沈黙は金、雄弁は銀
隣の家が幸せになると、火を点けたくなる。
これは人類の持つ、悲しい習性である。
火を点けたところで自分が裕福になるわけではないし、むしろ損をするだけだとしても、他人が得をしているというだけで殺意や憎悪がわいてしまう。
これは人類史で極めてまれに現れる大悪党ではなく、人間の誰もが持ちうる感性である。
だからこそ、足を引っ張るという言葉が生まれる。
自分が助からないなら他人の足を引っ張る、というのは人間全体が持つ悪感情の発露である。
しかし、万人が持ちえる考えとは言え、万人が実行に移すわけではない。
酒の席で火を点けたいと口にしても、実行に移すのは全体から見れば少数だ。
ましてや、全くの他人が嫉妬の対象へ火を点けるならまだしも、自分の親戚が火を点けるとなればもう止めるしかない。
フーマ一族の主流派は、暴走した十人を止めるべく追手を放ち、さらに恥を忍んでネゴロへ警告に赴いた。
長年対立していた一族は、ともに手を携えてことにあたらざるを得なくなってしまった。
※
シュバルツバルトの付近はなだらかな丘陵地帯であり、さらにその周囲は平凡な森に囲まれている。
放牧に適した土地であり、近くに凶暴なモンスターが山のようにいなければ、さぞ栄えていただろう。
その森の中で、静かな戦いが起こっていた。
白昼ではあるが人知れず、陰に潜む者同士の戦いが起きていた。
とはいえ、それもすぐに終わったのだが。
「下らねえなあ、ジュリエット……お前たちは、本当に下らねえ」
十人衆を名乗った過激派の内、たった一人。
彼一人がお遊びのように戦って、その結果長の孫娘であるジュリエットが率いる追手は壊滅していた。
当然であろう、最初から実力が違う。
ネゴロ十勇士が精鋭の精鋭であるように、フーマ十人衆もまた精鋭なのだから。
「俺たちを止めるって言って、俺一人止められてねえ。何しに来たんだ? 時間稼ぎにもなってねえ」
ジュリエットだけは地面に倒れているが、他の者は全員『転がっている』。
それはジュリエットが抜きんでて強いとかではなく、単に特別扱いをしたからだろう。
「……私も、お前たちに到底及ばないことはわかっている。そもそも私たちは戦闘要員ではないからな」
当然ではあるが、フーマ一族と言っても全員が殺人やら拉致やらを担当しているわけではない。
それよりもよほど、情報を集める人間の方が多い。当然であろう、フーマ一族は兵隊ではない。
戦闘を専門とするものがほとんど離反した時点で、止める術などなかった。
だからこそ長は、ネゴロへ頭を下げに行ったのである。
「だが、一族の未来のために、お前たちを野放しにするわけにはいかなかった……」
「一族の未来? そんなものがあるのか、これから先に」
フーマ一族にとって、ネゴロ一族は宿敵であったが、同時にライバルでもあった。
もちろん相手に敬意を抱いているわけでもなんでもないが、それでも張り合うべき相手だった。
ある意味で同じ苦しみを分かち合っている、闇の中で死んでいく同類。その彼らが、偶々偶然、権力者に選ばれてしまった。
彼らだけが、救われてしまったのだ。これで何も思うな、或いは商売敵がいなくなったのだ、などと考えられるわけもない。
「なあジュリエット……お前の爺さんはなにもしてくれなかった。ネゴロ一族が大公に選ばれて、幸せになっていくところを見ても、ただ嘆いて喚いて文句を言うだけだった。他の連中もだ」
これが、何かの競争によって選出されたならまだ良かった。
あるいはネゴロが大公に特別気に入られたのなら、まだ納得はできた。
だが大公は、大した理由もなくネゴロを選んだ。
「爺さんたちはいいさ、もうすぐ死んじまう。だが俺達に、これから一生、あんなことをしろってか?」
「一生が終わるぞ……! 全員死ぬ!」
十人衆の気持ちは、ジュリエットにもわかる。
ネゴロ一族に戸籍が与えられ、役職が与えられたと知って、それで幸福になれるわけもなかった。
世の無常を呪った、自分たちにその幸運がないことを呪った。
だが、狐太郎の暗殺は大問題だ。
一族を巻き込んで死ぬことなど、到底許容できるものではない。
「お前たちが強いことは認める、狐太郎を守る十勇士でも倒せる可能性はある。だが……大公は必ず、下手人を探す! そうなれば、必ずフーマに至るぞ!」
ネゴロをまとめて雇用するほどに、大公は狐太郎を守ろうとしている。
その狐太郎が何者かに殺されれば、護衛をしていたネゴロへ罰を下すだろう。
だがそれにとどまることはない、必ず草の根を分けてでも殺した者を探し出そうとする。
「俺達がへまをするって?」
「怪しいと思われるだけで問題だ! 考えてもみろ、私たちを誰が守ってくれる! フーマとネゴロの怨恨はそれなりに知られている、怪しいという理由だけで殺されかねない!」
「地獄と名高いシュバルツバルトで、モンスターにハンターが食われても、誰も何も思わんさ」
「……失敗すれば、それまでだぞ」
暗殺で難しいことは、殺すことそのものだけではない。
今回の場合は特に、『モンスターに殺された』ということにしなければならない。
人間の影があった、という証言があれば、それだけでおしまいである。
「失敗しようが成功しようが、ネゴロの者が『フーマの影をみた』と言い張れば! ただそれだけで一族は終わるのだぞ! 狐太郎一人を殺すだけならまだしも、ネゴロ十勇士やら、その護衛だというAランクモンスターまで暗殺する気か?! どうやって!」
とても当たり前だが、暗殺の専門家だとしても、大公や大王のような貴人を殺すことはできない。
ネゴロへ指導を行った者が大公に仕えていたように、元々防諜対策はされている。
その対策要員がフーマを狙えば、そのままフーマは壊滅である。なぜなら、居場所が分かれば兵隊を送り込むだけでいいのだから。
「考え直せ! 狐太郎を暗殺しても、未来はない!」
「全部成功させればいい、それで全部解決だ。失敗したのなら、その時は受け入れてやるとも。フーマの滅亡を……!」
このまま指をくわえて未来を悲観するよりは、乾坤一擲にかけたほうがいい。
フーマ十人衆の一人は、自分の力と心中する覚悟があった。
「勝って何になる! 何もかも都合よくいって、ネゴロが壊滅してフーマが残ったとして! それで何になる! 危ない橋を渡って、生き残ってよかったと笑い合えばいいのか!」
だがその覚悟は、ただの自己陶酔だった。
もしも都合よく、ネゴロの位置にフーマが収まる策でもあるのなら、まだ賛同者はいただろう。
そんなものはなく、ただネゴロを滅ぼしたいだけなのだ。それでは暴走という他ない。
「日和見なことをいうな、ジュリエット……。俺たちの仕事は、常に失敗が許されないもの、命がけだった。それを想えば、今回も変わらない」
「仕事だと?! 依頼人もいないのに、仕事もなにもあるか!」
狐太郎を殺しても、誰も得をしない。
依頼人もなく人を殺すなど、裏稼業ですらない。
「俺たちが、俺たち同士で決めたことだ。俺たちは……俺たちの意志で、俺たち自身に仕事を命じた!」
ジュリエットは、絶句した。
「狐太郎を暗殺し、ネゴロを陥れる! それが、俺達の意志だ!」
言葉とは、口にするだけなら簡単である。
そして定型を用いれば、簡単に自分の言いたいように扱える。
つまり、美化することは簡単ということだ。
「……ただの八つ当たりで人を殺そうとしているくせに」
「なんだと?」
「よくもまあ、そんなに偉そうなことが言えたものだ。見苦しいにもほどがある」
「見苦しいのはどっちだ? ええ? 長の孫娘ってだけで、俺達を相手に上から目線だな!」
だが言葉で飾った美化など、メッキでしかない。
薄っぺらなメッキであることは、当人が一番よく知っている。
だからこそ、やっきになって守ろうとする。
「俺達は、いつだって命をかけてきた! お前と違ってな! 俺達には覚悟がある! 失敗すれば死ぬ覚悟、腕が及ばなければ死ぬ覚悟がな!」
もしも、誰かが今の彼を見ても。
きっと、裏稼業の人間だとは思わないだろう。
「お前たちと、俺たちは違う! 俺たちには、誇りがあるんだ!」
こうも声高く、自己主張している時点で、彼はとっくに裏の人間ではなくなっていた。
「……ふん、ならば誇りと心中するがいい」
「ああ、してやるさ、失敗すればな」
「もう失敗しているだろう」
この時ようやく、ジュリエットは笑った。
にっこりと、勝利を確信した。
「な……?!」
十人衆の一人は、己の不調にようやく気付いた。
自分の肌の色が変色し、さらにまだらな模様まで出ている。
これは明らかに、毒によるものだった。
「お前がジュリエットだな? ネゴロ十勇士の一人、ロミオだ。お前達の長から警告を受けて、ここへはせ参じた」
姿はあっても音はない。
先ほどから十人衆の一人へ攻撃をしていたロミオの存在に、裏切り者はようやく気付く。
「お、お前が、十勇士の……」
しゃべろうとするが、ろれつが回らない。
声や言葉が発せられず、立つこともままならない。
「お前がそいつを挑発してくれたおかげで、直ぐに居場所が分かった。アレだけ大声を出してもらえば、素人でもすぐにわかっただろう」
「上手くはいったが情けない限りだ……仕事中に大声を出さないという、基本中の基本……いいや、それ以下のことにも気が回らなかったのだからな」
およそ、これほど惨めな最期もないだろう。
大きな声を出したせいで敵に気付かれ、演説をしていたので攻撃をされていることに気付かなかったのだから。
これが戦士なら仕方ないが、暗殺者にとっては最悪の結末である。
「あ……」
運動能力を奪われて呼吸困難になり始めた十人衆の一人は、それでも哀れなことに思考能力が残っていた。
彼は自分が声高に叫んでいたことを思い返しながら、大間抜けすぎる理由で死ぬのだと理解してしまう。
「立てるか、ジュリエット」
「ああ……すまない」
その彼にかまうことなく、ロミオはジュリエットを立たせた。
そのままジュリエットに肩を貸すと、森を出ようとする。
「ま……」
待てと言おうとする。
このままでは不味い、ロミオとジュリエットを殺さなければ、と思う。
細かい事情を把握しているわけではないが、ジュリエットとネゴロを合流させるわけにはいかなかった。
そうした合理的な理由の他に、尊厳にまつわる理由がある。
(ば、ばかな……この俺が、十人衆の一人が、孫娘なんぞに挑発されて、大声を出したから殺された?!)
死ぬ覚悟はあった、殺される覚悟もあった。
だがしかし、こんな無様で間抜けで、子供でも分かってしまうような理由では死にたくなかった。
(お、俺は……フーマの誇りのために……なのに、なんで!)
倒れて、動けなくなる。
体の変色は、どんどん進んでいく。
(これは、大蛇殺しの毒……オオムラサキヤドクガエルの毒……げ、解毒剤を……ま、間に合わない!)
自分がどんな毒で死ぬのかも、わかってしまう。
それでも、現実に一切の影響は及ぼさない。
裏の仕事を続けてきた、一族の歯車として働いてきた男が、自らの意志で動いた報い。
とても悲しいことだが、仕事に徹することと、自尊心を得ることはまた別である。
(嫌だ、こんな理由で、何もしないままに死ぬのは嫌だ……! いや……だ……)
彼の傍から、ロミオたちは離れていく。
一々勝ち誇ることはなく、話しかけることさえなく、そもそも興味さえ抱いていない。
それこそが本来の、密偵や斥候のあるべき姿だった。
仕事に私情を挟まない、それがおよそあらゆる職業の鉄則であろう。
つまり自分の意志で動いたこと自体が、既に失敗だったのだ。
(お、おれは……)
およそ、彼より不幸な人間はいない。
彼個人の価値観において、一番間抜けな死にざまを自分で晒したのだから。
※
オオムラサキヤドクガエル。
Eランクに分類される、とても弱いモンスターである。
動きは鈍く、体はひよこ程度にはあり、逃げも隠れもできない蛙。
しかし名前から察するように、この蛙は身を守るための毒を持っている。
それも食べれば死ぬとかではなく、触れば死んでしまうという恐ろしい毒だ。
皮膚に触れるだけで死に至らしめる毒、というのは使い勝手がいい。
よって毒殺に用いられることもあるのだが、だからこそ逆に暗殺者は余り使わない。
殺傷力が高すぎてその場で殺してしまい、しかも体を著しく変色させるのでどんな毒で殺したのかわかってしまう。
よってこの毒をプロが用いるのは、とにかく殺したい時だけ。
誰がどんな毒で殺したのか、ばれても全く問題ない時だけである。
「長から事情は聴いているようだな」
「ああ、十人衆を名乗る者が離反し、暴走した……ふん、まさに暴走だ」
ロミオに肩を借りながら、ジュリエットもできるだけ急ごうとする。
しかしその顔には、明らかな私情があった。
「情けない……」
情けない男に負けたこと、そんな己が情けなかった。
身内の恥を、怨敵にぬぐってもらう。
自分の一族の存亡を、怨敵を巻き込む形で解決する。
情けないにもほどがある、無力な己が呪わしかった。
「私に貴殿ほどの力があれば、部下を死なせずに済んだものを」
先ほどの十人衆は、勝ち誇っていた。それは勘違いではなく、実際に勝った後だったのだ。
既に彼女の仲間は打ち倒され、もう立ち上がることはない。
「ふっ……」
「……無力な女の嘆きは、憐れむにさえ値しないか」
「いや、失礼……侮辱する気はなかったのだ」
ジュリエットは、おかしなことを言っていない。
十人衆とやらは強く、十勇士をもってしても容易ならざる相手なのだろう。
だからこそ、彼女はその力を求めている。
しかしそれは、ロミオにしてみれば笑ってしまう話だった。
なぜなら十勇士は、十人まとめて敗北している。
「情けないことは、私たちも同じだ。大公閣下やその側近に鍛えていただいたにも関わらず、狐太郎様へ紹介していただく前に倒されてしまった」
「……なんと」
「それも、一人の女性にだ。笑ってしまうことに、潜伏していた私たちに気付いただけではなく、私たちが気付かないままに気絶させて拘束してしまった」
上には上がいるというが、それにも限度がある。
ロミオが余りにもあっけらかんとしているので、ジュリエットは思わず疑った。
「格の違いを、思い知ったよ」
しかし、その感嘆が真実だと告げていた。彼の言葉には、せつなさがある。
高い山に苦心して、限界を超えた限界に達したうえで、はるか先にいる誰かを見つけてしまった悲哀だ。
「……大公閣下は、私たちへ修行の時間をくださった。しかし十勇士の誰もが理解していた、もう自分たちに先はないと。彼女の領域には、達することができないと」
足の速さにも、力の強さにも、必ず限界はある。
十勇士は己の限界に達するまで鍛えこんだからこそ、そのはるか先にいる獅子子には遠く及ばないと分かってしまっている。
「頑張れるだけ頑張り切った後で、はるかに及ばないものを見るのは、嫌なものだった。私一人だったら、耐えられなかっただろう」
十人の同志は、苦しみとむなしさとやるせなさとどうしようもなさと救いのなさを分かち合った。
他にもいろいろなことを分かち合った気もするが、とにかく辛い思いを十分の一ぐらいに抑えることができた。
許容量の百倍ぐらいの辛さが、十倍ぐらいに抑えられていたと思う。
「……ジュリエット。貴方は一族のために、及ばないと知って立ち上がったはず」
「ええ、そうです」
「私も同じだ。格上がいると知った今でも、仕事に徹さなければならない」
再起したからと言って、強くなれるわけではない。
バネと違って、圧し縮められても跳ね上がることはできない。
強くなれなくても、やるべきことはある。
「私は……私は、一族のために働かなくてはならない」
「……」
「ならないのだが……」
「……なにか、理由でも」
「いや、貴女に言っても仕方がない。それになにより……それどころではない」
こうして前線基地に向かっている、千尋獅子子に近づいている。
その事実が心を震わせているのだが、本当にそれどころではない。
「私も貴女も、お互いの一族のために最善を尽くしましょう。今はいがみ合っている場合ではない」
「……そうですね」
何があっても、虎威狐太郎を守らなければならない。
それが今の、フーマとネゴロの意志だった。
「おお、ロレンス……!」
遠くに見える前線基地から、一人の男が走ってきた。
ほんの数日ぶりにみる同志を見て、ロミオは思わず嬉しくなる。
自分が滝にうたれている間も、狐太郎の護衛をしてくれたのだと分かった。
誰よりも早く再起して、大公へ恩を返そうとしていたのだと理解した。
「ロレンス! 遅くなって済まない! 大変なことになってしまったのだ! まずは狐太郎様のところに……!?」
それは殺人を決意した男の顔だった。
無表情で、むしろ陰鬱気味な表情で、何も話すことがなく斬りかかってくる。
暗殺者にあるまじきことに、片手剣を装備した彼は一太刀目で首を狙った。
「ロレンス?!」
二太刀目は頭だった。
「少し待て、彼女はフーマだが……?!」
ジュリエットは自分が斬りかかられたのだと勘違いして、とっさに離れる。
ロミオはロレンスがジュリエットを狙っているのかと勘違いして説明しようとするが、ロレンスはそのままロミオを狙う。
「ロレンス、どうしたんだ……正気に戻ってくれ!」
もしも、正気に戻ったなら。
ロレンスは、なおのこと怒りに燃えるだろう。
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
シュババッと走ってきた獅子子。
短距離走の選手のように美しいフォームで駆ける彼女は、背後からタックルを決めた。
「お願いロレンス! ロミオを斬らないで!」
「離してください!」
「お願い、ロレンス~~!」
泣きながらロレンスにしがみつく獅子子。
その姿を見て、ロミオは激怒した。
「ロレンス……貴様! 獅子子さんに何をした!」
激怒した彼は、思わず懐の短剣を抜いた。
「だまれ」
能面のような顔になっているロレンスは、無表情で剣を振りかぶった。
「お前と話すことなど……何もない」
「私はいい……だが獅子子さんを泣かせることは許さん」
「だまれ」
壊れた機械のように、同じ言葉を繰り返すロレンス。
「だまれだまれだまれだまれ、だまれ」
抑揚もなく、単調に、ひたすら殺意だけを向ける。
もはやそこに、コミュニケーションはなかった。
「お願いだから、やめて~~~!」
忍者の加護を受けているが、プロフェッショナルではない獅子子。
彼女は平静ではいられず、泣きながらロレンスに縋り付く。
「……いったいなぜ、十勇士同士が戦いを」
状況が呑み込めないジュリエットは、ロレンスが乱心した理由を考えていた。
しかし、考えている場合ではない。今はかろうじて獅子子が食い止めているが、このままではロレンスとロミオが戦ってしまう。
そうなれば、どちらかが死んでしまうだろう。それでは十人衆が喜ぶばかりだった。
どうやって止めるかと思っていると、猛烈な寒さがその場の全員を襲う。
「シュゾク技、大雪崩」
突如として、大量の雪が覆いかぶさってきた。
殺傷能力は低いのだが、それでも広範囲の大雪である。
それを回避することは、この場の面々でも無理だった。
「ロレンス、ロミオ。頭は冷えたか」
まさに能面そのものの表情をしている雪女が、一行をはるかに圧倒していた。
「……そこのお前もネゴロの者か」
「いや、私はフーマ一族の者だ」
その雪女が問うたことで、ようやく獅子子とロレンスはジュリエットを認識する。
「フーマ……だと? ロミオ、どういうことだ、説明しろ! なぜお前がフーマの女を連れている!」
「火急の用事だ! お前がいきなり斬りかかってきたから、話すも何もなかったのだ!」
「なんだと貴様! 自分で何をしたのか……」
「シュゾク技、大雪崩」
再びの大雪。
それによって全員の胸までが、雪に埋もれてしまっていた。
「全身を冷やせ、そのうえでついて来い。火急の用事なら尚のこと、我らが主に説明をすることだ」
コゴエに指示されては、抵抗できるはずもない。
ここでようやく、四人は戦いやら何やらをやめて、前線基地へ入っていくのだった。