白紙
彼女は美しいという言葉がよく似合うひとだった。
彼女は、音が好きだった。
自然にある音を感じ、身を委ねることができるひとだった。
彼女は、韻を楽しんだ。
余韻と韻を踏むことを、知っているひとだった。
彼女は、自分が好きではなかった。
己を構築する全てをうらんでいた。
それは、人が嫌いなんだと、言っているようだった。
そのかたわらで、
彼女はひとが紡ぐための、口や指を素敵だといった。
なのに、人の気配が嫌いだといった。
彼女はそんな、矛盾だらけの中で生きていた。
音を。文字を。
紡がれた思いを。
晴天を。雨雲を。
水面に浮かぶ筏を。
散る桜。紅葉の絨毯。一面の雪。
彼女は愛していた。
感じて、愛でた彼女は、ひどく優しい顔していた。
彼女は読書をするひとだった。
自分の好みの表現を見つけると、その漆黒の目を輝かせた。
好きな言い回し、言の葉。
顔を綻ばせ、時に涙し。
影響を受けるひとで、入り込むひとだった。
不安定なひとだった。
突然、限界がきたように、頭を掻きむしった。
いらつき、立ち止まり、喚いて、泣いて。
ままならない呼吸をして、唇を噛んで耐えるひとだった。
それは彼女の限界を伝えるようだった。
それでもいつの間にか元通りになる彼女が、痛々しかった。
そんなこと、多分おれ以外知らないのだろう。
彼女にかわいいなんて言葉は似合わない。
綺麗という形容詞も違和感がある。
惜しげなく本を、音楽を、自然を。
愛おしそうにして。自身を、人を、人生を否定して生きた彼女はどこか歪で、それがひとらしく僕は思えた。
ただそれに気がつけた人物は、多分いないのだろ。
それほどに演じることに長けた、
未完全を体現した彼女は。
なぜ、文字が好きな彼女は何も書かなかったのだろうか。
白紙の封筒に、小さくかかれたのは僕の名前。
中身は真っ白なA4用紙。
尽く最後まで予想を裏切られた僕は、わらった。