実味のない話を持ち出すアカネだが、そのゆるさを笑えるだけの余裕も出てきた。
(ジョーさんかシャインさんに目標金額を確認して、そのために頑張れば狩りにも張りが出そうだな。問題は、それまでこの前線基地で、大きな騒動が起きるかどうかだけども……)
未知こそ怖れるべき、とはシャインの言葉である。
この場合でも同様で、未知の地に行くなら準備が大事だった。
既知の脅威であれば、警戒すれば何とかなりそうである。
「俺はササゲの提案でいいと思う。いざってときは貯めた金をもって即座に出ればいいし、そう悪くないんじゃないかな?」
「ご主人様がお決めになったのなら……確かに、いささか性急だったと思いますし」
クツロはあっさりと、ササゲの提案に乗っていた。
もちろんこの前線基地における脅威が解決したわけではないので、今後も警戒が必要なのだが。
「私はそれでいいですよ。ご主人様と一緒なら、全然オッケー!」
「ありがとう、アカネ。コゴエはどうだ?」
「一つ、加えることがあります」
コゴエは基本的に賛成のようだが、どうやらまだ提案があるらしい。
「この前線基地にいる間に、戦力を増やしましょう。私達だけでは、守り切れる自信がありません」
「……そうだな」
狐太郎は深刻な戦力不足を思い出して、苦い顔をしながら肯定していた。
※
最初から分かっていたことだが、四体が強いと言っても狐太郎を守るには足りない。単純に、護衛役ができる者がいないのだ。
なので相手が強ければ強いほど、狐太郎を守ることに戦力を割かなければならないのである。
であれば、新しく戦力を確保するのみである。四体ほど強くなくてもいいので、盾役の専門家が求められる所だった。
問題は、どうやれば人材が確保できるのかわからないということである。
わからないことは人に聞く、RPGの原典から続く基本であった。
狐太郎一行はヂャンと遭遇したその日に、そのまま蛍雪隊の隊舎へ赴いた。
カネを貯めなければならないと思った一方で、狩りよりも情報収集を優先したのである。
(っていうか、できれば今日にでも盾役が欲しい……)
狐太郎の方針に反対はなく、最低でもアポイントメントを取るべく赴いたのであった。
幸いと言っていいのか、たまにしか狩りをしないというのも本当で、蛍雪隊の隊長は快く迎えてくれていた。
「あらあら、いらっしゃい。よく来てくれたわね」
初めて訪れた先ではあるが、迷うことはほとんどなかった。
まさに魔女の家、と言わんばかりの外観であり、内装もそれ相応だった。
部屋の中はみっしりと標本や図鑑などが積み重なっており、まだ日が高いにも関わらず薄暗かった。
科学の実験で使いそうな、フラスコやビーカー、アルコールランプ……のようなものまである。
大きな窯や鍋まであって、絵にかいたような魔女の住む家だった。
「急にすみません」
「いいのよ、私だって約束もなく、勝手に入ったんだし。それに、来る頃だと思って……ちゃんと用意していたのよ」
そう言って、彼女はどっさりとスコーンを机の上に並べていた。
それはもう、どっさりである。二十人前ぐらいあって、どう見ても人数に釣り合っていない。
「……」
狐太郎とコゴエ、ササゲ、クツロ。
彼らはアカネを無言で見ていた。
なおアカネ本人は、微妙に冷や汗をかいている。
「あいにく焼き立てじゃないんだけど、これなら足りるでしょう?」
「い、いただきます! 私スコーン大好き!」
当人は今朝の時点で既に飽きていたのだが、無下にするわけにもいかず、全力で食べる姿勢を示していた。
幸いといっていいのか、ものはスコーン。今回はジャムなども用意されていたので、食べるのに難儀するということはなかった。
それでも、量が量ではあったのだが。彼女もドラゴン、なんとか食べきろうと奮戦している。
「それで、どんなお話しかしら?」
「実はですね……戦力の充実を図りたいんです。具体的には、俺の護衛役を雇いたいんです」
「あら、四体もいるのに?」
「それが……まあ、その、いろいろとありまして」
「詳しくは聞かないけど……難しいわね」
大量のスコーンと格闘しているアカネをよそに、シャインは説明を始めていた。
「まず基本的に、貴方が求めている護衛役というのは、ハンターの中から選ぶことになるでしょうね」
「他にできる人がいないんですか?」
「いないわけじゃないけど、そもそも雇われる気がないのよ。雇われる気があれば、ハンターとして登録するわけだし」
「なるほど……」
ハンターというのは、国家公認の派遣社員のようなものなのだろう。
モンスターと戦う仕事で雇われたいなら、ハンターとして登録する必要があるというわけだ。
「そのうえで……雇うからには信頼できないといけないでしょう? BランクかCランクのハンターなら、信用ができると思っていいわ。この前線基地ならともかく、他でBランクやCランクになれる基準は厳しいから、実力的にも信頼できるわ」
「雇うなら、BランクかCランクですね!」
「ただ……普通のBランクやCランクは、この前線基地に来ることはないのよ。実力と実績、信頼があるってことは、無理してここに来なくても仕事には困らないわけでしょう?」
「そりゃそうですね……」
狐太郎もこの前線基地に来て日が浅いのだが、世界の一般的な基準から外れていることはよくわかっている。
はっきり言って、非常に危険なのだ。よほどの大金を必要としていたり、異常に強くない限り、この前線基地に来たがることはないだろう。
そして、そういう輩は既に来て働いている。
「と、なると、Bランク相当の実力を持つハンターの中から選ぶことになるけど……Dランク以下でBランク相当の実力者は、はっきり言ってクズよ」
「く、クズですか……」
「全員とは言わないけども、ほとんどはね。どんな生まれだったとしても、まじめに頑張ればCにはなれるんだから」
まじめに頑張っていない者を雇いたくはなかった。
ランクで人を判断するのは良くないが、雇用者の立場になるとその気持ちもわかってしまう。
「もちろんルーキーならそんなことはないけど、将来有望な若手は大抵囲い込まれているわ。騎士団からも声がかかるらしいし……私もそうだったわね」
思い出すのは、一緒に試験を受けに来ていたホワイトのことである。
彼は若手だったが、たった一人でマンイートヒヒを圧倒していた。
おそらくこの世界の基準でも、相当の天才だったのだろう。
(あの時声をかけておけば……いや、言っててもキリがないけども)
「まあ……それもこれも、この前線基地でAランクやAランク候補になれば話は別だけどね」
ややわざとらしく笑って、シャインは露骨にこの前線基地で働くことを促していた。
「あの……もしかして、俺が何を考えているのか、わかっているんですか?」
「もうやめちゃう気だったんじゃないの?」
「はい……お金がたまったら、出ていこうかと」
「引き留めはしないわ。無理に残ってもらっても、いざってときに逃げられちゃうもの。ただ……残ってほしいとは思っているのよ」
いざという時、Aランクのモンスターが現れたとき。
逃げ出せば罪に問われるかもしれないが、立ち向かったら死ぬかもしれない。
自分の意思で残っているのか、それとも嫌々押さえつけられているのか。
本当の窮地では、それが明らかな差となってしまう。
「正直ですね……」
「駆け引きしても仕方ないでしょう? 命がかかっているんですもの」
誰だって死にたくはない、どこでも生きていける力があるのならなおさらだ。
そういう意味では、狐太郎は相当自由である。
「とにかく……Aランクになってしまうか、その候補になれば国家が動くわ。貴方が求めている人材が、国家のお墨付きで派遣されてくる。それも選り取り見取り、よほど変な条件でなければたくさん集められるわよ」
(まあ、そうだろうな……)
実際のところ、狐太郎一行の弱点は明白である。しかも、補うのは簡単だった。
一般的な範囲でBランク相当の盾役が三人か四人いれば、四体全員が狐太郎を守らずに戦闘へ参加できる。
それを斡旋する程度でAランクのハンターが生まれるなら、国家だって喜んで人材を集めるだろう。少なくとも、役場の人間は大喜びしそうだった。
(役場の人を喜ばせたくはねえな……)
「まあそれよりも、モンスターを増やしたほうがいいんじゃないの? 貴方は一応魔物使いなんだし」
中々酷なことに切り込んでくるシャイン。
実際狐太郎は魔物使いと言うことになっていて、本当に魔物使い以外の何物でもないのだが、新しい魔物を仲間にできる見込みは全くなかった。
ただ、それは言った本人もわかっているようである。
だって、『一応』と言っているし。
もしも狐太郎が凄腕の魔物使いだと思っているのなら、一応などとは口が裂けても言わないだろう。
「貴方が無理でも、貴方のモンスターが従えればいいのよ。タイラントタイガーもそうだけど、Bランクでも上位に食い込むモンスターは、他のモンスターを従えることもあるわ」
狐太郎に従う四体が、他のモンスターを従えればいい。
それを聞いて、狐太郎と四体は苦々しい顔をした。
「……あら? 気が進まないのかしら」
(できなくはないだろうけれども、やりたくはない……)
「無理には言わないけれど、選択肢に入れた方がいいわよ。高ランクのハンターが、モンスターほど従順とは限らないんだから」




