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弱い犬程よく吠える

 困ったときの雪女、殺すも殺さないもお手の物、氷の精霊コゴエに拘束をお願いしていた狐太郎。

 自宅で待機していた彼は、目の前で並んで座っているロレンスとロミオを見てため息を吐いた。


「……はぁ」


 なお、その脇でジュリエットと獅子子も座っている。

 ジュリエットは何かと説明をしたいようだが、とりあえず黙っていた。


 なお、狐太郎の背後には、やはり四体のAランクモンスターが並んでいる。


「なんかよくわからないけども……ロミオさん」

「はい、実は火急の報告が……」

「ちょっと黙ってて」

「はい!」


 ネゴロとフーマの全権を預かっているロミオだが、護衛対象である狐太郎には一切頭が上がらなかった。

 なにせロミオ自身の主観において、彼は狐太郎の忠実な僕のままなのだ。現状獅子子が傍にいることも含めて、狐太郎は安全である。だからこそ、一旦待つことも抵抗はなかった。


「ああ……ロレンスさん」

「はい……」

「俺さあ……いきなり殺すなって言ったよね。獅子子さんも頼んでたけど、まず話そうねって言ったよね」

「はい……」

「気持ちは分かるよ、殺すしかないってのも。でもさあ……いきなり斬りかかるのは良くないよ」

「申し訳ありません」


 ロレンスも同様である。

 狐太郎が『こいつら俺の命令に従いやしねえ』と大公に報告すれば、それだけでネゴロは壊滅である。実際そうなってしまっているので、弁解の余地はない。


「はい、おしまい。んじゃあまずは、ロレンスさん……ロミオさんに話をしてあげてくれ」


 狐太郎は切り替えた。

 元々長々説教をするタイプではないし、現時点ではそこまで迷惑をこうむっていない。

 ロミオがやらかしたことは認めるが、実害はなかったので怒ってはいなかった。

 どちらかと言えば、いきなり殺しにかかったロレンスに腹を立てているぐらいである。


「では……」


 ロレンスはロミオへ、努めて冷静に話をした。

 最初は自分が何をしたのかよくわかっていなかったロミオも、すっかり青ざめてしまう。

 もちろんネゴロ一族が飼われていなかった時なら問題ではなかったが、今では大問題であると思い出したのだ。


「そういうことで……今十勇士も他の者も、お前を探し回っている」

「も、申し訳ない……」

「……滝に打たれに行くのなら! そう書けばいいだろうが!」

(まったくもってそのとおりだ)


 ロミオが滝に打たれて精神を落ち着けに行っていたと知っても、ロレンスの怒りは収まらない。

 それならそうと言うか、あるいは書いておけば、少なくともここまで大ごとにはならなかったのだ。

 近くの滝を調べに行って、それで見つけて説教して終わりである。

 狐太郎は情報伝達手段の乏しいこの世界において、報告連絡相談の大事さを思い知っていた。


「ロレンス……すまない、お前に斬られることに文句はない。だがその前に、火急の用件を報告させてほしいのだ」

「……フーマがらみか」

「そうだ」


 ロミオは自殺しそうな勢いで自責の念にかられているが、それはまあ実際そうなので仕方がない。

 だがその彼が、『フーマ一族の娘』を連れてきているので、それに関してはロレンスも気になっているようだった。


「狐太郎様、私の話など聞きたくないでしょうが……それでもどうか、報告だけは聞いていただきたい。とても重要な話なのです」

「……なに」

「フーマ一族の危険分子が暴走し……貴方のお命を狙っているのです!」


 ジュリエット以外の面々は、話についていけなかった。

 ロミオの口から出た言葉が、それだけ意外だったのである。


「……は?」


 狐太郎たちは、フーマ一族という固有名詞自体、今初めて聞いたのである。

 その中の危険分子などさらに知らないのだが、その面々に自分の命が狙われているということも最初はわからなかった。


「……えっと、つまりそのなんだ……殺し屋が俺を狙っている?」

「その通りです!」

「……なんで」


 消え入りそうな『……なんで』であった。

 

「ちょっとまって……アカネ、ブゥ君呼んできて」

「え?」

「いいから」

「う、うん!」


 死人のような顔色になった狐太郎は、アカネに自分の護衛を呼ぶよう指示を出した。


「クツロ……ちょっとこっち」

「はいっ! お任せを!」

「コゴエはこっち」

「承知」

「ササゲ……ここで」

「ええ、わかったわ」


 まるでシュバルツバルトに突入したときのようなフォーメーションであった。

 狐太郎は三体のモンスターを肉壁として、その中に隠れたのである。

 途方もなく情けない姿だが、殺し屋に命を狙われているという情報を聞いた一般人としては、極めて正しい反応である。

 状況が状況なので、三体も迅速に従った。


「……なんで、俺が命狙われるの?」


 最強のモンスターにすし詰めにされた状態で、その隙間から狐太郎は疑問を投げかけた。


「……私から説明させていただきます」


 ロミオではなく、フーマのジュリエットが話を始めた。

 狐太郎が怖がっている姿を見ても決して笑うことはなく、その姿に悲哀を感じていた。


「ネゴロ一族と我らがフーマ一族は、元は同じ人種なのですが、同じ仕事に就いている関係もあって長年対立しておりました。だからこそフーマを差し置いて、ネゴロが大公閣下に雇用されたことに憤慨していたのです」

「……それはまあ分かるけども、じゃあなんで俺が狙われるの」

「狐太郎様を殺せば護衛が失敗したということで、ネゴロ一族を失墜させられると思った者が出てしまったのです」 


 しばらく黙った狐太郎は、三体に囲まれてもなお不安に駆られている脳内で、情報を必死に整理する。


「なあ、クツロ。これ……俺関係なくないか?」

「はい、絶対関係ありません」

「さすがに怒っていいよな? 文句言っていいよな?」

「はい、言うべきだと思います!」


 ジュリエットとロミオの話が本当だと理解した狐太郎は、三体に囲まれながら怒鳴った。


「ふざけるな!」


 シンプルな罵声であった。

 もちろん小男でしかない狐太郎である、室内で声を張り上げても、大して迫力などでない。

 しかし、彼を包囲している三体のモンスターも、ロレンスを含めた三人へ露骨に苛立ちの視線を向けていた。

 普段は表情のわからないコゴエでさえ、怒りのようなものをにじませている。


 Aランク上位モンスターに守られている者からの怒声、大公により庇護されている者からの罵声。

 それはネゴロとフーマにとって、神の怒りに等しかった。


「お、お、お前ら! 本気でなんなんだ! 護衛に来たと思ったらすぐに帰るし! 戻ってきたと思ったら身内で殺し合いを始めようとするし! あげくお前らのせいで命を狙われてるし! なにしに来たんだ!」


 癇癪でもなんでもなく、ただ事実を羅列しているだけ、というのが悲しい。

 悪意的な解釈でもなく、悪意的な反応でもない。ただ普通に、怒って当然の理由で怒っていた。


「も、申し訳ありません!」

「すべて我らの不始末! 命に代えても、ネゴロで蹴りを付けます!」

「わ、私もフーマとして、一族の汚点に始末をつけます!」


 ロミオとジュリエットだけではない、状況を理解したロレンスもあわてて頭を下げた。

 同じ外国人ではあるが、狐太郎には既に一年カセイを守ったという実績がある。

 その彼の護衛として雇われたばかりのネゴロと、何の後ろ盾もないフーマでは立場が違い過ぎた。


「ふざけんな! 俺の命がかかってるんだぞ! なんでお前たちの顔を立てないといけないんだ! お前らなんか全員殺されちまえ!」


 明らかに正気を失っている、恐怖で攻撃的になっている狐太郎だが、果たして誰が咎められるだろうか。

 何の恩義もない連中のせいで命を狙われているのに、その恩義がない連中を守るために行動するいわれはない。


「一灯隊の公女様に話を通す! そんで前線基地の戦力を使わせてもらう! ほかの討伐隊には悪いけども、公女様なら了承してくれるはずだからな! お前らは沙汰を待ってろ!」

「あ、あの……狐太郎さん」

「なんだよ」


 余裕がなく、気が立っている狐太郎。

 彼を唯一説得できる立場の獅子子は、なんとかとりなそうとする。


「殺し屋が相手なら、私が全員なんとかするから……なんとか考えを改めて……」

「それはなんとかしてもらうけども! だったらなおのこと、こいつらは要らん!」


 しかし、逆恨みで殺されそうになっている男は、まさに窮地である。

 窮鼠猫を噛むというが、まさに狐太郎は誰にでも噛みつく状態であった。

 もちろん本来の意味からは遠いのだが、触れる者には噛みつく状態であった。


「モンスターに食われて死ぬなら諦めもつくが、逆恨みで殺されて死ぬなんてまっぴらだ!」


 彼に従うモンスター三体も、狐太郎を諫めることはなかった。


「ご主人様のおっしゃる通りよ。流石に助けるとか助けないとかじゃないわ、もう内内で済ませていい問題じゃなくなっている」

「同感ね、貴方達の不祥事をごまかすぐらいならまだしも、ご主人様の命がかかっているのなら最善を尽くすべきだわ」

「お前たちが正直に申告したことはありがたいが、それを加味しても任せられん」


 これで怒らない方がどうかしている。

 狐太郎に一切非がないこともあって、返す言葉もなにもなかった。


「あ、あの……なんか命が狙われているとかなんとか……」


 そこでようやく、狐太郎の護衛であるブゥが現れた。

 アカネに連れてこられた彼は、いまだかつてないほど怒っている狐太郎をみておどおどしている。


「俺もよくわからないけども、殺し屋が俺を狙ってるらしい! しかも誰かから依頼を受けたとかじゃなくて、殺し屋が自分で勝手に殺しに来るらしい!」

「それ、殺し屋じゃなくて殺人鬼じゃ……」

「そうだよ! ブゥ君、しばらく俺を守ってくれ! もう付き合いきれない、一灯隊の公女様に会いに行く! 報告してとっつかまえてもらう!」

「そうしたほうがいいですよ。餅は餅屋って言いますし、人間相手なら人間の専門家に任せましょう」


 悪いことに、ブゥも狐太郎に大賛成していた。

 根が同じなので、殺し屋に関わりたくないらしい。


 戻ってきたアカネも加わって、狐太郎は森の中同様の護送体制で移動する。

 それについていくロレンス、ロミオ、ジュリエットの三人は、まさに死刑執行の判決を待つ気分であった。

 そんな三人を見る獅子子もまた、陰鬱な気分になっている。


 公女リァンがこれを聞けば、もう取り返しはつかない。

 その場で三人が殺されても、さほど不思議ではなかった。

 なにせ公女リァンも連続殺人鬼である、その場で殺すことには実績があった。


 さて、これでネゴロとフーマの命運、ここに窮したか。


 それが、そうでもなかったのである。



「……何しに来たんだ、お前」


 狐太郎が一灯隊の隊舎を訪ねたことで、一灯隊はしばしあわただしくなった。

 なにせ一灯隊は狐太郎を嫌っているし、狐太郎もまた一灯隊に遠慮している。

 会合で避けるということもないが、狐太郎が積極的に一灯隊へ関わることはほとんどなかった。


 だがそれ以上に、狐太郎の状況が珍妙だった。

 四体のモンスターが、赤ん坊でも抱え込むかのように狐太郎を守っており、さらにその中の狐太郎は威嚇しているかのように怒った顔をしている。

 その脇には悪魔と融合しているブゥまでいて、討ち入りにでも来たようだった。


 とはいえ、一灯隊も狐太郎の人となりは知っている。

 彼らの背後に気落ちしている四人がいることもあって、ヂャンは困り顔で訪ねた。


「ヂャン! 申し訳ないが、公女様と話をさせて欲しい! 火急の用件があるんだ!」

「公女様なら兄貴たちと一緒にカセイへ帰ってるぞ。トウエンで風邪が流行ってるからって名目で、連れ出してるんだ」

「……なんでまた」

「お前の護衛がまた駄目だったんだろう? そのことで公女様も落ち込んでてな、気晴らしに兄貴たちが連れ出したんだよ。そりゃあもうへこんでてなあ……」


 どうやらグァンもリゥイもいないようである。

 留守を預かっているヂャンは、しみじみとリァンのことを憐れんでいた。

 それを聞いているロレンスとロミオ、獅子子は更に落ち込んでいる。


「まあ話を聞くだけなら俺が聞いてやるよ。お前がここに来るってことは、尋常じゃねえだろう?」

「そうなんだ……実は……」


 一灯隊の隊舎の中で、ジュリエットは再び説明を始めた。

 もう誰もロミオが行方不明になっていたことを覚えていない。

 狐太郎が命を狙われていることに比べれば、はなはだ些細である。


「……そりゃあ、確かにまずいな」

「もう本当に……勘弁してほしい……」


 ヂャンに怒るわけにもいかない狐太郎は、四体に守られながら泣き始めた。

 殺し屋に狙われる理由がひどすぎて、泣きたくもなるだろう。

 普段から狐太郎を嫌っているヂャンも、他の隊員も同情的である。


 一度は敵対していたヂャンをして、本当に慰めたくなる案件であった。

 しかしそこで、ネゴロとフーマに対して、一定の哀れみも向ける。


「身内がバカをするときついよな……」


 孤児であるヂャンだが、一族の中で暮らしていたネゴロやフーマには同情的である。

 まっとうな仕事に就けない悲しみは、よくわかるのだ。


「まあとはいえ……こればっかりは、狐太郎が悪いわけでもねえし」

「そうだろ……もう涙だってでるよ……」

「だがな……こりゃあちょっとまずいぞ。公女様や大公様に、これを言うわけにはいかねえ」

「……なんでだよ」


 一灯隊のヂャンは、この件に関してほとんど他人である。

 そのうえでリァンの落ち込みぶりを知っていたのだから、いろいろと考えてしまったのだ。


「この件がもしもそのまんま大公様と公女様にいけば」

「いけば」

「二人とも、自殺するかもしれねえぞ」

「……ありえる」


 怒り心頭だった四体も、狐太郎も。あるいはブゥや他の一灯隊、獅子子も。全員、冷静になってその可能性を検証してしまった。


「大公様がご自分で鍛えて送り出してきた精鋭が全滅して、しかもその……ネゴロ一族だったか? そいつらの敵が逆恨みしてお前を狙ってきたって……前の比じゃねえぞ」


 悪いのが誰かはともかく、責任者は大公である。

 つまり狐太郎を狙って刺客が襲い掛かってきたのも、突き詰めれば大公の失態である。

 しかもその狐太郎の護衛を務めるはずのネゴロ十勇士を、家に帰ってもいいと許可したのもまた大公本人である。


 大公が用意した護衛を大公が帰らせて、入れ代わる形で護衛の怨敵が来たのだ。

 大公が悪いにもほどがある。


(確かに自殺もんだな……)


 大公や公女は、行動を重んじている。そのうえで、自分にもそれを課しているのだ。だからこそ、今回の件は『死んで詫びるレベル』である。


「おい狐太郎。俺はお前なんかどうなってもいいと思ってるし、そこのネゴロだかフーマだかも、まあ死んでも仕方ないとは思う。だが俺もお前も、大公様にゃあ死んで欲しくねえし、これ以上追い込みたくもねえだろう」

「……」


 ヂャンの問いに、狐太郎は神妙に頷いた。


「だよな、これはこのまんま大公様に報告できねえぞ」

「いやそれはそうだけども……まさか俺に死ねって?」

「それはそれで大公様の顔が立たねえだろう」


 話が一気にややこしくなってきたが、最悪の事態をその手前で防げたともいえる。

 頭が冷えた狐太郎は、怒るのをやめていた。


「じゃあどうしろと? まさか黙って殺して放置しろと」

「そうは言ってねえよ。第一その……ネゴロ一族やらフーマ一族やらが、大公様へ報告をしに行ってるかもしれねえじゃねえか」

「たしかに」


 ここで、ロミオとロレンス、ジュリエットは空気が変わることを感じた。


「何とかしてどうにかして……」


 ヂャンの言ったことは、まさに救いの道であった。


「大公様の用意したそいつらが、全員ぶちのめしてとっつかまえました、ってことにしないと駄目だろうよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大公様と狐のやり取りが哀れすぎて毎回声を出して笑ってしまいます、、本当に面白いです。
[一言] 初めて本気で起こった主人公 そりゃそうじゃろ
[良い点] なにせ公女リァンも連続殺人鬼である、その場で殺すことには実績があった。 公女の紹介が段々ひどくなってて吹き出してしまう
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