竜虎相打つ
さて、この前線基地最強の男ガイセイと、狐太郎の護衛であるブゥ・ルゥの試合である。
先日のクツロがガイセイと戦った時のように、この基地に在籍する多くのハンターがそれを観戦しようとしている。
一つ違うことがあるとすれば、国内最強の精霊使いアルタイルが、この場にいるということだろう。
各隊の隊員が雑然と並ぶその姿を見て、彼は無表情で感嘆する。
「……知ってはいましたが、驚きました。ここのハンターはやはり、他とは一線を画する。少なくとも、これだけの質を持ったハンターがそろっているところは、ここだけでしょうね」
「あ、ありがとうございます。アルタイルさんにそう言ってもらえると、私もうれしいです」
接待をしているシャインは、その賞賛を素直に受け止められなかった。
彼がお世辞を言う性格ではないとわかっているが、それでも一種の不気味さがある。
具体的に言うと、昨日とのギャップが激しすぎて怖い。
「その中でも抜きん出ているのは、やはり抜山隊の隊長ですね。しかしその脇にいる少年もまた、相当な実力者と見ました」
「彼は原石麒麟といって、抜山隊に新しく入った子です。まだ子供ですけど、その実力はガイセイが認めるほどですよ」
「ええ、わかります」
「他にも蝶花さんと獅子子さんが入って、ガイセイのワンマンだった抜山隊は一気に強くなったの」
「実力さえあれば前科は問わない、という実力主義など絵空ごとだと思いましたが、こうも精鋭がそろっていると自分が間違っていたのだとわかります」
実力のあるものが優遇されるとしても、大金が投じられているとしても、人間を簡単に得ることはできない。
その難しさは、狐太郎も大公も知っている。だがだとしても、この場に集った戦力はどうか。
人を育てる難しさ、人を集める難しさ、人をとどめる難しさ、人を争わせない難しさ。
それらを超えたところに、この光景がある。
「大公ジューガーは名君だとは聞いていますが、噂以上のようですね」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
そして、その中でも随一の力を持った者同士の戦いが始まろうとしていた。
先日の敗北から復帰して早々に、さらなる飛躍を求めているガイセイ。
魔王の力を借り受ける、当代きっての悪魔使いブゥ・ルゥ。
「あれがルゥ家の当主、ブゥ・ルゥと大悪魔セキトですか。そして……」
異様な光景だった。
悪魔使いの背後に、強大な力を持った悪魔が二体も並んでいる。
アルタイル自身も氷と風の精霊を従えているが、それでもあのブゥと張り合う気も起きない。
「……大悪魔からも魔王と呼ばれる、狐太郎殿のササゲ。素直に、羨ましく思います」
「そうね……私もそう思います。でも……当人はどう思っているか」
※
ブゥ・ルゥは現状を憂いていた。あらかじめ予告されていたことではあるが、これからこの基地最強の男と戦わなければならないのである。
どうして傷つけあわなければならないのか。必要性は理解できるが、それほど重要に思えない。
彼がここを逃げずにいるのは、突き詰めれば狐太郎と同じ理由である。
つまり、ここを逃げるともっと厄介なことになる、と理解しているからだ。
最悪の事態を避けるために、最悪より多少マシな選択をする。
現実なんて、そんなものかもしれない。
「どうしてみんな、僕をこんなにも戦わせたがるんだろう……」
彼の生まれた家では、世間一般において悪魔使いは忌み嫌われている、と教わった。
それに関しては、一切疑いを持っていない。なにせ世間における悪魔の悪事は、虚実を問わず大量にある。
聞けばつい最近も、どこかの観光地が悪魔に襲われたそうだ。
たまたま近くに居合わせた実力者が倒したらしいが、それでも被害は甚大だったという。
悪魔使いであるブゥは、悪魔がどれだけ危険なのか知っている。
世間が悪魔を恐れて嫌うのは当たり前で、身から出た錆どころか、呼吸するように他人を不愉快にさせるから仕方ない。
だからこそ、嫌われていることは理解しているし、納得もしている。
むしろ、冷や飯喰らいでもいいのだ。悪魔なんぞと契約をしている武家など、それこそ武人の面汚しである。冷や飯を食わされて、何がおかしいのか。
おかしいのは、この前線基地の連中である。
なんで悪魔を戦力としてこき使うのか。悪魔使いに対して、より一層強くなれと言うのか。それどころか、試合までしようとするのか。
「別に僕がいなくたって、何とかなっているのに……」
「はっはっは! ご主人様、その理由は既に思いついているのでは?」
「……うん」
仮に、ブウがこの基地から抜けたとしよう。
まあ、そんなには困らない。少なくともいきなり実務に影響は出ないだろう。
だがしかし、ここはシュバルツバルトを抑える前線基地。その戦力は、いくらあっても足りるということはない。
先日一灯隊が全滅しかけたように、この基地では誰が何人死んでも不思議ではないのだ。
であれば、余裕があるうちにこそ戦力を充実させるべきである。
「貴方こういうことをたまにやらないと、モチベーションを保てないでしょう? 何日も前からやるって決めてたんだし、今更ぐちぐち言わないでくれるかしら」
「はい……」
ややイライラしているササゲに対して、反抗する勇気を彼は持たない。
彼は正当性がないことを理解しているので、大声で反対できないのだ。
「……向こうはやる気一杯だなぁ」
「ガイセイは追い込まれないと実力を発揮できないもの、この状況は大喜びでしょうね」
「僕は日ごろの地道な努力でじわじわ実力をつけていくタイプなんですけど……」
「だったら日ごろの努力を発揮しなさい」
「ううう……」
才能がある人間に対しては、周囲はいくらでも無茶を押し付ける。
特にその才能が、稀有で有効性が高ければなおのことだ。
それを喜ぶかどうかは、やはり当人の気質次第ではある。
「どうして望まない者にも、才能がもたらされるんだろう」
世を呪いながらも、ブゥは切り替えた。
「愚痴、ここまでにしますね」
相手にやる気がある以上、気を抜けば怪我では済まない。
深刻な後遺症の残る大けがか、さもなくば原形も残らない死か。
今日まで積み上げた努力は、突き詰めれば死なないためのもの。
練習とは、自己満足のためにあるのではない。ここで退けば、今までの鍛錬が無駄になる。
「行くよ、セキト。ササゲさんも、お願いします」
相手がガイセイということもあって、ブゥの愚痴は普段よりも長かった。
だがそれでも、割り切る。真剣にやらなければ大けがをするが、逆に言えば真剣にやれば勝ち目さえある。
それを、彼は理解していた。
「ギフトスロット、ダブルデビル」
とぷんとぷん、二体の悪魔が彼の影に沈む。
平面的だった彼の影が立体化し、球形となって浮かび上がる。
その上に立つ彼は、必然的に浮遊していた。
「代行王権! 魔王戴冠!」
ブゥの頭部に、黒いミルククラウンのような、流動する冠が現れる。
彼の足元に浮かぶ影から角や翼が生え、さながら悪魔を踏みしめているような図となる。
「タイカン技、魔王憑依!」
悠々とガイセイを見下す形になったブゥは、怯えや億劫さのない表情をする。
そこには、油断のできない『作業』をするという、愉悦のない真剣さがあった。
「……タイカン技、か」
それを見上げるガイセイもまた、普段と違って興奮状態にない。
はっきり言えば、クツロの時と違って戦って楽しい相手ではないことが、最初の最初から分かっている。
だが戦って楽しい相手とだけ戦うのは、プロのすることではない。
先日一灯隊が迎え撃ったレデイス賊のこともある、この森の敵とだけ戦えばいいというものではない。
なによりも、ガイセイもまたAランクハンターを志す者である。
Aランクハンターを名乗るなら、どんなモンスターであっても一方的に殺せなければならない。
「Aランクハンターが『相性が悪いんでやめます』なんざ言えねえわな」
そういう意味でも、やる価値のある試合だった。
強い相手に苦戦するのは仕方がないが、嫌な相手に苦戦するなどプロではない。
力押ししかできない己が、目の前の相手にどこまでやれるのか。
やりにくいと分かり切っている相手に、どこまで対応できるのか。
ガイセイは、己に課した試練を超えるべく、覇気をたぎらせていた。
「サンダーエフェクト、ジュピター!」
理性的にも本能的にも、この相手に『序盤の立ち上がりが遅い』ということがどれだけ致命的なのかわかっている。
だからこそ、彼は歓喜ではなく警戒心と危機感から、サンダーエフェクトを発動させることができた。
出さなくても何とかなりそうだとか、出さない状態でどこまでやれるか確かめたいだとか、ガイセイは毛ほども思わなかった。
だからこそ、即時にエフェクト技が発動させられる。おそらくは、クリエイト技さえも。
「……まあ、当然ですね」
ガイセイがエフェクトで全身を覆った姿を見て、ブゥはひるみもしなかった。
元より初手で勝負が決められるのなら警戒する意味がないし、相手もまたこちらの手の内を知っている。
であれば、そう都合よくはいかない。そんなことは、対人戦なら当たり前だ。
『というよりも、これは試合なのですから……最初から勝負を決めに行くのは卑怯というか、マナー違反では?』
『まあそうよね。ガイセイは怒らないでしょうけど、周りはどう思うかしら』
「……あの、建設的なアドバイスをお願いします」
『頑張ってください、ご主人様』
『お手並み拝見ね』
「……味方がいない」
わかり切っていたことを再確認してから、ブゥは手で印を切る。
ガイセイと違ってブウは多芸だが、それでも『型』のようなものを変える臨機応変さはない。
彼の強みは彼自身が分かっているように、地道な努力の積み重ねである。
「ギフトスロット、ダブルデビル。ホステレリィ」
ガイセイの足元、どころではない。
ガイセイの周囲が、闇に呑まれたように黒く染まる。
ガイセイの影そのものが肥大化し、水面のようになった影から大量の棘が飛び出した。
「ちぃ!!」
当然の如く、ガイセイには届かない。
彼の体を守る膨大な雷が、それを焼き払っていく。
彼が帯びている力はあくまでも電撃だが、さながら光が彼を守っているようだった。
「ギフトスロット、ダブルデビル」
だがそんなことは、最初から分かり切っている。
ブゥは更に術を追加し、ガイセイを封じ込めにかかった。
彼の足元に浮かぶ、肥大化した球状の影。
それが分裂し、ガイセイを囲んでいく。
「アビュース」
分裂した影を惑星とするのなら、その陰から出てくるのは衛星であろう。
分裂した影の一つ一つから、鎖のついた鉄球が現れる。それも一つの影につき、三つもつながっていた。
それらは当然のように回転をはじめ、互いにぶつかり合うことなくガイセイに向かって放たれていく。
「サンダークリエイト! ジュピテール!」
一発たりとも、当たるわけにはいかない。
これを試合とする以上は、殺傷性は低いと想像できる。
だがこれを本番と考えれば、当たってもいいと考えるのは甘えだった。
ガイセイは実体化させた雷霆を振り回し、そのことごとくをはじき返していく。
「ギフトスロット、ダブルデビル」
すべての攻撃が規則正しく、故に打ち返せているガイセイ。
このまま続けても弾ける自信があったのだが、それでも背筋に冷たいものが走った。
「インジューニュム」
ガイセイの足元から広がっていた影。
その中から、五本の巨大な柱が浮き上がってきた。
恐るべきことに、その柱へ当たらないように、すべての鉄球は隙間をぬいながら攻撃を続けていた。
「くそ!」
鉄球を弾きながら、ガイセイはその場を離脱しようとする。
天へと延びていく五本の柱に囲まれている現状は、あまりにも不穏だった。
「……?!」
そのガイセイへ、最初に使われていた影の棘が覆いかぶさる。
ブゥは鉄球攻撃や五本の柱、それらと並行して拘束の術を行い続けている。
ガイセイ相手に意味がないと分かり切っているそれさえ行使し続ける集中力には慄くが、ともかく邪魔だった。
手にした雷霆で切り払うまでもなく、自分の体を守っている電撃で十分焼き払えるが、それでも跳躍の邪魔だった。
鉄球攻撃が継続していることもあって、離脱がどうしてもできない。
「ちぃ!」
天へと伸び行く五本の柱、それらが『巨大な指』だと気づく。
自分は文字通り掌の上に乗せられており、これから文字通り握りつぶされるのだと直感する。
「おおおお!」
ガイセイは、開き直った。
これはこういう型であり、判断でどうにかできるものではない。
であれば力技である。手にした雷霆を放出し、全方位を切り払った。
クリエイト技だからこそ可能な、広範囲への攻撃。
それは鉄球を切り裂き、巨大な指を焼き払い、大量の棘を消し飛ばしていた。
威力を一点に集中させていれば、到底不可能な殲滅攻撃。
もしもこの範囲にBランクモンスターがいれば、余波だけでも消し飛んでいただろう。
「ギフトスロット、ダブルデビル」
だがしかし、ここに居るのは魔王の力を借りた悪魔使い。
ただ茫然と、焼き払われるわけがない。
「サイドライツ」
防御として展開した、闇の壁。それは辛くもガイセイの攻撃を受けきり、内部のブゥを守り切っていた。
「ギフトスロット、ダブルデビル」
そしてさらに、攻撃は続行する。
「サンダークリエイト!」
まずい、とガイセイは恐怖した。
先ほど生み出した雷霆の矛は、既に消費している。
今は放電の鎧で身を守っているが、それで相手の本命を受けきれるとは思えない。
「アパシー」
「ジュピテール!」
辛くも、雷霆の矛は間に合った。もしも一瞬遅れれば、最悪死んでいたかもしれない。
そう思うほどに、ガイセイが受け止めた『方天戟』は巨大だった。
ブウが自分の足元にある影の本体から取り出した武器は、普段よりもさらに凶悪となっている。
ガイセイの怪力をもってしても、受け止めることがやっとだった。
「ホステレリィ、アビュース、インジューニュム、サイドライツ」
「おいおいおい!」
皮肉にも、多彩な技を扱うブゥは、極めて単調だった。
なにせ全部の術を同時に発動し続けるという、スロット使いですらほぼ不可能なことを、制御に集中しているとはいえ実行しているのだから。
「くそくそくそくそ!」
皮肉にも、単調な技しか使えないガイセイは、臨機応変な対応を求められた。
一発一発は対応できるが、何分『手数』が違い過ぎる。
放電の鎧と雷霆の矛は、確かに攻撃を切り払えている。
しかしそれは培った経験と直感をもってしても至難の技だった。全神経を集中してもなお、四方八方から『規則的』に襲い掛かってくる攻撃に対処が追い付かない。
やはり、やりにくい相手だ。
とにかくかみ合わない相手に、ガイセイは苛立ちながらも賞賛をする。
「やってくれるぜ!」
極めて単調、極めて定型。
しかしここまでくれば、もはや名人芸の域。
言われたことをできるようになるまでやる、それさえ極まればこの域に達する。
うんざりするような反復練習によって得た『道場剣法』に敬意を表し、この我慢比べを突破しようとした。
だが。
「ぐふぁあ!」
「あ?」
やはりというか、なんというか。
ブゥは結局、一撃も当てられないままに力尽きて落下した。
「……おいおい」
他に何と言えばいいのかわからない。
ガイセイは、落ちて転がった彼に何も言えなかった。