すっぱ抜く
非常に今更ではあるが、Aランクハンターとは大王や大公、最低でも公爵にあたる者しか認定できない最強の個人である。
だからこそ必然的に、どのAランクハンターも有力者と密接な関係を持っている。
狐太郎はよく大公に会っているが、それは普通のハンターではありえないことだ。まあ、本当に今更である。
「君がこの前線基地に来てから、もう一年ほどが経過したね」
「ええ、早いような遅いような……」
前線基地に建てられた、狐太郎の家。
その中で話をしている二人と、その背後に控えている四体。
もはや麻痺してしまったが、これもまた一般のハンターからすれば羨望の状況である。
「君の前任者が去ってから、程なくして君が、君たちが現れた。十五年間アッカ君一人しか現れなかったAランク相当の実力者が、間をおいて現れる……あまり口にしたくないが、運命を感じるよ」
「あまり、嬉しそうではありませんね」
「複雑なのだ。君も知っての通り、私は民間人任せの状況を変えたいと思っているのだが……周囲の貴族が言うように『なんとかなっている』。もちろん、君たちが死ぬような思いで踏みとどまっていることを、軽んじるつもりはないのだが……」
ここで言う君たちとは、狐太郎と四体のモンスターではない。
この前線基地に務める、古株の四つの部隊も含めてである。
「まあそれは愚痴というものだ。とにかくこの一年、ご苦労だった。おかげでカセイは、また一年間長らえた」
「そ、そんな余命みたいな……」
「君がいなくなったら一日だって怪しいのだよ、察してくれたまえ」
「まあそうですけども」
「本当に感謝しているのだ。安全な場所から偉そうにしていても白々しいとは思うが、それも君たちの働きあってのことなのだよ」
会うたびに感謝してくる大公だが、会うのは一ヶ月に一度あるかないかなので、そこまで頻繁というわけでもない。
どうにも大公は、大衆に奉仕しているにもかかわらず、大衆から感謝されていない討伐隊を不憫に思っているらしい。
ありがたいような、心苦しいようなことであった。
「さて……この一年でいろいろとあったが……特に大きいことが玉手箱だ」
「ああ……」
「すまないね、君たちには負担をかけたが……結果的に、ガス抜きはできた。本当は君たちにこれ以上の負担を強いたくはなかったが、あの時はああするしかなかったのだよ」
「いえ……もう終わったこと……いや、終わってませんね」
「そう、そのことだ」
大公は少し明るい顔をした。
「兄上……大王と手紙でやり取りをしたのだが、結局ササゲ君のいうようなことになったよ」
「……本気でダッキちゃんと結婚しろと?」
「あるいは、それに似たような形だな。結局のところ、アレは大王の蔵に収めるのが一番角が立たないのだが、君に返礼をする関係上すぐにそうすることは難しかった。しかし……王族の誰かと君が結婚する形にすれば、まあすんなり解決する」
すんなり解決する、という言葉をすんなり呑み込めない狐太郎。
その嫌そうな顔をしていることにも、大公はまったく腹を立てなかった。
「もちろん、君の選択肢を狭めたことは詫びる。その償いとして……明確に期限を設けることにした」
「期限?」
「君の任期だ。あと四年頑張ってくれ、そのあとは引退していい」
できれば十年ぐらい頑張ってくれと言われていたのだが、それが一気に半分になっていた。
悪い気はしないのだが、それでもあと四年この場所にとどまれというのは嫌な気分である。
「四年ですか」
「それでも長いとは思うが、後々を考えればそれぐらいは頑張ってほしい。そうでないと、角が立つ」
嫌です、とは断れない狐太郎である。
背後の四体も、断ることを進言することはなかった。
「こんなことを私が言っても腹立たしいだけかもしれないが……君たちが想像しているように、金さえあれば豊かな暮らしができるというわけではない。ここは前線基地であり危険地帯だからこそ、身元が分からない上に強大な力を持つ者を受け入れているが……カセイや王都のようにまともな都市で暮らしたかったら、地道に積み重ねてもらうしかないのだよ」
大公の言う通りで、狐太郎たちはカネの無力さを思い知っていた。
当初こそ大量の銭さえあれば問題が解決するかと思ったが、金があってよかったと思ったのはカレーもどきを食べられるようになった時だけである。あとは玉手箱の返礼ぐらいだろう。
とにかくカネがあっても、人がこない。
これでは豊かな暮らしなど、夢のまた夢である。
「市民権というのは……まあそれだけ難しいのだ」
「世知辛いですね……まだ恵まれているのはわかっているんですが……」
身元不明でも、強いからこそまだマシだった。
身元不明でクソ弱かったら、もうとっくに死んでいる。
「そう……市民権とは、贅沢なものだ」
大公はにやりと笑う。
「この一年君はよく尽くしてくれたが、私はまだ約束を果たしていない。君が満足する護衛を用意すると言ったが、まだ一人だけだ」
「……その話ですか」
「その話だよ」
失礼ながら、狐太郎はもう期待していなかった。
すっかり冷めた目で、視線をそらしてしまう。
「ブゥ君はよくやってくれているが、あの件で私も慎重になったのだよ」
何度思い返しても、『なんであんなのをよこした』としか思えなかった。
やはり周りの大人が悪い、連帯責任というか主犯である。
「だが、慎重になっただけに、私も自信をもって推薦できる人材をそろえたよ」
「……本当ですか?」
「本当だとも!」
自信満々な大公を見て、狐太郎は少しだけ期待を取り戻していた。
「少し話はそれるが……君はキョウショウ族には会ったはずだね。あのピンインが連れていた、大柄な亜人だよ」
「ええ……結構前ですけど、覚えてます。というか、レデイスの時も来ましたから」
「そうだったね。とにかく彼らはこの国の中に縄張りを持つ亜人だが、そもそも亜人とはどういう定義だと思う?」
亜人の定義、と言われると少し困る。
一応クツロも亜人ということになっているし、本人もそんなものだと思っているのか、亜人だと言われても怒らない。
しかし定義となると難しい。
(二足歩行で人語を解するとかだろうか……)
「そんなに考え込まなくともいいのだが。広い意味では、亜人とは異民族全体や外国人をさす言葉だ。あまり行儀は良くないが、私から見れば君だって亜人ということになる。もちろん、君から見れば私だって亜人だ」
「まあそうでしょうね」
狐太郎は、目の前に座っている大公を『見上げた』。
同じ人間とは思えない程大きい、大公ジューガー。
彼と自分と並べれば、大型犬と小型犬のように差が歴然とするだろう。
「キョウショウ族やクツロ君のように、明らかに人間と異なる者も亜人と呼ばれるが、少し違うという程度でも亜人と呼ばれる。特に国交がない国なら尚のことだ」
(日本人だって昔は西洋人を天狗とか言ってたしな、そんなものだろう)
「そして意外に思うかもしれないが……いや、意外でもないだろうが……外から流れてきた外国人の扱いは、亜人よりもなお悪いのだ」
市民権、つまり戸籍。
はっきりとした身分証明ができるかできないか、その差はとても大きい。
キョウショウ族もある意味では現地人で田舎者扱いだが、狐太郎や麒麟たちはそれよりもさらに扱いが悪い。
なにせどこの誰なのかわからないからだ、警戒されて当然である。
「はっきり言って、まともな仕事などない。戸籍がない者がつける仕事などろくなものではなく……大抵は汚れ仕事の実行者だ。暗殺であったり誘拐であったり、或いは窃盗であったり。そういう仕事を請け負わざるを得ない一族が存在している」
なにやら微妙にワクワクする話だが、たぶんワクワクするのは失礼であろう。
闇に生きて影に死ぬという感じは恰好がいいのだが、彼ら本人がそれを望んでいないと思われる。
「その一族に、私は接触した。個人としてではなく一族として狐太郎君の護衛を引き受けるのなら、私がその身元を保証するとね」
狐太郎たちの場合は、あと四年頑張れば確実に市民権を得られる。
しかしその一族は、本来どれだけ頑張っても市民権が手に入らないのだ。
まさに千載一遇の好機と言えるだろう。
「この半年ほどの間で私は彼らの住む場所を用意し、支度金を積み、厚遇を先払いした。さらに人員の面接を行い、試練を課して、一族の中での実力者を選抜したのだよ」
(なんかすごいことしてる……!)
まさか水面下でそんなすごいこと、面白そうなことが起こっていたとは。
大公の本気が窺える、絶対に失敗しないために手間暇をかけていた。
「その一族の名はネゴロ……その中でも特に秀でた者たちを鍛えて、今日ここに連れてきたのだよ……!」
(な、なんかすごそうだ……!)
「正直に言って、直接的な戦闘能力は低い。この前線基地で言えば、そうだな……蛍雪隊の一般隊員のような、斥候の技に優れた者たちだ」
蛍雪隊の一般隊員と言えば、シャインが集めた引退済みのベテランハンターたちだ。
直接的な戦闘能力は一番低いのだが、その代わりに高い潜伏技能を持っている。
「君が求めていたのは、Bランクを相手どれるような戦闘能力を持つ者ではなく、小型のCランクの接近に対応できるものだろう? まさにうってつけということだ」
「おお……」
「くわえてだ。一灯隊がそうであるように、彼らもまた不遇なる家族を養うために戦っている。私が彼らの家族の生活を預かっていることによって、裏切る可能性もないということだよ」
思えば、先日のケイ・マースーは、大公に対して近すぎた。
どこかで甘えがあり、あの暴言を吐いてしまったのだろう。
だがネゴロ一族は違う。
彼らは明確に大公の庇護下であり、逆らえば一族全体が以前以下に落ちぶれる。
それを分かっているからこそ、精鋭たちも命をかけて狐太郎へ尽くすだろう。
「では君に紹介するとしよう……出て来い、ネゴロ十勇士!」
突如として、天井の裏から人が降ってくる。
どさどさどさ、と、十人もの人間が現れた。
縄でぐるぐる巻きに縛られて、しかも気絶している十人の男たち。
彼らこそまさに、大公の用意した十人の精鋭であろう。
「……」
「……」
しばらくの無音のあと、しゅばっと現れたのは一人の女性だった。
「大変よ、狐太郎! 大公様! この屋敷の中に十人も刺客が潜んでいたわ! 全員捕らえたけど、まだいるかもしれない! すぐにこの基地を離れましょう!」
彼女こそ抜山隊の新入隊員、千尋獅子子。
職業忍者、索敵と暗殺のスペシャリストであった。
「……あ、あら?」
颯爽と現れた彼女を見て、大公と狐太郎は言葉もない。
なお、ササゲとアカネは笑いを堪えていて、クツロは顔を押さえていて、コゴエは冷静にそれを観察していた。
「……ま、不味かったかしら?」
(なんでこの人が俺の護衛になってくれなかったんだろう……)