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虎の威を借る狐太郎~パラダイスから来た最弱一般人、モンスターの力『だけ』でAランクハンターに~  作者: 明石六郎
余りにも迂遠で無駄の多い強大を極めた復讐者の事情とその共犯者 
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30年と30秒

いつも拙作を呼んでいただいて、ありがとうございます。


この度読者様を誤解させてしまったことをお詫びします。


そもそも前回の話はあれで一旦終わりにして、今日は新章に入る予定でした。


ロミオとジュリエットというのはその新章のタイトルだったのです。


ですが皆さんアッカの続きが気になるようですし、引っ張っても仕方がないということで。


本日は昨日の話の締めをさせていただきます。

 アッカの姿を見たハクチュウ伯爵は、まさに幽霊を見る目をしていた。

 もちろんアッカには足があるのだが、そういう問題ではない。


 そもそも『アッカ』が、ハクチュウ伯爵のよく知る男が、死んだという話は聞いたことがない。

 だがとっくに忘れてしまったのだ。日々が余りにも幸福過ぎたため、彼という男の存在を切り捨ててしまった。


 本当は、真っ先にこの男のことを思い出すべきだったというのに。


「父上……この男をご存じなのですか」


 母を支える次男は、ハクチュウ伯爵に尋ねる。

 このアッカなる大男がAランクハンターであることは、見るからに明らかだ。

 これだけの偉丈夫を大公が紹介しているのだ、大将軍かAランクハンターのいずれかであろう。


 そんな『大物』が、なぜ伯爵家ごときに十五年も執着をしたのか。その理由を、両親は知ってしまっている。

 だが子供たちは、このたくましすぎる大男など存在も知らなかった。


「……こ、この男は……」


 ハクチュウ伯爵は、口から言葉が出なかった。

 目の前の男が何者なのかを語れば、自動的になにもかもを家族へ明かすことになってしまうのだから。


「こ、この……」

「どうした、喉に餅でも詰まったのか」


 にやにやと笑う大男。

 十五年もの歳月を『地獄』で過ごした彼は、まさにこの瞬間を待ち望んでいた。

 目の前でハクチュウ伯爵が、醜態の極みを晒している。それが途方もなく嬉しいのだ。


「うう……」

「お父様……」


 父のその姿を見て、娘たちは悟った。

 おそらくこの復讐には、逆恨みではない何かがあるのだろうと。

 この両親が自分たちに言うことができなかった、言いたくない事情があるのだろうと。


 それはつまり、この状況がますますもって。

 誰も、救ってくれないということだった。


「うっ……!」


 次女が泣き崩れ、三女が支える。

 四女は長女に泣きつき、長女は涙をこらえて抱きしめた。


 もうどうあっても、何があっても、どこにいる誰でも、自分たちを助けてはくれないのだと。

 それをこそ望んで、十五年も費やされていたのだ。


「な……!」


 三男が叫んだ。


「なんなんだ! アンタは!」


 大公の前であることも忘れて、言葉を荒げる。

 しかし大公は咎めない、アッカにとって望んだ言葉だったからだ。


「なんなんだ? だと?」

「この変態が! 姉ちゃんの嫁入りに合わせてこんなことしやがって……そんなデカいなりをして、やることが陰湿なんだよ!」

「はっはっは! そりゃあそうだ!」


 アッカは無敵だった。

 三男から身も蓋もないことを言われても、あっさり認めてしまう。

 もはやこの男を止めることはできない。


「確かに陰湿な変態だな! まったくもってその通りだ!」

「何がおかしいんだよ!」

「いやなに、お前の言う通りだ。天下のAランクハンター様が、十五年も大公閣下のお力を借りてやり切ったことが……陰湿な歳の差婚ときたもんだ! あっはっはっは!」


 復讐者は、痛快に笑っていた。

 あまりにも潔く、しかしその眼には嘲りしかない。


「馬鹿々々しいよなあ! 下らねえよなあ! あっはっはっは!」

「お前がやったことだろうが!」

「その通り! ふふふ、あっはははは!」


 自分の滑稽さを嗤う大男。

 彼の心中は、あまりにも清々しさに満ちている。

 今更事実を指摘されたところで、痛くもかゆくもない。


「Aランクモンスターを長年ぶち殺しまくって……それでコレ! 王家とも縁続きになれるってのに……そんでもって、その王家の力でお前らをどうにかできるってのに……! わざわざ、直接婚約! あはははは! バカだよなあ!」


 ひとしきり笑うと、中年男は同年代の小男を見下ろして尋ねる。


「どうだ、餅は取れたか」

「あ、うう……」

「お前の息子やら娘やらに答えてやったらどうだ? 俺が、誰なのかをな」


 ハクチュウ伯爵は、目を背ける。

 この大男の前で、子供たちに告白をすることは難しい。

 なにせ子供たちこそ、被害者だからだ。

 己たちの過去の行状が、めぐりめぐって子供たちに降りかかる。

 家族想いな彼にとって、途方もない苦しみだろう。

 

 もしも違う状況なら、彼らが年齢を重ねたところで言えたかもしれない。

 しかしこの状況では、口から声を出すこともできなかった。


「……言えねえか」


 それでもアッカに一切の不都合はない。

 なにせとっくに、既に、正当性は立て終わっている。


「よし、旦那。この屋敷を出ようぜ」

「もういいのか」

「ああ、いいさ」


 アッカは背を向ける。


「外に出たら、この城ごと全員まとめてぶっ殺してやる」

「そうか、ここで殺さないのか?」

「はははははは! そんなことしたら、アンタが死んじまうだろう!」

「それもそうだな」


 Aランクハンターや大将軍にとって、城などさほどの意味はない。

 もちろんそれだけの実力者からすれば、わざわざそんなことをする意味はない。

 だがそれでも、一撃で粉みじんにできるだろう。もちろん、中の人間は全員死ぬ。


「では失礼するぞ、後の話は地獄ですればいい」

「おうおう、閻魔様によろしくな~~」


「お、お待ちください! な、何をなさるつもりですか!」


 次男の叫びに、嫌らしい笑みを浮かべて返すアッカ。


「お前らを全員殺す、そのあとは王家の誰かと適当に結婚するさ。いや~~楽しみ楽しみ」


 今更だが、アッカには悪意しかない。

 長男が看破したように、最初の最初からハクチュウ家の人間を皆殺しにする口実が欲しかっただけで、五人の娘と結婚したいとさえ思っていない。

 むしろそちらの方が得なのだろう。憎い相手を絶望させてから殺せるうえに、王家の子女と結婚できるのだから。


「……!」


 なんの意味もないことだった。

 そう、推理など毛ほども意味がない。

 思惑がばれたところで、損をする要素など寸毫もない。

 筋道を通すとは、これほどに恐ろしいのだ。


「大公閣下……お待ちください!」

「もう十分待っただろう。お前は自分の兄が言ったことを覚えていないのか? Aランクハンターは、指名を断った家に対して免罪符を得る。お前たちが最初にすんなりと娘を嫁入りさせなかった時点で、殺されても文句は言えないのだ」


 如何に大公であろうと、如何にAランクハンターであろうと。

 伯爵家だろうが平民だろうが、危害を一方的に加えることは許されない。

 黙認されることはあり得るが、一つの領地を焼き払えば、確実に罰を受けるだろう。


 だがしかし、この場合は違う。

 極めて単純に、拡大解釈も何もなく、法律に明文化されていることをそのまま行うだけなのだ。


 そして、おそらく。


(ここまで入念に計画をされているということは、間違いなく大王陛下にも話が行っている! そのうえ、私たちが嫌がる理由さえも存在している!)


 言った言わないの水掛け論もあるが、この場合はそれが生じない。

 既に断られることが前提で話が進んでいて、法を執行する許可も下りている。


 詰んだ盤面で、うなって首をひねっているようなものだ。

 もうとっくに、自分たちは詰んでいた。それこそ、子供たちが生まれるよりもずっと以前に。

 生まれる前から、自分たちは不幸になることが決まっていたのだ。


「ま、待ってください!」


 乾いた雑巾をしぼるように、伯爵は声をだした。


「お待ちください……坊ちゃん!」

「……お前にそう言われるとはな」


 坊ちゃん、と伯爵が言った。

 坊ちゃん、と大男が呼ばれた。


「ど、どうか、どうかお許しください! わ、私や先代様の罪で、娘に罰を与えるなど……八つ当たりにもほどがあります!」

「お前がどうして俺に許しを請う? 悪いのは俺だろう」


 アッカは足を止めて向き直った。

 伯爵はひれ伏して、許しを願った。


「今も昔も、悪いのは俺さ。お前が謝ることはねえし……俺の親父もおふくろも死んじまってる。もう終わっちまった事だ」

「で、でしたら!」

「悪いのは俺さ。だがな……まさかお前、俺が恨まないとでも思ったか」


 ここでようやく、会話の受け答えが成立した。

 それを見て息子たちも娘たちも、ひとまず安堵する。

 このまま何もなく、一家まとめて殺されることだけは回避された。

 しかしそれは、本当に無駄な抵抗だった。詰んだ盤面を変えるには、それこそ慈悲を乞うしかない。


「そ、それは……」

「実際どうだったんだ、俺の親父やおふくろは。俺が暴れなかったことを知って、何か言ってたか」

「……そ、その……先代様がたは、多少見直したと。負い目があったから、今回の件を受け入れたのだろうと……」


 だが古今東西、言葉でひっくり返る沙汰はない。


「嘘を言え、親父やおふくろがそんなことを言うものかよ」

「う……」

「もう取り繕うな、はっきり言え」

「……あ、あれの話はもうするな、思い出したくもない。生まれてこなければよかったのだと……」

「だろうなあ。お前も今まさに、そう思っているだろう……」

「いえ……」

「おい」

「うう……」

「まあ、俺もそう思ってはいる。お前の子供たちもまあ……運がない」


 八つ当たりの自覚がある男は、慈悲のある顔を見せた。


「全員、生まれてこなければよかったのにな」


 八人の子供を見て、彼は憐れんだ。

 もしもまっとうに生きていれば、自分にもいたであろう子供たちを見た。

 彼らは親に恵まれたが、八つ当たりに巻き込まれてしまった。


「お前に娘が生まれたと知って、旦那が預かった領地の話を思いだして、それから十五年待ちに待った。だがな……子供に不幸があれば、全員死んでれば、その時も諦めたさ。十分お前も不幸になっただろうしな」


 幸せだったはずの家族を、彼は羨むことなく哀れんだ。


「お前は……いい家族に恵まれたな」


 手に入れた宝を、すべて失う男。

 宝を得ていたからこそ、死にたくなかったからこそ、奪い殺す意味がある。


「……」

「どうした、次期当主。お前のことだ、もう状況は把握しているだろう」


 大公が、長男に問う。

 ここまで事実の羅列はなかったが、それでもここまで会話があれば、状況を察することは難しくない。

 蒼白になっている長男は、汗まみれになっている父を見た。


「ち、父上」

「……うぅ」

「言いにくいでしょう、私が代わりに」

「あぁ……」


 全面敗北の目をして、アッカを仰ぎ見る。

 長男は、自分たちが何者なのかを理解した。


「アッカ殿……その名前は、本名ではありませんね」

「ああ」

「……貴方は、本当は……ハクチュウ家の嫡男だったのではないですか」


 混乱していた兄弟たちは、長兄の言葉に耳を疑った。

 父がなぜ荒くれ者にへりくだっているのかわからなかったが、もしもそうならなにもかも説明がついてしまう。


「ああ。俺の本当の名は……いや、廃嫡された身だ、本当の名前なんぞもう無い。法的手続きによって、俺には前の名はない」


 シュバルツバルトの前線基地で働くハンターは、皆が身元を問われない。

 身分証明書が必要ないからこそ、偽名でさえあっさりと登録されてしまう。


「だがまあ、そうだな。お前たちは一応は……俺の姪や甥にあたる。血のつながりはないがな」

「……その通りだ。私は先代様の養子であり、『アッカ』こそ実子だ」


 もはや観念したのだろう、伯爵は真実を語り始めた。

 法的手続きによって正当化されていた、不都合な真実を。


「私の妻、お前たちの母親は、元は坊ちゃんの婚約者だった。だが……私が跡を継ぐことになって、私と結婚することになったのだ」


 本来伯爵家を継ぐはずだった男、本当のハクチュウ伯爵を、子供たちは見る。

 自分たちの出生、両親の結婚にそんな事情があったとは。当然ながら、動揺は著しかった。


「坊ちゃんが若くして手勢を率いて戦場へ赴く時に、先代様と画策して……様々な書面でごまかしながら、坊ちゃんに廃嫡を受け入れる書類へサインさせたのだ。……家の代表として送り込んでおきながら、騙したのだ」

「ま……ちゃんと読まずに書類へサインした俺が悪いんだがな」


 アッカは、今更のように自嘲する。


「別に、親父やそこの伯爵様が悪いとは思ってねえさ。今の俺を見ればわかるとは思うが、昔はもっと酷かった。廃嫡されても文句は言えない、ドラ息子。それが昔の俺だった」


 なぜアッカは、廃嫡された時点で暴れなかったのか。

 それはなんだかんだ言って、負い目があったからだった。

 少なくともその場で大暴れするほど、厚顔無恥にはなれなかった。


「死んだ俺の親父もおふくろも、血がつながってないお前らを可愛がっていただろう。周りの親戚共も、俺のことなんぞ匂わせもしなかっただろう。お前らが俺を知らないってのは、それだけ俺が酷いクソガキだったってことだ」


 詐欺同然で追い出されたかつてのアッカだが、周りは誰も同情しなかった。

 そのうえで現当主はまともだったので、誰もが実子のことなど忘れていたのだ。


「悪いのは、俺だ。今も昔もな」


 八人も子供を産んだ、かつての婚約者を見る。

 自分の顔を見ただけで、すっかり気絶してしまった母親を見る。

 さぞ、幸福だったのだろう。己と結婚していれば、こうはなっていなかった。


「クソガキがそのまま大きくなって、糞親父ってわけだ。どうだ、納得したか」


 追い出したバカ息子が、この家を滅ぼしに帰ってきた。

 権力者へ十五年もかけて恩を売り、正当性を得たうえで。


「ま、俺と自分の娘を結婚させたくはないわな。いくら廃嫡されたからって、覚えている奴は覚えてる。お前が俺と娘を結婚させたくないと断ったことも、なんとなしに察してくれるだろうよ」


 とんだ狸もいたものである。

 これならいっそ、力づくで来てほしかった。


「で、どうする伯爵殿」

「……」

「俺に娘を差し出すか、それとも……全員死ぬか」


 おそらくは、最後の問いである。

 本当に正真正銘、これより後には何もない。


「わ、私は……」


 娘を五人とも差し出すべきだった。

 目の前の糞親父がどれだけの悪人だったとしても、昔のクソガキとは違い過ぎる。


 クソガキだった時には世間へ迷惑しかかけていなかったが、糞親父になった今は膨大な実績がある。

 とても単純に、伯爵家の若い娘五人と結婚するぐらいなら、すんなり許されるほどの実績だった。


 そのうえで、法的正当性もある。

 アッカが根拠にしている法は、継続することを五年前に決めている。

 それも鶴の一声ではなく、賛成多数によるものだ。

 当時は多くの仲間を得たような物だったが、今はその全員が敵になる。自分と同じく賛成した者たちが、自分に嫁へ出すことを強いるだろう。


「む、娘を……娘は……!」


 どうしてこうなってしまったのか。


 以前にアッカを追い出したときは、誰もが伯爵の味方だった。

 アッカの両親でさえ実子を見放し、別の伯爵家の三男坊だった自分を受け入れてくれた。

 婚約者も、その実家も、周囲さえも自分を認めてくれた。


 社会のすべてが、自分の味方だった。自分の働きを、自分の在り方を、生真面目に頑張ってきたことを認めてくれたのに。

 社会へ貢献したからこそ、社会へ受け入れてもらえたのに。家族を愛したからこそ、家族は愛してくれたのに。


 アッカの両親は死ぬまで、血がつながっていなくとも、自分だけが息子だと言ってくれたのに。


 この男は、もっと社会の役に立って、もっと多くの味方を連れて帰ってきたのだ。


「はっ!」


 その苦しみを、アッカは笑った。


「お前は親父にもおふくろにも気に入られていたが、それはお前がいい奴だからだ。俺と違ってな」


 悪党は、善人を嗤った。


「ここで娘を差し出すようなら、そもそもこんなことに意味はねえ。俺はクソガキが糞親父になったが、お前はいい伯爵になったな」


 悪党にも、慈悲はあった。


「いいだろう、殺すことだけは勘弁してやる。なに、俺はお前たちを殺しても許されるが……別に殺さなくちゃいけないわけでもない」


 十五年かけて得た殺人の許可を、彼は自分から放棄した。


「ほ、本当ですか……?」

「本当だ」


 邪悪な笑みが、アッカの顔に張り付いている。


「逃げる時間はやるよ」 



 翌日である。

 名君に統治されていた街から、人影の一切が消えていた。

 多くの人々が、城壁に囲まれた街を遠くから見ている。


 それを、さらに遠くから、アッカと大公は見ていた。


「止めなくていいのかい、旦那」

「止めたら、カセイを滅ぼすだろう」

「そうかもな」

「悪法もまた法なり、だ。民が哀れだが……まあ仕方がない」


 大公の顔は怒りに染まっていた。

 娘を五人差し出せば、このくだらない行為はせずに済んでいたのだ。

 もっと言えば、法律を変えていればこれを止められたのだ。


「私は君と意見が一つだけ違う。あの伯爵は、死ぬべきだった。奴に貴族としての器量はない。(まつりごと)に関わる権利がない」

「そうかね?」

「そうとも」


 五人が不幸な結婚をすればよかった、それで他の多数が幸せになるのだから。

 その残酷な全体主義を、伯爵は肯定してしまった。選択には、責任がつきまとうものである。


「……旦那は知ってるだろう、昔の俺のことを」


 アッカは、雷を迸らせた。


「ああ、知っている。あの地を治める前に戦場にいた私は、傘下だった君の荒れようを良く知っていた」

「俺は実家じゃなにも学ばなかったが、戦場じゃあいろんなことを学んだよ」


 強大な電撃が、一つの街を焼くほどの輝きが、彼の手に収まっている。


「……帰ったら、謝るつもりだったんだ。親父にも、おふくろにも」

「……」

「本当に、悪いと思ってたんだ。でも、親父もおふくろもアイツも、俺を家にも入れてくれなかった」

「……」

「遅かったのさ、仕方がない」


 それを、彼は空に投げた。

 強大な雷ははるか上空へ、雲の中へ入っていく。


「悪いのは俺だった。悪いことをしたら、親だって見放すさ。貴族ならなおのこと、仕方がないんだ」


 もう投げられたものを、二人は見上げている。


「成長するってのは、嫌なもんだ。戦場で強くなった俺なら、全部ぶっ壊せたのに。恨みに思ってても、何もできなかった」


 雲が震えて、雷鳴が響いた。


「恨みは、あったんだ」

「アッカ」


 世界で一人の仲間同士として、大公は復讐者をねぎらう。


「君には感謝している。十五年、本当にご苦労だった」

「……旦那」


 雲の下には、城壁に囲まれた街がある。

 その街はきっと、多くの人々が暮らしていたのだろう。

 そこを治めていた伯爵も、さぞ苦心しながら運営していたのだろう。


 アッカへ廃嫡のサインをさせた時間は、三十秒もあっただろうか。

 だがそれからの二十年は、きっと苦難の道だった。

 彼は三十秒で現在の地位を得たのではない、三十秒と二十年で得たのだ。


「君が強くなるために支払ったものの重さは……私がよく知っている」


 空から、雷が降り注ぐ。

 たったの三十秒ほどで練り上げた雷光が、人々の営みを焼き払う。


 しかしその雷光を正当に撃つために、アッカは二十年の歳月をかけた。

 才能があっても、楽な道のりではなかった。

 苦難に満ちた二十年と三十秒で、この街は滅ぶ。


「よく頑張ったな」

「……旦那」


 誰も褒めてくれないと思ったことを、陰湿な復讐を。

 共犯者だけは、心底から労っていた。



 雷が落ちた。

明日こそ、新章『ロミオとジュリエット』を始めさせていただきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] この一連の出来事においてはアッカは悪い、だけどアッカが悪くはないんだよな
[気になる点] この伯爵一家と、街の住人のその後の話が読みたい 街が滅んだ後、伯爵家自体は存続して別に街を再建したのか、もしくは取り潰しになったのか 町人から恨まれて一家37564になったのか 生き残…
[良い点] こういう話は明石六郎にしか書けないな。 本当に面白い。
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