プロローグ 鳩に豆鉄砲
モンスターパラダイス。
一世を風靡したあるゲームの後に続く、当時流行したモンスター育成RPGである。
少々違うのは、モンスターでパーティーを組み、最大4対4で戦うゲームだということだろう。
低年齢層をターゲットにしているからか、難易度は低め。
特になにも考えずにパーティーを編成しても、レベルさえしっかり上げれば全クリできるようになっている。
もちろんクリア後の要素もあり、長く楽しめるゲームだった。
少々時代を先取りしていることに、このゲームに出てくるモンスターは、全員が美少女だった。
もちろん当時のゲームでは『美少女』ということになっているモンスターが並んでいるだけで、荒いドットがモノクロの画像に描かれているだけだった。
美少女モンスターの美しい姿は、攻略本や説明書でしか拝めなかったのである。
とはいえ、ゲームの世界も日進月歩。
二十年の時を越えて、比喩誇張抜きで数千倍以上も性能が向上した携帯ゲームでよみがえったそれを、一人の男がクリアしようとしていた。
「おおお……」
やりこみ要素や通信対戦があっても、普通にプレイして楽しければそれは名作である。
理不尽な難易度設定や、攻略本必須の長いダンジョン、一度逃がすと取れないアイテム、というストレスなく楽しめるこのゲーム。
シナリオが面白いこともあって、二十年ぶりにクリアした彼は感動に震えていた。
『五千年ぶりに復活したときの、この我の気持ちがわかるか?』
『我が眷属であった魔族のことごとくが、人間の家畜に成り下がっていた』
『認めぬ、認められぬ。我が眷属の恥は、我が恥だ。到底受け入れられぬ』
『……なぜ、お前たちは甘んじる。牛馬のようにこき使われ、犬猫のように愛でられるだけの存在に』
『五千年前の人間ならまだしも、魔法も剣も失った、この時代の人間に従う理由はなんだ?』
『そして、なぜ……我は、負けたのだ。この時代の、腑抜けた人間の、更にその家畜に成り下がったお前たちに……』
『なぜお前たちは、こんなにも強い……?』
『魔王様、貴方は受け入れられないでしょうが、極めて残酷なことに』
『私たち魔族は、人間に従うことで強くなったのです』
『五千年前、貴方に従っていた時代よりも、はるかに』
『医療技術、栄養管理、品種改良、スポーツ科学……人間の知恵によって、私たちは……さらなる力を得たのです』
『ば、バカな……!』
『貴方は、目覚めるべきではなかった……眠りなさい、永遠に!』
『ならば、最後の力を見せてやろう!』
『我が味わった絶望を、お前たちも味わうがいい!』
『お前たちの楽園であるこの世界から、別の世界へ……!』
『魔族と人間が殺し合う、正しい世界へ、お前たちを送ってやる!』
『そして絶望しろ!』
『孤独の中で、狂って、もがいて、世界を呪って死ぬがいい!』
『起きましたか、ご主人様』
『申し訳ありませんが、ここは私たちの暮らしていた世界ではないようです』
『……魔王の言っていたことが本当なら、私たちは遠い世界へ追放されたのでしょう』
『もはや、帰る術はないのかもしれません』
『私たちは、何も知らない世界で、周囲に憎まれながら生きていくのかもしれませんね』
『……魔王は、最後に言っていました。孤独の中で、世界を呪って死ぬと』
『彼が何よりもつらかったのは、孤独……。魔王である彼の傍に、誰もいなかったからかもしれませんね』
『ですから、ご主人様。私たちは違います』
『確かにこの世界では、私たちの常識は通じないかもしれません。でも、仲間がいます』
『世界が変わっても、貴方と仲間がいるのなら……孤独ではありません』
『一緒に行きましょう、新しい世界へ!』
『貴方のいるところが、私たちの楽園です!』
エンディングのスタッフロールが流れていく。
EDテーマが溢れ、更に今までの旅も思い出されていく。
主従を語る王道ストーリーは、ここに円満な解決を見ていた。
周回要素、クリア特典もあり、実際には新世界になどいかず、魔王を倒していなかったことになった状態からやり直せる。
このゲームが発売される前は『リメイクに合わせて新世界編が収録されている』という話もあったが、そんなことはなかった。
二十年ぶりの感動、なつかしさをなぞったが故の満足感が、彼の心を強くうっていた。
楽しいゲームだった、買ってよかった、素晴らしい時間だった。
自室のベッドで横になり、夢中で楽しんでいた。
気づけば結構な時間であり、寝るには少し遅いぐらいである。
彼はスタッフロールが続いている携帯ゲーム機を一旦止めて、そのまま部屋の照明を消した。
夢のような時間を過ごせたのだから、素晴らしい夢が見れるはず。
そう期待して、興奮の冷めないまま目を閉じた。
※
「起きましたか、ご主人様」
目を開けると、そこにはゲームのキャラクターがいた。
「申し訳ありませんが、ここは私たちの暮らしていた世界ではないようです」
ついさっきまでゲーム画面に映っていた、素晴らしいセリフを読み上げている。
「……魔王の言っていたことが本当なら、私たちは遠い世界へ追放されたのでしょう」
街の中にある普通のアパートで寝ていたはずなのに、なぜか青空の下で草原にねそべり、女性型モンスターに膝枕されている。
「もはや、帰る術はないのかもしれません」
物凄く残酷なことを言っている。
ゲームに没入していた時は、知っている筈でも感動できたセリフだった。
だが今は、感動どころか青ざめてしまう。
「私たちは、何も知らない世界で、周囲に憎まれながら生きていくのかもしれませんね」
物凄く残酷なことを、とてもさらっと言っている。
「……魔王は、最後に言っていました。孤独の中で、世界を呪って死ぬと」
今まさに、魔王同然の気分になっていた。
全然知らない世界に迷い込んだことで、孤独を味わいきっている。
「彼が何よりもつらかったのは、孤独……。魔王である彼の傍に、誰もいなかったからかもしれませんね」
本当に、気絶しそうになるほど、辛い気分だった。
「ですから、ご主人様。私たちは違います」
彼女はそうかもしれないが、彼は違っていた。この場合、私たちという言葉に彼は含まれていまい。
「確かにこの世界では、私たちの常識は通じないかもしれません。でも、仲間がいます」
その仲間と、彼の温度差は凄かった。
「世界が変わっても、貴方と仲間がいるのなら……孤独ではありません」
「一緒に行きましょう、新しい世界へ!」
「貴方のいるところが、私たちの楽園です!」
違うよ、元の世界に帰りたいよ、とは言える空気ではなかった。
異世界に来てしまったモンスターたちと、また別の意味で異世界に来てしまった男。
「うん、そうだね……」
彼の名前は虎威狐太郎。
この物語の主人公である。